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マガジン08年7月号
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 08年 7月 30日
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★★★HTML版★★★
HTML(カラー・写真版)を用意しました。
どうか、お楽しみください。(↓をクリックしてみてください。)
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http://bwhayashi2.fc2web.com/page015.html
【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●人形子(にんぎょうし)
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A小学校のA先生と、電話で話す。
その中で、東京のA原で起きた、凶悪事件が、
話題になった。
あの事件を起こした男性は、中学生のころまで、
非のうちどころのない、優等生であったという。
成績は優秀で、まじめで、従順で……、と。
そんな男性が、トラックを借り、通行人の中に
突っ込んでいった!
何人かの人を殺した。
そんな話をしながら、私は「人形子」という言葉を使った。
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ペットというよりは、人形。
そんな子どもが、10人のうち、1〜2人はいる。
イプセンの『人形の家』にならって、私は「人形子
(にんぎょうし)」と呼ぶ。
できは、よい。
見た感じ、人格の完成度も高い。
ものわかりもよく、先生の指示に対しても、すなおに
従う。
やることに無駄がなく、ソツがない。
宿題もきちんとやってくる。
何か質問をしても、いつも模範解答が返ってくる。
先生「拾ったお金は、どうしますか?」
子 「交番へ届けます」
先生「自分で使ってしまう人もいますが・・・」
子 「そんなことをすれば、落とした人が困ります」と。
学習面でもすぐれている。
「あなたは家から帰ったら、何をしているの?」と
聞くと、「お母さんが買ってくれた、本を読んでいます」
などと答える。
そんなわけで、幼稚園でも学校でも、「いい子」という
評価を受ける。(・・・受けやすい。)
冒頭で、「10人のうち、1〜2人はいる」と書いたが、
もちろん程度の差もある。
もし基準をさげたら、10人のうち、2〜3人に
なるかもしれない。
が、反対に、「これではいけない」と思う子どもも、いる。
そういう子どもが、20人に1人とか、30人に
1人とかいる。
というのも、人形子になるには、ひとつの条件がある。
子ども自身、ある程度、できがよくなければならない。
できがよいから、親が、子どもの教育にますます
のめりこむ。
つまり子どもは、親の期待にこたえようと、ますます人形子に
なっていく。
「いい子」を演ずることによって、自分の立場を確保しよう
とする。
わかりやすく言うと、仮面をかぶる。
が、そのうち、その仮面をはずせなくなってしまう。
幼稚園や学校に教師に対しても、そうである。
こうして幼稚園の年長期を迎えるころには、独特の
雰囲気をもった子どもになる。
一口で言えば、子どもらしさそのものが、ない。
子どもっぽさを、感じない。
子どものはずなのに、妙に、おとなびている。
が、親は、そういう自分の子どもを見ながら、むしろ
できのよい子どもと思ってしまう。
反対に、そうでない子どもを、できの悪い子どもとして、
遠ざけてしまう。
親の過関心、過干渉、それに溺愛が混ぜんいったいとなって、
その子どもの世界を包む。
明けても暮れても、頭の中にあるのは、子どものことばかり。
「ゲームのような低劣なものは、家には置きません」
「うちの子は、受験勉強とは無縁の世界で育てます」
「歌は、プロの先生に指導していただいています」
「毎週、1冊は、本を読ませています」などなど。
「ある程度は、俗世間に融和させないと、お子さん
自身が、つらい思いをするのでは?」と、教師がアドバイスしても、
聞く耳、そのものをもっていない。
自ら厚いカプセルの中に入ってしまっている。
その狭い世界の中だけで、独自の教育観(?)を、
熟成させてしまっている。
「英語の先生は、ネイティブでないと困ります」
「理科教育は、何でも実験を先にしてから、教えてほしい」
「備え付けの楽器は、不潔だから、使わせないでほしい」などなど。
学校の教育についても、あれこれと注文をつけていく。
しかしこういう親が一人いるだけで、その教室の教育は
マヒしてしまう(A先生)。
では、どうするか?、・・・という問題よりも、そういう
親は、一度、先に書いた、イプセンの『人形の家』を
読んでみたらよい。
が、その程度ではすまない。
幼児期から、思春期前後まで、「いい子」で通した子どもほど、
あとがこわい。
何度も書いているが、子どもというのは、その発達段階ごとに、
昆虫がカラを脱ぐようにして、成長していく。
第一次反抗期には、第一次反抗期の子どものように、
中間反抗期には、中間反抗期の子どものように・・・。
非行が好ましいというわけではないが、非行を経験した
子どもほど、あとあと常識豊かな子どもになるということは、
この世界では常識。
(そもそも「非行」とは何か? その定義もあやしい?)
たとえば思春期前後から、はげしい家庭内暴力を繰りかえす
ようになる子どもがいる。
このタイプの子どもほど、それまで、「いい子?」だった
というケースがほとんどである。
だから子どもが家庭内暴力を繰りかえすようになると、
ほとんどの親は、泣きながら、こう叫ぶ。
「どうして?」「子どものころは、あんないい子だったのに!」と。
しかしそれは親の目から見て、「いい子?」だったにすぎない。
(以上、A先生の許可をいただき、A先生の話の内容を、
まとめさせていただきました。08年6月23日。)
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【引きこもりvs家庭内暴力】
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将来的に、引きこもったり、家庭内暴力を
起こす子どもというのは、その前の段階で、
独特の雰囲気を、もつようになる。
それについては、何度も書いてきたので、
ここでは省略する。
問題は、そういう雰囲気を感知したとき、
それをどこまで親に告げるべきか。
教師は、その問題で、悩む。
この段階では、たいていの親たちは、
「自分の子どもはできがいい」とか、
「うちの子にかぎって」とか思っている。
大半は、「私の育児のし方こそ、ぜったい」と
思っている。
思っているというよりも、信じている。
そういう親に向かって、「お宅のお子さんには
問題があります」などとは、言えない。
言ったとたん、親はパニック状態になる。
ついで、教師と親の人間関係は、終わる。
そんなわけで、たいていの教師は、「もしまちがっていたら・・・」
という迷いもあり、かたく口を閉ざす。
つまりここに書いた、人形子も、そうである。
人形子とわかっていても、それを口にするのは、
タブー中のタブー。
が、このタイプの子どもほど、思春期を迎えるころ、
はげしく豹変する。
年齢的は、12〜14歳前後か。
ふつうの豹変ではない。
ある日を境に、突然、狂ったように暴れだしたりする。
「オレをこんなオレにしたのは、テメエだア!」と。
中には、豹変しないで、人形子のまま
おとなになる子どももいる。
イプセンの『人形の家』の中の主人公が、
その一例かもしれない。
そういう意味では、この時期にはげしく親に
抵抗する子どものほうが、まだマシという
ことになる。
心の内にたまったエネルギーは、できるだけ
早い時期に吐き出したほうがよい。
が、反対に引きこもるタイプの子どももいる。
よく誤解されるが、引きこもるから暴力をふるわない
ということではない。
ちょっとしたことで錯乱状態になって、暴れたりする。
そこであなたの子どもは、どうか?
あなたの前で、子どもらしく、自由に、伸び伸び
しているだろうか。
言いたいことを言い、したいことをしているだろうか。
もしそうなら、それでよし。
が、反対に、「うちの子は、できがいい」と思っているなら、
ここに書いたことを、もう一度、読みなおしてみてほしい。
子育てというのは、自分で失敗してみて(失礼!)、
はじめて失敗と気づく。
これは子育てそのものがもつ、宿命のようなものかも
しれない。
賢い親は、それに事前に気づき、そうでない親は、
失敗(失礼!)してから、それに気づく。
(「失敗」という言葉を使うのは、好きではないが・・・。)
+++++++++++++++++++++++
●「人形の子」論
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●あるお母さんからのメール
++++++++++++++++++
親から受けた子育てが原因で、
長い間、大きな心のキズに苦しんでいた
お母さんから、こんなメールが
届いています。
読者のみなさんの力になればと、
公開してくださいとのこと。
喜んで、そうさせていただきます。
お名前を、Vさん(母親)としておきます。
Vさんは、子どものころ、親からきびしい
教育としつけを受け、それが原因で、
心に大きなキズを受けてしまいました。
Vさんは、「私がしたような経験を、ほかの
子どもたちにはしてほしくない」と言っています。
本当に、そうだと思います。
最近の研究によれば、うつ病の(種)のほとんどは、
その人の乳幼児期にあるということまで、
わかってきました。
乳児期から幼児期にかけては、
(1)心豊かで、穏やかな家庭環境、
(2)愛情豊かで、静かな親子関係、
この2つが、とくに重要かと思います。
Vさんからのメールをお読みください。
++++++++++++++++++
【Vさんより、はやし浩司へ】
はやし先生、こんばんは!
今日はレッスン前に、少しだけしたが、私がかかえる障害のお話を聞いてくださって、
ありがとうございました。
私は 先生のEマガによる「自己開示」でいえば4〜5レベルに入るほど、
まわりの人たちに、いろいろなことを話しています。
隠していなくてはならないことなど、そんなにはないし、
自分を知ってもらうことは 息子であるY男にとっても
良いことのように思ったりするからです。
先生が、私の経験を多くの人たちにお話してくださるのももちろん、歓迎です
良い例として、あるいは悪い例として、
私の経験してきたことが今、どんな風に私の人生で活かされているのか、
また、少女時代の私と同じ思いを、今まさにしている子供たちが今いるとしたら、
保護者の方に気づいていただきたいからです。
両親の教育が厳しく 過干渉で 私にとっては、長くて、辛い少女時代でした。
特に厳しかったのは母でした。しかし母だけを責めているのではありません。
母は 明治生まれの姑の前で、私たち姉妹を懸命に育て、
社会に出ても恥ずかしくない子に育てをしなくては……という使命のもとでの
思いだったわけです。
当時は今のように、相談できる機関や話を打ち明けられる相手もなく、
母も苦しんだと思います 父も相談相手にはならなかったようです。
というのも 父は自分の父親を第二次世界大戦で亡くし、
顔を見た事もないまま育ったそうです。
私は今でも、ラバウル上空を通過するときは 胸が苦しくなります。
そして実の母は 姑に父を残して 再婚して出て行ってしまったそうです。
どれほどの想像を絶する悲しみを乗り越えたでしょう。
父は曾祖母に対して異常なまでの執着心を持ち妻より子供より、曾祖母
という感じでした。
そんな生活の中で 母は私たちを厳しく育てることと、しつけることで、
自分なりのアピールをしていたのかもしれません。
また 別の観点からすると 母は私たちの子育てを、はけ口としていたかも
しれません。そのことも否定できないと思っています。
では、姉にはなぜ私のような障害が起きなかったか。
私の姉は3歳年上のキャリアウーマンですが、
何をするにも要領がよく、賢く、そして心優しく 暖かい人間で、
身内の私が言うのも恐縮ですが 尊敬しています。
母やきびしい習い事の先生がおっしゃる非道徳的な言葉ですら、
「あの人、なにいってるんだろ。私のどこまでしってるっていうの?」と
冷静な受け止め方が子供の頃からできたようです。
私はといえば、まったく正反対。
母の期待にこたえよう。今、Dropoutしてしまえば お母さんが悲しむかとか、
そんなことばかり考えていました。
生真面目で いつも良い子でいなくてはならない。いつも良い点を取らなくてはならない。
お母さんが悲しむから。クラス代表に選ばれなくてはならない。母が望むから、と。
小学校3年生のとき、サンタさんに手紙を出しました。
サンタさんの存在を信じていたころ書いた、最後の手紙だったと思います。
内容は、「お願いです プレゼントはいりません ただ習い事を全部やめさせてください」
というものでした。
サンタさんが願いをかなえてくれなかったのは、これが初めてでした。
心療内科の先生はおっしゃいました。
「あなたのお父様もお母様も 強迫性障害 の可能性がある」と。
思い当たる節はいくつもありました これは遺伝する可能性のある
障害だそうです。
今年前半は、T市にある児童心療内科まで、Y男をつれて、月に一度通っていました。
Y男のためというよりは 私が息子と、どう向きあえばよいのか、
どう育てていけばよいのか、全くわからなくなり、心は八方塞になったからです。
今思えば あの半年間の通院は 心療内科の先生に会って私がカウンセリングを受ける
私のいわば治療であったように思います。
時がたつにつれて、私は私の方法で Y男と向き合っていけばいいと思うように
なりました。
なぜなら、私はY男の母親なのだから……。
こんなシンプルな答えにたどり着くのに 随分と遠回りをしたし、
これからもしてしまうことがあるのかもしれませんが、今は 安定した気持ちで、
Y男に接しています。
父はY男がおなかにいるときに脳内出血で倒れ、現在は、右半身不随の生活をしています。
それがわかった当時は、みんな私のBabyではなく、
父の病気のことにばかり関心をもって、情緒不安定になり、
母や夫に当たったこともありました。
しかし母は立派に父のパートナーとして、父の治療に徹底的につき合っています。
ひところは東京のホテルに3か月ほど暮らして、有名な先生の治療を受けていました。
けれど回復には限度があり 今は良くも悪くもならないように、
リハビリとして、朗読や華道、陶芸など様々なことにチャレンジしています。
また 現在では障害者対応の施設も多く 年に3回ほど旅行に出かけています
障害者仲間の皆様との出会いも 両親を大きく支えてくださっていると思います
で、父もあきらかな強迫性障害者です。
強迫行為といって 鍵を閉めたか、ガスの元栓は締めたか、
冷蔵庫はちゃんとしまっているか、
出かける前もふだんの生活の中でも、あまりにもしつこいこれらの行為に
私たちは障害のことは何も知らずに、へきえきしていました。
私には強迫行為はありません。
主な症状は 不安がとめどなく押し寄せて眠れないとか、そんなことです。
朝起きてまず初めに思い浮かぶことは、
今日の予定の嫌な部分です。不安が押し寄せると、過喚起を起こしてしまう。
これではちゃんとY男を育てることができないと感じたこともあります。
03年の4月 Y男が入園した直後、お願いするのならばこの先生と決めていた
先生のところへ夢中で向かっていました。
ふら〜と先生の前にお伺いして、
私は「うつ病」だといわれるのを恐れていました。
そのために今まで躊躇して、治療を受ける勇気が無かったのです。
いま、抗うつ剤も飲んではいますが、今のお薬はとても私にあっていると感じ、
快適に過ごしています。もちろん体調の良悪によって効き目が違ったり、
沈んでしまうこともありますが……。
そこから抜け出すには散歩をしたり 本をむさぼり読んだり、
ひたすら英語で独り言を言ったり、大好きな音楽を聴いたり、
一心不乱にピアノを弾いたりしています。
自分の力で抜け出す術を身につけることができるようになってきました。
化学物質を使っての治療に、初めはとても抵抗がありましたが、
お薬で生活をよりよいものにすることができるのならば、
甘えて使ってもいいんだというふうに、解釈するようになりました。
ドクター曰く、「おばあちゃまが飲むような弱い薬よ。副作用もないゎ」と。
あれから約3年 いま、最高の組み合わせのお薬にめぐり合えました。
とにかく私は 私が過去に味わった苦しみも含めて、そして今があることに
心から感謝しているし、あの苦しみがなければ、
Y男に同じ思いをさせていたかもしれないと思うと、ぞっとします。
そのことに比べれば、今の状態など、なんということはありません。
どんな経験からも苦しみからも、そして喜びからも学ぶことは際限なく多く、
そしてすべての出会いと、想いと、天国の大切な存在たちに守られて、
私たちは あたたかな蜜月を(?)すごしています。
Y男の人生はY男が決めればいい。
どうしても辛くて何かをやめたくなったとき、
逃げるのでなく決断なのであれば私は応援します。
そしてまた 新しい道を探していけば きっときっと、
something wonderful+special for him に
出逢えると信じています。
来週のレッスンの頃はグアムで思い切りガムをかんでいる(?)と思うので、
おそらく2x日のレッスンを受けさせていただくと思います。
3時まで別の習い事があるので終わってから行くと、Y男が決めました。
x曜日は私の仕事納めの日で、見学には行かれないので、
これはとても良い機会ですし、母に付き添いで行ってもらうつもりでいます。
母は今は、仏様のような(?)穏やかな人間になり、
私の仕事のx曜日とy曜日には、両親そろって、Y男との夕食、
お風呂、カードゲームなど、とても楽しみにしてくれています。
こんな私ができた 一番の親孝行が、Y男なのかもしれません。
はやし先生にこんなにいろいろとお話できるのは、
Y男も私も、先生が好きだからです。
聞いていただきたいと思ったので、一方的に長いメールを送ってしまいましたが、
不要であればどうぞ聞き流してください。
でももし機会があれば、固有名詞を伏せて、こんな体験でこんな子供が育ち、
こんな母親になったと、はやし先生のお力で、
少女時代の私のような毎日が苦悩と苦痛で満ちていた生徒さんを、お母様を
開放して差し上げられるきっかけになったら、どんなに良いことだろうと思っております。
母は、いっそ本でも書いたら?、のんきなことを言っておりますが、
今の私にそんな時間がいったいどこにあるでしょうか。
さて夜もふけてまいりました
来週3年ぶりの国際線に乗るのに、全く準備ができておりません。
残ったworkも山済みで、何とか乗り切らなくては!
でも忙しいのが性分にあっているのでしょうか。
12月の私は毎日が楽しくて忙しくて、友達と会って力をもらったり、
このうえなく充実しています。
話の続きや枝葉はまだまだありますが、今宵はここまでとさせていただきます。
長文にお付き合いくださいましてありがとうございました。
oh! 日付が変わって、今日はY男の誕生日です
6歳だなんて! あんなに小さな赤ちゃんだったY男が、(Born on xxxx、.2000)、
今こうして育っていることを、誰よりもY男の父に感謝しています。
彼は本当に素晴らしい父親です。
運命が私たちを離してしまったけれど、空き箱に迷路を作ってビー玉で転がして遊んだり、
お父さんの小さい頃はこんなことをして遊んだよと話をしたり、
当たり前のことかもしれませんが、でもこんなことになってしまって今もなお、
Y男に愛情を注いでくれていることに、心から感謝しています。
それでは2x日は Y男の祖母、あのスパルタだった(笑い)私の母が、
お伺いするかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。
結果として両親にはもちろん感謝しています。産んでくれたこと。育ててくれたこと。
Y男のシッターをしてくれていること。それをenjoyしてくれていること。
ps
障害のことで何かお役に立つことがあればどんなことでもお話しますので、
どうぞお声をかけてくださいませ。
ホルモンバランスやセロトニンの分泌調整知らなかったことを多く学ぶ機会でありました。
必要な方には、詳しくお話しさせていただければ、うれしいです。
++++++++++++++
【はやし浩司より、Vさんへ】
メール、ありがとうございました。
現在、私の周囲でも、同じような問題をかかえ、悩んだり、苦しんだりしている人が、何人かい
ます。
またそういう人たちの力になってあげてください。
よろしくお願いします。
はやし浩司
++++++++++++++
【Vさんより、はやし浩司へ、追伸】
改めて自分の書いたメールを、先生がまとめてくださったものを読んでみると、
これを読んで ひとりでもいい、気持ちが楽になってくれる
お母様、お父様、生徒さんがいらしたら、どんなに良いことだろうと思います。
ただ、話の続きや枝葉はまだまだあると書いたように、
もっともっと様々なことが、私には起きました。
今回の公開に載せていただくことはなくても、
またの機会にでも広く知っていただければと思います。
大きくは二つの話題です
ひとつめ。
先生は 親への反抗で処理したという趣旨のことをおっしゃいましたね。
実は、私もそうでした。
反抗期、ひどかったと思います とくに習い事が辛くて辛くて、
ピークの小学校高学年の頃から中学2年生くらいまで、そうでした。
何を言っても、「ああいえばこういう」式で、
ねじ伏せられてしまうことがわかっていた私は、
母に直接、反抗するということが、あまりできませんでした。
仏頂面のままダイニングで家族と食事をしたり、無言のまま誰の顔をも見ず、
さっさと食事を済ませて、勉強部屋に逃げこんだりしました。
その仏頂面の私の唇を見て、母はこう言うのです
「右下の唇が少し上に上がってゆがんでいる。
不満のあるときはいつもそんな顔をする」と。
そして 相手が他人であれば 失礼なほどに 私の顔を、目ジーッと見る。
そんなことをされれば、だれだって、気分を悪くします。で、気分を悪くした私が、
「もういやだ。くそばばぁ」と言って、
勉強部屋へ逃げ隠れしたことがありました。
このときばかりは母も相当なショックだったのでしょう。
その日以降は、話題といえばそのことばかり。
何時間もかけてそれがどんなにいけないことか、
私に説教しようとするのです。しかし私はそれを知っていたからこそ、
そんな言葉を言ってしまったのです。
母が悲しむといけないから、お稽古を頑張らなくてはならない自分がいる半面、
母が悲しむことをして束縛されていることにたいして、ささやかな抵抗をしたかった。
もうこの世から消えてしまいたいとさえ思ったことも、何度もありました
「今度の期末試験の頃は私はもういないんだから、心配することないんだ」と、
そんなばかげたことも考えたこともあります。
母が悲しむだろうから、わざと悪い成績を取ってやろうと考え、
解答用紙にあえて正しくない答えを書いたり 空欄にしたりしたこともあります。
で、それを見て、母はがっかりし、こう言ったこともあります。
「私があなたの学年の頃は、クラスで何番にはいつも入っていた。
なぜあなたはできないの? できるはずでしょう?
あなたはやればできるのだから言っているのよ」と。
「できるって誰が決めた? 誰が知ってるの? 私、どこまで頑張ればいいの?
今、交通事故で死んじゃったりしたら やりたいこと何にもできずに人生終わっちゃって
悔しいよ」と。
そんな会話が何度も繰り返されたと思います。
母への反抗心は、ある日、ふと薄いものへと変化してゆきました。
希望の高校に入学を果たし、あわただしく身支度をしていた春の朝のことです。
私のためにお弁当を作ってくれている、私よりも背の低い小さな母の背中が、
それを気づかせてくれました。
母も、私を育てるのは初めての経験だということ。
涙が溢れました。でも見つかるのも恥ずかしくて、
「コンタクトが合わなくて…」などとごまかしましたが、
「ひどいことしてごめんね、おかあさん」と、そう、あの時言いたかったのだと思います。
高校を卒業し、進学で実家を離れてからは、なおさら私と母の間の心の距離は縮まり、
一人暮らしが、私を成長させてくれたとも言えると思います。
「あなたは私の芸能マネージャーではないのだから、ぴったりとついてこないで。
誰と連絡を取っているのか、どんな友達とどんな話をしているのか、
50メートル先の自販機までジュースを買いに行くのに、
こっそりついてくるようなことをしないで。
まるで本当にジュースを買いに行くかどうか、確かめにきているみたいではないか」と、
そんな内容の、私にとっては、革命的手紙を渡したのは、
私が高校1年の夏ごろのことだったと思います。
そういうことがあって、母の過干渉も少しずつ薄れていったように思います。
さて もうひとつの話題
これは 今の世の中にも深く関わる重大な問題です。
母から束縛や過度の期待を受けてstressfulになった私がとった行動は、
恥ずかしくも クラスメイトへのいじめでした。
いじめの根源がこんなところにも潜んでいるのです。
もちろん私の心が弱かったので、そんな方向へ向かってしまったのは確かです。
しかし あれほどにまでのストレッサーがなければ、
子供の頃から転校生には進んで声をかけていた私が
あんなことはしなかったと言えると思います。
私自身もがき苦しんでいたけれど 人を苦しめることで憂さ晴らしをしようとは、
なんと愚かなことでしょう。
だから お父様、お母様、お子様がそんな風になってしまうほど
過度の干渉や期待、子供なりのプライベートへの介入をしないでほしい。
どこかで全く関係の無い誰かが、傷ついてしまう引き金になってしまう可能性があるから。
いまでも私は心を傷つけてしまったお友達のことを時折思い出し、
「ごめんね。今はどうか暖かくしあわせな毎日を送っていてほしいよ」
と思うことがあります。
ある女の子は ひどく私がいじめをしたのにもかかわらず、
私がいじめのターゲットになったときには、
惜しげもなく私に救いの手を差し伸べてくれました。
彼女は今、専門分野で世界的に活躍する立派な女性兼母になったと、
風の便りで聞きました。
彼女の成功を心からお祝いし、これからの活躍をも心からお祈りしています。
上記のいじめに関する文章は、同じ出来事を、違う言葉でしたが、あるテレビ番組の
「いじめについて考える」番組に、投稿したことがあります。
うまくまとめられたかわかりませんが以上になります。
もっと続きも枝葉もありますが、今日のところは、ここまでとします
先生、ありがとう。
私の話に耳を傾けてくださってありがとう。
私の気持ちを汲んで 皆さんにこんなできごとがあるということを、
知らせてくださって、ありがとう。
私は先生の尊敬に当たる人間ではとてもありませんよ。巨大リップサービスです
でも、生き方を認めていただけたことは、心から嬉しく思います。
ありがとうございました。
上記の文章の掲載についても、先生にお任せします
でもね先生、私、仲の良いお母様方には全く同じ話をしています。
「私、頭が弱いからね〜 薬の時間なのょ」なんて、
どこか冗談めかしながら。いえ、本当に大笑いしながら、どんどん話題にしています。
ですので、これを読んで あのVさんのことじゃないかな?、と思う
お母様は、少なくともK幼稚園のお母様ならなおさら、
5本の指でおさまるかどうかという気持ちです。アハハ。
でも今の私には、「そうなの、わたしのこと! スパルタ教育の話、
はやし先生にしちゃったぁ」と笑って答えることができます。
だから 気にしません。
誰かの心や命が、助かるのかもしれないのであれば、
どうぞはやし先生のお力で、きっかけ作りをして差し上げてほしいと思います。
ああ、2学期も明日でおしまい。明日じゃない、もう今日になってしまった!
まだまだ幼稚園児でいてほしいなぁ。
これからまた、どんな出会いがあるだろう。
小学生になったY男は どんな困難や挫折を味わうだろう。
けれど私は Y男へのバースデーカードにこう書き添えました。
「その手でゆめをつかみなさい。
そのあしで ゆきたいところへどこにでもいきなさい。
そうしておとうさんのような りっぱなひとになるのよ」と。
どこか照れくさいメッセージですが、本心です
Y男の父からも、日付指定で、カードが郵便物として届きました。
誕生日の数字を Y男の好きな迷路にイラストしてあり、
おわりのところには、「おかあさんをたいせつにしなさい」とありました。
久しぶりに声を上げて泣きながら、音楽のボリュームを大にして、
車を運転しながら仕事に向かいました。
彼という人間の子供を産んだ私は、とても幸せです。
長文を読んでくださってありがとうございました。
先にも書きましたとおり掲載については先生にお任せします。
今度は 祖母から聴いた私の心にいつもある「幸せのおどんぶり、かなしみのおどんぶり」
のお話を聞いていただきたいと思っています。
長文乱文にお付き合いくださいましてありがとうございました。
Vより。
+++++++++++++++
【はやし浩司より、Vさんへ】
●代償的過保護
親の過干渉、過関心、プラス過剰期待が、子どもをいかに苦しめるものであるか。親は、
「子どものため」と思ってそうしますが、子どもにとっては、そうではないのですね。そ
の苦しみは、苦しんだものでないと、わからないものかもしれません。
発達心理学の世界にも、「代償的過保護」という言葉があります。一見、過保護なのだが、
ふつう過保護には、それがよいものかどうかは別として、その基盤に親の愛情があります。
その愛情が転じて、過保護となるわけです。が、中には、愛情のともなっていない過保護
があります。それが「代償的過保護」ということになります。言うなれば、過保護もどき
の過保護を、「代償的過保護」といいます。
たとえば子どもを自分の支配下において、自分の思いどおりにしたいと思うのが、代償
的過保護です。そして親自身が感ずる、不安や心配を、そのまま子どもにぶつけてしまう。
「こんな成績で、どうするの!」「こんなことでは、A学校には、入れないでしょ!」「も
っと、勉強しなさい!」と。
その原因はといえば、親の情緒的未熟性、精神的欠陥があげられます。親自身が、心に
キズをもっているケースもありますし、それ以上に多いのが、親自身が、自分の結婚生活
に対して、何か、大きなわだかまりや不満をもっているケースです。
わかりやすく言えば、満たされない夫婦生活に対する不満を、子どもにぶつけてしまう。
自分の果たせなかった夢や希望を、子どもに求めてしまう。明けても暮れても、考えるの
は、子どものことばかり、と。
しかし本当に子どもの立場になって、子どもの心を理解しているかといえば、そういう
ことはない。結局は、自分のエゴを、子どもに押しつけているだけ。よい例が、子どもの
受験競争に狂奔している母親です。(父親にも多いですが……。)
このタイプの親は、子どもには、「あなたはやればできるはず」「こんなはずはない」「が
んばりなさい」と言いつつ、自分では、ほとんど、努力しない。いつだったか、私が、そ
んなタイプの母親に、「では、お母さん、あなたが東大に入って見せればいいじゃないです
か」と言ったことがあります。すると、その母親は、はにかみながら、こう言いました。「私
は、もう終わりましたから……」と。
そして、すべてのエネルギーを、子どもに向けてしまう。それが親として、あるべき姿、
もっと言えば、親の深い愛情の証(あかし)であると誤解しているからです。
●親の過剰期待
が、何が子どもを苦しめるかといって、親の過剰期待ほど、子どもを苦しめるものはあ
りません。子どもは、その重圧感の中で、もがき、苦しみます。それを表現したのが、イ
プセンの『人形の家』ですね。それについては、もう何度も書いてきましたので、ここで
は省略します。子どもは子どもで、まさに「人形」のような子、つまり「人形子」になっ
てしまいます。
「いい子」を演ずることで、自分の立場をとりつくろうとします。しかし人形は人形。
どこにも、「私」がない。だから、このタイプの子どもは、いつか、その成長段階で、自分
を取りもどそうとします。「私って、何だ!」「私は、どこにいる!」「私は、どうすればい
いんだ!」と。
それはまさに、壮絶な戦いですね。親の目からすれば、子どもが突然、変化したように
見えるかもしれません。そのままはげしい家庭内暴力につながることも、少なくありませ
ん。
(反対に、親にやりこめられてしまい、生涯にわたって、ナヨナヨとした人生観をもっ
てしまう子どももいます。異常なまでの依存性、異常なまでのマザコン性が、このタイプ
の子どもの特徴のひとつです。中には、40歳を過ぎても、さらに50歳を過ぎても、母
親の前では、ひざに抱かれたペットのようにおとなしい男性もいます。)
……だからといって、Vさんがそうだったとか、Vさんのお母さんが、そうだったと言
っているのではありません。ここに書いたのは、あくまでも、一般論です。
ただ注意したいことは、2つあります。
●批判だけで終わらせてはいけない
ひとつは、Vさんは、自分の母親を見ながら、反面教師としてきたかもしれませんが、
自分自身も、自分の子ども、つまりY男君に対して、同じような母親になる可能性が、
たいへん高いということです。「私は、私の母親のような母親にはならない」と、いくら
がんばっても、(あるいはがんばればがんばるほど)、その可能性は、たいへん高いとい
うことです。
子育てというのは、そういう点でも、親から子へと、伝播しやすいと考えてください。
今はわからないかもしれませんが、あとで気がついてみると、それがわかります。「私も、
同じことをしていた」と、です。どうか、ご注意ください。
●基本的信頼関係
もうひとつは、情緒的未熟性、精神的な欠陥の問題です。(Vさんが、そうであると言っ
ているのではありません。誤解のないように!)
最近の研究によれば、おとなになってからうつ病になる人のばあい、そのほとんどは、
原因は、乳幼児期の育てられ方にあるということがわかってきました。とくに注目されて
いるのが、乳幼児期のおける母子関係です。
この時期に、(絶対的な安心感)を基盤とした、(基本的信頼関係)の構築に失敗した子
どもは、不安を基底とした生き方をするようになってしまうことが知られています。「基底
不安」というのがそれです。おとなになってからも、ある種の不安感が、いつもついてま
わります。それがうつ病の引き金を引くというわけです。
また、ここでいう(絶対的な安心感)というのは、(絶対的なさらけ出し)と、(絶対的
な受け入れ)を言います。
「絶対的」というのは、「疑いすらもたない」という意味です。
つまり子どもの側からみて、「どんなことをしても、許される」という、絶対的な安心感
のことをいいます。これが(心)の基本になるということです。心理学の世界でも、こう
して母子の間でできる信頼関係を、「基本的信頼関係」と呼んでいます。
(あくまでも、「母子」です。この点においては、父親と母親は、平等ではありません。
子どもの心に決定的な影響を与えるのは、あくまでも母親です。あのフロイトも、そう
言っています。)
そのためには、子どもは、(望まれて生まれた子ども=wanted child)でな
ければなりません。(望まれて生まれた子ども)というのは、夫婦どうしの豊かな愛情の中
で、愛情に包まれて生まれてきた子どもという意味です。
が、そうでないケースも、多いです。たとえば(できちゃった婚)というのがあります
ね。「子どもができてしまったから、しかたないので結婚しよう」というのが、それです。
夫婦の愛情は、二の次。だから生まれてきた子どもへの愛情は、どうしても希薄になりま
す。
それだけですめばまだよいのですが、そのため親は親で、(とくに母親は)、子育てをし
ながら、そこに犠牲心を覚えるようになる。あるいは、そのまま自分の子どもを、溺愛
するようになる。
●絶対的な母子関係
「産んでやった」「育ててやった」「大学まで出してやった」を、口ぐせにする親は、た
いていこのタイプの親と考えてよいです。もともと夫婦の愛情が基盤にあって生まれた子
どもではないからです。
一方、子どもは子どもで、そういう母親でも、親であると、自分の脳みその中に、本能
に近い部分にまで刷りこみます。やはり最近の研究によれば、人間にも、鳥類(殻から出
てすぐ二足歩行する鳥類)のような、(刷りこみ=imprinting)があることがわ
かってきました。これを「敏感期」と呼んでいます。
つまり子どもは子どもで、そういう環境で育てられながらも、「産んでいただきました」
「育てていただきました」「大学まで出していただきました」と言い出すようになります。
つまり、親の子どもへの依存性が、そのまま、今度は、子どもの親への依存性へと変化
するわけです。
これがここでいう「伝播」ということになります。わかりますか?
そしてそれは、先にも書きましたように、今度は、あなたという(親)から、あなたの
(子ども)へと伝播する可能性があるということです。そういう意味では、『子育ては本能
ではなく、学習』ということになります。あなたの子どもはあなたという母親を見ながら、
今度は、それを自分の子育て観としてしまう!
では、どうするか?
●「私」をつくる3つの方法
自分の親を反面教師とするならするで、批判ばかりでは終わってはいけないということ
です。また今は、「仏様」(Vさん)のようであるからといって、過去の母親を、許しては
いけないということです。
あなたはあなたで、親というより、人間として、別の人格を、自分でつくりあげなけれ
ばなりません。それをしないと、結局は、あなたは、自分の親のしてきたことを、そっく
りそのまま、今度は、自分の子どもに繰りかえしてしまうということになりかねません。
そのために、方法はいくつかありますが、ひとつは、すでにVさん自身がなさっている
ように、(1)過去を冷静にみながら、(2)自己開示をしていくということです。わか
りやすく言えば、自分を、どんどんとさらけ出していくということです。そしてその上
で、(3)「私はこういう人間だ」という(私)をつくりあげていくということです。
いろいろ事情はあったのでしょうが、またほとんどの若い母親はそうであると言っても
過言ではありませんが、あなたの母親は、そういう点では、情緒的には、たいへん未熟な
まま、あなたという子どもを産んでしまったということになります。(だからといって、あ
なたの母親を責めているのではありません。誤解のないように!)
子どもから見れば、どんな母親でも、絶対的に見えるかもしれません。が、それは幻想
でしかないということです。ここに書いた、(刷りこみ)によってできた幻想でしかないと
いうことです。
それもそのはず。子どもは、母親の胎内で育ち、生まれてからも、母親の乳を受けて、
大きくなります。子どもにとっては、母親は(命)そのものということになります。しか
し幻想は幻想。心理学の世界では、そうした幻想から生まれる、もろもろの束縛感を、「幻
惑」と呼んでいます。
で、私もあるとき、ふと、気がつきました。自分の母親に対してです。「何だ、ただの女
ではないか」とです。私も、「産んでやった」「育ててやった」という言葉を、それこそ、
耳にタコができるほど、聞かされて育ちました。だからある日、こう叫びました。私が高
校2年生のときのことだったと思います。
「いつ、オレが、お前に産んでくれと頼んだア!」と。
それが私の反抗の第一歩でした。で、今の私は、今の私になった。もしあのとき反抗し
ていなければ、ズルズルと、マザコンタイプの子どものままに終わっただろうと思います。
(もっとも、それで家族自我群がもつ重圧感から、解放されたというわけではありません
が……。)
●Vさんへ、
……とまあ、Vさんに関係のないことばかりを書いてしまいました。Vさんからのメー
ルを読んでいるうちに、あれこれ思いついたので、そのまま文にした感じです。ですから、
どうか、仮にお気にさわるような部分があったとしても、お許しください。
子育てを考えるということは、そのまま自分を考えることになりますね。自分を知るこ
ともあります。私も多くの子どもたちに接しながら、毎日、それこそいつも、「私って何だ
ろう」「人間って何だろう」と、そんなことばかりを考えています。
以上、何かの参考になれば、うれしいです。また原稿ができまたら、送ってください。
いっしょに、(自己開示)を楽しみましょう! どうせたった一度しかない人生ですから、
ね。何も、それに誰にも、遠慮することなんか、ない。
だって、そうでしょ。私も、Vさんも、「私」である前に、1人の人間なのですから……。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
家族自我群 幻惑 過干渉 過関心 代償的過保護 自己開示 はやし浩司 親の過干渉
過干渉児 はやし浩司 人形のような子ども 人形のような子供 人形子)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●公務員の給料カット!
+++++++++++++++++
どこかの県で、その県の県知事が、
職員の給料をカットしようと考えた。
財政再建策の一環である。
会社で言えば、負債がふくらみ、
にっちもさっちもいかない状態らしい。
で、この案を提示すると、一般職員
のみならず、部長級の管理職クラスの
職員まで、猛反発!
まだ就任して間もない県知事に向かって、
「職務怠慢」「県の責任」と。
(以上、内容は、少し変えた。)
しかしこの話は、どう考えてもおかしい。
部長級の管理職クラスといえば、
一般の会社でいえば、役員クラスに相当する。
つまりその県の財政がにっちもさっちも
いかなくなったことについて、自分たちの
責任を棚上げにした上、「責任はオレたちには
ない!」「責任は、県知事にある!」と。
本来なら、部長級の管理職クラスが率先して、
自らの給料をカットするなど、部下に対して手本を
示さなくてはいけない。
県知事の意向をくんで、一般職員の説得に
努めなければならない。
それを知事に向かって、逆攻撃するとは!
……私には、こういう公務員感覚というのが、
どうしても理解できない。
バカげているというか、ズレているというか、
どうしても理解できない。
こういう人たちは、いったい、「公務」という
のを、どのように考えているのか。
恐ろしいほどの依存性。
恐ろしいほどの自己中心性。
こういう人たちが公務をしているということ
自体、恐ろしい。
自分たちの給料は、天から降ってくるものだと
思っているらしい?
いったい、この日本は、どうなってしまったのか。
なおこの話には、おまけがついている。
どこかのノーブレインの男が、その知事の
殺害予告をネットの掲示板に書き込んだ。
立派な脅迫行為である。
逮捕されて当然。
が、その男は取り調べ官に対して、
こう言っているという。
「○○(=県知事)は、独裁者だ」と。
(以上、内容は、少し変えた。)
この感覚も、おかしい。
ズレている。
だから、もう一度、繰りかえす。
いったい、この日本は、どうなってしまったのか。
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 08年 7月 28日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●鋤(すき)と鍬(くわ)
中学2年のMさんが、こう聞いた。
「センセイ、『スキ』という漢字を書ける?」
「『クワ』という漢字を書ける?」と。
私は、「書けない」と答えた。
「読むことはできるけど、書けないよ」と。
するとMさんが、すかさず、こう言った。
「そんな漢字が書けないんじゃあ、ただのオジサン
だよ」と。
口の悪い子どもだが、憎めない。
サバサバしていて、イヤミがない。
サラサラと書けないようであれば、こういうばあい、
すなおに「書けない」と答えたほうがよい。
と、同時に、学生のとき、大学の教授がして
くれた話を思い出していた。
昔、憲法学の世界に、Mという教授がいた。
憲法学の第一人者である。
東大の教授だった。
その教授が、どこかの小学校で講演をしたらしい。
憲法の話をしたのだろう。
で、そのあと、1人の小学生が、その教授に、こう質問
したという。
「憲法は、いくつ(何条)あるのですか?」と。
Mという教授はその質問に答えられず、側近の
人に、六法全書をもってこさせて、その場で調べて
答えたという。
大学の教授は、「憲法学の第一人者でも、ときとして、
そういうこともある」と言った。
あのアイン・シュタインにも、似たようなエピソードがある。
……が、だからといって、私の漢字能力の不足を弁解する
つもりはない。
私「あのね、そんな漢字は、辞書を調べればすぐわかるよ」
M「じゃあ、センセイは、ただのオジサンだ」
私「あのね、センセイというのは、辞書の調べ方を教える
のが仕事なんだよ。漢字を教えるのは、仕事ではない」
M「そんなのおかしいわよ」
私「おかしくないよ」と。
多分、学校のテストか何かで、そんな問題が出たのだろう。
私はMさんの目を盗んで、電子辞書で漢字を調べた。
「鋤」と「鍬」という漢字であることがわかった。
が、すかさずMさんが、こう言った。
「センセイ、今、辞書で調べたでしょ?」と。
私「そうだよ。ぼくが思っていたとおりの漢字だった」
M「だったら、はじめっから、そう書けばいいのに……」
私「そうだね。ところで、鋤と鍬は、どこがどうちがうか
知っている?」
M「知らないわよ、そんなの……」
私「それはおかしいよ。ちがいもわからないで、漢字だけ
知っているなんて!」と。
鋤(すき)と鍬(くわ)は、形がちがう。
使う目的もちがう。
私も家庭菜園で、鋤と鍬の両方を使っている。
漢字はあいまいだが、使い方は知っている。
私は簡単な図を描いて、どこがどうちがうかを示してやった。
私「畑を自分でたがやしたことはあるの?」
M「ないわよ、そんなの!」
私「一度、たがやしてみるといいよ。楽しいよ」と。
そのあと、いつものような静けさが教室を包んだ。
鋤と鍬……。
鋤を「鋤」と書くのは、よくわかる。
「畑をたがやすの助ける、鉄」という意味らしい。
が、なぜ鍬を「鍬」と、書くのか?
きっと、秋に使うことが多いから、鍬と書くのではないか。
勝手にそう想像してみたが、それは言わなかった。
ひょっとしたら、当て字かもしれない。
私の住む世界には、こんな大鉄則がある。
「あやふやなことは教えない」。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【一事が万事論】
●梅雨
++++++++++++++++
このところずっと、はっきりしない天気が
つづいている。
おかげで、運動不足。
体が、なまってしかたない。
「なまる」というのは、学生時代に覚えた
言葉。
「すっきりしない」という意味が含まれる。
「体がシャキシャキと動かない」という
意味も含まれる。
ついでに、頭の活動も鈍くなる。
(6月23日記、08)
++++++++++++++++
【一事が万事論】
+++++++++++++++++
人間の脳みそは、それほど器用には
できていない。
ある一面で、だらしない人は、
別の面でもだらしない。
子育てについても、また、同じ。
こんな調査結果が、公表された。
(毎日新聞、08年6月20日)
+++++++++++++++++
●ゴミ屋敷が、育児放棄に関連している!
+++++++++++以下、毎日新聞の記事より抜粋++++++++++++++
福岡県内の18歳未満の子供がいる家庭で、家の敷地内や室内にゴミをため込み生活に支
障をきたす「ゴミ屋敷」が、30世帯に上ることが西南学院大の安部計彦(かずひこ)准
教授(児童福祉)らの調査で分かった。
このうち6世帯で子供が学校に行っておらず、9世帯で予防接種などを受けさせていなか
った。安部准教授はゴミ屋敷がネグレクト(育児放棄)に密接に関連していると指摘して
いる。【高橋咲子】
安部准教授のゼミが07年7〜8月、県内の全78市区町村の児童福祉担当者を対象に
無記名で実施したところ、35市区町村から実態を踏まえた回答があった。30世帯(1
5カ所)のうち、親が昼間不在▽ゴミを片付ける意思がない▽家庭への介入を拒否する−
−の3項目に該当する24世帯について分析した。
ゴミ屋敷では、就労率が7割(17世帯)にもかかわらず、公共料金を滞納している家
庭が8割(19世帯)に上った。子供との関係では、25%(6世帯)が学校に行ってお
らず、3〜6年間も登校していない子供が2人いた。
また、予防接種など保健上のケアを受けさせてない9世帯のうち、公共料金滞納が8世帯
に上るなど、さまざまな形で世間とのかかわりを避ける傾向が浮かび上がった。
親が社会ルールを無視することが、子供の成育にも影響を与えている。ゴミ屋敷がある
と回答した15カ所中、衣服や体が不潔だったり、基本的な生活習慣の遅れがある事例が
それぞれ9カ所であり、低体重・低身長の事例も2カ所であった。
(中略)
福岡県久留米市では07年度の虐待相談が120件あり、うちネグレクトに関する相談
が半数近くの50件。同市家庭子ども相談課の浦部伸子技術主査は「身体的・性的虐待な
どと異なり、ネグレクトの親は程度の差こそあれ、『ゴミ屋敷』状態に陥っていることが多
い」と指摘する。
こうした家庭の多くは、予防接種や、4カ月から3歳まで4回ある定期健診も子供に受
けさせていないという。理由を尋ねると、母親の多くは「バスを使ってまで、なかなか行
けない」「他の兄弟を連れてはいけない」と釈明するという。
浦部さんは「子供が食事を十分にとっていなかったり、言葉の遅れがある場合が多い。
民生委員や児童委員、学校とともに、『ゴミ屋敷=ネグレクト』という共通認識をもって対
応にあたるようにしている」と話している。
+++++++++++++++以上、毎日新聞より抜粋+++++++++++++
+
西南学院大の安部計彦(かずひこ)准教授(児童福祉)らの調査によれば、「(30世帯の
うち)、6世帯で子供が学校に行っておらず、9世帯で予防接種などを受けさせていなかっ
た」という。
それぞれの家庭にはそれぞれの事情というものがあり、「だからゴミ屋敷は悪」と決めてか
かってはいけない。
それはそれとして、この記事を読んで、私は私の書いた原稿の、『一事は万事論』を、思い
出した。
+++++++++++++++
【一事は万事】
●子どもの指導
子どもを指導するときは、当然のことながら、子どもの心理を知らなければならない。
そこで家庭でも応用できる心理操作法をいくつか、思いつくまま、あげてみる。
●服従心理
子どもには、元来、服従心理がある。「だれかに従って、その命令どおり動いてみたい」
という心理である。
が、これには、コツがある。
相手を服従させるためには、「納得」が必要である。
たとえば学校の先生が、子どもに一冊の本を渡して、「これを読んでごらん」と言ったと
する。そのとき、その子どもは、その場の雰囲気を感じながら、「はい」と言って、それに
従う。
しかし見知らぬ大学生が、子どもに一冊の本を渡して、「これを読んでごらん」と言って
も、その子どもは、それには従わない。
そこで子どもに何かをさせるときは、それなりのお膳立てをしなければならない。その
お膳立てが、そのときの雰囲気ということになる。
子どもを納得させるものとして、ここでいう(1)雰囲のほか、(2)権威づけ(先生の
命令なら聞くが、そうでない人の命令には、従わない)、(3)理由づけ(合理的な理由や、
自分にとって必要なことなら従う)、(4)同調性(その人の意見に、同調するときは従う)
などがある。子どもの側からみて、納得できる状態ということになる。
こうしたお膳立てをうまくしながら、子どもを指導する。
しかし、すでに親の言うことを聞かないというのであれば、親自身がもつ権威は、すで
に失墜しているとみる。(権威で子どもをしばるのは、もちろんよくないが……。)
まずい例としては、(1)親が寝そべってテレビを見ながら、「夕刊を取ってきて!」と
言う。(2)夫婦げんかばかりしている親が、子どもに向かって、「友だちと仲よくしなさ
い」と言う。(3)交通ルールなど、自分では社会的ルールを平気で破っておきながら、子
どもに向かっては、「約束を守りなさい」などと言うなど。
親の身勝手は、親の権威を破壊する。
ただしこうした服従心理は、年齢によって、かなり異なるし、個人差もある。ふつう自
我の発達とともに、自己意識が育ってくる。そうなると、子どもは、自分自身の中の服従
心理と戦うようになる。服従的な態度がよいというわけではない。あくまでも、子どもを
見ながら、判断する。
●動機づけ
子どもの指導は、動機づけのよしあしで、そのあとのほとんどが決まると言ってもよい。
動機づけがうまくいくと、そのあとの、学習などが、うまくいく。しかし失敗すると、親
も子どもも、その何倍もの苦労をすることになる。
とくに乳幼児期の動機づけは、慎重にする。この時期、一度動機づけで失敗すると、(逃
げる)→(やらない)→(ますます嫌いになる)の悪循環を繰りかえすようになる。
たとえば本読み。
まず、親が何度も子どもをひざに抱き、子どもに本を読んで聞かせる。そういう(温も
り)が、子どもを、本好きにする。「本は楽しい」「本はおもしろい」という思いが、子ど
もを前向きに引っ張っていく。
まずいのは、いきなり本を与えて、「読みなさい!」と命令するような行為。「まだ読め
ないの!」「ここまで読まなければ、夕食はなし!」などという、無理、強制、条件。一時
的な効果はあっても、あくまでも一時的。
ついでに、読書はあらゆる学習の基礎となる。「本が嫌い」というのは、あらゆる分野に
悪い影響を与える。たとえば理科、社会という科目にしても、小中学生のころは、理科的
なことが書いてある国語、社会科的なことが書いてある国語と理解すると、わかりやすい。
乳幼児期は、本読みの動機づけを、とくに大切にする。
●手本
自分では本を読んだこともない親が、子どもに向かって、「本を読みなさい」は、ない。
こうした身勝手は、子育てにはつきもの。
たとえば何か大きな事件が、近くで起きたとする。どこかの子ども自身が、事件を起こ
すこともある。そういうとき、たいていの親は、「うちの子はだいじょうぶかしら?」と心
配する。事件にもいろいろあるが、この日本では、基本的にはルールさえしっかりと守っ
ていれば、事件に巻きこまれることは、まず、ない。
そのルールだが、親が、子どもの目の前で、破るだけ破っておいて、子どもには、「守り
なさい」は、ない。
こんな例がある。
ある中学生が、友だちから、CDを借りた。が、しばらく、それを返さなかった。で、
それを学校の先生から連絡を受けた父親は、その中学生を、スリッパの裏で、はり倒した。
その中学生の顔には、ちょうどスリッパの形のアザができた。
それを見て、私がその父親に、「何もそこまでしなくても……!」と言うと、その父親は、
こう言った。「オレは、まちがったことが大嫌いだ。人からものを借りて返さないなどとい
うことは、許さない。そういうまちがった根性は、今のうちにたたきのめしてやる!」と。
では、その父親が、そこまで自分にきびしい人だったかというと、それは疑わしい。国
産車だが、最高級の車に乗っていた。しかしタバコの灰や、吸殻は、すべて窓の外に捨て
ていた。本業は、土建業だが、業者の中では、「スルイ男」と呼ばれていた。「小ずるい男」
という意味で、そう呼ばれていた。
最近、私は、ときどき、こんなふうに思う。
よく赤信号になってから、交差点を猛スピードで走りぬけていく車がある。その中には、
ときどき、母親が運転し、横に子どもを乗せているケースもある。そういうのを見ると、「い
いのかなあ?」と。
親は、多分、「これくらいのことならいいだろう」と思って、そうしているのだろう。し
かし一事は万事。そういう母親というのは、生活のあらゆる面で、そういう小ズルイこと
をしているにちがいない。で、母親は、それでいいとしても、そういう母親の姿を、日常
的に見て育った子どもは、どうなるのか? 実のところそれを考えると、ぞっとする。
子どもに向かって、「宿題をしなさい」「勉強をしなさい」と言うくらいなら、まず、親
がそれをしてみせる。それは子育ての基本といってもよい。子どもに向かって、「人に迷惑
をかけてはいけない」「悪いことをしてはいけない」と言うくらいなら、まず、親が、ルー
ルを守ってみる。
……と、きびしいことを書いてしまったが、よい手本を見せるのが、子育ての基本とい
うことになる。
……ここまで書いたとき、もう一つ、こんな話を思い出した。
学生時代、B君というオーストラリアの友人と、ドライブをしていたときのこと。乗っ
ていた車が、州境(ざかい)までやってきた。
そのとき私は、パンか何かを食べていた。それをB君が見て、「ヒロシ、パンを捨てろ」
と。
当時、オーストラリアでは、州を越えるときは、すべての食べものを、そこで捨てるこ
とになっていた。病害虫の移動を、させないためだった。そのための、巨大なゴミ箱が、
そこに置いてあった。
私は、「いいじゃないか、パンぐらい……」というようなことを言ったと思う。しかしB
君は、一歩もゆずらなかった。「南オーストラリア州で買った食べものは、ビクトリア州へ
は、持ちこめないことになっている。ここで捨てろ!」と。
かなりの間、押し問答がつづいた。「捨てろ!」「いいじゃないか!」と。
私は、B君の杓子定規(しゃくしじょうぎ)なものの考え方に、あきれた。州境といっ
ても、大平原のど真中。人が立って見ているわけではない。途中で、検査されるわけでも
ない。しかしB君は、「捨てろ!」と。
しかしそれから35年。今、B君は、私のもっとも信頼のおける友人になっている。と、
同時に、私は、B君に対しては、とくにきちんと、どんな約束でも、それを守るようにし
ている。人間関係というのは、そういうもの。
親子関係といっても、つきつめれば、そこは純然たる人間関係。長い時間をかけて、親
子というワクを超えた関係になる。そういうことも考えながら、今のあなたのあり方を、
少しだけ反省してみるとよい。10年や20年ではない。30年、40年先には、どうな
るか、と。
ついでながら、欧米では、子育ての基本は、「心を開いて、誠実に」(Open your heart and
be honest.)だそうだ。何かのビデオ映画の中で、だれかがそう言っていた。子どもには、
心を開いて、誠実に接する。それがあなたの子どもを、よい子にする、と。
何か大きな事件が起きるたびに、「心配だ」と思うなら、一度、あなた自身の子育てのあ
り方を反省してみるとよい。ふつう「心配だ」と思うということは、すでに、あなたの子
育ては、危険な状態に入っているとみてよい。
+++++++++++++++++++
同じく30年ほど前。結婚していたにもかかわらず、女遊びばかりしている男がいた。
私を「友だち」と呼んでいたが、そのあと、私は、何度も裏切られた。お金を貸したこと
もあるが、一円も返してくれなかった。
で、そういう男を信じた、私が愚かだった。妻でさえ裏切るような男である。私のよう
な友人(?)を裏切ることなど、何でもない。朝飯前。
そんな男が、今から10年ほど前、また私に接近してきた。何かビジネスをいっしょに
しよう。ついては、私にも、出資をしないかというような話だった。しかし私には、なつ
かしさは、まったく起きなかった。もちろんそのビジネスは、断わった。
オーストラリア人のB君とくらべると、その男は、私にとっては、正反対の位置にいた。
いくら誠実そうなことを言っても、私は、まったく信用しなかった。もちろん、その男と
の関係は、そのときだけ。それで、おしまい。以後、私のほうからは、その男とは、連絡
をとっていない。
親子関係も、同じように考えてよいのではないだろうか。
【追記】
ウソはつかない。約束は守る。たったそれだけのこと。簡単なことである。そういう日々
の積み重ねが、月となり、年となり、やがてその人の人格になる。
●同調作用
人間は、太古の昔、群れをなして共同生活をしていた? この傾向が、今でも、人間の
中に残っている。それが同調作用と呼ばれる現象である。
たとえばAさんが、「あの店の料理はおいしい」と言ったとする。それに合わせて、Bさ
んも、「そうよ」と言ったとする。するとその場にいたCさんまでもが、実際には、その店
に行ったことがないにもかかわらず、「そうみたいねえ」と、相づちを打つ。
こうした同調作用は、子どもの世界にもある。
以前、ポケモンが全盛期のころ、子どもたちはみな、狂ったようにポケモンの歌を歌い、
ポケモングッズを、ほしがった。私がピカチューの絵をまねて描いてみせただけで、教室
全体が異様な興奮状態になってしまったこともある。
こうした同調作用は、まさに両刃の剣。うまく使えば、子どもを望ましい方向に導くこ
とができる。そうでなければ、そうでない。
そこで大切なのは、そのバランスということになる。同調作用が強過ぎてもいけないし、
しかしまったくないというのも、困る。
そこで一つのポイントは、服従性。服従的な同調性が見られたら、家庭教育のあり方を、
かなり深刻に反省する。
一般論から言えば、自我の発達の遅れた子どもほど、自尊心が弱く、自己主張も弱い。
親の過干渉で、内閉したり、萎縮した子どももそうである。このタイプの子どもは、いわ
ゆる人の顔色を見て行動するようになる。さらにひどくなると、だれかの指示や命令がな
いと、行動しなくなる。
が、そうでなければ、同調作用は同調作用として、適当に理解する。「みんなとうまくや
ろうね」程度のアドバイスは、悪くない。大切なことは、譲るべきところは、譲る。しか
し重要なことについては、その信念を貫くということ。
そういうメリハリのきいた子どもにすることである。
【追記】
その同調作用について、S県のSY子さん(母親)から、今朝(5・28)、こんな相談
のメールをもらった。
「息子(5歳児)のことだが、私は私という子育てをしている。しかし隣人の女の子の
家に行くと、目移りがするほど、おもちゃがいっぱいある。
そういうのを見て、うちの息子も、ほしいと言う。このままでは、仲間はずれにされて
しまうかもしれない。どの程度まで。親は許すべきか」と。
こうした相談は、少なくない。「テレビゲームには、反対。しかしそのため、うちの子は、
友だちから、のけ者にされている」「うちの子どもだけ、テレビゲームをもっていない。そ
のため、いつも友だちの家に、入りびたりになっている」と。
親として、どこまでほかの子どもたちに同調(迎合?)させたらよいかという問題であ
る。
しかしここで注意しなければならないことは、(同調)と、(迎合)は、もともと異質の
ものであるということ。
もう少し具体的に考えてみよう。
私はもともとかなりいいかげんな人間だから、適当にその場をごまかしながら生きるの
が、うまい。しかしだからとって、信念(あまりそういうものは、ないかもしれないが…
…)をまげてまで、相手に合わせるようなことはしない。
この(適当につきあう部分)が、同調ということになる。しかし(自分の信念までまげ
てつきあう部分)が、迎合ということになる。
子どもをみるばあいも、それが同調なのか、迎合なのかを見極める必要がある。
みなが祭に行くから行く……というのは、同調である。しかしみなが、酒を飲むから、
飲むというのは、迎合である。「飲んではいけない」と思ったら、そこで自分にブレーキを
かける。
このブレーキをかける部分が、自己規範ということになる。この自己規範を育てるのが、
家庭教育ということになる。
そこでテレビゲーム。
以前、子どもにテレビゲームを与えるべきかどうかで、真剣に悩んでいた祖母がいた。
さらにどんなゲームソフトを与えるべきかでも、悩んでいた。「今のままでは、うちの孫は、
のけ者になってしまう」と。その祖母は、おかしいほど、真剣に心配していた。
しかしこうした問題は、適当に考えればよい。「これが家庭教育」と、構えるような問題
ではない。その時期がきて、予算に余裕があれば、買ってあげればよい。ムダと思うなら、
買わなければよい。
買ってあげたから、子どもの心がゆがむとかそういうことはない。買わなかったから、
のけ者にされて、心がゆがむとか、そういうこともない。絶対にない。
大切なことは、その子どもが、(してはいけないことをしないかどうか)(すべきことは
するかどうか)である。
えてして、多くの親たちは、表面的な、どうでもよい問題に振りまわされる。そして本
来考えるべき、重要な問題を見落としてしまう。この子どももがもつ同調作用にも、似た
ような問題が含まれる。
【追記2】
日本人がもつ同調作用というのは、一種独特のものがある。「みんなと渡れば、こわくな
い」とか、「長いものには、巻かれろ」とか言う。「出るクギは、たたかれる」というのも
ある。
こうした同調作用は、若い母親には、とくに強い。子育てにまつわる不安や心配が、そ
れに拍車をかける。
どうして、そうなのか?
基本的には、それだけ自分がないということになる。ないから、周囲に振りまわされる。
が、若い母親を責めても意味はない。ほとんどの親は、その準備もないまま、結婚し、
親になる。あたふたとしているうちに、数年が過ぎ、子どもも、数歳になる。自分がない
からといって、それは仕方のないことかもしれない。
実際、この日本では、「私は私」という生きザマを貫くのは、むずかしい。自由があるよ
うで、ない。その自由は、まさに(しくまれた自由)(尾崎豊)でしかない。
「コースに乗っていれば安心」「コースからはずれたら、心配」と、だれしも考える。S
県のSY子さんの悩みも、そのあたりから生まれている。
では、どうするか?
子育てをしながら、大切なことは、自分自身の生きザマを確立すること。「自分はどうあ
るべきなのか」「どう生きたらよいのか」、それを模索すること。
「テレビゲームを買ってあげるべきかどうか」と悩むことは、一見、子どもの問題に見
えるかもしれないが、実は、それはその親自身の生きザマの問題でもある。
「テレビゲームは、子どもの脳に悪影響を与える」という情報を手に入れたら、買わな
いこと。心を鬼にして、買わないこと。しかし「のけ者にされそうだ」と感じたら、買っ
てやること。しかしそのときでも、テレビゲームをさせる時間と場所を、子どもとよく話
しあうこと。……などなど。
こうして親は、試行錯誤を繰りかえしながら、自分の生きザマを確立していく。つまり
こういう親の生きザマが、子どもの中に、「私は私」という自己意識を育てる。そしてそれ
が同調はしても、迎合はしないという子どもを育てる。
テレビゲームを買ってあげればよいかどうかというような、単純な問題では、決してな
い。
これから先、子どもは、(どんな子どもでも)、無数の問題をかかえるようになる。問題
のない子どもなど、絶対にいない。問題のない子育てなど、絶対にない。
問題があることが、問題ではない。大切なことは、問題があるという前提で、子育てを
すること。立ち向かうこと。そういう姿勢が、あなたを育て、同時に、あなたの子どもを
育てる。
【追記3】
ここまで書いて、先ほど、ワイフとこんなことを話しあった。
近所に、定年退職をした老夫婦が住んでいる。近所づきあいは、まったくといってよい
ほど、ない。訪問客も、年に数人あるかないかということだそうだ(隣人談)。
その夫婦について、ワイフが、「あの人たちは、何のために生きているの?」と。
実は、ここではその老夫婦のことを論ずるのが目的ではない。私やあなたの生活にして
も、その老夫婦とそれほど、ちがわないということ。基本的には、同じ。
ただ生きる目的はある。子育て真っ最中のあなたなら、子育てをすることが、その目的
ということになる。私は、ワイフにこう言った。
「ぼくだって、家族がいると思うから、がんばる。もし家族がいなかったら、今ごろは、
ホームレスになっているか、寝こんでいるかの、どちらかだ。
昨日も、歩くだけもでも、つらかった。体が重かった。しかし『ここで負けてはダメだ』
と歯をくいしばって、自転車に乗った。運動に出かけた。家族がいるということは、そ
ういうことだ。
ただし、では家族がいて、子育てをすることが、生きる意義かというと、ぼくは、そう
は思わない。目的と、意義は、ちがう。別のもの。
あの老夫婦には、生きる目的は、もうない。問題は、生きる意義だが、それも、ないよ
うに思う。ただ生きているだけというか、死に向って、まっしぐらに進んでいるだけ。そ
ういう人生からは、何も生まれない。
同じように、ぼくたちも気をつけないと、あの老夫婦と同じことをしてしまう。目的と
意義を混同してはいけない」と。
……といっても、生きる意義を見出すことは、簡単なことではない。「私たちは何のため
に生きているか?」という問題である。
もちろん子育てをすることが、生きる意義ではない。子育てをすることは、目的にはな
るが、しかし意義ではない。また意義にしては、いけない。それはあなた自身のこととし
て考えてみれば、わかるはず。
あなたの親が、あなたに向って、こう言ったとしたら、あなたはそれに耐えられるだろ
うか。
「私は、あなたを育てるために、自分の人生のすべてを賭(か)けました。私の生きる
意義は、あなたを育てることでした」と。
多分そのとき、あなたは、きっとこう答えるにちがいない。「私のことはいいから、お父
さん、お母さん、どうか、あなたの人生を生きてください」と。
親は子そだてをしながら、その一方で、自分の生きる意義を模索する。それも子育てに
隠された目的の一つかもしれない。
(040528)
++++++++++++++++
では、どうするか?
常日ごろから、そこにだれかがいるとか
いないとかに関係なく、(一事)を
大切にしていく。
それがその人の(万事)になる。
少し脱線しますが、同じく、以前
書いた原稿を添付します。
+++++++++++++++++
●日々の積み重ねが人格
人も50歳を過ぎると、それまでごまかしてきた持病がどっと表に出てくる。60歳を
過ぎると、その人の人格がどっと表に出てくる。
若いころは気力で、自分の人格をごまかすことができる。しかし歳をとると、その気力
そのものが弱くなる。
私の知人にこんな女性(80歳)がいる。その女性は近所では「仏様」と呼ばれていた。
温厚な顔立ちと、ていねいな人当たりで、そう呼ばれていた。が、このところ、どうも
様子がおかしい。近所を散歩しながら、他人の植木バチを勝手に持ちかえってくる。あ
るいは近所の人の悪口を言いふらす。しかしその女性は昔から、そういう人だった。が、
年齢とともに、そういう自分を隠すできなくなった。
で、その人格。むずかしいことではない。日々の積み重ねが月となり、月々の積み重ね
が年となり、その人の人格となる。ウソをつかない。ルールを守る。ものを捨てない。
そんな簡単なことで、その人の人格は決まる。たとえば…。
信号待ちで車が止まったときのこと。突然その車の右ドアがあいた。何ごとかと思って
見ていると、一人の男がごっそりとタバコの吸殻を道路へ捨てた。高級車だったが、顔
を見ると、いかにもそういうことをしそうな人だった。
また別の日。近くの書店へ入ろうとしたら、入り口をふさぐ形で、4WD車が駐車して
あった。横には駐車場があるにもかかわらず、だ。私はそういうことが平気でできる人
が、どんな人か見たくなった。見たくなってしばらく待っていると、それは女性だった。
しかしその女性も、いかにもそういうことをしそうな人だった。こういう人たちは、自
分の身勝手さと引き換えに、もっと大切なものをなくす。小さなわき道に入ることで、
人生の真理から大きく遠ざかる。
さてこの私のこと。私は若いころ、結構小ズルイ男だった。空き缶を道路に平気で捨
てるようなタイプの男だった。どこかの塀の上に、捨てたこともある。そういう自分に
気がつくのが遅かった。だから今、歳をとるごとに、自分がこわくてならない。「今にボ
ロが出る……」と。
ついでに……。こんな悲しい話もある。アルピニストの野口健氏がこう言った。
「登山家の中でも、アジア隊の評判は悪い。その中でも日本隊は最悪。ヒマラヤをゴミ
に山にしている。ヨーロッパの登山家は、タバコの吸殻さえもって帰るのに」(F誌〇〇
年六月)と。
写真には酸素ボンベが写っていた。それには「二〇〇〇年H大学」とあった。
++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司
●しつけは普遍
日々の積み重ねが月となり、月々の積み重ねが歳となり、やがてその人の人格となる。
むずかしいことではない。ゴミを捨てないとか、ウソをつかないとか、約束は守るとか、
そういうことで決まる。
しかもそれはその人が、幼児期からの心構えで決まる。子どもが中学生になるころには、
すでにその人の人格の方向性は決まる。あとはその方向性に沿っておとなになるだけ。
途中で変わるとか、変えるとか、そういうこと自体、ありえない。
たとえばゴミを捨てる子どもがいる。子どもが幼稚園児ならていねいに指導すれば、一
度でゴミを捨てなくなる。しかし中学生ともなると、そうはいかない。強く叱っても、
その場だけの効果しかない。あるいは小ずるくなって、人前ではしないが、人の見てい
ないところでは捨てたりする。
さて本題。子どものしつけがよく話題になる。しかし「しつけ」と大上段に構えるから、
話がおかしくなる。小中学校で学ぶ道徳にしてもそうだ。人間がもつしつけなどというの
は、もっと常識的なもの。むずかしい本など読まなくても、静かに自分の心に問いかけて
みれば、それでわかる。
してよいことをしたときには、心は穏やかなままである。しかししてはいけないことを
したときには、どこか心が不安定になる。不快感が心に充満する。そういう常識に従っ
て生きることを教えればよい。そしてそれを教えるのが、「しつけ」ということになる。
そういう意味ではしつけというのは、国や時代を超える。そしてそういう意味で私は、「し
つけは普遍」という。
(はやし浩司 しつけ 人格 人格論 はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評
論 幼児教育 子育て はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer
Japanese essayist しつけとは 子供のしつけ 子どものしつけ)
++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司
●子どもの補償作用
子どもは、(おとなもそうだが)、自分に何か欠点や、コンプレックスがあったりすると、
それを解消するために、さまざまな行動を、代償的にとることが知られている。その一つ
が、「補償」という作用である。
たとえば容姿があまりよくない女の子が、ピアノの練習に没頭したり、あまり目だたな
い男の子が、暴力的な行動によって、目立ってみせるなど。
運動が苦手な子どもが、勉強でがんばるのも、そのひとつ。あるいは内気な子どもが、
兵隊の服を着て、おもちゃの銃をもって遊ぶのも、その一つ。強くなったつもりで、自分
の中の(弱さ)を、補償しようとする。
こうした補償作用は、意識的にすることもあるし、無意識的にすることもある(「心理学
小事典・岩波」)。
つまり子どもは何らかの形で、他人の目の中で、自分を反映させようとする。自分の存
在感をつくり、最終的には、自分にとって、居心地のよい世界をつくろうとする。
が、こんなケースもある。こうした補償が、子どもの中でうまく作用する子どもは、ま
だ幸せなほう。が、その補償が、ことごとく、裏目に出る子どもだ。子どもの心を考える、
一つのヒントには、なると思う。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist はやし浩司 補償 補償作
用 補償心理)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●『奇跡のシンフォニー』
+++++++++++++++++
今日の午後、何もすることがなかったので、
ワイフと映画を見に行ってきた。
日曜日。
それに雨。
いつもとちがい、劇場は、『インディ・ジョーンズ』を
見る人たちで、ごったがえしていた。
で、私たちは、『奇跡のシンフォニー』を
見ることにした。
よかった!
泣いた!
部分的には、「?」と思うところもなかったわけでは
ない。
しかし星は5つの、★★★★★。
見終わってから、「もう一度、見たいね」と言うと、
ワイフもすなおに同意してくれた。
音楽がすばらしかった!
+++++++++++++++++
いろいろ言いたいことはある。
あるが、映画は、こうでなくては……
というような内容の映画だった。
ハッピーエンドで終わる映画は、よい。
見終わったあと、ほっとする。
娯楽映画としては、すばらしい。
あまりむずかしく考えない。
すなおに感動すれば、それでよい。
帰りに、ワイフとレストランで食事をした。
その料理を食べながら、ワイフがまた言った。
「いい映画だったわ」と。
主演のカーステン・シェリダンが、
どことなく孫の誠司に似ていたので、
ついつい必要以上に、感情移入してしまった。
これはジジバカのなせるワザか?
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 08年 7月 25日
□■□□□□□□□□□□□□□■□ =================
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どうか、お楽しみください。(↓をクリックしてみてください。)
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http://bwhayashi2.fc2web.com/page013.html
【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●親の参観
++++++++++++++++
私の教室は、すべて公開している。
そうすることによって、教室の
運営を透明化している。
だからほとんどどの教室にも、それを
参観する親たちがいる。
が、問題がないわけではない。
たとえば親が参観しているときと、
そうでないとき、まったく様子が
変化する子どもがいる。
「まるで別人?」と思うこともある。
よくある例は、親が参観していると、
おとなしく、ハキそのものがなくなって
しまう子ども。
表情も暗い。
チラチラと親のほうを見る視線も気になる。
あるいは、反対に、親が参観していると、
ちょっとしたことで、ぐずったり、いじけたりする。
突然、泣き出す子どももいる。
親への依存性が、露骨に表に出てくる。
こういうケースのばあい、親の参観を
遠慮してもらうようにしている。
が、そのタイミングと言い方がむずかしい。
親は親で、親が見る子どもの姿が、(すべて)と
思いこんでいる。
こんな例もある。
+++++++++++++++
●母因性萎縮児
小児科医院で受け付けをしている、知人の女性から、こんな話を聞いた。
何でも、その子ども(現在は、中学男子)は、幼児のころから、ある病気で、その医院
に通っているという。そして、2週間ごとに、薬を受け取りにくるという。
その子どもについて、その知人が、こんなことを話してくれた。
「ひとりで病院へくるときは、結構、元気で、表情も、明るい。薬の数を確認したり、
看護婦さんたちと、あいさつをしたりする。冗談を言って、笑いあうこともある。
しかしときどき、母親がその子どもといっしょに、来ることがある。そのときの子ども
は、まるで別人のよう。
玄関のドアを開けたときから、下を向いて、うなだれている。母親が何かを話しかけて
も、ほとんど返事をしない。
そこで母親が、その子どもに向って、『ここに座っているのよ!』『診察券は、ちゃんと、
出したの!』『あの薬も、頼んでおいてね!』と。
そのとたん、その子どもは、両手を前にさしだし、かがんだまま、うなだれてしまう。
もちろんだれとも、会話をしない。
あるとき先生(医師)が、見るに見かねて、その母親に、『子どものやりたいように、さ
せてあげなさい。そんなうるさいこと、言ってはだめです』と、諭(さと)したこともあ
るという。
ああいう母親を見ていると、いったい、母親って何だろうと、そんなことまで考えてし
まう」と。
こういう子どもを、母因性萎縮児という。教育の世界では、よく見られるタイプの子ど
もである。
子どもだけのときは、結構、活発で、ジャキシャキと行動する。しかし母親がそばにい
ると、とたんに、萎縮してしまう。母親の視線だけを気にする。何かあるたびに、母親の
ほうばかりを、見る。あるいは反対に、うなだれてしまう。
が、母親には、それがわからない。「どうして、うちの子は、ああなんでしょう。どうし
たらいいでしょう?」と相談してくる。
私は、思わず、「あなたがいないほうがいいのです」と言いそうになる。しかし、それを
言ったら、お・し・ま・い。
原因は、言わずと知れた、過干渉、過関心。そしてそれを支える、子どもへの不信感。
わだかまり。愛情不足。
いや、このタイプの母親ほど、「私は子どもを愛しています」と言う。しかし本当のとこ
ろは、自分の不安や心配を、子どもにぶつけているだけ。子どもを自分の支配下において、
自分の思いどおりにしたいだけ。こういうのを、心理学の世界でも、「代償的過保護」とい
う。
今、この母因性萎縮児は、結構、多い。10〜15人に1人はいるのではないか。おか
しなことだが、母親自身が、子どもの成長を、はばんでしまっている。そしてここにも書
いたように、「うちの子は、ここが悪い。どうして……?」「うちの子は、あそこが悪い。
どうして……?」と、いつも、悩んでいる。
そうこの話も、あのイランの笑い話に似ている(イラン映画「桜桃の味」より)。
ある男が、病院へやってきて、ドクターにこう言った。「ドクター、私は腹を指で押さえ
ると、腹が痛い。頭を指で押さえると、頭が痛い。足を指で押さえると、足が痛い。私は、
いったい、どこが悪いのでしょうか?」と。
するとそのドクターは、こう答えた。「あなたは、どこも悪くない。ただ指の骨が折れて
いるだけですよ」と。
そう、子どもには、どこにも、問題はない。問題は、母親のほうにある。
しかしこの問題は、私のほうから指摘するわけには、いかない。この文章を読んだ、あ
なた自身が、自分で知るしかない。
(はやし浩司 母因性萎縮児 はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児
教育 子育て はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese
essayist 萎縮する子ども 待合室 病院の待合室 薬の数 母原性)
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●問題のない家族
例外なく、問題の家族は、いない。金持ちも、貧乏人もない。地位や肩書きの、あるな
しも、関係ない。どんな家族も、それこそすべて、何らかの問題をかかえている。それも、
それぞれの家族にとっては、深刻な問題ばかり。
一見、他人の家族には問題がないように見える。しかしそれは、そう見えるだけ。だれ
も、自分の家族の問題を話さない。話す必要もない。意図的に隠すことも多い。だから、
外からはわからない。見えない。
ほとんどの人は、自分の家族の中で問題が起きたりすると、「どうして私だけが……」と
思う。自分の運命や境遇を、のろったり、うらんだりする。
ある母親の子どもは、20歳を過ぎてから、うつ病を発症し、そのまま家の中に引きこ
もってしまった。
その子どものことで、病院へ行き、その待合室で待っていたとき、その母親は、こう思
ったという。「どうして、うちの子だけが……」と。
そう思うのは、ごく自然なこと。そこでそういうときは、まず、二つのことを頭に置く。
一つは、問題があるという前提で、生きるということ。生きることには、問題はつきも
の。もし今、あなたが「うちには問題がない」とい思っているなら、それこそつかの間の
休息。ゆっくりと、それを楽しめばよい。
もう一つは、仮にその問題で悩んでいるとしても、それが最悪ではないということ。さ
らにその下には、二番底、三番底がある。そしてあなたが上から落ちてくるのを、「おいで、
おいで」と言いながら、待っている。
そういう意味で、人生というのは、薄い氷の上を、恐る恐る、歩くのに似ている。ちょ
っと油断すると、すぐ氷は割れて、私たちはその下へと落ちていく……。
子どもの問題とて、例外ではない。子どものできがよければよいで、悪ければ悪いで、
親はそのつど、悩んだり、苦しんだりする。これは子育てのまつわる宿命のようなもの。
子育てをする以上、親は、その宿命から逃れることはできない。
では、どうするか?
【人生は、下から見る。子どもは、下から見る】
「下を見ろ」というのではない。下から、見る。もっと言えば、「生きている」という原
点に視点を置いてみる。「ああ、生きているではないか」と。
その視点から見ると、ほとんどの問題は、そのまま解決する。
【すべてを、あきらめ、あとは許して、忘れる】
「そんなはずはない」「まだ何とかなる」と思っている間は、安穏たる日々はやってこな
い。子どもも、伸びない。しかし反対に、「まあ、うちの子は、こんなもの」と思ったとた
ん、気が楽になる。子どもの表情も、明るくなる。
そしてここが子どもの不思議なところだが、親が、そうあきらめたとたん、子どもとい
うのは、伸び始める。
【他人の子どもに、やさしく】
自分の子どものことで悩むというのには、実は二面性がある。一つは、自分の子どもに
問題があることを悩む。それはそのとおり。
が、もう一つの面がある。それは「問題のある子どもを認めない」という自分自身の中
に潜む、邪悪な一面である。
わかりやすい例で考えてみよう。
ことさら子どもの学歴にこだわる親がいる。だから子どもの成績(でき、ふでき)に、
異常なまでに神経質になる。
では、なぜそうなるかといえば、そういう親にかぎって、日ごろから、他人を学歴で判
断していると思ってよい。あるいは学歴のない人を、下に見ていると思ってよい。
人というのは、自分がもつコンプレックス(劣等感)を、裏がえす形で、それに気づか
ないまま、その問題に振りまわされやすい。私がここでいう、(もう一つの面)というのは、
それをいう。
だから、自分の子どものことで悩むのはしかたないとしても、本当にそれと戦うために
は、もう一つの面とも、戦わねばならない。「どうしてうちの子は勉強ができないのか」「こ
んなことでは、いい中学へ入れなくなってしまう」と悩んだら、同時に、自分の中に潜む、
邪悪な面とも戦う。
が、これがむずかしい。自分の中に、そういう邪悪な一面があることに気づくだけもむ
ずかしい。
で、どうするかといえば、日ごろから、他人や他人の子どもに、暖かくするということ。
やさしくするということ。問題のある人や子どもを理解し、そういった人たちを、自分の
中に受け入れていくということ。
その結果として、その邪悪な一面を、自分の中から消すことができる。そしてそれがあ
なたのかかえる問題を、根本から、解決する。
【補足】
ここに書いた話は、わかりにくい話なので、もう少し補足しておく。
親がかかえる問題には、(表の問題)と、(裏の問題)がある。私は、このことを、ある
老人の話を聞いたときに知った。
その老人(女性、82歳)は、そのとき体も弱くなり、介護なしでは、トイレにも行け
ないような状態になっていた。
そこでその娘が、その老人を、自分の家に引き取ろうとした。が、その老人は、がんと
してそれを拒否した。
「私は、どんなことがあっても、この家を出ない!」と。
みなは、住み慣れた家だから、その老人はそう言うのだと思っていた。私も、そう思っ
ていた。が、その娘にあたる女性は、私にこう話してくれた。
「母が、今の家を出たがらない本当の理由が、別にあるのです。実は、母は、若いとき
から、その町から出て行く人を、心底、軽蔑し、いつもあざ笑っていました。それで自分
が、今度は反対に、そうなるのを、いやがっているのです」「本当のところは、だれも、笑
ってはいないのです。つまり母は、自分がつくった妄想に、とりつかれているだけです」
と。
こうした例は、子育ての場でも、よく経験する。それが先に書いた、学歴の話である。
ある母親は、いつも他人を、その出身高校で判断していた。(このH市では、学歴で人を
判断する傾向が強い。)「あの人は、C高校なんですってね」「あの人は、A高校を出たのに、
あの程度の人なんですね」と。
自分自身は、市内でもナンバー2と言われているB高校を卒業していた。
で、自分の娘がいよいよ高校受験となったときのこと。が、娘には、その力がなかった。
だから毎晩のように、「勉強しなさい!」「ウルサイ!」の大乱闘を繰りかえしていた。
子どものことで何か問題を感じたら、その問題もさることながら、私がここでいう(も
う一つの面)についても、考えてみるとよい。「なぜ、その問題で悩むのか」と。
先にも書いたように、(もう一つの面)というのは、なかなか姿を現さない。しかし一度、
その正体を知れば、あとは時間が解決してくれる。
そういう冷めた見方も、ときには、必要ということである。
(040602)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●今朝・あれこれ(6月21日)
I bought a lap-top personal computer long time ago and I was surprised to know that I
did it only 9 years ago! I seems to me it has passed a long time since then, at least I can't
believe that I bought it only 9 years ago, which means my life has been full of many
dramas in these ten years. I AM HAPPY!
++++++++++++++++++
このところ、睡眠調整がうまくいかない。
夜中に目が覚めてしまうことがある。
いつもだったら、そのまま目を閉じていれば、
そのまままた、眠ってしまうのだが、今朝は、
そうではなかった。
ますます、頭が冴えてしまった。
「起きた方がいい」ということで、起床。
時計を見たら、午前3時。
今日は、K市での講演会がある。
昼ごろには終わる予定なので、帰ってきたら、
昼寝をしよう。
そう自分に言いきかせながら、パソコンに
向かう。
+++++++++++++++++
●充実した10年
居間に、今は使わないノートパソコンがある。
そのパソコンのことはよく覚えている。
そのパソコンについてのエッセーを書いたこともある。
(この原稿のあとに、添付。)
当時、17万円で買ったパソコンである。
が、(英語式キーボード配列)というので、使い勝手は、
たいへんに悪かった。
とくにエンターキーが小さく、かつその右に、スクロール
キーがついていた。
使いにくかった。
しょっちゅう、まちがえて、ほかのキーを押してしまった。
それでいつしか、そのまま使わなくなってしまった。
そのせいか、今でも、見た感じは、新品に近い。
が、私が書きたいのは、そのことではない。
私は新しい電子製品を買うと、製品のどこかに、買った日付を
書くクセがある。
とくに意味はない。
ないが、その日付を見て、驚いた。
「1999年8月」となっていた。
遠い昔のような感じがする。
それから何十年もたったような気がする。
しかし実際には、たったの9年。
それから9年しか、たっていない!
ワイフに、「おい、なあ、たったの9年だってエ!」と声を
かける。
私「99年に買ったということだから、9年前だよ。信じられない!」
ワ「それだけ、この9年間が充実していたということね」と。
そうかもしれない。
そうであると、信じたい。
この10年間、私は猛烈に原稿を書いた。
朝起きると、そのまま書斎へ。
平均して、1日10枚(40x36)の原稿を書いたことになる。
そういう日々がつづいた。
書いたという実感は、あまり残っていないが、9年前が遠い昔の
ように思える。
それが今、「たったの9年前!」という驚きとなって、返ってくる。
で、もしだれかに、「今までの努力は何のためにしたのか?」と聞かれたら、
私はこう答えるだろう。
「この充実感のため」と。
+++++++++++++++++
そのパソコンについて書いた
原稿です。
このとき通販で買ったパソコンが、
先に書いたパソコンのことです。
(中日新聞、発表済み)
+++++++++++++++++
●気になる新築の家のキズ
新築の家のキズは、気になる。私も少し前、ノートパソコンを通販で買ったが、そのパ
ソコンには、最初から一本のすりキズがついていた。それがそのとき、私は気になってし
かたがなかった。
子育てもそうだ。子どもが年少であればあるほど、親は子育てに神経質になる。「英語教
室の先生はアメリカ人だが、日系二世だ。ヘンな発音が身についてしまうのでは」「こっ
そりと参観に行ったら、一人で砂場で遊んでいた。いじめにあっているのでは」「授業中、
隣の子と話をしていた。集中力がないのでは」など。
それはわかるが、度を超すと、先生と親の信頼関係そのものを破壊する。いろいろなケ
ースがある。
ある幼稚園の若い先生は、電話のベルが鳴るたびに、心臓が止まる思いをしていた。ま
た別のある幼稚園の園長は、一人の親からの小型の封筒の手紙が届くたびに、手を震わせ
ていた。こうした症状がこうじて、長期休暇をとっている先生や、精神科の医師の世話に
なっている先生は多い。どこの幼稚園にも一人や二人は、必ずいる。
親から見れば、子どもを介しての一対一の関係かもしれないが、先生から見ると、三〇
名の生徒がいれば、一対三〇。一人や二人の苦情には対処できても、それが四人、五人と
もなると、そうはいかない。しかも親の欲望には際限がない。できない子どもが、ふつう
になったとしても、親は文句を言う。自分自身に完ぺきさを求めるならまだしも、先生や
教育に、完ぺきさを求める。そしてささいなことを大げさにしては、執拗に、先生を責め
たてる。ふだんは常識豊かな人でも、こと子どものこととなると、非常識になる人は多い。
私もいろいろな経験をした。私が五月の連休中、授業を休んだことについて、「よそのク
ラスは月四回の指導を受けている。私のクラスは三回だ。補講せよ」と言ってきた父親
(歯科医師)がいた。私がそれを断わると、その親は、「お前を詐欺罪で訴えてやる。ワ
シは顔が広い。お前の仕事をつぶすことぐらい、朝飯前だ」と。
また別の日。たまたま参観にきていた父親に、授業を手伝ってもらったことがある。し
かしあとで母親(妻)から、猛烈な抗議の電話がかかってきた。「よくもうちの主人に恥
をかかせてくれたわね! どうしてくれるの!」と。ふつうの電話ではない。毎日、毎
晩、しかもそれぞれの電話が、ネチネチと一時間以上も続いた。この電話には、さすが
に私の女房もネをあげた。電話のベルの音がするたびに、女房はワナワナと体を震わせ
た。
あなたが園や学校の先生に、あれこれ苦情を言いたい気持ちはよくわかる。不平や不満
もあるだろう。しかし新築の家のキズはキズとして、あきらめることはサッとあきらめる。
忘れることはサッと忘れる。子どもの教育に関心をもつことは大切なことだが、神経質な
過関心は、思い出を見苦しくする。あなた自身や子どもの健康にも、よくない。
よけいなことかもしれないが、子どもはキズだらけになってはじめて、たくましくなる。
キズつくことを恐れてはいけない。私のパソコンも、今ではキズだらけ。最初のころは
毎日、そのつどカバーをかけてしまっていたが、今では机の上に出しっぱなし。しかし
使い勝手はぐんとよくなった。子育ても、それと同じ。今、つくづくとそう思う。
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
●死者のあいさつ
(A dead woman came to meet me last night to say hello. I never believe in spirits but it
made my heart warm. The woman used to be my girl friend when I was a university
student. Whether you believe it or not, it was just a dream, but a dream which is very
romantic, as my wife said.)
++++++++++++++++++
霊の存在を信じているわけではない。
それに夢は夢。
しかしそんな夢に、ときとして、ある種の現実味を覚えてしまう。
ありえないことだが、ありえることとして、
自分を納得させてしまう。
もともとどうでもよいこと。
私がそれで影響を受けるわけでもない。
それはちょうど、霊の映画を見るようなもの。
あえて言えば、ブルース・ウイリスが主演した
『シクス・センス』のようなもの。
そのときそれなりに楽しめれば、それでよい。
昨日見た夢は、そんな感じの夢だった。
++++++++++++++++++
昨日、目を覚ます前、こんな夢を見た。
私はそのとき、G県の実家にいた。
まわりには、数人の人がいた。
雑然とした雰囲気だった。
いつもなら主演は、私のワイフということになるのだが、
ワイフは、少し離れたところで、炊事をしていた。
と、そのとき、学生時代の恋人がやってきた。
学生のとき、数か月間ほど、交際した女性である。
背が高く、丸顔の、美しい人だった。
ふだんは、夢の中には、ぜったいに、出てこない人である。
「そこにいる?」とは感ずるのだが、追いかけると、
そのままどこかへ消えてしまう。
夢の中では、いつも、そうだった。
若いときは、とくにそうだった。
その女性が、夢の中に出てきた。
それ自体が、私にとっては、ありえないことだった。
おだやかで、やさしい顔をしていた。
ただ顔は、やはり、60歳前後の表情だった。
シワもあり、それなりにオバチャン風の顔立ちになっていた。
が、若いころの面影がしっかりと残っていた。
私はすぐ、その女性とわかった。
その女性がこう言った。
言ったというより、雰囲気でわかった。
「死にましたから、あいさつに来ました」と。
私はだまって、その女性を見つめた。
見つめながら、「これからどこへ?」と声をかけると、
その女性は、にっこりと笑って、「Gまで……」と
答えた。
「G」というのは、その女性が結婚して嫁いで
いった町である。
「駅まで、送っていこうか?」と声をかけると、
その女性は、うれしそうに、またにっこりと笑った。
私はその女性の1、2歩あとを歩いた。
背中がよく見えた。
美しい髪の毛は、そのままだった。
古い町並みで、通りにはだれもいなかった。
白い光が、あたりを包んでいた。
私はだまって、歩いた。
彼女も、何も言わなかった。
と、そのとき、彼女が、そっと、私の腕に、自分の
腕を通してきた。
とたん、あのころの甘ずっぱい思いが、心の中に
充満した。
「学生のときみたい……」と思った。
思ったが、お互いに、やはり何も言わなかった。
で、夢は、そのあたりから、ぼんやりとしてきた。
夢といっても、不思議なほど現実味のある夢だった。
不思議な夢だった。
あとでワイフに、つまり朝食のときに、それをワイフに
話すと、ワイフは、こう言った。
「本当に亡くなったのかどうか、調べてみたら?
あなたには、不思議な霊感があるから」と。
私「ハハハ、夢だよ、夢。それにその人が今、どこに
住んでいるか、知らない」
ワ「それにしても、ロマンチックな夢ね。昔の恋人が
あいさつに来るなんて……」
私「うん……。ぼくもそう思う」と。
本来なら、さみしいはずなのに、そのさみしさがなかった。
むしろ、ほのかな温もりだけが、心の中に残った。
が、どうであるにせよ、つまり本当に亡くなったにせよ、
ただの夢であるにせよ、私は、二度と、その女性に
会うことはない。
心の隅に、「会ってみたい」という気持ちもないわけではないが、
会ったところで、話すこともないだろう。
それにワイフも、いやな思いをする。
だから、あの女性は、昨日、本当に亡くなった。
亡くなって、この世界からも、そして私の心の中からも消えた。
今は、そう信じている。
さようなら、Tさん!
私はまだまだ現役のまま、がんばりますよ!
死ぬのは、ずっと先の話です!
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●死に神?
++++++++++++++++++++
今月(=08年6月)17日に宮崎勤死刑囚(45)ら3人の死刑執行を指示した鳩山邦
夫法相を、朝日新聞が18日付夕刊で「死に神」と報道した。
それについて、鳩山法相は20日の閣議後会見で、「(死刑囚は)犯した犯罪、法の規定に
よって執行された。死に神に連れていかれたというのは違うと思う。(記事は)執行された
方に対する侮辱だと思う」と強く抗議した(以上、産経新聞より、抜粋)。
当然である!
つまり朝日新聞社の記事は、常識を逸脱している。
いくら死刑に反対であっても、それが現に、法で認められている以上、天下の公器が使っ
てよい言葉と、そうでない言葉がある。しかも相手は、日本の法務大臣。
それにしても、「死に神」とは!
+++++++++++++++++++++
●ヒルさん、さあ、あなたのショータイム!(Meaningless Show Time!)
*It's a Show Time, Mr. C. Hill!
But we are not cheated by you.
Why do you haste to blow up such an old junk yard in Yon-Byong in North Korea?
Is it only for your own fame? Or is it to hide your failures in the past?
You may think we, the Japanese, are stupid enough but as a matter of fact, we are not.
Mr. C. Hill, wake up your mind and know the fact there lying before you.
Kim Il Jong is not such and such person as you may think.
Please don't forget that Kim Il Jong may have killed over 200 thousands political
prisoners inside the country.
You are the one who has been assisting the tyrant.
You will know in the near future that you have wasted time and money as Soviet did,
China did and Japan did in the past.
We in no way can accept such a procedure as you intend, leaving nuclear weapons as
they are, which is surely a critical problem for us, the Japanese.
We in no way can give North Korea a bit of money as long as they have nuclear
weapons,
with which they will threaten us for more money.
Or, you will know, you will lose the best partner in Far East.
I have been a pro-USA for long time but not now anymore like more and more other
Japanese.
You are being destructing the relationship between USA and Japan very rapidly
Mr. G. Bush and C. Rice also should know this fact.
Hiroshi Hayashi, an ordinary Japanese, Japan
●核兵器は後まわし?
韓国の聯合ニュースは6月20日(08)、外交筋の話として、北朝鮮が26日ごろに核計
画の申告書を6カ国協議の議長国・中国に提出する見通しだと報じた。
申告書提出に合わせ、米国が北朝鮮のテロ支援国指定を解除する手続きに着手するとの日
程で米朝両国が一致したという。
聯合によると、北朝鮮が申告書を26日に提出すれば、数日間の検討期間を経て7月第1
週に6カ国協議を再開。これに先立ち北朝鮮は申告書提出後の27、28日ごろに原子炉
の冷却塔を爆破することを計画しているとされる(以上、時事通信より抜粋)。
++++++++++++++++
●爆破ショーにだまされるな!
もともと老朽化して使い物にならない核施設を、爆破してどうする?
どうなる?
それはただのショーにすぎない。
そういうショーを演ずるということ自体、子どもじみていて、話にならない。
バカげている。
既存の核兵器については、後まわしだと!
日本にとっては、とんでもない話。
既存の核兵器を不問にしたまま、北朝鮮への援助会議(=6か国協議)だけが先行したら、
この日本は、どうなる?
この先、核兵器の存在にビクビクしながら、日本は、北朝鮮の言いなり!
さらにヒル氏にしても、今まで拉致問題について、さんざん日本を裏切って
おきながら、この場に及んで、何が拉致問題だ。
ヒル氏は、この日本を、北朝鮮への(金づる)くらいにしか、思っていない。
安倍元総理大臣が、異議を唱えて、当然である。
日本のみなさん、意味のない爆破ショーにだまされるな!
そんなショーを見せつけられて、6か国協議が前進していると、思うな!
なおこの文章は、英文にして、アメリカ国防省のBLOGのコメントに張りつけてやる。
私は、だまっていないぞ!
抗議の送付先:acsok@gol.com
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●今夜・あれこれ(6月21日、2008)
+++++++++++++++
●コンビニ・ブック
コンビニで、「日本史・意外すぎる、
この結末!」(河出書房新社刊)という
本を買った。
定価は税込みで、500円。
最近、この類の本を、よく買う。
「超怪奇UFO現象」
「超古代オーパーツ」
「超古代文明」
「日本史おもしろBOOK」などなど。
どれも、すべてコンビニで買ったもの。
テレビ台の横に並んでいる。
「コンビニの本だから……」
「安い本だから……」という偏見は
もってはいけない。
どれもよく書けている。
おもしろい。
ためになる。
読んでいて、脳みそがバチバチと
ショートするのが、何よりも楽しい。
パラパラとめくって読んでみる。
たとえば、
(1)あの『忠臣蔵』で、実際、討ち入りに
参加したのは、たったの6人?
47人ではなく、6人!
家老の大石内蔵助良雄、足軽頭の吉田忠左衛門、
原惣右衛門らの6人!
浅野家の上級武士は58人もいたという。
「つまり身分の高い武士、58人中、52人は
討ち入りに参加しなかったのである」(同書)と。
フ〜〜ン!
(2)ねずみ小僧が、義賊というのはウソ?
そのねずみ小僧次郎吉は、1832年(天保3)に
御用となっている。
が、そのときの取り調べで、「盗んだ金は、みんな、
バクチですったと証言している」(同書)と。
また「悪徳商人から金を盗んだ」というのも
事実ではないらしい。
「ねずみ小僧がおもなターゲットとしていたのは、
商家ではなく、武家屋敷」(同書)だった、とも。
「……といっても、侍を憎んでいたわけではなく、
当時は商家よりも武家屋敷のほうが警備が緩く、
楽に仕事ができたからだ」(同書)という。
フ〜〜ン。
(3)最後の将軍、徳川慶喜(よしのぶ)は、道楽三昧(ざんまい)?
「大政奉還し、最後の将軍となった徳川慶喜は、
その後、明治時代を生き抜いたばかりか、大正時代
まで長生きした」(同書)とある。
33歳で隠居生活に入ってからは、道楽三昧。
その中でもとくに、のめりこんだのが、カメラとのこと。
「33歳の若さで隠居したこともあって、夜の
生活もがんばり、ふたりの側室とのあいだに、
10男11女、合わせて21人もの子どもをもうけた」
とある。
フ〜〜ン。
「逆賊の汚名を着せられた彰義隊や、会津の白虎隊が、
最後まで悲しい抵抗を試みたのに、その象徴である天下の
将軍は、ずいぶんとお気楽な人だったようだ」(同書)とも。
●歴史は、おもしろい
歴史は、おもしろい。
ほかに、「北斎は、生涯、93回も引越しをした」
「禅僧の良寛は、もの忘れがひどかった」
「40歳になったら、接しても(=セックスをしても)、
漏らしてはいけない(=射精してはいけない)」と説いた、
貝原益軒は、実は39歳のとき、17歳の女性と結婚
したとか、など。
この本に書いてあることがすべて事実であるとは、
かぎらないが(失礼!)、しかし半分事実であると
しても、おもしろい。
ほかにもいろいろなことが書いてある。
私は、そのつど、フ〜〜ン、フ〜〜ン、と読んだ。
言いかえると、私たちがもっている「歴史の常識」
ほど、あてにならないものはないということか。
「作られる」とまでは言わないが、部分だけが
ひとり歩きして、それが「全体の事実」となってしまう。
改めて、それを知った。
ついでに本書の帯に書いてあることを、そのまま
紹介させてもらう。
(1)大親分「清水次郎長」は維新後、英語のセンセイになっていた。
(2)「小野妹子」は隋からの帰国後、じつは罪人扱いされていた。
(3)天才発明家「平賀源内」は、晩年に人を斬って、獄中死していた。
(4)「大隈重信」はテロで切断された足を、自宅でアルコール保存していた。
(5)「生類憐れみの令」を出した5代将軍「徳川綱吉」は、妻に殺されていた。
フ〜〜ン、フ〜〜ン、フ〜〜ン、ハハハ。
興味ある人は、ぜひ、この本を読んでみたらよい。
(補記)
全体を読んでみて……。
昔……といっても、私の子ども時代は、まだその延長線上にあったのだが、
昔の(男たち)は、それなりの人物になると、みな、愛人をもった。
昔は、「もった」というより、「囲(かこ)った」という言葉を使った。
私の耳にも、そういう言葉が残っている。
まだ40年前には、幼稚園の児童の中にも、そういう愛人の子どもというのが、
何%かはいた。
で、ここに書いた、貝原益権にも愛人がいたし、本居宣長にも愛人がいた。
本居宣長のばあい、妻の「たみ」のほか、「お染」(手伝い)、「お時」(側室)、
「お芳」(秘書)などがいたという。
最高は、何といっても、徳川慶喜。
幕末といっても、それでも、大奥には、上は「御台所(みだいどころ)」
から、下は女中まで、約400人もの女性がいたという。
その女中も、上は「上臈」から下は「御小姓」まで、20の身分に区分されて
いたという。
フ〜〜ン。
となると、権力者とは何か、知識人とは何か、正義の使者とは何か、
そこまで考えてしまう。
(愛人をもつこと)イコール、(悪)というわけではない。
もちろん(愛人)イコール、(悪)というわけでもない。
ときとして(心)は、その人を超えたところで、その人を支配する。
ときとして(本能)は、その人を超えたところで、その人を支配する。
妻がいても、あるいは夫がいても、別の人を愛してしまうということは、
(それが本物の愛であればという条件つきだが……)、人間である以上、
しかたのないこと。
もしそれがまちがっていると言うのなら、人間であること自体が、
まちがっているということになってしまう。
その上で、男のほうにそれだけの責任能力があれば、愛人が「愛人」として、
それなりの立場を確保したとしても、おかしくない。
当時は、女性のほうも、そういう(社会)を認めていた。
が、もちろんこうした(常識)は、現代には、通用しない。
夫婦というのは、ほかの人間関係とはちがった、強い絆(きずな)で
結ばれている。
それがこれまたほかの人間関係とはちがった、信頼関係を築きあげる。
もしそうでないというのなら、すでにその夫婦は、夫婦としての
機能を失いつつあると考えてよい。
実際、そういう夫婦も少なくない。
が、そこで「即、離婚!」というわけでもない。
非公式の統計によれば、現実に30〜50%の夫婦は、1度以上の
浮気を経験しているという。
実際には、もっと多いかもしれない。
「性(セックス)」というのが、享楽のための手段としてひとり歩き
しはじめたこともある。
私の知人(女性、40歳くらい)は、毎月、2〜4度、別の男性(70歳
くらい)と、浮気を重ねている。
「援助交際」というよりは、「契約不倫」のようなものらしい。
この世界には、常識はない。
要は、それぞれの人たちが、それぞれの形で、納得すれば、それでよい。
(もちろん、相手が18歳未満の未成年は、論外だが……。)
私とて、ふつうの「男」だから、それなりの性欲もあり、それなりの
欲望もある。
しかしその女性と対峙したとたん、(責任)を感じてしまい、それ以上の
関係になることは、ない。
「結婚は、一度で、たくさん」
「子育ても、一度で、たくさん」
「人生も、一度で、たくさん」と。
ついでに「妻も、1人で、たくさん」と。
さらに言えば、私自身は、(愛人をもっている男)は、信用しない。
妻ですら裏切っているような男である。
そういう人間が、私のような人間を裏切るのは、朝飯前(?)。
そう考える。
ということで、当然のことながら、私は一夫一妻制を支持する。
(心)の問題がからむなら、一度、しっかりと(?)、離婚し、
けじめをつけてから、再婚という形にもちこめばよい。
……それにしても、昔の人たちは、(女性)というのを、どう
考えていたのだろう。
一方、そういう社会を、女性たちは、どう考えていたのだろう。
私などは、若いころから、女性にもてなかったこともあるから、
愛人を何人ももっていた人の話を知ると、あまりおもしろくない。
つまりその分だけ、妻をもてなかった男もいたはず。
今から100年前に生まれていたら、私もそうなっていたかもしれない。
……ところで、そういう社会に、敢然と戦いをいどんでいった女性もいた。
「藤原てい」という人物も、そのひとり。
戦後の女性人権問題で、先頭に立って戦った人物である。
その藤原ていの息子氏が、『国家の品格』を書いた、藤原M氏。
恩師、田丸謙二先生の嫁婿氏である。
どうでもよいことだが……。
Hiroshi Hayashi++++++++++++++++++++++はやし浩司
●ブルーツース(BLUETOOTH)
今日の午後、私の携帯電話に、ブルーツースのキーボードを
取りつけようとした。
携帯電話は、イーモバイル社製の「S11HT」。
知る人ぞ知る、最先端を行く、モバイル端末機である。
携帯電話というよりは、超小型パソコン。
もちろんブルーツース機能つき。
が、キーボードが小さすぎて、つかい勝手が悪い。
そこで、外付けのキーボードを取りつけることにした。
が、悪戦苦闘すること、2時間〜。
イーモバイル社の相談窓口の人とあれこれやってみたが、
結論は、「(キーボードの)メーカーに問い合わせてくれ」。
どうやら無駄な買い物をしたみたい。
あさっての月曜日に、メーカーに問い合わせてみて、
それでダメなら、あきらめる。
しかし頭の運動にはなった。
プラス、疲れた。
夕食を食べるとき、「今日の講演よりも、ずっと疲れた」と
ワイフに言うと、ワイフは、ケラケラと笑った。
ブルーツースというのは、「無線通信技術」のひとつ。
対応機種であれば、無線で、パソコンと、それぞれの機種を
つなぐことができる。
しかし「ブルーツース(青い歯)」というのは、
おもしろいネーミングだ。
どうして「ブルーツース」なのか?
正しくは「ブルーツゥス」なのだが……。
一度、調べてみよう。
●サル
今朝は。屋根の上を飛び回るサルの足音で目が覚めた。
最初に目を覚ましたのは、ワイフ。
つづいて、私。
ドスン、ドスン、と。
ワイフはすぐ外へ出ていった。
あとで、「これくらいの大きさだった」と、両手で、50センチくらいの
幅をとって見せてくれた。
「ニホンザルだね」と、私。
で、そのあと私も外に出てみた。
山荘のまわりを歩いてみた。
屋根の上には、何もいなかった。
が、屋根から下へ水を落とす、樋(とい)が2か所、壊れているのがわかった。
サルは樋をつたって、屋根の上に登ったらしい。
ほかに……。
ビワは全滅。
サクランボも全滅。
桃と柿はこれからだが、それも時間の問題。
こうした山の中で、果物の木を育てること自体、バカげている。
サルか野鳥のエサになるだけ。
イノシシもいる。
畑も、ごくかぎられた、たとえば、ニンニクのようなものしか、
栽培できない。
「向こうの山の尾根には、サルが出る」という話は、村の
人たちから聞いて知っていた。
しかし手前の、私の山荘のある尾根にまで出るとは、思わなかった。
ワイフはこう言った。
「第二東名の開発が進んでいるから……」と。
このあたりも、サルにとっては、住みにくい山になってきたようだ。
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 08年 7月 23日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【がんこな子ども】(高機能自閉症スペクトラム・コクーン症候群)
Children who live in Cocoons
(症例1)
私が、その子ども(年長女児)に、こう話しかけたときのこと。
「今日は、いい天気だね」と。
その女の子は、こう言った。
「今日は、いい天気ではない!」と。
私「でも、いい天気でしょ」
子「あそこに、雲があるから、いい天気ではない!」
私「少しくらいあっても、いいじゃない。いい天気だよ」
子「雲があるから、いい天気ではない!」
私「でも、気持ち、いいでしょ。いい天気だから……」
子「雲があるから、いい天気ではない!」と。
(症例2)
学校の先生が、帰りのしたくのとき、子どもたちにこう告げた。
「今日は、みんなで、いっしょに帰ってください」と。
そこで小学校2年生のA子さんは、帰りの支度をすますと、靴箱の前に並んだ。
が、ほかの子どもたちは、数人ずつ、連れだって帰ってしまった。
A子さんは、そのまま靴箱の前で立っていた。
それを見つけた別の教師が、「どうして帰らないの?」と声をかけると、A子さんは、
こう言った。
「だって、みんなと帰る」と。
A子さんは、みながそこに集まるのを待っていた。
教師「もう帰らないと、真っ暗になってしまうよ」
A子「先生が、みんなといっしょに、帰りなさいと言った」と。
(症例3)
B氏は、妻Cさんの運転する車で、ドライブをしていた。
そのとき妻Cさんが、道をまちがえた。
B氏「おいおい、その角を右へ回るんだよ」
妻C「道がよく似ていたから……」
B氏「いつもは、その角を回っていたじゃない……」
妻C「あなたがしゃべっていたから、道をまちがえたのよ」
B氏「しゃべっていたって?」
妻C「運転しているときは、黙っていてよ」と。
B氏は、そんな妻Cについて、こう言う。
「ぼくの妻は、言われたことはきちんとする。
しかしそれ以上のことは、まったく、しない。
居間が汚れているから、『掃除機をかけてよ』と言うと、
掃除機をかけて、それでおしまい。
つぎに「散らかっているものを、集めてよ」と言うと、
散らかっているのを集めて、それでおしまい。
気になるのは、言葉の冗談が通じないこと。
大きなケーキを食べているとき、『そんなに食べると、
ブタになってしまうよ』などと言おうものなら、本気で
怒り出してしまう」と。
●アスペルガー症候群
自閉症は、自閉症と高機能自閉症に分けて考える。
さらに高機能自閉症とアスペルガー症候群は、分けて考える。
高機能自閉症の子どもは、日常的な会話に困難を示す。
これに対してアスペルガー症候群の子どもは、日常的な会話には、目立った困難さを示さ
ない。
アスペルガー障害児の専門HP「コクーン」には、つぎのようにある。
+++++++++++++++以下、「コクーン」より++++++++
『……しかしながらアスペルガー症候群の子どもたちにも、よくコミュニケーション上の
課題が認められます。語彙は豊富で、単語や知識を熟知していても、文脈や全体的な状況
の中で、言葉を理解することが苦手です。比喩的表現、関係の中で意味が変わる抽象的表
現、言外の意味や言葉の背後にある意味を伝える表現は、理解しにくく、他人の意図を取
り違えることが多いのです。
具体的に、短く、明確に説明してもらわないと意味が理解しにくいことも多いのです。
また、言葉の使い方(語用)に課題が多く、すぐれた言語表現能力をもっていいても、「今
日はどうだった。」 「どうしょうか?」などの自由回答型で概括的な質問には、適切にこ
たえることができないことがあります。会話の根底にあるメッセージをうまく感じ取るこ
とができにくいからです。一方論理的に回答がひとつ導かれる質問や自分に関心のあるテ
ーマに応えることは得意です。
またアスペルガー症候群、高機能自閉症共通の特徴として、表情、身振り、視線などの
非言語的なサインで、メッセージを読みとったり、逆に相手に自分の気持ち伝えたりする
非言語的コミュニケーションも、できにくいという。
これらの特徴のために、相手と距離感がとれず人に近づきすぎたり、あるいは無視した
り、避けたりしているようにみえることがあります。また時に一方的な饒舌にみえたり、
場面緘黙のように見えたり、することもあります。人によってコミュニケーションの問題
は形をかえて表現されるのです。
しかしいずれも相手の意図や文脈、状況がうまく読み取れないことは共通しています』
(以上、「コクーン」より)と。
+++++++++++以上、「コクーン(cocoon club)」より++++++++++++
●がんこな子ども
高機能自閉症とか、アスペルガー症候群とかいう言葉が、一般的になったのは、
ここ10年ほどのこと。
それまでは、「がんこな子ども」と評され、その範囲で、位置づけされてきた。
このタイプの子どもは、あたかも「殻(から)」にこもってしまったかのように、
ときとして、異常なまでに、がんこになる。
ふつうの子どもなら、何かのミスをし、「あら、ごめん!」ですむような場面でも、
「私はまちがっていない」という立場で、どこまでも自分を主張する。
反対に、叱ったほうを、逆に攻撃することもある。
私、不注意で、花瓶を割った子どもに、「だめじゃないか、こんなことしたら!」
子、すかさず、「先生が、こんなところに花瓶を置いておくから、悪い!」
私「悪いって、ここがみんなからよく見えるところだからだよ」
子「先生だって、この前、粘土で作った私の工作をこわしたでしょ」
私「いつ……?」
子「うちで見たら、こわれていた」と。
一度、殻にはいってしまうと、そこから抜け出るのが容易ではない。
そのことだけに強い、こだわりを示すようになる。
そして一度、そうなると、融通性をなくし、ますますかたくなな態度を示すようになる。
こうした症状を総合して、「コクーン症候群」と呼ぶ人もいる。
●対処のし方
このタイプの子どもと、(おとなも、そうだが)、本気で対峙すると、
(怒り)がそのまま増幅されて、こちらのほうが、かえって気がおかしくなってしまう
ことがある。
たとえば、最後には、こんな会話になる。
私「あのね、花瓶を割ったら、すなおにごめんねと言えばいいの」
子「どうして、ごめんと言わなければならないの?」
私「花瓶を割ったからだよ」
子「私は割っていない。落ちたから、割れた」
私「わざとでなくても、不注意で割ったのだから」
子「どうせ、謝っても、許してくれないでしょ」
私「あのね、一言、『ごめんなさい』と言えば、それですむ話だよ」
子「だれだって、花瓶を割ることくらい、あるでしょ」と。
一度、その子どもが殻に入ったのを感じたら、先に、こちらのほうが、引きさがる。
引きさがって、それですます。
この子どものばあい、「私は悪いことをしていない」という殻の中に、入ってしまっている!
そのため説教したり、言葉で説明したりしても、意味はない。
言い方をまちがえると、かえってその子どもを、さらにがんこにしてしまう。
しばらく時間をおくか、一呼吸おいてから、その話題に触れる。
(そのときでも、殻に入ってしまうことが多いが……。)
言うべきことは言って、それですます。
もちろん症状にも個人差があり、軽重がある。
「他人とのコミュニケーションが、うまくとれない」というようなばあいには、
一度、各地にある、「発達障害センター」などの窓口に相談してみるとよい。
なお、年齢的には、もちまえの(がんこさ)は残るものの、思春期前後から、
症状は改善し、おとなになるころには、見た目には、わからなくなる。
それまでに大切なことは、症状を、こじらせないこと。
無理に強制したり、はげしく叱ったりするのは、タブーと心得ること。
とくに乳幼児期には、タブーと心得ること。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 自閉症スペクトラム コク
ーン症候群 アスペルガー児 アスペルガー障害児 がんこな子ども はやし浩司 高機
能自閉症 高機能自閉症スペクトラム)
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【分離する人格】
●トラウマが引き金となる、人格の分離
+++++++++++++++++
激怒した瞬間、別人格になってしまう
子どもがいる。
+++++++++++++++++
激怒した瞬間、別人格になってしまう子どもがいる。
あたかも人格が分離、もしくは遊離してしまうといった感じになる。
(平静時における子ども)と、(激怒したときの子ども)に、連続性がない。
たとえば激怒した瞬間、人格そのものが、変化してしまう。
見た感じは、まるで別人。
それまでの子どもとは、まったく別の価値観、人生観をもつ。
性格そのものまで、変化する。
多重人格障害と異なる点は、(記憶の連続性)はあるということ。
(平静時における子ども)は、(激怒したときの自分)を、よく覚えている。
(あまりそのことには触れたがらないが……。)
一方、(激怒したときの子ども)は、(平静時における自分)を、よく覚えている。
だからこんな会話をする。
私、激怒した状態の子どもに向かって、「君は、先ほど、
明日はみなといっしょに、図書館へ行くと言ったではないか」
子「行きたくない!」
私「本当に、行きたくないのか」
子「行きたくない」
私「昨日は、行きたいと言ったではないか」
子「本当は、行きたくない」と。
しかし再び平静時になると、「本当は、行きたい」などと言ったりする。
●Y君(小2男児)のケース
Y君は、ふだんは、おだやかで、多少の多弁性はあるものの、
冗談もよく通じ、明るく、さわやかな感じの子どもである。
さみしがり屋で、頭もよい。
この状態のY君を、Y君(A)とする。
そのY君は、ふとしたきっかけで、別人のように変身する。
気分をそこねるというか、自分の思い通りにならなかったその瞬間、
突発的に顔をゆがめ始める。
何を言っても、道理そのものが通じなくなる。
ささいなことで怒り、怒鳴り散らす。
恐ろしいほどの(心の冷たさ)を感ずることもある。
子どもどうしの喧嘩に発展することもあるが、相手に対して、手加減をしない。
スパッスパッと、まるでカミソリで切り込むような動きになる。
感情、動作ともに、抑制命令がきかなくなる。
年長の、体格のより大きな子どもに向かっても、攻撃をしかけていく。
この状態のY君を、Y君(B)とする。
(1)破滅的な言動
一度、Y君(B)になると、ものの考え方が、破滅的になる。
みなで決めたことや、先生と取り決めたことを、すべて破壊しようとする。
言動がはげしいため、それまでの人間関係が、破壊されてしまうこともある。
(実際には、相手の子どもが、Y君(B)を遠ざけるようになる。)
が、しばらくすると、(それもほんのささいなきっかけが原因となって)、
再び、もとのY君(A)にもどる。
そうしたY君を観察してみると、Y君の中に、あたかも2人のY君が
いるように感ずる。
ふつうの(激怒)とちがう点は、恐らく本人自身も、「怒っている」という
意識はなく、「どちらが本当の自分かわからない」といった状態になるということ。
ふつうの(怒り)には、段階的な連続性がある。
また感情的になっても、もとの自分をもち崩すということはない。
が、このタイプの子どもの(激怒)には、その段階的な連続性がない。
錯乱状態になることもある。
あるいは激怒することはないにしても、異常なまでにすねたり、ぐずったり、
いじけたりすることもある。
●原因
このタイプの子どもには、共通した経験(環境)がある。
様態はさまざまだが、家庭生活の中で、極度の恐怖体験を、一度、あるいは
習慣的にしている。
この恐怖が、脳の中に、別の記憶をつくるようになる。
これを心理学では「隔離」と呼んでいる。
その隔離が進むと、人格の分離が始まる。
防衛機制のひとつである。
数年前だが、M君(当時、小1男児)という子どもがいた。
彼の母親は、いつも口癖のようにこう言っていた。
「『内弁慶、外幽霊』いう言葉がありますが、うちのM男は、逆です。
うちのM男は、『内幽霊、外弁慶』です」と。
つまり家の中では、別人のように、静かでおとなしく、やさしい、と。
理由をたずねると、父親が、「めちゃめちゃ怖い人」(母親の弁)ということで、
M君が何か口答えしただけで、パシッと、顔や頭をたたかれたという。
もう1人、印象に残っている子どもに、Nさん(当時、小5女児)という子どももいた。
Nさんも似たような症状を示していたが、原因は、母親との相談で、わかった。
Nさんの父親は、アルコール依存症で、酒が入ると、別人のようになって
家の中で暴れるという。
そのたびにNさんは、家の中で父親を避けて、逃げ回っていた。
原因は、極度の恐怖体験と考えてよい。
その恐怖体験が、「トラウマ(心的外傷)」となって、その子どもの中に、別人格をつくる。
人格の遊離を誘発する。
そしてそのトラウマが、何らかのきっかけで、その子どもを別人にしたてる。
●特徴
思いつくまま、いくつかの特徴をあげてみる。
(1)人格の連続性がない。……たがいに、たがいの人格を否定する。そのため、本人自
身は、「どちらが本当の自分なのか、わからない」といったようなことを口にする。
(2)人格の基盤そのものが、変化する。……たとえば平静時には、「ママ……」と甘った
るい言い方をしていたのが、別人格になったとたん、「ママなんか、嫌い」と言った
りする。ただ口先でそう言うだけではなく、心底、憎しみをこめた言い方で、そう
言う。
(3)記憶の連続性はある。……どちらの状態であるにせよ、別人格になったときのこと
を、よく記憶している。ただそのことに触れるのをいやがり、そのことを追及した
りすると、とたんに、別人格になることがある。
(4)別人格になる前後、頭痛、吐き気、気分の悪さを訴えることがある。……R君(当
時、小学生男児)の母親は、こう言っていた。「風邪ぽくなったとき、とくに気分を
損ねやすくなりました」と。体調の変化が、引き金になることもあるらしい。
(5)別人格になる期間(時間)は、それほど長くなく、たいてい1〜2日、あるいは半
日前後で、またもとの人格に戻る。……もとの人格にもどるのも、ふとしたきっか
けでそうなることが多い。
(6)別人格になったとき、もう1人の自分を自覚している。……こんな例がある。S君
(当時、小5男児)という子どもがいた。で、あるとき、いつもは仲がよかったJ
君がもってきたコミック雑誌を破って、ゴミ箱に捨ててしまった。理由はともかく
も、あとになって私にこう言った。「そのとき、そんなことをしてはだめだと、自分
にもわかっていた……」と。別人格になったとき、子どもの内部に、2人の子ども
がいたことがわかる。その2人の自分が、たがいに内部で葛藤する。
(7)一線を越えない。別人格になっても、いつも一線を心得ている。……たいていは暴
力的な言動をともなうが、その暴力にしても、「それ以上のことをしたら、取り返し
がつかなくなる」と思われる、その一歩手前で、やめる。この点、家庭内暴力を起
こす子どもと似ている。家庭内暴力を起こす子どもも、家庭の中で暴れながらも、
一線を越えることはない。
(8)ふだんはやさしく、気が小さい。……先にも書いたが、ふだんの(平静時における
子ども)は、やさしく、気が小さい。他人を思いやる気持ちも、強い。が、別人格
になったとたん、表情がこわばり、目つきが鋭くなる。言動も大胆になり、妄想的
な被害者意識も強くなる。「こんなオレにしたのは、お前だ」式の攻撃を、親に向か
ってしかけるときもある。そのため、親のみならず、家族、近隣の人たちも、「わけ
のわからない子ども(人)」と評価されることが多い。
●対処のし方
一度、傷ついた心は、生涯にわたって修復不可能と考える。
その子ども(人)自身が、何らかの形で自分を知り、自分の傷に気がつくしかない。
が、そういう立場(教育者、心理学者、精神医学者)にないと、それもむずかしい。
たいていは、そういう自分であることにさえ気がつかず、同じ失敗を繰りかえす。
結婚したあと、夫婦の関係で、再現されることが多い。
自分で、そうであると気がついたからといって、即、問題が解決するというわけではない。
ないが、自分で自分をコントロールすることはできるようになる。
で、相手が子どもであれば、叱れば叱るほど、逆効果。
叱っても意味はないし、叱ってなおるような問題ではない。
そのことを親自身が自覚し、根気よく、かつ忍耐強く対処するしかない。
そのときどんなばあいも、愛情の絆(きずな)を切ることがないよう、注意する。
脅し(「もうあなたなんか、家から追い出す」と言う)、脅迫的行為(ゲームを
壊すなど)、あるいは暴力は、タブーと心得ること。
対処のし方をまちがえると、人格の分離はますます進み、その傷は、さらに深くなり、
障害となって、生涯にわたって、その子ども(人)の心を、
裏から操るようになることもある。
(後記)
親というのは身勝手なもので(失礼!)、子どもに問題を作っておきながら、
その問題が表に出てくると、「子どもをなおそう」とする。
しかしなおすべきは、親自身の育児姿勢であり、家庭環境である。
子どもはあくまでも、その(代表)にすぎない。
そうした視点から、まず、自分自身を、そして家庭教育のあり方を猛省する。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 子どもの人格 人格の分
離 遊離 剥離 はく離 二重人格性 多重人格 多重人格性)
+++++++++++++++
今までに書いた原稿をいくつか
紹介します。
+++++++++++++++
【フォールス・メモリー】
●悲しきウソ
父親に虐待さてた子ども(小四男児)がいた。その子どもをは、いつも体中、アザだら
けだった。で、その子どもを担当した、小学校の校長が、私にこう話してくれた。
「子どもというのは悲しいですね。そういうアザでも、決して父親にそうされたと言わな
いのですね。自分でころんでそうなったとか、自分が悪いから、そうなったとか言うので
すね」と。
心理学的には、これはウソではない。子ども自身が、本気でそう思い込んでいる。つま
り子どもは、自分にとって不愉快な記憶を消すために、「偽の記憶」(フォールスメモリー)
を別につくり、その中に自分を追いこむ。これを心理学では、防衛機制という。
子どもの立場で考えてみると、それがわかる。
子どもにとっていくら虐待する父親であっても、その父親しかいない。父親に嫌われた
ら、自分の居場所すらない。そこで子どもとしては、自分の父親を悪く言うことはできな
い。だから自分の記憶の中に、別の記憶をつくり、その中に自分を追いこむ。この追いこ
むことを、心理学では「隔離」という。
しかし問題は、ここで終わるわけではない。隔離がひどくなると、そこで人格の分離が
始まる。心理学でも、やはり「人格の分離」という。もっとわかりやすく言えば、二重人
格性、さらには多重人格性をもつようになる。同じ一人の人間の中に、もう一人別の人格
をもった自分をつくる。
ふつうこういう別の人格は、本来の人格とは、別の人格をもつことが多い。性格そのも
のが違う。ある男性(五〇歳)はこう言った。「別人格になったとき、どちらの自分が、本
当の自分かわからなくなります」と。その男性のばあい、何かのことでカッと頭に血がの
ぼると、別人格になるという。「ふだんの私はさみしがり屋ですが、怒ったとたん、自信家
に変身します」と。
冒頭にあげた小学生も、このままでは人格の分離が始まる可能性が、きわめて高い。そ
して生涯にわたって、その後遺症に苦しむ可能性が、きわめて高い。つまり「ウソ」と片
づけてよいほど、決して簡単な問題ではない。子どもの虐待の問題には、こうした問題も
隠されている。
(030525)※(2003年作品)
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 人格の隔離 偽の記憶 防
衛機制 フォールスメモリー フォールス・メモリー)
++++++++++++++++
もう2作、同時期に書いた原稿を
添付します。
++++++++++++++++
●基本的信頼関係
親子といえども、その信頼関係は、たがいの(さらけ出し)と、(全幅の受け入れ)が基
本にあって、はじめてその上で結ばれます。つまり(さらけ出し)と、(全幅の受け入れ)
は、信頼関係の、必要絶対条件というわけです。そのうちのどちらかでも欠けると、信頼
関係が結ばれないばかりか、反対に不信関係となって、そのあと、ずっと(恐らく一生)、
尾を引くことになります。
しかし親側に、たとえばここでいう権威主義(親風を吹かす)があると、子どもの側が、
心を開けなくなります。そしてほとんどのケースでは、子どもが親に迎合する形で、親の
前では仮面をかぶるようになります。つまりいい子ぶるわけです。
OTさんのケースでも、OTさんは、「これらの習い事は、親が『やる?』と聞くので、
気を引きたい私は、『うん。』と答えます。この一言で決定です。あとは、どんなことがあ
っても引きずられて、連れて行かれました」と書いておられます。これが、ここでいう仮
面です。あなたは仮面をかぶることで、親の期待にこたえようとしたわけです。もっと言
えば、いい子ぶることにより、親の関心をひき、自分にとって居心地のよい世界を作ろう
としたわけです。
仮面のこわいところは、信頼関係をそこなうばかりか、それが原因となって、心が遊離
したり、分離したりするようになることです。さらに二重人格性をもったり、何かのショ
ックが原因で、二重人格や、多重人格へと進むこともあります。私がよく、『親の権威は、
百害あって一利なし』という理由は、ここにあります。
さらに大きな悲劇は、実は、親側にあります。子どもが仮面をかぶっていることにも気
づかず、「自分はできた親だ」「すばらしい親だ」と思う一方、仮面をかぶる子どもを見な
がら、「よくできた子だ」「子どものことは私が一番、よく知っている」と錯覚します。親
子関係が、完全に破壊されているにも、かかわらずです。
まだ、あります。こうした権威主義的な親をもったばあい、子どもの選択は、つぎの二
つに大きく分けることができます。
一つは、こうした親に反発するケース。もう一つは、その権威主義を受け入れ、自分も、
その権威を振りかざすようになるケース。ある教育評論家は、自分の父親を振りかえりな
がら、こう書いています。「私の父には、ゼウスのような威厳があった。私が父のひざの上
で、風邪をひいて嘔吐したとき、『無礼者!』と私を叱った。今の父親に求められるのは、
そういう親としての威厳である」(雑誌「F」)と。
どちらにせよ、これからはもう、そういう権威や、権力で相手をしばって動かす時代で
はありませんね。また、そうであってはいけないということです。それはともかくも、O
Tさん、あなたのばあいは、この二つのハザマで、ゆれ動いているのがわかります。(親の
権威に反発するあなた)と、(親の権威に恋慕するあなた)です。
その根底にあるのが、依存性の問題です。
●依存性の問題
もともと権威主義の親というのは、権威をふりかざすことによって、子どもに依存しよ
うとします。人間関係をうまく結べない人は、その孤独と戦うため、(1)攻撃型になる、
(2)依存型になる、(3)同情型になる、(4)服従的になるなどが、よく知られていま
す。これを防衛機制といいますが、権威主義というのは、このうちの依存型に分類できま
す。
つまりさみしいから、親の権威で子どもをしばり、自分にとって、居心地のよい世界を
つくろうとするわけです。それがときどき、ここでいう攻撃型になることもあります。日
ごろはやさしい親が、(これは子どもに対する仮面)、何かのことでその権威にキズがつけ
られると、突然、「親に向かって、何だ、その態度は!」と叫ぶのが、それです。
親が子どもに依存的になることについて、「おやっ!」と思われるかもしれませんが、こ
のタイプの親ほど、子どもに向かって、「産んでやった」「育ててやった」と恩を着せます。
あなたの父親がそうですね。「オレが小遣い減らしてまでやらせてやってるのに、何だ!」
というのが、その言葉です。
が、問題は、実は、親というより、あなた自身にあります。親が依存性のあるケースで
は、(それが権威主義であれ、何であれ)、子どもにも、それが伝播(でんぱ)しやすいと
いうことです。子育てというのは、そういう意味で、世代連鎖をします。親から、子へと、
です。つまりあなた自身が、今度は、親に対して依存性をもつのみならず、自分の子ども
に対しても、(それは薄められた形かもしれませんが)、権威主義的であったり、依存的で
あったりするようになります。
あなたがメールの中で、最後のところで、「両親の所に行かないときは本当に楽しく過ご
せます。でも、何故か、足が向いてしまうんです」と書いているのは、そのためです。あ
なたの心が、(反発)と(依存)の間で、揺れ動いているのが、あなたにはわかるでしょう
か?
では、どうするか?
もうお気づきかと思いますが、これはあなたの親の問題ではありません。あなた自身の
問題です。つまりあなたは自分の中に潜む、権威主義と無意識のうちに戦っている。そし
てそういう自分の権威主義を、あなたの父親に投影させている。その結果として、あなた
は今、自分で、自ら混乱している。
ここで「投影」という言葉を使いましたが、たとえばケチな人が、他人のケチが気にな
り、「あの人はケチだ」と批判するようなことを言います。つまり自分の姿を、他人に投影
しながら、自分の姿を見るようなことを言います。よく知られたケースとしては、『泥棒の
家ほど、戸締まりが厳重』とか、『女遊びばかりしている父親ほど、娘にきびしい』という
のがあります。これらも、結局は、投影のなせるわざということになります。
幸いにも、あなたは自分の二人の子ども(娘さんたち)について、よき友でいようと心
がけています。それはすばらしいことです。方法としては、この部分をふくらませ、そし
てあなたが両親から受けついだ負の親像を、子どもには伝えないことです。権威主義など、
「クソ食らえ!」(尾崎豊)です。
もう一つは、あなた自身の中に潜む、「依存性」を断ち切ることです。そのためには、遠
慮しなくてもよいですから、あなたの親を、とことんうらみ、嫌い、そして批判しなさい。
遠慮せずに、します。そしてその結果として、あなたは、親に対する依存性を断ち切るこ
とができます。あなたが「親を批判するなんて……」と思っている間は、あなたはそれを
断ち切ることができません。
しかし断ち切ってみると、あなたは親よりも、一歩も、二歩も、先へ抜き出ることがで
きます。そういう視点に立つと、今の状況が一変するはずです。それまで憎んでいた親が、
あわれで小さな人間に見えてきます。そうなれば、今の問題は、自然に解消します。約束
します。
そう、憎しみを、あわれみに変えたとき、あなたは、その人間を超えられるのです。そ
してそこを原点として、新しい人間関係が始めることができます。つまりは、新しい親子
関係になるのです。そしてあなた自身も、あなたの子どもに対して、すばらしい親になる
ことができます。そういうあなたをめざしてください。
ただ一つだけ気になるのは、最後の、この部分です。「こんな話し、誰にも相談できませ
んよね。主人にもです」というところです。
今のあなた自身が、ひょっとしたら、あなたの夫に対して、全幅に心を開いていない心
配があります。もしそうなら、これはたいへんまずいことです。夫にすら心を開けないあ
なたが、どうして子どもに心を開けますか。もしそうなら、あなたの夫のみならず、あな
たの子どもは、あなたに対して、たいへんさみしい思いをしているはずです。私はそれを
心配します。
ですから、「主人にもです」などと言っていないで、思い切って、あなたの夫にすべてを
話しなさい。それがまず第一歩です。信頼関係は、やってくるものではなく、長い苦しみ
と、失敗を繰りかえしながら、おたがいに作りあげるものです。一つの方法として、この
私の手紙を、あなたの夫に見せてみてはどうでしょうか。
長い返事になってしまいましたが、あなたがかかえている問題は、子育ての根幹にかか
わる問題であると同時に、今の日本の社会が構造的にかかえる問題でもあります。それを
わかってほしかったです。
では、これで失礼します。講演会においでくださったことに感謝します。ありがとうご
ざいました。これからもよろしくお願いします。
(030724)
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
●破壊的行動障害
その子どもの破壊的、挑戦的、突発的、衝動的、否定的、拒否的な行動が、一定の秩序
ある環境になじまない状態にあること、「破壊的行動障害」という。多くは多弁性や、多動
性をともなう(DSM−IVの診断基準を参考)。
ADHD児についての関心は大きくなり、各方面で研究がなされ始めているが、この「破
壊的行動障害児」についての研究は、今、日本でも始まったばかりといってよい。軽重の
問題もあるが、私の経験でも、二〇〜三〇人に一人前後の割合で経験する。U君(小五)
という子どもがそうだった。
U君は、私が何を注意しても、すべてをギャク化してしまった。まじめな会話ができな
いばかりか、私が、まじめか、そうでないかも、判断できなかった。瞬間的なひらめきは
鋭いため、学習面での遅れはそれほど目立たなかった。が、少し目を離すと、周囲の子ど
もたちを巻きこんで、騒いでばかりいた。
私「U君、静かにしなさい! 先生は、怒っているんだぞ!」
U「怒ってる、怒ってる、タコみたい」
私「あのな、先生は、今、まじめに怒っているんだぞ!」
U「ははは、怒れば、脳の血管、破れて、先生は、あの世行き」
私「静かに、私の話を聞きなさい!」
U「聞いてる、聞いてる、きいてるのは、肩の湿布薬」と。
このタイプの子どもの指導のむずかしいのは、叱っても、一時的な効果しかないこと。
つぎに教室という「場」がもつ秩序を、破壊してしまうこと。それにたいていは、家庭で
きびしいしつけを受けているため、家庭では、それなりに「いい子」ぶっていていること。
そのため親にその認識がないことなどがある。
原因については、いろいろいわれているが、性格や性質というより、もっと機質的な部
分に原因がるような印象を受ける。脳の微細障害説を唱える学者(福島章氏ほか)もいる
が、じゅうぶん疑ってみる価値はある。
このタイプの子どもの、もう一つの特徴としては、自己意識によるコントロールができ
ないことがある。ふつう、小学三、四年生を境として、自己意識が発達し、子どもは自ら
をコントロールするようになる。そして外からは、その症状がわかりにくくなる。が、こ
のタイプの子どもには、それがない。あたかも意図的に、自ら騒々しくしているといった
印象を受ける。
本来なら、親の協力が不可欠なのだが、ここにも書いたように、たいていは家庭でのき
びしいしつけが日常化していて、家では、それなりに「いい子」であることが多い。(むし
ろ明るく、活発な子どもと誤解するケースが多い。)
またこうした行動障害は、集団教育の場で現れることが多く、そのため、家庭では、ほ
とんど目立たない。しかし家庭でのしつけがきびしければきびしいほど、その反動とし
て、外の世界で、強く、その症状が現れる。
対処方法としては、まず親の理解と協力を得るしかない。つぎに、家庭でのきびしいし
つけを、軽減してもらう。頭ごなしの説教や、威圧、暴力がよくないことは、言うまでも
ない。このタイプの子どもは、「叱られる」ことについて、かなりの免疫力をつけているこ
とが多い。
つまりそういう免疫力をつけさせないようにする。たとえばこのタイプの子どもは、ふ
つうの叱り方では、効果がない。そこで勢い、大声を張りあげて……ということになる
が、それは集団教育の場では、できるだけ避けなければならない。
いろいろ問題はある。私のばあい、もう少し若ければ、こうした子どもと直接対峙して、
マンツーマンの教育をしてみるだろうが、このところ、その体力の限界を感ずるようにな
った。これからの若い先生方に、解決の方法を考えてもらいたい。
(030724)
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 破滅的行為障害 行動障
害児 行為障害児)
++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司
●内気、依存的な子ども
内気、依存的な子どもについて、それは「性格」だとか、「性質」だとかと、誤解してい
る人は多い。しかし誤解は、誤解。
人間の心的エネルギー(リピドー)は、みな、共通である。その心的エネルギーを、前
向きに出すか、あるいは反対にブレーキをかけるかで、積極的な子どもと、消極的な子ど
もに分かれる。
もう少しわかりやすい例で考えよう。
ここに100CCのバイクがある。良質な燃料をつんで、それなりの道で走れば、軽く
150キロ・時のスピードが出る。しかしそのバイクでも、もし車輪にヒモやロープがか
らんでいると、車輪は回らない。回らない分だけ、スピードは遅くなる。ばあいによって
は、止まってしまう。
この車輪にからむヒモやロープが、子どもを、内気にしたり、依存的にしたりする。思
いついたままで恐縮だが、そのヒモやロープになるものを、ざっと書いてみる。
●過干渉……子どもの意思的な活動を阻害する。強度の過干渉は、子どものやる気を奪う
のみならず、自我を軟弱にする。
●設計図……「こうあるべき」という親の設計図が、子どもの自我をつぶす。子どもは、
自信のない、ハキのない子どもになる。
●過保護、溺愛……子どもから社会性をうばう。社会を生きるために必要な問題解決の技
法を、身につけられなくなる。
●威圧、暴力……親への恐怖心は、子どもの住む世界を、かぎりなく小さくする。とくに
親の情緒不安ほど、子どもの心に悪影響を与えるものはない。
●過関心……子どもの心を射抜くような視線、過関心は、子どもからハツラツとした「子
どもらしさ」を奪う。
●マイナスのストローク……「あなたはやはりダメな子」式の暗示がかかってしまうと、
子どもはその暗示の呪縛から抜け出られなくなる。
もちろん子ども自身の問題もある。いろいろな恐怖症、強迫観念など。同じ過干渉でも、
それを受け取る側の子どもによっては、過干渉になったり、しないこともある。たとえ
ばデリケートな子ども(例、過敏児、敏感児など)ほど、同じ刺激でも、より大きく反
応する。
ほとんどの親は、「どうしてうちの子は、内気なのでしょう。もっとハキハキさせる方法
はないのでしょうか」という。しかしその原因のほとんどは、家庭教育の失敗(失礼!)
である。だから子どもだけをみて、子どもをなおそうとしても意味がないばかりか、かえ
って症状を悪化させてしまう。
改めるべきは、親の育児姿勢、育児態度、それに家庭環境である。……こう言い切るの
は危険なことだが、しかしそれくらいの覚悟を、今の若い母親たちはもってほしい。
(030724)
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 権威主義 親の権威主義)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●嫉妬(Jealousy)
A pair of doves started making love on a road. My wife and I were watching it from
inside a car. Then an incredible thing happed to the doves. Another female dove
drossed the road and dashed herself against the two doves and stopped their love affair.
+++++++++++++++++
事実だけを、そのまま書く。
その事実を、どう判断するかは、
読者のみなさんの自由。
しかし事実は、事実。
事実だけを、そのまま書く。
+++++++++++++++++
やや広い農道の隅で、二羽のハトが、たがいにじゃれあっていた。
一羽は、細身のメス。
もう一羽は、それより一回り大きな、オス。
オスは、首筋を伸ばし、体をふくらませていた。
オスとメスのちがいが、はっきりと、見てわかった。
オスのハトが、メスのハトの首筋あたりを、愛撫していた。
メスはそのままの姿勢で、じっとしていた。
とたん、オスは羽をややバタつかせたあと、メスの背中に乗った。
「交尾を始める」と思ったつぎの瞬間、そこで信じられないことが起きた。
そのときまで気がつかなかったが、農道の他方の隅に、もう一羽のハトがいた。
そのハトが農道をすばやく横切ってくると、交尾をし始めたオスとメスの二羽のハトに、
横を向いたまま、体当たりを食らわせた。
タタタと走ってきて、ドスンと体当たりした……。
そんな感じだった。
その拍子に、メスの背中に乗っていたオスのハトが、バタリと下に落ちた。
「何が起きたのかわからない」といった様子で、オスのハトは、その場に、呆然と立ちす
くんでいた。
見ると体当たりを食らわせたハトは、やはり細身の体で、メスということが、すぐわかっ
た。
そのハトは、体当たりがすむと、そのまますぐ、もう一方の側の農道のほうへ、来たとき
と同じように、タタタと、移動していった。
農道の道幅は、2メートル前後だっただろうか。
たまたまワイフもその瞬間を、私といっしょに、見ていた。
私が声を出して笑うと、ワイフも笑った。
交尾をしかけたメスを、メスAとする。
その交尾に横向きのまま体当たりを食らわせたハトを、メスBとする。
私が想像する、ラブストーリーは、こうだ。
そのオスとメスAは、恋愛関係にあった。
が、メスBも、そのオスに恋心をいだいていた。
で、前戯がすんで、いよいよ本番というそのとき、それに嫉妬したメスBが、体当たりを
食らわせて、それを、じゃました。
メスBは、オスの様子を、どこかでずっと監視していたらしい。
でなければ、あれほどまでにタイミングよく、体当たりできるわけがない。
私「へ〜、ハトの世界にも、あんなことがあるんだア?」
ワ「私も、生まれてはじめて見たわ」
私「なっ? 驚いたなア〜」
ワ「体当たりしたハトは、嫉妬して、そうしたのよ」
私「そうだよ、な」と。
つまり一羽のオスを取りあって、二羽のメスが、争っていた。
が、オスは一羽のハトAを、自分の伴侶と決めた。
それにもう一羽のハトBが嫉妬して、じゃまをした。
私「あの様子だと、もう一羽のメスは、どこまでもついてきて、二羽の関係を認めないぞ」
ワ「いや〜ねえ……」
私「じゃまをしたあと、またタタタと逃げていくところが、おかしい」
ワ「人間の行動と、そっくりね」と。
嫉妬……そのハトの例を見るまでもなく、嫉妬という感情は、きわめて原始的な感情の一
つと考えてよい。
人間にしても、魚のような、かなり下等動物の時代から、それをもっていた(?)。
それだけに本能と直結している。
そのため、ひとたび扱い方を誤ると、とんでもないことになる。
嫉妬に狂った人間は、相手を殺すところまでする。
しかしいくらそれがわかっていても、目の前で、それを見せつけられると、いろいろと考
えさせられる。
「人間もハトと同じ」というか、「ハトも人間と同じ」というか……?
人間もハトも、どこもちがわない。
こと(嫉妬)に関しては、そう断言してよい。
私「ハトの世界にも、いろいろなドラマがあるんだね」
ワ「そうみたい……」と。
私たちはまた、大声で笑った。
どういうわけか、大声で笑った。
2008年6月18日、午後のこと。
ワイフが、「ちゃんと、日記に記録しておいてよ」と言ったので、ここに記録として残して
おく。
この話は、ほんとうに、ほんとうの話!
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●経済危機in韓国(2)
(South Korean's Economy is collapsing very rapidly toward the gate of "Default".)
++++++++++++++++++++
韓国の政府当局者は、韓国の経済危機説を、
懸命に否定している。
「韓国経済は、健在である」と。
しかし……?
++++++++++++++++++++
今朝(08年6月18日)の朝鮮N報の記事の
一部を、そのまま紹介させてもらう。
+++++以下、朝鮮N報より++++++
原材料価格の急騰など貿易条件の悪化で経常収支が赤字を記録している上、短期対外債
務も急速に拡大し、韓国が通貨危機の危険範囲に入ったのではないかとの懸念が浮上して
いる。
経済指標を見る限り良好な状況ではない。韓国が今後1年以内に償還を迫られる短期対
外債務と満期対外債務の合計額(流動対外債務)は2156億ドル(約23兆2760億円)
=3月末現在=で、外貨準備高(約2638億ドル=約28兆4800億円)の82%に達した。
1−3月期には対外債務が303億ドル(約3兆2700億円)増加し、対外債権から対外債
務を差し引いた純対外債権は約149億ドル(約1兆6090億円)に縮小した。急騰する原材
料価格の影響で経常赤字(1−3月期は52億ドル=約5610億円)も続く見通しだ。対外債
務も増え、純債務国に転落する可能性もある。
しかし、韓国銀行は「外貨準備高に占める流動対外債務の比率が100%以内であれば安定
的だ」と指摘し、通貨危機とは距離があるとの見方を示した。現在の流動対外債務比率は
82%で、1997年のアジア通貨危機直前の937%に比べはるかに低い。
++++++以上、朝鮮N報より++++++
●借金が、220兆ウォン!
この記事の中で、とくに注意しなければならない部分は、つぎの部分である。
『韓国が今後1年以内に償還を迫られる短期対外債務と満期対外債務の合計額(流動対外
債務)は、2156億ドル(約23兆2760億円)=3月末現在=で、外貨準備高(約2638億
ドル=約28兆4800億円)の82%に達した』という部分。
「短期外債」というのは、簡単に言えば、「外国からの借金」をさす。
(韓国は、こうした短期外債(=借金)まで、資本収支の中では、「外国からの投資」と位
置づけている。注意!)
つまり韓国の借金が、2156億ドルに達したという。
そしてその額は、外貨準備高の82%を占める。
わかりやすく言えば、2638万円の貯金しかない人が、2156万円の借金があること
になる。
その借金というのは、1年以内に返済しなければならない。
が、ここでも韓国は、数字のマジックを使っている。
借金の額を、(ウォン建て)ではなく、(ドル建て)で表示している!
外貨準備高については、それがドル資産だからドル建てで表示するのは当然だとしても、
ふつう借金額というのは、その国の通貨で表示する。
だから2156億ドルというのは、6月18日現在の為替レートで計算すると、
2156億ドルx1030ウォン=222兆ウォン、となる!
同じ額を、1ドル、900ウォンで計算すると、194兆ウォン。
実際には、約30兆ウォン借金がふえているのに、それが国民には伝わっていない(?)。
どちらにせよ、これは韓国にとっては、まさに天文学的な数字と言ってもよい。
●日本のばあい
日本の国家債務も、すごい。
その額は、1000兆円とも言われている。
しかしどういうわけか、日本は、ビクともしない。
理由は、3つある。
(1)国の借金も多額だが、日本という国自体は、国有地など、約1000兆円近い、資
産をもっている。
わかりやすく言えば、親父は多額の借金をもっているが、それとほぼ同じ額の、土
地資産などをもっている。
(2)国の借金といいながら、外国から借りた借金は、推定で5%以下と言われている。
つまり日本政府は、国民に借金をしている。
わかりやすく言えば、一家のおやじが、自分の息子や娘に借金をしている。自分の
親に向かって、借金を取り立てる息子や娘は、いない。
(3)(円)は、(ドル)ほどではないが、それでも国際通貨として通用している。(円)
をほしがる国がある以上、印刷機をいくら回しても、外国が吸収してくれる。
わかりやすく言えば、おやじが、かなり有名な画家とでも思えばよい。それほど働
かなくても、簡単な絵を描いていれば、何とか、生活だけはできる。
以上のような理由で、多額の借金をかかえながらも、債権者の取り立てにあうこともなく、
日本政府は、悠然と構えていることができる。
●韓国のばあい
一方、韓国は、外国に借金をしている。
その額、23兆円(日本円)。
韓国の人口は日本の約3分の1だから、日本の規模に換算すると、3倍して、69兆円!
「たいしたことないではないか」と思う人もいるかもしれないが、その借金というのは、
ここにも書いたように、外国からの借金である。
わかりやすく言えば、おやじが、他人であるサラ金業者に借金をしているようなもの。
となると、韓国に残された道は、2つのうち、1つしかない。
さらに借金を重ねて、自転車操業をつづけるか、さもなくば、自己破産の宣告をするか。
「自己破産」というのは、国のばあい、「国家破綻」、つまり、「デフォルト(=債務不払い)」
を意味する。
そこで韓国政府は、こう言っている。
「1997年のアジア通貨危機直前の937%に比べはるかに低い」と。
このあたりの発言も、常識では考えられない。
現在は、「82%」かもしれないが、借金というのは、ある限界点を超えると、あとは急激
に、雪だるま式にふえていく。
私の知人も、わずか700万円の借金でつまずいたが、その1年半後には、その借金が、
1億5000万円にふくらんでいた。
借金というのは、そういうもの。
「937%」という数字は、あくまでも「直前」のもの。
その数字をもちだして、「韓国経済はだいじょうぶ」とは?
私は経済については素人だが、そんな私でも、ア然とする。
で、その根拠として、韓国政府は、「造船業が堅調だから」という。
頼みの綱は、造船業というわけである。
「後日船舶の代金を受け取るか投資資金を回収することで、(短期外債)は、自然に解消す
るとみられる」と発表している。
実際、韓国の造船業には、ものすごいものがある。
2006年度だけをみても、韓国が稼ぎ出した貿易黒字の約70%は、造船業によるもの
と言われている。
「破竹の進撃」というところだが、それだけに、足下が弱い。
どこかでつまずけば、そのまま奈落の底へと転落していく。
韓国のデフォルトを望むわけではないが、ウォン安になればなるほど、鋼材価格は値上が
りする。
●ノ大統領の反日政策のツケ
韓国の経済危機の原因をつくったのは、現在のイ大統領ではない。
前大統領の、ノ・ムヒョンである。
もし現在も、ノ大統領が政権の座についていたら、私は、こう思うだろう。
「日本の知ったことか!」(失礼!)と。
しかしイ大統領の韓国に対しては、それは言えない。
今、ここでイ大統領が倒れるようなことにでもなれば、韓国は、再び、最悪の反日国家に
もどってしまう。
忘れていけないのは、日本が安保理の理事国入りをめざしたとき、あのノ前大統領は、各
国に特使(特使だぞ!)まで、送って、それに反対した。
(一方、国連事務総長に韓国人が立候補したとき、日本は、しぶしぶながらも、ちゃんと、
賛成してやったぞ!)
高い代償にはなるが、日本としては、韓国を救済するしかない。
韓国がもつ短期外債(=借金)のほとんどは、実は、日本の(円)である。
韓国は金利の安い円を、日本の銀行から借り、それを一度ドルに交換したのち、自国で使
用している。
つまり円高になればなるほど、韓国の短期外債(=借金)は、実質、ふえることになる。
そのあたりを、日本政府は、どう調整するか。
(あるいは将来の日本のために、韓国を救済しないで放置するという手もある。)
あやうし、韓国経済!、というところか。
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 08年 7月 21日
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どうか、お楽しみください。(↓をクリックしてみてください。)
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http://bwhayashi2.fc2web.com/page011.html
【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●自己効力感(Self Achievement)
「自分でできた」「自分でやった」という達成感が、子どもを伸ばす。これを自己効力感
という。
子どもを伸ばすコツは、この自己効力感をうまく利用すること。
反対に、この自己効力感を、阻害(じゃま)するようなことがあると、子どもは(1)
それに大きく反発するようになり、(2)ついで、心が極度の緊張状態におかれるようにな
ることが知られている。
それを阻害するものに対して、反抗するようになる。
が、それだけではない。子どもは、ますます、そのものに固執するようになる。こんな
ことがある。
A君(小4)は、サッカークラブで、やっとレギュラー選手になることができた。A君
はA君なりに、努力をした。
が、小5になるとき、母親は、A君を、進学塾へ入れた。そしてそれまで週3回だった
サッカーの練習を、週2回に減らすように言った。当然、そうなると、A君は、レギュラ
ー選手からはずされる。
A君は、猛烈にそれに反発した。が、やがてその反発は、母親への反抗となって現れた。
すさんだ目つき、母親への突発的な暴力行為など。
もうそうなると、進学塾どころではなくなってしまう。あわてた母親は、進学塾をやめ、
再び、サッカークラブにA君をもどした。が、今度は、A君は、そのサッカーにすら、興
味を示さなくなってしまった。母親はこう言う。
「あれほど、毎晩、サッカーをさせろと暴れていたのに、サッカークラブへ再び入った
とたん、サッカーへの興味をなくすなんて……」と。
子どもの心理というのは、そういうもの。A君の母親は、それを知らなかっただけであ
る。A君が母親に反抗したのは、サッカーをしたいからではなかった。自分の自己効力感
(達成感)を、阻害されたからである。そのことに対して、A君は、反抗したのである。
少し話がちがうかもしれないが、こんな例もある。
若い男女が、恋愛をした。しかし周囲のものが、猛反対。そこでその男女は、お決まり
の駆けおち。そして子どもをもうけた。
やがて周囲のものが、あきらめ、それを受け入れた。とたん、たがいの恋愛感情が消え
てしまった。
この例でも、若い男女が駆けおちしたのは、それだけたがいの恋愛感情が強かったから
ではない。周囲のものに反対されることによって、より結婚に固執したからである。だか
ら、結婚を認められたとたん、恋愛感情が消えてしまった。
【教訓】
子どもの得意芸、生きがいは、聖域と考えて、決して、土足で踏み荒らすようなことは
してはいけない。へたに阻害したりすると、かえって子どもは、それに固執するようにな
る。最悪のばあいには、親子関係も、それで破壊される。
(はやし浩司 自己効力感 自己達成感 一芸論)
●高度な欲求不満
欲求不満といっても、決して一様ではない。心理学の世界には、欲求不満段階説(マズ
ローほか)さえある。このことは、子どもの発達過程を観察していると、わかる。
【原始的欲求不満】
愛情飢餓、愛情不足など。飢餓感や不足感が、欲求不満につながる。この欲求不満感が、
子どもの心をゆがめる。よく知られているのは、赤ちゃんがえり。下の子どもが生まれた
ことなどにより、飢餓感をもち、それが上の子どもの心をゆがめる。
生命におよぶ危機感、安心感の欠如から生まれる欲求不満も、これに含まれる。
【人間的欲求不満】
人に認められたい、人より優位に立ちたい、目立ちたいという欲求が、満たされないと
き、それがそのまま欲求不満へとつながる。「自尊の欲求」(マズロー)ともいう。この人
間的欲求は、自分がよりすぐれた人間であろうとする欲求であると同時に、それ自体が、
社会全体を、前向きに引っ張っていく原動力になることがある。
が、子どもの世界では、こうした人間的欲求は、変質しやすい。
ある子ども(中2男子)は、私にある日、こう言った。「ぼくは、スーパーマンになれる
なら、30歳で死んでもいい。世の中の悪人をすべて退治してから死ぬ」と。
こうした人間的欲求は、幼児にも見られる。みなの前でその子どもをほめたりすると、
その子どもは、さも誇らしそうな顔をして、母親のほうを見たりする。
子どもの中に、そうした人間的欲求を感じたら、静かにそれをはぐくむようにする。こ
れは子育ての大鉄則の一つと考えてよい。
(はやし浩司 マズロー 自尊欲求 自尊の欲求 人間的欲求 はやし浩司 家庭教育
育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 Hiroshi Hayashi
education essayist writer Japanese essayist 自己効力感 欲求不満 子供を伸ばす 伸
ばし方 子供の伸ばし方)
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●幼児の緩慢行動(Dull Movement of Children)
心理的抑圧状態(欲求不満を含む)が、日常的につづくと、子どもはさまざまな、心身
症による症状を示すことがある。が、その症状は、子どもによって、千差万別。定型がな
い。
「どうもうちの子、おかしい?」と感じたら、その心身症を疑ってみる。
その中のいくつかが、緩慢行動(動作)であったり、吃音(どもり)であったりする。
神奈川県に住む、Uさん(母親)から、多分、緩慢行動ではないか(?)と思われる相談
をもらった。
ここでは、それについて、考えてみたい。
+++++++++++++++++++++
【Uさんより、はやし浩司へ】
私には、4歳(年少)の娘、M子(姉)と、1歳8ヶ月の息子S夫(弟)がいます。
先日、娘の幼稚園の個人懇談がありました。
そこで、先生に言われたのが
「M子(姉)ちゃんはいつもマイペースで、マイペースすぎてもうちょっとスピードアッ
プして欲しいんですけどね」でした。
「急がないと行けない時にもマイペースでね、今(年少)はあまりする事も少なくて、他
の子と差は出てこないと思いますけど、これから先、年中、年長となるにつれてその差は
広がっていきますからね」
「急がないといけない時に、急げるようなボタンがあればいいんですけどねー(笑)。そこ
を押せば、急いでくれるっていう風に・・・・(笑)」と冗談まじりではあったのですが、
最後に夏休み中にお母さんから、M子ちゃんに急ぐって事を教えてあげておいてください
と言われました。
「急ぐという事を教えるといわれても・・・・先生どうしたらいいんでしょう?」って聞
いたのですが、イマイチよく分かる回答がなかったような気がします。
怒って「急いで!急いで!急いで!」とまくし立てるのも良くないと思いますし、言った
所で出来るわけでもないですし。
普段、出来るだけ怒らないように大声をあげないように、出来たら大げさに誉めてあげて、
を心がけているのですが今の私のやり方では、夏休みあけても同じだろうし・・・・どう
したらいいのだろう?、と考えこんでしまいます。
何がどうマイペースか具体的に言うと、給食の時間になって先生が、「後に給食の袋を取り
にいって準備して下さい」って言っても、上の方を見てボーッと椅子に座っていることが
時々あって、「M子ちゃん、準備よー急いでー!」って言っても、とりわけ急ぐ様子もなく
ゆっくりらしいです。
又、今メロディオンの練習をしているようなのですが、M子(姉)は指でドレミファソを
弾く事は出来るみたいなのですが、ホースを口にあてて息を吹く事が分からなかったみた
いで、一人だけ音が出なかったみたいです。
先生が側で、「M子ちゃん吹くんですよー」って言っても分からなくて、挙句の果てには、
ホースに口をあててホースに向かって、ドレミファソを言いながら、けん盤を弾いていた
ようです。
先生も??、だったみたいで、「違うよM子ちゃん! 吹くのよ!!」って言うと今度は、
何でそんなに先生は私に怒ってるの?、っていう反応だったようです。
あと、空想にふけっていたりするみたいです。
他にも日々の行動で色々あるようです。
M子(姉)は私に似ているのか、よく言えばおっとりで悪く言えば、どこかのろい所があ
って入園の際、私もそれが少し気にはなっていました。
のびのび保育の幼稚園を選べば、そんな事を考えなくて良かったのかもしれませんが、私
的には、小学校でお勉強を始めるより、幼稚園で少しでも触れていれば気遅れなく、M子
(姉)もやっていけるのではと考えたのですが、やはりその分要求される事も多いんです
ね・・・。
今は、本人は幼稚園が大好きでお歌の時間もプリントの時間も体操の時間も楽しいとは話
しています。
楽しく通ってくれれば、私はそれで大満足なのですが年中、年長になった時、まわりの早
さについて行けなくなって幼稚園が楽しくなくなったら、やはり園を変えた方がいいんで
しょうか?
また、もっとスピードアップさせるにはどうしたらいいのでしょうか?
また、M子(姉)には、時々どもりがあります。ほとんど指摘しないように聞きながして
いるのですが、ちょっと気になっています。
はっきりとした原因は分かりませんが、下の子を出産する際引き裂かれるように、私と離
れ離れになってしまって、10日間ほど離れて暮らしていたのが悪かったのかな?、と反省
しています。
長々と下手な文章で好きな事を綴ってしまいましたが、アドバイス頂けますようお願い申
し上げます。
これからもまぐまぐプレミアをずっと購読していこと思っています。毎日暑いですが、ど
うぞお体にお気をつけ下さい。
【はやし浩司より、Uさんへ】
まぐまぐプレミアのご購読、ありがとうございます。感謝しています。
ご相談の件ですが、最初に疑ってみるべきは、緩慢行動(動作)です。原因の多くは、
親の過干渉、過関心です。子どもの側から見て、過負担。それが重なって、子どもは、気
うつ症的な症状を見せるようになり、緩慢行動を引き起こします。
ほかに日常的な欲求不満が、脳の活動に変調をきたすことがあります。私は、下の子ど
もが生まれたことによる、赤ちゃんがえり(欲求不満)の変形したものではないかと思っ
ています。
逆算すると、M子さんが、2歳4か月のときに、下のS夫君が生まれたことになります。
年齢的には、赤ちゃんがえりが起きても、まったく、おかしくない時期です。とくに「下
の子を出産する際引き裂かれるように、私と離れ離れになってしまって、10日間ほど離
れて暮らしていたのが悪かったのかな?」と書いているところが気になります。
たった数日で、別人のようにおかしくなってしまう子どもすらいます。たった一度、母
親に強く叱られたことが原因で、自閉傾向(一人二役のひとり言)を示すようになってし
まった子ども(2歳・女児)もいます。決して、安易に考えてはいけません。
で、その緩慢行動ですが、4歳児でも、ときどき見られます。症状の軽重もありますが、
10〜20人に1人くらいには、その傾向がみられます。どこか動作がノロノロし、緊急
な場面で、とっさの行動ができないのが、特徴です。
こうした症状が見られたら、(1)まず家庭環境を猛省する、です。
幸いなことに、Uさんの子育てには、問題はないように思います。そこで一般の赤ちゃ
んがえりの症状に準じて、濃密な愛情表現を、もう一度、M子さんにしてみてください。
手つなぎ、抱っこ、添い寝、いっしょの入浴など。少し下のS夫君には、がまんしても
らいます。
つぎに(2)こうした症状で重要なことは、「今の症状を、今以上に悪化させないことだ
けを考えながら、半年単位で様子をみる」です。
あせってなおそう(?)とすればするほど、逆効果で、かえって深みにはまってしまい
ます。子どもの心というのは、そういうものです。
とくに気をつけなければいけないのは、子どもに対する否定的育児姿勢が、子どもの自
信をうばってしまうことです。何がなんだかわけがわからないまま、いつも、「遅い」「早
く」と叱れていると、子どもは、自分の行動に自信がもてなくなってしまいます。
自信喪失から、自己否定。さらには役割混乱を起こす子どももいます。そうなると、子
どもの心はいつも緊張状態におかれ、情緒も、きわめて不安定になります。そのまま無気
力になっていく子どももいます。
「私はダメ人間だ」という、レッテルを、自ら張るようになってしまいます。もしそう
なれば、それこそ、教育の大失敗というものです。
そこで(3)子どもの自己意識が育つのを静かに見守りながら、前向きの暗示をかけて
いきます。
「遅い」ではなく、「あら、あなた、この前より早くなったわね」「じょうずにできるよ
うになったわね」と。最初は、ウソでよいですから、それだけを繰りかえします。
「先生もほめていたよ」「お母さん、うれしいわよ」と言うのも、よいでしょう。
ここでいう「自己意識」というのは、自分で自分を客観的にみつめ、自分の置かれた立
場を、第三者の目で判断する意識というふうに考えてください。
しかし4歳児では、無理です。こうした意識が育ってくるのは、小学2、3年生以後。
ですから、それまでに、今以上に、症状をこじらせないことだけを考えてください。
とても残念なことですが、幼稚園の先生は、せっかちですね。その子どものリズムに合
わせて、子どもをみるという、保育者に一番大切な教育姿勢をもっていないような気がし
ます。
おまけに、「年長になったら……」と、親をおどしている? ある一定の理想的(?)な
子ども像を頭の中に描き、それにあわせて子どもをつくるという、教育観をもっているよ
うです。旧来型の保育者が、そういうものの考え方を、よくします。(今は、もうそういう
時代ではないのですが……。)
M子さんに、ほかに心身症による症状(「はやし浩司 神経症」で、グーグルで検索して
みてください。ヒットするはずです。
あるいは、http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/page080.html)が出てくれば、この時期
は、がまんしてその幼稚園にいる必要は、まったくありません。
子どもの心に与える重大性を考えるなら、転園も、解決策の一つとして、考えてくださ
い。
そして(4)「うちの子を守るのは、私しかいない」と、あなたが子どもの盾(たて)に
なります。先生から苦情があれば、「すみません」と一応は謙虚に出ながらも、子どもに向
かっては、「あなたはよくがんばっているのよ」「すばらしい子なのよ」と言います。そう
いう形で子どもの心を守ります。
まちがっても、そこらの保育者(失礼!)がもっている理想像(?)に合わせた子ども
づくりを、してはいけません。
子育てもいつか終わりになるときがやってきます。そういうとき、あなたの子育ての思
い出を、光り輝かせるものは、「私は、子どもを守りきった」「私は、子どもを信じきった」
という、親としての達成感です。
今が、そのときです。その第一歩です。
最後に(5)M子さんに合わせた、行動形態にすることです。「のろい」と感ずるなら、
あなたも、もう一歩、自分の歩く早さを、のろくすればよいのです。どこかに子育てリズ
ム論を書いておきましたので、また参考にしてください。
とても幸いなことに、Uさんは、たいへん愛情豊かな方だと思います。それに自分の子
育てを客観的にみつめておられる。とてもすばらしいことです。(プラス、私のマガジンを
読んでいる!)
子どもといっしょに、子どもの友として、子どもの横を歩いてみてください。楽しいで
すよ。セカセカと歩いていたときには気づかなかったものが、たくさん見えてきますよ。
そうそう、最後に一言。
こうした緩慢行動(動作)は、子どもの自己意識が育ってくると、自然に消えていくも
のです。子どもが自分で判断して、自分で行動をコントロールするようになるからです。
どうか、安心してください。
私の経験でも、乳幼児期の緩慢行動(動作)が、そのまま、小学5、6年生まで残った
というケースを知りません。小学3、4年生ごろには消えます。(ただしこじらせると、回
復が遅れますが、そのときは、もっと別の、ある意味で深刻な、心身症、神経症による症
状が出てきます。
また親は「のろい」「のろい」と心配しますが、第三者から見ると、そうでないというケ
ースも、たいへん多いです。これは親子のリズムがあっていないだけと考えます。)
吃音(どもり)については、ここ1〜3年は、症状が残るかもしれません。環境が大き
く変わっても、クセとして定着することもあるからです。吃音については、あきらめて、
濃密な愛情をそそいであげてください。これも時期がくれば、症状は消えます。
どんな子どもでも、一つや二つ、三つや四つ、そうした問題をかかえています。全体と
してみれば、マイナーな、何でもない問題です。
あまり深刻にならず、ここは、おおらかに! なお先取り教育は、失敗しますので、注
意してください。それについては、またマガジンのほうで取りあげてみます。
なおこの原稿は、(いただいたメールの転載も含めて)、8月13日号で掲載する予定で
す。どうか転載のご承諾をお願いします。不都合な点があれば、書き改めます。至急、お
知らせください。
まぐまぐプレミアのご購読、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
はやし浩司
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 子供の緩慢行動 緩慢動作
のろい子供 のろい動作 のろい子ども)
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●日本が民主主義国家?(Is Japan really a democratic country?)
Is Japan really a democratic country? The answer is NO! According to the textbooks
with which I learnt at Melbourne Univ., Japan was regarded as a Bureaucratism state
or a Royal Bureaucratism state.
++++++++++++++++++
日本が民主主義国家と思っているのは、
日本人だけ。
日本は、奈良時代の昔から、官僚主義国家。
今の今も、官僚主義国家。
私が学んだことのあるメルボルン大学(オーストラリア)
で使っているテキストにも、「日本は官僚主義国家」
と書いてあった。
「君主(Royal=天皇)官僚主義国家」と書いてあるのも、
あった。
日本に生まれ、日本で育っていると、それがわからない。
しかし外国からみると、それがわかる。
韓国の東亜N報(6月17日)は、つぎのように
伝える。
『……日本の公務員社会では一時、国の発展を先導してきたという
賛辞を受けたこともあるが、最近、公務員たちの利害関係のため、
核心を外した骨抜きの政策が量産され、改革のネックとなっている
という指摘が後を絶たない。天下り人事や予算の無駄遣い、
非効率も問題点として指摘されてきた。
長官など、政治家たちの就くポストは入れ替えが激しく、
官庁の政策や事業、行政の実務に精通しづらいため、
「ついたて式の運営」で、省庁ごとの利害関係を保ってきた
公務員たちが組織的に対処した場合、お手上げの状態に
ならざるを得ないというわけだ』と。
私が住んでいる、こんな地方の都市ですら、こんな
ことが言われている。
「役人にたてついたら、議会での質問書も答弁書も
書けなくなりますよ」と。
つまり議会の議員たちは、役人とのつながりの中で、
議会での質問書を書き、(ときには書いてもらい)、
また答弁書を書いている。(ときには書いてもらっている。)
官僚が、(役人でもよいが)、なぜ官僚なのかといえば、
(情報)と(許認可・権限)を握っているから。
そのため彼らは、とくに(情報)を、公開しない。
あるいは公開しても、一部。
あるいは、小出し。
小出しにしながら、自分たちの立場を守る。
そのため「多くの政治家が官僚の手玉に乗せられている」
(元官僚の会、設立趣意書)ということになる。
が、それではよくない……ということで、今度、
「官僚国家と呼ばれてきた日本で、退職した公務員たちが
シンクタンクを作り、現職の公務員たちへの監視に乗り出した」
(東亜N報)と。
以下、東亜N報の記事を、紹介する。
+++++++++++++++以下、東亜N報記事より++++++++++++
16日付の朝日新聞は、いわば、「官僚国家である日本を変える元官僚の会」が8月下旬、
臨時国会の開会前に設立総会を開く予定であると報じた。
同紙は、官僚主導型の政治に批判的な元公務員たちがこの会をリードしていると伝えた。
現職時代の経験を基に、政府の政策を監視し、公務員による政策の核心を外れた部分やゆ
がんだ部分を指摘することになる。
同会の代表は、橋本龍太郎元首相の秘書官を務めた江田憲司(無所属)衆議院議員が務め
る。橋本元首相は在職当時、日本の中央省庁を半分に減らす行政改革を推進した。
会員の資格は、天下り人事など、出身省庁の支援を受けない元公務員であり、特定の政治
路線とのつながりを防ぐため、既成政党の所属政治家は排除する予定だ。
(中略)
長期的には「霞ヵ関」(東京の官庁街の地名で、日本の行政府を指す別名)に対抗するシン
クタンクの設立が彼らの目標だ。設立の趣旨文には「多くの政治家が官僚の手玉に乗せら
れている」という指摘が盛り込まれるものと見られる。
朝日新聞は、霞ヵ関の改革が日本政界の話題となる場合、彼らの動きが政界再編にも影響
を及ぼすものと見られると指摘した。
(中略)
このため、「公務員たちにだまされずに、問題を直視できるのは、公務員経験者しかいない」
というのが、会を主導した人たちの主張だ。
6日、日本の国会で可決された国家公務員制度改革基本法も、公務員社会の横暴さをけん
制するという意図が強く反映されたものだ。同法案は内閣が省庁幹部の人事を一本化して
管理し、政治の主導権を強化し、ついたて式の官僚機構と官僚主導の体制をけん制できる
ようにした。
++++++++++++++以上、東亜N報記事より++++++++++++
今からでも遅くないというか、私たちは、つぎの世代の
人たちのためにも、立ち上がらなくてはいけない。
官僚主義から生まれる(不公平感)が、結局は社会を
不安にし、教育そのものをゆがめる。
たとえば現在、国家公務員、地方公務員を合わせた、
いわゆる私たちが「公務員」と呼んでいる人たちの、
人件費総額が、約40兆円に達している(伊藤惇夫氏指摘)。
40兆円といえば、日本の国家税収分にほぼ匹敵する。
(日本の国家税収は、約42兆円!)
つまり国家税収のほとんどを、公務員と呼ばれる人たちが
食いつぶしている。
こんなバカげた国が、ほかにどこにある?
++++++++++++++++++++
4年前の、2004年に書いた原稿を
そのまま紹介します。
++++++++++++++++++++
●参議院議員選挙
昨日(7・11)、参議院議員選挙があった。夕方、少し涼しくなってから、投票に行っ
てきた。
結果は、やはり私は、「浮動票の王様」だった。私が動くところ、国政も動く! ……と
いうのは、少しおおげさ。しかしいつも、そうなる。
今回の選挙は、「年金選挙」ということになっていた。たしかに年金問題が、最大の焦点
になっていた。しかし私たちが問題にしているのは、(年金の複雑さ)でもなければ、(将
来への不安)でもない。
問題にしているのは、(年金の不公平さ)である。
たとえば私が住んでいる地区には、旧国鉄のOBたちが、たくさん住んでいる。このあ
たりは、新幹線の線路工事のとき、同時に開発された住宅団地である。そういうつながり
がある。
が、どのOBも、満55歳で定年退職してから、月額30〜35万円(妻の年金含む)
もの年金を受け取っている。まさに優雅な年金生活者たちということになるが、その財源
は、借金。その額は、すでに20兆円を超えたとされる。(日本の国家税収は、42兆円程
度。)
もちろん、それぞれのOBに責任があるわけではない。しかし現実には、いろいろなカ
ラクリがあって、旧三公社五現業の中でも、旧国鉄OBの年金額が、一番、高い。
(注……以前は、公務員共済は、退職直前の1年間の平均給与を基準として、決められ
ていた。そのため、退職直前に役職をあげたりするなどの方法で、年金を増額する方法が、
一般的になされていた。
さらに通常、公務員は、3月31日付けで退職するのに対して、旧国鉄職員だけは、4
月1日付けで退職していた。つまりこうして勤続年数を1年加算することによって、旧国
鉄OBたちは、自分たちの年金をふやしていた。)
私はこの旧国鉄OBの年金に、年金の不公平さを見る。
近くに住む、X氏(今年82歳)は、いつもこう言う。「私ら、現役時代に納めたお金を、
国から返してもらっているだけです」と。
しかし本当に、そうだろうか?
そのX氏にしても、ざっと計算しても、満55歳の定年退職時から、27年x12か月
x33万円=1億700万円もの、現金を手にしている。1億円だぞ!
旧国鉄OBですら、ここまで手厚く保護されている。いわんや、ほかの国家、地方公務
員をや!
が、それだけではない。本当の問題は、給料である。
とてもおかしなことだが、いまだに、公務員たちがいったい、いくらの給料を手にして
いるのか、それを正直に公表している自治体は、ひとつもない。
が、概算方法がないわけではない。
年間予算から、公務員一人当たりの人件費を計算すると、約1000万円という数字が
出てくる。この数字から、共済費、健康保険料などの雇用者負担分をさしひくと、約80
0万円という数字が浮かびあがってくる(伊藤惇夫氏指摘、「文芸春秋・5月号」)。
この額は、一般民間サラリーマンの平均年収の448万円(国税庁・02年)よりも、
はるかに高い。
が、さらに大きな問題がある。
国家公務員、地方公務員を合わせた、いわゆる私たちが「公務員」と呼んでいる人たち
の、人件費総額が、約40兆円に達しているということ(伊藤惇夫氏指摘)。40兆円とい
えば、日本の国家税収分にほぼ匹敵する。(日本の国家税収は、約42兆円!)
わかりやすく言えば、国家税収のすべてが、公務員の給料に消えているということにな
る。しかしこんなバカげた国が、いったい、どこにある!
もう、いいかげんにしろ、日本!
……ということで、今回の参議院議員選挙は、終わった。とても悲しいことだが、恐ら
く、今回の選挙でも、日本は、何も変らないだろう。日本は、世界に名だたる官僚主義国
家。奈良時代の昔から、官僚主義国家。そう、簡単には、変らない。変えられない。
ちなみに、自民党の小泉氏も、民主党の岡田氏も、元中央官僚。この静岡県のばあい、
県知事も、副知事も、主だった都市の市長も、そして国会議員のほとんども、みな、元中
央官僚。
本当に日本は、民主主義国家なのか? 民主主義国家と言えるのか?
+++++++++++++++++++++
この8月(08年)、「官僚国家である日本を変える元官僚の会」が、
臨時国会の開会前に設立総会を開く予定であるという。
良識ある官僚の人たちの活動を、私たち国民1人ひとりが、応援
しようではないか。
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●悪化する韓国経済(Korean Economy, which has been getting worse and worse)
++++++++++++++++
たった半年前には、1ドルは900ウォン台をキープしていた。
(ウォン高すぎるのも、韓国経済にとっては、好ましいことではないが……。)
それが今日は、1ドルが、1040ウォン。
この数週間、1040ウォン前後で推移している。
日本的に言えば、ウォン安。
韓国的に言えば、ウォン高。
(日本と韓国では、表現のし方が逆になるので、経済紙などを読むときは、注意。)
ウォン安になっているということは、それだけ、ウォンが売られているということ。
つまり外資が逃げ始めていることを意味する。
今日(6月16日)の中央N報は、つぎのように伝える。
わかりやすくするため、箇条書きにしてみる。
(箇条書きにしても、わかりにくいが……。
頭の体操とでも思って、じっくりと読んでみてほしい。)
++++++++++++++++++++
(1)企画財政部と韓国銀行(韓銀)によると、国際原油価格の高騰を受け、消費者物価
の上昇率は今月5%台が確実視されている。
(2) 国内外の経済状況が不確実になり、企業が投資を控えていることで、今年第1四半
期の機械類投資は前年同期比2・8%減少した。
(内需不振で昨年の自営業者の所得増加率は3年ぶりの最低水準となり、外債は急増して
いる。)
(3)このため今年の経済成長率は、政府が当初目標にしていた6%台どころか、5%台
も難しい状況だ。 政府は今年3月に出した経済指標予測値を大幅に下方修正する計
画だ。
(以上のことから)、経済指標に赤信号=昨年第4四半期の機械類投資は2・8%増
加したが、今年第1四半期には2・8%の減少に転じた。 建設景気不振の影響で建
設投資も第1四半期1・4%減った。 投資不振は成長潜在力に影響を与え、雇用事
情を悪化させる。
(4)3月末現在、外債は4124億ドルと、3カ月間で303億ドル増えた。 この傾向
なら9年ぶりに対外債務が対外債権を上回る、債務国になる見込みだ。
(5) 特に今後1年以内に償還すべき外債は2155億ドルと、外貨準備高の82%に達
し、9年ぶりの最高水準となった。 姜万洙(カン・マンス)財政部長官は「経常収
支の赤字のうち外債の増加は望ましくない。対策を考えている」と述べた。
(6)昨年の自営業者の総所得は83兆ウォンと、前年に比べて0.9%増にとどまった。
これは3年ぶりの最低水準。 LG経済研究院のソン・テジョン研究委員は「今年は
原価負担が高まる一方、消費が振るわず、自営業者の所得は減少する可能性が高い」
と話した。 自営業者の数も604万人と、前年に比べて8万人ほど減った。
(7)経済予測値を大幅修正=財政部の関係者は「原油価格が予想以上に上がり、経済環
境が大きく変わった」とし「経済指標予測値を現実に合わせて修正中」と述べた。
(8)政府が3月に6%前後と提示していた成長率予測値は4〜5%に引き下げられる見
込みだ。 国際通貨基金(IMF)加藤隆俊副専務理事は「韓国の今年の成長率は4%
まで落ちる可能性がある」と予想した。
(9) 政府は当初、消費者物価上昇率を3.3%前後に予想していたが、5月に4.9%
を記録、今月は5%台と見込んでいる。 韓国開発研究院(KDI)のイム・キョン
ムク研究委員は「内需が急激に委縮する中、6月の消費者物価上昇率は5%を超え
るだろう」と予想した。
(10) 雇用目標値は35万件から20万件に引き下げられる見込みだ。 財政部
関係者は「5月の新規雇用は18万1000件」とし「当分、新規雇用は20万人
前後にとどまるだろう」と述べた。 経常収支赤字も原油価格がさらに上がれば当初
の予想(70億ドル)を上回ると、政府は見込んでいる。
(11) 経済運用方式を変えるべき=事実上の'第3次石油ショック'の余波で景
気が失速し、物価が上昇しているのは韓国だけでない。 しかし韓国は世界経済の流
れとは異なり'成長優先'政策に専念しているため、状況はさらに厳しくなった。 加
藤IMF副専務理事は、「韓国政府は物価を安定させることに政策の焦点を置くべ
き」と述べた。
( 以上のことを総合して)、チョン・ミンギュ韓国投資証券首席エコノミストは「政
府は短期間に成果を出そうという焦りを捨てて、まずは物価と国際収支を安定的に
管理しなければならない」と語った。
(12)クォン・スンウ三星(サムスン)経済研究所マクロ経済室長は「投資が
委縮すれば今年の成長率はもちろん、潜在成長率にもマイナスの影響を及ぼす」と
し「経済の不確実性を減らし、減税と規制緩和の速度を高めなければならない」と
指摘した。
++++++++++++++以上、韓国中央N報より+++++++++++++++
高金利政策で、外資を呼び込む。
現在、アメリカ2%、韓国5%。
それが従来の韓国の経済政策の基本だった。
わかりやすく言えば、今、あなたに1億ドルの現金があったとする。
金利2%のアメリカ銀行に預けるか、それとも、5%の韓国銀行に預けるか。
当然、あなたは、5%の韓国銀行に、1億ドルを預けるだろう。
しかし1億ドルを、(ドル)でそのまま預けられるわけではない。
韓国の銀行に1億ドル、預けるためには、一度、そのドルを、ウォンに交換しなければな
らない。
つまり一度、ウォンを買って、ドルを売る。
ウォンを買って、ドルを売れば、当然ウォン高になる。
たった半年前には、1ドルが900ウォン近くにまで上昇していたのは、そのため。
しかしいくら金利が5%でも、それ以上に、ウォンの価値がさがれば、あなたは、かえっ
て損をすることになる。
もう少し具体的に計算してみよう。
あなたは半年前に、1億ドルを、韓国に預けた(=投資した。)
金利は、1年間で、5%だから、900億ウォンは、半年後の今日、923億ウォンにな
っているはず。
1ドルが900ウォンのままなら、あなたは、250万ドルの儲けということになる。
が、ここで為替相場が変動した。
現在、1ドルは1040ウォン前後。
この数字で計算すると、5%の利息を含めても、約8875万ドル。
半年前に、1億ドル預けて、それが現在は、8875万ドル!
つまりあなたは1200万ドル近くの損をしたことになる。
それを知ったあなたは、手持ちのウォン資産を、韓国から引きあげようとする。
ウォンを売って、ドルに換えようとする。
つまり、ここでドル高になり、ウォン安になる。
現在の韓国の状況が、それということになる(上記、(4)と(5))。
もっとわかりやすく言えば、韓国は、外国からの投資(つまり借金)で、国の経済発展を
遂げようとしてきた。
しかしその外国からの投資(つまり借金)が、韓国から逃げ始め、「債務国」、つまり「借
金国」に転落しつつあるということ。
しかもだ、「特に今後1年以内に償還すべき外債は2155億ドルと、外貨準備高の82%
に達している」(上記(5))とのこと。
つまり1年以内に外国に返さなければならない借金が、2155億ドルもあるという。
(韓国政府は、よくドルとウォンをたくみに使い分けるので、注意を要する。
このばあいも、わざと数字を低く見せるために、ドル建てにしている!
ウォン建てで計算すると、1ドル900ウォンでは、2155億ドルは、193兆950
0億ウォン。
1ドル1040ウォンでは、224兆1200億ウォン!
「借金が224兆ウォン」と言うのと、「193兆ウォン」と言うのでは、かなり感じがち
がう。)
問題は、それが外貨準備高の82%に達するとということ。
借金を払ったら、残るのは、たったの18%。
これがもしマイナスになれば、その時点で、韓国経済は、再び、破綻(=ドフォルト)!
経済が前向きに成長していれば、問題はないが、現実は、逆!
投資は減少し、内需は停滞している(上記、(2)と(3))。
さらに悪いことに、経済成長率は、5%に落ちこむと見込まれている(上記、(3))。
「5%もあれば、すごいことだ」と思う人もいるかもしれないが、物価上昇率も5%。
いくら5%分だけ給料がふえても、物価が5%上昇すれば、実質、生活の質は、同じ。
さらに物価が5%以上上昇すれば、実質、韓国経済は、マイナス成長へと突入する。
韓国開発研究院(KDI)のイム・キョンムク研究委員は、「内需が急激に委縮する中、6
月の消費者物価上昇率は5%を超えるだろう」と予想している。
こうした数字を並べてみて、ゾーッとしない人は、いないはず。
で、もしこれが、あのノ前大統領の時代なら、「ザマーミロ!」(失礼!)ということにな
るが、現在のイ大統領には、それは言いたくない。
何とかして韓国経済の一助になりたい。
……とまあ、日本政府も、同じように考えていることだろう。
が、考えてみれば、現在の韓国経済の方向づけをしたのは、ノ前大統領。
イ大統領ではない。
が、韓国の人たちには、それがわからないらしい
(?)。
わからないから、ローソクデモを、政治デモにすり替えて、イ大統領を攻撃している。
昨日あたりも、P市のトラック運転手たちが、デモにうって出ている。
大規模なゼネストも計画されている。
しかし政治が不安定化すればするほど、韓国経済は、さらに悪化する。
が、ひとりそれを喜んでいるのが、隣の金xx。
ローソクデモを支持する声明を、連日、発している!
(あの男が喜ぶことは、韓国経済にとっては、マイナスであるということを、韓国の人た
ちは知るべし!)
このままでは、韓国は、再び国家破綻(デフォルト)してしまう。
もしそれを疑う人がいたら、中央N報のこの記事を、もう一度、自分の目でしっかりと読
んでみたらよい。
(追記)
韓国のエネルギー効率の悪さは、以前より各界から指摘されている。
同じ1ドルの外貨(GDP)を稼ぐのに、韓国は日本の1・5〜2・0倍(この数字は聞
き覚えなので、不正確)ものエネルギーを消費すると言われている。
つまり原油高の影響を、韓国は、モロに受ける。
そういう経済構造になっている。
現在の原油高も計算に入れると、韓国の物価上昇率が、5%前後で収まるはずはない。
韓国の経済的混乱が、反日運動に向かわないよう、日本人の私たちは、じゅうぶん、注意
したらよい。
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 08年 7月 18日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【カナダの幼稚園】
++++++++++++++++
少し前まで、カナダで暮らして
おられた、GSさん(静岡市在住)から、
こんなメールが届きました。
そのまま紹介させていただきます。
カナダの幼稚園の様子がよくわかる、
たいへん興味深いメールです。
++++++++++++++++
【GSさんより、はやし浩司へ】
カナダの幼稚園についての原稿ですが、もちろん引用してくださって構いません。
カナダでの育児状況について、もし参考になるようでしたらと思い、もう少し、お話させ
ていただきます。
私も含め皆さんが、とても利用していたのが、フリー(無料)で行われる、『プレイグルー
プ』(確か州で運営)というものでした。
会場は、各地域にある大きなスーパーの2階です。そこが日本でいう公民館的な空間にな
っていて、大き目の会場とキッチン付きの部屋などもあり、そこで様々な集会、会議、講
習、お稽古などが催されています。
プレイグループは週2回、予約、会費なども一切なく、本当にフリーに出入りできるので、
人気がありました。ベテラン保母さん(たぶん退職されたであろう年齢の方々)が来てい
て、午前中の間開放されます。
その時間内、入りたいときに入り、出たいときに出るというやり方です。子どもだけ置い
ていっても構いませんが、親が一緒に入っているケースがほとんどです。(親がいない子ど
もは、数人いるかいないかという程度です。)それでも、定員を超えるとドアは閉められ、
誰かが抜けるまで、入れず、外で待ちます。
お絵かき、粘土、パズル、玩具、絵の具、はさみ遊び等等、たくさんの物が用意されてい
て、どれでも好きな物で遊べます。最後に、みんなが円になり、絵本の時間と歌遊びがあ
って、最後までいた子ども達は先生からご褒美シールをもらって終了。
そのシールって好きなところに張ってくれるのだけれど、だいたい、手とか腕とかホッペ
とかでカワイイ(笑)です。
本当に産まれたばかりのような赤ちゃんから、(日本ではきっと外に連れ出さない程の月
齢)、PreSchoolの年齢の子までいます。
そこで、玩具の貸し借り、順番、ケンカした時の対応などが、自然に意識することなく経
験できたように思います。
1歳、2歳でもその環境で習得する力はすざましく、林先生の何かの原稿にあったように、
親、先生よりも周りにいる年上の子の真似事が一番の影響を持ちますね。
もちろん、様々な子ども達がいるし、人種も宗教も肌の色も本当に様々なはずですが、子
どもの世界はさほど変わりありません。先生達は特別な指導はなく、何かもめている子ど
ものところへ行っては解決させ、後は良くできているね!と褒めて歩いたり、相談を聞い
たりといった感じです。
息子は、そのプレイグループが大好きで、先生にもすっかり名前を覚えてもらい帰国前に
は涙してサヨナラして来た程でした。
公園の違いについて。
小さな幼児用の遊具と、大きい子用の遊具がしっかり分かれていました。
下は転んでもさほど問題のないように2〜3センチの木片や大鋸屑がひきつめられているか、
滑らないゴムのようなものになっていて、滑り台への階段も、1歳児がハイハイして登って
行けるほど、広く段差が低いものです。一か所の公園だけでのことではありません。
また、夏には幼児向けプールが開かれます。 だいたい遊具の近くの芝生の真ん中にあり
ます。
大きな円のプールで中心へむかい深くなっていて、一番深い所で大人の膝程度です。 な
ので端の浅い所では、1歳未満の子が水着で遊んでいたりする中、4〜5歳の子が大はしゃ
ぎで走り回るという感じです。週末は短パンで水に入りながら一緒に遊び、周囲の芝生で
ランチしている家族が多く見られます。
高校生のボランティアが監視役として必ず一人ついていて、時間になると水遊び用の玩具
をぶら下げながらやってきて、プール内を掃除して水をはります。決まった時間になると
笛をふき、全員プールから出し水の消毒にかかります。
毎度、プールから全員上がらせるまでに時間がかかりますが、出てしまった後は、みんな、
まだかまだかと持参したフルーツやおやつを食べたりしながら、しっかり待っています。
以上、特に印象が強かった良い環境だなあと思った2点です。
私は、妊娠6か月の時にカナダへ行き、親や友達は海外での出産と育児でとても大変だと
心配してもらいましたが、かえって日本よりとっても精神的にもリラックスできていた気
がしますし、子育てはむしろ日本よりもしやすい環境だったと感じています。
もちろん、出産は日本のようにいたれりつくせりではないし、身体的に問題が起きて大変
な思いもしたし、いわゆる子どもを預けてつかのまの休息というものは一切なかったので、
大変は大変でしたけど(笑)。
だからといって、子どもと少し離れたい!、と思ったこともありませんが。
小学、中学、高校になると、スポーツ系のクラブが数多くあり所属している事が多いよう
です。夏は日が長いせいもあるのか、9時過ぎまでグランドで練習、試合をしている姿が
よく見られます。また、クラブ活動を通しての縦割りのボランティア活動も多いようです。
女の子のチームも多くあります。ある中学生の子どもを持つ銀行員のお母さんは、やっと
の週末のお休みも、子どものクラブの活動で朝から大忙しだと話していました。でも、そ
の家族の時間も嬉しいと楽しんでいました。
どちらにせよ、カナダでは、ハッキリと言えることは、家族で過ごす時間をとても大切に
しているというのが強いですよね。日本ではそうではないとは決して言えませんが、平均
的にそれに対する比重はとても違うように感じます。
なんだかまた長々と書いてしまいましたが、少しでも参考になれば幸いです。
【はやし浩司より、GSさんへ】
カナダの教育についての情報、ありがとうございました。
「幼稚園」と構えないで、「(無料の)プレイグループ」というのは、すばらしいですね。
保育時間も、親自身が決められるところも、すばらしいですね。
私の孫も、アメリカで、おおむねそのようなやり方で、少しずつ、集団教育に慣れていっ
たようです。
最初は、週に1、2回程度。
様子をみながら、回数をふやしていきました。
どうして日本では、そういうことをしないのか、不思議でなりません。
いきなり集団教育の場に子どもを放り込んで、それでよしとしています。
考えてみれば、これほど、乱暴な教育もないわけです。
またいろいろ教えてください。
イギリス→カナダは、さすが教育の先進国だけあって、日本とは、ちがいますね!
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist カナダ カナダの幼児教育
カナダの教育事情 カナダの幼児教育 プレーグループ プレイグルー play group は
やし浩司 カナダ 幼児教育 幼稚園)
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●3年保育が、主流?(The Japanese prefer "Pattern", so does too about their education)
When a mother (or a father) is told by her son's or daughter's teacher to drop out him or
her to a lower class, the mother would become crazy or mad, or in Japan no children
drop out of the course. From where does this difference come?
++++++++++++++++++
現在、どこの私立幼稚園も、経営がきびしい。
とくに、市中の幼稚園ほどそうで、園児減少に、
歯止めがかからない状態がつづいている。
一般論として、私立幼稚園のばあい、「200人」
というのが、ひとつの目安になっている。
園児数が、200人を切ると、とたんに経営が
きびしくなる。
だからどこの幼稚園も、園児数を確保するため、
3年保育、4年保育と年数を延ばすことで、対処している。
さらに最近では、幼保一元化の波(?)にのって、
夕方5時前後までの、長時間保育をするところが
ふえている。
それとて、その必要があって、そうしているのではない。
経営を成り立たせるために、そうしている。
そんな中、N県に住んでいる1人の母親が、
こんな相談を寄せてくれた。
「2年保育にすべきか、3年保育にすべきかで、
悩んでいる」と。
で、幼稚園の園長に相談すると、「うちは3年保育
が主流だから……」と言われたとか。
主流?
そんな話は聞いたことがない。
また何をもって、「主流」というのか?
+++++++++++++++++
【N県にお住まいの、TMさん(母親)より】
……昨日、R幼稚園へ見学のお電話をしたところ、
園長からあれこれと、事情を聞かれました。
「うちは3年保育が主流の昨今です。
2年保育で入ってくる子は、通常転勤なさってきた子どもで、
幼稚園通園の経験もある子どもたちです。
2年保育から初めてとなると、1年間の経験のブランクは、
かなり大きく4歳になると物ごとがはっきりと
わかるるようになるので、溶け込むのがなかなか難しいと
思われますので、できるだけ早くに通わせてあげるのが、
子どものためだと思いますよ」と言われました。
1年間の経験のブランクと言われると不安です。
子供はもっと柔軟だと考えるのは甘いのでしょうか。
いわゆる「遅れる、後れる」ということなのでしょうか?
2年保育で十分と考えているものの、
このような話を聞かされたり、周囲からも、
度々同様のことを言われることで、
正直、私が間違っているのかしら・・・と、
不安になり、わからなくなってしまうことの繰りかえしです。
++++++++++++++++++
●異常な集団教育
日本も、一度、幼児教育のあり方を、基本的な部分から
考えなおしたほうが、よいのではないか。
日本では、(集団教育)をもって、「教育」と誤解している。
また子どもにしても、(集団)から、はみ出ることを、許さない。
(集団)になじむ子どもイコール、「いい子」。
そうでない子どもイコール、「問題児」と。
「遅れる(後れる)」という、あのイヤ〜ナ言葉も、
そこから生まれた。
いったい、何から、遅れるというのか。
たまたま今日、カナダに住んでおられる、Mさん(母親)から、こんな
メールが届いている。
いわく、「日本と海外とは、かなり状況が異なります。
カナダでは、今住んでいるところは、ローカルですが、
(幼稚園といっても)、本当に公園に遊びにいくかのような状態から、
徐々に始まり、15人以下の幼児を2人の先生で、見てくれます。
保育時間も本当に短いです。
実際、公園・公共の場での状況もかなり違います。
公園では、見ず知らずの子どもたちどうしでも、
笑顔で受け答えしながらんでいるといったふうです」と。
私の孫(アメリカ在住)も、プレ・スクールに通い始めたが、
最初の1年間は、週に、数度、ときどき通ったにすぎない。
(現在は、日本でいう年長児で、月〜金までのフルタイムで
通園している。)
オーストラリアでは、最初は、たとえば、月、水、金……というように、
週3回保育というのが、ふつうになっている。
もちろん保育時間も短い。
で、日本の(異常さ)は、海外へ出てみないとわからない。
(もちろんよい面もあるが……。)
が、何が異常かといって、日本独特の集団教育偏重主義ほど、
異常なものはない。
集団教育を否定しているのではない。
一方で、「個の尊重」「個の確立」あってこその、(集団教育)
である。
「個の尊重」「個の確立」をしないまま、一方的に(集団教育)を
押しつけながら、「押しつけている」という意識すらない。
日本の教育のもつ悲劇は、すべて、この一点に集約される。
●日本の「型」
日本には、あらゆる場面に、「型」がある。
「型」が好きな国民で、その「型」を作らないと、安心できない。
冠婚葬祭は言うに及ばず、日本でいう「伝統文化」というのは、
すべて、その「型」をいう。
教育についても同じで、まず「子どもの型」を想定する。
そしてその「型」に、子どもを、当てはめようとする。
「型に当てはめる」というのは、即、「個の否定」を意味する。
もちろん日本の子どもにも、個性はある。
しかし「個性の幅」ということになったら、日本人は、とても
欧米人には、かなわない。
かなわないことは、これも、外国へ出てみて、はじめて、わかる。
言いかえると、日本人は、それだけ、個性を認めないということになる。
もっと言えば、個性的な生き方を認めない。
幼児教育から、そうなっている。
そのひとつが、N県に住んでいる1人の母親のメールに表現されている。
「遅れる(後れる)」と。
こうした欧米との違いが、もっとも顕著に現われるのが、
「落第」の問題である。
アメリカでは、先生が、「あなたの子どもを1年、落第させます」と
告げると、親は、喜んで、それに従う。
「喜んで」だぞ!
オーストラリアでも、似たようなものだが、少し事情がちがう。
「落第」について、親も子どもも、かなり心理的に抵抗するようだ。
「喜んでという雰囲気ではない」(友人の弁)とのこと。
しかし現実に、その友人の兄弟のばあいも、5人中、2人が、小学生時代に
落第を経験している。
もう1人は、高校生のときに、落第を経験している。
つまり「落第」というのが、ごくふつうのこととして、なされている。
が、この日本では、ちがう。
先生が「落第させます」と告げたら、それだけで親は、半狂乱になる。
不登校にしても、そうだ。
日本人は、コース(型)から、自分の子どもがはずれることを、
極端に警戒する。
冒頭に書いた園長は、こう言っている。
「2年保育から初めてとなると、1年間の経験のブランクは、
かなり大きく、4歳になると物ごとがはっきりと
わかるるようになるので、溶け込むのがなかなか難しいと
思われますので、できるだけ早くに通わせてあげるのが、
子どものためだと思いますよ」と。
私は、この文章を読んで、本当に声を出して笑った。
「1年間のブランク」だと?
しかも幼児期に?
本当は、自分の幼稚園の経営しか考えていないのでは
ないのか?
仮にそうであるとしても、では、その園長は、園児たちを
どういう子どもにしようとしているのか?
……すでに将来の、高校受験、大学受験を想定している?
むしろ事実は逆で、この時期は、濃密な親子関係を大切に
したほうがよい。
「早く幼稚園へ入れれば、それだけ頭のよい子ども(=勉強が
できる子ども)になる」と考えるのは、幻想でしかない。
かなりきびしい意見を並べたが、「日本も、一度、
幼児教育のあり方を、基本的な部分から考えなおしたほうが、
よいのではないか」というのは、そういう意味である。
親の事情が許すなら、幼稚園は、2年保育で、じゅうぶん!
それがわからなければ、40年前の日本を思い出してみる
ことだ。
当時は、1〜2年保育が主流で、3年保育など、ほとんどなかった。
約5%の子どもは、幼稚園(もちろん保育園も)へ通わないまま、
小学校に入学していた。
「型」について書いた原稿を、2作、さがしてみた。
++++++++++++++++++++
●「型」
もともと「学ぶ」は、「マネブ(まねをする)」に、由来するという。つまり日本では、
「先人のマネをする」が、「学ぶ」の基本になっている。そのひとつが、日本独特の「型」
教育。日本人は、子どもを、型にあてはめることを教育と思い込んでいる。少なくと
も、その傾向は、外国と比べても、はるかに強い。そのよい例が、英語の書き順。
たとえば「U」は、まず左半半分を上から下へ書き、つぎに右半分を上から下に書い
て、底の部分でつなげる。つまり二画だそうだ。同じように、「M」「W」は、四画だそ
うだ。こういう英語国にもない書き順が、日本にはある! 驚くというより、あきれる。
ホント!
そのため、日本では、今でも、先生は、「わかったか?」「では、つぎ!」と授業を進
める。アメリカやオーストラリアでは、先生は、「君はどう思う?」「それはいい考えだ」
と授業を進める。この違いは、大きい。またその根は、深い。
もうトメ、ハネ、ハライなど、もうなくしたらよい。それを守りたいという人に任せ
て、少なくとも、学校教育の場からは、なくしたらよい。(もう二〇年前から、私は、そ
う主張しているのだが……。)書き順にしても、それにこだわらなければならない理由な
ど、もう、ない。守りたい人が守ればよい。守りたくない人は、守らなくてもよい。そ
れよりももっと大切なことがある。その「大切な部分」を、教えるのが教育ということ
になる。この「ワンポイントアドバイス」の中では、それを書いた。
ただこういう私の意見に対して、「日本語の美しさを君は否定するのか?」という反論
もあるのも、事実。とくに書道教育関係者からの反論が、ものすごい。
しかしこのアドバイスの中にも書いたように、「美しい」とか、「美しくない」とか思
うのは、その人の勝手。それを他人、なかんずく子どもに押しつけるのは、どうか。
私は、トメ、ハネ、ハライがあるから文字が美しいとか、ないから美しくないとか、
そういうふうには、思わない。みなさんは、この問題を、どう考えるだろうか?
●国語の勉強は、読書に始まり、読書に終わる。アメリカの小中学校へ行って驚くのは、
どの学校にも、図書室が、学校の中心部にあること。(たいていは玄関を入ると、その
すぐ近くにある。)そして小学校の場合、週一回は、「ライブラリー」という勉強がある。
これはまさに読書指導の時間と思えばよい。
さらに驚くべきことは、この読書指導をする教師は、ふつうの教師よりもワンランク上
の、「修士号取得者」があたることになっている。このあたりにも、日本とアメリカの
教育に対する考え方の違いが、大きく出ている。もちろん、アメリカには、英語の書き
順などない。(また書き順と構えなければならないほど、文字の数そのものがない。)※
+++++++++++++++++
【意識について】
●絶対的な意識は、ない
人間のもつ「意識」ほど、いいかげんなものはない。意識には、絶対的なものもなけれ
ば、普遍的なものもない。いろいろな例がある。
私が、それに最初に気づいたのは、オーストラリアで留学生活をしていたときのことだ
った。私には、何も自慢するものがなかった。それで、ことあるごとに、私は、「ぼくは、
日本へ帰ったら、M物産という会社に入社する。日本でナンバーワンの会社だ」と、そう
言っていた。
が、ある日、一番、仲のよかったD君(オーストラリア人)が、こう言った。「ヒロシ、
もうそんなこと言うのは、よせ。君は、知らないかもしれないが、日本人のビジネスマン
(商社マン)は、ここ、オーストラリアでは、軽蔑されている」と。
私は、大学四年生になると、何も迷わず、商社マンの道を選んだ。それが私にとって、
正しい道だと信じていた。しかしその商社マンが、オーストラリアでは、軽蔑されていた!
当時の日本は、高度成長期のまっただ中。新幹線を走らせ、東京オリンピックを成功さ
せ、大阪万博を開いていた。そういう時代である。同級生たちのほとんどは、銀行マンや
証券マンの道を選んだ。
有名な企業であればあるほど、よかった。大きな企業であればあるほど、よかった。が、
そういった意識は、実は、そのときの日本という、大きな社会で、作られたものだった。
D君のこの言葉は、私の一生に関するものだっただけに、私に大きな衝撃を与えた。私
は自分のもっている意識を、そのとき、こなごなに、破壊された。が、同時に、私は未来
への展望を、見失ってしまった。
それはそれとして、こうした意識を、私たちは、生活のあらゆる部分でもっている。人
生観、哲学観、宗教観にはじまって、好み、嗜好(しこう)、夢や希望などなど。が、どれ
一つとて、絶対的なものは、ない。普遍的なものも、ない。
たとえば私は、中学一年生のとき、ある女の子が好きになった。好きで好きで、たまら
なかった。で、そのときは、その女の子ほど、すばらしい女性は、いないと思った。だか
ら生涯にわたって、その女の子を好きなままだろうと思った。思っただけではなく、そう
いうふうに信じていた。
しかしその恋は、やがてシャボン玉がはじけるように消えた。そしてそれにかわって、「ど
うしてあんな女の子が好きだったのだろう」と思うようになった。
●子育て観も、同じ
もちろん、子どもに対する親の意識にも、絶対的なものもなければ、普遍的なものもな
い。そのことを思い知らされたのは、こんなことを知ったときだ。
アメリカでは、学校の先生が、親を呼びつけて、「お宅の子を、落第させます」と言うと、
親は、それに喜んで従う。「喜んで」だ。
あるいは自分の子どもの成績がさがったりすると、反対に、親のほうから、学校へ落第
を頼みにいくケースもある。
これはウソでも、誇張でもない。事実だ。アメリカの親たちは、そのほうが、子どもの
ためになると考える。が、この日本では、そうはいかない。そうはいかないことは、あな
た自身が、いちばん、よく知っている。
意識というのは、そういうもの。
そこで、いくつかの教訓がある。一つは、今、自分がもっている意識を、絶対的である
とか、普遍的なものであるとか、そういうふうに、思ってはいけないということ。
つぎに、意識というのは、変わりうるものだという点で、自分の意識には、謙虚になる
こと。自分の意識を、他人や家族に、押しつけてはいけない。
もう一つは、意識というのは、どんどんと変えていかねばならないということ。変わる
ことを恐れてはいけない。また一つの意識に、固執してはいけない。
●そのときどきの、「懸命」さ
こう書くと、意識というのは、流動的ということになる。そういう前提に立つなら、「で
は、何を信じたらいいのか」という問題が起きてくる。
その答は、ただひとつ。「そのときどきで、懸命に生きればいい」ということ。
よく若い人が、こう言う。「あとになって後悔するよりも、ぼくは、今、自分が信じてい
ることをしたい」と。
それはそのとおりで、他人の意見というのは、あくまでも参考にしかならない。仮にそ
の意識が変化しうるものであっても、そのときは、そのときで、懸命に生きればよい。そ
の結果がどうなろうとも、それは、そのあとに、考えればよい。
たとえばわかりやすい例で、考えてみよう。
だれか女の子に恋をしたとする。そのとき、その女の子が好きだったら、とことん好き
になればよい。その意識が変わるとか、そういうことは考えなくてもよい。その「懸命さ」
の中に、重大な意味がある。
そして、その女の子と、結婚したとする。が、しばらくは、ラブラブのハネムーンがつ
づいたが、そこで意識が変化したとする。落胆と幻滅が、結婚生活をおおうようになり、
やがて小さなすきま風が吹くようになったとする。しかしここで大切なことは、だからと
いって、結婚したのがまちがっていたとか、失敗だったとか、そういうふうには考えてい
けない。
仮に離婚ということになったとしても、「懸命にその女の子を愛し、結婚にこぎつけた」
という事実は、消えない。またその事実があれば、「失敗」ということは、ありえない。
むしろ恥ずべきは、合理と打算で、懸命でない人生を送ること。いくら表面的に、うま
くいっていても、あるいはそう見えても、そういう人生には、価値はない。
●懸命に生きるから、結果が生まれる
そのときは、そのときの意思を信じて、真正面からものごとに、ぶつかっていく。たと
えその意識が、だれかに批判されても、気にすることはない。あなたは、どこまでいって
も、あなた。そのあなたを決めるのは、あなたをおいて、ほかにない。
私も、M物産という会社をやめ、幼稚園の講師になると母に告げたとき、母や、電話口
の向こうで、泣き崩れてしまった。「浩ちゃん、あんたは、道を誤ったア!」と。
だからといって、母を責めているのではない。母は母で、その当時の常識の中でつくら
れた意識に従っていただけである。
で、その肝心の私はどうかというと、「誤った」とは、まったく思っていない。道をまち
がえたとも思っていない。そのあとの生活は、たしかに苦しかったが、しかし、私は、一
度だって、後悔したことはない。
なぜ、後悔しないかといえば、私は私で、そのときどきにおいて、懸命に考え、懸命に
結論をだし、懸命に行動したからにほかならない。つまり、その「懸命」さが、私を救っ
た。むしろ今、あのとき、M物産をやめてよかったと思うことが多い。
ときどきワイフは、こう言う。「あのまま、M物産にいれば、あなたは、もう少し、楽な
道を歩むことができたかもしれないわね」と。
しかし、もし今ごろ、M物産にいたら、都会のオフィスで、お金の計算ばかりしている
だろうと思う。あるいは私のことだから、出世競争に巻きこまれて、とっくの昔に死んで
いるかもしれない。死なないまでも、廃人のようになっているかもしれない。
●そして運命
懸命に生きていくと、そのつど、その先に、進むべき、道が見えてくる。もちろんそれ
までに歩んできた道もあるが、それが運命である。
もう少しわかりやすく言うと、最大限、つまり懸命に生きていると、そのつど、そこに
「限界」が現れてくる。その限界状況の中で作られていくのが、その人の運命である。
たとえばこれは極端な例だが、魚はいくらがんばっても、陸にはあがれない。もちろん
空も飛べないし、宇宙へ飛び出すこともできない。
こうした「限界」は、あらゆる生物にあり、人間もまた、その限界の中で、生きている。
もちろん、私も、あなたも、である。それはあるが、しかし、その限界が、運命を決める
わけでもない。「限界」という、大きなワクは決まっているかもしれないが、その中で、ど
う生きていくかということは、その人自身が、決める。
また、よく誤解されるが、運命というのは、あらかじめ決まっているものでもない。
もしあらかじめ決まっているものなら、懸命に生きても、またそうでなくても、進むべ
き道は、同じということになる。しかし、そんなことは、ありえない。さらに一歩、譲
って、仮に、運命というものがあるとしても、最後の最後のところで、ふんばって生き
る。そこに、懸命に生きる人間の価値がある。意味がある。
「意識」のことを書いていたら、いつの間にか、「運命」の話になってしまった。どうし
てかわからないが、そうなってしまった。ひょっとしたら、「意識」と、「運命」は、どこ
かで関係しあっているのかもしれない。(あるいはただの脱線かもしれない?)
しかしこれだけは言える。意識にせよ、運命にせよ、自らのたゆまない努力によって、
変えられるものであるということ。大切なことは、そのときどきにおいて、懸命に考える
こと。生きること。そのあとのことは、そのあとに任せればよい。どんな意識になろうと
も、またその結果、どんな運命になろうとも、それは、そのとき。
私たちは、ただひたすら、「今の自分」を信じて、前に進めばよい。
(031208)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●今夜・あれこれ(6月15日)
+++++++++++++++
時として、怨念は、亡霊となって、
その世の恨みを果たすものなのか?
西洋では、それを「悪魔」と呼ぶ。
日本では、「怨霊(おんりょう)」と呼ぶ。
この21世紀の世界にあって、合理だけでは
理解しがたい事象というのは、たしかに
存在する。
+++++++++++++++
X氏は、はじめ、X氏の長男(35歳)について、私に相談してきた。
「家庭内暴力が、ますますはげしくなってきました。
どうしたらいいですか?」と。
で、何回か会っているうちに、X氏が、こんな話をしてくれた。
X氏には、4人の叔父(伯父)と、2人の叔母(伯母)がいる。
一時、X氏の両親も含めて、計8人が、同居した時期がある。
終戦直後のころで、うち3人の叔父(伯父)は、そのとき戦地から、戻ってきていた。
X氏の家は、江戸時代には、庄屋をしていた、その地方では、名の知られた名家である。
4人の叔父と、2人の叔母を、順に、(叔1)(叔2)(叔3)(叔4)(叔5)(叔6)とす
る。
X氏の父親を含めると、計7人。
(X氏の父親)から順に、話を進めていく。
まずX氏の父親だが、2人の娘(X氏の姉)を、病気で亡くしている。
うち1人は、死産。
もう1人は、生後直後から、植物人間。
出産時の医師の処置ミスということだったが、当時は、あいまいなままで終わってしまった。
その姉は、11歳で、死去。
X氏は、3番目に生まれた息子ということになる。
(叔1)
3人の子どもをもうけたが、長男は、6歳のとき、近くの橋から転落して、水死。
(叔2)
2人の子どもをもうけたが、うち長男の長男が、生まれながらにして重い精神病で、以後、
現在に至るまで、施設で、生活を送っている。
(叔3)
4人の子どもをもうけたが、一番年上の長女は、20歳のとき、自宅で首をつって自殺。
(叔4)
息子が1人。その息子の妻は、自宅の前の道路で、交通事故で死んでいる。「事故」という
ことになっているが、実際には、自殺。妻は、それまで、うつ病で精神科に通っていた。
(叔5)
息子が2人いたが、うち1人は、叔父が40歳のとき、すい臓がんで死亡。もう1人の息
子は、現在、どこに住んでいるか、わからない。
すでに死亡しているのではと、X氏は言った。
(叔6)
4人の子どもをもうけたが、長男は、25歳のとき、連続放火で、懲役15年の判決を受
けている。
その長男の長女、つまりX氏のハトコも、手首を切って自殺している。21歳のときのこ
とだった。
こういう話をしながら、X氏は、こう言う。
「私の家系は、何かおかしい。自殺者が多いのみならず、みな、長男、長女が、犠牲にな
っている」と。
「犠牲」というのは、X氏に言わせると、「悪魔の犠牲」ということらしい。
私が、「そんなものはいませんよ」と言ったが、X氏は、本気で、それを信じている。
「悪魔というのは、その人自身を、直接には攻撃しません。
罪のない周りの人たちを犠牲にしながら、その人を悲しませたり、苦しませたりします。
それが悪魔のやり方です」と。
なぜX氏の親類の人たちが、こうまでつぎつぎと不幸に見舞われているのか。
しかも例外なく、長男、長女から順に犠牲になっている。
X氏は、その理由を話してくれたが、詳しくは、ここには書けない。
戦地へ行った叔父の1人が、その先で、残忍非道な行為をしたからと、X氏は言う。
が、実は、X氏自身にも、その(不幸)が襲いつつあるという。
X氏の長男は、現在、35歳。
その長男は、中学生のころからはげしい家庭内暴力を繰りかえしている。
冒頭に書いたように、X氏が私に接触してきたのは、そのためである。
「いつ事件になってもおかしくない状況です」という。
ときにつけ長男は、ナタや包丁を振りまわして、暴れることもあるという。
私「すべて、偶然ですよ」
X「はじめは、私も、そう思っていました。
しかし、私の妻にも、ちょうど同じ数だけの叔父、叔母がいますが、そうした不幸な話は、
ひとつもありません」
私「……」
X「順番からいくと、今度は、私が不幸になる番です。
私のことというより、息子のことが心配です」と。
内容は少し変えたが、ここに書いたことは、事実と思ってもらってよい。
またX氏の家系の中で起きた不幸な事件についても、例外なく、全員に起きている。
例外なく、全員に、である。
「偶然」というには、無理がある。
X氏は、こう言う。
「私の家系には、ものすごい怨念を感じます。
その怨念が、いまだにとりついています。
林先生は信じないかもしれませんが、現実に、こういう家系もあるということを、どうか
忘れないでください」と。
時として、怨念は、亡霊となって、その世の恨みを果たすものなのか?
私にはわからないが、記録として、ここに書きとめておく。
Hiroshi Hayashi++++++++++++++++++++++はやし浩司
●次期パソコン
このところパソコン雑誌を読むことが多くなった。
毎週、1、2冊は買って読んでいる。
とくに関心があるのが、ミニ・パソコン。
現在、KOHJINSHA(工人社)というところから、ググッと私の物欲をそそる製品
が、いくつか出ている。
もうひとつは、HP社の製品。
こちらのほうは、「6月下旬発売」ということになっている。
が、「発売延期」が、つづいている。
使い勝手は、HP社のほうが、よさそう。
どちらにするかは、一度、HP社の製品が手にとって見てから決める。
●頭痛
この数日間、おかしな頭痛がつづいた。
「?」と思いながら、風邪薬をのんだり、頭痛薬をのんだり。
が、いっこうによくならない。
まさかと思いつつ、偏頭痛薬のんだら、一回で治った。
やはり偏頭痛だった。
が、今回は、左側。
いつもは右側なのに……。
しかも神経痛のような痛さがつづいた。
今朝(6月15日)は、頭痛から解放され、やっと気分が楽になった。
●ダイエット開始!
しばらく体重計に乗らないでいた。
(体重計のばあい、「乗る」か、「載る」か? 日本語はむずかしい……。)
で、乗ってみたら、68キロ。
適正体重より、3〜4キロも、オーバー。
どうりで、このところ、朝起きると、足が痛いはず。
同時に、食事が、おいしいはず。
さっそく、今朝からダイエットを開始することにした。
たいてい1週間前後で、適正体重に戻るはず。
ところで私の知人の中に、1年間で、15キロ近くも減量に成功した人がいる。
現在、62歳。
60歳のとき定年で退職したが、そのときは、90キロ近くもあったという。
身長は、170センチくらい。
典型的なメタボリック型の体形をしていた。
それが今は、75キロ!
先日、久しぶりに会ったが、まるで別人のようだった。
「どうやって、ダイエットしましたか?」と聞いたら、横に立っていた妻が、「運動ですよ」
と言って笑った。
しかし15キロとはすごい。
すごいが、ひょっとしたら、何かの病気が原因かもしれない。
その知人のばあい、若いころから糖尿病をかかえている。
それに仮に運動で体重を減らしたとしても、リバウンドにも警戒しなければならない。
「サイエンス」という雑誌によれば、「体重を減らす」ということは、アルコール中毒の患
者が酒を断ったり、ヘビースモーカーが、禁煙を実行するのと同じくらい、むずかしいこ
とだそうだ。
ドーパミンというホルモンが深く関わっていて、それが脳の中の線状体というところを刺
激する。
それが食欲となって、その人を襲う。
つまり反射運動的に、食物を見ると、食欲がわいてくるようになる。
メカニズムは、アルコール中毒の人や、ヘビースモーカーの人と同じという。
食欲にしても、理性によってコントロールできるような、代物(しろもの)ではない。
だから簡単には、やせられない。
やせても、リバウンドが起きる。
そのリバウンドが、こわい。
●私のワイフ
夫婦といっても、もともと他人。
生まれも育ちもちがう。
(だからといって、同じのほうがよいというのでもない。)
このところその(ちがい)を強く感ずるようになった。
若いころは、風呂にしても、私は、ぬるい湯が好き。
ワイフは、熱い湯が好き。
そのため私との入浴を、いつもいやがった。
寝室にしても、そうだ。
私はともかくも、ワイフは、いつも私と離れて、別の布団で寝たがった。
が、それでも、何とか、この40年近く、いっしょに生活してきた。
たがいに受けいれる部分は、受けいれる。
妥協する部分は、妥協する。
しかしおかしなことだが、ワイフは、結婚して以来、ずっと、自分の心を開いたことがな
い。
私に対しても、また子どもたちに対しても、だ。
いつもどこかで、私や息子たちに対して、一線を引いている。
たとえば、(おなら)。
ワイフは、私の前で、おならをしたことがない。
「ぼくの前で、ブリッと出してもいいんだよ」と言っても、出さない。
だから一度、こう聞いたことがある。
「どうして出さないの?」と。
すると、ワイフは、こう言った。
「それは女のたしなみよ」と。
私の前で、ブリブリとおならを出してくれたら、私だって、どんなにうれしいことか。
で、それをいくら説明しても、ワイフには、それが理解できない。
だいたいにおいて、(心を開く)という意味が理解できない。
だからいつしか、説明するのもやめてしまった。
しかし、それでも夫婦は夫婦。
別に夫婦に形があるわけではない。
たがいに問題をかかえながら、それを補いあいながら生きていく。
しかしこのとこと、よくこんなことを考える。
「別れてやったほうが、ワイフにとっては、幸せではないか」と。
似たような夫婦に、『マジソン郡の橋』に出てくる、フランチェスカとリチャード(夫)が
いる。
私はあの映画を見たとき、「私たち夫婦とよく似ている」と思った。
とくにリチャードの立場は、私の立場、そっくり(?)。
最後の最後まで、妻のフランチェスカは夫のリチャードに尽くすが、心はとっくの昔に離
れている。
それをリチャードは感じていたにちがいない。
臨終のベッドで、リチャードはフランチェスカに、こう言う。
「お前にも夢があっただろうに……」と。
だからというわけでもないが、このところ、私は、別のところで心の整理をし始めている。
いつ離婚という状態になってもよいように、だ。
今までは、(子育て)という共通の目標があった。
しかし、今は、それもない。
……たぶん、私のワイフには、私が感じているような(さみしさ)など、理解できないだ
ろう。
いまだにいっしょに床に入ることにすら、心のどこかで遠慮を感ずる。
風呂に入るときも、だ。
この気持ちは、ワイフも同じではないかと思う。
ワイフはワイフで、いつも、何かに耐えている。
いやいや、いっしょに寝る。
いやいや、いっしょに風呂に入る。
ワイフにそれを尋ねると、「そんなことはない」とは言う。
しかしそれとて、どこかで自分を作っているよう。
無理をしているよう。
だからといって、ほかに不都合なことはない。
見た目には、仲のよい夫婦かもしれない。
ほとんどの行動を共にしている。
しかしそれに対しても、このところ、私のほうが務めて、ブレーキをかけるようにしてい
る。
おかしな話に聞こえるかもしれないが、私のほうが、離婚の準備を始めている?
で、あの『マジソン郡の橋』に、話を戻す。
小説を読んだり、映画を見る人は、キンケードとフランチェスカの関係に、自分の感情を
移入する。
夫、リチャードの立場に自分を置いて考える人(男性)は少ない。
しかし、私はちがう。
もし私が夫、リチャードだったら、どうするだろう、と?
フランチェスカのために、別れてやるだろうか。
それとも知らぬフリをしながら、そのまま結婚生活をつづけるだろうか。
……ここまで書いて、ワイフに読んでもらった。
ワイフの意見を聞きたかった。
……
ワイフはこう言った。
「あなたって、考えすぎよ! 私のほうは、ゼンゼン、そんなこと考えていないわよ」と。
私「だけど、ぼくは遠慮しているよ」
ワ「私のほうは、とっくの昔に割り切ったわよ」
私「割り切ったって?」
ワ「そう。あなたがそんなふうに、今でも考えているとは、思ってもみなかったわ」
私「……?」と。
結局、会話にならなかった。
私「お前って、楽天的だなあ」
ワ「そうね、昨日のことは、昨日のこととして、忘れることができるのよ」
私「ぼくには、できないよ」
ワ「どこの夫婦も似たようなものだし……。みんな、何も考えていないわよ。そんなこと
……」
私「そうだなあ……。このところ、うつ状態かもしれない。やっと頭痛も収まったところ
だし……」と。
結局、私たち夫婦の結論は、こうだった。
「午後から、インディアナ・ジョーンズを見に行こう」「そうね」と。
現在、インディアナ・ジョーンズの最新作が、劇場で公開されている。
それに今日は、休み。
それでそういう話になった。
離婚の話も、そこでおしまい。
●山荘
緑の大切さは、緑の中に住んでみるとわかる。
ツンとした森の冷気。
真夏でも、扇風機一台で、快適に過ごせる。
このあたりでも、家にクーラーを設置してある家は少ない。
あるにはあるが、「客用です」と、その家の人は笑った。
今朝も、朝の冷気を感じながら、この文章を書いている。
ところでたった今、カラスどうしの空中戦を見た。
カラスが目の前の空で、はげしい空中戦をしてみせた。
多分、雄どうしが、縄張りを争って、喧嘩したのだろう。
私はそれを見ながら、少し前に見た、『SKY BOYS』という
映画を思い出していた。
複葉機どうしの戦争映画である。
二羽のカラスが、追いかけるほう、追いかけられるほうに分かれて、
数秒ごとに向きを変えて、上になったり、下になったり……。
飛行機どうしだったら、追いかけられるほうが宙返りをしたりして、
今度は、追いかけるほうに回るということもある。
が、カラスのほうには、それがない。
私はどういう結末になるか、それを見届けようと思った。
思いながら、カラスどうしの空中戦を目で追いかけた。
範囲は、周囲1キロ四方くらいか。
二羽のカラスは縦横無尽に飛び回っていた。
が、数分後、(実際には、もっと短かったかもしれない)、
一羽のカラスが山の尾根の向こうに消えたとき、もう一羽のカラスは、
そこでUターン。
悠然と、手前側の谷の端に消えていった。
戦争映画だったら、最後のとどめの一発を与えるまで、追いかけただろう。
しかしカラスどうしの空中戦は、そこまで。
相手を追い払ったところで、おしまい。
で、私は考えた。
追いかけられたカラスのほうだが、なぜ反撃しなかったのか、と。
見た感じ、大きさは、同じ。
パワーも、同じ。
が、最後まで、追いかけるほうのカラス、追いかけられるほうのカラス、
追いかけられるほうのカラスは、追いかけられるほうのカラス。
立場は変わらなかった。
理由は、いろいろ考えられる。
ひとつには、(やる気)。
それとも(本気)?
追いかけるほうのカラスは必死。
一方、追いかけられるほうのカラスは、遊び(?)。
そうした(思い)のちがいが、こうした結果をもたらした。
つまり、一羽のカラスが、たまたま別のカラスの縄張りを荒らした。
それに怒ったもう一羽のカラスが、そのカラスに戦いをいどんでいった。
(必死)と(遊び)。
そのちがいは、大きい。
しかしそれにしても、こんなのんびりと見える世界で、そんな空中戦をしているとは?
人間には人間の世界があり、カラスにはカラスの世界が、ある。
知らなかった。
冷気を再び感じて、扇風機の首を横に向けたとき、ワイフが朝食のパンを、テーブルに並
べ始めた。
今朝も、こうして始まった。
●胃がん
知人の1人が、今年の春、胃がんになったという。
胃がんの恐ろしさは、別の知人から聞いて知っている。
がんの種類にもよるのだそうだが、それまでは何ともなかった人が、ある日、突然、大量
の血を吐いたりする。
何でもその人は、「洗面器いっぱいの血を吐いた」そうだ。
で、今、その知人を見舞うべきかどうかで、迷っている。
それほど親しい人ではない。
6、7年前に一度会ったのを最後に、音信が途絶えた。
しかしそれと、これは話が、別。
「これ」というのは、「がんという重病」をいう。
今のうちに会っておかないと、もう二度と会えないかもしれない。
そんな思いが、私を迷わせる。
しかし結論は、そっとしておいてやる、だった。
その人から直接、連絡でもあれば話は別だが、その人はその人で、今、懸命に闘病生活を
送っている。
私が逆の立場なら、「そっとしておいてほしい」と思うかもしれない。
そうした(思い)は、人によって、みなちがう。
で、私なら……と考える。
多分、私なら、自分ががんになっても、だれにも話さないだろうと思う。
ただ、こうして文章にして、マガジンには、そのまま発表するかもしれない。
矛盾しているように感ずる人もいるかもしれないが、「人に話さない」というのと、
「マガジンに書く」というのは、別のことのように思う。
マガジンの読者といっても、そこに(いる)という実感は、ほとんど、ない。
読者の数を見ながら、「フ〜ン?」と思うことはある。
しかし、そこまで。
たまに読者の方から、励ましのメールが届いたりすることもあるが、もしそれもなかった
ら、「フ〜ン?」と思うこともない。
おかしな世界だが、こうしてものを書いているのも、たとえて言うなら、
健康のためのジョギングのようなもの。
だれのためでもない。
自分のため。
丘の上から、天に向かってしゃべっているように感ずることもある。
だからひょっとしたら、マガジンの中では、「私はがんになりました」と告白するかもしれ
ない。
しかしだからといって、みなに見舞いに来てほしいとか、同情してほしいとかは、思わな
いだろう。
私は私、そっとしておいてほしい。
が、知人や友人となると、そうはいかない。
何かと騒がしくなるにちがいない。
だから、「だれにも話さない」となる。
言いかえると、私のこうした原稿は、それを必要とする人だけに読んでほしいということ
になる。
そうでない人には、読んでほしくない。
とくに、私の動向をさぐるためには、読んでほしくない。
中には、他人の不幸話を、酒の肴(さかな)にして楽しむ人がいる。
そういう人には、とくに読んでほしくない。
「あの林が、がんになったてさ、ハハハ」と。
そう言えば、この春に胃がんになった人も、そういうタイプの人だ。
たまに会っても、他人の不幸話ばかりしていた。
同情するというより、「あいつはバカだ」とか、「あいつはまちがっている」とか。
それをむしろ、楽しんでいるように見えた(?)。
印象は、あまりよくない。
しかし……。
やはり、ここは、様子をみることにする。
言い忘れたが、彼は、まだ60歳。
がんといっても、今は、治療法も進歩している。
不治の病と考える人は、少なくなってきた。
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●スパム・メール
毎日、数100通もの、スパム・メールが届く。
どこかで私のメールアドレスが、転売されているらしい。
こういうときは、メールにフィルターをかける。
方法は、主に、5つ、ある。
(1)WINDOW・メールのフィルター機能を使う。
これは(ツール)→(メッセージ・ルール)から
できる。
(2)同じくWINDOW・メールの(メッセージ)→
(迷惑メール)に登録する。
(3)ウィルス対策ソフトの、フィルター機能を使う。
(しかし、実際には、私は、使用していない。)
(4)VISTA付録の、フィルター機能を使う。
(5)プロバイダー(サーバー)のほうで、フィルター
をかけてもらう。たいていは、無料で、してくれる。
で、私のばあい、上記、(3)をのぞく、4つの方法で、
メールにフィルターをかけている。
が、いろいろ問題が起きてきた。
たとえば(1)の方法を使うと、国別に、フィルターを
かけることができる。
たとえば中国からのメールは、すべてシャットアウトするとか、
など。
私はこの方法で、いくつかの国からのメールを、
シャットアウトしている。
ロシアとか、そういう国からのものである。
が、忘れていた!
中国のS市に、MTさんがいた!
ときどき中国の情報を、知らせてくれる。
最近になって、プロバイダーのほうにストックされていた
メールを見たら、MTさんからのものが、2つも入っていた。
あわてて詫びのメールを書いたが、そういうこともある。
で、今では、こちらで(ホワイト・リスト)に載っていない
人からのメールは、すべて、シャットアウトされることに
なっている。
(一度、メールの交換をした人とか、こちらでアドレスを
登録している人は、問題ないのだが……。)
そこで改めて、見知らぬ方、はじめての方には、フォームを
使ってもらうことにした。
これなら、確実に私のところへ届く、イコール、スパム・メールを
より完ぺきに、シャットアウトできる。
……ということで、はじめてメールをくださるような方は、
どうか、フォームを使って、メールをください。
よろしくお願いします。
なお、掲示板は、しばらく閉鎖します。
あまりにもスケベ書き込みが、後を絶たないからです。
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はやし浩司のホームページ http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
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■□コマーシャル★★★★★★コマーシャル□■
【BW生・募集中!】
(案内書の請求)
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/page228.html
(教室の案内)
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/page025.html
●小学生以上の方も、どうか、一度、お問い合わせください。
■□コマーシャル★★★★★★コマーシャル□■
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このマガジンがお役にたてそうな人が、あなたのまわりにいませんか?
よろしかったら、どうか、このマガジンのことを、お友だちの方に
話していただけませんか?
よろしくお願いします。 はやし浩司
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まぐまぐプレミア版(有料版)のお申し込みは……
http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/page141.html
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.みなさん、次号で、またお会いしましょう!
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□■□□□□□□□□□□□□□■□ =================
子育て最前線の育児論byはやし浩司 08年 7月 16日
□■□□□□□□□□□□□□□■□ =================
★★★HTML版★★★
HTML(カラー・写真版)を用意しました。
どうか、お楽しみください。(↓をクリックしてみてください。)
************************
http://bwhayashi2.fc2web.com/page009.html
【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●GYさんからの
++++++++++++++++
D市にお住まいの、GYさんから、
メールが届いています。
(あとで転載許可をいただいてから、
掲載するつもりです。)
++++++++++++++++
もう6年ほど前に、D保育園の講演会でお話を聞かせてもらい、何度かご相談のメールを
させてもらったGYです。
長女も中学生になりました。長男は、小6です。
講演会のお話や先生の本を読んだり、子育ての大事な事をいっぱい感じることができまし
た。
知らなかった頃より落ち着いた気持ちで、子供を見ることができました。(でもまだ心配性
は心配性です。)
私は3年前に会社を退職し、(きっかけは義母の病気のため、ただ今は介護支援1で、元気
に、ひとりで暮らしてます。)
今は私は、家庭菜園を楽しみながら主婦をしています。
去年の夏、色々考えながら畑をやっているときのこと、
(車無しの生活になり、いつも平日は1人きり)
自分の中でしっかりと、「ああそうなんだ」って感じたことがありました。
考えていたことは 自分の幸せって何なんだろう?
「子供や主人が幸せだなあって感じてくれたら、幸せって感じることだー!」
同じことを 私の親もきっと思っているのかなあ?
「私も幸せなら 私の親も幸せ 主人も幸せなら主人の親も幸せ」と。
主人の幸せには
「きっと私が義母と仲良くやって、子供が幸せって感じることかな」と。
子供も夫婦仲良くしていたいし〜、健康も大事だし
先生のお話にも、孫を育てるような感覚で子供を育てるって、ありましたね。(意味のとり
方が違ったらすみません。)
自分の子供が親になった時に、です。
私が感じた、
この気持ちが次の世代にも続いていくようにとか、
(子供や伴侶が幸せって感じる事も大事な幸せの1つ)、自分の子供のその先に続くものを
感じながら接する事と思いました。
私自身両親が好きで、あんな夫婦になりたいなあと思っていたことに気付き、
子供を見ていて、この頃こんなことして遊んでた、こんな失敗したっけと感じたり
お母さんと自転車で桜見に行ったことを思い出し、
春娘と自転車で行ったり
子育てしながら癒しを感じる自分は幸せで、
両親にあらためてありがとう私は幸せなんだねーって、
電話してしまいました。
もし二人の子供が例えば子供を二人ずつ増えて
またそんな感覚が次の世代に続いていったら、
4倍でまたその先に8倍とかどんどん広がって行くんだー。なんても、思ってしまいまし
た。
理想ばっかりだけですが、
高校を卒業したときからずっと勤めていて、
子供が生まれても保育園、学童保育と、
お金が必要だから働く事が当たり前。
そんな生活をしていたのが嘘みたいです。
もちろん働く事も大切だし必要です。
(本当にぎりぎり生活です!)
少々の畑を耕しながら子供達の帰りを待つ。
手作りができるときは手作りおやつ。
(結構作りすぎて飽きたと言われていますが。)
晴耕雨読(ちょっと意味合いは違いますねえ)の生活で、
色々な本を読んで気がついたことたくさんありました。
でも私にとって大事なことに気が付くには、
とことんひとりで考える時間が必要でした。
知っていたのに、簡単なことなんだけど、色々な意味で気付くって嬉しいです。
今自分で出来ることで幸せに感じるかも?
と思ってやっていること
家族が気持ちよく家に居られるようにする。
今は家に居る事を賛成してくれる夫に感謝する。
夫婦喧嘩は私が先に折れる。
(子供が居なくなったらネチネチ言っちゃうかも。)
私たちが楽しく働いている姿(畑、家事、パパの仕事もね!)を、子供たちに見せる。
仕事の見送りは外まで! お帰りは大きな声でね!
今のところはこれくらいです。
自分で作った野菜は、
野菜達や虫の命を頂くってことも気がつきました。
虫も生きいてるけど、「ごめん、プチって」つぶすことも。
だから大事に食べる。
太陽の光、空気、水、土、
生きるには大事なんだなあと感じたり
緑、花、鳥、月、星綺麗だなあーって感じたり。
生きる(生かされている)意味ってなんだろう?
わからない事いっぱいです。
でもまた簡単なことに感動して
気がついたらメールさせて下さい。
話をする人があまり居なくって
今まで人と話す事が仕事だったせいか、
どうも大人の人と話す事が無性にしたくなります。
(家族以外は、子供の友達ばっかりで、アハハ)
今は知り合いのほとんどの人が働いていて、ちょっと孤独を感じます。
先生の講演会をまた聞きたいのですが
開催の予定はありますか?
また一般参加ができるような講演会があれば教えて下さい。
それではお身体を大切にしながら、
お仕事は益々張りきっちゃって下さいね。
応援しています。
++++++++++++++
【GYさんへ、はやし浩司より】
GYさんからの転載許可がいただけるという前提で(?)、先にエッセーを書いています。
勝手な判断で、ごめんなさい。
つごうが悪ければ、折り返し、お知らせください。
削除します。
で、GYさんの生き方で、共感する部分が、多いです。
とくに、『でも私にとって大事なことに気が付くには、とことんひとりで考える時間が必要
でした』という部分を読んだときに、そう感じました。
何か考えていると、その先に、ふと、光り輝くものを発見するときがあります。
宝石のようなものです。
そのときは、「やったー!」と、思わず、声をあげます。
それがあるから、考えることを、やめられません。
ほら、よくこんなことを言う人がいますね。
「どうせ考えても、どうにもならない」
「人生、気楽に生きるにかぎる」と。
さらには、「考えすぎると、病気になる」「とか、うつ病になる」とか言う人さえいます。
しかしそういう人は、かわいそうですね。
(考える)ということと、(悩む)ということを、取り違えています。
人生をパズルにたとえるのもどうかと思いますが、
人生は、巨大なパズルのようなものです。
ジグソー・パズルのようでもあるし、クロスワード・パズルのようでもある。
そんな思いで、生きていく……。
つまりね、生きる楽しみは、そんなところにあると思います。
他人の知らないこと、他人の気づいていないこと、それを知ることは、本当に、楽しいで
す。
たとえばAさんなら、Aさんと話をしているとしますね。
ときに、私から見ると、Aさんの心の動きが、手に取るようにわかるときがあります。
「ああ、この人は今、自分を、懸命にごまかそうとしているな」とか、
「この人は、やがてこんなふうに考えるようになるだろうな」とか、など。
が、同時に、「こんな人に、私の考えを説明しても、理解できないだろうな」と思うことも
あります。
そんなとき私は、とぼけて、バカなふりをします。
ちょうど幼稚園児を相手に、「3足す5は、いくつだったかなア?」と、助けを求めるよう
にです。
幼稚園児は、ムキになって、あれこれ説明してくれますが、私は内心では、それを笑って
います。
また、こんなことを再確認しました。
私たちが求める幸福というのは、そんなに遠くにあるのではない。
私たちのすぐそばにあって、私たちに見つけられるのを、そっと静かに、待っている。
GYさんのメールを読んで、そんなことを感じました。
賢明な人は、それをなくす前に気づき、そうでない人は、なくしてから気づく。
私たちは、いつも賢明でありたいと思います。
メール、ありがとうございました。
実のところ、ここ1、2年は、講演活動も、ひかえています。
「低調」というよりも、「マガジン発行」に力を入れています。
体力の衰えも、強く感ずるようになりました。
そういえば、GYさんが住んでおられるD市での講演も、近く、ひとつあるはずです。
またマガジンを通して、連絡します。
(講演の日時を書くのは、この世界では、危険なことなのだそうです。
空き巣に『おいで』と言っているようなものなのだそうです。
ある読者の方が、そう教えてくれました。
以後、講演の日時は、書かないようにしました。
物騒な世の中ですね?)
で、今。
みんな、がんばっているのだなあと知ることは、本当に、励みになります。
メール、ありがとうございました。
このまま、一度、GYさんのほうへ、エッセーを送っておきます。
どうか、転載について、了解してください。
(いつも、そうさせていただいていますので、今回も、だいじょうぶだろうという思いで、
勝手に、先に転載してしまいました。
すみません。)
はやし浩司より
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
【はじめの一歩】
●MKさんからの相談より
+++++++++++++++
幼稚園、登園初日でつまずいて(?)、
子どもが、「幼稚園へ行きたくない」と
言っている。
「そのため、どうしたらよいか」という相談を、
N市にお住まいの、MKさんという方から
いただきました。
みなさんといっしょに、この問題を
考えてみたいと思います。
一部、文字化けしていましたので、
メールを要約させていただきます。
+++++++++++++++
【MKさんより、はやし浩司へ】
はじめまして。
よろしくお願いいたします。
アイルランドで出産し、子どもが2歳半の頃帰国しました。
4月から幼稚園に入れました。
初日、明るく涙もなく元気に手を振って登園しました。
帰ってきた時も、全部食べたお弁当を私に見せ、ありがとう! おいしかったよ!と、笑
顔でした。
が、よく見ると、顔に大きな傷があり、お尻にも大きなあざがありました。
どうしたの?、と聞くと、ケンカをしたとのこと。
連絡帳にも何もないので園に電話して経緯を確認したところ、そのようなことがあったこ
とも知らず、その経緯もわからないとのことでした。
初日、雨で一日教室の中、約20名の年少組。
私としては、ケンカした怪我をしたという事ではなく、経緯がわからないほど、目が行き
届かない?
初日で?、と、腑に落ちませんでした。
息子は、明日も幼稚園楽しみだと主人にも話していたのですが、ベッドで明かりを消した
途端、突然布団にもぐりシクシク泣き出しました。
どうしたの?、と聞くと「本当は幼稚園に行きたくない!」と泣きだしました。
初めて私から離れ、新しい経験をしてきたのだからと思い、「偉かったね。頑張ったね」と
抱っこしましたが、行きたくないと、何度も訴えるので、何があったのか尋ねると、「逃げ
るところも、隠れるところもないから、いやだ」と。
ふだんは、しっかりしていて手のかからない子です。
幼稚園のほうからは、「ただ、誰かに叩かれたとか、泣いて痛いと言って訴えてこないので
わかりませんでした」と言われました。
納得がいかず、私のほうでは、すっかり不信感がつのるばかりでした。
その夜に今までした事がない夜鳴きがあり、歯ぎしりを始めました。
次の日も、行きたくないと泣き喚きバスに乗れないので、園まで送りましたが、無理矢理
引き離される状態でした。
悩みましたが、その後すぐにそこを辞めました。しばらくの間、情緒不安定が見られまし
た。
2歳から通っていた、ほかの教室でも活発で他の子の手を取っていくようだったですが、
今は、私にべったりくっつき、前に出ていかなくなってしまいました。
まだ私と離れる事に強い抵抗を示しますが、やっと落ち着き少しずつ以前と同じように戻
ってきました。
お友達と遊ぶ環境は必要だと思っています。
他の幼稚園を探していますが、年内に早くから入れたほうがいいか、2年保育にして、来
年からが良いか迷っています。
息子はずっと幼稚園は行きたくない、ママと一緒にいると言い張っています。
母子分離ができていないのかとも思いますが、私に来ないでと言い、一人でお使いに行っ
たりもします。
甘えているだけなのでしょうか?
4月には私もすっかり疲れきってしまいましたが、今、入園時期、また幼稚園選びでまた
悩んでいます。
息子に対する接し方も含め、良きアドバイスがありましたら、よろしくお願いいたします。
【はやし浩司より、MKさんへ】
入園初日に、集団(対人)恐怖症になる子どもは、珍しくありません。
幼児どうしの世界は、動物園でいえば、猿の世界のようなものです。
とくにそれまで、(ものわかりのよい世界)に住んでいた子どもほど、そのショックは、大
きいとお考えください。
MKさんのお子さんは、そのショックが高じて、恐怖症になったと考えられます。
分離不安との大きなちがいは、分離不安のばあいには、親の姿が見えなくなったとたん、
パニック(錯乱)状態になるところです。
「ギャーッ」と泣き叫んで、親のあとをおいかけたりします。
「恐怖症」については、あちこちで書いてきましたので、「はやし浩司 恐怖症」で検索し
てみてください。
子どもの恐怖症は、(1)「それを忘れさせる環境に置く」が、鉄則です。
説教したり、諭しても、無駄です。
今の状況からすると、(2)しばらく集団教育からは遠ざかり、のんびりさせることが最善
かと思います。
そして様子を見て、(3)小さな集団があれば、少しずつ慣れさせる目的で、その中で遊ば
せたりします。
このばあいも、(4)けっして、無理をしないが、鉄則です。
私の教室でも、半年近く、机の下でレッスンをしていた子ども(当時、年中児)がいまし
た。
その子どもは、いつも机の脚にしがみついていました。
それを「悪いこと」と決めてかかるのではなく、「そういうレッスンの受け方もある」とい
う前提で、接してあげます。
またこれは日本の幼児教育の最大の欠陥と言ってもよいかもしれませんが、この日本では、
(集団教育)を重んじるあまり、(個)の尊重を軽んじる傾向があります。
「集団になじめない子ども」イコール、「問題児」と、です。
ですから幼稚園を休んだりすると、幼稚園の先生は、よくこう言いますね。
「遅れますから、よこしてください」と。
「遅れる?」「後れる?」……いやな言葉ですね。
どちらでもよいですが、何から、遅れるというのでしょうか?
アイルランドからお帰りということですから、このあたりのことは、MKさんも、すでに
感じておられることと思います。
オーストラリアでは、そのため、とくにはじめて集団教育を受ける幼児などは、月・水・
金の週3回というところが多いです。
またアメリカでは、プリ・スクールは、子どもにとくに慎重に対処しています。
(そのため、700〜900ドル/月額と、月謝も高額ですが……。)
この問題は、「どこの幼稚園にするか」ではなく、
集団恐怖症の子どもを、どう、集団に慣れさせていくかという問題です。
一度、集団から離れて、2年保育でじゅうぶんですから、それまでに、少しずつ、集団に
慣れさせていくという方法をとってみられたら、いかがでしょうか。
幼稚園の園長にていねいに相談すれば、ときどき、園の中で遊ばせてくれるはずです。
コツは、「子どもの恐怖症を軽くみない」です。
中には、「気のせいだ」「わがままだ」「甘えだ」と、強引なやり方を試みる人もいますが、
そういう方法では、かえって、子どもの心をこじらせてしまいます。
(私自身が、いくつかの恐怖症をかかえていますから、子どもの気持ちがよくわかります。)
ま、この時期は、何かと親のほうも、神経質になりがちです。
「不信」などと、大げさに構えないで、もう少し肩の力を抜いたほうが、よいかと思いま
す。
幼稚園の教師の忙しさは、それを経験したものでないとわからないでしょう。
まるで戦場です。
20人でも、多すぎるほどです。
以上ですが、参考になれば、うれしいです。
メールの転載許可を、お願いできますか。
記録として、このまま残しますが、不都合な点があれば、訂正します。
よろしくご指示ください。
はやし浩司
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●希望
人は、どんなばあいも、身の回りから、希望をさがしだし、
それが、どんなに小さなものであっても、
その希望に、身を託して生きていくものなのか。
何ごともない人生。
平凡な人生。
とくに変わりばえのしない人生。
ふと、ぼんやりと、空(くう)を見つめる。
外の雑踏とは別に、動くものはない、
静まりかえった部屋。
乱雑に並んだ本。
壁にかかる絵。
いや、扇風機だけが、かすかに音をたて、
やさしい風を、なびかせている。
時計を見る。
テーブルの上に積まれた、おもちゃを見る。
生きているという実感は、あまりない。
見えるから、見ている。
聞こえるから、聞いている。
生きているから、生きている。
今日、この教室へ来るとき、自転車をこぎながら、
「私の希望とは何か」、それを考えた。
だれかに、「あなたの希望は何か?」と聞かれたら、
何と答えればよいのか、と。
あえて言うなら、息子の操縦する飛行機に、
いつか、ワイフと2人で、乗ること。
あとは・・・。
ほかに思いつかない。
ぼんやりと、雑念だけが、頭の中を、かけめぐる。
パソコン用の外付け電源のこと?
先日、亡くなった友人のこと?
今夜の過ごし方?
家の改築のこと?
山荘を手放す話?
こうして今日も始まり、気がついたときには、
その今日が終わっている・・・。
あとはその繰りかえし。
そうであってはいけないと思いつつ、
いつもそのまま空回り。
が、ふと、我にかえる。
かえって、「明日は何か、あるだろう」と、
希望をそこに、つなぐ。
小さな、小さな希望かもしれないが、
それだけが、今の私を生かしている。
●前向きに生きる
「死ぬときは、死ぬとき。それまで生きる」。
電話で、S君は、そう言った。
「林君、転移がみつかったら、それを治せばいい。
それからまだ4、5年は生きられる」と。
こうも言った。
「60歳からの人生は、もうけものだよ。
織田信長は、『人生、50年』と言った。
だからそれ以上は、もうけものだよ」と。
S君は、6年前に、十二指腸のガンで、
一度、手術している。
このところ、転移も疑われている。
「今週中に、再検査だ」と。
そんな彼が、そう言う。
前向きに生きるということは、そういうことか。
私「君は、明るく振る舞っているが、無理を
しているのではないのか?」
S「無理? とんでもない! あのなあ、林君、
ガンだからといって、めげることはない。
どうしてめげなければ、いけないんだ?
そりゃ、はじめてガンを宣告されたときは、
ショックだったよ。
半日、呆然としていたよ。
しかし半日だけだった。
ほかに症状はないし、ぼくは『治してやる』と
覚悟したね」と。
S君には、身辺整理などという、ジジ臭い考えは、
みじんも、ないようだ。
死ぬときまで、ただひたすら、前に向かって、
生きる。
「ぼくは、クラシック音楽が好きだ。
いつも、一束のチケットを、もっている」と。
毎週、病院へ通いながら、月に一度は、精密検査を
受けている。
「体なんてものはね、治しながら、使えばいい。
精神まで、犠牲にしてはいけないよ。
あのね、林君、ストレスがいちばん、いけない。
ストレスだけには、気をつけたほうがいい」とも。
学生時代、同じ法学部にいながら、S君とは、
ほとんど話したことがない。
つきあうグループがちがった。
そんなS君だが、40年を経た今、いろいろ
教えてくれる。
友のありがたさを、しみじみと感じた。
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●交通事故
交通事故を起こさない走り方というのがある。
速度を守り、信号を守る。
それはわかる。
が、一方、相手に、交通事故を起こさせない走り方というのもある。
私たちは車を運転するとき、当然のことながら、安全に気をつかう。
しかしそのとき、ほんとうに運転が上手なドライバーというのは、
同時に、相手に交通事故を起こさせないように走る。
たとえばブレーキをかけるときも、うしろに車があるときは、
その車もやはりブレーキをかけやすいように誘導していく。
並行して走っている車が、こちらの車線に入りこんでくるときは、
そっと、じゅうぶんな空間を、あけてやる。
こうした積み重ねが、「相手に、交通事故を起こさせない走り方」となる。
私のワイフは、この40年間、無事故を達成している。
理由がある。
ワイフは、運転をしていても、けっして、熱くならない。
うしろから走ってきた車が、クラクションを鳴らしても、平然としている。
「ここは、速度制限が、40キロだから」と。
そういう性格も、車を運転するときは、大切なのかもしれない。
●愚劣な男
ときどき、超の上に超がつく、愚劣な男に出会う。
今度は、こんな男だ。
大通りに面した四つ角の角地に、小さな惣菜(そうざい)屋がある。
横が車2台分の駐車場になっている。
その駐車場に、大型の乗用車がとまっていた。
大型だから、車の後部、1メートルくらいが、道路から、はみ出していた。
横断歩道を、50センチほど、ふさいでいた。
ふさいだといっても、人が通れるだけのじゅうぶんな広さは残っていた。
その車を見て、65歳くらいの男が、惣菜屋の中へ怒鳴りこんできた。
「車がじゃまだ! 横断歩道を渡れない!」と。
ものすごい剣幕だった。
で、その声を聞いて、車の持ち主、つまり40歳くらいの女性が、あわてて道路へ飛び出
していった。
無言のままだった。
それがまずかった?
その男はますますいきり立った。
が、その女性には、なすすべがない。
駐車場そのものが、小さかった。
その女性は、「今、どかしますから・・・」と言って、
また店の中にもどっていった。
男が追いかけてきた。
そしてまた叫んだ。
「車が、じゃまだ!」と。
で、そこへ店の若い男が割りこんできた。
ていねいな言い方で、こう言った。
「すみません。今、何とかしますから」と。
が、どういうわけだか、男は、ますます大声で叫んだ。
「貴様ら、交通法規を知っているか。横断歩道に、駐車するな!」と。
で、その女性は、そそくさと買い物をすませて、外へ出た。
が、その男は、車の後部に立ったまま、今度は、車が外へ出るのを、妨げた。
女「どいてください。今、車を出しますから」
男「警察を呼ぶ!」
女「……?」
そこへまた先ほどの若い男が、割りこんできた。
若「車をどかしますから、そこをどいてください」
男「……」と。
緊迫した状態が、そのままつづいた。
その男は、携帯電話に向かって、同じように怒鳴っていた。
……という光景の、一部始終を、私のワイフが、近くで見ていた。
私「そのあと、どうなったの?」
ワ「近くのショッピングセンターで買い物をすませて帰るころ、ほんとうにパトカーがき
ていたわ」
私「男はいたのか?」
ワ「女性はいなかったけど、男は、警察官と話していたわ」
私「フ〜ン、本物のバカというのは、そういう男を言うのだろうね」
ワ「そうね」と。
たしかにマナーの悪い運転者というのは、いる。
駐車場でないところに、車を止める人も多い。
先日も、歩道を、完全に遮断するように車を止めている人もいた。
そういう人たちは、「ちょっとだけ」と思って、そうするかもしれない。
しかしみなが、いたるところで、「ちょっとだけ」と考えて、そうしたら、どうなる?
……ということで、その女性を擁護するつもりは、あまりない。
ないが、しかしたかがそれだけのことで、怒鳴り散らしたり、パトカーを呼びつけるほう
も、どうかしている。
冒頭に書いたように、超の上に、超がつく愚劣な男と考えてよい。
繰りかえすが、年齢は、65歳くらいだったという。
私は、そういう男と出会うたびに、「いったい、この人は、どういう人生を送ってきたのだ
ろう」と思う。
ささいなことに難グセをつけて、たとえばパトカーまで呼びつけたりする。
ワイフの話では、その女性の前に立ちはだかって、車の移動を妨げていたという。
「警察が来るまで、待て!」ということだったのだろう。
しかしそんな程度のことで、呼び出される警察官だって、たまらない。
またそこまで(法?)を厳格に適応したら、それこそ恐怖政治。
(法の出動)は、いかなるばあいも、最小限であるのが望ましい。
私「ぼくね、きっとその男は、何か脳の病気にかかっていると思うよ」
ワ「そう。私も、そう思った。雰囲気が、異常だったわ」
私「ピック病というのもあるしね」
ワ「ああいう人がいると、やりにくいわね」と。
私がその場にいたら、その男に、反対に抗議していただろう。
しかしその男のようには、熱くはならない。
(自信はないが、多分?)
「まあまあ、いけませんねエ〜。こういう駐車のし方は……。しかしこの女性も悪気があ
ってしたわけでもありませんから……。私たちの娘の年齢の方ではありませんか。まあ、
ここは、穏やかに……」と。
良好な人間関係は、たがいのもつ、(心の余裕)で決まる。
その心の余裕が、このところ、(みな?)、少なくなってきたように思う。
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
【Junk・Yard】(ガラクタ置き場)
●さあ、ヒルさん、ショータイム!(It's a Show Time!)
Mr. C. Hill, it is a time now for a show time, but we are NOT cheated by you! You may
blow up the junk-yard in Yon-byon in North Korea but nothing will be solved.
++++++++++++++++++++
既存核兵器、ウラン濃縮問題は、棚上げに
したまま、ヨンビョンの核開発関連施設
だけを、爆破して見せる?
今や、6か国協議など、有名無実。
北朝鮮への援助会議と成り下がってしまった。
ヨンビョンの核開発関連施設にしても、
それを視察したアメリカの科学者自身が
こう言っている。
「1950年代で時計が止まったままの、
ジャンク・ヤード(=ガラクタ置き場)だ」と。
もう一度、以前、書いた原稿を読んでほしい。
++++++++++++++++++++
ワシントン発、聯合ニュースはつぎのように伝える。このニュースの中で、とくに、末
尾にあるつぎの文言に注意してほしい。いわく……。
「水と電気も数時間しか供給されず、光輝くレーザーや最新コンピュータ装備もなく、『悪
の帝国の核神経センター』というよりは、1950年代で時間が止まったままのジャンク・
ヤードに近い」(07年10月30日)と。
「Yビヨンの核施設はジェームズ・ボンドの映画に出てくる先端技術団地とは距離があり、
放射能に汚染され、崩れたセメント構造物の集合にすぎない」……。北朝鮮が来月1日か
ら核施設の無能力化措置を開始すると明らかにした中、米国の核専門家である戦略国際問
題研究所(CSIS)のジョン・ウォルフスタール国際安保担当専任研究員は、このほど
CSISのホームページに掲載した文章を通じ、Yビヨンの核施設の実態と水準について評価
した。
ウォルフスタール研究員は米エネルギー省の出身で、1994年の米朝枠組み合意を受
け90年代末からYビヨン核施設の凍結監視団として現地に滞在し、Yビヨンの核施設を
見て回った数少ない専門家だ。
ウォルフスタール研究員は、「水と電気も数時間しか供給されず、光輝くレーザーや最新コ
ンピュータ装備もなく、『悪の帝国の核神経センター』というよりは、1950年代で時間
が止まったままのジャンク・ヤードに近い」と、Yビヨン核施設の実態を明らかにした」(聯
合・07年10月30日)と。
「ジャンク・ヤード」というのは、「ガラクタ置き場」を意味する。「junk」……「廃
物、がらくた」とある(日本語大辞典)。
わかるか?
6か国協議では、他の5か国は、そんなガラクタと交換に、毎月5万トンもの原油を提
供した! 私は何度も、Yビヨンの核開発関連施設は、「老朽化して使い物のならない」と
書いてきた。K国から亡命してきた、F氏(K国元高官)も、繰り返し、そう言っている。
毎月5万トンも提供するなら、現物を見てからにすればよかった。ものを買うとき、一
度品物を見定めてから買うのは、資本主義社会での常識でもある。はっきり言えば、アメ
リカのヒル氏は担(かつ)がれた!
これについても、私は何度も書いてきた。あんな国をまともに信じて交渉する方が、お
かしい。まちがっている。ヒル氏のような、育ちのよい(=育ちがよすぎる)国務次官補
に、K国のもつ(したたかさ)など、理解できるわけがない。
K国は、もっと別のところで、核兵器の開発を今の今も、つづけている。それを明るみ
にするための5万トンということなら、まだ話もわかる。(恐らくヒル氏は、そう言い訳を
するだろうが……。)
しかしK国の金xxは、さらにその上をいく、「悪玉」である。そんなことは、今までの
流れを見ればわかるはず。甘いというか、愚かというか、はたまた、バカというか。私の
書いていることが過激だと思う人は、もう一度、先の報告書を読んでみたらよい。
+++++++++++++++++++++
そんなジャンク(ガラクタ)を爆破してみせて、どんな効果があるのか?
あるいは、ガラクタであったことを世界から隠すための、証拠隠滅?
既存核兵器は、日本にとっては死活問題である。その死活問題には目をつむったまま、勝
手な合意をしてもらっては困る。
それこそ、まさに、日本に対する裏切り行為。
裏切るだけならまだしも、北朝鮮に、金(マネー)、原油、食糧、それに時間を与えてしま
った。
ニューヨーク・フィルのコンサートという、(おまけ)まで、つけて!
C・ヒル国務次官補よ、いったい、あなたは、何をどうしようと考えているのか?
北朝鮮に核兵器開発放棄の意思は、ない。
「核拡散」放棄の意思もない。
ないことは、今日、6月13日(08年)の産経新聞を読んでもわかる(注)。
++++++++++++以下、産経新聞より、抜粋+++++++++++++++
北朝鮮がイランのプルトニウムによる核開発に協力するため、同国に複数の核技術者を派
遣したことが分かった。朝鮮半島情勢に詳しい情報筋が12日までに明らかにした。
北朝鮮はこれまで核拡散を否定し続けており、近く核問題をめぐる6カ国協議の議長国・
中国に核計画の申告を行う。しかし、シリアだけでなくイランとも核開発協力を進めてお
り、実際の行動は北朝鮮の主張とは全く相反するものだった。
++++++++++++以上、産経新聞より、抜粋+++++++++++++++
わかるか?
北朝鮮は、シリアのみならず、イランにも、核技術者を派遣している。
こういう事実を、ヒル氏は、どのように考えるのか。
それとも今までどおり、北朝鮮を、かばいつづけるのか?
C・ヒル国務次官補へ、
派手な爆破ショーを演じてみせても、私たち日本人は、だまされないぞ!
++++++++++++++
(注※)(産経新聞より、抜粋)(08年6月13日)
【ワシントン=有元隆志】北朝鮮がイランのプルトニウムによる核開発に協力するため、
同国に複数の核技術者を派遣したことが分かった。朝鮮半島情勢に詳しい情報筋が12日
までに明らかにした。北朝鮮はこれまで核拡散を否定し続けており、近く核問題をめぐる
6カ国協議の議長国・中国に核計画の申告を行う。しかし、シリアだけでなくイランとも
核開発協力を進めており、実際の行動は北朝鮮の主張とは全く相反するものだった。
イランを訪れたのは、プルトニウムによる核兵器開発に従事してきた寧辺の核施設の技
術者や、国防科学院の核専門家ら。国防科学院は第二自然科学研究院とも呼ばれ、北朝鮮
の兵器開発の中心的な機関。訪問の日時、人数について同筋は明らかにしなかった。
イランは南部ブシェールで、ロシアの協力により初の原子力発電所建設を進めているが、
情報筋によると原子炉内での核反応でできたプルトニウムを秘密裏に抽出し、精製するた
めの再処理施設建設を計画。北朝鮮技術者らは施設建設に向けて、「技術援助や助言をす
る」
(同筋)という。この原発はロシアからの燃料供給が終わり、年内にも試験運転が始まる
見通しだ。
イランはウラン濃縮を続けてきたため、ウラン型核兵器開発の疑惑が持たれてきたが、
同時にプルトニウム型の疑いも持たれていた。国際原子力機関(IAEA)はイランにプ
ルトニウム分離実験についての説明を求め続けてきた。
6カ国協議で米国との交渉が進むなか、「金正日総書記の命令で、北朝鮮が拡散活動に慎
重になっている」との分析もある。しかし、同筋はイランへの協力が、北朝鮮にとって、(1)
6カ国協議の合意に沿って、寧辺の核施設を無能力化する作業が進むなか、核技術者らの
雇用確保になる(2)寧辺が使用できなくても、核技術の水準を維持できる(3)技術協
力の見返りとして、市場価格より廉価で石油を輸入できる−などの利点があると指摘する。
イランも「北朝鮮の核開発のノウハウと経験を生かすことで、研究開発の期間を短縮で
きる」(同筋)との利点があるという。
米情報機関は昨年末の国家情報評価(NIE)で、イランの核兵器開発計画について、
国際的な圧力の下で「2003年に中断された」と判断。一方で「適用できる技術の開発
を継続している」と指摘した。
米議会調査局(CRS)は報告で、「多数の北朝鮮の核・ミサイル技術者がイラン国内に
いることが報道されている」と指摘。「北朝鮮が06年10月に行った核実験のデータをイ
ラン側に提供することに同意した」との欧州やイスラエルの防衛当局者の話も紹介した。
ブッシュ大統領は4月末の記者会見で、北朝鮮によるシリアの原子炉建設支援に関する
情報を公開した理由について、中東での核拡散に警鐘を鳴らす狙いもあったと述べ、特に
イランを名指しした。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist ジャンク・ヤード)
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 08年 7月 14日
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★★★HTML版★★★
HTML(カラー・写真版)を用意しました。
どうか、お楽しみください。(↓をクリックしてみてください。)
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http://bwhayashi2.fc2web.com/page008.html
【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【幼児の不登園】(Children who refuse to go to kindargartens)
●赤ちゃん返り
++++++++++++++++
下の子が生まれたあと、
上の子が、おかしくなってしまうという
ケースは、たいへん、多い。
本能的な部分で嫉妬するため、上の子は、
そのまま、心をゆがめてしまう。
症状は、私は攻撃性をともなう(プラス型)と、
退行性が見られる(マイナス型)に分けて
考えている。
その双方が、交互に出ることもある。
赤ちゃん返りを、けっして甘く考えてはいけない。
軽く考えてはいけない。
ばあいによっては、それが情緒障害の引き金を
引いてしまうことになりかねない。
大阪府にお住まいの、UNさん(母親、35歳)から、
こんな相談が届いている。
++++++++++++++++
初めて相談させて頂きます。
先生のHPを見て、もっとはやく読んでいたらよかったのに・・・と思ってしまいます。
相談させて頂きたいのは長男(5歳)のことです。現在年長児で、2週間前から不登校に
なりました。原因は多々あるかと思います。
長男の性格は臆病で神経質です。生後8か月目から保育園に通っていましたが、友達との
かかわりも少なく、自分の世界に入って遊ぶことが多かったです。友達とのトラブルも少
なかったです。先を読むことが得意なのか、公園の遊具でさえも怖がって遊ぶことはなか
ったです。
現在は電車オタクのようにものすごい知識を持っていて、そのせいか漢字もよく読んでい
ます。幼稚園ではそのような話についていける友達もなく、元気な男の子の輪には入って
いけていないようです。むしろ「優等生」のように注意したりしているようです。
私はもっと男の子なら泥だらけになるくらい遊んで、たくましくなって欲しかったです。
食べるのが好きで年長と思えないくらいの体重があり(28キロ)、運動が苦手です。幼稚
園では、子どもたちに逆上がりさせたり、組体操させたりと体育活動が活発なので、息子
は劣等感を抱いているようです。
休み始めた頃は、「赤ちゃん返り」ともいう行動がありました。「おもらししていいか」と
おもらししたり、オムツ履いたりおまるで排泄してみたり・・・。以前からよく「抱っこ
して〜おっぱい飲ませて」と言っていました。私はできるだけ受け止めていたので、心は
大丈夫かと思っていました。
今週に入り、顔色もよくなってきたのですが、まだ幼稚園のことは口にしません。どのタ
イミングで言ったらいいかよくわかりません。
また、周囲からは「子供をそのまま受け止めてあげて」といいますが、私はできるだけそ
うしているつもりです。でも今回のことで自分の育児が否定され、子供のどこをみていい
のか、どう受け止めればいいのか、また、どうしたら「愛しているんだよ」と伝えられる
のかわかりません。
長女(3歳)はとても無邪気でかわいく思えるのですが、長男は可愛いとは思えないのが
本音です。
主人の両親からは生まれる前から、「男の子を生め」といわれ、生んだ後は子育てをチェッ
クされ、主人と息子を比べられ、私は必死になっていたのかもしれません。自分の子供と
いうより、主人の実家のために生んだような感じです。
きっと私がそう思っている以上は、どんなに息子に「愛しいてる」と言っても通じないの
かもしれません。でも、言わないといけないと思うのです。他に方法がわからないからで
す。どうか教えてください。
+++++++++++++++
【はやし浩司からUNさんへ】
気負いや、心配、不安が先行すると、子育ては、どうしてもどこかぎくしゃくしたものに
なりがちです。
とくに最初の子どもについては、そうです。
またそうであるからといって、自分を責めてはいけません。
みな、そうだから、です。
子どもに何か問題(?)が起きると、たいていの親は、「どうして、うちの子が?」とか、
「そんなはずはない!」とか、思ったりします。
しかしやがて、他人の子どもの問題を知るにつけ、「ああ、みんな、がんばっているんだな」
と知ります。
さらに言えば、子どもの問題は、より深刻な状態になって、「以前のほうが軽かった」とい
うことがわかります。
あるいは、自分の子どもより、さらに深刻な問題をかかえている子どもをみて、自分の子
どもの問題が何でもなかったことに気づきます。
UNさんのケースでは、
(1)赤ちゃん返りがこじれ、
(2)それが情緒不安の引き金を引いてしまったケースと考えられます。
UNさんは、『休み始めた頃は、「赤ちゃん返り」ともいう行動がありました』と、一時的
に終わったようなことを書いていますが、この問題は、一時的で、終わるはずはありませ
ん。
現在も、つづいています。
『長女(3歳)はとても無邪気でかわいく思えるのですが、長男は可愛いとは思えないの
が本音です』という部分が、それです。
あなたのお子さん(長男)は、あなたの心を、敏感に読み取っています。
そしてそれがあなたのお子さんを、自閉傾向(自閉症ではありません)へと、導いていま
す。
『現在は電車オタクのようにものすごい知識を持っていて、そのせいか漢字もよく読んで
います』という部分が、それです。
また不登園、つまり対人恐怖症、さらには回避性障害的な部分も、そのあたりに起因して
いるものと考えられます。
心を開いて、周囲の人たちと溶けこむことができない……、それがUNさんの目から見る
と、『友達とのかかわりも少なく、自分の世界に入って遊ぶことが多かったです。友達との
トラブルも少なかったです』という部分につながっていると、お考えください。
で、こうした問題に直面すると、ほとんどの親は、「子どもに問題がある」と考え、「子ど
もを直そう」とか、「子どもを治そう」と考えます。
しかしこれは、まちがった考え方です。
現在では、「子どもは、家族の代表者にすぎない」と考えるのが、ふつうです。つまり子ど
も自身に問題があるのではなく、家族全体のもろもろの問題が、子どもに集約されている
と考えます。
とくに子どもが、乳幼児〜幼児のときは、そうです。
が、親は身勝手なもので、(失礼!)、自分の問題や家族の問題を棚にあげ、「どうしたらい
いでしょう?」と相談してきます。
しかし、問題は、UNさん、あなた、もしくはあなたの家族にあるのです。
まず、謙虚にそれを認めてください。
では、どうするか?
もっとも重要なポイントは、
(1)どこまで、あなた自身が、子ども(長男)に心を開けるか、です。
あなた自身が、子どもに心を閉じた状態で、どうして子どもに向かって、「心を開きなさい」
と言うことができるでしょうか。
『長女(3歳)はとても無邪気でかわいく思えるのですが、長男は可愛いとは思えないの
が本音です』という部分ですが、それはそれとして、納得しなさい。
それでよいのです。
現に、10%の母親は、UNさんと、同じ問題をかかえて、人知れず(?)、悩んでいます。
そこで大切なことは、『許して、忘れる』です。
つまり「愛」ほど、実感しにくい感情もありません。
だから「愛を感ずる」とか、「感じない」とか、おおげさに考える必要はありません。
ただひたすら『許して、忘れる』のです。
それだけを念じながら、子どもと接してみてください。
(2)不登園など、何でもない、問題!
私が幼稚園の世界に入ったときには、1年保育が当たり前。
2年保育が、そろそろ、ふつうになりかけてきたなという状況でした。
約5%前後の子どもは、幼稚園へは通わず、そのまま小学校へと入園していきました。
それが今では、3年保育?
4年保育?
さらには、0歳から保育園?
まず、こうした状況が、子どもの世界では、異常であることを知るべきです。
もっともみなさん、家庭の状況もあり、やむをえず、そうせざるをえないわけですが、そ
ういう状況を一方的に子どもに押しつけておきながら、「どうしたらいいでしょう?」は、
ないと思います。
つまり今の状況で、UNさんが、あせればあせるほど、子どもは、悪循環の中で、ますま
す現在の症状を、悪化させるだろうということです。
一見、あなたから見ると、あなたの子どもは、わがままを言っているかのように見えるか
もしれませんが、(わがままな子どもにしたのも、結局は環境ということになりますが……)、
それ以上に、心に、おおきなわだかまりというか、キズをもっています。
「今日、何かをしたから、明日、なおる」という問題では、けっして、ありません。
こうした問題の解決には、1年単位、ひょっとしたら、自己管理能力がじゅうぶん育って
くる、小3前後(満10歳)くらいまでつづきます。
幼稚園へ行かないなら行かないで、こういう機会を利用して、親子で、遊びまくればよい
のです。
どうしてUNさん、あなた自身が、先生になってはいけないのですか?
この先のことですが、(心を開けない)分だけ、あなたの子どもは、(集団)が苦手になる
でしょう。
集団の中に入ったとたん、神経疲れを起こしてしまいます。
しかしひょっとしたら、UNさん、あなた自身も、そうであるかもしれません。
だったら、なおさら、あなたは子どもの心が、よく理解できるはずです。
つまり、だれにも欠点のひとつやふたつは、あるもの。
今、そういう欠点(?)が、顔を出したからといって、あわてないこと。
また今どき、『私はもっと男の子なら泥だらけになるくらい遊んで、たくましくなって欲し
かったです』式の『ダカラ論』は、おかしいですよ。
いったい、どういう子ども観をもっておられるのですか?
どこか、権威主義的、封建主義的、古典的?(失礼!)
「男のだから……」という言い方は、こと幼児〜小学1、2年生では、通用しません。
UNさん、あなた自身が、かなり権威主義的な家庭に育っている。
それをあなたは無意識のうちに、子どもに押しつけている……。
私には、そんな感じがしてなりません。
いかがですか?
幼稚園についても、そうです。
「幼稚園(学校)とは、行かねばならないところ」という固定観念から、一歩も抜け出せ
ないでいる(?)。
それでは子どもが、かわいそうです。
オタクならオタクでよいではないですか。
大切なことは、そういう子どもであることを認めてあげた上で、(というのも、今、子ども
の世界から、たとえば電車を取りあげたら、たいへんなことになりますよ)、あなたが、子
どもといっしょに、電車を見に出かけたりすればよいのです。
「〜〜電車博物館へいっしょに、行ってみない?」とか、何とか言って……。
「オタクはだめだ」
「男のらしくない」
「みなの輪に入れないからダメだ」では、子どもが、かわいそうです。
つまりこうした親の否定的育児姿勢は、子どもの心をゆがめてしまう危険性すら、あると
いうことです。
つまりあなたは、(従来の、自分自身の中の常識)と、(子どもの様子)との間で、葛藤を
繰りかえしていることになります。
しかし、この問題とて、みな、そうなのですから、あまり深刻に考えないように。
みな、外から見ると、うまくいっているように見えますが、どこの家庭も、同じような問
題をかかえて、四苦八苦しています。
だからこう思うのです。
「ようし、十字架のひとつや、ふたつ、背負ってやる!」と。
(十字架というほど、おおげさなものでは、ありませんが……。)
不登園に関しては、「あきらめなさい!」。
子どもには、「行きたいときに行けばいい」「小学校は、楽しいところだから」というよう
な言い方で、接します。
あとは、『暖かい無視』です。
あなたはあなたで、好きなことをして、その中に、子どもを巻きこんでいきます。
2度目の人生を楽しむつもりで……。
あなたが子どものとき、したこと。
したかったこと。
できなかったこと。
それをします。
童心に返って!、ね。
なお、神経質という部分については、「敏感児」と理解してよいのでしょうか?
あるいは、神経症による症状がでているということなのでしょうか。
一度、私の「子どもチェックテスト」を受けてみてください。
すべて無料できるようになっています。
「はやし浩司のHP」→「ここが子育て最前線」から、入っていただけます。
なお、赤ちゃん返りの部分については、最大限、もう一度、スキンシップを、子どもに戻
します。
添い寝、だっこ、手つなぎなど。
『求めてきたときが与えどき』と考えて、子どもが求めてきたら、すかさず、与えます。
「待ってね」「あとでね」は、禁句です。
その瞬間、子どもは、あなたの心を読んでしまいます。
またそれでも情緒が不安定(=心の緊張感が取れない)というのであれば、海産物中心の
献立に切り替えてみてください。
カルシウム、マグネシウム、カリウムの多い、食生活です。
この時期、錠剤も、効果的です。
薬剤師によく相談して、服用してみてください。
(甘い、白砂糖食品は、遠ざけます。)
体重も、それで改善できるはずです。
いくつか、参考になりそうな原稿を添付しておきます。
++++++++++++++++++++++++++
●砂糖は白い麻薬
キレるタイプの子どもは、独特の動作をすることが知られている。動作が鋭敏になり、
突発的にカミソリでものを切るようにスパスパとした動きになるのがその一つ。
原因についてはいろいろ言われているが、脳の抑制命令が変調したためにそうなると考え
るとわかりやすい。そしてその変調を起こす原因の一つが、白砂糖(精製された砂糖)で
ある(アメリカ小児栄養学・ヒューパワーズ博士)。つまり一時的にせよ白砂糖を多く含ん
だ甘い食品を大量に摂取すると、インスリンが大量に分泌され、そのインスリンが脳間伝
達物質であるセロトニンの大量分泌をうながし、それが脳の抑制命令を阻害する、と。
これから先は長い話になるので省略するが、要するに子どもに与える食品は、砂糖のない
ものを選ぶ。今ではあらゆる食品に砂糖は含まれているので、砂糖を意識しなくても、子
どもの必要量は確保できる。ちなみに幼児の一日の必要摂取量は、約一〇〜一五グラム。
この量はイチゴジャム大さじ一杯分程度。もしあなたの子どもが、興奮性が強く、突発的
に暴れたり、凶暴になったり、あるいはキーキーと声をはりあげて手がつけられないとい
う状態を繰り返すようなら、一度、カルシウム、マグネシウムの多い食生活に心がけなが
ら、砂糖は白い麻薬と考え、砂糖断ちをしてみるとよい。子どもによっては一週間程度で
みちがえるほど静かに落ち着く。
なお、この砂糖断ちと合わせて注意しなければならないのが、リン酸である。リン酸食品
を与えると、せっかく摂取したカルシウム分を、リン酸カルシウムとして体外へ排出して
しまう。と言っても、今ではリン酸(塩)はあらゆる食品に含まれている。たとえば、ハ
ム、ソーセージ(弾力性を出し、歯ごたえをよくするため)、アイスクリーム(ねっとりと
した粘り気を出し、溶けても流れず、味にまる味をつけるため)、インスタントラーメン(や
わらかくした上、グニャグニャせず、歯ごたえをよくするため)、プリン(味にまる味をつ
け、色を保つため)、コーラ飲料(風味をおだやかにし、特有の味を出すため)、粉末飲料
(お湯や水で溶いたりこねたりするとき、水によく溶けるようにするため)など(以上、
川島四郎氏)。かなり本腰を入れて対処する。
ついでながら、W・ダフティという学者はこう言っている。「自然が必要にして十分な食物
を生み出しているのだから、われわれの食物をすべて人工的に調合しようなどということ
は、不必要なことである」と。つまりフード・ビジネスが、精製された砂糖や炭水化物に
さまざまな添加物を加えた食品(ジャンク・フード)をつくりあげ、それが人間を台なし
にしているというのだ。「(ジャンクフードは)疲労、神経のイライラ、抑うつ、不安、甘
いものへの依存性、アルコール処理不能、アレルギーなどの原因になっている」とも。
++++++++++++++++++++++
●恐怖症は心の発熱
先日私は、交通事故で、危うく死にかけた。九死に一生とは、まさにあのこと。今、こ
うして文を書いているのが、不思議なくらいだ。が、それはそれとして、そのあと、妙な
現象が現れた。夜、自転車に乗っていたのだが、すれ違う自動車が、すべて私に向かって
走ってくるように感じたのだ。私は少し走っては自転車からおり、少し走ってはまた、自
転車からおりた。こわかった……。恐怖症である。子どもはふとしたきっかけで、この恐
怖症になりやすい。たとえば以前、「学校の怪談」というドラマがはやったことがある。そ
のとき「小学校へ行きたくない」と言う園児が続出した。これは単なる恐怖心だが、それ
が高じて、精神面、身体面に影響が出ることがある。それが恐怖症だが、この恐怖症は子
どもの場合、何に対して恐怖心をだくかによって、ふつう、次の三つに分けて考える。
【対人(集団)恐怖症】子ども、特に幼児のばあい、新しい人の出会いや環境に、ある
程度の警戒心を持つことは、むしろ正常な反応とみる。知恵の発達がおくれぎみの子ども
や、注意力が欠如している子どもほど、周囲に対して、無警戒、無とんちゃくで、はじめ
て行ったような場所でも、我が物顔で騒いだりする。が、反対にその警戒心が、一定の限
度を超えると、人前に出ると、声が出なくなる(失語症)、顔が赤くなる(赤面症)、冷や
汗をかく、幼稚園や学校がこわくて行けなくなる(不登校)などの症状が現れる。
【場面恐怖症】その場面になると、極度の緊張状態になることをいう。エレベーターに
乗れない(閉所恐怖症)、鉄棒に登れない(高所恐怖症)などがある。私も子どものころ、
暗いトイレがこわくて、用を足すことができなかった。そのせいかどうかは知らないが、
今でもトンネルなどに入ったりすると、ぞっとするような恐怖感を覚える。
【そのほかの恐怖症】動物や虫をこわがる(動物恐怖症)、手の汚れやにおいを嫌う(疑
惑症)、先のとがったものをこわがる(先端恐怖症)などもある。ペットの死をきっかけに
死を極端にこわがるようになった子ども(年長男児)もいた。
子ども自身の力でコントロールできないから、恐怖症という。そのため説教したり、し
かっても意味がない。一般に「心」の問題は、一年単位、二年単位で考える。子どもの立
場で、子どもの視点で、子どもの心を考える。無理な誘動や強引な押し付けは、タブー。
無理をすればするほど、逆効果。ますます子どもは物事をこわがるようになる。いわば心
が熱を出したと思い、できるだけそのことを忘れさせるような環境を用意する。症状だけ
をみると、神経症と区別がつきにくい。私の場合も、その事故から数日間は、車の速度が
五十キロ前後を超えると、目が回るような状態になってしまった。「気のせいだ」とは分か
っていても、あとで見ると、手のひらがびっしょりと汗をかいていた。恐怖症というのは
そういうもので、自分の理性や道理ではどうにもならない。そういう前提で、子どもの恐
怖症に対処する。
++++++++++++++++++++
●子どもの心
●茨城県のWさんより……
茨城県のWさん(現在四〇歳、母親)から、娘のかん黙についての、相談をもらった。
それについて、考えてみたい。
「現在八月で満六歳になった、一人娘のいる四〇歳の主婦です。
数年前、私の母の介護のため 娘(当時、三歳)を保育園に入園させました。
三か月間泣き、四か月間給食を、一切食べませんでした。
そのうち嫌がらず行けるようになりましたが、約半年後くらいから、あまりにも
嫌がるので休ませようとしましたが、園の方は、「必ず連れて来るように」とのこと。
で、一か月間、泣いているのを抱えて連れて行きました。
そのうち様子がおかしくなり(長くなるので内容は省略します)、
そのあと、保育園から幼稚園に、転園しました。
ここでも三日目から嫌がり 休ませ 小児精神科に連れて行くと、「場面かん黙」との診断。
その時から、各週に箱庭療法と、二か月に一度カウンセリングを受けています。
ドクターは、私と娘との三人のカウンセリングでは 「娘の話す内容、態度を見る限
り、私との適度な距離がとれているので、私から離れられない、幼稚園に行けないと
は考えられない」と言っています。
昨年は休園させましたが、幼稚園の先生の協力と理解のもと、行事など、本人
の興味のある時だけ、私と一緒に参加させてもらい、今年の四月に、年長組になったの
をきっかけに、本人が「毎日行く」と言って、登園するようになりました。
(ほかの子どもたちとは一切話さず、関わりも、なかなかもてないようです)
お弁当は持っていけず、基本的には昼までに、降園していますが、出席シールだけ
貼って帰ったりと、その日に応じて臨機応変にしています。
最近は、部屋の前の靴箱から、なかなか教室に入れません。
私は本人の納得するまで、つまり子どもが、
帰っていいよと言うまで、その場で待っています。
時には降園までそこで待つときもあります。
私はこれでいいと思っていますが、これでいいのでしょうか?
昨年と比べると、別人のように良い方向に変わっています。
今一番困っているのが、田舎なので年配の方との関わりが多く、なかなか理解されず
「この子は、おかしな子やな」、と娘に聞こえるように言われます。
その時の対処法に困っています。
かばうようなことを言うと私が責められ、それを見て、娘は大泣きします。
こっそり、「何にも悪いことはないよ。今で充分ですよ」と言っても大泣き。
かといって、知らぬ顔で済ますと、傷ついてしまうようで、それも心配です。
みなにからかわれることもあるようです。
絵日記を見ると、
『いちりんしゃにのれるようになったよ
いっしょうけんめいれんしゅうして
のれるようになったよ
でも どうして あのこはのれないんだろう』
と書いていました。
そんな、心のやさしい子です。
何かアドバイス頂ければ幸いです。
茨城県M町、Wより」
●Wさんの問題
一〇年ほど前までは、「学校へ行けない」というのが、大きな問題だった。が、今では、
「幼稚園へ行けない」というのが、問題になり始めている。それも、三歳や四歳の子ども
が、である。
Wさんの問題を考える前に、「どうして三歳や四歳の子どもが、幼稚園へ行かねばなら
ないのか」「行く必要があるのか」「行かなければ、何が問題なのか」ということを、
考えなければならない。
あるいはあと二〇年もすると、二歳や三歳の子どもについて、同じような相談をもらう
ようになるのかもしれない。「どうしてうちの子は、保育園へ行けないのでしょうか」
と。
Wさん自身が、「保育園は、行かねばならないところ」「幼稚園は、行かねばならない
ところ」という、固定観念をもちすぎているところが、気になる。
私は正直に告白するが、幼稚園にせよ、保育園にせよ、行くとしても、適当に行けばよ
いと考えている。「適当」という言い方には、語弊があるかもしれないが、この時期は、
あくまでも、家庭教育が主体であること。それを忘れてはならない。
ずいぶんと昔のことだが、ある幼稚園の先生方の研究発表会に、顔を出したことがある。
全員、女性。男は、私一人だけだった。
一人の女性教師が、誇らしげに、包丁の使い方を教えているという報告をしていた。「私
は、ダイコンを切るとき、本物の包丁を使わせています」と。
で、そのあと、意見を求められた。が、私は、思わず、こう言ってしまった。「そんな
ことは、家庭で、母親が教えればいいことです」と。
会場が、シーンとなってしまったのを覚えている。
●小学校の問題が、幼稚園で
Wさんは、こう書いている。「あまりにも嫌がるので休ませようとしましたが、園の方
は、「必ず連れて来るように」とのこと。で、一か月間、泣いているのを抱えて連れて行き
ました」と。
当時、その子どもは、三歳である。たったの三歳である。あるいは、あなたは三歳の子
どもが、どういう子どもであるか、知っているだろうか?
いくら保育園の先生が、「必ず連れてくるように」と言っても、一か月もの間、泣いてい
る子どもを抱えて連れていってよいものだろうか。Wさんには悪いが、私はこのメールを
読んで、この部分で、いたたまれない気持になった。
もちろんだからといって、Wさんを、責めているのではない。Wさんも書いているよう
に、「母の介護」という、やむにやまれぬ事情があった。それにWさんは、それが子どもの
ために、よかれと思って、そうした。そういうWさんを、だれも責めることはできない。
私が問題としたいことは、Wさんをそのように動かした、背景というか、社会的な常識
である。
私がこの世界に入ったときは、幼稚園教育も、二年、もしくは一年がふつうだった。浜
松市内でも、幼稚園(保育園)へ行かないまま、小学校へ入学する子どもも、五%はいた。
それが三年保育となり、さらに保育園自身も、「預かる保育」から、「教える保育」へと
変身している。
こういう流れの中で、三〇年前には、小学校で起きていた現象が、幼稚園でも起きるよ
うになった。たとえば今では、不登校ならぬ、不登園の問題が、あちこちの幼稚園で起き
ている。Wさんの問題は、まさにその一つということになる。
●もっと、おおらかに!
はっきり言えば、子どもが、そこまで嫌がるなら、幼稚園や保育園へ、行く必要はない。
まったく、ない。
少し前まで、(今でも、そう言う先生はいるが……)、幼稚園を休んだりすると、「遅
れます」とか、「甘やかしてはダメです」と、親を叱る先生がいた。
しかしいったい、何から、子どもが遅れるのか? 心が風邪をひいて、病んでいる子ど
もを、保護して、どうして、甘やかしたことになるのか?
乳幼児期は、家庭教育が基本である。これは、動かしがたい事実である。この時期、子
どもは、「家庭」について学ぶ。学ぶというより、それを体にしみこませる。
夫婦とは何か。父親や母親とは何か。そして家族とは、何か、と。家族が助けあい、守
りあい、励ましあい、教えあう姿を、子どもは、体の中にしみこませる。このしみこみが
あってはじめて、自分がつぎに親になったとき、自然な形で、子育てができる。
それにかわるものを、幼稚園や保育園で、どうやって教えることができるというのか。
ものごとは、常識で考えてほしい。
だからといって、幼児教育を否定しているのではない。しかし幼児教育には、幼児教育
として、すべきことが山のようにある。包丁の使い方をい教えるのが、幼児教育ではない。
ダイコンの切り方を教えるのが、幼児教育ではない。
現にオーストラリアでは、週三日制の幼稚園もある。少し都会から離れた地域では、週
一回のスクーリングだけというところもある。あるいは、アメリカでは、親同士が、交互
に子どもを預かりあいながら、保育をしているところもある。
幼児教育は、幼稚園、あるいは保育園で、と、構えるほうが、おかしい。今、この「お
かしさ」がわからないほどまで、日本人の心は、道からはずれてしまっている。
●かん黙児?
Wさんの子どもを、ドクターが、どのようにみて診断したのか、私は知らない。しかし
その前提として、かん黙児の診断は、しばらく子どもを指導してみないと、できない。
ドクターの前で、黙ったからといって、すぐかん黙児ということにはならない。ただ単
に緊張していただけかもしれないし、あるいは対人恐怖症、もしくは、集団恐怖症だった
かもしれない。
私は診断名をつけて、診断をくだすことはできないが、しかしかん黙児かどうかを判断
することくらいなら、できる。が、そのときでも、数日間にわたって、子どもを指導、観
察してみて、はじめてわかることであって、一、二度、対面したくらいで、わかるような
ことではない。そのドクターは、どうやって、「場面かん黙」と判断したのだろうか。
このWさんのメールを読むかぎり、無理な隔離が原因で起きた、妄想性をともなった、
集団恐怖症ではないかと思う。……思うだけで、何ともいえないが、それがさらにこじれ
て、学校恐怖症(幼稚園恐怖症)になったのではないかと思う。
もっとも恐怖症がこじれて、カラにこもるということは、子どものばあい、よくある。
かん黙も、何かの恐怖体験がきっかけで起こることは、よく知られている。かん黙するこ
とにより、自分がキズつくのを防ごうとする。これを心理学の世界では、防衛機制という。
しかしもしそうなら、なおさら、無理をしてはいけない。無理をすればするほど、症状
がこじれ、立ちなおりが遅れる。子どもの立場で、子どもの心をていねいにみながら、対
処する。
保育園の先生が、「必ず連れてくるように」と言ったというが、私には、とんでもない
暴言に聞こえる。あるいは別に何か、先生には先生なりの、理由があったのかもしれない。
この点については、よくわからない。
なお場面かん黙については、つぎのようなポイントを見て判断するとよい。
●かん黙児
(1)ふとしたこと、あるいは、特定の場面になると、貝殻を閉ざしたかのように、口を
閉じ、黙ってしまう。
(2)気が許せる人(限られた親や兄弟、友人など)と、気が許せる場所(家)では、ご
くふつうに会話をすることができる。むしろ多弁であることが多い。
(3)かん黙している間、心と表情が遊離したかのようになり、何を考えているか、わか
らなくなる。柔和な意味のわからない笑みを浮かべて、ニンマリとしつづけること
もある。
(4)かん黙しているとき、心は緊張状態にある。表情に、だまされてはいけない。ささ
いなことで興奮したり、激怒したり、取り乱したりする。私は、(親の了解を得た
上で)、そっと抱いてみることにしている。心を許さない分だけ、体をこわばらせ
る。反対に抱かれるようだと、症状も軽く、立ちなおりは、早い。
詳しくは、「はやし浩司のサイト」の「かん黙児」を参照してほしい。
で、こうした症状がみられたら、軽重もあるが、とにかく、無理をしないこと。そうい
う子どもと認めた上で、半年単位で、症状の推移をみる。一度、かん黙症と診断されると、
その症状は、数年単位でつづく。が、小学校に入学するころから、症状は、軽減し、ほと
んどの子どもは、小学三、四年生くらいを境に、何ごともなかったかのように、立ちなお
っていく。
ある子ども(幼稚園児)は、毎朝、幼稚園の先生が、歩いて迎えにきたが、三年間、た
だの一度もあいさつをしなかった。その子どものばあいは、先生と、視線を合わせようと
すらしなかった。視線をそらすという、横視現象は、このタイプの子どもによく見られる
症状の一つである。
しかしかん黙症の子どもの、本当の問題は、親にある。家の中では、何も問題がないた
め、幼稚園や保育園での様子を見て、「指導が悪い」「先生が、うちの子を、そういう子
どもにした」などと言う。私も、何度か、経験している。
子ども自身では、どうにもならない問題と考える。いわんや、子どもを説教したり、叱
っても意味はない。
子どもが自分で自分を客観的に判断できるようになるのは、小学三年生以上とみる。こ
の時期を過ぎると、自己意識が急速に発達して、自分で自分の姿を見ることができるよう
になる。そして自分で自分を、コントロールするようになる。
かん黙児は、かん黙するというだけで、脳の働きは、ふつうか、あるいはそれ以上であ
ることが多い。もともと繊細な感覚をもっている。だから静かに黙っているからといって、
脳の活動が停止していると考えるのは、まちがいである。
反応が少ないというだけで、ほかに問題は、ない。だから教えるべきことは教えながら、
あとは「よくやったね」とほめて、しあげる。先にも書いたように、この問題は、本人自
身では、どうにもならない問題なのである。
●Wさんへ
メールによれば、「昨年と比べると、別人のように良い方向に変わっています」とのこ
と。私は、まず、ここを重要視すべきではないかと思います。
いただいたメールの範囲によれば、かん黙症状があるにせよ、対人恐怖か、集団恐怖が、
入りまざった症状ではないかと思います。一つの参考的意見として、お考えくだされば、
うれしいです。
ふつうこの年齢では、かん黙症については、「別人のように……」という変化は、ありま
せん。その点からも、かん黙症ではなく、やはり何らかの妄想性をともなった、恐怖症が
疑われます。もし恐怖症であれば、少しずつ、環境にならしていくという方法で対処しま
す。
私自身も、いくつかの恐怖症をもっています。閉所恐怖症。高所恐怖症など。最近では、
スピード恐怖症になったこともあります。恐怖症というのはそういうもので、中味があれ
これと変わることはあります。つまり「恐怖症」という入れ物ができ、そのつど、その中
味が、「閉所」になったり、「高所」になったりするというわけです。
下のお子さん(弟か妹)のことは書いてありませんが、もしいるなら、分離不安がこじ
れた症状も考えられます。
どちらであるにせよ、「別人のように……」ということなら、私は、もう問題はほとんど
解決しているのではないかと思います。
●最後に……
心に深いキズを負った人は、二つのタイプに分かれます。
そのまま他人の心のキズが理解できるようになる人。もう一つは、心のキズに鈍感にな
り、今度は、他人をキズつける側に回る人です。よく最悪のどん底を経験した人が、その
あと、善人と悪人に分かれるのに、似ています。
ほかにたとえば、はげしいいじめにあった子どもが、他人にやさしくなるタイプと、今
度は、自分も、いじめる側に回るタイプに分かれるのにも、似ています。
今、Wさんのお嬢さんは、何かときびしい状況におかれていることは、「大泣き」という
言葉からも、よくわかります。Wさんが、かばうと、また大泣きということですが、遠慮
せず、かばってあげてください。無神経で、無理解な人たちに負けてはいけません。お嬢
さん自身は、何も、悪いことはしていないのです。またどこも悪くはないのです。
お嬢さんは、日記からもわかるように、たいへん心のやさしいお嬢さんです。回りの人
に、そういう目で見られながらも、自分をもちなおしています。理由は、簡単です。あな
たという親の愛情と理解を、たっぷりと受けているからです。つまりここでいう善人の道
を、すでに選んでいるわけです。
事実、『愛は万能』です。親の愛がしっかりしていれば、子どもの心がゆがむということ
は、ありえません。最後の最後まで、その愛をつらぬきます。具体的には、最後の最後ま
で、「許して、忘れます」。その度量の広さで、親の愛情の深さが決まります。
長いトンネルに見えたかもしれませんが、もう出口は、すぐそこではないでしょうか。
いろいろつらいこともあったでしょうが、そのつらさが、今のあなたを大きく成長させた
はずです。このことは、もう少し先にならないとわからないかもしれませんが、やがてあ
なたも、いつか、それに気づくはずです。
幸運にも、Wさんは、たいへん気が長い方のように思います。よい母親の第一の条件を、
もっておられるようです。「(子どもが私に)、帰っていいよと言うまで、(いつまでも)、そ
の場で待っています」などということは、なかなかできるものではありません。尊敬しま
す。
結論を言えば、今のまま、前向きに進むしかないのではないかと思います。まわりの人
を理解させるのも、あるいはその流れを変えるのも、容易ではないと思います。それ以上
に、ここにも書いたように、もう出口に近いと思われます。あと少しのがまんではないか
と思います。いかがでしょうか?
仮に、かん黙症であっても、率直に言えば、箱庭療法程度の療法で、その症状が改善す
るとは、とても思われません。かん黙症について言えば、半年単位で、その症状を見守り
ます。
で、このとき大切なことは、無理をして、今の症状をこじらせないこと、です。時期が
くれば、大半のかん黙症は、なおっていきます。
「時期」というのは、ここにも書いたように、小学三、四年生前後をいいます。それま
でにこじらせると、かえって恐怖心をいだかせたり、自信をなくさせたりします。「あな
たは、あなたですよ」という、暖かい理解が、今、大切です。子ども自身には、自分が(ふ
つうでない)という意識は、まったくないのですから。
最近、「暖かい無視」という言葉が、よく使われています。お嬢さんを、暖かい愛情で
包みながら、そうした症状については、無視するのが一番かと思います。だいたいにおい
て、問題のない子どもなど、いないのですから、そういう視点でも、一度、おおらかに見
てあげてください。
なお、「幼稚園とは、行かねばならないところ」と考えるのは、バカげていますから、
もしそのようにお考えなら、そういう考え方は、改めてください。決して、無理をしない
こと。「適当に行けばいいのよ」「行きたいときに行けばいいのよ」と、です。
ただこれから先、ふとしたきっかけで、学校などへ行きたがらないことも起こるかもし
れません。それについては、私の「学校恐怖症」(はやし浩司のサイト、症状別相談)を
参考にしてください。そういう兆候が見られたら、むしろ親のあなたのほうから、「今日
は、学校を休んで、動物園へでも行ってみる?」と、声をかけてみてください。そういう
おおらかさが、子どもの心に、風穴をあけます。
つぎにスキンシップです。このスキンシップには、魔法の、つまりはまだ解明されてい
ない、不思議な力があります。子どもがそれを求めてきたら、おっくうがらず、ていねい
に、それに答えてあげてください。
あとは、CA、MGの多い食生活にこころがけます。海産物を中心とした、食生活をい
います。
またかん黙症であるにせよ、恐怖症であるにせよ、できるだけそういう状態から遠ざか
るのが、賢明です。要するに、思い出させないようにするのが、コツです。あとは、その
期間を、少しずつ、できるだけ長くしていきます。
最後に、子育ては、楽しいですよ。すばらしいですよ。いろいろなことがありますが、
どうかそれを前向きにとらえてください。仮にあなたのお嬢さんが、かん黙症であっても、
そんなのは、何でもない問題です。先にも書きましたが、それぞれの人が、いろいろな問
題をかかえています。が、こと、かん黙症については、時期がくれば、消えていく、つま
りは、マイナーな問題だということです。どうか、私の言葉を信じてください。
ついでに、できれば、私の電子マガジンをご購読ください。きっと、参考になると思い
ます。無料です。
(031017)
++++++++++++++++++
●善玉家族意識、悪玉家族意識
家族意識にも、善玉と、悪玉がある。(善玉親意識と、悪玉親意識については、前に書い
た。)
家族のメンバーそれぞれに対して、人間として尊重しようとする意識を、善玉家族意識
という。
反対に、「○○家」と、「家(け)」をつけて自分の家をことさら誇ってみたり、「代々…
…」とか何とか言って、その「形」にこだわるのを、悪玉家族意識という。
これは極端な例だが、こんなケースを考えてみよう。
その家には、代々とつづく家業があったとする。父親の代で、十代目になったとする。
が、大きな問題が起きた。一人息子のX君が、「家業をつぎたくない。ぼくは別の道を行く」
と言い出したのである。
このとき、親、なかんずく父親は、「家」と、「息子の意思」のどちらを、尊重するだろ
うか。父親は、大きな選択を迫られることになる。
つまりこのとき、X君の意思を尊重し、X君の夢や希望をかなえてやろう……そういう
意味で、家族の心を大切にするのが、善玉家族意識ということになる。
一方、「家業」を重要視し、「家を守るのは、お前の役目だ」と、X君に迫るのを、悪玉
家族意識という。
それぞれの家庭には、それぞれの事情があって、必ずしもどちらが正しいとか、まちが
っているとかは言えない。しかし家族意識にも、二種類あるということ。とくに私たち日
本人は、江戸時代の昔から、「家」については、特別な関心と、イデオロギー(特定の考え
方の型)をもっている。
中には、個人よりも、「家」を大切にする人もいる。……というより、少なくない。それ
は多分に宗教的なもので、その人自身の心のよりどころになっている。だからそのタイプ
の人に、「家制度」を否定するような発言をすると、猛烈に反発する。
しかしものごとは、常識で考えてみたらよい。「家」によって、その人の身分が決まった
江戸時代なら、いざ知らず。今は、もうそんなバカげた時代ではない。またそういう時代
であってはいけない。そういう過去の愚劣な風習をひきずること自体、まちがっている。
……という私も、学生時代までは、かなり古風な考え方をしていた。その私が、ショッ
クを受けた経験に、こんなことがある。
オーストラリアでの留学生活を終えて、日本に帰ってきてからしばらくのこと。メルボ
ルンの校外に住んでいたR君から、こんな手紙をもらった。彼は少し収入がふえると、つ
ぎつぎと、新しい家に移り住み、そのつど、住所を変えていた。「今度の住所は、ここだ。
これが三番目の家だ」と。
それからも彼はたびたび家をかえたが、そのときですら、「R君は、まるでヤドカニみた
いだ」と、私は思った。
そのことを知ったとき、それまでの私の感覚にはないことであっただけに、私は、ショ
ックを受けた。「オーストラリア人にとって、家というのは、そういうものなのか」と。
……と書いても、今の若い人たちには、どうして私がショックを受けたか、理解できな
いだろうと思う。当時の、私の周辺に住んでいる人の中には、私の祖父母、父母含めてだ
が、だいたいにおいて、収入に応じて家をかえるという発想をする人は、いなかった。私
のばあいも、そういうことを考えたことすら、なかった。
しかもR君のばあいは、より環境のよいところを求めて、そうしていた。15年ほど前、
最後に遊びに行ったときは、居間から海が一望できる、小高い丘の上の家に住んでいた。
つまり彼らにしてみれば、「家」は、ただの「箱」にすぎない。
そう、「家」など、ただの「箱」なのである。ケーキや、お菓子の入っている箱と、どこ
もちがわない。ちがうと思うのは、ただの観念。子どもが手にする、ゲームの世界の観念
と同じ。どこもちがわない。
さらに日本人のばあい、自分の依存性をごまかすために、「家」を利用することもある。
田舎のほうへ行くと、いまだに、「本屋」「新屋」「本家」「分家」という言葉も聞かれる。
私が最初に「?」と思った事件に、こんなのがある。
幼稚園で教え始めたころのこと。一人の母親が私のところへきて、こう言った。
「うちは本家(ほんや)なんです。息子には、それなりの学校に入ってもらわないと、
親戚の人たちに顔向けができないのです」と。
私はまだ20代の前半。そのときですら私は、こう言った記憶がある。「そんなこと気に
してはだめです。お子さん中心に考えなくては……」と。
このように今でも、封建時代の亡霊は、さまざまな形に姿を変えて、私たちの生活の中
に入りこんでいる。ここでいう悪玉家族意識もその一つだが、とくに冠婚葬祭の世界には、
色濃く、残っている。前にも書いたが、たとえば結婚式についても、個人の結婚というよ
りは、家どうしの結婚という色彩が強い。
それはそれとして、子どもの発達段階を調べていくと、子どもはある時期から、親離れ
を始める。そして「家庭」というワクから飛び出し、自立の道を歩むようになる。それを
発達心理学の世界では、「個人化」※という。
それにたとえて言うと、日本人は、全体として、まだその個人化のできない、未熟な民
族ということになる。その一つの証拠が、ここでいう悪玉家族意識ということになる。
※個人化……子どもがその成長過程において、家族全体をまとめる「家族自我群」から抜
け出て、ひとり立ちしようとする。そのプロセスを、「個人化」という(心理学者、ボーエ
ン)。
(040225)(はやし浩司 個人化 悪玉家族意識 善玉家族意識 冠婚葬祭)
【追記】
この年齢になると、それぞれの人の生きザマが、さらに鮮明になる。たとえば私には、
60人近い、いとこがいるが、そういういとこだけをくらべても、「家」や「親戚づきあい」
にこだわる人もいれば、まったくそうでない人もいる。
で、問題は、こだわる人たちである。
こだわるのは、その人の勝手だが、そういう自分の価値観を、何ら疑うことなく、一方
的に、そうでない人たちにまで、押しつけてくる。問答無用のばあいも、多い。「当然、君
は、そうすべきだ」というような言い方をする。
一方、それに防戦する人たちは、(私も含めてだが)、それにかわる心の武器をもってい
ない。だからそういうふうに非難されながら、「自分の考え方はおかしいのかな」と、自ら
を否定してしまう。
それはたとえて言うなら、何ら武器をもたないで、強力な武器をもった敵と戦うような
ものである。彼らは、「伝統」「風習」という武器をもっている。
これも子どもの世界にたとえてみると、よくわかる。
子どもは、その年齢になると、身体的に成長すると同時に、精神的にも成長する。身体
的成長を、「外面化」というのに対して、精神的成長を、「内面化」という。
日本人は、子どもを「家族」(=悪玉家族意識)というワクでしばることにより、この内
面化をはばんでしまうことが多い。あるいは中には、内面化すること自体を許さない親も
いる。親に少し反発しただけで、「親に向かって、何だ、その口のきき方は!」と。
このとき、子どもの側に、それだけの思想的武器があればよいが、その点、親には太刀
打ちできない。親には、経験も、知識もある。しかし子どもには、ない。
そこで子どもは、自らに、ダメ人間のレッテルを張ってしまう。そしてそれが、内面化
を、さらにはばんでしまう。
これと同じように、家や親戚づきあいにこだわる人によって否定された、武器持たぬか
弱き人たちは、この日本では、小さくならざるをえなくなる。
「家は大切にすべきものだ」「親戚づきあいは、大切にすべきものだ」と、容赦なく、迫
ってくる。(本当は、そう迫ってくる人にしても、自分でそう考えて、そうしているのでは
ない。たいていの人は、過去の伝統や風習を繰りかえしているだけ。つまりノーブレイン
(脳なし)。)
そこでそう迫られた人たちは、自らにダメ人間のレッテルを張ってしまう。
しかし、もう心配は、無用。
今、私のように、過去の封建時代を清算しようと、立ちあがる人たちが、ふえている。
いろいろな統計的な数字を見ても、もうこの流れを変えることはできない。その結果が、
ここに書いた、「鮮明なちがい」ということになる。
+++++++++++++++++
●子どもを愛するために……
あなたの疲れた心をいやすために、
もう、あきらめなさい。あきらめて、
あるがままを、受け入れなさい。
がんばっても、ムダ。無理をしても、ムダ。
あなたがあなたであるように、
あなたの子どもは、あなたの子ども。
あとは、ただひたすら、許して、忘れる。
あなたの子どもに、どんなに問題があっても、
どんなにできが悪くても、ただ許して、忘れる。
問題のない子どもは、絶対にいない。
その子は、どの子も、問題がないように見える。
しかしそう見えるだけ。みんな問題をかかえている。
あとは、あなたの覚悟だけ。
あなたも、一つや二つ、三つや四つ、
十字架を背負えばよい。
「ようし、さあ、こい!」と。そう宣言したとたん、
あなたの心は軽くなる。子どもの心も軽くなる。
そのとき、みんなの顔に微笑みがもどる。
あなたはすばらしいい親だ。
それを信じて、あとは、あきらめる。
それともほかに、あなたには、
まだ何かすることがあるとでもいうのか?
(040229)(はやし浩司 愛 真の愛 リー エロス アガペ)
+++++++++++++++++
【子どもを愛せない親たち】
その一方で、子どもを愛せない親がいる。全体の10%前後が、そうであるとみてよい。
なぜ、子どもを愛することができないか。大きくわけけて、その理由は、二つある。
一つは、自分自身の乳幼児期に原因があるケース。もう一つは、妊娠、出産に際して、
大きなわだかまり(固着)をもったケース。しかし後者のケースも、つきつめれば、前者
のケースに集約される。
乳児には、「あと追い、人見知り」と言われるよく知られた現象がある。生後5〜7か月
くらいから始まって、満1歳半くらいまでの間、それがつづく。
ボウルビーという学者は、こうした現象が起きれば、母子関係は、健全であると判断し
てよいと書いている。言いかえると、「あと追い、人見知り」がないというのは、乳児のば
あい、好ましいことではない。
子どもは、絶対的な安心感の中で、心をはぐくむ。その安心感を与えるのは、母親の役
目だが、この安心感があってはじめて、子どもは、他者との信頼関係(安全感)を、結ぶ
ことができるようになる。
「あと追い、人見知り」は、その安心感を確実なものにするための、子どもが親に働き
かける、無意識下の行動と考えることができる。
で、この母子との間にできた基本的信頼関係が、やがて応用される形で、先生との関係、
友人との関係へと、広がっていく。
そしてそれが恋愛中には、異性との関係、さらには配偶者や、生まれてきた子どもとの
関係へと、応用されていく。そういう意味で、「基本的(=土台)」という言葉を使う。
子どもを愛せない親は、その基本的信頼関係に問題があるとみる。その信頼関係がしっ
かりしていれば、仮に妊娠、出産に際して、大きなわだかまりがあっても、それを乗りこ
えることができる。そういう意味で、ここで、私は「しかし後者のケースも、つきつめれ
ば、前者のケースに集約される」と書いた。
では、どうするか?
子どもを愛せないなら、愛せないでよいと、居なおること。自分を責めてはいけない。
ただ、一度は、自分の生い立ちの状況を、冷静にみてみる必要はある。そういう状況がわ
かれば、あなたは、あなた自身を許すことができるはず。
問題は、そうした問題があることではなく、そうした問題があることに気づかないまま、
その問題に引き回されること。同じ失敗を繰りかえすこと。
しかしあなた自身の過去に問題があることがわかれば、あなたは自分の心をコントロー
ルすることができるようになる。そしてあとは、時間を待つ。
この問題は、あとは時間が解決してくれる。5年とか、10年とか、そういう時間はか
かるが、必ず、解決してくれる。あせる必要はないし、あせってみたところで、どうにも
ならない。
【この時期の乳児への対処のし方】
母子関係をしっかりしたものにするために、つぎのことに心がけたらよい。
(1)決して怒鳴ったり、暴力を振るったりしてはいけない。恐怖心や、畏怖心を子ども
に与えてはならない。
(2)つねに「ほどよい親」であることに、心がけること。やりすぎず、しかし子どもが
それを求めてきたときには、ていねいに、かつこまめに応じてあげること。『求めて
きたときが、与えどき』と覚えておくとよい。
(3)いつも子どもの心を知るようにする。泣いたり、叫んだりするときも、その理由を
さぐる。『子どもの行動には、すべて理由がある』と心得ること。親の判断だけで、
「わがまま」とか、決めてかかってはいけない。叱ってはいけない。
とくに生後直後から、「あと追い、人見知り」が起きるまでは、慎重に子育てをすること。
この時期の育て方に失敗すると、子どもの情緒は、きわめて不安定になる。そして一度、
この時期に不安定になると、その後遺症は、ほぼ、一生、残る。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 不登園 赤ちゃん返り)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 08年 7月 11日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●まちがいの訂正
少し前、こんな原稿を書いた。
++++++++
……先日もあるショッピング・センターで、こんな光景を見かけた。
1人の幼児(5歳くらい)が、ソフトクリームを食べていた。
見たところ、その子どもの体重は、10キロ前後である。
そばに、両親と妹がいた。
「どうするのかな?」と思ってみていると、その幼児は、その
ソフトクリームをひとりで食べてしまった!
これには驚いた。
体重で換算すると、私は65キロだから、私が、6・5個分の
ソフトクリームを食べた量に等しい。
6・5個だぞ!
いくら甘党でも、6・5個は、食べられない。
食べたら、食欲どころが、気がヘンになる。
白砂糖が、いかに危険な食物であるかは、今さら、説明するまでもない。
昔から「白い麻薬」という。
これはネズミの実験だが、白砂糖を過剰に摂取すると、
過剰行動性にあわせて、もろもろの情緒障害、さらには脳水腫まで引き起こすことが
わかっている。
そうでなくとも、こういうものを日常的に与えておいて、
「うちの子は、小食です」はない。
「どうして落ち着きがないのでしょう」もない。
そういう意味で、無知ほど、恐ろしいものは、ない。
無知は罪悪である。
子どもの世界では、とくにそうである。
世の親たちよ、もう少し、賢くなろう!
+++++++++++
この原稿の中で、「5歳児くらい」「体重は10キロ前後」と書いた。
しかし5歳児の平均体重は、19・1キログラム(文科省・学校保健統計調査)
である。
だから正確には、「ソフトクリーム、3個分」ということになる。
ここで訂正しておきたい。
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●秋葉原・殺人事件
+++++++++++++++
悲惨な事件が、東京の秋葉原で起きた。
この事件では、7人が死亡し、10人が重軽傷を負っている。
派遣社員K容疑者(25)は、警視庁万世橋署捜査本部の調べに
対して、「やったことは分かっている」と供述しているという(ヤフーニュース)。
+++++++++++++++
悲惨な事件であることには、ちがいない。
そんな事件に巻きこまれて、命を落とした人の無念さを
思うに、K容疑者に、弁解の余地はない。
が、同時に、私のような年齢になると、事件に対する
ものの見方が、少しちがってくる。
「何が、そこまでK容疑者を追いつめたのか」という思い。
さらに、K容疑者の両親は、さぞかしつらい思いをしているだろうな
という思い。
この両者が、心の中で複雑にからみあう。
この事件に巻きこまれて命を落とした人たちの遺族の方のことを
思うと、ここではこれ以上のことは、書けない。
書けないが、「だからK容疑者は、極悪人だ」とも、書けない。
この年齢になると、そんな迷いが生まれてくる。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【児童虐待】
●児童虐待のうち、7割あまりが、核家族世帯で起きている?(Children Abuses)
(70% of Children Abuse cases are occurred so-called "Nuclear Families", or "Families
eith only parents and children". But is this true?
++++++++++++++++++
児童虐待のうち、7割あまりが、「核家族」
で起きているという。
また虐待といっても、「ネグレクト」が、
約39%。
身体虐待の31%より多かったという。
このほど、奈良県の「児童虐待等調査対策委員会」
が、そんな調査結果をまとめた。
(産経新聞・08年6月10日)
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
+++++++++++以下、産経新聞より抜粋+++++++++++++++++
児童虐待の防止策などを協議する県の「児童虐待等調査対策委員会」(委員長=加藤曜子・
流通科学大教授)は9日、昨年度に奈良県と市町村が受理した児童虐待事案を対象にした、
初の調査結果を報告した。
全1228件のうち、7割あまりが父母以外の同居者のない「核家族」で起き、親が養育
を怠慢したり拒否する「ネグレクト」も全体の4割弱を占める実態が判明。県は「調査結
果から、児童虐待を早期発見することの困難さが浮き彫りになった」と深刻に受け止めて
いる。
児童虐待に関し、県内では今年度初めて、県と市町村が統一の調査票に基づいて記録する
システムを導入。昨年度は統一調査票がなかったが、同委員会では、深刻化する児童虐待
の実態をより詳しく分析する必要があるとして、昨年度分の事案も統一調査票の設問にの
っとる形で再精査した。
その結果、父母以外の同居者がいるかどうかを問う設問では、899件(73・2%)で
核家族にあたる「なし」と回答。無回答や不明を除く「あり」の回答は221件(18%)
に過ぎなかった。
また、種類別では「ネグレクト」が477件(38・8%)と最も多く、「身体的虐待」の
383件(31・2%)を上回っていた。
+++++++++++++以上、産経新聞より抜粋+++++++++++++++
+
●この調査結果は、おかしい?
児童虐待を調べたら、73%が、核家族世帯の子どもであったという。
だれしもこの数字だけを見たら、児童虐待のほとんどは、核家族で起きていると思うだろ
う。
中には、「核家族では児童虐待が起きやすい」と思う人もいるかもしれない。
「73%」という数字は、そういう数字である。
しかし、待ったア!
この調査結果を読んで、「?」と思った人はいるだろうか。
が、私は、一読して、「?」と思った。
奈良県の「児童虐待等調査対策委員会」という公的な機関がまとめた調査だから、「まさ
か?」とは思いたいが、おかしいものは、おかしい。
この調査でも、「万引きした子どもを調べたら、50%が、女子だった。(だから女子は万
引きしやすい)」式の、きわめて初歩的なミスを犯している(?)。
よく読んでみてほしい。産経新聞の記事には、こうある。
「(虐待)全1228件のうち、7割(73%)あまりが父母以外の同居者のない「核家族」
で起きた」(だから児童虐待は、核家族世帯で、起きやすい)と。
しかしもし、核家族が、全体の7割だったとしたら、この「7割」という数字には、まっ
たく意味がない。
ちなみに奈良県のばあい、
「核家族世帯の割合は64・01で(全国)3位である。いずれの指標も上位10都道府
県のほとんどを東京・名古屋・大阪及びその周辺の府県が占めており、大都市及び周辺地
域の特性と見られる」(2000年10月・奈良自治体問題研究所)とのこと。
つまり、64%が、核家族である、と。
この64%をもとにすれば、つぎのようなことは、調査しなくても言える。
「私立高校へ通う子どもを調べたら、64%が、核家族世帯の子どもであった」
「ゲームをしている子どもを調べたら、64%が、核家族世帯の子どもであった」
ついでに、もうひとつ。
「黒い靴を履いている子どもを調べたら、64%が、核家族世帯の子どもであった」と。
「64%」と「73%」の(差)こそが、問題ということになるが、その差は、たったの
9%。
誤差の範囲とは言い切れないが、それに近い。
とくに祖父母同居の家庭では、ここでいうネグレクトという虐待は少ないはず。
両親が衣食などの世話をしないばあいには、祖父母がする。
となると、「ネグレクトが39%」という数字を、どう処理したらよいのか?
つまりこの調査によって奈良県は、「核家族世帯では、児童虐待が起きやすく、たとえば祖
父母同居家庭世帯では、児童虐待は置きにくい」ということを裏づけたかったのだろう。
それはわかるが、私は、つぎの一文を読んで、思わず、吹き出してしまった。
(「児童虐待」そのものを笑ったのではない。どうか、誤解のないように!)
「県は『調査結果から、(児童虐待の73%は、核家族世帯で起きているから)、児童虐待
を早期発見することの困難さが浮き彫りになった』と深刻に受け止めている」と。
では、これらの数字を、どう読んだらよいのか?
今一度、数字を整理してみよう。
(1)奈良県の核家族世帯の割合 ……64%
(2)児童虐待の中に占める核家族世帯の割合……73%
(3)児童虐待の中のネグレクトの割合 ……39%
(4)児童虐待の中の身体的虐待の割合 ……31%
(祖父母同居世帯では、ネグレクトの割合は、当然、少ないはず。)
話をわかりやすくするために、具体的に数字を置いて考えてみよう。
今、ここに、虐待を受けている子どもが、100人いたとする。
(1)そのうち、73人は、核家族世帯の子ども。27人は、そうでない、たとえば3世
代〜同居世帯の子ども。
(2)100人のうち、39人は、ネグレクトを受けている子ども。31人は、人体的虐
待を受けている子ども。もちろんその両方の虐待を受けている子どももいる。
(3)しかし奈良県のばあい、核家族世帯は、64%。繰りかえすが、もし虐待を受けて
いる100人の子どものうち、64人が、核家族世帯の子どもであったという結果
だったら、この調査は、まったく意味のない調査だったということになる。
ウ〜〜〜〜〜ン。
これらの数字を並べてみると、「核家族世帯でのほうが、そうでない世帯よりも、児童虐待
が、やや多いかな」という程度のことでしかない。
しかも「3世代〜同居世帯では、ネグレクトが起きにくい」ということを考慮に入れるな
ら、ネグレクトは、比較的、核家族世帯で起きやすく、身体的虐待は、比較的、そうでな
い世帯で起きやすいという程度のことでしかない。
つまり児童虐待、とくに身体的虐待と核家族世帯を、無理に結びつけることはできないの
ではないかとさえ思われる。
身体的虐待についていえば、核家族世帯であろうとなかろうと、そういうことに関係なく、
起きる。
で、結論。
「73%」という数字に、だまされてはいけない!
+++++++++++++++++
ついでに、社会福祉法人「子どもの虐待防止センター」
のした調査結果を、ここに掲載する。
+++++++++++++++++
●虐待について
社会福祉法人「子どもの虐待防止センター」の実態調査によると、母親の5人に1人は、
「子育てに協力してもらえる人がいない」と感じ、家事や育児の面で夫に不満を感じてい
る母親は、不満のない母親に比べ、「虐待あり」が、3倍になっていることがわかった(有
効回答500人・2000年)。
また東京都精神医学総合研究所の妹尾栄一氏は、虐待の診断基準を作成し、虐待の度合
を数字で示している。妹尾氏は、「食事を与えない」「ふろに入れたり、下着をかえたりし
ない」などの17項目を作成し、それぞれについて、「まったくない……0点」「ときどき
ある……1点」「しばしばある……2点」の3段階で親の回答を求め、虐待度を調べた。
その結果、「虐待あり」が、有効回答(494人)のうちの9%、「虐待傾向」が、30%、
「虐待なし」が、61%であった。この結果からみると、約40%弱の母親が、虐待もし
くは虐待に近い行為をしているのがわかる。
一方、自分の子どもを「気が合わない」と感じている母親は、7%。そしてその大半が
何らかの形で虐待していることもわかったという(同、総合研究所調査)。「愛情面で自分
の母親とのきずなが弱かった母親ほど、虐待に走る傾向があり、虐待の世代連鎖もうかが
える」とも。
●ふえる虐待
なお厚生省が全国の児童相談所で調べたところ、母親による児童虐待が、1998年ま
での8年間だけでも、約6倍強にふえていることがわかった。(2000年度には、1万7
725件、前年度の1・5倍。この10年間で16倍。)
虐待の内訳は、相談、通告を受けた6932件のうち、身体的暴行が3674件(53%)
でもっとも多く、食事を与えないなどの育児拒否が、2109件(30・4%)、差別的、
攻撃的言動による心理的虐待が650件など。
虐待を与える親は、実父が1910件、実母が3821件で、全体の82・7%。また虐
待を受けたのは小学生がもっとも多く、2537件。3歳から就学前までが、1867件、
3歳未満が1235件で、全体の81・3%となっている。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 児童虐待 核家族 核家族
と児童虐待 ネグレクト)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●ニューデリー航空機墜落事件
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
J社の南回りヨーロッパ線である、471便、DC―8型 がニューデリーのパラム空港へ
の着陸進入中に、空港の約24キロ手前のジャムナ河畔に墜落し、搭乗員89名中86名
と、地上の工事作業員4名が死亡した。
1972年6月14日のことだった。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
●山本Yさん
私はいつも、山本Yさんのことを、「山本さん」と、「さん」付けで
呼んでいた。
私の1年先輩で、理学部に在籍していた。
そのYさんが、2年から3年に進級するとき、突然、退学、
そのまま、宮崎県にある航空大学校へと入学していった。
私はその生きざまというか、パイロットになるという彼の野望に、
感動した。
私は、大学の合唱団に属していた。
●合唱団
私は今でも、山本さんの美声を忘れない。
合唱団のコンサートでは、いつも独唱をしていた。
今でも忘れないのは、学生会館で、ロシア民謡の「カリンカ」を
独唱したときのこと。
「♪……庭には苺の実……」と。
背が高く、スラリとした人で、どういうわけか、私と気が合った。
私は山本さんを、先輩として慕い、山本さんは、「林君……」「林君……」と、
よく声をかけてくれた。
●消息
私が山本Yさんの消息を、本気で求めるようになったのは、
私の息子が、同じ航空大学校に入学すると決まったときからだった。
私は息子に、いちばんに、こう言った。
「先輩に、山本Yさんという人がいるから、さがしてほしい。
今ごろは、パイロットとして活躍しているはずだから、
何かと知恵を授けてもらえるかもしれない」と。
しかし何度息子に問い合わせても、返事は、同じだった。
「パパ、そんな人はいないよ」と。
私は、そのつど、「そんなはずはない。しっかり調べろ」と叱った。
●同窓生からの連絡
はからずも今日、6月10日、私は、同窓生のSK君から、
山本Yさんの消息を聞いた。
息子の話になり、ついで、山本Yさんの話になったときのこと。
SK君も、同じ合唱団に属していた。
SK「知らなかったのか? 山本さんは、ニューデリー空港の
飛行機事故で亡くなっているよ」
私「ちょっと、待ってよ、それ本当?」
SK「そのとき、副操縦士をしていてね、何でも副操縦士のミスとかで……。
知らなかったのか? 当時は、大ニュースだった……」と。
●ニューデリー空港事件
ウィキペディア百科事典には、つぎのようにある。
+++++++++以下、ウィキペディア百科事典より抜粋++++++++
ニューデリー空港の着陸誘導装置の不調と、操縦士が通常の3倍の降下率で降下し、計器
(高度)確認を怠ったことが原因と言われているが、機長以下乗員が前夜宿泊していたバ
ンコクのホテルで遅くまで飲酒しながら徹夜で麻雀していたとの目撃証言があり、これが
事故の遠因となったとの指摘もある。
コックピットボイスレコーダーを解析した結果、墜落数秒前まで3人のパイロットはまっ
たく異常に気づいておらず、操縦を担当していた副操縦士は目視したジャムナ河の護岸工
事の照明を、滑走路の照明だと思い込んでいた(当日は砂塵により視界はあまりよくなか
った)。
外の気温が45℃であったため機長は「どんどん冷してくれ」、航空機関士は「All freon on
(冷却装置全開)」と普通の会話で客室乗務員に伝えている。一方、規程で行わなければなら
ないはずの、降下1000フィート毎の高度確認をする声はなく、高度が異常に低下して
いることに全く気づいていなかったと推測されている。
このような状況のため、着陸復航を決意する高度である「デシジョン・ハイト」を過ぎて
も誰もそれを言わず(本来は声を出して知らせるべき高度である)、もう地上まで35メー
トルの高さになってから航空機関士が声をかけるような状態だった。墜落5秒前、機長は
滑走路が無いことに気付いて「パワー、パワー」と叫び、エンジンを加速させたがもはや
遅かった。
事故発生の翌日、J社が救援機をニューデリーに飛ばしている。この便には当時NHK記者
の木村太郎も同乗し、現場から事故の状況をレポートしているが、あまりの砂嵐で喋るこ
ともままならず、J社もマスコミも大量の目薬と粉塵用の眼鏡を緊急輸送するように要請
している。
この救援機のパイロットは、パラム空港へ着陸進入する際、墜落機同様高度確認を怠って
いたこともありILSのアウターマーカーでの高度設定が間違っていることに気づかず、そ
のまま着陸しようとして危うく墜落現場と同じ場所に着陸しそうになり、慌てて着陸をや
り直している(目視による夜間の着陸であれば確実に墜落していた)。
他にも、J社機が墜落する30分前に同じような現象を経験して、危うく墜落を免れたイ
ンディアン航空のパイロットや、別便のJ社のパイロットもいたため、ILSの誤誘導が事故
原因ではないかと言われており、J社のパイロットの間では現在でも「幽霊電波」と呼ば
れている。
これらは、柳田邦男の『続・マッハの恐怖』に詳しい。
+++++++++以上、ウィキペディア百科事典より抜粋++++++++
●沈黙
私は知らなかった。
1972年というと、私がこの浜松市に移り住んで、2年目ということになる。
「あのころ、何をしていたのだろう?」と懸命に、頭の中をさがしてみるが、どうもはっ
きりしない。
1972年の6月14日……?
そのころ、山本Yさんは、ニューデリー沖で、亡くなっている。
本当に私は知らなかった。
航空機事故のことは、どこかで聞いたような記憶はある。
しかしそのときの副操縦士が、あの山本Yさんだったとは、
まったく気がつかなかった。
●息子に電話
現在、息子は、そのJ社に入社し、アメリカのNAPAで、操縦訓練を
受けている。
今年10月ごろまで、そこにいて、それがすむと、石垣島で、大型機の
操縦訓練に入る。
その息子に電話をする。
しかし不在。
伝言に、こう残す。
「今日は、ママの誕生日だよ。あの山本Yさんだけど、今日、消息がわかった。
山本Yさんは、J社のニューデリー沖墜落事故で、亡くなっていた。当時、
副操縦士をしていたそうだ。1972年の6月14日。わかるか、6月14日だよ。
お前の誕生日だよ」と。
そこまで言うのが精一杯だった。
山本Yさん、心からご冥福をお祈り申し上げます。
ちょうど、36年目の今日、6月10日に!
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
【ニューデリー・飛行機墜落事故】(2)
●山本Yさん
山本Yさんの話をつづけたい。
山本Yさんは、あのニューデリーでの飛行機事故で亡くなっている。
「あの」といっても、「そういう事故もあったような気がする」という程度の記憶でしかな
い。
おぼろげというか、事件全体が、濃いモヤに包まれている。
が、確かに、あの事件は、あった。
1972年6月14日。
そのとき私は、今のワイフと知りあった。
ワイフも、そう言っている。
J航空会社が、海外で起こした、戦後はじめての事故という。
それだけに当時は、大きな事故として扱われたという。
現在、同じJ航空会社で働く息子に、電話でそのことを話すと、息子は、こう言った。
「あの事故は、J社の中でも有名な事故だよ」と。
パイロットの卵たちは、座学というスクーリング(授業)を通して、過去の事故について
も学習する。
その学習のテーマにも、なっているらしい。
息子は、それを言った。
私「記録によると、副操縦士の操縦ミスが原因となっている。ぼくには、そんなことが、
信じられない」
息「あの山本Yさんだったとは、知らなかった。ぼくのほうでも、調べてみるよ」と。
●「やってみろ!」
もしあなたの息子が、パイロットになりたいと言ったら、あなたはそれに、どう反応する
だろうか。
たいていの親は、それに反対するだろう。
賛成するにしても、「両手をあげて」というわけにはいかない。
危険な職業であることには、ちがいない。
大きな不安が残る。
「やってみろ!」と、ハッパをかける親は、さらに少ない。
が、私は、その(さらに少ない親)の一人だった。
いや、当初は、内心では反対した。
しかし航空大学校の倍率が、60倍と聞いて、どこか安心した。
「どうせ、受からないだろう」と。
が、息子は、本気だった。
毎日、横浜から羽田まで、サイクリングをして、体を鍛えた。
毎日、大学での講義が終わると、予備校にも通った。
そしてある日、私にこう言った。
そのとき私は、パソコンでフライト・シムレーターのゲームをしていた。
「パパ、ぼくの夢はね、いつか、パパに本物の操縦桿を握らせてあげることだよ」と。
その一言で、ホロリときた。と、同時に、こう言った。
「どうせ受験するなら、ぜったいに、合格しろ!」と。
そのとき私は、あの山本Yさんのことを頭に思い浮かべた。
山本Yさんが、私に与えた衝撃は、大きかった。
山本Yさんが、大学を中退して、航空大学校に入学すると聞いたとき、私は地面にたたき
つけられるような衝撃を受けた。
だから私は、息子にこう言った。
「お前が飛行機で死んでも、ぼくは涙を流さない。いいか?」と。
●山本Yさん
息子が航空大学校を受験すると決まった日から、私は、山本Yさんの消息を求めた。
今では、インターネットで検索するという方法がある。
が、いくら調べても、山本Yさんの名前は出てこなかった。
また息子が航空大学校に入学するとすぐ、息子に、山本Yさんと連絡を取るよう、指示し
た。
しかし息子からの返事は、いつも同じだった。
「パパ、そんな人はいないよ」「OBにもいないよ」「どこにもいないよ」と。
が、そんなはずはない。
山本Yさんが宮崎へ向かう日、みなで、送別会まで開いた。
●空が好き
一方、息子は、私の心配など、どこ吹く風。
今は、カルフォルニア州にあるNAPAで、操縦訓練を受けている。
「空を飛ぶのが、メシより好き」という男である。
休みのときは、仲間と、カナダやアラスカまで飛び、そこで軽飛行機を借りて、そのあた
りを飛び回っている。
また訓練の合間をぬって、近くの飛行操縦学校で、水上飛行機の免許を取るための訓練も
受けている。
そういう話を聞くたびに、私は、心のどこかでこう思う。
「あいつが死んでも、ぼくは泣かない」と。
息子は息子で、果てしない夢を追いかけている。
好き勝手なことをしている。
仮に飛行機事故で死んだとしても、息子の死を悲しむ暇など、ない。
そういう私の気持ちを察してか、いつだったか、私にこう言ったことがある。
私が、「最後の最後まで飛行機に残る覚悟はあるか」と聞くと、息子は、迷わず、こう言っ
た。
「ある!」と。
私の息子は、昔から、そういう息子である。
●夢
ここにも書いたが、その事故で亡くなった遺族の方には申し訳ないが、山本Yさんは、自
分の夢を果たした。
夢を果たしながら、死んだ。
そんなわけで、少なくとも山本Yさんの遺族は、山本Yさんの死を悔やまなかったはず。
むしろ、事故でなくなった乗客の人たちに対しての、謝罪の気持ちのほうが、強かったは
ず。
それを思ったら、自分の息子の死など、何でもない。
現在の自分の心境を、当時の事故に投影させてみると、そうなる。
ウィキペディア百科事典によると、当時の事故で亡くなった人の中には、インドでのハン
センシ病と闘っていた日本人も含まれている。
そういうたいへん貴重な人も、亡くなっている。
私が山本Yさんの親なら、申し訳ない気持ちで、いっぱいになるだろう。
「空を飛ぶのが、メシより好き」と思うのは、パイロット自身の勝手。
しかし事故で命を落とす人のことを考えたら、安易に、飛行機の操縦桿など、握ってほし
くない。
そう言えば、息子は、こう言っていた。
「教官は、いつもこう言っている。『お前たちの背中には、何百人という乗客が乗っている。
それを片時も忘れるな』とね」と。
とても残念なことだが、報道に書いてあるように、その前の晩、機長以下、パイロットた
ちが酒を飲んで、マージャンをしていたという。
もしこれが事実とするなら、言語道断。
他人の命を預かる職業の人が、すべき行為ではない。
●調査
なお当時の事故についての報道は、現在、NHKの各センターで、視聴することができる
という。
私なりに、一度、当時の事故をもう一度、検証してみたい。
それは一義的には、山本Yさんの名誉回復のため。
二義的には、私が今、感じている不安を、解消するため。
そう、私が自分の息子に、「やってみろ!」とハッパをかけたとき、第一に頭の中に思い浮
かべたのは、山本Yさんのことだった。
そしてあのとき受けた、地面にたたきつけられるような衝撃のためだった。
私ができなかったことを、息子がしようとしている。
だから、「やってみろ!」と。
それがよかったのか、悪かったのか?
今、少なからず、迷っている。
その不安を払拭するため。
ここで私が、山本Yさんの冥福を祈らなかったら、それこそ、山本Yさんの死は、無駄死
で終わってしまう。
息子には、そんな思いをさせたくない。
そのために、もう一度、自分なりの方法で検証してみたい。
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
【今朝・あれこれ】(6月11日)
+++++++++++++++++
昨日は、ワイフの誕生日。
昼食を、近くのレストランで、とった。
久しぶりの、フルコース。
2人だけの、誕生日パーティ。
また夜は、映画を見に行った。
いつもは(ふつう席)だが、昨日は、
(プレミア席)。
見た映画は、『I' m not there』。
歌手、ボブ・ディランの一生を
追いかけた映画だった。
星は、2つの、★★。
見終わった直後は、星は、3つだった。
しかし今朝になって、2つ。
娯楽映画というより、監督の押しつけがましい
哲学ばかりが、印象の中でふくらんだ。
ボブ・ディランには悪いが、
映画の中で評されているほど、彼に、
高邁(こうまい)な哲学があったとは、
思われない。
私には、最初から最後まで、ただの
チンピラにしか、見えなかった。
(ゴメン! こんなことを書くと、ファンの人の
袋だたきにあいそうだが……。)
同じような映画に、『レイ(Ray)』というのが
あった。
レイ・チャールズの伝記を映画化したものだった。
ああいうすぐれた作品と比較すると、
やはり星は、2つ。
お金を出して、劇場へ足を運ぶ以上、
ある程度は、楽しませてほしい。
……という不満が残る映画だった。
わかりにくいというか、わざとわかりにくく
してあるというか、ひねくり回したような
映画だった。
監督は、「どうだ、今までの映画とは、
ひと味も、ふた味もちがうだろう」と、
悦に入っているかもしれないが、
お金を出して、劇場まで足を運ぶ私たちは、
ちがう。
何も、監督に教えを乞いに行くわけではない。
そのあたりのギャップ、つまり、監督の意図と
私たちの求めるものの間に、大きな違和感を、
強く感じた。
なお映画から帰ってきて、ワイフと乾杯。
こちらも2人だけの乾杯。
長男は、すでに床についていた。
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●没落する韓国
+++++++++++++++++
「たかが……」という言い方には語弊が
あるかもしれない。
しかし「たかが、牛肉の輸入問題程度の
ことで、100万人のデモ行進?」というのが、
私の率直な印象。
しかも「ローソク行進」?
現在、韓国経済は、たいへん危機的な状況に
ある。
いつ、なんどき、再び、デフォルト(国家破綻)
してもおかしくない状況と言ってよい。
しかしそういった状況を、積み重ねてきたのは、
現在のイ大統領ではない。
前大統領のノ大統領、それに元大統領の
金大統領である。
ほんの少し冷静になれば、そんなことは、だれにでも
わかるはず。
が、ここへきて、左派連合は、イ政権転覆を、
一気にめざし始めた。
「牛肉輸入問題」は、そのためのこじつけでしかない?
で、こうした混乱を喜んでいるのが、ひとり、K国の
金xx。
連日、韓国のこうしたデモを指示する声明を、発表
しつづけている。
いらぬ節介かもしれないが、韓国の人たちよ、
もう少し、冷静になれ!
こんなことを繰りかえしていたら、本当に、それが
デフォルトの引き金を引いてしまうぞ!
現に、今回の一連のデモ騒ぎにより、国政の運営のみならず、
経済界にも深刻な影響を及ぼし始めている。
が、それこそ、まさに金xxの思うつぼ!
どうしてそんなことが、わからないのか。
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 08年 7月 9日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●子どもの心をつかむ
++++++++++++++++
中学生と高校生の女の子に
聞いてみた。
こういう情報は、たいへん大切。
子どもの心をつかむには、必須。
++++++++++++++++
(今、はやっている音楽)
GREEEEN(グリーーーン)の「キセキ」
Aqua Times(アクア・タイムズ)の「虹」
(今年はやる色は・・・)
今年は、ビタミン色が流行するそうだ。
ビタミン色というのは、緑系、黄系の色をいう。
++++++++++++++++
あなたにその年代の娘がいたら、
今日にでも、さりげなく、こう言って
みるとよい。
「グリイ〜〜〜〜ンの、キセキ、なかなかいいね。
アクア・タイムズの虹も悪くない……」
「お前も、ビタミン系の服が似あいそうだな」と。
とたん、あなたは、子どもに尊敬される。
+++++++++++
(注)「グリイ〜〜〜〜ン」は、「グリイ〜〜〜〜ン」と長くのばして発音する。4人のメ
ンバーで構成されているから、4人分、「E」を入れるのだそうだ。
また「キセキ」は、カタナカ。「奇蹟」のことらしい。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●S君の生き方(Immunocyte & Cytokine)
A cytokine brings the effect that multiple functions, that is, a single cytokine varies in
the condition of the target cell.
+++++++++++++++
昨夜、T県T市に住んでいる、S君と
電話で、1時間ほど、話す。
大学の同窓生である。
彼も、4、5年前、内臓にガンを患い、
現在も、「闘病生活をしている」(同君)
とのこと。
「毎月、いろいろな検査を受けている」
「毎週、リハビリに通っている」
「毎日、いろいろな薬をのんでいる」と。
しかし生き方が、すばらしい。
何ごとにつけ、前向き。
「ぼくはクラシック音楽が好きだから、
チケットはいつも、何枚ももっている」と。
心配して電話をかけたつもりだったが、
かえって私の方が、教えられた。
「なあ、林君、ガンなんて、治せば
いいんだよ。すぐ死ぬというわけでも
ないからね。ていねいに検査を受けていれば、
転移も、それでわかる。わかったとき、対処
すれば、まにあうよ。これで最初のガンから
5年になるから、あと10年は生きられるよ。
これからの10年は、(もうけもの)と
思って生きるよ」と。
「悪いのは、ストレスだよ。ストレスが、
ガンを引き起こすと考えていいよ。
ぼくの周囲でガンになった人を見てもね、
何らかのストレスが引き金になったと
思われるのが、多い。ストレスが免疫細胞の
力を弱めてしまうんだよ。ガン細胞なんて
ものはね、みな、もっているんだよ」とも。
次回の同窓会には出ることを約束して、
電話を切る」
++++++++++++++++
●ストレス
++++++++++++++++
以前、ストレスについて書いた原稿を
さがしてみた。
++++++++++++++++
●ストレス
人間関係ほど、わずらわしいものはない。もし人が、そのわずらわしさから解放されたら、
どんなにこの世は、住みやすいことか。いうまでもなく、我々が「ストレス」と呼ぶもの
は、その(わずらわしさ)から、生まれる。
このストレスに対する反応は、二種類ある。攻撃型と、防御型である。これは恐らく、人
間が、原始動物の時代からもっていた、反応ではないか。ためしに地面を這う、ミミズの
頭を、棒か何かで、つついてみるとよい。ミミズは、頭をひっこめる。
同じように、人間も、最初の段階で、攻撃すべきなのか、防御すべきなのか、選択を迫ら
れる。具体的には、副腎髄質からアドレナリンが分泌され、心拍を速くし、脳や筋肉の活
動が高まる。俗に言う、ドキドキした状態になる。
ある程度のストレスは、生活に活力を与える。しかしそのストレッサー(ストレスの原因)
が、その人の処理能力を超えたようなときは、免疫細胞と言われる細胞が、特殊な物質(サ
イトカイン)を放出して、脳内ストレスを引き起こすとされる。
そのため副腎機能の更新ばかりではなく、「食欲不振、性機能の低下、免疫機能の低下、低
体温、胃潰瘍などのさまざまな反応」(新井康允氏)が引き起こされるという。その反応は
「うつ病患者のそれに似ている」(同)とも言われている。
そこで人間は、自分の心を調整するため、(1)攻撃、(2)防衛のほか、つぎの3つの心
理的反応を示す。(3)同情(弱々しい自分をことさら強調して、同情を求めようとする)、
(4)依存(ベタベタと甘えたり、幼児ぽくして、相手の関心をひく)、(5)服従(集団
の長などに、徹底的に服従することで、居心地のよい世界をつくる)、ほか。。
(1)攻撃というのは、自分の周囲に攻撃的に接することにより、居心地のよい世界をつ
くろうとするもの。具体的には、つっぱる子どもが、それに当たる。「ウッセー、テ
メエ、この野郎!」と、相手に恐怖心をもたせたりする。(自虐的に、自分を攻撃す
るタイプもある。たとえば運動を猛練習したり、ガリ勉になったりする。)
(2)防衛というのは、自分の周囲にカラをつくり、その中に閉じこもることをいう。が
んこになったり、さらには、行動が自閉的になったりする。症状がひどくなると、
他人との接触を避けるようになったり、引きこもったり(回避性障害)、家庭内暴力
に発展することもある。
大切なことは、こうした心の変化を、できるだけその前兆段階でとらえ、適切に対処する
ということ。無理をすれば、「まだ、前のほうがよかった」ということを繰り返しながら、
症状は、一気に悪化する。症状としては、心身症※がある。
こうした心身症による症状がみられたら、家庭は、心をいやす場所と考えて、(1)暖かい
無視と、(2)「求めてきたときが与え時」と考えて対処する。「暖かい無視」という言葉は、
自然動物愛護団体の人が使っている言葉だが、子どもの側から見て、「監視されていない」
という状態をいう。また「求めてきたときが与え時」というのは、子どもが自分の心をい
やすために、何か親に向かって求めてきたら、それにはていねいに答えてあげることをい
う。
++++++++++++++++++++
●心身症診断シート
心理的な要因が原因で、精神的、身体的な面で起こる機能的障害を、心身症という。脳
の機能が変調したために起こる症状と考えると、わかりやすい。ふつう子どもの心身症は、
(1)精神面、(2)身体面、(3)行動面の三つの分野に分けて考える。
精神面の心身症……精神面で起こる心身症には、恐怖症(ものごとを恐れる。高所恐怖
症、赤面恐怖症、閉所恐怖症、対人恐怖症など)、強迫症状(ささいなことを気にして、こ
わがる)、不安症状(理由もなく思い悩む)、抑うつ症状(ふさぎ込んだり、落ち込んだり
する)、不安発作(心配なことがあると過剰に反応する)など。混乱してわけのわからない
ことを言ったり、グズグズするタイプと、大声をあげて暴れるタイプに分けて考える。ほ
かに感情面での心身症として、赤ちゃんがえり、幼児退行(しぐさが幼稚っぽくなる)、か
んしゃく、拒否症、嫌悪症(動物嫌悪、人物嫌悪など)、嫉妬、激怒などがある。
身体面の心身症……夜驚症(夜中に突然暴れ、混乱状態になる)、夢中遊行(ねぼけてフ
ラフラとさまよい歩く)、夜尿症、頻尿症(頻繁にトイレへ行く)、遺尿(その意識がない
まま尿もらす)、睡眠障害(寝つかない、早朝起床、寝言、悪夢)、嘔吐、下痢、原因不明
の慢性的な疾患(発熱、ぜん息、頭痛、腹痛、便秘、ものもらい、眼病など)、貧乏ゆすり、
口臭、脱毛症、じんましん、アレルギー、自家中毒(数日おきに嘔吐を繰り返す)、口乾、
チックなど。指しゃぶり、爪かみ、髪いじり、歯ぎしり、唇をなめる、つば吐き、ものい
じり、ものをなめる、手洗いグセ(潔癖症)、臭いかぎ(疑惑症)、緘黙、吃音(どもる)、
あがり症、失語症、無表情、無感動、涙もろい、ため息なども、これに含まれる。一般的
には精神面での心身症に先だって、身体面での心身症が現われることが多い。
行動面の心身症……心身症が行動面におよぶと、さまざまな不適応症状となって現われ
る。不登校もその一つだが、その前の段階として、無気力、怠学、無関心、無感動、食欲
不振、過食、拒食、異食、小食、偏食、好き嫌い、引きこもり、拒食などが断続的に起こ
ることが多い。生活習慣が極端にだらしなくなることもある。忘れ物をしたり、乱れた服
装で出歩いたりするなど。ほかに反抗、盗み、破壊的行為、残虐性、帰宅拒否、虚言、収
集クセ、かみつき、緩慢行動(のろい)、行動拒否、自慰、早熟、肛門刺激、異物挿入、火
遊び、散らかし、いじわる、いじめなど。
こうして書き出したら、キリがない。要するに心と身体は、密接に関連しあっていると
いうこと。「うちの子どもは、どこかふつうでない」と感じたら、この心身症を疑ってみ
る。
ただし一言。こうした症状が現われたときには、子どもの立場で考える。子どもを叱っ
てはいけない。叱っても意味がないばかりか、叱れば叱るほど、逆効果。心身症は、ま
すますひどくなる。原因は、過関心、過干渉、過剰期待など、いろいろある。
+++++++++++++++++++++
●母親が育児ノイローゼになるとき
●頭の中で数字が乱舞した
それはささいな事故で始まった。まず、バスを乗り過ごしてしまった。保育園へ上の子
ども(四歳児)を連れていくとちゅうのできごとだった。次に風呂にお湯を入れていたと
きのことだった。気がついてみると、バスタブから湯がザーザーとあふれていた。しかも
熱湯。すんでのところで、下の子ども(二歳児)が、大やけどを負うところだった。次に
店にやってきた客へのつり銭をまちがえた。何度レジをたたいても、指がうまく動かなか
った。あせればあせるほど、頭の中で数字が勝手に乱舞し、わけがわからなくなってしま
った。
●「どうしたらいいでしょうか」
Aさん(母親、三六歳)は、育児ノイローゼになっていた。もし病院で診察を受けたら、
うつ病と診断されたかもしれない。しかしAさんは病院へは行かなかった。子どもを保育
園へ預けたあと、昼間は一番奥の部屋で、カーテンをしめたまま、引きこもるようになっ
た。食事の用意は何とかしたが、そういう状態では、満足な料理はできなかった。そうい
うAさんを、夫は「だらしない」とか、「お前は、なまけ病だ」とか言って責めた。昔から
の米屋だったが、店の経営はAさんに任せ、夫は、宅配便会社で夜勤の仕事をしていた。
そのAさん。私に会うと、いきなり快活な声で話しかけてきた。「先生、先日は通りで会
ったのに、あいさつもしなくてごめんなさい」と。私には思い当たることがなかったので、
「ハア……、別に気にしませんでした」と言ったが、今度は態度を一変させて、さめざめ
と泣き始めた。そしてこう言った。「先生、私、疲れました。子育てを続ける自信がありま
せん。どうしたらいいでしょうか」と。冒頭に書いた話は、そのときAさんが話してくれ
たことである。
●育児ノイローゼ
育児ノイローゼの特徴としては、次のようなものがある。
(1)生気感情(ハツラツとした感情)の沈滞、
(2)思考障害(頭が働かない、思考がまとまらない、迷う、堂々巡りばかりする、記憶
力の低下)
(3)精神障害(感情の鈍化、楽しみや喜びなどの欠如、悲観的になる、趣味や興味の喪
失、日常活動への興味の喪失)
(4)睡眠障害(早朝覚醒に不眠)など。さらにその状態が進むと、Aさんのように、
風呂に熱湯を入れても、それに気づかなかったり(注意力欠陥障害)、
(5)ムダ買いや目的のない外出を繰り返す(行為障害)、
(6)ささいなことで極度の不安状態になる(不安障害)、
(7)同じようにささいなことで激怒したり、子どもを虐待するなど感情のコントロール
ができなくなる(感情障害)、
(8)他人との接触を嫌う(回避性障害)、
(9)過食や拒食(摂食障害)を起こしたりするようになる。
(10)また必要以上に自分を責めたり、罪悪感をもつこともある(妄想性)。こうした兆
候が見られたら、黄信号ととらえる。育児ノイローゼが、悲惨な事件につながることも珍
しくない。子どもが間にからんでいるため、子どもが犠牲になることも多い。
●夫の理解と協力が不可欠
ただこうした症状が母親に表れても、母親本人がそれに気づくということは、ほとんど
ない。脳の中枢部分が変調をきたすため、本人はそういう状態になりながらも、「私はふつ
う」と思い込む。あるいは症状を指摘したりすると、かえってそのことを苦にして、症状
が重くなってしまったり、さらにひどくなると、冷静な会話そのものができなくなってし
まうこともある。Aさんのケースでも、私は慰め役に回るだけで、それ以上、何も話すこ
とができなかった。
そこで重要なのが、まわりにいる人、なかんずく夫の理解と協力ということになる。A
さんも、子育てはすべてAさんに任され、夫は育児にはまったくと言ってよいほど、無関
心であった。それではいけない。子育ては重労働だ。私は、Aさんの夫に手紙を書くこと
にした。この原稿は、そのときの手紙をまとめたものである。
++++++++++++++++++
この原稿の中で、とくに重要なのは、つぎの部分。
「……しかしそのストレッサー(ストレスの原因)が、その人の処理能力を超えたような
ときは、免疫細胞と言われる細胞が、特殊な物質(サイトカイン)を放出して、脳内スト
レスを引き起こすとされる」と。
そこでもう一度、免疫細胞とサイトカインについて、調べてみる。
●免疫細胞
+++++++++++++以下、「免疫プラザ」HPより+++++++++++
免疫細胞の戦いの流れ
免疫細胞には役割分担があり、互いに連絡を取り合ってチームプレーで戦っています。侵
略者の敵を見つける者、敵襲来の情報を伝達する者、攻撃開始を命令する者、武器を作る
者、攻撃する者、攻撃の始まりや終わりを告げる者、それらの者を元気づける者など、そ
れぞれが独自の役割を持って、実に多彩な連携のもと敵をやっつけます。
+++++++++++++以上、「免疫プラザ」HPより+++++++++++
+++++++++++++以下、「瀬田クリニック」HPより+++++++++
●Tリンパ球
がん細胞を直接、攻撃、排除する免疫反応の中心となる細胞はTリンパ球です。血液中
の主にTリンパ球を体外で培養しながら活性化し、数も大幅に増やし、その上で元の患者
さんの体内に戻すと いうことを主眼とした治療法を活性化自己リンパ球療法といいます。
試験管内ではTリンパ球を極めて強く活性化することが出来、かつ活性化に使用する薬
剤の副作用を蒙ることなく治療を行うことが出来ます。活性化や刺激の方法についてもい
ろいろな変法が考案され、実施されています。
●樹状細胞
樹状細胞とはがん細胞の目印である抗原をリンパ球に伝えて、攻撃を司令する細胞です。
Tリンパ球が敵と戦う兵隊とすると、樹状細胞は司令官のような役目を担っています。
血液中の単球を体外で処理して、樹状細胞に分化させることが可能で、さらに、抗原とし
てがん細胞から抽出した蛋白質や合成したペプチド(小さい蛋白)を貪食させ、細胞表面
に提示させます。このようにして抗原を提示した樹状細胞を、体に注射することで、生体
内にがん細胞を攻撃する細胞傷害性Tリンパ球(CTL)を誘導することができ、樹状細胞療法
といいます。
++++++++++++++以上、「瀬田クリニック」HPより+++++++++++
●サイトカイン
++++++++++++++以下、「ウィキペディア百科事典」より+++++++++
サイトカインは細胞表面の膜上にある受容体(それ自体がチロシンキナーゼまたはチロシ
ンキナーゼと共役するものが多い)に結合して働き、それぞれに特有の細胞内シグナル伝
達経路の引き金を引き、結果的には細胞に生化学的あるいは形態的な変化をもたらす。
サイトカインは多機能的、つまり単一のサイトカインが標的細胞の状態によって異なる効
果をもたらす。例えば免疫応答に対して促進と抑制の両作用をもつサイトカインがいくつ
か知られている。
またサイトカインは他のサイトカインの発現を調節する働きをもち、連鎖的反応(サイト
カインカスケード)を起こすことが多い。このカスケードに含まれるサイトカインとそれ
を産生する細胞は相互作用して複雑なサイトカインネットワークを作る。
たとえば炎症応答では白血球がサイトカインを放出しそれがリンパ球を誘引して血管壁を
透過させ、炎症部位に誘導する。またサイトカインの遊離により、創傷治癒カスケードの
引き金が引かれる。
サイトカインはまた脳卒中における血液の再還流による組織へのダメージにも関与する。
さらに臨床的にはサイトカインの精神症状への影響(抑鬱)も指摘されている。
サイトカインの過剰産生(サイトカイン・ストームと呼ばれる)は致死的であり、スペイ
ン風邪やトリインフルエンザによる死亡原因と考えられている。この場合サイトカインは
免疫系による感染症への防御反応として産生されるのだが、それが過剰なレベルになると
気道閉塞や多臓器不全を引き起こす(アレルギー反応と似ている)。
これらの疾患では免疫系の活発な反応がサイトカインの過剰産生につながるため、若くて
健康な人がかえって罹患しやすいと考えられる。
++++++++++++++以上、「ウィキペディア百科事典」より+++++++++
サイトカインといっても、いろいろあるようだ。
大切なことは、前向きに、生き生きと生きることによって、
免疫細胞を活性化させるということ。
悪玉ストレスは、極力、避けるということ。
S君はこうも言っていた。
「運命は、受け入れるしかない。運命をのろっても
しかたない。どうにもならない。受け入れて前向きに
生きれば、自然と免疫細胞も活性化されて、ガンも
治るよ」と。
たいへんすばらしい教訓を受けた。
電話を切ったあと、そう感じた。
S君、ありがとう!
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 免疫細胞 サイトカイン)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●音楽と私(Music & I)、ユングの「性格類型」論より
++++++++++++++++
現在、私は、YOU TUBEで、音楽を選び、それを
私のHPに、リンクさせてもらっている。
そのときのこと。
私は当然のことながら、音楽を
選ぶわけだが、その選び方にも、いろいろ
あることがわかった。
清水弘司氏が書いた、「性格心理学」
(ナツメ社)の中に、たいへん興味ある
記事が載っている。
その内容を、要約させてもらう(P135)。
音楽を選ぶとき、つぎの4つのタイプがあるという。
(思考型)……知識が豊富で、倫理的、分析的。他人の気持ちに無頓着。
(感情型)……理屈ぬきに感動するかどうかを大切にする。論理的思考が苦手。
(感覚型)……五感でとらえるものに敏感。木を見て森を見ない傾向も。
(直観型)……ひらめきがある。思いこみの誤解も多い。
もとはといえば、「ユングの性格類型」をもとにしたもの。
が、私はこれを読んだとき、こと音楽に関しては、そのどれにも自分が当てはまるのを知
った。
私は、(思考型)でもあるし、(感情型)でもあるし、(感覚型)でもあるし、またときには、
(直観型)でもある。
こと音楽に関しては、定型がない。
「音楽と私」(私のHPのトップページより)を見ていただくとわかると思うが、(思考型)
で選んだのもあるし、(感情型)で選んだものもある。(感覚型)や(直観型)で選んだも
のもある。
そこで私は、ハタと困ってしまった。
私はユングが説くところの、性格類型では、どのタイプに属するのか、と。
文章を書くときは、(思考型)(直観型)だと思う。
全体的にみると、詩的情緒は、あまり発達していない。
感情をぶつけてものを書くのは好きではないから、(感情型)ではない。
しかしこと、音楽となると、混乱する。
というのも、私のばあい、音楽を聴くときは、かなり感覚的に聴く。
音楽を論理的に考えたり、分析したりということは、ほとんどしない。
感覚がビリビリと反応すれば、それでよし。
またそういう音楽を、すばらしい音楽と思う。
そうでなければ、そうでない。
それに技術的なことは、合唱曲をのぞいて、ほとんど、わからない。
だから清水弘司氏には悪いが、ユングの「性格類型」を説明するために、音楽の選び方を
例にあげたのは、すこし、的をはずれているのではないかと思う。(失礼!)
あえて言うなら、文章のほうがよい。
文章なら、ここでいう4つの類型に、はっきりと分けることができる。
それぞれ4つのパターンで、同じようなことを書いてみる。
あくまでも参考に!
(思考型)……森の緑が薄くなったように感ずるのは、植物の光合成の力が弱くなったせ
いか。地上オゾンがふえると、そうなる。
(感情型)……目の前に、緑が広がる。私は歓声をあげる。澄んだ空、白い雲。「生きてい
てよかった!」と、私は、思わず叫ぶ。
(感覚型)……空気にも色がある。森の空気は、緑色。冷たく、さわやか。その緑が、や
さしく私に語りかける。穏やかな声。暖かい声……。
(直観型)……森は生きている。人間と同じように、感情もある。もちろん心もある。森
の生きる力を感じたとき、私も、生きていることを実感する。
なおここにあげた、4つの類型は、それぞれ、(外向型)(内向型)に分けることができる
という(ユング)。
たとえば(思考型)は、(外向的・思考型)(内向的・思考型)……と。
(外向型)というのは、「心的エネルギーが、周囲の現実に向かう。楽天型」
(内向型)というのは、「心的エネルギーが、自分の内面に向かう。悲観的で、もの静か」
(同書、P133)とある。
さて、あなたは、何型?
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist ユング 性格類型)
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●Bツアー・野歩探検隊・体験記
++++++++++++++++++
昨日、伊豆は、天城峠へ行ってきた。
あいにくの雨だったが、私自身は、雨の森は、大好き。
青空の見える晴れた日も悪くないが、
山の緑の美しさは、雨の日に、かぎる。
ひときわ輝いて見える。
地元のバス会社が、毎月、「野歩探検隊」という
小旅行を企画している。
「野歩」と書いて、「ヤホー」とも読める。
それに参加させてもらった。
値段も手頃。
たとえば、
7月13日 「名水のふるさと・付知峡」・4900円
8月24日 「鯖街道を歩く」・5900円
9月 7日 「富士を望む東海自然歩道」・4900円ほか。
旅行というより、(もちろん旅行だが)、
「歩いて、健康になりたい」という人のための企画。
みなで行くところが、よい。
たがいに励まされる。
それに企画の内容も、よかった。ていねい。
天城峠といっても、いたるところに分かれ道がある。
ひとつまちがえば、そのまま迷子、遭難。
しかし地元の案内人が、それぞれの分かれ道のところに、
標識を立ててくれていた。
星は、大満足の、5つの★★★★★。
加えてガイドさんが、よかった。
無駄なおしゃべりもなく、合間には、静かな軽音楽を
流してくれた。
いつもだったら、帰りのバスの中では、定番の(?)
ビデオが流されるのだが、それもなかった。
きちんと、多数決を取ってくれたあと、
「立山連峰のガイドビデオ」を見せてくれた。
(私は見ていなかったが……。)
全体の行程は、約5・5キロということだが、
曲がりくねった道、それにけっこう山坂があり、
よい運動になった。
歩き始めたときには、どこか肌寒さを感じさせる
ような日だった。
上着を忘れたことを、少なからず、後悔した。
が、目的地に着いたときには、
ジンワリと、体中から汗がにじみ出ていた。
で、もう少し詳しく行程を書くと、つぎのよう。
(二階滝駐車場)→(寒天橋)→(天城峠)
→(天城トンネル)→(道の駅、天城越え)
参加者のほとんどは、50〜60代の人たち。
女性が7〜8割といったところだった。
もちろん若い人や、若い夫婦、中学生くらいの
子ども連れの家族もいた。
天城トンネルは、今回で、数回目。
一度は、学生時代に、歩いて通った。
そのあと、何回か、車で通ったような記憶がある。
以前は、今のようなバイパスもなく、
天城トンネルを抜けて、みな、天城峠を越えた。
私が、歩きながら、即興で、「伊豆の踊子」の一節を、
ワイフにしてやると、ワイフは、こう言った。
「よく、暗記しているわね」と。
私「ノーベル文学賞を受賞した作品だよ。
日本人なら、暗記しておくべきだ」
ワ「フ〜ン?」と。
++++++++++++++++++
……つづら折りの坂を登ると、その向こうにアーチ型の
トンネルが見えてきた。
私は足に軽い疲れを感ずると、しばらく体を休めるために、
道ばたの岩に、腰をおろした。
すると坂の下の方から、若い女の声が聞こえてきた。
ギコギコと、荷車の輪が、きしむ音も、それに混ざっていた……。
++++++++++++++++++
私「ハハハ、ウソだよ。あんなスケベジジイの書いた
本なんか、読んだことがない」
ワ「ナーンダ」
私「ぼくは、若いころから、『〜〜賞受賞』とかなんとかいう、
文学作品なるもの(?)が嫌いでね」
ワ「どうして?」
私「それほど中身のない人間が、言葉と文章をいじくり回して
いるだけ……。たとえばさみしかったら、『さみしかった』と書けばいい。
それをあの連中は、『心の棘が、心の中を空虚にした』とか何とか、書く。
あれがいやなんだよ」と。
家に帰ったのは、午後8時ごろ。
それからみやげもの屋で買った、ワサビ漬けで、軽い夕食。
床についたのが、11時ごろ。
で、今朝、起きたのが、8時30分。
たっぷり、9時間半も寝たことになる。
「野歩探検隊」……これからもこういう企画を、
どんどんと出してほしい。
たとえば「フーテンの寅さん、○○編、探索コース」
とか、何とか。
映画のロケ地を、みなで歩くのも楽しい。
あるいは「野口英世の故郷を歩く会」でもよい。
今回も、ガイドさんが、どこかで川端康成の「伊豆の踊子」の
一節を読んでくれたら、もっとよかった。
(これはぜいたくか?)
とにかく、そのBツアーが、格段に洗練されていたのには、驚いた!
20〜30代のころは、タバコの煙とカラオケに悩まされた。
40〜50代のころは、ガイドさんの無駄話に悩まされた(失礼!)。
今のところ、Bツアーには、月に1〜2度は、参加させてもらっている。
これからは、安心して、Bツアーに申し込みができる。
Bツアーの一ファンより、Bツアーのみなさん、よろしく!
同年代の読者のみなさんへ、
健康のため、「野歩探検隊」は、お勧めです。
いっしょに、行きませんか?
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist バンビツアー バンビ・ツ
アー)
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
【今日・あれこれ】(6月9日)(June 9th 2008)
In order to maintain our physical and mental health, our daily excersises are essential.
Moreover important thing, however, is to make a habit to do them in our daily life.
●健康論
+++++++++++++++++
『健康は、習慣によって、維持される』
……というのは、私が考えた格言だが、
私とワイフは、現在、つぎのようにして
いる。
健康といっても、肉体の健康と、精神の
健康がある。
最近は、それにボケ防止が加わってきた。
(週単位の習慣)
私は、週、5単位以上の運動(1単位=40分のサイクリング)。
ワイフは、週、2回のクラブ通い。
週に1度は、劇場で、映画を見る。
週に2〜3本は、家で、DVDを見る。
(月単位の習慣)
月に1〜2回は、日帰りの旅行をする。
ほかに私のばあい、毎日、こうして原稿を書いている。
本や雑誌は、毎月、2〜3万円ほど購入している。
+++++++++++++++++
「健康を維持する」ということは、いかにして、そのための(習慣)を
身につけるかということ。
その習慣が、心身ともに、健康にする。
とってつけたような運動を、ときどきしたところで、あまり意味はない。
この世界でも、『継続は力なり』という。
継続してつづけるところに、意味がある。
が、それでもこのところ、運動不足を感ずるようになった。
プラス、知的活動も鈍くなってきたように、感ずる。
では、どうするか……、というよりも、答は簡単。
運動量をふやし、知的な刺激をふやせばよい。
……ということで、今日も、がんばる。
おはようございます!
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●消えゆく商店(Bike Shops in Japan)
Private small shops are being disappeared from the streets. Bicycle shops are among
them.
少し前、電話で話したとき、理髪店を経営している、いとこのY君が、
はじめて、弱音を吐いた。
「不景気だよ」と。
私と同年齢ということもあって、その言葉が、ズシリと私の胸をふさいだ。
もっともY君のばあい、息子氏が大活躍をしている。
その息子氏と同居しているから、生活の心配は、まったくない。
むしろ、いつ楽隠居してもおかしくない身分である。
車も、BMWを乗り回している。
が、それよりもさみしいのは、自転車屋。
今では、どこの自転車屋も、青息吐息。
生き残るためには、数100台も並べる大型店にするか、
超高級車を並べる専門店にするか、
道は、2つのうち、1つしかない。
私の実家も、私が高校生のころ、すでにいつ閉店してもおかしくない状態だった。
月に、4〜5台、自転車が売れれば、よいほう。
毎日、パンクの修理代だけで、その日を食いつないでいた。
そのころの悲しみというか、つらさは、今でも忘れない。
忘れないから、そういう店を近辺に見たりすると、「たいへんだろうな」と、
思わず、同情してしまう。
しかし、残念ながら、理髪店にも自転車店にも、未来は、ない。
それはちょうど、米屋や酒屋が、街角から姿を消したように、
この先、姿を消す運命にある。
理髪店のことはよくわからないが、自転車屋について言えば、
大型店に、勝ち目はない。
このあたりのショッピング・センターでも、年中無休、夜は、
9時〜10時ごろまで営業している。
値段も、個人の自転車店より、2〜3割は、安い。
それにどこも、常時、100〜200台以上の自転車を並べている。
昔は自転車屋というと、技術職だったが、今は、自転車といっても、
一商品にすぎない。
加えて、商店主の高齢化の問題もある。
若ければ、サイクリング・クラブを結成して、それを商売につなげる
という方法もある。
が、50歳、60歳を過ぎると、そうはいかない。
若い人の方が、そっぽを向く。
私も最近、行きつけの自転車屋が閉店したこともあり、ショッピング・
センターのほうへ通うようになった。
以前のような、人間関係など求めようもないが、かえってそのほうが、
気が楽?
たがいに無言のまま、自転車を修理してもらい、それで別れる。
新車を購入するときも、そうだ。
個人の自転車屋だと、店へ入ったとたん、断りにくい雰囲気になる。
だからあまりほしくなくても、自転車を買ってしまう。
しかし大型店だと、自由に自転車を選べる。
気に入らなければ、ほかの店へ行くこともできる。
あれこれ気兼ねする必要がない。
近代商法の秘けつのひとつは、この(ドライさ)にある。
この(ドライさ)に乗り遅れた商店は、やがて閉店する。
たとえば5、6年前までは、こんなことを店先に書いている
自転車屋があった。
「よそで買った自転車は、パンクの修理をしません」と。
こんなことを書けば、自分で自分のクビを絞めるようなもの。
あるいはもう少し表現はやさしいが、「よそで買った自転車でも、
パンクの修理をします」というのもあった。
しかし客として受ける印象は、同じ。
今では、自転車も、ほとんどパンクをしなくなった。
大型店でも、パンクの修理をしてくれるようになった。
しかも個人の自転車屋より、修理代も、500円ほど、安い。
では、どうするか?
……?
私なら、高級専門店化をめざすが、そのためには哲学というか、
それにふさわしいポリシーが必要。
ただ店先に座って、暇そうにテレビを見ているようでは、困る。
「何とかなる」式に、ズルズルとその日暮らしをするようになったら、おしまい。
私の実家での経験をもとにして話すと、そういうことになる。
しかし本音の本音を言えば、街の自転車屋には、がんばってほしい。
私が子どものころは、父は、客と将棋をさしながら、パンクの修理をしていた。
そういう(温もり)が、こういう時代になってみると、たまらないほど、
なつかしい。
どうしてそういう(温もり)を、求めてはいけないのか?
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●自己愛者( Narcissism person)
The more he or she is a self-centerness person, the lower his or her mental IQ is.
+++++++++++++++++++
自己中心性が極端なまでに肥大化した
状態の人を、自己愛者という。
+++++++++++++++++++
自己中心性(ジコチュー性)が、極端なまでに
肥大化した人を、「自己愛者」という。
自己中心性が強い分だけ、人格の完成度は、低い。
ほかに、たとえば異常なまでの完ぺき主義、
他人の批判を許さないなどの特徴がある。
その自己愛者については、たびたび書いてきたので、
ここでは、その先を書く。
私は、現在、こんな経験をしている。
私の身近にいる知人だが、このところ、認知症と
思われる症状が、急速に進んでいる。
アルツハイマー病の初期症状かもしれない。
ときどき、記憶の一部が、脳みそから欠けるように消えてしまう。
前の晩に何を食べたかを忘れるのは、よくあること。
が、その人のばあい、前の晩に食事をしたことそのものを、
忘れてしまう。
電話で話していても、一方的に、しゃべるだけ。
しゃべるだけならまだしも、しばらくすると、
また同じ話を繰りかえす。
そして私が何か、その人について批判めいたことを
口にすると、その瞬間、狂乱状態になってしまう。
「以前、その話はもう聞きました」と言っただけで、
ギャーッとなってしまう。
「私は、言っていない!」「どうして、そういうウソを言うの!」と。
言い忘れが、その知人というのは、今年、59歳になる。
女性である。
ワイフの長い友人で、いつしか家族ぐるみでつきあうようになった。
が、このところ、ワイフが言うには、「つきあいにくくなってきた」
「10年前には、ああではなかった」とのこと。
つまり、回りくどい言い方になってしまったが、認知症のはじまりには、
ものの考え方が、自己中心的になり、自己愛的な症状が出てくるのではないか。
言いかえると、自己中心性が出てきたら、あぶないということ。
(その人が、認知症というわけではない。あくまでも私が、
そう疑っているだけ。念のため。)
認知症になることによって、人格そのものが、崩壊してしまう人がいる。
そう考えれば、認知症の初期症状のひとつとして、ものの考え方が
自己中心的になったところで、何ら、おかしくはない。
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 08年 7月 7日
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【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●「最高の人生の見つけ方」(The Bucket List)
++++++++++++++++++++++++++++++
ジャック・ニコルソン、モーガン・フリーマン
主演の、『最高の人生の見つけ方』を見てきた。
よかった。
星は4つの、★★★★。
一語ずつ、セリフに、重みが感じられた。
その(重み)が、ズシリ、ズシリと、
心に響いた。
「余命、6か月、一生分、笑う」という
サブタイトルもよい。
++++++++++++++++++++++++++++++
ともに「余命、6か月」と宣告された2人の老人。
ジャック・ニコルソンは、80数歳、
モーガン・フリーマンは、66歳という役ではなかったか?
(記憶による数字なので、まちがっているかもしれない。)
その2人が、意気投合。
最後にしたいこと、し残したことをするため、旅に出る……。
スカイダイビングをしたり、カーチェイスをしたり……。
ピラミッドにも登る、タージマハールも見る、エベレストにも登る……。
で、最後は、一番大切なことをして、この世を去る……。
超億万長者だが、いつも孤独という、ジャック・ニコルソン。
貧しいが、暖かい家族に恵まれている、モーガン・フリーマン。
そのあたりの設定は、(できすぎ)といった感じがしないでもなかった。
が、何といっても、セリフがよかった。
それぞれのセリフに重みがあった。
その(重み)が、そのつど、ズシリ、ズシリと、私の心に響いた。
何度も書いてきたが、「老後になったら、すべきことをさがして、
そのすべきことをする」。
「したいことをする」のではない。
「すべきことをする」。
が、いよいよ末期になったら……。
そのヒントは、モーガン・フリーマンが演じて見せてくれた。
最後の最後まで、誠実さを貫き、家族を大切にする。
結局は、私たちは、そこへ行き着くのではないか。
劇場から出てくるとき、ワイフにこう言った。
「今度、DVDが出たら、また、見よう」と。
劇場では、セリフをメモすることはできない。
DVDなら、それができる。
それで、ワイフにそう言った。
なお映画の中に、「キューブラー・ロスの死の受容段階論」が出てきた。
その段階論について、簡単におさらいをしておきたい。
●キューブラー・ロスの死の受容段階論(「発達心理学」山下冨美代著、ナツメ社より)
(第1期)否認……病気であることを告知され、大きなショックを受けたのち、自分の病
気は死ぬほど重いものではないと否認しようとする。
(第2期)怒り……否認の段階を経て、怒りの反応が現れる。その対象は、神や周囲の健
康な人、家族で、医療スタッフに対する不平不満としても生ずる。
(第3期)取り引き……回復の見込みが薄いことを自覚すると、神や医者、家族と取り引
きを試みる。祈ることでの延命や、死の代償として、何かを望む。
(第4期)抑うつ……死期が近づくと、この世と別れる悲しみで、抑うつ状態になる。
(第5期)受容……最後は平静な境地に至という。運命に身を任せ、運命に従い、生命の
終わりを静かに受け入れる。(以上、同書より)
私はまだ幸いにも、「死を受容する」というような大病を患ったことがない。
ないので、軽々に、「死の受容段階論」を論ずることはできない。
しかし反対の立場で、こんな経験をしている。
若いころ、たいへん仲のよい友人がいた。Mさん(男性)といって、当時31歳だった。
そのMさんだが、ある日、ショッピングセンターの中で、ばったりと出会った。
そのときのこと。
私は、Mさんの、あまりにもよそよそしい態度に驚いた。
声をかけても、半ば、私を無視するような態度をしてみせた。
瞬間、私は、「何か、悪いことでもしたのかな?」と、自分を疑った。
あとで聞いたら、そのときMさんは、すでに、末期ガンで、ホスピスに入院していたとい
う。
同じようなことを、最近、別の友人(享年、60歳、男性)でも、経験した。
その友人は、ごく最近、亡くなったが、その友人と出会ったときも、そうだった。
その友人も、同じように、よそよそしい態度をしてみせた。
そして同じように、瞬間、私は、「何か、悪いことでもしたのかな?」と自分を疑った。
こうした(よそよそしさ)は、末期にある人に共通して見られる現象なのかもしれない。
キューブラー・ロスの「段階論」による、第2期の(怒りの段階)?
(怒りの段階)になると、「健康に人に対する怒りが現れる」(同書)とある。
それが転じて、(よそよそしくなる)?
私にはよくわからないが、そういうふうにも解釈できなくはない。
あるいは、死の恐怖と闘うだけで精一杯という状態になるのかもしれない。
●キューブラー・ロスの死の受容段階論・補足
私は今まで、身近で、何人かの人たちの末期を見てきた。
そういう人たちが私に見せた様子を、ここに書きとめておきたい。
(第1期)否認……たとえばガンと宣告されたり、ガンの手術を受けたりすると、たいて
いの人は、「私のは軽かった」「まだ小さいうちに切り取ったから、安心」「本当
に、がんだったかどうか、あやしいものだ」とか言う。
(第2期)怒り……病院へ通いながらも、「あの医師は、不親切だ」「あの病院は、ちゃん
と検査してくれない」「看護士の対応のし方が悪い」などと、不平、不満を並べ
る。
(第3期)取り引き……この時期、それまで休んでいた信仰を再開したり、教会や寺を回
るようになる人が多い。私の知人の中には、それまで、まったくの無神論者だ
ったが、カトリックのクリスチャンになった人もいる。
(第4期)抑うつ……第4期に抑うつ状態になるというよりは、全体として、抑うつ状態
になるのでは? 見舞いに行ったりすると、妙に元気で、明るく振る舞う人も
少なくない。これは抑うつ状態を隠そうとするための、演技ではないか。
(第5期)受容……このころになると、「私はガンです。余命は、あまりありません」と、
手紙に書いてきたりする。数年前だが、35年ほどつきあった医師の友人から、
「正月まで生きているかどうかわかりませんから、年賀状を今のうちに出して
おきます」という手紙をもらったことがある。私の義父も、死の直前は、毎日
ベッドの上で正座して、瞑想にふけっていた。死を受容するということは、そ
ういうことか。
私も、やがてすぐ、死を迎えるようになる。
映画『最高の人生の見つけ方』の中では、どこか茶化しながら、「お前は、怒りの段階だ」
などと言っていたセリフがあったように思う。
私も、同じ人間だから、同じような段階を経て、やがて死を迎えることになるだろう。
ただ願わくは、そのとき、後悔するような生き方だけは、今、したくない。
できれば、(第1期)〜(第4期)はできるだけ早くすまして、(第5期)の状態になりた
い。
それができるかどうか、今のところ、まったく自信はないが……。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist キューブラー・ロス 死の
受容段階論 死の受容 受容段階論 否認 怒り 受容 死への段階論 はやし浩司)
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●介護問題(Care for an End)
+++++++++++++++++++
厚生労働省は、在宅死の割合を、
2025年までに、4割に引きあげるという
目標を上げた(08年)。
その根拠として、「国民の6割が、
病院以外での看取りを希望しているから」と。
+++++++++++++++++++
厚生労働省は、在宅死の割合を、2025年までに、4割に引きあげるという目標をあげ
た。
その根拠として、「国民の6割が、病院以外での看取りを希望しているから」と。
しかし本当に、そうか?
その一方で、こんな調査結果もある。
神奈川県保険医協会が実施した県民意識調査では、「最期まで自宅を望む」と答えた人が、
1割程度にすぎなかったという(「医療介護情報CBニュース」・6月6日」)。
「青森県保険医協会が昨年行った調査でも、同様の結果が示されており、終末期医療の在
り方が問われそうだ」(同、ニュース)とも。
どちらが正しいのだろう?
厚生労働省は、「6割」という。
神奈川県での県民意識調査では、「1割」という。
私自身のことで言うなら、
(1)老後になっても、自分の息子たちには、めんどうをかけたくない。
(2)実際問題として、親の最期を、自宅で看取るというのは、不可能。
もう少し、「医療介護情報CBニュース」を詳しく読んでみよう。
+++++++++++以下、医療介護情報CBニュースより++++++++++
神奈川県保険医協会では、脳血管疾患の終末期医療に関して、県民がどう考え、どのよう
な不安を持っているかなどを把握するため、60歳以上を対象に意識調査を実施。3月から
の約1か月間に回収できた143件を集計した。
脳血管疾患や認知症などで入院中、退院を勧告された場合に希望する療養場所については、
「別のリハビリテーション病院」が39・8%、「長期療養できる医療施設」が14・6%
と、医療系の施設が過半数を占めた。これに「介護施設」の12・5%を合わせると、自宅
外を望む人が66・9%となった。
一方、「自宅」と答えた人は21・6%。このうち3分の1以上の人が「現在は(自宅で療
養する)条件がない」とした。
また、自宅で療養中に肺炎などの疾患を併発した場合の療養場所については、「(必要な治
療を受けるために)病院に入院を希望する」が、58・7%、「介護施設」が15・3%で、
「(医療や介護を受けながら)最期まで自宅を望む」は12・5%にとどまった。この「最期
まで自宅」という希望に関連して、実際に「自宅で看取ってくれる」と答えた人は、ゼロ
だった。
病院に入院することを望む人に、その理由(複数回答)を尋ねたところ、「回復の可能性が
あるなら、治療を受けたい」が53・5%、「自宅や施設での治療内容が不安」が45・2%
に上った。
さらに、家族による自宅での看取りについては、「無理」が45・9%で、「看取ってくれ
る」は9%にすぎなかった。
自宅で最期まで療養する場合の課題(同)については、「家族の負担が大きすぎる」が55・
9%、「(容態の)急変時の対応に不安」が49・6%、「家族の高齢化」が43・3%などだ
った。
在宅死については、青森県保険医協会が590人の県民を対象に実施した調査でも、脳
血管疾患や認知症などで入院中、退院を勧告された場合に希望する療養場所について、「リ
ハビリテーションができる病院」が47%、「長期療養できる医療施設」が14%と、医療
系の施設が60%を超えており、「自宅」は11%だった。
+++++++++++++以上、医療介護情報CBニュース+++++++++++
数字を、少し、整理してみる。
最後の青森県保険医協会での調査結果が、わかりやすい。
それによれば、在宅死について……。
「リハビリテーションができる病院」……47%、
「長期療養できる医療施設」……14%
「自宅」……11%
となると、厚生労働省の「60%」という数字は、どこから出てきたのか。
「終末期医療に関する調査等検討会・04年度」が根拠になっているらしいが、それにし
ても、おかしい。
まさか、ねつ造?
ただここで注意しなければならないことがある。
(1)老人自身の立場で考えた終末医療と、その周辺の家族の立場で考えた終末医療とは、
まったく別ものであるということ。
(2)老人自身の立場で考えると、「できれば自宅で……」と思っても、「現実には無理」
ということが多いということ。(希望)と(現実)の間には、大きなギャップがある。
現実の話をしよう。
京都新聞の記事をそのまま紹介させてもらう。
+++++++++++以下、京都新聞、08年5月18日+++++++
京都府保険医協会はこのほど、終末期医療と医療制度改革について高齢者を対象に行っ
たアンケートの結果をまとめた。半数のお年寄りが「自宅で最期を迎えるのは無理」と回
答し、理由には家族の介護負担などを挙げた。また75歳以上対象の後期高齢者医療制度
に対し「死ねと言われているようだ」と怒りの声が目立った。
アンケートは今年3月中旬までに、京都市内の老人福祉センター17カ所の利用者ら約
1300人に配布。719人から回答があった。
「脳血管障害や認知症で入院し、日常生活が難しいまま自宅に帰るように進められた場
合、どこで暮らしたいのか」との問いに、45%の人が「リハビリができる病院」と回答。
「自宅に戻る」と答えた人は10%だった。
自宅以外と回答した人は、理由として「回復する可能性があるならきちんと治療がした
い」(302人)「家族に迷惑を掛けたくない」(266人)を選択した。
また家族が自宅でみとってくれると答えた人はわずか11%で、半数の人が「自宅では
無理」と答えた。
アンケートの自由記述では、後期高齢者医療制度への批判が目立った。「後期高齢者とい
う名のもとに負担を強いられることに怒りを覚える。好んで病気になるのではないのに(脳
こうそくで治療中)、治療に専念することが不安でならない」との声や、配偶者や親を介護
した体験から、病院を数カ月ごとに転々とすることへの不安、大病院と医院との医療の格
差から在宅医療態勢への不安を訴える声などが多かった。
ほかにも、「戦争で10年も損をして、自分の親やしゅうとめは自分を犠牲にして最後ま
で面倒をみたけど、このごろは長生きは悪いみたい。楽に死ねる薬を国が下さい」「必要以
上の人工的処置での延命は望まない。しかし、政府の医療費削減のための方針は、人間の
生きる望みを断ち切る施策で容認できない」などの記述があった。
+++++++++++以上、京都新聞、08年5月18日+++++++
要約すると、「実際問題として、自宅で最期を迎えるのは無理」ということ。
このことは、私自身も、経験している。
現在、私の母と兄は、それぞれ別々の施設で、「今後、延命処置はしません」と言われるよ
うな状態にある。
母にしても、兄にしても、(とくに兄は)、生きているのも、苦しそうといったふう。
果たしてそういう状態のまま、無理に生かしておくということが、よいことなのか、悪い
ことなのか、私にはよくわからない。
母についても、そうで、今では、寝たきり。
寝返りもうてない状態にある。
母は、流動食を、兄は、腹部にパイプを通して、そこから食物を流し込んでいる。
しかし母にしても、兄にしても、「おとなしくて静か」という点で、まだよいほう。
中には、(そういう老人のほうが、多いそうだが……)、夜中じゅう、泣き叫んだり、わめ
いたりする老人もいる。
暴力をふるう老人もいる。
また「親子」といっても、内容は、さまざま。
それまで良好な関係を保ちつづける親子というのは、そうはいない。
中には、この40年間、一度も顔を合わせていないという親子もいる。
(この話は、本当だぞ! 私の知りあいの中に、そういう親子がいる。)
こういうケースのばあい、「親だから……」「子だから……」という『ダカラ論』を、その
まま当てはめることは、できない。
その『ダカラ論』によって、苦しんでいる親子も、多い。
それはともかくも、老人の世話となると、たいへん。
気が抜けないというか、心の上に、重石を置いたような状態になる。
便臭と悪臭、それとも闘わねばならない。
風通しのよい家ならまだしも、高層のマンションでは、その苦労は、倍加する。
さらに施設にいるからといっても、安心できない。
いつなんどき、緊急の電話がかかってくるか、わからない。
この私だって、一泊旅行となると、かなり気が引ける。
日帰り旅行にしても、母の容体を、そのつどたしかめてから出かけるようにしている。
そういう自分を知っているから、「実際問題として、自宅で最期を迎えるのは無理」という
ことになる。
またそういう苦労を知っているから、「家で最期を迎えたい」という気持ちはあっても、「子
どもたちには、迷惑をかけたくない」という思いから、「最期は、病院で」となる。
なお、アメリカでは、自宅で最期を迎える人は多い。
そういう制度そのものが、整っている。
オーストラリアでは、ほとんどの人が、最期の時は、施設で迎えている。
そういう制度そのものが、整っている。
そういう制度を整えないまま、はっきり言えば、国の医療費を軽減する目的だけで、「在宅
死の割合をあげる」というのであれば、私は、反対する。
なお厚生労働省は、つぎのように説明している。
「終末期医療については、厚労省の「終末期医療に関する調査等検討会」が04年にまと
めた報告書で、「(看取りについて)自宅を希望している国民が約6割」と発表。これを受け、
厚労省は「患者の意思を尊重した適切な終末期医療を提供する」として、25年までに自
宅等での死亡割合を現在の2割から4割に引き上げることを目標に掲げている」(医療介護
情報CBニュース)と。
フ〜ン?
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 在宅介護 介護問題 在宅
死 終末期医療 後期高齢者 医療 後期高齢者医療 はやし浩司)
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●韓国冷麺
郊外のスーパーへ行ったとき、「韓国冷麺」なるものを買った。
「C国製だったら、いやだな・・・?」と思って、注意深く、製造元を確かめた。
が、どこにも、製造元が書いてない。
書いてないから、「韓国製」と思った。
私「韓国製なら、だいじょうぶかな?」
ワ「心配ねエ〜」と。
で、その夜は、韓国冷麺なるものが食卓に並んだ。
レシピのとおりに調理。
具も、写真のものを載せた。
キュウリに、卵、それにキムチ・・・。
が、口に入れてみて、仰天!
「麺」というよりは、「ゴム」。
まるで輪ゴムをかんでいるよう。
味も、悪い。
プラス、気持ち悪い。
私「なあ、これじゃ、まるで輪ゴムだよ」
ワ「私も、そう思った」
私「なっ、とても食べられないよ!」と
結局、そのほとんどを、捨てるハメに。
実際には、私は、一口も食べなかった。
韓国で食べた冷麺とは、まるでちがう。
今まで食べた冷麺とも、まるでちがう。
ひょっとしたら、K国製・・・?、と思ったところで、
この話は、おしまい。
それにしても、まずい冷麺だった。
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
【北朝鮮の核兵器は、不問?】
●C・ヒル国務次官補の裏切り(The Betrayal Act of C. Hill, U.S. Vice-Secretary of State)
To U.S. Vice-Secretary of State, Mr. C. Hill, and U.S. Secretary of State C. Rice:
Please remember that the reason why Mr. C. Hill is called "Kim Jong-Hill" is because he
is now regarded as a spokesman of Kim Jong Il of North Korea, about which the
Japanese are very angry. What C. Hill has done is just to have betrayed the Japanese
and has given the worst tyrant, "time", "money" and "oil". Mr. C. Hill is now a very good
friend of Kim Jong Il, we are sure, not of ours.
++++++++++++++++++++
ブッシュ政権が、北朝鮮の融和政策(太陽政策)に
大きく舵を切ったとき、拉致問題は、そのまま霞(かすみ)の
かなたに消えてしまった。
が、ここにきて、C・ヒル国務次官補の裏切り行為が、
またひとつ明るみになった。
北朝鮮の朴外相らは、今年4月に北朝鮮を訪問したプリチャード元特使に、
こう語ったという。
「米国のヒル国務次官補と金外務次官による『シンガポール合意』では、
プルトニウムによる核開発について言及されているだけで、
シリアとの核開発協力や濃縮ウラン開発について、北朝鮮は、
まったく認めていない」と。
つまりヨンビョンの核開発関連施設の話しあいをしただけで、それ以上の話しあいは
しなかった、と。
もしこれが事実であるとするなら、C・ヒル国務次官補、C・ライス国務長官、
さらにブッシュ大統領は、日本のみならず、世界に向かって、二枚舌を使った
ことになる。
北朝鮮の言うことだから信用できないと考える人もいるかもしれない。
しかしその後の動きを見ると、そうとも言い切れない。
勢いづいた北朝鮮側は、こう言っている。
「核兵器を保有した状態を維持したままで米国との関係を正常化すれば、
核兵器の削減について話し合うことができる」と。
わかりやすく言えば、北朝鮮は、核保有国として残り、アメリカと国交を正常化したのち、
核兵器の削減について、話しあう、と。
こうした動きを裏づける、いくつかの証言がある。
聯合の記事を、2つ、紹介する。
++++++++++
北朝鮮は、「核廃棄3段階」に該当するのは寧辺のプルトニウム核施設解体だけで、核物質
と核兵器の国外移転は含まれないという立場を取っているとの見方が出された。クリント
ン政権とブッシュ政権初期に朝鮮半島平和担当特使を務めた、韓米経済研究所(KEI)のプ
リチャード所長が29日、ワシントンのシンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)主催
で行われた6カ国協議に関する討論会に出席し述べたもの。
プリチャード所長は、30日前に訪朝した際、ヒル国務次官補(東アジア担当)と協議中だ
った北朝鮮側一行が、このような立場を示してきたと説明した。北朝鮮は軽水炉提供問題
が含まれない3段階では核物質や核兵器は廃棄対象に含まれず、ミサイル問題や人権問題
も論議の対象ではないとの立場だったという。(ワシントン発、5月29日、聯合)
+++++++++
「北朝鮮は核保有国として知られるイスラエルが米国と「友人」のような関係にあると指
摘し、核兵器の保有が米朝関係正常化の妨げにはならないとの立場を示したと伝えられた。
韓米経済研究所(KEI)のプリチャード所長が4日にワシントン特派員らと会見し、平壌を
4月下旬に訪問した際、北朝鮮高官がこのように述べ、核兵器も「少ししか保有していない」
と主張したと紹介した。
プリチャード所長は、北朝鮮はいわゆる「核廃棄3段階」でも核兵器を保有する考えで、
米国との完全な関係正常化の後でなければ核兵器は廃棄できないとの立場を示したと重ね
て強調した。北朝鮮のこうした立場は、核兵器廃棄後に関係正常化を進めるとする米政府
の考えとは正反対のものだと指摘した」(ワシントン発、6月4日、聯合)
+++++++++
●とんでもない会議
わかりやすく言えば、こうだ。
北朝鮮は、最初から、核開発を放棄するつもりなど、なかった。
ないばかりか、核開発を放棄するジェスチャを見せながら、マカオのD銀行に凍結されて
いた資金を、アメリカに解除させた。
その一方で、核開発問題については、ああでもない、こうでもないと、理由にもならない
理由を並べて、ノラリ、クラリ・・・。
結局、最終的に言い出したことは、
(1)ヨンビョンの核開発関連施設については、「爆破する」。
(2)既存の核兵器については、不問。
(3)その他の核開発問題については、不問。
(4)シリアの核開発支援問題については、「終わったこと」として不問。
(5)拉致問題については、無視。
さらにあろうことか、現在(08年5月)、北朝鮮は、アメリカに、核保有国として認める
ように迫っている。
いわく「アメリカと、核保有国であるイスラエルは、仲がいいではないか。北朝鮮も、同
じように、仲よくなれる」と。
前述、プリチャード元特使に語っているのが、それである。
これで、6か国協議は、振り出しにもどってしまった。
で、その間、アメリカが北朝鮮に与えたものは、(時間)と(マネー)、プラス、(原油)。
しかしこんなことは、最初から、わかっていた。
わかっていながら、アメリカのC・ヒル国務次官補は、まんまと北朝鮮の策略に乗せられて
しまった。
その結果、C・ヒル国務次官補は、
(6)6か国協議を、実質、米朝の2か国協議にすりかえてしまった。
(7)拉致問題については、「核開発問題とは、切り離す」と言い出した。
(8)日本に、拉致問題を棚上げにした上、北朝鮮の援助に手を貸すようにと、迫った。
(9)あげくの果てには、既存の核兵器についても、将来の問題と、棚上げにしてしまっ
た。
C・ヒル国務次官補は、同盟国、日本を裏切り、あたかも北朝鮮の代弁者のようになって
しまった。
C・ヒル国務次官補が、「キム・ジョン・ヒル」(金正・ヒル)と揶揄(やゆ)されるよう
になった理由は、こんなところにもある。
順に考えてみよう。
(1)ヨンビョンの核開発関連施設は、すでにジャンク(ガラクタ)にすぎない。それを
(2)視察したアメリカの専門家自身が、そう言っている。
そんなものを、爆破したからといって、それがどうだというのか。
(3)と(3)については、アメリカはそれでよいとしても、日本としては、ぜったいに
(4)譲れない大問題である。
既存の核兵器については、不問だと!
アメリカはそれでよいとしても、日本にとっては、死活問題である。
こんな重要な問題を、米朝の2国間で、取り決めてもらっては、困る。
(5)については、その責任を問うこともなく、「終わったこと」とする神経が、私には、
理解できない。北朝鮮は、6か国協議がなされている最中ですら、他方で、シリア
の核開発に手を貸していたことになる。
が、何よりも日本として許せないのは、C・ヒル国務次官補が、(5)拉致問題を棚上げに
したまま、日本にも、北朝鮮を援助するよう迫ったこと。
C・ヒル国務次官補は、かねてより、繰りかえし、こう述べている。
「6か国協議は、北朝鮮の核開発問題を話しあう場所。拉致問題(日朝問題)は、別ワク
でしてほしい」と。
日本人の私たちが怒っているのは、拉致問題もさることながら、その問題が起きて以来、
北朝鮮が、さんざん、日本にウソをつき、日本をだましてきたこと。
横田Mさんのニセ遺骨問題に、その例をみるまでもない。
つまりそのあたりの(怒り)が、C・ヒル国務次官補には、まったく理解できていない。
で、今になって、C・ライス国務長官は、「北朝鮮は信用できない国」と言い出した。
おそらくC・ヒル国務次官補も同じ気持ちだろう。
しかし今、それを認めることは、自分の失敗というより、愚策を認めるようなもの。
C・ヒル国務次官補としては、最後の最後まで、「太陽政策」にしがみつくしかない。
「どうぞ、語勝手に!」と私は言いたいが、こうなることは、最初からわかっていただけ
に、C・ヒル国務次官補には、腹立たしい気持ちだけが残る。
+++++++++++++
(参考資料)(1)
【ワシントン4日聯合】北朝鮮は核保有国として知られるイスラエルが米国と「友人」の
ような関係にあると指摘し、核兵器の保有が米朝関係正常化の妨げにはならないとの立場
を示したと伝えられた。
韓米経済研究所(KEI)のプリチャード所長が4日にワシントン特派員らと会見し、平壌
を4月下旬に訪問した際、北朝鮮高官がこのように述べ、核兵器も「少ししか保有してい
ない」と主張したと紹介した。
プリチャード所長は、北朝鮮はいわゆる「核廃棄3段階」でも核兵器を保有する考えで、
米国との完全な関係正常化の後でなければ核兵器は廃棄できないとの立場を示したと重ね
て強調した。北朝鮮のこうした立場は、核兵器廃棄後に関係正常化を進めるとする米政府
の考えとは正反対のものだと指摘した。
先月末に中国・北京で行われた米国のヒル国務次官補(東アジア担当)と北朝鮮の金桂
寛(キム・ゲグァン)外務次官との会合が、具体的な結論を出せないまま終了したことに
ついては、北朝鮮はテロ支援国指定解除を先に行うよう米国に要求したのに対し、米国は
核開発計画申告書の提出が先だと主張し、意見の隔たりを埋めることができなかったため
との見方を示した。
++++++++++++++
(参考資料)(2)
【ワシントン29日聯合】北朝鮮は、「核廃棄3段階」に該当するのは寧辺のプルトニウム
核施設解体だけで、核物質と核兵器の国外移転は含まれないという立場を取っているとの
見方が出された。クリントン政権とブッシュ政権初期に朝鮮半島平和担当特使を務めた韓
米経済研究所(KEI)のプリチャード所長が29日、ワシントンのシンクタンク、戦略国際
問題研究所(CSIS)主催で行われた6カ国協議に関する討論会に出席し述べたもの。
プリチャード所長は、30日前に訪朝した際、ヒル国務次官補(東アジア担当)と協議中
だった北朝鮮側一行がこのような立場を示してきたと説明した。北朝鮮は軽水炉提供問題
が含まれない3段階では核物質や核兵器は廃棄対象に含まれず、ミサイル問題や人権問題
も論議の対象ではないとの立場だったという。
米国はこれまで、核廃棄2段階の寧辺核施設の無能力化と核開発計画申告の段階を経て3
段階に進めば、北朝鮮の廃燃料棒と核物質、核兵器の北朝鮮国外移転など核廃棄活動とと
もに、米朝・日朝間関係の正常化問題を話し合うことになるとしてきた。プリチャード所
長の発言が北朝鮮側の公式の立場ならば米国の立場とは相当の開きがあるもので、核問題
は3段階に進んでも難航が予想される。こうした主張が事実の場合、北朝鮮は核物質と核
兵器の移転を軽水炉提供など他の見返りを得るためのカードとして使う考えと分析される。
一方、米国家情報長官局で北朝鮮情報分析の責任者を務めるジョゼフ・デトラニ氏はこ
の討論会で、北朝鮮の立場はプリチャード所長の見解と異なると反発している。デトラニ
氏は、核廃棄3段階に入れば米朝関係正常化の話し合いが進められるとし、関係正常化に
は人権や拉致問題、ミサイル問題を避けては通れないと幾度となく北朝鮮側に示しており、
これは2005年と2007年の共同声明にも明示されていると強調した。
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●C・ヒル国務次官補の裏切り(3)
This is the proof of Mr. C. Hill's betrayal act.
+++++++++++++++++
北朝鮮の核兵器開発問題は、大きく分けて、つぎの3つ。
(1)プルトニウム抽出問題(ヨンビョンの核関連開発施設)
(2)既存の核兵器
(3)ウラン濃縮問題と核拡散問題(シリアへの技術移転問題を含む)
このうち日本にとって、ぜったい譲ることのできない問題は、(2)の
既存核兵器問題。
北朝鮮は、すでに、数発の核兵器をもっているとされる。
(数は、5〜6個とされているが、不明。)
そこで北朝鮮は、かねてからの約束を後退させ、(1)と、(2)(3)を
切り離しを画策した。
つまり(2)の既存核兵器と、(3)の既存ウラン濃縮問題を、不問とするよう、
アメリカに迫った(07年、秋)。
が、ブッシュ大統領が、これを拒否。
当然である!
しかし産経ニュースは、つぎのように伝える。
そのまま紹介する。
この記事の中で、とくに注目すべき点は、一度は、ブッシュ大統領が
拒否した、(切り離し問題)を、C・ヒル国務次官補が、「暫定的に合意
していた」という点である(08年4月の「シンガポール会議」にて)。
まさに、とんでもない合意である。
これを「日本に対する裏切り行為」と呼ばずして、何という?
一部の報道機関は、「ヒルのクーデター」と呼んでいる。
+++++++以下、産経ニュースより++++++++
26日付の米紙ワシントン・ポストは、6カ国協議の議長国・中国が昨年秋、北朝鮮の
核計画申告の際には、申告の核心であるプルトニウム関連情報と、ウラン濃縮による核開
発疑惑やシリアとの核協力を切り離して扱うよう提案したが、ブッシュ米大統領が拒否し
ていたと報じた。
昨年秋まで米国家安全保障会議(NSC)の拡散対抗戦略部長を務めたキャロリン・レ
ディ氏の話として報じた。
しかし、ヒル米国務次官補と北朝鮮の金桂冠外務次官は、シンガポールで行われた4月
の米朝協議で「切り離し申告方式」で暫定合意したとされ、同紙は「(大統領がいったん拒
否したのと)同じ方式の合意が結ばれた」と指摘した。
同紙はヒル氏の特集記事を1面で掲載し、その中でこの情報を伝えた。(共同)
++++++++++以上、産経ニュース+++++++
C・ヒル国務次官補の正体は、ここにあり、という内容の記事である。
じっくりと読んでほしい。
ワイフは、こう言った。
「ヒルさんの目的は、何なのかしら?」
私「ヒル氏は、もともと中級公務員に過ぎなかった。そのヒル氏が、『私にやらせてほしい』
『私なら解決できる』と、ブッシュ政権と直談判をした。その結果、ブッシュ大統領は、『ヒ
ル氏に、やらせてみよう』ということになった」
ワ「それまでの外交経験は、ゼロということ?」
私「ゼロだよ……。つまりそこにヒル氏の甘さがあったというわけ。ヒル氏は、北朝鮮の
ほしがるものを、すべて与えた。おまけにニューヨークフィルのコンサートまで、ね」
ワ「ヒルさんが言う、『2週間以内に……』『今月末には……』『今月中に……』という言葉
は、聞き飽きたわ」
私「結果的にみると、すべて空振りだったね。もともと、誠意の通ずる相手ではない。が、
ヒル氏は、(話せばわかる)式の合理主義をもって、対北朝鮮との交渉に臨んだ。大の親韓
派ということで、ノ前大統領の影響を強く受けた。ヒル氏の息子が、韓国のH社の車を乗
り回しているという話もある」
ワ「結局、この4年間で、何が変わったの?」
私「すでにジャンク(=ガラクタ)になっていた、ヨンビョンの核開発関連施設の閉鎖だ
け。ヒル氏は、その成果(?)を誇示するため、爆破ショーまで計画している。核兵器も、
ウラン濃縮問題も、核拡散問題も、さらにミサイル問題も、化学兵器、生物兵器問題も、
すべて手づかずのまま。わかりやすく言えば、ヒル氏は、北朝鮮に、マネーと、時間と、
原油を与えただけ」
ワ「拉致問題は?」
私「ここ1、2か月ほどは、拉致問題を取りあげた形跡がある。日米関係が、急速に悪化
しているからね。それまでは、6か国協議と、拉致問題を切り離すべきと、何度も主張し
てきた。さらにあろうことか、こうも言った。『拉致問題を一時、棚上げにして、北朝鮮を
援助しろ』と」
ワ「とんでもない話ね」
私「こうした流れを見ると、今ごろ、ヒル氏は、北朝鮮側にこう言っていると思うよ。『日
本からマネーを取ってあげるから、ここは、私の言うことを聞きなさい』と。ヒル氏のこ
とを、(キム・ジョン・ヒル)と呼んでいる人も多い。アメリカの代表というよりは、北朝
鮮のスポークスマンみたいだ」
ワ「どうしてヒルさんは、こうまで、北朝鮮に妥協に妥協を重ねたのかしら?」
私「向こうのほうが、役者が一枚、上手だったということ。それに自分の成果をあせりす
ぎた……」
ワ「……しかし、それも時間切れ……」
私「先月(5月)になって、ヒル氏は、はじめて、『重大な岐路』という言葉を使った。ヒ
ル氏が、クビになるのは、時間の問題だろうね。4月のシンガポール会議では、日本や韓
国を裏切っている。既存の核兵器は不問にしたまま、テロ国家指定を解除しようとした。
日本にとっては、許しがたい裏切り行為ということになる」
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●「白黒対決」?(Black vs. White)
One of the leading Korean Newspaper Companies uses the words, "Black vs. White",
regarding the Presidential election Campaign of this time. If you use these words in
USA, you would get shot.
韓国の東亜N報は、アメリカの大統領選挙にかんがみ、「白黒対決」という言葉を使ってい
る。いわく、
「オバマ氏が民主党の大統領候補に確定 米史上初の白黒対決」(東亜N報6月5日)と。
それにしても、「白黒」とは!
今どきこういう言葉を、新聞の見出しに堂々と使う国があるということ自体、信じられな
い。
そのうちアジア系の大統領候補者が出たら、「白黄対決」ということになるのか?
もしこんな言葉を、アメリカで使ったら、それだけで大問題。
使った記者は、射殺されるかもしれない。
それにしても、「白黒」とは!
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
はやし浩司のホームページ http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
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【BW生・募集中!】
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 08年 7月 4日
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【地図】(You live in "Don't Know Street"?)
+++++++++++++++++
今週は、BW教室では、「地図」の学習をした。
そのときのこと。
私「あなたが住んでいるところの住所は、わかりますか?」
A「わからない……」
私「ああ、そう、浜松市のワカラナイ町ね」
A「……ちがう……」
私「エッ、チガウ町?」
A「だから、わからない……」
私「やっぱり、ワカラナイ町かあ?」と。
が、その会話を横で聞いていた、S君が、ムキになって、
怒り出した。
S「あのねえ、先生、この子はねえ、『わからない』って、
言っているの! 自分の住んでいるところが、わからないって、
言っているの。ワカラナイ町じゃ、ないの!」
私「いいじゃない、A君が、ワカラナイ町に住んでいるというなら、
それで……。ねえ、A君?」
A「……」
S君は、立ち上がって、大声で叫びだした。
S「先生は、何もわかっていない! ワカラナイ町なんて、ないの!
この子は、『わからない』って、言っているの!」
私「そう、A君? ワカラナイ町じゃ、ないの?」
A「ちがう……」
私「やっぱり、チガウ町かあ?」
S「ちがうの!」
私「だろ。やっぱり、チガウ町だあ」と。
ときにおとなは、バカなフリをする。
バカなフリをしながら、子どもに自信をもたせる。
おとなの優位性を、けっして、子どもに押しつけてはいけない。
なお、こうしたやりとりをしたあと、A君には、こう言った。
私「ええと、あなたが住んでいるところは、イ・リ・・・?」
A「イリノ町……」
私「そうかあ、入野町かあ!」
A「うん、そうだよ」と。
問題意識を強くもった分だけ、記憶として、しっかりと残る。
私には、最高に楽しい、ひとときだった。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●日本の教育(Education in Japan)
A Korean survey organization has surveyed the consciousness of the pupils of 4
countries, France, Britain, Japan and Korea.
+++++++++++++++
韓国の新聞を読んでいると、日本との
比較記事が、よく目にとまる。
これもそのひとつ。
こうした記事を読んでいると、日本の現状が
かえって客観的によくわかって、おもしろい。
ソウル・聯合の記事をそのまま紹介させてもらう。
+++++++++++++++
【ソウル2008年5月2日・聯合】
韓国の小学生の授業に対する興味は、フランス、英国、日本の小学生に比べ大きく劣るこ
とがわかった。
教室での規則順守、教師や友達など他人の尊重度も低い。韓国教育課程評価院のチョン・
ヒョソン研究チームが、4か国の小学4〜5年生234人を対象に、国内73校・日英仏
の10校で実施した調査から明らかになった。
それによると、「授業が面白い」と回答した生徒はフランスが55.0%、英国が48.0%、
日本が42.6%で、韓国は35.2%と最も少なかった。
「授業で学ぶ内容をきちんと理解している」との回答は日本が41.7%、フランスが34.0%、
英国が32.3%だったのに対し、韓国は19.9%にとどまった。
また、「勉強が好き」と回答した生徒は英国が48.0%、フランスが42.0%、日本が19.
1%、韓国が18.3%、「教室で勉強するとき幸せだ」との回答もフランスが53.0%、英国
が42.5%、日本が20.9%、韓国が20.8%と、いずれも韓国は最下位だった。
あわせて、学校での他人への配慮・尊重度、教室の規則順守度合いなどについても調査さ
れた。「教室で社会生活に必要な秩序と規則を学び、実践する」との回答はフランスが63.
0%で最も多く、英国が54.3%、日本が20.0%と続き、韓国は18.4%にとどまった。
「教室で他人を理解し尊重することを学び、実践する」との回答も韓国が15.9%と低かっ
たのに対し、英国とフランスは約60%に上った。
こうした結果は、増加の一途をたどる校内暴力、教師への敬意低下といった問題とも関係
しているものとみられる。
チョン研究委員は「国内外の学校を視察したところ、外国は規則や秩序の順守、他人への
配慮、教師への敬意などの面で非常に厳しい一方、韓国の生徒は相当に不足しているよう
だ」と指摘している。
+++++++++++以上、聯合ニュースより転載++++++++++++++
数字を、少し整理してみる。
「授業が面白い」と回答した生徒(those pupils who answer "Yes", to the question, "Do you
find your lessons at schools interesting?")
フランス 55・0%、
英国 48・0%
日本 42・6%
韓国 35・2%
「授業で学ぶ内容をきちんと理解している」との回答した生徒(those pupils who answer
"Yes", to the question, "Do you think you fully understand the lessons at schools?")
日本 41・7%
フランス 34・0%
英国 32・3%
韓国 19・9%
「勉強が好き」と回答した生徒(those pupils who answer "Yes", to the question, "Do you
like studying?")
英国 48・0%
フランス42・0%
日本 19・1%
韓国 18・3%
「教室で勉強するとき幸せだ」との回答した生徒'those students who answer "Yes", to the
question, "Do you feel happy when you study at schools?")
フランス 53・0%
英国 42・5%
日本 20・9%
韓国 20・8%
「教室で社会生活に必要な秩序と規則を学び、実践する」と回答した生徒
フランス 63・0%
英国 54・3%
日本 20・0%
韓国 18・4%
「教室で他人を理解し尊重することを学び、実践する」との回答した生徒
韓国 15・9%
英国とフランス 約69%
++++++++++++++++++++++++++++++++++
日本では、「勉強が好き」「勉強が楽しい」と答えた子どもが、20%前後だという。
私の印象でも、おおむね、そんなものだと思う。
このあたりの中学生でも、約60%の子どもは、「ほとんど勉強していない」とみてよい。
高校受験についても、「部活でがんばって・・・」と考える。
中には、「勉強したくないから、進学校へは行きたくない」と答える子どももいる。
一方、欧米では、「社会に出てから役に立つ知識や技術を身につけるため」と考える
子どもが多い。
こうした傾向は、先の調査結果をみても、よくわかる。
「教室で社会生活に必要な秩序と規則を学び、実践する」と回答した生徒が、フランスで
63・0%、英国で、54・3%、日本で、20・0%というのが、それ。
日本の教育は、総合的にみると、将来、学者になるためには、きわめてすぐれた体系をも
っている。
英語教育を例にあげるまでもない。
それもそのはず。
その道の学者が、体系を、つくったからである。
だから、おもしろくない。
役に立たない。
一方、アメリカなどでは、「実用」ということを、大切に考える。
たとえば中学の数学でも、「中古車の買い方」というテーマをとおして、子どもたちは学習
を進める(プレンティス版、中学代数)。
つまり中古車の買い方を通して、少数計算、金利計算などを学ぶ。
ついでに小切手の切り方、使い方も学ぶ。
こうしたちがいが、今回の調査結果に、強く反映されている。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 日本の子どもの意識調査
意識調査 勉強が好き 嫌い 韓国の調査 はやし浩司 学習意欲)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●2100年までに、4・8度!
(The average temperature of Japan will rise up to plus 4.8C degrees until the year of
2100, compared with the temperature of the year 1990. We are not afraid of the global
warming, but we are afraid that on the course of the global warming, people would
struggle and cause lots of unexpected troubles, such as murders, wars and etc. We
would be put into the hell itself.)
+++++++++++++++++++
2100年までに、1990年比で、
気温が、4・8度も上昇するという。
海面は、36センチあがり、高潮時には
137万人が浸水被害にあう。
北海道などでの米の収量は増加するが、
世界遺産である白神山地のブナ林は、
消失する。
このほど、こんな予想を、東大、茨城大、
名城大などの14の研究機関でつくる
プロジャクトチームが、こんな影響
予測をまとめた(中日新聞・08年5月
30日)。
+++++++++++++++++++
気になるのは、茨城大学のM教授の意見。
いわく、「雨が多く、山岳地帯が国土の
7割を占める日本は、気候変動の影響を
受けやすい。
温室効果ガスの削減と同時に、適応に向けて
対策を考えていかねばならない」と。
今まで、「日本は山岳地帯が多いから、
(豊かな緑が緩衝地帯となって)、温暖化
の影響は少ない」と聞いていた。
まさに正反対の意見である。
どちらが正しいのだろう?
常識的に考えれば、砂漠地帯のほうが、
地球温暖化の影響を、モロに受けやすい。
が、森林が多ければ、緑が、熱を吸収したり、
気温を調整したりする。
それにしても、4・8度とは!
極地方ほど、気温上昇がはげしくなるから、
場所によっては、10度以上もの上昇を
記録するようになるかもしれない。
しかも、この数字とて、「実効性のある社会を
想定した前提」での数字という。
つまりあらゆる手だてを尽くしたとしても、
4・8度も上昇するということらしい。
ちなみに、ここ100年の間に、
日本の気温は確かに上昇した。
が、それにしても、たったの1度でしかない※。
その5倍近く気温が上昇するのだから、
日本の自然のみならず、経済、産業が、無事ですむはずがない。
2〜3月で、気温は30度を超えるようになり、
夏には40〜45度を超える日々がつづくようになる。
「4・8度」という数字は、そういう数字である。
(注※)HP・「エコなら」……IPCCの第4次報告書によると、この100年間に地球の
平均気温は、0・74℃上昇した。これは、地球が今までに経験したことのないスピード
である。その間、日本の平均気温は、約1度上昇した。
(追記)
さらに恐ろしいことに……。
何も2100年で、気温上昇が
そこで止まるというわけではない。
気温上昇は、その後もつづく。
2200年には……?
さらに2300年には……?
このままでは、地球は、まさに火星化する!
●私たちが子どものころ
私たちがこどものころ……といっても、たった50年前の
ことだが、そのころは、冬は、今より、ずっと寒かった。
夏は、今より、ずっと涼しかった。
記憶に残っているのは、梅雨が明けるのは、
毎年7月10〜20日前後だったこと。
そのころになると、気温が30度を超えるようになり、
川で泳ぐことができた。
しかし盆の8月15日を過ぎると、急に涼しくなり、
もう川へは入れなかった。
冬にしても、そうだ。
毎年、1〜2月には雪が降った。
雪だるまを作ったり、ソリで遊ぶということが、ごくふつうの
こととして、なされていた。
が、今では、気温が40度を超えることも、珍しくない。
去年(07年)の8月16日には、埼玉県の熊谷市と
岐阜県の多治見市で、40・9度を記録している。
2004年7月20日には、東京の足立区で、何と、
42・7度を記録している。
さらに世界では、もっと恐ろしいことが起きている。
今では、気温50度などといっても、驚く人はいない。
では、どうするか?
●心の対策も!
こうした気温上昇は、温室効果によるものだが、
すでに(温室)ができてしまった今、どうすれば、
その温室をはずすことができるか。
その方法はあるのか。
またそれは可能なのか。
あるいは地球を、日傘のようなもので覆うという方法もある。
その方法はあるのか。
またそれは可能なのか。
さらに、職種にもよるが、暑い日中を避けて、夜に仕事を
するという方法も、考えられる。
たとえば宅配や道路工事などは、夜にする。
子どもの教育も、夜になるかもしれない。
「学校は、夜8時に始まり、朝4時に終わります」と。
そのため寝室は、防音効果と冷房効果を最大限高めるために、
地下に作られるようになるかもしれない。
多くの人々は、日中は、暑さを避けるため、その地下室で眠る。
が、それでも温暖化(火星化)が進んだら、どうするか。
最後は、人類を残す……ということが考えられるように
なるだろう。
ごく一部の、選ばれた人たちだけが、月面基地や宇宙船へ、
避難する……。
しかし地球温暖化のほんとうの恐ろしさは、地球が温暖化
することではない。
温暖化にいたる過程の中で、人心が荒廃し、道徳が崩壊すること。
自暴自棄になった人たちが、……。
想像するだけでも、恐ろしいことが、つぎつぎと起こるようになる。
略奪、暴力、紛争、戦争……。
まさにこの地球は、地獄絵図そのものになる。
科学者たちは、今、懸命に地球温暖化の問題に取り組んでいる。
しかし同時に、それと同じくらい重要なのが、(心の問題)という
ことになる。
その方法はあるのか。
またそれは可能なのか。
心理学、医学、教育学の分野においても、早急に、地球温暖化の
問題と取り組む必要があるのでは?
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 地球温暖化 心理学 医
学 教育学)
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●今日・あれこれ(6月2日)(June 2nd, 2008)
●女性の軽口(Very Talkative women in the Train)
昨日、東海道のローカル線に乗った。
名古屋から豊橋まで。
時間は、ちょうど1時間ほど。
その電車の中。
通路あたりに、7、8人の女性が立っていた。
年齢は、40代〜50代。
その集団が、大声で、ペチャペチャ、ギャーギャー
カラカラ、ワイワイ、と。
「携帯電話はマナーモードか、オフに」という
車内アナウンスが聞き取れないほどの大声で、
しゃべりあっていた。
●言語中枢
女性は、なぜよくしゃべるか?
人間の言語中枢は、左脳にあるとされる。
しかし最近の研究によれば、女性のばあい、
右脳にも、言語中枢があることがわかってきた。
つまりその分だけ、よくしゃべる?
しゃべるだけならまだしも、多くの女性のばあい、
相手の話をじゅうぶん聞かないまま、しゃべる。
(男性にも、そういう人は多いが・・・。)
このタイプの女性は、しゃべるためにしゃべる、といった
しゃべり方をする。
脳に飛来した情報を、そのまま音声に変換する。
あるいはどうでもよいようなことを、ことこまかく、
説明する。
一方、男性のばあい、(そうでない人も多いが)、
相手が言ったことを、一度、頭の中で、反すうする。
反すうしながら、自分の意見をまとめる。
そしてそれを口に出して、しゃべる。
●特徴
よくしゃべる女性には、共通した特徴が見られる。
(1)あとから理由
(2)つじつま合わせ
(3)場合わせ
(4)会話の一方性、など
「あとから理由」というのは、たとえば自分がヘマを
したようなばあい、何かの理由をこじつけることをいう。
「つじつま合わせ」「場合わせ」というのは、
アルツハイマー病の初期症状にもなっている。
「つじつま合わせ」というのは、矛盾した話を、
理由にもならない理由をこじつけて、つじつまを
合わせることをいう。
A「あなたが言った店へ行ってみたけど、同じ
シャツを、別の店で半額で売っていたわよ」
B「あら、そう? 私が行ったときは、何かの
セールの日だったかもしれないわ」と。
「場合わせ」というのは、その場に合わせて、
適当なことを言うことをいう
小雨の日だと、「私、雨が好きよ。心が静かになるわ」と。
それが晴れてくると、「よかった。きっと日ごろの
行いがよかったからだわ」と。
「会話の一方性」というのは、一方的にしゃべるだけ。
相手の話を、聞こうともしない。
どうであるにせよ、こうした会話は、スズメの
会話と同じ。
●マナー
欧米などで、電車の中で、ペチャペチャ、ギャーギャーと
騒いでいる人たちというのを、見かけたことがない。
映画の中でも、ない。
私は横にいたワイフにこう言った。
「携帯電話がだめだというくらいなら、ああいうおしゃべりを
注意したほうがいい。ああいうおしゃべりのほうが、よっぽど
うるさい」と。
そう、ほんとうにうるさい。
中には、仕事か何かで疲れて、静かに休みたい人もいるはず。
しかしそういう集団が近くにいると、休むこともできない。
子どもどうしならまだしも、(最近の子どもたちは、携帯電話
やゲームに夢中になっているから、むしろ静かだが)、
大のおとなたちである。
少しは、マナーというものを、心得てほしい。ホント!
(補記)
AD・HD児というと、男児に多いが、女児にもいる。
たいていは、異常な多弁性をともなう。
このタイプの女児は、よくしゃべる。
間断なく、よくしゃべる。
強く注意しても、効果は、その場だけ。
その数秒後には、またしゃべりだす。
で、年齢とともに多動性は少なくなるが、多弁性だけ、
そのまま残ることが多い。
テレビによく出てくるタレントの女性にも、
そういう人がいる。
当人は、「私は子どものころ、学習障害児だった」と、
何かの本に書いているが、私は、今でいうAD・HD児では
なかったかと思う。
・・・あくまでも、そう思うだけだが。
(補記2)
ペラペラとよくしゃべるからといって、その人の頭が
よいということには、ならない。
(情報)と(思考)は、常に分けて考える。
また(情報の量が多い)からといって、その人の頭が
よいということにもならない。
古典的な教育観によれば、(もの知りな子ども)ほど、
優秀な子どもということになっていた。
しかし今は、ちがう。
(深い思考力)(分析力)(判断力)のある
子どもを、優秀な子どもという。
大学や、高校、中学、さらには小学校の入試問題も、
おおむね、そういう方向性で、子どもを
選抜し始めている。
当然のことである。
はやし浩司++++++++++++++++++++++Hiroshi Hayashi
●「中日ショッパー」
ときどき、私のHPのコマーシャルが、地元の『中日ショッパー』に
掲載される。
「勝手に・・・」という言い方には、どこか失礼なニュアンスがあるが、
中日ショッパーが、いつも勝手に掲載してくれる。
うれしいと同時に、それを知るたびに、申し訳ない気持ちにかられる。
正規の広告料金だと、6〜7万円はかかる。
それを無料でしてくれている。
中日ショッパーの、TYさん、それにISさん、ほんとうにありがとう
ございます。
●メルマガの広告料
一方、私が発行するメルマガには、コマーシャルが
毎回2つずつ、ついてくる。
読者のみなさんが、1回、広告をクリックしてくれると、
私のほうへ、20円の掲載料が入るしくみになっている。
その額が、毎月、3000円ほどになる。
(おおざっぱに計算すると、約150人がクリックして
くれているということになる。)
その3000円だが、額は小さいが、どういうわけか、
うれしい。
Eバンク・カードをもって、近くのコンビニでお金を出した
とき、ポッと胸の中が熱くなる。
どうしてだろう?
私はそのお金で、おもちゃを買ったり、雑誌を買ったりする。
いつもクリックしてくださるみなさん、
ありがとうございます。
(現在、こうした広告掲載料が入るマガジンは、「メルマガ」一紙のみ
です。まぐプレ、Eマガには、それがありません。メルマガ読者の方は、
どうか、コマーシャルを、クリックしてください。よろしくお願いします。)
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●友人の死
+++++++++++++++++
大学時代の友人が、5月2日、旅だった。
享年、60歳。
電話で話を聞くと、2年ほど前に前立腺ガン
になったという。
それがあちこちに転移して、「突然……」という
ことになったらしい。
最後に会ったのは、今年の冬。
街中を歩いていたら、ばったりと出会った。
近くの時計屋で、いっしょに時計をながめた。
それが最後だった。
そばにいたワイフは、そのあと、こう言った。
「顔色、悪いわね」と。
私は、気づかなかった。
その前は、去年の浜松祭りの夜だった。
友人は、椅子に座ったまま、祭りをながめていた。
どこかよそよそしい雰囲気だったので、
「何か、悪いことでもしたのかな?」と、
思った。
しかしそのころ、すでに前立腺ガンにかかって
いたということになる。
電話に出た息子氏は、「父は、最期まで前向き
でした」と言っていた。
そういう言い方をする息子氏をもてただけでも、
友人は、幸福だったにちがいない。
……あとは、バラバラとした思い出だけ。
結婚式に出させてもらったこと。
いっしょに長野を旅したこと、などなど。
明日は、葬儀に参列させてもらう。
まあ、私もそのうち、そちらへ行くから、
よろしく!
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
【宇宙は無限?】
++++++++++++++++++++
見えるものだけを信用して、よいのか?
見えるものだけを基準にして、ものを考えてよいのか?
ひょっとしたら、この宇宙には、見えないものもあるのではないのか?
今、そんなことを考えている。
++++++++++++++++++++
今朝は、朝風呂。
床から起き上がると、そのまま風呂に入った。
おかげで気分は、そう快。
今、一番関心のあることは、「宇宙の大きさ」。
その宇宙の大きさについては、2つの学説があるそうだ。
(1)宇宙は、どこまで行っても、無限で、果てがない。
(2)宇宙の大きさには限界があるが、あらゆる方向が、あらゆる方向とつながっている。
「ニュートン」という雑誌を立ち読みした。
その中に、上に書いたようなことが、書いてあった。
記憶によるものなので、内容は不正確。
東大のSKという教授が、雑誌社のインタビューに答えて、そう答えていた。
で、「宇宙は、無限で、果てがない」という学説があることは、はじめて知った。
「果てがある」とすると、「では、その果ての向こうは、どうなっているか」という
問題がつづく。
だから、「無限で、果てがない」と。
しかしこれはどう考えても、おかしい。
もしそうならビッグ・バンの時代から、無限の宇宙が存在したことになる?
??????
そう考えると、つまり、もし「宇宙が無限である」とするなら、
ひょっとしたら、私たちは、映画『マトリックス』の中に出てくる
ような世界に住んでいるのかしれないということになる。
そこはまさに仮想現実の世界。
果てがない世界というのは、ありえない。
となると、私たちは、そのありえない世界に住んでいることになる。
そこで少し話は飛躍するかもしれないが、私たち人間は、見えるものを、
あまりにも過信しすぎているのではないか?
今、ふと、そう考えた。
たとえば空を見てみよう。
ついでに太陽や星を見てみよう。
私たちは、そこに見えるから、そこに太陽や星があると、思ってしまう。
たしかに太陽や星は、そこにある。
が、もし、私たちの目がなかったとしたら、どうだろう?
私たちは、太陽を(熱)として感ずることはあっても、丸い太陽を見ることはない。
星については、その存在にすら気づかないだろう。
またまた話が飛躍するかもしれないが、仮に、人間に、別の器官があったとしたら、
どうだろう。
未知の器官である。
たとえば電気信号を、プラス・マイナスを認識できるような器官である。
その信号を整理して、脳の中に、映像として映し出すことができる。
そういう器官である。
もしそういう器官があって、宇宙を考えたら、私たちは、今とはまったく
ちがった宇宙観をもつにちがいない。
……たとえばコンピュータのモニターに映し出された宇宙のような宇宙は、
どうだろう。
そのコンピュータだが、モニターの画面を見ながら、私は、ときどき、こう思う。
「モニターの向こうの世界は、無限」と。
つまり私たちは、ひょっとしたら、コンピュータのモニターの中のような世界に
住んでいるのかもしれない。
それを知覚することはできない。
見ることも、手で触れることもできない。
もしこの文を読んで、「林は、なんてバカなことを言っているのだ」と思う人が
いたら、一度、こうしてみてほしい。
静かに目を閉じて、まわりの世界を、目以外の器官で、感じとってみてほしい。
そこは(ものが見える世界)とは、まったく異質の世界であることがわかる。
言いかえると、私たちは、無数の分子と光が織りなす世界に生きていることになる。
で、私たちは、それだけをもって、「それがこの宇宙である」と思ってしまう。
つまり、そもそものまちがいは、ここにあるのではないだろうか?
無数の分子と光の織りなす世界だけが、本当に、この宇宙と考えてよいのだろうか。
あえて言うなら、パソコンのモニターの画面を見ながら、「パソコンの世界は、
無限か有限か」と論じているようなもの。
そんなことを論じても意味はないし、また結論も出てこない。
では、どう考えたら、よいのか。
私は、実は私たちの住む、この宇宙にしても、もっと別の見方があるのではないかと
いうこと。
たまたま私たち人間には、視覚というものがあり、目が見えるから、その(見える)もの
だけを中心に、ものを考える。
しかしもし別の器官があり、(それが、何であるかは、私にもわからないが……)、
それでこの宇宙を見たら、この宇宙も、まったく別の姿に見えるのではないだろうか。
そしてその器官で見れば、宇宙が無限か、有限かがわかる……?
映画『マトリック』の中に出てくる、仮想現実の世界に住む住人たちは、自分たちが
仮想現実の世界に住んでいるとは、思っていない。
そこが「現実の世界」と思いこんでいる。
実は、ひょっとしたら、今の私たちも、そうかもしれない。
そこで彼らが仮想現実の世界に住んでいることを知るためには、彼ら自身が、一度、その
仮想現実の世界から、一歩、足を踏み出してみなければならない。
パソコンのモニターにしても、そうだ。
モニターの画面に映し出された世界だけを見ていると、そこは無限の世界かもしれないが、
一度、電源を落としてみると、それはただの電気器具。
電源を落としてみて、はじめて、それがわかる。
……しかし、それは何だろうか?
それを知ることは可能だろうか?
私たちは、その方法を知れば、この(現実)の世界から、
抜け出ることができるのだろうか。
残念ながら、私には、ここまでしか、わからない。
どこかに、きわめて高度な知的能力をもった生物がいて、それを説明してくれても、
たぶん、私には、理解できないかもしれない。
それはたとえて言うなら、犬のハナが、数学を学ぶようなもの。
(現に今、宇宙が無限であるという学説を、私は理解できないでいる!)
私たちが住んでいるこの宇宙は、無限なのか、それとも有限なのか。
もし無限だとするなら、それはありえない世界ということになる。
が、有限であるとしても、これまたおかしなことになる。
「有限の向こうはどうなっているのか」という問題である。
考えれば考えるほど、わけがわからなくなってくる。
今朝は、そんなことを考えた。
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 08年 7月 2日
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【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
(To U.S. Vice-Secretary of State, Mr. C. Hill, and U.S. Secretary of State C. Rice:)
*This is our serious warning from the Japanese to U.S. Vice-Secretary of State, Mr. C.
Hill, as well as U.S. Secretary of State C. Rice: We, the Japanese, in no way agree to
your process of disarmament of North Korean's nuclear weapons, the process like that
way as you do now with North Korea! Mr. C. Hill seems to work only for his own honor
and Mr. C. Hill should know that you are called widely in Asia, Mr. Kim Jon-Hill. We,
the Japanese, are very much angry with you. Both of you have just given the tyrant
money and time. We hope you listen to their sad voices of ordinary North Koreans and
aloso our angry voices of the Japanese.
●核兵器と核物質は、不問?
++++++++++++++++
日本としては、絶対に容認できない。
また容認してはならない。
K国の既存核兵器と既存核物質については、
不問だと!
とんでもない話である。
アメリカのワシントン・ポストでさえ、つぎの
ように、C・ヒル氏を批判している。
「彼は大変有能な交渉人だが、その一方、
英雄になろうとしてメディアにしばしば露出する
貪欲(どんよく)な人物だと見ることもできる」
(指摘、朝鮮N報翻訳・08年5月29日)と。
もう少し前後の記事を読んでみよう。
そこには、こうある。
+++++++++以下、朝鮮N報より転載++++++++++++
(ワシントン・ポスト紙は)、これからの外交分野での最も大きな関心は、ヒル次官補が北
朝鮮の核問題に関する交渉を成功させるのか、彼の失敗を望む政府高官の一派からの攻撃
をどのように防ぐのか、という点であると述べている。
ヒル次官補は、北朝鮮に譲歩を重ねるという理由から、北朝鮮の金正日(キム・ジョンイ
ル)総書記の名前をもじって「キム・ジョンヒル」と呼ばれることもあった。
6カ国協議の米国副代表として活動しているビクター・チャ氏(元国家安全保障会議アジア
担当局長)はヒル次官補について、「彼は大変有能な交渉人だが、その一方、英雄になろう
としてメディアにしばしば露出する貪欲(どんよく)な人物だと見ることもできる」と評
価した。
+++++++++++以上、朝鮮N報より、転載+++++++++
率直に言えば、まさに(とんでもない外交官)である。
わかりやすく説明しよう。
C・ヒル氏は、
(1)すでにジャンク(ガラクタ)となった、ヨンビョンの核開発関連施設について、「爆
破ショー」を演出してみせようとしている。
(2)既存の核兵器、核物質については、不問。これに応じて、K国は、「自国を、核保有
国として認めろ」と、アメリカに迫っている(5月30日)。
(3)少なくとも、5月25日前後まで、日本の拉致問題について、K国と真剣に話しあ
った形跡は、ゼロ。むしろ事実は逆で、K国を財政的に援助するため、日本を利用
しようとしている。
ワシントン・ポスト紙の記事には、つぎのようにある。
+++++++++++以下、朝鮮N報より転載++++++++++++
北朝鮮の核問題について話し合う6カ国協議の米国首席代表を務めているクリストファ
ー・ヒル国務次官補。米紙ワシントン・ポストは5月26日付(08年)の記事で、ヒル
次官補は中間クラスの公務員であるにもかかわらず、米国の北朝鮮政策を対峙(たいじ)
から対話へと180度転換させ有名人となったと報じた。
同紙は「米国の対北朝鮮政策の転換を操った中間クラスの公務員」というタイトルの特
集記事で、ヒル次官補が過去3年間疲れも見せずに進めてきた北朝鮮の核問題に関する交
渉が、任期切れ間近のブッシュ大統領の外交政策の中で最も大きな希望として浮かび上が
っていると評価した。
同紙の評価では、ブッシュ大統領とコンドリーザ・ライス国務長官に対し、北朝鮮が隠
しているプルトニウムの問題に集中するよう説得し、濃縮ウランを含むほかの問題は副次
的なものとしたことは、ヒル次官補最大の「クーデター」だった。
また、2005年にブッシュ大統領の任期2期目が始まってからも、現職にとどまると
分かるや、「北朝鮮に行かせてくれれば交渉を妥決させる」としてライス長官を説得した
のも、彼の業績だった。
同紙によれば、ブッシュ大統領のヒル次官補に対する信任は格別だ。次官補級でありな
がらブッシュ大統領やディック・チェイニー副大統領、スティーブン・ハドリー大統領補
佐官(国家安全保障担当)の朝食会に出席したのは異例のことで、時にはブッシュ大統領
と1対1で話を交わすこともあった。
ヒル次官補は公開行事やメディアを巧みに利用することで国際的な人物になった、と同
紙は分析した。また、ドイツのアンゲラ・メルケル首相と並び、国際関係に大きな影響を
及ぼした人物が受賞する、英国チャタム・ハウス賞の候補にも挙がっている。
++++++++++++以上、朝鮮N報より転載++++++++++
この記事を、要約してみる。
(1)ヒル次官補は中間クラスの公務員であるにもかかわらず、米国の北朝鮮政策を対峙
(たいじ)から対話へと180度転換させ有名人となったと報じた。
(2)北朝鮮が隠しているプルトニウムの問題に集中するよう説得し、濃縮ウランを含む
ほかの問題は副次的なものとしたことは、ヒル次官補最大の「クーデター」だった。
(3)2005年にブッシュ大統領の任期2期目が始まってからも、現職にとどまると分
かるや、「北朝鮮に行かせてくれれば交渉を妥決させる」としてライス長官を説得し
たのも、彼の業績だった。
この記事の中で、とくに気になるのは、「濃縮ウランを含むほかの問題は副次的なものと
したことは、ヒル次官補最大の「クーデター」だった」という部分。
「ほかの問題」というのは、たとえば既存核兵器、ならびにシリアへの核移転問題を含
む。つまりヒル氏は、なりふり構わず、アメリカの国益だけを優先させ、表では、「6か国
協議を重要視する」と言いながら、裏では、K国と直接交渉を繰りかえしていた。
それを助けたのは、もちろん金大中元韓国大統領であり、ノ前韓国大統領である。
となると一連のC・ヒル氏の目的は、何か?
ワシントン・ポスト紙の記事には、こうある。
「ドイツのアンゲラ・メルケル首相と並び、国際関係に大きな影響を及ぼした人物が受賞
する英国チャタム・ハウス賞の候補にも挙がっている」と。(ナルホド!)
もしCヒル氏の思惑どおり、ことが運んだら、この日本はどうなる?
(1)K国は、核保有国となり、以後、日本は、K国の核兵器の存在にビクビクしながら、
K国の言うなりにならなければならない。
(2)仮に米朝平和条約(=不可侵条約)が結ばれたら、その時点で、日米安保条約は、
死文化する。つまりK国は、自由勝手に、日本に対して戦争をしかけることができ
るようになる。K国の最大の目標は、ここにある。
(3)拉致問題は、未解決のまま。そんな人物が、『チャタム・ハウス賞』だって!?
何度も繰りかえすが、あの独裁者は、核兵器をぜったいに放棄しない。核兵器あっての、
金xxである。核兵器が、恐怖政治の本尊になっている。が、ひとりノー天気なヒル氏は、
アメリカ流合理主義だけで、問題を解決しようとした。またその手法に、しがみついてい
る。
日本やほかの国々が、今まで、いかにだまされてきたかを考えれば、ヒル氏も、少しは
自分のしていることの愚かさに、気づくはず。
同じく朝鮮N報には、こんな記事が載っている(5月29日)。そのまま紹介させてもら
う。私たち日本人も、一度は、この記事を、じっくりと読んでみる必要がある。ヒル氏の
している愚かさが、少しは理解できるはず。
K国の1人の政府高官が、決死の思いで、朝鮮N報に送ってきた手紙である。
+++++++++++以下、朝鮮N報より転載+++++++++++++++
この手紙は出張で中国に渡った北朝鮮高官が在中同胞を通じて朝鮮日報社に自分の心境
を綴った手紙をファックスで送ってきたものです。自分の身の安全のため、身元はもち
ろん、筆跡が明らかになる手紙の写本も公開しないよう要請しました/編集者。
私は現在、北朝鮮の重要機関で働くものです。身の危険のため、具体的な身元を明かす
ことができません。ご了承ください。
私が危険を覚悟して朝鮮日報読者の皆さんに手紙を書く理由は、韓国政府の対北政策と
北朝鮮寄り勢力の行動があまりにも嘆かわしく、民族の将来のために、言うべきことは言
おうと思ったからです。
ご存知のように、北朝鮮人民たちは1995〜1998年のいわゆる 「苦難の行軍」当時、300
万人が餓死し、120万人が流浪するようになってから、もはや未練も愛情もなくなりました。
ただ残ったものと言えば、金正日(キム・ジョンイル)に対する深い憎悪だけです。
現在、北朝鮮内部には公開することはできませんが、多くの反政府勢力が存在しており、
時が来れば民族反逆者 金正日を処断し新しい国家を建設するエリートたちが徐徐に育成
されております。志のある同志らがこのことに参加しています。
私たちは1990年代の「苦難の行軍」当時、金正日を崩せる絶好のチャンスだと思いまし
た。何故なら、金正日が混乱な体制を維持するため、罪のない人々を次から次へと銃殺し、
管理所(政治犯収容所)送りにするなど無慈悲に人民を弾圧したからです。
人民の怨声が高くなると、反抗の気運もまた高くなるのは歴史の真理と言えます。「苦難
の行軍」当時、政治、経済、文化、国防を問わず、収拾がつかないほど瓦解し、多くの人
民が中国へと発ちました。
私たちは当時、より多くの人民が北朝鮮を脱出し中国に渡ることを願い、国際社会は金
正日の首をもっと強く締め付けてくれるよう願いました。もし、このような状況が現実に
なっていたなら、いくら残忍な金正日政権でも堪えることができず、崩壊したはずだと思
います。
しかし、南朝鮮政府と国際社会の金正日政権に対する支援で、北朝鮮の反政府勢力は再
び苛酷な試練を強いられています。中国へと脱出した数十万もの哀れな脱北者が北朝鮮で
連れ戻され公開処刑場で、また保衛部の監獄や管理所で命を失いました。
どれだけ多い脱北者が北朝鮮に連れ戻され、悲惨な死を迎えたことか、考えるだけで怒
りを抑えることができません。それに、南朝鮮政府は金正日に何の借りを作ったのか、継
続して金正日を支援しています。
これまで北朝鮮に流れ込んだドルと支援物資がどのように使われたか、具体的に明かす
こともできますが、止めておきます。人民の食生活にはまったく関心のない金正日政権が、
外部の支援を人民のためにではなく、自分の政権を維持するためだけに使い切っているこ
とは明らかであるため、このことを是非とも強調したいと思うだけです。
南朝鮮ではまるで、金正日政権が変化したかのように、しきりに金正日を美化しようと
する動きがあるようです。そこで、 「苦難の行軍」 以後の北朝鮮の変化を手短に申し上
げます。
2002年7月に取られた「経済管理改善」措置は、市場の物価を現実化し、事実上有名無
実となった配給制と供給制を廃止するほか、人民に対する国家の責任を個人の責任に転嫁
したこと以外、特別な内容はありません。
商売をするためには自由を与えなければなりませんが、現在北朝鮮には個人商売は存在
しません。月1万〜3万ウォンを稼げる人は当局の許可を得て商売をしますが、そんな能力
のない大多数の勤労者は統制の中、配給も月給もまともにもらえないけれど、職場生活を
続けなければなりません。
最近北朝鮮では 「南朝鮮の連続ドラマ」ブームが起き、各家ごとに家宅捜査が行われ、
出退勤の統制もさらに強化されました。個人農業が可能になるのではないか、ほんの少し
の期待もありましたが、それも今やうやむやになった状態です。
今年7月、協同農場の土地を機関と企業所に分けるという話が流れましたが、まだ実行
されていません。個人が山を開墾して作った田畑に限り、300坪まで農業を許容しており、
それ以上の土地に対しては国家が管理するようになりました。
もちろん、死に物狂いで対抗する住民たちが政府の統制にもかかわらず、数千坪の田畑
を管理することもあります。しかし、土地使用料で税金を払ってしまえば残るものがなく、
人民の怨声は高まるばかりです。
田畑を耕している人たちは、それでも餓死しない程度の農業を営み、自給している人々
だと言えます。農民たちは秋になれば軍糧だとして米を奪われ、幹部らにも奪われてしま
うと残るものがないため、今はちゃっかりしています。
各自、泥棒になりきって食糧を確保しない限り飢え死にしてしまうため、農民らはみな
盗賊になってしまっています。
だから、秋になれば協同農場の土地は中身のないしいなばかりが転がっています。黄海
道の今年の作況が少しは改善されたと言いますが、人民軍の軍糧を去年よりさらに多く持
っていかれたため、早くから農民の怨声が聞こえています。
最近は人民軍も飢えるほど、再び食糧難が深刻になっています。人民たちは人民軍を「暴
れん坊軍隊」、「やくざ」、「盗賊軍隊」、「討伐軍」(日帝当時の討伐隊に例えた言葉)と呼んで
おり、まともに食べられず栄養失調に悩まされるという意味から「栄失軍」(栄養失調軍隊)
と呼んだりします。
毎日のように民家を襲い、人を殴ったりするため、軍隊に対する苦情が後を絶ちません。
飢えで、人民軍の綱紀は崩壊寸前です。
北朝鮮はますます救いようのない腐敗国家に転落し、さらに滅亡の加速度がかかってい
る状態と言えます。金正日は何とか政権を維持するため、処刑や拷問など苛酷な刑罰をさ
らに強化しており、脱北者に対する処罰も、最近は極めて厳しくなっています。国際社会
の世論のため、公開処刑はあまり行っていません。
外部の情報に対する人民の関心が高まり、南朝鮮でどんなことが起きているのか、高官
らはすべて知り尽くしています。今や中間級の幹部や若者たちまでもが、米国のラジオ・
フリー・アジア(RFA)を聞いて情報を拾得しています。誰が金正日を助けており、誰が北朝
鮮の自由と人権のために戦っているのか、私たちはすべて知っています。
より多くの人民が中国に脱出し金正日と対抗しなければなりませんが、現在中国と韓国
政府が脱北者を粗末に扱い、彼らの救出にまったく関心がないということを、すでにずい
ぶん前から知っていました。
このような情勢であるため、北朝鮮人民たちは逃げることもできない悽惨な状況に置か
れ、飢え死にするか、暴力により死ぬ日だけを待っています。
そのため、現在韓国政府の対北政策に対して北朝鮮の志のある高官らと反政府勢力は非
常に不満を抱いており、南韓政府に対する憎悪はさらに深まっています。
もはや、金正日は行き場がありません。今金正日を好きな北朝鮮人民は誰一人いないと
断言します。無知な人民軍を立て、人民を銃や刀で弾圧していますが、もはや彼の運も尽
きたと思います。
人民軍の親兄弟も飢え死にしています。人間として、考えられる頭があるなら、どうや
ってこの状態を正常だと言えますでしょうか。
わが民族が困難に陥った時、私たちが兄弟だと信じている南朝鮮人民たちが金正日政権
を崩壊し、北朝鮮人民に自由と解放を与えるためにはどうすべきか、ここまで話せば、お
分かりになるはずだと思います。
開城(ケソン)工団は金正日の足りない外貨を稼ぐための 「窓口」と見ると正確です。金
鋼山観光も同じです。金正日は南朝鮮の金が必要であり、南北交流は金正日にどれだけの
金が入って来るかによって、すなわち 「将軍様」の満足度によって変わるでしょう。
金をたくさん与えれば、南北関係は良くなり、そうではなければその反対になるでしょ
う。厳密に言えば、北朝鮮との関係ではなく、金正日との関係と言うのが正しいでしょう。
もはや、金正日の首を締めなくては、これ以上北朝鮮人民の不幸を防ぐことはできませ
ん。人民軍を解体させ、保衛部を弱化させるためには、金が入ってくるのを阻止すべきで
す。
米国と日本、南朝鮮が力を合わせて金正日を圧迫すれば、崩壊するか、改革、開放をす
るか、彼も選択するでしょう。
重ねてお願いします。北朝鮮の人民たちが今どれだけ惨めに、奴隷のような暮しをして
いるのか、推し量ってください。金正日を助ける人は後日、必ず北朝鮮人民たちが正義の
審判を行うことでしょう。
ありがとうございました。
++++++++++++以上、朝鮮N報より転載+++++++++++++
こうしたヒル氏の、きわめて独善的な動きに対して、さすがのライス国務長官も危機感を
いだいたのか、ライス氏は、つぎのようにコメント発表している(5月30日)。
+++++++++++++以下、朝鮮N報より転載+++++++++++++++
+
The United States has made it clear it will reserve its decision whether to remove North
Korea from its list of terrorist countries until it is satisfied that it fully understands North
Korea's nuclear programs.
In a recent interview with the Weekly Standard, U.S. Secretary of State Condoleezza
Rice was asked whether it is possible for North Korea to be struck off the list even if it
does not explicitly admit nuclear cooperation with Syria. Rice said, "What we're doing is
we want to look at -- take a look at the totality of the nuclear (question). So, I'm not going
to make any judgments until we … know where we are on these issues."
Rice stressed there are other ways to put sanctions on North Korea if necessary, even if
it is struck from the list and the Trading With the Enemy Act, and added the U.S. does
not blindly trust the North Korean regime just because it is minded to strike it from the
list. "I think there's some … misunderstanding," she said. "Nobody believes that this is a
regime that you can believe. Let me just start by saying I have not lost my
understanding of the North Korean regime."
On the same day, Stephen Hadley, President Bush's national security adviser,
reiterated the U.S. wants "a Korean Peninsula that is, once again, free of nuclear
weapons." He called for responsible action from North Korea, saying Pyongyang "must
fulfill its other obligations -- including a full declaration of its nuclear programs that is
complete, correct and verifiable, dismantlement of its plutonium production
infrastructure, (and) abandonment of any alternate route for producing nuclear weapons
material."
核リストの申告や核拡散疑惑の解消など北朝鮮の核プログラムの全貌を把握するまでは、
テロ支援国家解除に対する判断を留保するとの立場を米国が明らかにした。
コンドリーザ・ライス米国務長官は最近、「ウイークリー・スタンダード」誌とのインタ
ビューで、北朝鮮のテロ支援国家解除と関連し「北朝鮮の核プログラムの全貌を把握中で、
北朝鮮の核申告がどこまで終わっているのか把握できるまでは判断を留保する」と語った。
ライス長官は「北朝鮮がシリアとの核協力を認めていない状況で、テロ支援国家からの解
除が可能か」という質問に対し、このように答えた。
また、テロ支援国家および敵性国貿易法の解除と関連し、「誤って理解されている部分が
ある。(解除)されるとしても、対北制裁を続けることができる手段はいくらでもある」と
強調した。続いて「北朝鮮政権は信じられない政権だということを多くの人が知っている」
と話した。
一方、スティーブン・ハドリー大統領補佐官(国家安全保障問題担当)も同日、「米国は
韓半島(朝鮮半島)の非核化を願っている。北朝鮮は核プログラムに対して完全で正確に
検証することができる申告をしなければならないし、核兵器を生産するための代案もすべ
てあきらめなければならない」と主張した。
++++++++++++++以上、朝鮮N報より転載+++++++++++++
ライス国務長官は、「北朝鮮の核プログラムの全貌を把握中で、北朝鮮の核申告がどこまで
終わっているのか把握できるまでは判断を留保する」と。
当然のことではないか!
ヒル氏がここで舵を切らないようであれば、日本は、6か国協議からの離脱、ならびに日
米間関係の終焉をも覚悟する。ことは、きわめて重大な局面を迎えつつある。
Hiroshi Hayashi++++++++Jun.08++++++++++はやし浩司
●謎の報道
++++++++++++++++++
朝鮮N報の英語版のほうに、つぎのような
記事が載っていた。
(日本語版のほうには、掲載なし。)
まず、それをそのまま紹介する。
先週(5月末)のある日、金xx死亡説が、
世界中をかけめぐった。
そのニュースで、日本の株価は上昇、
韓国の株価は、さがった。
金xxのその死亡説について、
そのニュースの出所が、謎、という内容のもの。
+++++++++++++++++++
++++++++++以下、朝鮮N報、英語版より転載++++++++++++++
South Korean authorities are trying to discover the source of dubious Internet rumors
that North Korean leader Kim Jong-il is dead, which first emerged in South Korea on
Monday and spread even to China. Intelligence authorities and the Ministry of
Unification officially denied the rumors as groundless, and they were proved false when
North Korea's state-run Korean Central Broadcasting Station reported on Monday
night that Kim had inspected a military unit.
Quoting a source with "an information network inside the North Korean military", a
report posted on a South Korean Internet portal on Wednesday afternoon claimed that
Kim was assassinated in an attack on the road between Pyongyang and Anak County,
Hwanghae Province around 7 to 8 p.m. on Monday. The Ministry of Unification
dismissed this rumor as well, and the report was pulled from the portal on Thursday.
An intelligence official said, "Rumors about Kim's death or serious illness emerge every
so often, but the persistency of the latest rumors is peculiar. We're trying to find their
source, but we're having trouble because they are unfounded." Another official said that
other groundless rumors are also circulating which claim that the rumors about Kim's
death were aimed at deflecting attention from the controversy over U.S. beef imports.
South Korea's foreign exchange market and the Japanese stock market reacted
differently to the rumors of Kim's death. The Seoul market gave more weight to the fact
that they were unfounded, while the Japanese market seemed to give them some
credence.
The won strengthened for a third consecutive day on the Seoul foreign exchange market
on Thursday, climbing W6.70 to close at W1030.30 to the U.S. dollar, a three-week high.
Had the rumors been believed, the won would likely have weakened on worries of a
costly war or national unification.
In contrast, the Nikkei stock average rose 3.03 percent on Thursday, ending up 415.03
points at 14,124.47. Quoting traders and fund managers, Reuters reported that
Japanese stocks rose as rumors of Kim's death circulated Thursday morning.
+++++++++++++以上、朝鮮N報、英語版より転載+++++++++++
脳みその体操のため、この英文を翻訳してみる。
『韓国政府筋は、K国の金xxが脂肪したというインターネットに流れたニュース源の究
明を試みている。当ニュースは、月曜日(5月26日)に最初に韓国で流され、中国へと
広がった。
情報当局と統一部は、公式的には、そのデマには根拠がないと否定している。そしてその
ニュースは、K国の朝鮮中央放送局が、月曜日の夜、軍事施設を検問したというニュース
によって、ニセと証明された。
K国内部の情報ネットワークがニュース源であるとし、水曜日(5月28日)の韓国イン
ターネット・ポータルに、次のようなレポートが投函された。つまり、金xxが、ピョン
ヤンからハンガエ、アナク郡へ行く途中の道で、月曜日(5月26日)の7時から8時ま
での間に、攻撃され、暗殺された、と。統一部長官も、このウワサを、流した。が、この
ニュースは、木曜日(5月29日)に、ポータル・サイトから消された。
情報部の高官は、「金xxの死もしくは深刻な病気のデマは、しばしば流れる。しかし今回
のデマは、特異である。我々はニュースの発生源を見つけようと試みている。が、それが
見つけられないというトラブルに見舞われている」と述べている。もう1人の高官は、他
の根もないデマは、金xxの死が、アメリカの牛肉輸入論争から注意をひくことを目的と
して流布されたと述べている。
韓国の外国為替と、日本の株式市場は、金xxの死のデマに、異なった反応を見せた。ソ
ウル市場は、ニュース源が見つからなかったということにウエートを置き、日本の市場は、
それが信じられるものとした。
韓国ウォンは、韓国外為市場で、木曜日(5月29日)、3日間連続で、ウォン高になり、
この3週間ぶりに、1ドル1030ウォン(6・70ウォンのウォン高)となった。もし
そのデマが信じられていたなら、戦争もしくは、統一への不安から、ウォンは、弱くなっ
ていただろう。
これに反して、日経市場は、木曜日(5月29日)に、平均3・03パーセント上昇し、
415円高の1万4000円を示した。ロイター電によれば、トレーダー、ファウンド・
マネージャーは、木曜日(5月29日)の朝、金xxの死のデマが流されたとき、日本の
株価は上昇したと報告している』(以上、朝鮮N報記事の翻訳)。
+++++++++++
このところ英語を日本語に翻訳するとき、おかしな疲れを感ずるようになった。
(英文だけを読むのなら、それほど疲れを感じないのだが……。)
日本語は左脳、英語は右脳。
その両者をつなぐのが、「脳梁(のうりょう)」。
脳梁というのは、高圧電線のようなものと考えるとわかりやすい。
その脳梁の働きが、悪くなったように感ずる。
ともかくも、この英文を訳すとき、辞書で意味を確かめたのは、「credence」という単語だ
け。
今のところ、右脳の働きは、まだだいじょうぶなようだ。
そのうち、脳みその働きが衰えてくるかもしれない(?)。
しかしあの田丸謙二先生は、昨年の春(2007)、アメリカの化学教育の本を、一冊翻訳
出版している。
そういう人もいるから、希望を捨ててはいけない。
そう、自分に今、言って聞かせる。
+++++++++++
(あとがき)
ヒル氏は、結局は、あの独裁者に、よいように弄(もてあそ)ばれただけ。
おまけに時間と援助を与えてしまった。
ついでに日米関係を破壊してしまった。
「私が解決してみせる」と、アジアに乗り込んできたまではよかったが、アメリカ流合理
主義は、ことこの極東アジアでは、通用しない。
とくにあのK国には、通用しない。
ヒル氏を見ていると、悪しきアメリカ人をそのまま代表しているかのようにさえ思える。
「自分たちは正しい」と思うのはヒル氏の勝手だが、それを「自分たちだけが正しい」と
置きかえてしまう。
そしてその返す刀で、「君たちはまちがっている」と切り込んでくる。
なぜアメリカがベトナム戦争で敗北し、イラクで苦戦しているか。
アメリカ人も、もう少し謙虚になったらよい。
が、悲しいかな、日本にはそれだけの外交能力はない。
ないから、今しばらくは、ヒル氏のうしろを、静かについていくしかない。
しかし、「既存核兵器を不問にしたまま、K国を核保有国として認める」という動きには、
断固、反対しなければならない。
もしヒル氏が、自己の名声獲得のため、こうした動きに同調するようであれば、そのとき
は、日本は、6か国協議からの離脱、日米関係の見直しまで、踏み込まなければならない。
この日本にも、譲れない最後の一線というものがある。
(2008年6月1日記)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●浜松から一言!
(浜松のうなぎ)
+++++++++++++++++
浜松産のうなぎについて。
現在、浜松産のうなぎというのは、
私が知るかぎり、「ほとんど、ない」。
私が現在の浜松市のI町に移り住んできたのは、
32年前。
そのころは、このあたりにも、養鰻業者の養殖池が、
いたるところにあった。
が、現在は、そのほとんどは、荒れ果てたまま、
放置されている。
(中には、目立たないところで、養鰻業を
営んでいる人もいるかもしれないが……。)
ウソだと思うなら、新幹線の窓から、
外をながめてみたらよい。
浜松駅を出て数分もすると、左右にその
荒れ果てた養鰻池を見ることができるはず。
現在、この浜松ですら、売られているうなぎは、
中国産、台湾産、もしくは愛知県の三河産
であったりする。
浜名湖でとれる天然のうなぎは、量そのものが
少ない。
あるいは私たち庶民の口には、入らない!
さらにこんな事実もある。
佐鳴湖といえば、全国でも毎年、ワースト2に
選ばれるほど、汚れた湖だが、意外なことに、
天然のうなぎが、たいへんよくとれる。
一晩に、10〜20キロほども水揚げできるそうだ。
「臭くて食べられないでしょう」と私が
声をかけると、その業者は、こう言って笑った。
「2、3日も真水の中に入れておけば、ニオイは
消えますよ」と。
そういううなぎが、「天然うなぎ」として、どこかで
流通している(?)。
ご注意!
が、こんなニュースが、TBSニュースにのっていた。
++++++++++以下、TBSニュースより++++++++++
仙台市内のホテルに入る日本料理店が、台湾産のウナギを使ったうな重を「静岡・浜名
湖産」と誤って表示し、客に提供していたことがわかりました。
誤った産地を表示していたのは、JR仙台駅前の「M仙台」に入る日本料理店「H瀬」
です。
H瀬は、仙台市内の納入業者から仕入れた台湾産のウナギの白焼きを使用したうな重を、
「静岡・浜名湖産」と誤って表示し、2006年10月から5月28日までに、昼食メニ
ューや持ち帰り用として1580食を販売していました。28日に客から指摘を受けて翌
29日に誤りを確認し、その日から販売を停止していました。
原因について、M仙台は、H瀬の発注担当者が「静岡・浜名湖産」と思い込み確認を怠
ったためと釈明していて、故意に産地を偽装する意図はなかったと説明しています。(31日
23:05)
+++++++++++以上、TBSニュースより++++++++++
私はこの記事を読んで、思わず、笑ってしまった。(ゴメン!)
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●私とワイフ
私は、ときどき、私のワイフを見ながら、「この人は、
本当は、この私を恨んでいるのではないか」と思うときがある。
「嫌ってはいないが、恨んでいる」と。
軽い口論をしたとたん、ワイフは、別人のように冷たくなる。
「あなたなんか、死んでも構わない」といった態度を示す。
顔中に軽蔑の念を浮かべて、私をにらみかえす。
もっとも、夫婦の形に、定型はない。
相思相愛で結婚しても、別れる夫婦は、別れる。
成り行きで結婚した人でも、生涯、仲よく、連れ添う夫婦もいる。
喧嘩ばかりしていても、仲のよい夫婦もいる。
喧嘩しないから、仲がよいということでもない。
夫婦というのは、複雑怪奇。
外からは、わからない。
私たち夫婦も、またしかり。
が、ときどき、私たちが、なぜ夫婦なのか、わからなくなるときがある。
他人といえば、他人。
いっしょに生活をしていること自体、考えてみれば、おかしなこと。
先日も、息子たちと言い争っていたときのこと。
ワイフがそこへ割り込んできて、私の味方をすると思いきや、
息子たちの側について、いっしょになって、私を攻撃し始めた。
「あなたも、〜〜したことあるでしょ!」
「あなたが、だいたい、過干渉すぎるからよ」
「あなたには、子どもたちの気持ちがわかっていないわ」と。
当の私は、防戦、また防戦。
父親の沽券(こけん)など、我が家では、通用しない。
だから私は、こう思う。
「ワイフは、本当は、この私を恨んでいるのえはないか」と。
ワイフにしてみれば、もともと望まない結婚だった。
どちらかというと、ハプニング。
そのハプニングで、私たちは結婚してしまった。
私の早とちり。
それで結婚してしまった。
結婚してしばらくすると、ワイフは、口癖のように、
こう言うようになった。
「私は、あなたなんかと、結婚するつもりはなかったのよ」と。
つまりそういう(恨み)を、かかえている。
その(怨念)は深い。
が、それでも夫婦。
されど夫婦。
一度は、息子たちを連れて、家から出て行ってしまったこともある。
今でも、ときどき、私を捨てるようにして、家を出て行くことがある。
この1年で、2度ほど、あったかな?
そういう事情を知らない他人は、私たち夫婦を見て、「仲がいいですね」
などと言う。
たしかに見た目には、仲がよい。
しかしこういうのを、仮面夫婦という(?)。
私は、基本的には、ワイフを信じていない。
ワイフも、基本的には、私を信じていない。
だからときどき、私の方が疲れてしまう。
毎日、ワイフの機嫌をうかがいながら、ワイフが望むものを、いつも
そこに用意しなければならない。
ワイフには、ファザコン的なところがあり、いつも私には、カンペキな
「男」を求めてくる。
ささいな欠点を私の中に見つけては、それを責めてくる。
たしかにワイフの父親は、ものすごい人だった。
それは認めるが、だからといって、私はワイフの父親ではない。
が、かろうじて、今日まで離婚しないでやってきた。
私がワイフなら、私のような男とは、とっくの昔に別れていただろう。
それがわかるから、私の方が引きさがるしかない。
つまりこれが私たち夫婦の実像。
まあ、そうでありながらも、今年で、37年目。
よくやってきたと思う。
ホント!
ただこの先のことは、わからない。
私は私で、よくこう思う。
「私に、ほんの少しでよいが、その勇気があれば、ワイフを
解放してあげるのに」と。
ワイフは、私のような人間と結婚したことによって、自分の人生を
棒に振ってしまった。
「ワイフはワイフで、したいことがあっただろうに」と思うたびに、
申し訳ない気持ちにかられる。
と、同時に、私は、こう思う。
「私は、どんな女性でもいい。私を愛してくれる女性と結婚したかった」と。
しかしこれは私のぜいたくか?
女性を愛することを知らない男が、女性に愛されるということは、ありえない。
よくわかっています! ハイ!
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●兄の見舞い
+++++++++++++++++
今日、ケア・センターに入居している
兄を見舞ってきた。
2年ぶりの再開だった。
このところ体力が、どんどんと衰弱している。
ドクターからも、「延命処置はしない」と
宣告されている。
すっかり変わり果てた兄。
70歳というのに、80、90歳の老人のような
顔をしていた。
会話もなく、さみしい再開だった。
声をかけても、反応はなかった。
+++++++++++++++++
●今日から(08年)6月1日
6月といえば、年の折り返し点。
(本当は7月1日が、年の中間点だが……。)
日が長くなって、7時をすぎても、
外は明るい。
もっともこの原稿が、マガジンに載るのは、
7月2日(水曜日)。
ちょうど、1か月、先である。
問題は、この6月を、どう過ごすかということ。
「今月こそは、充実した1か月を送ってみたい」と
願う。
しかしいまだかって、充実した1か月を
送ったことは、一度もない。
あれよあれよと思っている間に、6月中旬になり、
そしてこの6月も終わる。
あのアインシュタインは、こう言っている。
「何かが変わるだろうと信じて、毎回、同じことを
繰りかえしている人は、バカである」と。
正確な表現は忘れたが、そういう意味の言葉を
残している。
私は、そのバカである。
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.みなさん、次号で、またお会いしましょう!
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マガジン2005−10
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 月 日号
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 29日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【月は、巨大な宇宙船か?】
●『月の先住者』(Secrets of our Spaceship Moon)
written by Don Wilson 昭和58年発刊、たま出版)
++++++++++++++++++H.Hayashi
ドン・ウィルソン著、『月の先住者』という本を
読み直す。
昭和58年7月発刊、ということだから、今から約
24年前の本ということになる。
私が36歳のときである。
月にまつわる謎は多い。
その謎について書かれた本だと思えばよい。
++++++++++++++++++H.Hayashi
ドン・ウィルソン著、『月の先住者』という本を読み直す。原題は、『Secrets of the
Spaceship Moon』である。「宇宙船、月の秘密」と訳せる。
この本の中では、各章ごと冒頭で、月にまつわる謎を、箇条書きにしてある。
全体では19章。339ページ。文字が小さいから、かなりボリュームのある本と思って
もらえばよい。
その中のいくつかを紹介する。
+++++++++++
●第7章 月軌道を決定した動力
次の疑問点について考えてみたい。
○NASAは、月がなぜ地球の衛星となったかを、最大の疑問としている。
○あるノーベル科学賞受賞者の告白のように、月の起源や地球の衛星となった理由につい
○て、「どう説明してもありえない」と述べているのは、なざだろう。
○NASAの科学者が、「月は存在しないといったほうが説明しやすい」と発言した真意は?
○なぜ今日の科学者は、起源を説明できないからといって、月は存在しない、などと提議
○するのか。
○科学者の中には月を、「自然のなせる宇宙のいたずら」とし、月が地球の衛星にしては大
○きすぎると主張しているのは、なぜだろう。
○現在定説となっている、"自然捕獲説"でさえ、一般の科学者は充分に説明できないのだ
○ろうか。
○天文力学の権威者でさえ、地球の引力が月を引き寄せたことを「不可能」「とてもありえ
○ない」としているのは、なぜか。
○月の軌道が正確であるはずなのに、自然に地球の衛星となったと説明できない理由は?
○天文学者の中には、「ある力が月を地球の軌道に乗せた」という者もいる。「ある力」と
○はいったい、何なのか。
○なぜ月の公転面は、太陽とまったく同じ公転面に配置され、月食が起きる位置にあるの
○か。
○月が信じられないほど正確な位置にあるということはわかっているが、"月宇宙船説"以
○外の方法ではその理由が説明できないのは、なぜだろう。
○天文力学の知識や月計画による実際の研究成果によって、月が地球の軌道に「乗せられ」
○「操縦されている」と説明されることになるのだろうか。
++++++++以上、「月の先住者」より、転載++++++++++
わかりやすく説明しよう。
まず、夜の空に輝く、月を見てほしい。あの月は、地球の周囲を、(1)ほぼ真円に近い
軌道上を、回っている。
つぎにあの月は、(2)地球から見ると、太陽とほぼ同じ大きさに見える。もちろん太陽
のほうがはるかに大きいが、(みかけの大きさ)は、ほぼ同じ。だから、皆既月食、皆既日
食を、数年おきに、世界のどこかで観測することができる。
さらにあの月の(3)公転面は、太陽の公転面とまったく、同じである。
ほかにも(4)月の自転周期と公転周期が、1秒の狂いもなく、一致しているというこ
ともある。だから月は、地球に対して、(月の表側)だけを見せ、いわゆる(月の裏側)を、
見せることはない。(私たちは、常に、月の表側のみを見ていることになる。)
こうした月の存在について、現在の今も、(1)捕獲説と、(2)地球からの分離説、さ
らには(3)隕石の衝突説などが、意見を戦わせている。(最近の学説によれば、太古の昔、
地球に隕石が衝突し、その衝撃で飛び出した地球の一部が、月になったというのが、定説
になりつつある。)
しかしこの説に従っても、なぜ月の軌道が、真円に近いのか。月の(みかけの大きさ)
が、太陽と同じなのか。さらに月の公転面が太陽の公転面と一致しているのかということ
は、説明できない。
偶然というには、あまりにも偶然すぎるのである。
もちろん「捕獲説」にしても、大きな矛盾がある。「太古の昔、月が遠い別の天体からや
ってきて、地球の重力によって捕獲された」という説である。しかしならばその軌道面は、
楕円形になるはず。ぜったいに、真円にはならない。
そこで「乗せられた」という説が出てくる。
太古の昔、月は、だれかによって、その位置に、「乗せられた」と。つまり月自体が、巨
大な宇宙船というわけである。
そこでこの説を補完するのが、『月内部、空洞説』である。つづく第8章の冒頭には、つ
ぎのようにある。
++++++++++++++
……さらにじれったい疑問を投げかけてみよう。
○月の不思議な密度は、月が空洞であるどのような証拠になるか。
○なぜ英国天文学協会。月面課の主任を努めた、"月の権威"が、「何もかもが、月の20
○〜30マイル下が空洞であると示しているようだ」と結論したのか。
○なぜ有能な第一線の科学者たちが、自然の衛星は空洞であるはずがない、という意見で
○一致しているのか。では、月が空洞だというのは、人工的だからだ、とはいえないのか。
○NASA の第一線の科学者によるアポロ計画以前の研究は、なぜ月の動きが空洞の球体み
○たいだと結論したのか。
○重力場の研究は、月が空洞であるという裏づけにはなりえないのか。なぜこの結果が驚
○くべきものなのか。
○宇宙飛行士が持ち帰った、"月の石"は、月が空洞であると、どう説明しているのか。
○人工的に作られた月面地震(月着陸船やロケットなどによる)の時、月はなぜゴングの
○ように4時間も鳴りつづけたのか。このことが、どうして空洞の球体であることを説明
○しているか。
○米国の宇宙局が、月内部が巨大な空洞であるかもしれないと、秘密裡に調査を行ったの
○は、どういう証拠があってのことだろうか。
○月の密度が一番高いのは、月面近くである(月が空洞であるという証拠)という月の研
○究(質量の中心運動)は認められなかったのか。このような科学的証拠が、宇宙船説を
○引き起こさなかったのか。
○数々の証拠がどのように"空洞の月"を証明しているのか?
それでは、ここでショッキングな証拠を提示することにしよう……。
++++++++以上、「月の先住者」より、転載++++++++++
簡単に言えば、月の内部は空洞であり、おかしなことに、つまり常識に反して、月の外
郭部ほど、密度が高く、重金属でおおわれているということ。
……こう書くと、「月は巨大な岩石のかたまりではないか。宇宙船という(船)と考える
には、無理がある」と考える人がいるかもしれない。
仮に巨大な宇宙船であるとしても、それは映画、『スター・ウォーズ』に出てくる、デス・
スターのようなものではないか、と。
しかし残念ながら、宇宙を航行するとき、もっとも安全な乗り物といえば、それなりの
大きさの隕石や衛星をくりぬいた船ということになる。
外壁を、厚い岩石で覆われているため、小さな隕石程度の衝突では、びくともしない。
が、何よりもすばらしいことに、危険な放射線類から、乗り組員を守ってくれる。
仮に映画『スター・トレック』に出てくる、エンタープライズ号のような宇宙船だったら、
隕石の衝突や放射線類から、乗り組み員を守ることはできない。
では、動力源は何か。
これも隕石や衛星をくりぬいた宇宙船であれば、方法は簡単。
緻密に計算をしながら、その上のどこかで、何かを爆発させればよい。
それでその宇宙船は、その反動によって、目的の方向に向かって、まっしぐらに進んでい
く。
もちろん宇宙船を止めるときには、その反対のことをすればよい。
こうして考えて見ると、月が宇宙船であっても、なんらおかしくはない。
ないばかりか、実に精巧、かつ科学的に作られた乗り物ということになる。
ちなみに月空洞説を裏付ける、ひとつの事実を紹介しよう。
「月に人類が到達する以前解明されていたのは、『月の密度は地球の半分くらいだ』とい
うことぐらいだった。実際、月の密度は、地球の約6割だった。月の土、1立方センチメ
ートルと、地球の土1立方センチメートルでは、地球の方が、約2倍も重いということだ」
(同書、111P)と。
言い換えると、月の内部の40%は、空洞ということになる。
+++++++++++++++
改めて『月の先住者』を読んで、私は、ふと、こう思った。
「私はこの24年間、何をしていたのか」と。
この地球には、いろいろな問題がある。
教育問題からはじまって、時事、環境、宗教、哲学、医学問題などなど。
しかし私たちが住む、この地球のそばに宇宙人がいて、それが月に住んでいるかもしれな
いという話については、ほとんど考えてこなかった。
さらにとても残念なことに、この日本では、UFO問題にしても、幽霊や心霊と同格の、
「超常現象」として位置づけられている。
そのためこの日本では、「UFOを見た」というだけで、奇人、変人扱いされる。
しかしUFOは、「科学」である。少なくとも科学的に解明されうる世界の乗り物である。
また科学の対象と考えて、なんらおかしくない。
それを一部の良識派(?)と呼ばれる科学者たちは、UFOを否定することによって、自分
たちの良識性を誇張する。
が、もしいつか、(やがてその日は来るだろうが)、UFOなるものが、その姿を私たちの
前に姿を現したとき、そういった人たちは、どう自分たちの(非良識性)を弁解するのだ
ろうか。
私とて、「見たものは見た」というだけで、どれだけ、白い目で見られたことか!
これからも、自分が納得するまで、この問題を追求してみたい。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
UFO 超常現象 はやし浩司 月空洞説 月宇宙船説)
(付記)
私とワイフが見たUFO と同じものを見た人が、この浜松に、2人いる。
BT氏(男性、現在54歳)と、その弟氏である。
見た時期と、飛んでくる方向はちがったが、ほとんど同型のUFOである。
私が私の見たUFOについて中日新聞に書いたのを、BT氏が読んだ。
それで知り合いになった。
そのBT氏と、今夜(7月27日)、電話で、1時間ほど、話す。
私はこう言った。
「私は、あのUFOを見て以来、ずっと、自分の中のもう一人の自分と闘わねば
なりませんでした。
『私が見たのは、幻覚だ、夢だ、見まちがいだ』と言う私自身。
しかし一方で、『見たものは見た』とがんばる私自身。
ときに、『見たものは見た』という私自身が負けそうになりましたが、そういうとき、ワイ
フが、『私も見た』と言のです。
それでまた話が、振り出しにもどってしまう……。
毎回、その繰り返し。
記憶も、時間とともに、どこか薄れてきます。
もし見たのが私ひとりだけだったら、私はもう一人の自分に負けてしまっていたかもしれ
ません。
今ごろは、『やっぱり、あれは幻覚だったのだ』と、自分を納得させてしまっていたでしょ
う。
私は死ぬまでに、何としても、あの夜に見たものが何であるか、それに決着をつけておき
たいのです」と。
BT氏についても、事情は同じ。
BT氏もこう言った。
「私も弟と2人で見ました。私も、もし私ひとりだけで見ていたら、今ごろは、『やっぱり
あれは夢だったのだ』と自分を納得させてしまっていたでしょう」と。
しかしE・ミシェル博士の言葉で、私は、救われた。
肩の荷がはずされたというか、スーッと心が軽くなるのを感じた。
と、同時に、大きな使命感のようなものを覚えた。
私ももう60歳。
世間に遠慮しなければならない年齢ではない。
書きたいことを、書く。
伝えたいことを、伝える。
私のことを、奇人だとか、変人だとか、そういうふうに思いたければ思うがよい。
……しかし、この爆発的なエネルギーはどこから生まれてくるのか。
つい先日まで、私はものを書くということそのものに、嫌気すら覚えていた。
その私が、何かに取りつかれたように、今、こうして文章をたたいている。
……で、この話とは別に、私には、こんな奇妙な体験がある。
それについて書く前に、この話に出てくる、DK君について書いておく。
DK君は、現在、オーストラリアのM大学で、教授職級の地位にいる。
そのDK君が、この2月に日本へ、娘さんといっしょに、来た。
そしてあの日のことについて、話し合った。
DK君も、あの日のことをよく覚えていた。
そしてその話になると、「ヒロシは、その話をよくするが、たしかに、あの日のことは、
理解できない」と言った。
当時の私たちは、UFOについて、ほとんど興味はなかった。
知識もなかった。
(アダムスキー型のUFOについては、俗説程度には、知っていたが……。)
いわんや、それがUFO現象と関係あるなどとは、思ってもみなかった。
「アダプション(誘拐)」という言葉にしても、それを耳にしたのは、それから
10年以上もたってからのことである。
以前書いた原稿を、そのまま紹介する。
+++++++++++++++++++
●奇妙な体験
+++++++++++++++++++
●秋の夜のロマン、UFO
●資質を疑われるから、書かないほうが……
私は超自然現象というものを信じない。まったく信じない。信じないが、UFOだけは
別。信ずるも信じないもない。私は生涯において、三度、UFOを目撃している。一度は、
ワイフと一緒に目撃している。(あとの二度については、目撃したのは私だけだから、だれ
にも話したことがない。文として書いたこともない。ここにも書かない。)
が、私には、こんな不思議な体験がある。結婚したとき、ワイフにだけは打ち明けたが、
こうしてものに書くのははじめて。だから前もって断っておくが、これはウソではない。
ここにはウソは書かない。こういう話は、書けば書いたで、私の評論家としての資質が疑
われる。損になることはあっても、得になることは何もない。事実、「林君も自分の仕事を
考えたら、そういうことは人には言わないほうがよいよ」とアドバイスしてくれた人もい
る。それはわかっているが、しかしあえて書く。
●不可解な体験
オーストラリアに留学していたときのこと。あと一か月ほどで、日本へ帰るというとき
のことだった。オーストラリアの暑い夏も、終わりに近づいていた。私は友人のD君にビ
ーチハウス(海の別荘)で、最後の休暇を過ごしていた。ビーチハウスは、ローンという
港町の手前、一〇キロくらいのところにあった。避暑地として有名なところで、そのあた
りには、「グレートオーシャンロード」という名前の街道沿いに、無数の別荘が点在してい
た。
ある日のこと。D君の母親が、サンドイッチを作ってくれた。私とD君は、そのサンド
イッチをもって、ピクニックにでかけた。「ビクトリア州の最南端にある、オッツウェイ岬
(Cape Otway)に行こう」ということになった。時刻は忘れたが、朝、ほどよい時刻に出か
けたと思う。あともう少しで、オッツウェイ岬というところで、ちょうど昼食時になった
のを覚えている。小高い山の中に入って、私たちは車の上に座って、そのサンドウィッチ
を食べた。
そこからオッツウェイ岬までは、車で半時間もかからなかったと思う。彼らがいうブッ
シュ(やぶ=雑木林)を抜けてしばらく走ったら、オッツウェイ岬だった。
私たちは岬へつくと、百メートルくらい先に灯台が見える位置に車を止めた。そして車
の外へ出ると、岬の先のほうへと向かって歩き出した。そのときのこと。どちらが言った
わけではないが、「記念に大地に接吻をしよう」ということになった。背丈の短い雑草が、
点々と生えているような殺風景な岬だった。ほかに見えるものといえば、灯台だけだった。
たしか、「オッツウェイ岬」「オーストラリア、最南端」というような表示だけは、どこか
にあったように思う。私たちは地面に正座してひざまづくと、そのまま体を前に倒した。
そして地面に顔をあてたのだが、そこで記憶がとだえた。
気がつくと、ちょうど私が顔を地面から離すところだった。横を見ると、D君も地面か
ら顔を離すところだった。私とD君は、そのまま車に戻り、帰り道を急いだ。ほとんど会
話はなかったと思う。
そのオッツウェイ岬からは、舗装された道がつづいていた。そしてほどなく、アポロベ
イという港町に着いた。港町といっても、波止場が並ぶ、小さな避暑地だった。私たちは
そのひとつのレストランに入って、ピザを食べた。日はとっくに暮れていた。まっ暗とい
ったほうが正確かもしれない。
この話はここで終わるが、それからほぼ一週間後のこと。そのとき私とD君は、D君の
両親の住むジーロンの町の家にきていた。そこで、ベッドに入って寝る前に、私はD君に、
こう切り出した。胸の中でモヤモヤしているものを、吐き出したかった。
「D、どうしてもわからないことがある……」
「何だ、ヒロシ?」
「いいか、D、あの日ぼくたちは昼食を食べたあと、オッツウェイ岬に向かったね」
「そうだ」
「サンドイッチを食べたあと、すぐオッツウェイ岬に向かった。時間にすれば、三〇分
もかからなかったと思う」
「そんなものだな、ヒロシ」
「でね、D、そのオッツウェイ岬で、同時に二人とも眠ってしまった。そんな感じだっ
た。あるいは眠ったのではないかもしれない。同時に地面に顔をつけ、同時に地面から顔
を離した。覚えているだろ?」
「覚えている……」
「それでだ。ぼくたちは、オッツウェイ岬から帰ってきた。そしてあのアポロベイの町
で、夕食を食べた。ぼくはそれがおかしいと思う」
「……?」
「だってそうだろ。オッツウェイ岬から、アポロベイまで、どんなにゆっくりと走って
も、一時間はかからない。が、アポロベイへ着いたときには、あたりはまっ暗だった。時
刻にすれば、夜の七時にはなっていた。ぼくたちは、同時にあの岬で眠ってしまったのだ
ろうか」と。
昼過ぎにオッツウェイ岬に着いたとしても、午後一時か二時だったと思う。それ以上、
遅い時刻ではなかった。が、そこからアポロベイまで、一時間はかからない。距離にして
も、三〇キロくらいしかない。が、アポロベイに着いたときには、もうとっぷりと日が暮
れていた! どう考えても、その間の数時間、時間がとんでいる!
私はその話をD君にしながら、背筋がどこかぞっとするのを感じた。D君も同じように
感じたらしい。さかんに、ベッドの上で、首をかしげていた。
そのオッツウェイ岬が、UFOの有名な出没地であることは、それから数年たって、聞
いた。D君が、そのあたりで行方不明になったセスナ機の事件や、UFOが撮影された写
真などを、そのつど届けてくれた。一枚は、あるカメラマンが海に向けてとったもので、
そこには、ハバが数百メートルもあるような巨大なUFOが写っていた。ただしそのカメ
ラマンのコメントによると、写真をとったときには、それに気づかなかったという。
さらにそれから五、六年近くたって、私たちと同じような経験をした人の話が、マスコ
ミで伝えられるようになった。いわゆる、「誘拐」(アブダクション)というのである。私
はあの日のあの経験がそれだとは思いたくないが、どうしてもあの日のできごとを、合理
的に説明することができない。
簡単に言えば、私とD君は、地面に顔をつけた瞬間、不覚にも眠ってしまったというこ
とになる。そして同時に、何らかのきっかけで起きたということになる。しかも数時間
も! しかし現実にそんなことがあるだろうか。私はその前にも、そのあとにも、一度
だって、何の記憶もないまま、瞬間に眠ってしまったことなど、ない。電車やバスの中
でもない。寝つきは悪いほうではないが、しかし瞬間に眠ってしまったようなことは、
一度もない。
私とD君は、UFOに誘拐されたのか?
今になってもときどきD君と、こんな話をする。「ぼくたちは、宇宙人に体を検査された
のかもね」と。考えるだけで、ぞっとするような話だが……。
●再びUFO
ワイフとUFOを見たときの話は、前にも書いた。繰り返すが、私たちがあの夜見たも
のは、絶対に飛行機とか、そういうものではない。それに「この世のもの」でもない。飛
び去るとき、あたかも透明になるかのように、つまりそのまま夜空に溶け込むかのように
して消えていった。飛行機のように、遠ざかりながら消えたのではない。
私はワイフとその夜、散歩をしていた。そのことはこの原稿に書いたとおりである。そ
の原稿につけ加えるなら、現れるときも、考えてみれば不可解な現れ方だった。この点に
ついては、ワイフも同意見である。つまり最初、私もワイフも、丸い窓らしきものが並ん
で飛んでいるのに気づいた。そのときは、黒い輪郭(りんかく)には気づかなかった。が、
しばらくすると、その窓を取り囲むように、ブーメラン型の黒いシルエットが浮かびあが
ってきた。そのときは、夜空に目が慣れてきたために、そう見えたのだと思ったが、今か
ら思うと、空から浮かびあがってきたのかもしれない。
Hiroshi Hayashi++++++++July 08++++++++++はやし浩司
●造反したのは、E・ミシェル博士だけではなかった!
+++++++++++++++++++
月表面のみならず、この地球上でも、
またその間の宇宙空間においてでさえも、
今までに厖大な数の、UFO目撃例が
ある。
しかしどういうわけか、NASAは、それら
すべてを否定している。
UFOに関する情報は、NASAの中でも、
極秘中の極秘、最高度のトップ・シークレット
扱いということは、容易に推察できる。
が、今回、E・ミシェル博士は、あえて、その
暴露戦術に、うって出た。
が、ほかにも、いた。
「月面に9番目に人類として足跡を残した、宇宙飛行士のジョン・アームストロングは、
月でのUFOの存在について、こう語った。『もし君が(UFOが)存在しないと思うなら、
勝ち目のない勝負をしているようなものだ』と。
また同じく宇宙飛行士のユージン・サーナンは、『UFOは、どこか他の文明から来たと信
じている』といっている」(以上、「月の先住者」)と。
E・ミシェル博士自身の言葉も、収録してある。
「月での6番目の人類となった宇宙飛行士、エドワード・ミッチェル(本書では、「ミチェ
ル」となっている)は、UFOについて、こう述べている。『UFOに関して、あとわから
ないのは、どこからやってきたのか、ということだけだ』」と。
私は、月での不可思議現象を、ひとつずつ、検証してみたい。
が、その中でも、とくに私の注意をひいてやまないのが、『オニール橋』である。
私は子どものころ、(小学3年生前後ではあなかったかと思うが、記憶は定かではない)、
何かの博覧会で、そのオニール橋について知った。
そこには大きなパネルで、月のクレーターからクレーターにまたがってかかる、巨大な
岩石のアーチが描かれていた。
見た感じは、大きな洞窟のような感じだった。
子どもが泥で作る、橋のようなものを想像すればよい。
が、そのオニール橋はその後、その場所から、こつ然と姿を消す。
一説によれば、巨大なUFOが、2つのクレーターの山の上にまたがって、着陸していた
ということだが、真偽のほどはわからない。
「月の先住者」のなかにも、そのオニール橋に触れた箇所がある。
それをそのまま紹介する。
「……そのころのもっとも驚くべき記事は、ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙の
科学部門編集者であった、ジョン・オニール氏が、1954年に危難の海に、巨大な橋の
ような建築物が見えると発表したときだった。
おもしろいことには、他の著名な天文学者にも各自の望遠鏡で、その橋らしきものが確
認されたことだった。ある者は、その橋は全長12マイル(約20キロ)にも達するとい
った。
はたしてその(橋)が建築物であったのか、それとも単に自然のなせる技だったのだろ
うか。英国の有名な天文学者である、H・P・ウィルキンス博士(英国天文学協会、月面
課主任)は、BBCのラジオ番組の中で、『(橋)らしきものは、建造物のようだ』(『UF
Oの陰謀』、ドナルド・キーホー、1975)と発言した。
さらにその番組で、『建造物とは具体的にどういうことなのですか』と質問され、『つま
り、それは技術的に作られたものだということです』と答えている。
そしてその(橋)は地面に影を落としていて、外観もふつうの(橋)のようだと付け加
えた。
またこの月の権威者は、『橋の下に太陽光が差し込んでいるのさえ、よく見える』と述べ、
人々をびっくりさせた。
このラジオ番組の中で、ウィルキンス博士は、この(橋)が、『自然にできたものである』
とは一度も言わないばかりか、『人工のものらしい』と、何度も述べたのだった。
危機の海自体、かつて何度もよく観察され、研究されつくした場所だけに、以前この(橋)
が存在しなかったことは事実である。
そればかりか、この(橋)は近年になって、他の惑星の人類(?)によって建設された可
能性が大となった。
他にも、たくさん、知的生物によって、四角形、あるいは三角形の壁状のものや、ドー
ムのようなものでさえ造られつづけ、どこからともなく現れては消えた……」(同書、P1
7〜18)と。
現在の今、そのオニール橋なるものは、存在しない。
また1954年に発見されたというのだから、私が、満7歳のときのことである。
私がどこかの博覧会で、その橋の想像図を見たのは、その直後のことということになる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
UFO 月面 危機の海 オニール橋)
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●月は、巨大なUFO?
このところ毎晩、眠る前に、「月の先住者」(ドン・ウィルソン著・たま出版)を読んで
いる。かなり前に買った本だが、それが結構、おもしろい。なかなかよく書けている。要
するに、月には、謎が多いということ。そしてその謎を集約していくと、月は、巨大なU
FOということになる、という。
私が子どものころには、月の危難の海というところに、オニール橋というのがあった。
オニール(ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン紙の科学部長であったJ・J・オニー
ル)という科学者が発見したから、「オニール橋」というようになった(一九五三年七月)。
どこかの科学博覧会に行ったら、その想像図まで展示してあった。一つの峰からつぎの峰
にまたがるような、端から橋まで、二〇キロもあるような橋だったという。
が、そんな橋が、月の上にあること自体、おかしなことだった。しかもそんな橋が、そ
れまで発見されなかったことも、おかしなことだった。それまでに、無数の天文学者が、
望遠鏡で月をのぞいていたはずである。
しかし、最大の謎は、その後まもなく、そのオニール橋が、その場所から消えたという
こと。なぜか。その本によれば、あくまでも、その本によればの話だが、それは巨大なU
FOだったという。(ありえる!)
そこでインターネットを使って、オニール橋を調べてみた。ヤフーの検索エンジンを使
って、「月 オニール」で検索してみると、いくつか出てきた。結局、オニール橋は、一部
の研究者の「見まちがい」ということで、公式には処理されているようだ。(残念!)
私自身は、信じているとかいないとかいうレベルを超えて、UFOの存在は、確信して
いる。ワイフと私は、巨大なUFOを目撃している。私たちが見たのは、幅が数キロもあ
るような巨大なものだった。だからオニール橋が、巨大なUFOだったとしても、驚かな
い。
しかしこういうのを、私たちの世界では、「ロマン」という。つまり、「夢物語」。だから
といって、どうということもないし、また何ができるということでもない。またそれを基
盤に、何かをすることもない。ただの夢物語。しかし心地よい夢を誘うには、この種の話
が、一番。おもしろい。楽しい。それはちょうど、子どもたちが、かぐや姫の話を聞いて、
夜の空に、ファンタジックな夢をはせるのと同じようなものではないか。
興味のある人は、その本を読んでみるとよい。しかしあまりハマらないように! UF
Oの情報は、インターネットで簡単に手に入るが、そのほとんどのサイトは、どこかの狂
信的なグループ(カルト)が、運営している。じゅうぶん注意されたし。
(030702)
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
●UFO
Have you ever seen an UFO? My wife and I did. It was a midnight after 12:00 o'clock.
We were walking in a narrow street near our flat. It was a huge one, which might be 2 or
3 kilometers in width. Of course it was not a plane. It was so huge. Then if someone asks
me if I believe in UFO's, I would say, "Yes". These days at the Parliament House of
Japan, some congressmen discuss about UFO's in the public. Does this have something
to do with "Kaguya", a Japanese moon-search rocket? Kaguya is now on the orbit of the
moon, taking photos from the space. I hope the government show us everything about
the Moon. Some scientists as well as people say that the Moon is a giant space-craft for
the aliens. Do you think so too?
+++++++++++++++++
このところ、国会議員たちが、「UFO」
という言葉を、よく口にする。
国会という、公式の場でも、この問題
が取りあげられた(07年12月)。
一応、政府見解は、「存在しない」だが、
一部の議員たちは、「信じている」、「いる
と思う」などと発言している。
こうした一連の発言は、日本が打ちあげた
月探査衛星「かぐや」と、どこかでつながって
いるのではないだろうか?
「かぐや」は、とんでもない映像を地球へ
送り届けてきた(?)。
「とんでもない」というのは、「ありえない」
という意味であり、私はそれがUFOであって
も、少しも、おかしいとは思わない。
アポロ宇宙船で、月の裏側に回ったある宇宙
飛行士は、こう言ったという。
「まるでラッシュ・アワーのように、UFO
が飛び交っている!」と。
+++++++++++++++++++
月の内部には、巨大な空間がある。その中心部では、プラズマの人工太陽が、さんさん
と輝いている。月の内側に住む住人たちは、地球人の私たちと同じような生活をしている。
一見、荒唐無稽(むけい)のような話だが、こうした説を信じている人は多い。科学者
の中にも、いる。たとえば私が子どものころには、月には、オニール橋※というのがあっ
た。「オニール」というのは、その橋を発見した人物の名前である。
オニールは、ある日、望遠鏡で月を見ていたとき、斜め方向からの太陽光線を浴びて、
そこに橋のような影ができているのを発見した。それでそれを「オニール橋」と名づけた。
私はその橋のことを、どこかの博覧会に行ったときに知った。巨大なアーチ型の橋で、
全長はたしか、20キロ近くあると聞いたのを記憶している。
しかし、だ。今、同じところをさがしても、その橋はない。「ない」というより、「消え
た」。今にして思えば、その橋というのは、山から山へと、ちょうどそれらにまたがるよう
に着陸していたUFOではなかったかと思う。
私自身も、巨大なUFOを目撃している。ブーメラン型のUFOである。全長が2〜3
キロはあったかと思う。あるいはもっと長かったかもしれない。よく「葉巻型UFO」が
話題になるが、葉巻型UFOともなると、全長が20〜30キロもあるという。
こういう話を聞くと、月へのロマンが、かぎりなく、ふくらむ。
月の住人たちは、どこから来たのか?
月の住人たちは、何をしているのか?
月の住人たちは、地球人の私たちを、どうしようとしているのか?
あの月をくりぬいて住むほどの宇宙人だから、かなり頭のよい人たちとみてよい。私た
ち人間より、ひょっとしたら、何千年も、何万年も進化しているかもしれない。あのUF
Oにしても、光速に近いスピードで、宇宙空間を自由自在に動き回れるという。
私が見たUFOにしても、空にそのまま溶け込むかのようにして、消えていった・・・。
「かぐや」は、どんな映像を送ってきているのか? その一部は、インターネット上で
も公開されているが、どれも高・高度からのものでしかない。私(=私たち)が見たいの
は、もっと低高度で撮った、倍率の高い写真である。
そこには、月に住む住人たちの、その直接的な証拠が写っているかもしれない。どうか
ウソ隠しなく、(=修正しないで)、すべての写真を公開してほしい。
(注※)(月探査情報ステーションの公式HPより、転載)
オニール橋事件を振り返ってみます。1953年7月、ニューヨーク・ヘラルド・トリビ
ューン紙の科学部長であったJ・J・オニール氏は、月面の「危難の海」の西側に人工的
に作られた橋のようなものを発見したと発表しました。この橋は二つの峰をまたぐような
形で、20kmにもおよび、日没時には観測できましたが、日の出の時には見えなかった、
ということです。
同年8月、英国天文学協会の月研究部長だったH・P・ウィルキンス氏らも同じ構造を確
認したと発表しました。しかし、その後この構造は観測できなくなり、見まちがいだった
のではないかという批判が起こりました。ウィルキンス氏はその批判に抗議し、月研究部
長を辞任したそうです。
当時、オニール橋はかなりの話題を呼び、一部UFO研究家などからは巨大なUFOが一
時的に着陸していたのではという推測もされたそうです(以上、「月探査情報ステーション
の公式HP」より)。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist UFO オニール オニー
ル橋)
++++++++++++++++
オニール橋と並んで、私が知った
月の2つのクレーターについて。
++++++++++++++++
●月の不思議
月の南極の写真を見ていたときのこと。ちょうど南極付近に、きれいな円形の二つのク
レーターがある。「きれいな」と書いたが、実際には、真円である。まるでコンパスで描い
たような真円である。
そこで二つのクレーターの直径を調べてみた。パソコンの画面上での測定なので、その
点は不正確かもしれないが、それでも、一方は、3・2センチ。もう一方も、3・2セン
チ! 実際の直径は、数一〇キロはあるのもかもしれない。しかしその大きさが、ピタリ
と一致した!
しかしこんなことが、実際、ありえるのだろうか。
もともとこのあたりには、人工的な構造物がたくさん見られ、UFO研究家の間でも、
よく話題になるところである。実際、その二つのクレーターの周囲には、これまた謎に満
ちた影がたくさん写っている。
そこでさらに調べてみると……というのも、おかしな言い方だが、ともかくも、あちこ
ちのサイトを開いてみると、こうした構造物があるのは、月だけではないことがわかった。
火星はもちろん、水星や、金星にもある。エウロパやエロスにもある。つまりいたるとこ
ろにある。
こうした写真は、アメリカのNASAから漏れ出たものである。一説によると、月だけ
でも、NASAは、数一〇万枚の写真をもっているという。公開されているのは、そのう
ちの数パーセントにすぎないという。しかも、何かつごうの悪い写真は、修整されたりし
ているという。しかし、クレーターまでは、消せない。それが、ここに書いた、二つのク
レーターである。
【写真に興味のある人は、私のホームページから、(右下・ビデオであいさつ)→(動画コ
ーナー)へと進んでみてほしい。一覧表の中から、月のクレーターを選んでクリックすれ
ば、その写真を見ていただける。】
●下からの視点、上からの視点
地球上にいて、それこそ地上のカビのような存在でしかない私。その私がはいつくばっ
て東洋医学の勉強をした。その私が、天を見あげながら、「ひょっとしたら……」と考える。
一方、宇宙には、すでに無数のエイリアンたちがいて、惑星間を回りながら、好き勝手
なことをしている。中には、月そのものが、巨大なUFOだと主張する科学者さえいる。
もちろん私は、宇宙から地球を見ることはできない。しかし頭の中で想像することはで
きる。そしてこれはあくまで、その想像によるものだが、もし私がエイリアンなら、人間
の改造など、何でもない。それこそ、朝飯前? 小学生が電池をつないで、モーターを回
すくらい簡単なことだ。
この二つの視点……つまり下から天をみあげる視点と、天から人間を見る視点の二つが、
合体したとき、何となく、この問題の謎が解けるような気がする。「この問題」というのは、
まさに「人間に、約五五〇〇年前に起きた変化」ということになる。
その五五〇〇年前を境に、先に書いたように、人間は、飛躍的に進化する。しかもその
変化は、メチャメチャ。その一つが、少し前に書いた、『黄帝内経』である。黄帝というの
は、司馬遷の「史記」の冒頭を飾る、中国の聖王だが、だからといって、黄帝内経が、黄
帝の時代に書かれたものと言っているのではない。
中国では古来より、過去の偉人になぞらえて、自説を権威づけするという手法が、一般
的になされてきた。黄帝内経は、そうして生まれたという説もある。しかし同時期、メソ
ポタミアで起きたことが、そののち、アッシリア物語として記録され、さらにそれが母体
となって旧約聖書が生まれている。黄帝内経が、黄帝とまったく関係がないとは、私には、
どうしても思われない。
●秋の夜のロマン
あるとき、何らかの理由で、人間が、エイリアンたちによって、改造された。今でいう、
遺伝子工学を使った方法だったかもしれない。
そして人間は、原始人から、今でいう人間に改造された。理由はわからない。あるいは
エイリアンの気まぐれだったかもしれない。とりあえずエイリアンたちが選んだ原始人は
黄河流域に住んでいた原始人と、チグリス川、ユーフラテス川流域に住んでいた原始人で
ある。
改造された原始人は、もうつぎの世代には、今でいう現代人とほとんど違わない知的能
力をもつようになった。そこでエイリアンたちは、人間を教育することにした。言葉を教
え、文字を教えた。証拠がないわけではない。
中国に残る甲骨文字と、メソポタミアに残る楔形(くさびがた)文字は、たいへんよく
似ている。形だけではない。
中国では、「帝」を、「*」(この形に似た甲骨文字)と書き、今でも「di」と発音する。
「天から来た、神」という意味である。一方、メソポタミアでは、「神」を、同じく、「*」
(この形に似た楔形文字)と書き、「dingir」と発音した。星という意味と、神とい
う意味である。メソポタミアでは、神(エホバ)は、星から来たと信じられていた。(詳し
くは、私が書いた本「目で見る漢方診断」(飛鳥新社)を読んでいただきたい。)
つまり黄河文明でも、メソポタミア文明でも、神は「*」。発音も、同じだったというこ
と。が、これだけではない。言葉の使い方まで、同じだった。
古代中国では、「帝堯(ぎょう)」「帝舜(しゅん)」というように、「位」を、先につけて
呼ぶならわしがあった。(今では、反対に「〜〜帝」とあとにつける。)メソポタミアでも、
「dingir 〜〜」というように、先につけて呼んでいた。(英語国などでも、位名を
先に言う。)
こうして今に見る人間が生まれたわけだが、それがはたして人間にとって幸福なことだ
ったのかどうかということになると、私にも、よくわからない。
知的な意味では、たしかに人間は飛躍的に進化した。しかしここでも、「だからどうな
の?」という部分がない。ないまま進化してしまった。それはたとえて言うなら、まさに
そこらのサルに知恵だけ与えたようなものである。
わかりやすく言えば、原始的で未発達な脳の部分と、高度に知的な脳の部分が、同居す
ることになってしまった。人間は、そのとたん、きわめてアンバランスな生物になってし
まった。人間がもつ、諸悪の根源は、すべてここにある?
……これが私の考える、秋の大ロマンである。もちろん、ロマン。SF(科学空想)。し
かしそんなことを考えながら天の星々を見ていると、不思議な気分に襲われる。どんどん
と自分が小さくなっていく一方で、それとは反比例して、どんどんと自分が大きくなって
いく。「人間は宇宙のカビ」と思う一方で、「人間は宇宙の創造主」と思う。相矛盾した自
分が、かぎりなく自分の中で、ウズを巻く。
あさって(二七日)も、天気がよければ、望遠鏡で、月をのぞくつもり。山荘から見る
夜空は、どこまでも明るい。
(030925)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
(今日・あれこれ)(7月28日)
++++++++++++++++
ここ数日、UFOについて考えている。
と、同時に、「自分はとんでもないことを
書いている」という気分から、抜け出る
ことができない。
向こう岸の見えない、湖に飛び込んだ
ような気分とでも書くべきか?
つかみどろこがない。
直接、そうした問題と取り組んでいる
わけでもない。
ゆいいつの接点は、かつて、巨大なUFO
を見たことがあるというだけ。
まるで雲をつかむような話というのは、
こういうことを言うのか。
しかしこれは重大な問題と言ってもよい。
もし月が空洞で、人工的に建造された
宇宙船であるとするなら、人間の
歴史そのものがひっくり返ってしまう。
過去のありとあらゆる出来ごとが、すべて
UFO現象と関連づけて考えられるように
なるかもしれない。
そうなったときの混乱と騒動には、
想像を絶するものがある。
その前に、人間は、そうした混乱と
騒動に耐えることができるだろうか。
++++++++++++++++
●気分転換
……ということで、今朝は、少しUFO問題から、離れてみたい。
で、今、興味があるのが、「竹島(独島)問題」。
それに「6か国協議の行方」。
●最悪の反日国家
韓国政府は今度、竹島を刷り込んだ記念切手を発行することにしたそうだ。
韓国政府がどんな切手を発行しようが、日本の知ったことではない。
が、どこまで日本を挑発したら、気が済むのだろう。
しかもその図柄というのは、古い地図(古地図)のものだというが、元の
地図の、その写本のほうの地図のものだという。
元の地図には、竹島(独島)が載っていないからだという。
(……ということは、自ら、竹島は、韓国の領土ではなかったということを、証明する
ようなものではないのか。論理的に考えれば、そうなる。)
彼らが、「竹島(独島)は韓国の領土である」と主張する、最大の根拠が、古地図は古地図
でも、その写本では、話にならない。
ならないばかりか、今度は、対抗策として、「対馬は韓国の領土だ」と言い出した。
いわく「対馬は韓国領説に、歴史的根拠あり」(朝鮮N報、社説、08・7・27)と。
フ〜〜〜ン?
おまけに数日前の韓国の新聞には、こうあった。
「日本政府は、(竹島問題についての)歴史的資料を、隠ぺいしている」と。
フ〜〜〜ン?
さらに「日本は、地域紛争の火種を残すことに懸命である」とも。
「日本はいつか、竹島を理由に、地域紛争をしかけてくるはず」とでも言いたげな
論調である。
そこで朝鮮N報は、「独島:韓日戦わば」という長文の特集記事まで載せている(7・27)。
日本と韓国の兵力の差を紹介しながら、「半日で、独島は占領される」とか、何とか。
まるで臨戦気分?
フ〜〜〜ン?
ところで現在、日本と韓国の間の、交流事業が、ほとんど中断している。
この静岡県でも、毎年、日本と韓国の子どもたちが、サッカーの交流試合をしていた。
が、それも韓国側の一方的な通告で、中止!
フ〜〜〜ン?
韓国は、やはり韓国。
大統領が替わったくらいでは、何も変わらない。
最悪の反日国家?
それが韓国の実像ということになる。
●6か国協議
どうやらアメリカは、北朝鮮を、核保有国として認める方向で動いているようである。
日本にとっては、とんでもない話だが、アメリカにとっては、なんでもない。
視点をワシントンに置いてみればわかる。
アメリカにとって、アジアの最大の脅威といえば、北朝鮮ではない。
中国である。
中国の核兵器とミサイルである。
その数、数百発とも、数千発とも言われている。
北朝鮮が、8発くらい核兵器をもったところで、どうということはない。
(大切なことは、その8発を、北朝鮮内にとどめておくこと。
北朝鮮の核兵器がテロリストたちに渡ったら、それこそ、たいへんなことになる。
だから「拡散の防止」ということについては、アメリカは神経質になっている。)
次期大統領と目されているオバマ氏も、そんなようなことを演説の中で、ふと臭わした(0
8年7月末)。
で、今、核の検証問題で、米朝会談は山場を迎えつつある。
「検証を具体化せよ」と迫るアメリカ。
「テロ支援国指定解除が先」とがんばる北朝鮮。
しかしこういうのを、茶番劇という。
冷静に考えてみよう。
「テロ支援国家指定」が解除されたところで、何も変わらない。
言うなれば、ラベルのようなもの。
ラベルをはがしたところで、それで世界が、それに追従するわけではない。
そのことを北朝鮮は、百も承知のはず。
つまりどうでもよい、ささいな問題にこだわりながら、ああでもない、こうでもないと
難グセをつける。
それが北朝鮮のやり方。
先のB銀行問題を例にあげるまでもない。
あのときも、「B銀行に凍結されている資金を解除せよ」と北朝鮮はがんばった。
で、アメリカは、北朝鮮の言いなりになって、それを解除した。
北朝鮮は、現金をいつでも引き出せる状態になった。
が、北朝鮮は、現金を引き出さないばかりか、「もっと、自由に送金できるようにせよ」と
言い出した。
しかしいくらアメリカでも、それはできない。
それを判断するのは、世界の銀行各社。
それぞれの銀行が、「北朝鮮の資金は扱いたくない」と言えば、それまで。
事実、現在、北朝鮮の資金を扱う銀行は、皆無。
みんな、いやがっている。
中国の銀行だって、いやがっている。
というわけで、資金の凍結は解除されたが、状況は以前のまま。
同じように、テロ支援国指定が解除されても、それで世界が動くということは、
ありえない。
「アメリカが解除したのだから、もうだいじょうぶ」と、北朝鮮と交易を開始する
国はない。
つまり、北朝鮮は、理由にもならない理由をこじつけて、ダダをこねているだけ。
もっとはっきり言えば、「テロ支援国解除」などという問題は、もともと北朝鮮にとって
は、どうでもよい話。
むしろ、北朝鮮は、アメリカが、解除を延期するのを望んでいる(?)。
そうなれば、まさに、それこそ、北朝鮮の思うツボ。
「アメリカが約束を破った」とか何とか言って、大騒ぎすることができる。
さらにさらに時間を稼ぐことができる。
が、ひとり、そんな事情も理解できず、孤軍奮闘している人がいる。
北朝鮮の言い分を真に受けて、交渉をつづけている人がいる。
国務次官補のC・ヒル氏である。
どうしてあの人は、こんな簡単なことがわからないのだろう?
金xxの手の上で、ただ踊らされているだけ?
私には、ただのおバカにしか見えない(失礼!)。
ここまで書いたところで、朝食。
その席で、ワイフが私にこう聞いた。
「どうして北朝鮮は、B銀行から、資金を引き出さないのかしら?」と。
北朝鮮は、その気にさえなれば、いつでもB銀行から、現金を引き出せるはず。
その現金をカバンに詰めて、北朝鮮へもって帰ることもできるはず。
しかしどういうわけか、北朝鮮は、その資金をB銀行に預けたまま。
預けたままで、「外国の銀行に、自由に送金できるようにしろ」と、アメリカに迫っている。
が、これには理由がある。
私「簡単に言えば、もともと偽札(にせさつ)だからさ」
ワ「どういうこと?」
私「いいか、これはあくまでもぼくの推理によるものだけど、B銀行のトップと、北朝鮮
のトップが、グルだったということ」
ワ「……?」
私「ある日、北朝鮮が、10億ドルの偽札をB銀行に持ちこんできた。B銀行はそれが偽
札であることを知っていた。そこでその偽札を使えるようにするためには、一度、その偽
札を洗浄(ローンダリング)する必要があった」
ワ「どうやって、洗浄するの?」
私「簡単だよ。一度そのお金を、外国のどこかの銀行へ送金すればいい。たとえば日本の
三菱銀行なら、三菱銀行でもいい。で、一度三菱銀行に送金したあと、そこで現金を引き
出す。三菱銀行には、偽札はないからね。今度は、再び、その現金をカバンか何かに詰め
て、B銀行へもってくる。それで洗浄は、完了」
ワ「往復するだけでいいの?」
私「そう」
ワ「でも、B銀行は、どうやって、儲けるの?」
私「最初の段階で、10億ドルのうちから、たとえば5億ドルを自分のものとすることも
できる。あるいは洗浄が終わったあと、手数料として、5億ドル分を自分のものとするこ
ともできる」
ワ「B銀行は、どうしたのかしら?」
私「あくまでもこれはぼくの推理だけど、恐らく洗浄が終わったあと、手数料を受けとる
つもりではなかったのかな。が、その洗浄が、うまくいかなかった。だからB銀行として
も、額面どおりの現金を、北朝鮮に払い戻すことができないでいる」
ワ「北朝鮮に払えば、その分だけ、B銀行の損失ということになるわね。まさか偽札のま
ま、払い戻すというわけにはいかないから……」
私「そう。だから今でも、北朝鮮の資金は、B銀行に預けられたまま……ということにな
っている」と。
何からなにまで、訳のわからない国、それが北朝鮮ということになる。
まともな常識が通ずる国ではない。
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 27日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●真の愛
「子育てが生きがい」という人は多い。明けても暮れても、頭の中は、子どものことば
かり。しかしそういう人は、子どもの奴隷になっているだけ。親は親で、それで構わない
かもしれないが、それから受ける子どもの負担感には、相当なものがある。
あるときある中学生は、母親に向かって、こう叫んだという。「お母さん、ぼくのことは
もういいから、お母さんはお母さんで、自分の人生を生きてよ!」と。
親が子どもに感ずる愛には、三種類ある。(1)本能的な愛、(2)代償的愛、そして(3)
真の愛。本能的な愛というには、赤子のオギャーオギャーと泣くのを聞いたときに、親が
感ずるような愛をいう。親はその声を聞くと、いたたまれない気持ちになる。
代償的愛というのは、いわば「愛ももどきの愛」をいう。子どもを自分の支配下におい
て、自分の思いどおりにしたいという愛をいう。親自身の情緒的欠陥、精神的未熟性が、
その背景にあることが多い。
たとえば子どもの受験競争に狂奔する親というのは、「子どもを愛している」とは言うも
のの、その実、自分勝手な愛を、子どもに押しつけているだけ。自分が感ずる不安や心配
を解消するための道具とて、子どもを利用しているだけ。
では、真の愛とは何か。…実は、「愛」ほど、実感しにくい感情はない。何かあったとき
に、顔を出すことはあるが、日ごろは、「平凡」の中に、埋もれてしまっている。が、真の
愛を知る方法はないわけではない。『許して、忘れる』。つまりその度量の深さで、真の愛
の深さを知ることができる。
『許して、忘れる』というのは、英語では、「FOR・GIVE & FOR・GET」という。こ
の単語をよく見ればわかるように、「FOR・GIVE(許す)」は、「与えるため」とも訳せる。
同じように「FOR・GET(忘れる)」は、「得るため」とも訳せる。つまり『許して、忘れ
る』は、「子どもに愛を与えるために許し、子どもから愛を得るために忘れる」ということ
になる。その度量の深さによって、真の愛が決まる。
が、誤解してはいけないのは、「許して、忘れる」と言っても、子どもに好き勝手なこと
をさせろという意味ではない。子どもがどんな子どもであっても、その苦しみや悲しみを
共有し、それを許し、忘れるということ。
親は子どもを産むことで親になるが、真の愛にたどりつく道は、遠い。険しい。何度も
道に迷いながら、ときに袋小路に入って、もがく。苦しむ。「ああ、もうだめだ」と思うこ
ともある。
そういう幾多の山を越え、谷を越えて、やがて親は、真の親にたどりつく。そのときの
言葉が、これ。『許して、忘れる』。いつかあなたも子育てで行きづまりを感ずることがあ
る。そんなとき、この言葉を、思い出してみてほしい。あなたはその先に、「真の愛」を見
出すはず。心が救われるはず。
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●『許して、忘れる』
「パパ、もうダメだ!」と、息子のHが、電話をかけてきた。それまでに聞いたことが
ないような、悲痛な声だった。私は異常さを感じ、すかさず、こう言った。「帰っておいで!」
と。
(以下、まぐまぐプレミア(有料版)のほうにてのみ、公開しています。)
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【宇宙人は、存在する!】(改)(Aliens are definitely out there!)
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
驚くべきニュースが、伝えられた。
時事通信、7月25日、ニューヨーク発は、
つぎのように伝える。
その記事を、そのまま紹介する。
まさに驚愕すべきニュースである。
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
++++++++++以下、時事通信より+++++++++++++
【ニューヨーク 25日時事】米航空宇宙局(NASA)の元宇宙飛行士が英国の音楽専門ラ
ジオ局のインタビューで、政府は宇宙人の存在を隠ぺいしていると発言。米英メディアが
相次いで報じる騒ぎに発展した。
この元宇宙飛行士は、1971年に打ち上げられたアポロ14号の元乗組員、エドガー・
ミッチェル氏(77)。
同氏は23日の放送で、政府は過去60年にわたり宇宙人の存在を隠してきたが、「われ
われのうちの何人かは一部情報について説明を受ける幸運に浴した」と説明。宇宙人は「奇
妙で小さな人々」と呼ばれているなどと語った。(ヤフー・ニュースより転載)
++++++++++以上、時事通信より+++++++++++++
この記事の信憑性を確かめることにした。
が、それは今日(7月25日)、オーストラリアの友人が送ってくれた情報の中に、含まれ
ていた。
それをそのまま紹介する。
訳は急いで私がつけたが、あえて、原文に忠実に訳してみた。
(荒っぽい訳なので、後日、改めて訳し直してみたい。)
++++++++++++++以下、NEW.COM.AUより+++++++++
FORMER NASA astronaut and moon-walker Dr Edgar Mitchell - a veteran of the Apollo
14 mission - has stunningly claimed aliens exist.
月面歩行者であり、元NASAのベテラン宇宙飛行士である、エドガー・ミシェル博士(ア
ポロ14号のベテラン飛行士)が、「宇宙人は存在する」と強く主張した。
And he says extra-terrestrials have visited Earth on several occasions - but the alien
contact has been repeatedly covered up by governments for six decades.
彼が言うには、外惑星人は、地球を、何度かに渡って訪問しているとのこと。しかし宇宙
人とのコンタクト(接触)は、この60年間、政府によって繰り返し、隠蔽されてきた、
という。
Dr Mitchell, 77, said during a radio interview that sources at the space agency who had
had contact with aliens described the beings as 'little people who look strange to us.'
77歳のミシェル博士は、ラジオ・インタビューの中で、宇宙人と接触したことのある宇
宙局(の係官)は、その生き物を、『ワレワレには奇妙に見える小さな人々』と表現したと
語った。
He said supposedly real-life ET's were similar to the traditional image of a small frame,
large eyes and head.
ミシェル博士は、本物のETは、小さな体の、大きな目と頭をもった、あのよく知られて
いる(=伝統的な)イメージに似ていると思っていると語った。
Chillingly, he claimed our technology is "not nearly as sophisticated" as theirs and "had
they been hostile", he warned "we would be been gone by now".
ミシェル博士は、ワレワレ人間の技術力は、彼らのものととても同程度のものではなく、「も
し彼らが敵対的であるなら、人類は、今ごろは絶滅していただろう」と、警告した。
Dr Mitchell, along with with Apollo 14 commander Alan Shepard, holds the record for
the longest ever moon walk, at nine hours and 17 minutes following their 1971 mission.
ミシェル博士は、アポロ14号のアラン・シェパード船長とともに、1971年のミッシ
ョンでは、9時間17分の最長月面歩行をしたという記録を保持している。
"I happen to have been privileged enough to be in on the fact that we've been visited on
this planet and the UFO phenomena is real," Dr Mitchell said.
ミシェル博士は、「ワレワレは宇宙人によってこの惑星を訪問され、またUFO現象は事実
であるという事実に関して、それをじゅうぶん知りうる立場にあるという特権を、私はた
またまもった」
"It's been well covered up by all our governments for the last 60 years or so, but slowly
it's leaked out and some of us have been privileged to have been briefed on some of it.
「過去60年間、私たち政府すべてによって、それは隠蔽されつづけてきた。しかし少し
ずつ、外に漏れてきた。そしてワレワレの中の何人かは、それらのいくらかの部分につい
て、述べるという特権を与えられた」
"I've been in military and intelligence circles, who know that beneath the surface of
what has been public knowledge, yes - we have been visited. Reading the papers
recently, it's been happening quite a bit."
「私は軍と情報部に属してきた。軍と情報局は、一般的に知られているその表面下で、(そ
うだとも)、ワレワレは訪問を受けていたということを知っている。最近の新聞を読めば、
それがたいへんしばしば起きてきたということがわかる」と。
Dr Mitchell, who has a Bachelor of Science degree in aeronautical engineering and a
Doctor of Science degree in Aeronautics and Astronautics claimed Roswell was real and
similar alien visits continue to be investigated.
ミシェル博士、つまり航空工学分野の科学学士号、ならびに、航空力学ならびに宇宙船学
の博士号をもっているが、ロズウェルは現実にあったと主張し、同様の宇宙人の訪問は、
調査されていると語った。
He told the astonished Kerrang! radio host Nick Margerrison: "This is really starting to
open up. I think we're headed for real disclosure and some serious organisations are
moving in that direction."
ミシェル博士は、驚いているケラング・ラジオ局のホストである、ニック・マーゲリソン
にこう語った。「これは情報開示の第一歩であり、私たちがその開示の先頭にいる。いくつ
かの重要な組織が、その方向で動きつつある」と。
Mr Margerrison said: "I thought I'd stumbled on some sort of astronaut humour but he
was absolutely serious that aliens are definitely out there and there's no debating it."
マーゲリソンは、語った。「私は宇宙船乗組員のユーモアと思ったが、(ミシェル博士は)、
まったく真剣だった。彼は宇宙人は、確実にそこにいて、議論の余地はないと語った」と。
Officials from NASA, however, were quick to play the comments down.
しかしNASAの高官はすかさず、つぎのようなコメントを発表した。
In a statement, a spokesman said: "NASA does not track UFOs. NASA is not involved in
any sort of cover up about alien life on this planet or anywhere in the universe.
その中で、スポークスマンは、「NASAは、UFOの存在を確認していない。NASAは、
この惑星上の宇宙生命体について、この惑星においても、また宇宙においても、どこでも、
いかなる隠蔽にも関与していない」。
'Dr Mitchell is a great American, but we do not share his opinions on this issue.'
「ミシェル博士は、偉大なアメリカ人だが、ワレワレ(=NASA)は、この問題につい
て、彼の意見と共にすることはない」と。
++++++++++++++++++以上、NEW.COM.AUより++++++++
+++++++++以下、オーストラリアUFO研究団体のHPより++
A RECENT spate of UFO sightings around the world has believers in a frenzy, but even
the inside scoop from a former astronaut is not enough to sway the sceptics.
Yesterday, aliens popped up in the news again as NASA sought to distance itself from
former Apollo 14 astronaut Edgar Mitchell who claimed extra-terrestrials have been
coming to visit for decades.
Dr Mitchell, 77, said governments had been covering it up for 60 years.
"I've been in military and intelligence circles, who know that beneath the surface of
what has been public knowledge, yes - we have been visited. Reading the papers
recently, it's been happening quite a bit," he said.
Dr Mitchell's former bosses were quick to distance themselves from the renewed buzz.
"NASA does not track UFOs. NASA is not involved in any sort of cover up about alien
life on this planet or anywhere in the universe," the agency said.
But the Australian Skeptics were not impressed by what Dr Mitchell - or anyone else -
thought they saw. Skeptic spokesman Barry Williams said today the truth was closer
to home: it's all in your head, and you're wrong.
"We love mysteries and we love solving them, just look at how popular crime fiction and
crime TV shows are," Mr Williams said. "The brain needs to find answers, it can't
stand not knowing, so it comes to an explanation and quite often it's wrong."
+++++++++以下、オーストラリアUFO研究団体のHPより++
+++++++++++++++はやし浩司
しかし私はこの記事を読んだとき、肩から、スーッと力が抜けていくのを感じた。
「やはり、そうだったのだ」と。
私とワイフは、35年近くの前の夜のこと、散歩中に、巨大なUFOを目撃している。
以来、「あの夜、私たちが見たものは何だったのか」と、それをずっと考えてきた。
が、「考える」といっても、相手は、煙のような存在。
手でつかまえようとしても、いつもそのままどこかへ消えてしまう。
この35年間、その歯がゆさとの闘いだった。
しかしとうとう、告白者が現れた。
アポロ14号の元乗組員、エドガー・ミッシェル氏である。
これ以上の証言者が、ほかにいるだろうか。
しかも、60年前といえば、「1947年のロズウェル事件」と、重なる。
60年前、アメリカのロズウェルというところに、UFOが墜落している。
エドガー・ミッシェル氏がいう「60年前」と、「1947年のロズウェル事件」とを結び
つけるのは、まだ早計かもしれない。
しかしほかに結びつく話が、ない。
で、「奇妙で小さな人々」とは、どんな人々をいうのか。
ロズウェルでのUFO墜落事件では、「グレイ」とそののち呼ばれるようになった、小さな
体の宇宙人が、アメリカ軍によって収容されている。
エドガー・ミシェル氏が言うところの、「小さな人々」というのは、その「グレイ」のこと
をさすのか。
今のところ詳細は不明だが、エドガー・ミッシェル氏の勇気に、敬意を表したい。
おそらくこれからしばらくの間、エドガー・ミシェル氏は、アメリカ政府内の、そのスジに
人たちによる、猛攻撃にさらされるにちがいない。
ばあいによっては、逮捕、投獄されるかもしれない。
しかしそんなことをすれば、かえってエドガー・ミシェル氏の正当性が、証明されるよう
なもの。
……私は何度も、この記事を読みなおした。
「UFOを見た」というだけで、この日本では、奇人扱いされる。
しかし見たものは、見た。
記憶の中で、もう何千回も、反復してみたが、見たものは見た。
たったそれだけのことだが、そのつど、同時に私は、(私のワイフもそうだろうが……)、
自分の脳みそを疑わねばならなかった。
が、この記事で、私はその重圧感から、解放された。
「やはり、そうだったのか」と。
私たちがあの夜見たものは、やはりUFOだった。
宇宙人が操縦する、UFOだった。
今まで、私やワイフを奇人扱いしてきた者どもよ、悔しかったら、この記事を自分で読ん
でみることだ!
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 宇宙人 宇宙人は存在した
アポロ14号 エドガー・ミシェル Dr Edgar Mitchell ET ALIEN エイリア
ン ロズウェル グレイ 宇宙人 はやし浩司)
++++++++++++++++
私たちが見たUFOについて書いた
記事がつぎのものです。
地元の中日新聞に掲載してもらいました。
++++++++++++++++
●見たぞ、巨大なUFO!
見たものは見た。巨大なUFO、だ。ハバが一、二キロはあった。しかも私と女房の二
人で、それを見た。見たことにはまちがいないのだが、何しろ二十五年近くも前のことで
「ひょっとしたら…」という迷いはある。が、その後、何回となく女房と確かめあったが、
いつも結論は同じ。「まちがいなく、あれはUFOだった」。
その夜、私たちは、いつものようにアパートの近くを散歩していた。時刻は真夜中の十
二時を過ぎていた。そのときだ。何の気なしに空を見上げると、淡いだいだい色の丸いも
のが、並んで飛んでいるのがわかった。私は最初、それをヨタカか何かの鳥が並んで飛ん
でいるのだと思った。そう思って、その数をゆっくりと数えはじめた。
あとで聞くと女房も同じことをしていたという。が、それを五、六個まで数えたとき、私
は背筋が凍りつくのを覚えた。その丸いものを囲むように、夜空よりさらに黒い「く」の
字型の物体がそこに現れたからだ。私がヨタカだと思ったのは、その物体の窓らしきもの
だった。「ああ」と声を出すと、その物体は突然速度をあげ、反対の方向に、音もなく飛び
去っていった。
翌朝一番に浜松の航空自衛隊に電話をした。その物体が基地のほうから飛んできたから
だ。が、どの部署に電話をかけても「そういう報告はありません」と。もちろん私もそれ
がUFOとは思っていなかった。私の知っていたUFOは、いわゆるアダムスキー型のも
ので、UFOに、まさかそれほどまでに巨大なものがあるとは思ってもみなかった。が、
このことを矢追純一氏(UFO研究家)に話すと、矢追氏は袋いっぱいのUFOの写真を
届けてくれた。
当時私はアルバイトで、日本テレビの「11PM」という番組の企画を手伝っていた。矢
追氏はその番組のディレクターをしていた。あのユリ・ゲラーを日本へ連れてきた人でも
ある。私と女房はその中の一枚の写真に釘づけになった。私たちが見たのと、まったく同
じ形のUFOがあったからだ。
宇宙人がいるかいないかということになれば、私はいると思う。人間だけが宇宙の生物
と考えるのは、人間だけが地球上の生物と考えるくらい、おかしなことだ。そしてその
宙人(多分、そうなのだろうが…)が、UFOに乗って地球へやってきてもおかしくはな
い。
もしあの夜見たものが、目の錯覚だとか、飛行機の見まちがいだとか言う人がいたら、私
はその人と闘う。闘っても意味がないが、闘う。私はウソを書いてまで、このコラム欄を
汚したくないし、第一ウソということになれば、私は女房の信頼を失うことになる。
…とまあ、教育コラムの中で、とんでもないことを書いてしまった。この話をすると、「君
は教育評論家を名乗っているのだから、そういう話はしないほうがよい。君の資質が疑わ
れる」と言う人もいる。しかし私はそういうふうにワクで判断されるのが、好きではない。
文を書くといっても、教育評論だけではない。小説もエッセイも実用書も書く。ノンフィ
クションも得意な分野だ。東洋医学に関する本も三冊書いたし、宗教論に関する本も五冊
書いた。うち四冊は中国語にも翻訳されている。
そんなわけで私は、いつも「教育」というカベを超えた教育論を考えている。たとえば
この世界では、UFOについて語るのはタブーになっている。だからこそあえて、私はそ
れについて書いてみた。
(補記1)
私とワイフの見たUFOは、いわゆる「ブーメラン型」のもので、後に、アリゾナ州のフ
ェニックスで目撃されたUFOと同型のものと思われる。
しかし喜んでばかりは、いられない。
UFOが公然と語られるようになり、それを操縦する宇宙人の存在が明らかになるという
ことは、それだけ人類滅亡の危機が迫っていることを示す。
いつだったかこれについて詳しく書いたことがあるが、人類に希望があるかぎり、宇宙人
は、人類の前に姿を現すことはない。
しかしその希望がなくなったとき、宇宙人は、自らの姿を、私たち地球人の前に現すであ
ろう。
そのことは、宇宙人という外惑星人に視点を置いてみるとわかる。
近い将来、絶滅するとわかっている地球人に対して、どうして自分たちの存在を隠さなけ
ればならないのか。
言うまでもなく、地球温暖化(Global Warming)の問題は、それほどまでに深刻になりつつ
あるということ。
2100年までに、地球の平均気温は、4〜6度も上昇するというが、しかし気温上昇が、
2100年で止まるわけではない。
仮にここで今、化石燃料の使用を停止したところで、その後も、不測の事態がさらなる不
測の事態を招き、地球の平均気温は、さらに上昇する。
2200年までに、さらに4〜6度(この数字とて、控えめなものだが……)上昇すると
考えるのは、甘い。
一説によると、その後、地球の平均気温は、二次曲線的に上昇し、最終的には、400度
Cにまで上昇するという。
私が「地球火星化」という言葉を使うのは、そのためである。
そう、まさに地球は、火星化する。
エドガー・ミシェル博士の告白を、「希望」ととるか、それとも「絶望」ととるか。
とても残念なことだが、私は、「絶望」ととる。
(補記2)
宇宙人の存在が、ここまで確定的に断言されると、つぎに私たちは、こう考える。
「では、現在、エイリアンたちは、どこに住んでいるか」「またどんな生き物なのか」と。
これについては、すでに多くの研究家たちが、つぎのような推論をくだしている。
(1)彼らは、月などの衛星内部をくりぬいて、その中に居住している。
ほかにも、火星や木星の衛星が考えられている。
地球へ自由にやってくることからもわかるように、彼らは、すでに地球上の細菌やウィル
スに対して、免疫性をもっているか、あるいは人間の兄弟的存在であると考えてよい。
地球上で二足歩行できるということであれば、彼らが住む居住空間の重力は、この地球と
ほとんど変わらないということになる。
少なくとも、無重力状態ではないらしい。
(2)地球よりは弱い重力の世界で、そこは薄暗い空間である。
巨大な目と瞳をもっているということから、(あくまでも人間と比較しての話だが……)、
かなり暗い空間に住んでいるものと想像される。
恐らく地球の夜程度の光があれば、あたかも私たちが日中に、景色を見るように、夜の景
色を見ることができるはず。
反対に、日中は、光がまぶしくて、何も見えないかもしれない。
そのため眼球に直接張りつける、黒いサン・スクリーンのようなものを、装着している。
また頭が巨大であることから、人間のように、母体の産道を通り抜けて生まれるタイプの
生物ではないらしい。
恐らく体外受精による、人工胎盤によって育成されるタイプの生物と考えてよい。
(3)性格はきわめて温厚で、平和的である。
エドガー・ミシェル博士も述べているように、「もし彼らが人類に対して敵対的であるなら、
人類は、とっくの昔に絶滅していただろう」ということになる。
またそうであるからこそ、彼らもまた、ここまで進化するにまで、存在することができた。
仮に人間のように、好戦的で、挑発的であったとしたら、宇宙人といえども、その進化の
過程で、戦争を繰りかえし、絶滅していたはずである。
が、これから先のことはわからない。
「このまま地球人を生かしておいたら、人類どころか、地球そのものが、火星化してしま
う」とわかれば、宇宙人のほうも、遠慮していないだろう。
私の印象では、この太陽系の中で、彼らの食糧を生産できるのは、この地球だけというこ
とになる。
地球が火星化すれば、彼らとて、絶滅の危機に直面することになる。
彼らが公然とその姿を、地球人の前にさらけ出したとき、すなわちそのときこそが、地球
人の最期ということになる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist エイリアン ET 宇宙
人)
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●多治見で39度!
++++++++++++++++++H.Hayashi
今日(7月25日)、岐阜県多治見市で、最高気温39・0度を記録した。
猛烈な暑さである。
この浜松市でも、37・5度!
ちょうどその時刻に、私とワイフは、街中を歩いていた。
乾いた、肌を貫くような白い太陽光が、容赦なく天から降っていた。
「暑い」というよりは、「熱い」。
そんな感じだった。
私とワイフは、駐車しておいた車に飛び乗ると、クーラーをガンガンと
回した。
++++++++++++++++++H.Hayashi
●宇宙人(ET)の話、PART2
●人間と宇宙人
昨日、久しぶりにUFOの話を、書いた。
あえて言うなら、「夏の夜のロマン」というところか。
UFOについて書けば、かえって変人扱いされるだけ。
「君は教育評論家を名乗っているのだから、そういうことを書くのは、
やめたほうがいい」と忠告してくれた人もいた。
が、あのE・ミシェル元宇宙飛行士が、「UFO現象は、現実(real)である」
「宇宙人(ET)は存在する(real)」と断言した。
久々に、胸の内がスカッとする、ビッグ・ニュースである。
しかし問題がないわけではない。
私はかねてから、こう書いてきた。
「宇宙人がおおっぴらに、人間の前に姿を現すのは、人類最期のときである」と。
宇宙人にしても、自ら身を隠す必要がある間は、身を隠す。
少なくとも、存在を明らかにする必要がないときは、身を隠す。
あえて地球人である人間を、混乱させる必要はない。
それは自然動物園を守る、管理者の心理に共通する。
動物園内の動物は、できるだけそっとしておいてやるのがよい。
自然動物保護の世界には、『暖かい無視』という言葉さえある。
あれこれ人間が手出しするのは、最低限がよいという意味である。
しかしもし動物園の中が混乱し始めたとしたらどうだろうか。
動物たちがともに殺しあったり、施設を勝手に破壊し始めたとしたら……。
当然のことながら、自然動物園の管理者たちは、園の中に割って入り、動物たちを
隔離したり、保護したりするだろう。
それだけではない。
宇宙人にしても、この地球が、太陽系の中でも、食糧が確保できるゆいいつの惑星と
考えてよい。
一説によれば、宇宙人たちは、海草を中心とする、ヨード系の食物を口にしている
と言われている。
地球の温暖化が進んで、そうした食物の確保がむずかしくなるということになれば、
彼らにとっても、重大問題ということになる。
だまって見過ごすわけにはいかない。
●どこに住んでいるか?
すでに40年ほど前から、『月空洞説』(「月の先住者たち」)というのがあった。
旧ソ連の2人の科学者が言い出した説だが、根拠はいろいろある。
その第一は、月が体積に比して、比重が軽すぎるということ。
また月全体がまるで釣鐘のようになっていて、人工的に起こした地震波が、
いつまでも月の表面を伝わるなどの現象ガー・ミられる、など。
この月空洞説に、UFO基地説に重ね合わせてみると、今まで合点のいかなかった
ことが、頭の中ですっきりする。
ジグソーパズルをしていて、コマがぴったり重なったときのような気分である。
一方、宇宙人にしても、月の内部ほど、快適な居住空間はない。
重力は、地球の6分の1、あるいは場所によっては、それ以下。
(だから穴を掘るのも、楽?)
太陽からの有害な放射線は、月の厚い岩石が防いでくれる。
一見荒唐無稽な話に聞こえるかもしれないが、考えれば考えるほど、つじつまが
合ってくる。
事実、アポロ飛行士の中には、月のクレーターの間から出入りするUFOを
目撃した人もいるという。
さらに太古の昔、チベットには、天に使者に連れられて、月の内部の世界を見たという
伝説まで残っている。
私たちが今に見る、絵曼荼羅は、その月の内部の世界を表現したものだと説く研究家も
いる。
今の段階では、すべて風説ということになっているがUFOの存在が
確認され、宇宙人の存在が確認されれば、そのひとつひとつが、人類の
歴史をひっくり返すような(事実)となって、表に出てくる。
アメリカのNASAが心配するまでもなく、人間に与える衝撃には、はかり
しれないものがある。
●人類は、宇宙人の子孫なのか?
若いころ中国に伝わる『黄帝内経(こうていだいけい)』という本を調べているとき、
そのとほうもない科学性に驚いたことがある。
「地球は球である」「地球は虚空の宇宙を回転しながら浮かんでいる」という記述にも
出会った。
(詳しくは、私のHP上で紹介。)
宇宙人がそこにいたとするなら、当然のことながら、私たちは常に、宇宙人の監視と
指導を受けてきたと考えるのが、自然である。
(そうでないと考えるのは、その数百倍も、不自然である。)
「指導」といっても、直接的な会話によるものもあっただろうが、もう少し高度な
立場では、たとえば遺伝子操作による人間の改造も、考えられる。
直接人間の脳みその中に、情報チップを埋め込むという方法も、あるだろう。
「将来的にはそういう方法も可能になる」と、あのホーキング博士も書いている。
少なくとも、今から5500年前を境として、人類は、それまでの新石器時代から、
青銅器、鉄器時代へと、飛躍的に進化している。
このころ、黄河文明が生まれ、チグリス・ユーフラテス文明生まれた。
文字の発明も、このころと考えてよい。
で、先にあげた「黄帝内経」の「黄帝」というのは、司馬遷の「史記」の第1ページ目を
飾る黄帝である。
●超高度な文明?
宇宙人がもっている技術力は、人間のそれをはるかに超えたものと考えるのが自然である。
すでに数十世紀にわたって、このあたりの宇宙を自由に航行していたであろうということ。
それだけでも、彼らのものすごさがわかる。
私とワイフが目撃した巨大なUFOしても、頭上にきたあとは、猛スピードで、
東の空に消えていった。
まるで空に溶け込むかのように、だ。
人間が乗っている飛行機とは、比べものにならない。
一方、今、私たちが最先端の技術として手にしている、コンピュータ技術、遺伝子工学、
宇宙工学などにしても、この半世紀の歴史しかない。
おそらく宇宙人の目に映る人間は、チンパンジーか何かのようではないか。
E・ミッシェル博士が指摘するまでもなく、「もし彼らが敵対的であるなら、人類は
とっくの昔に、滅びていただろう」ということになる。
考えるだけでも恐ろしいことだが、宇宙人がその気にさえなったら、人類など、
部屋の中のハエを殺虫剤で殺すほど簡単に、殺してしまうかもしれない。
●なぜ、今なのか?
しかしなぜ、今なのか?
5500年前から人類にかかわってきたとしても、彼らはけっして、その姿を
おおっぴらに、私たちの前に現すことはなかった。
が、なぜ、今なのか?
E・ミッシェル博士は「さらに重大な開示が予定されている」と述べている。
言葉通りに解釈すれば、もっとはっきりとした証拠なり事実が示されるということに
なる。
だとすると、さらに「なぜ、今なのか?」という疑問が膨らんでくる。
が、今さら、言うまでもない。
この問題は、地球温暖化と、深くかかわりあっている。
現在考えられている対策がすべて実行されたとしても、2100年までには、日本の
気温についてだけをみても、4〜5度も上昇するという。
中には、「たった4〜5度?」と思う人もいるかもしれないが、4〜5度もあがれば、
真冬でも、現在の夏のような気候になる。
地球温暖化の影響は、赤道付近よりも、南北の極地方、また季節で言えば、寒い冬の
ほうに、より大きく現れる。
が、そこで地球温暖化が止まるわけではない。
2100年以後も、また2200年以後も、つづく。
2300年以後もつづく。
そのとき、地球は、どうなっているか?
地球温暖化の問題よりも、私は人類の精神の荒廃のほうを危惧する。
自暴自棄になった人々が、それこそどんなことをしでかすようになるか、
私はそれを心配する。
それこそ地獄絵図そのままの世界が、そのまま具現化される。
●宇宙人の視点で……
そんなとき、もしあなたが宇宙人なら、どうするだろうか?
それをだまって見ているだろうか。
それとも、人間の世界に、積極的に介入していくだろうか。
人間の私が、自分たちの心理状態を基本に、彼らの心を推し量るのは正しくない。
彼らは、私たち人間とはまったくちがった、思考回路をもっている。
感情の中身もちがうだろう。
精神構造もちがうだろう。
ひょっとしたら、人間がもっているような、喜怒哀楽の感情はないかもしれない。
あるいは反対に、たいへん愛情深く、慈愛に満ちた生物かもしれない。
ひょっとしたら、旧約聖書の中に出てくる、「ソドムとゴモラ」のように、
一気に、人間を焼き払ってしまうかもしれない。
が、反対に、ひょっとしたら人間の愚かさを指摘し、人間を指導し、
さらには地球温暖化防止のための知識を分け与えてくれるかもしれない。
が、そこまで期待できるかどうかというと、それはむずかしい。
反対の立場で、「私たち人間は、生き延びる価値があるかどうか」ということを
考えみれば、それがわかる。
あるいは、あなたならどうだろうか。
だれかに、「あなたは生き延びる価値があるかどうか」と聞かれたら、
あなたは何と答えるだろうか。
●宇宙人の限界
が、宇宙人が、全知全能かというと、私は、そうは思わない。
絶対的な(数)、つまり人口そのものが少ないということも考えられる。
あるいは、宇宙人と呼ばれる(人)は、実は(人)ではない可能性もある。
もっとメカニックな、つまり人間が手にした人工知能のかたまりのようであるかも
しれない。
……と書くと、「あのグレイは何か?」と思う人もいるかもしれない。
あのグレイ(本物かどうかは別として)、どこか人間的な体をしている。
しかしあのグレイをもって、宇宙人とするには、少し、無理がある。
私は、親分格の宇宙人は、もっと別の場所にいるのではないかと思っている。
別の場所にいて、グレイのような手下を、ロボットのようにして使っている?
つまりこのあたりに、宇宙人のもつ力の限界がある。
「なぜ人間の前に姿を現さないのか?」という問題にしても、単純に考えれば、
「それができないから」ということになる。
その(できない)部分が、そのまま彼らの(限界)ということになる。
●事実の一端
E・ミシェル博士のような人の発言を聞いて、私は、ほっとしている。
「いつか、そういう人が現れて、真実を語ってくれるだろう」とは思っていた。
しかしその一方で、「私が生きている間に、それをしてくれるだろうか」という
不安もあった。
「間に合った」という言い方は、どこかおかしいかもしれないが、間に合った。
あの夜以来、ずっと私とワイフは考えてきた。
ときどき「夢だった」と、自分にそう思い込ませようとしたこともある。
しかし私たちの結論は、いつも同じだった。
「見たものは、見た」。
そこで私はいつしか、「自分が死ぬまでに、あの夜見たUFOの正体を知りたい」
と思うようになった。
E・ミシェル博士の発言は、その一端を、私につかませてくれたことになる。
「私は、やはり、見たのだ」と。
●心の準備
この先、E・ミシェル博士が語っているように、「さらに重大な(serious)な発表」
がつづくかどうか、今の私にはわからない。
しかしそれよりも重要なことは、そういう発表があるという前提で、私たち自身が、
それに備えて、心の準備をしておくということ。
これは映画の中の話ではない。
現実の話である。
もし宇宙人の存在が確実になったとしたら、宗教はもちろん、歴史すらも、その
根底からひっくり返ることになる。
そうした混乱に、人間は、どう対処したらよいのか。
また対処できるだけの度量はあるのか。
これはあくまでも仮定の話だが、仮に、(あくまでも仮に)、あのイエス・キリスト
ですら、宇宙人とかかわりをもっていたとしたら、それだけで、キリスト教その
ものが、ひっくり返ってしまう。
「今までの歴史は何だったのか」ということにもなるだろう。
あるいは今の今、神に救いを求めている人もいるはず。
そういう人たちは、信仰の基盤を、根元から破壊されてしまうことにもなりかねない。
この問題だけは、「宇宙人がいます」「はい、そうですか」というレベルで片づけられ
るような、単純なものではない。
夏の夜、あなたも、あの月を見ながら、そんなことを考えてみるとよい。
そこには、とてつもないほど壮大なロマンが隠されている。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 壮大なロマン
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●7月25日(金曜日)
++++++++++++++++
久々に、書斎に、もどった。
昨日までは、新しく買ったノートパソコンを手に、
あちこちの部屋を移動しながら、原稿を書いていた。
やはり、原稿を書くには、この部屋がいちばん、よい。
このデスクトップがいちばん、よい。
電源を入れて、1〜2分後には、ビスタで作業ができる。
++++++++++++++++
●K国の核開発問題
シンガポールで行われていた、ASEAN地域フォーラム
(ARF)閣僚会議が、7月24日、終わった。
期間中、米朝の外務大臣どうしが、秘密会談を行ったようだ。
しかし結果は、「不発」。
拉致問題についても、ゼロ声明。
「K国の核計画申告書の検証の重要性を強調する議長声明を採択した」
(TBS)程度で終わってしまった。
来月8月11日に、K国のテロ国家指定解除が発効する。
それまでに核計画申告書の検証作業が具体化する予定だが、
このままでは、むずかしい。
K国は、さらにああでもない、こうでもないと、難グセをつけて、
引き延ばし戦術に出てくるはず。
期間中、C・ライス国務長官が、日本の高村外務大臣に、「検証
作業の具体化を急ぐよう、K国圧力をかけてほしい」という
要請があったという。
しかしC・ライスさんよ、今ごろ気がついても、遅い!
拉致問題を棚上げし、既存核兵器を切り離し、その上、検証作業
メンバーから日本をはずした。
何もかも、K国の言いなり。
原油もあげた、食糧もあげた、時間もあげた、音楽もあげた……。
しかしK国がしたのは、すでにジャンク・ヤード化していた冷却塔を
爆破しただけ。
あなたはK国に、完全に、ナメられている。
●調査書改ざん
TBS―iニュースは、つぎのように伝える。
++++++++++++++++++++++++++++++
静岡県H市にある県立高校で、大学受験する生徒2人の調査書が改ざんされた問題で、県
の教育委員会は、当時の校長を虚偽公文書作成などの疑いで警察に刑事告発しました。
(中略)
この問題はT林業の教師4人が。去年卒業した2人の生徒について、推薦入試を受ける
際の基準を満たすよう、大学に提出する調査書の成績を改ざんしていたもので、4人は懲
戒処分を受けています。
静岡県の教育委員会は、4人の話などから、当時の校長の働きかけで改ざんが行われた
と判断し、今月24日に虚偽の公文書作成などの疑いで警察に告発し、受理されました。
+++++以上、TBS−iニュースより+++++++++++
ニュースの記事だけでは、調査書のどの部分を、どのように「改ざん」したかまでは、わ
からない。
成績という数字だけの改ざんなのか、それとも、活動記録という記録の改ざんなのか。
雰囲気としては、「数字」の改ざんであったように感ずる。
そこでここでは、あくまでも、「数字の改ざん」という前提で、考えてみたい。
たとえばアメリカなどでは、いくら成績がよくても、成績だけでは、ハーバード大学など
の名門校には入学できない。
人物像、性格、人間性などを総合的に判断した、学校長などの推薦文がなければ、入学で
きない。
この「推薦文」にあたる部分が、この日本には、ない。
成績一辺倒というか、数字一辺倒。
(人物評価欄というのは、あるにはあるが……。しかしそれは各大学でも、形式的なもの
としかとらえていない。)
そこで今では、テストの点数だけで、成績をつけるということは、あまりしない。
「頭の中で、その子どもの印象を思い浮かべながら、成績をつける」(某、中学校教師談)
という方法が、一般化している。
さらに、小学校レベルでは、「あっちの子の成績をさげて、こっちの子の成績に上乗せする」
ということが、ごく当たり前のこととしてなされているという。
そういう話を、うわさとして聞いている。
ただ今回の事件は、校長が指示して(?)、4人の教員がそれに応じて動き、懲戒処分を受
けているという点で、きわだっている。
不正は不正なのだから、どこかで歯止めをかけておかないと、調査書そのものが、さらに
形骸化してしまう。
だから「事件」になったのだろう。
しかし教育には、ハンドルの(遊び)のような部分が、必要である。
わかりやすく言えば、「まあ、いいじゃないか」という、おおらかさである。
(たとえば、成績はあまりあがらなくても、がんばったという姿勢が見られたら、その子
どもを励ますという意味で、成績をあげたりする、など。)
その(遊び)の中で、子どもは自ら、伸びていく。
ギスギスは、かえって子どもの伸びる芽を摘んでしまう。
調査書改ざんを擁護するつもりは、まったくない。
ないが、しかしこの事件は、大分県で起きた、教員不正採用試験とは、まったく異質のも
のである。
要するに、「推薦」という部分を、「数字」ではなく、もっと別の方法で表現できないかと
いうこと。
そうすれば、「推薦入学制度」も、もっと実のあるものになっていくと思う。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 調査書改竄 改ざん)
●鮎料理
先日、あるところで、ある料理を食べた。
「料理」と言えるようなものか、どうかは、わからない。
看板には、「ジャンボエビフライ、牛肉ステーキ、鮎の塩焼き、食べ放題」とあった。
しかし入ってみて、驚いた。
食べ始めてみて、驚いた。
まず、(1)ジャンボエビフライ。……というのは、まっかなウソ。
コロモだけがやたらと厚く、中のエビは、ヒモのように長く伸ばされていた。
(コロモの暑さは、1センチ程度。その中のエビは、太くても5〜8ミリ。)
つづいて(2)ステーキ。どれも硬くて、歯が立たなかった。
が、最悪なのは、(3)鮎の塩焼き。
私は子どものころから川魚を食べ慣れているから、そうでもなかったが、ワイフには、ち
がった。
あの川魚独特の生臭さは、海の魚には、ない。
人によっては、ムッとするような臭い。
おまけにあの、ヌルヌル感。
それだけで食欲をなくす人も多いはず。
それを丸いコンロの上で、いっしょに、焼く。
言い忘れたが、「塩焼き」と言いながら、鮎には、塩がまぶしてなかった。
そういう生の鮎が、金属製のトレイの中に、串をさして並べてあるだけ!
私はいろいろな料理を食べてきたが、あれほどまでに最悪の料理を食べたことがない。
ほかの客たちは、鮎の焼き方もわからないから、コンロの上に、そのまま置いた。
そのため皮だけが真っ黒にこげ、中は、生焼き。
口に入れたとたん、ゲーゲーと、口から吐き出している客もいた。
あとで聞いたら、店員に抗議した人もいたとか。
それにしても、ひどい料理だった。
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●幸せに慣れた者は、不幸の意味がわからない
+++++++++++++++++++++
時代は変わった。
若者たちも変わった。
ものの考え方も、変わった。
+++++++++++++++++++++
最近の若い人たちは、「ぼくたちは不幸だった」と言う。
これだけ恵まれた世界に住みながらも、そう言う。
「こんな世の中、生まれてこなければよかった」と言った若者もいた。
心のすみに、そういういじけた心を閉じこめておく、牢屋のようなものがあるらしい。
何かの口論になったようなとき、そういう言葉が、ふと口から漏れる。
そういう言葉を聞くたびに、私はこう思う。
「何が、不幸だ」「不幸の意味も知らないくせに」と。
私たちが子どものころには、家族旅行などという言葉すら、なかった。
私の家が特別というわけでもないが、私の家族が家族旅行なるものをしたのは、
私が小学4年生のときが、はじめて。
数えてみれば、たったの1度だけ。
それも行った先は、伊勢。
その伊勢で、父は酒をあおってしまい、旅館で、大暴れ。
私たちは泊まることもなく、そのまま夜中に、家に帰ってきてしまった。
無惨な、あまりにも無惨な、家族旅行だった。
しかし私は親たちに向かって、「不幸だった」とか、「生まれてこなければよかった」など
と、言ったことはない。
そういう発想そのものが、私たちにはなかった。
日本が今にみるような豊かな国になったのは、ここ20〜30年のこと。
不幸と言えば、それ以前の日本がどういう国であったかを知らないことほど、不幸なこと
はない。
「今の状態」を当たり前と思うあまり、そこにある「幸福」に気づかない。
食事を口にすることができる。
寝泊まりする家がある。
洗濯された服が、そこにある。
今では高校生でも、親に感謝しながら高校に通っている子どもは、ゼロ。
大学生にしても、口では「ありがとう」とはいうものの、本当に感謝しているかどうかと
なると、疑わしい。
「高校へ行くのは、当たり前」「大学へ行くのは、当たり前」という前提で、ものを考える。
へたに、「進学をあきらめてくれ」などと親が言おうものなら、即座に子どものほうが、そ
れに反発する。
私は私で、生きていくだけで、精一杯だった。
それこそ身を粉にして働いた。
ある時期は、休みは、月に1度しかなかった。
今の若い人たちは、そういう(過去の現実)を知らない。
だからこう言った若者がいた。
「ぼくのおやじは、金儲けばかりしていた」と。
そこで私が、「君たちが大学へ行くのだって、お金がかかったんだよ」と言うと、こう反論
する。
「子どものときから、勉強、勉強と、勉強で追われた。その責任を取るのは、親の義務」
と。
もし当時、当時の日本人が、アメリカ人のような父親、たとえば『名犬ラッシー』に出て
くるような父親を演じていたら、その翌年には、一家心中……ということになっていたか
もしれない。
そういう過去の(現実)が、まったくわかっていない。
だからある日、私は自分がしてきたことが、バカらしく思えたことがある。
私の時代には、息子というのは、収入の半分を、実家へ仕送りするというのが、ひとつの
習わしになっていた。
みなガー・ミなではないが、私の周囲にも、同じようなことをしている人が、何人か、いた。
盆や正月には実家へ帰り、親に金銭を渡したり、贈り物をするという習慣も残っていた。
が、今では、それが逆転している。
親のほうが息子や娘、それに孫に金銭を渡したり、贈り物をしている!
いろいろな調査結果を見ても、「将来、親のめんどうをみる」と考えている子どもは、40%
もいない。
「めんどうをみる」という意味すら、わかっていない。
へたにそういう話題をもちだすと、「そんなのは親の責任」と言われそう。
つまり死ぬのも、私たち自身の責任で死ねということか。
その点、私のワイフなんかは、ずいぶんと前に、割り切ってしまっている。
たとえば私が息子たちにいくらかの金銭を渡すたびに、「そんなことはしなくてもいい」と、
ブレーキをかける。
とは言うものの、息子たちから何かの贈り物が届くというのは、うれしいもの。
三男は大学生のころから、旅の先々から、その土地の名物を送ってくれる。
その三男が、おととい、電話で、こう言った。
「パパ、NAPA(=アメリカ)での訓練が終わったら、1か月、休暇がもらえる。いっ
しょに旅行に行こう」と。
うれしかった。
楽しみがふえた。
私たちには、その「幸福」が、よくわかる。
身にしみる。
ワイフはさっそく、旅行先を選び始めた。
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
休みます。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●カルト
+++++++++++++++++
昨日も、G―BLOGへのアクセス数が、
1000件を超えた。
(G−BLOGだけだぞ!)
その分、コメントも、いろいろ寄せられた。
そのコメントを読みながら、ふとこんな
ことに気づいた。
+++++++++++++++++
まずAさん(文の感じからして、若い女性)
のコメント。
「S」というグループ・シンガーについて書いた
エッセーについて、(その「S」を批判したわけではないが)、
「結成した年月日がまちがっている」「あなたの
書いていることは、意味不明」と。
つまり一部がまちがっていることを理由に、
私の書いた原稿を、全否定している。
同じようなコメントだが、「あなたは武士道を否定
しているようだが、教育者として資格なし」
というのもあった。
このコメントも、やはり一部が気に入らない
ことを理由に、私のすべてを、全否定している。
こうした傾向……つまり、一部が気に入らないことを
理由に、ほかのすべてを否定するというのは、
カルト教団の信者によく見られる特徴の一つである。
「誇大視化」という。
「巨大視化」ともいう。
少し前だが、こう言ったある仏教系カルト教団の信者がいた。
「キリスト教はまちがっている。キリストは、最期は、
十字架に張りつけになっている。その無惨な死に方が、
キリスト教がまちがっているという証拠だ」と。
こうして考えてみると、(カルト)と呼ばれているものは、
何も信仰の世界だけの話ではないということになる。
ここにもある、そこにもある、どこにでもある。
……となると、もう一度、ここでカルトについての定義を
再確認しておかねばならない。
以前書いた原稿の中から、それをさがしてみる。
++++++++++++++++++++++
●誇大視化
カルト教団の指導法には、いくつかの特徴がある。その一つが「誇大視化」。「巨大視化」
と呼ぶ人もいる。ささいな矛盾や、ささいなまちがいをとらえて、ことさらそれを大げさ
に問題にし、さらにその矛盾やまちがいを理由に、相手を否定するという手法である。
しかしこうした手法は、何もカルト教団に限らない。教育カルトと呼ばれる団体でも、
ごくふつうに見られる現象である。あるいは教育パパ、教育ママと呼ばれる人たちの間で
も、ごくふつうに見られる現象である。つい先日も、こんなことがあった。
私はときどき、席を立ってフラフラ歩いている子どもに、こう言うことがある。「パンツ
にウンチがついているなら、立っていていい」と。もちろん冗談だし、そういう言い方の
ほうが、「座っていなさい」「立っていてはだめ」と言うより、ずっと楽しい(?)。そのと
きもそうだった。が、ここでハプニングが起きた。
そばにいた別の子どもが、その子ども(小二男児)のおしりに顔をうずめて、「クサイ!」
と言ってしまったのだ。「先生、コイツのおしり、本当にクサイ!」と。
で、そのときは皆が、それで笑ってすんだ。が、その夜、彼の父親から猛烈な抗議の電
話がかかってきた。「息子のパンツのウンチのことで、恥をかかせるとは、どういうこと
だ!」と。私はただ平謝りに謝るしかなった。が、それで終わったわけではない。
それから3か月もたったある日のこと。その子どもが突然、私の教室をやめると言い出し
た。見ると、父親からの手紙が添えられてあった。いわく、「お前は、教師として失格だ。
あちこちで講演をしているというが、今すぐ講演活動をやめろ。それでもお前は日本人か」
と。
ここまで否定されると、私とて黙ってはおれない。すぐ電話をすると、母親が出たが、
母親は、「すみません、すみません」と言うだけで、会話にならなかった。で、私のほうも、
それですますしかなかったが、それがここでいう、「誇大視化」である。
たしかに私は失敗をした。しかしそういう失敗は、こういう世界ではつきもの。その失
敗を恐れていたら、教育そのものができない。教育といっても、基本的には人間関係で
決まる。で、そういう一部の失敗をことさら大げさにとらえ、それでもって、相手を全
否定する。ふつうの否定ではない。全人格すら否定する。
そういえば、あるカルト教団では、相手の顔色をみて、その人の全人格を判断するとい
う。「死に際の様子を見れば、その人の全生涯がわかる」と説く教団もある。それはまさに
誇大視化である。皆さんも、じゅうぶん、この誇大視化には、注意されたい。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
誇大視 誇大視化 巨大視 巨大視化)
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
●心を解き放て!
今、人知れず、家庭内宗教戦争を繰り返している家庭は多い。たいていは夫が知らない
間に、妻がどこかのカルト教団に入信してしまうというケース。しかし一度こうなると、
夫婦関係は崩壊する。価値観の衝突というのはそういうもので、互いに妥協しない。
実際、妻に向かって「お前はだれの女房だ!」と叫んだ夫すらいた。その妻が明けても
暮れても、「K先生、K先生」と言い出したからだ。夫(41歳)はこう言う。「ふだん
はいい女房だと思うのですが、基本的なところではわかりあえません。人生論や哲学的
な話になると、『何を言っているの!』というような態度をして、私を無視します」と。
では、どうするか?
宗教にもいろいろある。しかしその中でも、カルトと呼ばれる宗教には、いくつかの特
徴がある。
排他性(他の思想を否定する)、
情報の遮断性(他の思想を遮断する)、
組織信仰化(個人よりも組織の力を重要視する)、
迷信性(外から見ると?、と思うようなことを信ずる)、
利益論とバチ論(信ずれば得をし、離れるとバチが当ると教える)など。
巨大視化(自説を正当化するため、ささいな事例をことさらおおげさにとらえる)を指摘
する学者もいる。
信仰のし方としては、
催眠性(呪文を繰り返させ、思考能力を奪う)、
反復性(皆がよってたかって同じことを口にする)、
隔離性(ほかの世界から隔離する)、
布教の義務化(布教すればするほど利益があると教える)、
献金の奨励(結局は金儲け?)、
妄想性と攻撃性(自分たちを批判する人や団体をことさらおおげさに取りあげ、攻撃する)
など。
その結果、カルトやその信者は、一般社会から遊離し、ときに反社会的な行動をとるこ
とがある。極端なケースでは、ミイラ化した死体を、「まだ生きている」と主張した団体、
毒ガスや毒薬を製造していた団体、さらに足の裏をみて、その人の運命や健康状態がわ
かると主張した団体などがあった。
人はそれぞれ、何かを求めて信仰する。しかしここで大切なことは、いくらその信仰を
否定しても、その信仰とともに生きてきた人たち、なかんずくそのドラマまでは否定して
はいけないということ。みな、それぞれの立場で、懸命に生きている。その懸命さを少し
でも感じたら、それについては謙虚でなければならない。「あなたはまちがっている」と言
う必要はないし、また言ってはならない。私たちがせいぜいできることといえば、その人
の立場になって、その人の悲しみや苦しみを共有することでしかない。
冒頭のケースでも、妻が何かの宗教団体に身を寄せたからといって、その妻を責めても
意味はない。なぜ、妻がその宗教に身を寄せねばならなかったのかというところまで考え
てはじめて、この問題は解決する。
「妻が勝手に入信したことにより、夫婦関係が破壊された」と言う人もいるが、妻が入
信したとき、すでにそのとき夫婦は崩壊状態にあったとみる。そんなわけで夫が信仰に
反対すればするほど、夫婦関係はさらに崩壊する。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
カルトの特徴 カルト カルト信仰の特徴 2006年11月記)
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
これらの原稿の中で、とくに重要なのは、
つぎのところ。
少し、補足してみたい。
【カルトの特徴】
●全体的な特徴としては、
(1)排他性(他の思想を否定する)
「私は絶対正しい」と言いながら、その返す刀で、「あなたは絶対に
まちがっている」と切り返す。
他者との価値観の融和性がない。
(2)情報の遮断性(他の思想を遮断する)
他者との接触はもちろん、その教団に対して批判的な団体、もしくは
批判的な記事のある雑誌や本を、極端なまでに排斥する。
「接しただけで、地獄へ落ちる」と教える教団もある。
(3)組織信仰化(個人よりも組織の力を重要視する)
徹底した上位下達方式による組織を形成する。
そのため信者は、ロボット化されているとも気づかず、
ロボット化する。
(4)迷信性(外から見ると?、と思うようなことを信ずる)
常識をはずれた行為をしながら、それが常識からはずれている
ことさえ気づかない。
かなり前のことだが、電柱に巻いてあるコイルは、人間を殺すための
新兵器であると説いた教団もあった。
(電柱に巻いてあるコイルは、電設会社の人たちが、予備として、
そうしているだけである。)
(5)利益論とバチ論(信ずれば得をし、離れるとバチが当ると教える)など。
カルトは、たいてい利益論(これを信ずれば、こういう利益があると教える)と、
バチ論(信仰を途中でやめると、恐ろしいことになる)を、ペアにしている。
(6)巨大視化(自説を正当化するため、ささいな事例をことさらおおげさにとらえる)
を指摘する学者もいる。
一部のまちがいを理由に、その相手を完全に否定する。
極端な自己中心性が見られることもある。
●信仰のし方としては、
(1)催眠性(呪文を繰り返させ、思考能力を奪う)
(2)反復性(皆がよってたかって同じことを口にする)
(3)隔離性(ほかの世界から隔離する)
(4)布教の義務化(布教すればするほど利益があると教える)
(5)献金の奨励(結局は金儲け?)
(6)妄想性と攻撃性(自分たちを批判する人や団体をことさらおおげさに取りあげ、攻
撃する)など。
+++++++++++++++++
こうしたカルト性は、何も、カルト教団と呼ばれる、信仰団体だけに
見られるものではない。
「マルクス・レーニン主義」というのも、どこかカルト化している。
最近では、「血液型正確判定」「占星術」「スピリチュアルブーム」も、
どこかカルト化している。
ゲームについても、そうである。
さらに健康法についても、さまざまなカルト性が見られる。
批判めいたことをBLOGに書いたりすると、翌日、ドッと、攻撃的な
コメントが送られてくる。
こうしたカルト化と闘う、ゆいいつの方法は、(1)自分で考え、
(2)常識に従う、である。
できれば自分の考えを文章化してみるとよい。
文章化することによって、自分の考え方の欠陥や、矛盾を自分で知ること
ができる。
あとは、常識に従う。
もっとも、ここでいう常識というのは、世俗的な常識のことではない。
広い視野の常識というか、「おかしいものは、おかしい」と、すなおに
思う常識をいう。
そのために、常に、常識人であることに心がける。
日々に、いろいろな思想に触れ、日々に、いろいろな人の話を聞き、
日々に、音楽を聴き、本を読み、自分の住む世界を広めていく。
こうした努力を怠り、ふと油断したそのとき、私たちはそのままカルトの
世界に入ってしまう。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist カルト カルト性 カルト
化 狂信 誇大視化 巨大視化)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【雑感集】
●下り坂を下るとき
++++++++++++++++++
それまでは前だけを見ながら、登りつめてきた道が、
50〜60歳になると、今度は、下り坂になる。
「下る」というよりは、「先細り」といったほうが、
正確かもしれない。
それまでの道が、突然、途切れ、その先が、暗い
モヤに包まれる。
そんなとき、自分にこう言って、問う。
「健康は、だいじょうぶか?」
「仕事は、だいじょうぶか?」と。
健康と仕事さえあれば、何とか生きていかれる。
夢や希望があれば、さらによい。
しかしぜいたくは言っておれない。
今、ここに生きているというだけでも、御の字。
「明日は何かあるかもしれない」と思えるだけでも、御の字。
ほかに何を望むことができるのか?
ほかに何ができるというのか?
ワイフはこう言う。
「私たちは幸せなほうよ」と。
そうかもしれない。
そうでないかもしれない。
こういうばあい、他人との比較は、あまり好きではない。
私たちより不幸な人たちは、いくらでもいる。
だからといって、私たちが幸福とは、思いたくない。
他人は他人。
私は私。
人、それぞれ。
で、こういうときは、自分にこう言って聞かせる。
「とにかくがんばるしかない」
「今日、できることを、やるしかない」
「どうせやるなら、懸命にやろう」と。
あとは、日々に、この繰りかえし。
繰りかえしながら、明日に、命をつなげていく。
人生は今は、下り坂。
あとはそれを認めて、あくせくせず生きていく。
とにかく(その日)が来るまで・・・。
この人生観、少し暗いかな・・・?
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●幸福は長く延ばして、使うもの
++++++++++++++++++H.Hayashi
幸福は、細いゴムひものようなもの。
幸福を感じたら、できるだけそれを長く、延ばして使う。
おそるおそる、慎重に、かつ、ていねいに延ばして使う。
++++++++++++++++++H.Hayashi
幸福というのは、どのみち、長続きしない。
不幸と不幸の間にあるもの。
それが幸福ということになる。
だから心のどこかで幸福を感じたら、できるだけそれを長く、延ばして使う。
あせってはいけない。
無理をしてもいけない。
まちがっても、コップの中の水を、ぐぐっと飲み干すようなことはしてはいけない。
少しずつ、少しずつ、あふれた水をなめるようにして飲む。
一方、不幸を感じたら、動いてはいけない。
ジタバタしてもいけない。
熊が冬眠するように、じっと穴の中で、時間が過ぎるのを待つ。
不幸は、夏の終わりの嵐のようなもの。
長くはつづかない。
長くつづくと思ってもいけない。
愚かな人ほど、(ヌカ喜び)と(取り越し苦労)の中で、自分を見失う。
幸福のヒモを、自ら、断ち切ってしまう。
不幸を、さらに倍加させてしまう。
●観光地
伊吹山へ行く途中、「醒井(さめがい)」という観光地に寄った。
中仙道の街道宿場町で、その街道に沿って流れる地蔵川が、
そのあたりでも名所になっている。
透明度の高い川で、川の中には、ちょうど梅香藻という川藻が、5ミリ前後の
小さな花を満開させていた。
それが陽光を浴びて、キラキラと輝く水に流されていた。
都会の観光客の人たちにとっては、たまらないほど魅力的な景色かもしれない。
古い板壁の家。
木の格子戸。
石垣で組んだ小川などなど。
しかし残念ながら、私には、そうではない。
私は同じような町に、生まれ育った。
むしろあまりにも似ていることに驚いた。
「M町(=私の故郷)そっくり」と、ワイフに何度か言った。
観光地は、それぞれの特色を売り物にして、観光客を集める。
私の故郷のM町は、「うだつの町」として、売り出している。
隣のS 町は、「刃物の町」として、売り出している。
しかし「うだつ」など、私にとっては、何でもない。
ただの瓦屋根。
珍しくも何ともない。
(うだつの説明は、あえて省略。)
むしろ、私は、玄関先で涼を取っていた70歳前後の男性のほうに
興味をひかれた。
コンクリートの階段のところで、両手を前にたらして座っていた。
私の祖父に似ていた。
視線が合うと、その男性が、「ごくろうさま」と言った。
私は「暑いですね」と答えた。
白いランニングシャツと、それがつくる人影の、くっきりとしたコントラストが
美しかった。
私の祖父も、暑いときは、そうして玄関先で涼を取っていた。
通りを歩く人たちに、気軽に声をかけていた。
おそらくその男性にすれば、「どうしてこんな町に……」と
思っているにちがいない。
私自身も、そうだった。
若いころ、観光客の人たちが私の町へくると、こう思った。
「何が楽しくて、こんなところへ来るのだろう?」と。
というのも、こうした古い町並みの中に住んでいる人たちは、
それほどその町を気に入っているわけではない。……と思う。
むしろ嫌っている人も多いはず。
(一方、『住めば都』という諺もあるにはあるが……。)
私のワイフにしても、ときどき遊びに行くのはよいとしても、
住むのは、ぜったいにいやと言っている。
家と家が隙間なく軒を並べ、しかも古いしきたりが、クサリの
ようにからんでいる。
その重苦しさ、息苦しさは、外からはわからない。
そう言えば、私の母なども父と結婚して、そのM町に70年近く
住んだが、認知症が始まるころから、M町の話をまったくしなくなってしまった。
記憶から、その部分がすっぽりと抜けたような状態になってしまっている。
醒井の町を歩きながら、そんなことを考えた。
そんなわけで、観光地としては、星1つの、★。
先日訪れた、近江八幡は、星3つの、★★★。
彦根城は、評価できない。
このあたりでお勧めの観光地としては、長浜がある。長浜は、星4つの、★★★★。
●伊吹山
「伊吹山」は、どうやら「いぶき・やま」と読むようだ。
パンフレットでは、みな、そうなっている。
私は子どものころから「いぶき・さん」と読んでいた。
その伊吹山。
標高は1377メートル。
中学2年生のときに登って以来、47年ぶり。
山小屋でしばらく時間をつぶしたが、女主人に、「40年前のままですか」
と聞くと、「ありましたよ」と。
「50年前のままですか」と聞くと、「ありましたよ」と。
とたん、なつかしさが、ぐぐっと胸の中に充満してきた。
私はその山小屋で仮眠を取り、翌朝のご来光を拝んだ。
ワイフに、「タイムスリップしたみたい」と言うと、
「よかったね」と。
伊吹山へ来てみて思い出したことが、いくつかある。
夜の山道を、ライトを照らしながら登ったこと。
その光の帯が、細く、長くつづいていたこと。
私たちは「ロッコー……何とか」と、掛け声をかけながら、
みなで山に登ったこと、など。
山小屋では、(現在は、床をはずされ、小屋全体がレストランに
なっていたが)、自分がどのあたりに眠ったかまで思い出した。
帰りは、みなで走りながら山道をくだった。
そんな思い出が断片的だが、つぎつぎとよみがえってきた。
山小屋でワイフは、伊吹牛乳というのを飲んだ。
私はソフトクリームをなめた。
なめながら、こんな話をした。
私「なあ、タイムスリップして、あのときのぼくに戻ったら、どうする?」
ワ「映画みたいね……」
私「そう映画みたいだ。……でね、中学生のぼくが、お前を訪ねていくという
話はどうだ?」
ワ「訪ねてきて、どうするの?」
私「ぼくは将来、君と結婚することになっていると告げる」
ワ「私、気味悪がって、逃げるかもしれないわ」
私「そうだな。……だったら、お前とぼくしか知らない話をすればいい」
ワ「なんて?」
私「一升瓶をもって、角の酒屋まで、酒や納豆を買いにきた話というのは
どうだ?」
ワ「私の兄弟なら、みんな知っているわ」
私「だったら、小学2年生のとき、近所の友だちと、お医者さんごっこを
したという話はどうだ?」
ワ「いやねえ……。よけい、気味悪く思うわよ」
私「そうだな。やっぱりそのときが来るまで待つしかないね」
ワ「その時って?」
私「ぼくたちが乗馬クラブで出会ったときの日だよ」
ワ「なかなかロマンチックね」と。
伊吹山はすっかり変わっていた。
今では最後の200メートルを残して、バスで登れるようになった。
しかし先にも書いたように、あの山小屋は、50年前のまま、そこにあった。
「このあたりだよ、たぶん……。みんなで記念撮影をしたのは……」と。
2度と、伊吹山に登ることはないだろう。
つぎの50年後には、私は110歳になっている。
生きてはいないだろう。
駐車場まで下りたとき、もう一度、あのどこか平らな伊吹山を、もう
一度、脳裏に深く刻み込んだ。
(追記)
ところで海抜1300メートルの伊吹山山頂で、なんと、あのツバメが
飛んでいた。
自由自在というか、まるで行き交う流星群のように飛び回っていた。
速い!
私はツバメというのはこの時期、人間の民家までおりてきて、そこで
巣をつくり、子育てをするものだとばかり思っていた。
ジェット戦闘機でも、あれだけの速度感は、ない。
ヒョイと身をかわすと、そのまま数百メートル飛び、そこでまたヒョイと
身をかわすと、別の方向に、そのまま数百メートルは飛ぶ。
そんな飛び方だった。
「同じツバメでも、ちがうものだな」と思った。
街中をチョコマカ、チョコマカ飛び回るツバメもいれば、抜けるような
天空を、思うがまま飛び交うツバメもいる!
「私なら……」と思った。
「私なら、街中よりも、こうした山の頂上付近を飛び回るツバメになる」と。
だれのためでもない。
自分のため、と。
眼下を見ると、白いモヤにかすんで、小さな民家が点在しているのが見えた。
ひょっとしたらツバメたちのネグラは、あの民家かもしれない。
ツバメの運動能力にすれば、1300メートルの高さなど、何でもない。
山頂まで来るのに、数分もかからない?
朝になるとここまでやってきて、夕方、また戻っていく?
いずれにしても、すごい運動能力!
私は、しばらくぼんやりと、ツバメの動きに見とれていた。
++++++++++++++++++H.Hayashi
●多数決という、非民主主義
++++++++++++++++
帰りの観光バスの中で、ガイドさんが、
「ビデオを見るかどうか、採決をします」と切り出した。
定番である。
「これからビデオを見るかどうかで、多数決を取ります。
ビデオを見たい人……手をあげてください。
ハイ、11人。
ビデオを見たくない人……手をあげてください。
ハイ、13人……」と。
よかった!
またまたあの『釣りバカ日誌』を見せられたら、私は発狂していたかもしれない。
私は、同じビデオを、もう3回も見せられた。
しかしこういうのを、民主主義とは言わない。
「多数決」には、限界がある。
それについて、説明したい。
たとえばここに、20人の人がいる。
ビデオを見たいと思っている人が、その中の15人。
しかしビデオを見ることで、迷惑する人が、5人。
採決をすれば、当然、ビデオを見たい人が多いわけだから、ビデオは、かけられる
ことになる。
が、こういうのを、民主主義とは言わない。
多数決イコール、絶対的な正義ではない。
もう少しわかりやすい例で考えてみよう。
たとえばここに20人の人がいる。
そのうち、記念碑を作りたい人が、15人。
記念碑が作られることによって、迷惑を受ける人が、5人。
「15人」というのは、建設業がらみの人たちである。
「5人」というのは、その地域の人たちである。
そこである人が多数決を取ることにした。
「記念碑の建設に賛成な人……手をあげてください。
ハイ、15人。
記念碑の建設に反対の人……手をあげてください。
ハイ、5人」と。
こういうケースのばあい、それによって迷惑を受ける人が1人でもいたら、
その人がこうむるであろう不利益を、優先して考えなければならない。
記念碑というのは、なくても構わないものである。
ビデオについての採決についても、そうである。
たまたま今日は、「見たくない人」が多かった。
しかしそれは客のほとんどが、50〜60代以上の人たちであったことによる。
伊吹山に登ったあとで、みな、クタクタ。
ガイドさんは若いから、まだ老人の生理というものがよくわかっていない。
この年齢になると、大半の人が、昼寝をする。
帰りの旅というのは、ちょうどその昼寝時間と重なる。
が、もし半分以上の客が、若い人たちだったら、採決の内容はちがったものに、
なっていたはず。
「では、ビデオを見ることにします」とか、なんとか。
一応、この日本は民主主義国家ということになっている。
多数決が意思決定の、大原則になっている。
しかしものごとすべてを、その多数決だけで決めていたら、それこそ、たいへんな
ことになる。
そのつど、弱者や少数者が、犠牲になる。
そこで民主主義の世界では、弱者や、少数者に、いかにやさしいかで、その
熟成度を知る。
当然のことながら、弱者や、少数者に、やさしい社会を、完成度の高い社会という。
そうでない社会を、そうでないと言う。
このばあい、ビデオをかけられることで、迷惑をする人がいたとしたら、(何も
ビデオというのは、見なければならないものではないのだから)、
ビデオはかけるべきではない。
「ビデオを見なければ、退屈で、気が変になる」という人がいれば、話は別だが、
そんな人はいない。
しかしここにも書いたように、ビデオなど、見なければ見なくても、すむはず。
また見なければならないものでもない。
だったら、「安眠を妨害されて迷惑する人」を、優先すべきである。
そういう人が、たとえ3人でも、4人でもいたら、ビデオの上映は、
やめるべきである。
それが民主主義である。
より完成された民主主義である。
わかるかな?
が、若いガイドさんには、それがわからない。
わからないから、単純に多数決を取ることで、ものごとを決めようとする。
つまりそれだけ、未熟ということ。
ガイドさんが未熟というより、日本の民主主義が、未熟ということ。
●通俗性
++++++++++++++++++H.Hayashi
いかにして、自分の中に、通俗性を確保するか。
通俗であれということではない。
この通俗性の大切さは、老人たちを観察してみるとわかる。
++++++++++++++++++H.Hayashi
老齢になると、極端に偏屈になる人がいる。
小さな殻(から)にこもり、その世界だけで生きる。
社会適応性がなくなるのは、しかたないとしても、
協調性、融和性、同調性がなくなる。
が、それですめばまだよいほう。
さらに症状が進行すると、奇行を繰り返すようになる。
たぶんに脳の老化による部分もあるのだろうが、
それによって迷惑するのは、その周囲の人たちという
ことになる。
だから心の一部は、常に、通俗に向けて開いておく。
こんな経験をしている。
この年齢になると、観光バスによるバス・ツアーは、
たいへんありがたい。
ありがたいが、その中は、通俗そのもの。
先日は、バスに乗り込んだとたん、ムッとするような
ニンニクのにおいがした。
乗客の一人が、ニンニクを食べて、旅行に参加したらしい。
あるいは、こまかいところでマナーを守らない人もいる。
酒を飲んで、騒ぐ人や、大声でしゃべりあう人たち。
しかしそういう人たちに、いちいち腹をたてていたら、旅行も
旅行でなくなってしまう。
つまりこちらも、そうした通俗性に合わせるしかない。
(私たち自身も、気がつかないところで、他人に迷惑をかけて
いるかもしれない。)
このことは子どもの世界をみていても、わかる。
すばらしすぎるほどすばらしい家庭環境で(?)育てられた子どもがいる。
それこそ、毎日、クラシック音楽で目覚めるような子どもである。
(これは少し、おおげさかな……。)
このタイプの子どもは、集団生活の中に押し込むと、その
ストレスから神経疲れを起こしやすい。
実際、こんな例がある。
Nさん(小1)は、いつもていねいな話し方をする子どもだった。
ほかの子どもたちが乱暴な話し方をするときでも、Nさんだけは、
「わかりました」「そうします」というような言い方をしていた。
Nさんの母親も、そういうNさんに満足していた。
私も、そういう言い方を、ほめ、励ました。
が、小学校へ入学してすぐ、異変が起きた。
Nさんのそういう言い方に対して、ほかの子どもたちが、
「お前の言い方は、へん」と、Nさんをいじめ始めたというのだ。
Nさんは、それほど器用な子どもではなかった。
そのまま不登校児になってしまった。
子どもを育てるとき、ある程度の通俗性は必要ということになる。
「ゲームは絶対に、だめ」
「コミックは、禁止」
「携帯電話は、もたせない」と。
頭から子どもを押さえつける親も、少なくない。
そういう意味では、子育てには、その親のもつ哲学観、教育観、
人生観がすべて集約される。
それはそれでしかたのないことだが、それをそのまま子どもに
押しつけてしまってはいけない。
子どもには子どもの世界がある。
大切なことは、子どもがその世界で、みなと楽しく過ごすこと。
そのためには、親自身も、ある程度の通俗性を受け入れる。
子どもの世界を、ほかの世界から隔離してしまえば、かえって
子ども自身が、苦しむことになる。
子どもは無菌状態になってしまう。
「学校」という場ではそれでもよいかもしれないが、一歩、
その場を離れたとき、抵抗力がない分だけ、『温室育ち、すぐ
風邪をひく』という状態になる。
……ということで、私たちはいつも、どこかで通俗との接点をもつ。
その努力を怠ってはいけない。
Hiroshi Hayashi++++++++July 08++++++++++はやし浩司
●うるさい、オバチャンたち
今日もそのバスの中で、うるさいオバチャンたちに、出会った。
うるさい。
本当に、うるさい。
バスに乗るやいなや、ギャーギャー、ゲラゲラ、ワーワーと騒ぎ出した。
旅行というのは、そういうものだと思っているらしい。
またそうすることが、旅行を楽しむ方法だと思っているらしい。
しかしこれはたぶんに、学校教育によるものだと思う。
私たちは、学生のころ、遠足といえばバス。
バスといえば、その中で騒ぐのが、旅行の仕方と学んだ。
欧米の方式がよいというわけではないが、欧米の人たちは旅行といえば、
いつも本を片手に、あちこちを歩き回っている。
一方日本では、少し前まで、観光地といえば、どこでも、
ガンガンと音楽が鳴らされていた。
「騒音」に対する感覚そのものがちがう。
数年前だが、エレベータに乗って驚いた外人の話が何かの雑誌に載っていた。
「日本は、どこへ行っても、騒音だらけ」
「エレベータの中でさえ、音声ガイダンスがあった」と。
ついでに言うなら、バスガイド。
もう、こんなバカげたサービスは、やめたらよい。
市内観光とか、どこかの観光地を回るときは、それなりにガイドも必要かも
しれない。
しかしくだらない無駄話ばかり。
今日乗ったバスのガイドも、こんな話をしていた。
「高校野球がどうの……」
「今年の気温はどうの……」
「交通渋滞はどうの……」と。
そういう話を、甲高い声でキャッキャッ、キンキンと間断なく話す。
それはまさに、拷問。
「携帯電話はオフに」と言いながら、自分ではそれ以上の騒音をがなり
立てている。
そのバスガイドの声に負けないようにと、乗客のオバチャンたちは、
さらに大きな声で話す。
アアアアア……!
しかしそういった通俗性に、私たちは耐えなければならない。
「日本という国は、まだこのレベルなのだ」と。
しかし、一言!
日本のオバチャンたちよ、もう少し、自分の知性を磨け。
理性を磨け!
本を読んで、絵画に親しめ。
でないと、あっという間に、ケアセンターに、足をつっこむことになるぞ!
粗大ごみになってしまうぞ!
●オバチャンのたわごと
ついでに、オバチャンたちが、どんな話をしていたかを、ここに記す。
うしろの席のオバチャンたちは、こんな話をしていた。
どこかのレストランへ行ったらしい。
「あそこのレストランは、おいしい」
「あそこは、値段の割に、まずい」
「Aさんが、勧めてくれたから行ってみたが、その日は休みだった」
「行くならB店がいい。B店は、量も多い」と。
こんな話が、いつまでもつづく。
キャッキャッ、ワイワイと、いつまでもつづく。
そのたびに、私は心の中で、こう反論する。
「だから、それがどうしたの?」と。
「おいしいものを食べた……だから、それがどうしたの?」
「値段の割にまずい……だから、それがどうしたの?」
その答がつづかない会話は、無駄。
つまりは、欲望を無意味に追求しているだけ。
言葉を話すというだけで、そこらのサルと、どこもちがわない。(失礼!)
●暑い
7月23日、水曜日、暑い。
午前中は、中元のあいさつ回り。
4〜5か所回ったところで、ダウン。
昼ごろ家に帰ると、気温は、家の中で32度。
道理で暑いはず。
今日あたり、40度近くなったところがあるかも。
昼食後少し横になるが、ジリジリと、身の置き場がない暑さが、
ふとんの下から伝わってくる。
このところ日本語の豊かさについて考える。
基本的には、日本語の自由度は低い。
英語は、高い。
「暑い」を表現するにしても、ここに書いたように、「ジリジリ」とか、
そういう言葉に限られる。
またそういう言い方をしないと、読者のほうも、安心しない。
そこで私も、いろいろ考えてみる。
肌の穴から空気がもれたように、体がだるい。
額の上で、汗がにじみ出るのがわかる。
フ〜ッと吸い込む空気が、肺の中を焦がす。
胸を押さえつける、くすんだ鉛のような重苦しさ。
それをかきむしるようにして、身を起こす。
だいぶ、豊かになってきたようだ。
が、「豊か」では、つまらない。
「言葉の奥の扉が開いたようだ」では、どうだろうか。
この先、もっともっと訓練して、私自身のもつ
国語力を、磨いてみたい。
●脳みその老化
++++++++++++++
このところ、ふとしたときに、
脳みその老化を感ずる。
脳みそというのも、年齢とともに、
弾性疲労を起こしやすくなるものらしい。
つまり融通がきかなくなる。
緻密なつながりのあちこちに、
小さな盲点ができる。
俗な言い方をすれば、「スキ」ができる。
もっとわかりやすく言えば、「ミス」が多くなる。
++++++++++++++
このところ、ときどきミスが多くなった。
自分でもそれが、よくわかる。
注意力が散漫になったというよりは、ふとしたときに、何かを
し忘れたりする。
「これをしなくては……」と思いつつ、別の行動に移ったりすると、
それをするのを忘れてしまう。
ところで私はよく夢の中で、擬似認知症を経験する。
夢の中の景色を見ながら、ここがどこであるか、わからなくなってしまう。
「この先を行けば、自宅に帰れる」というところまでは、何となくわかる
のだが、その先がわからない。
そういう夢である。
そのくせ、議論になると、つぎからつぎへと言葉が出てくる。
昨夜は、どこかのカルト教団の幹部と、議論をする夢を見た。
「もう少しで相手をやりこめることができたのに……」というところで、
目が覚めた。
残念!
ほかの人の脳みその中までのぞくことはできないが、これは私だけの
現象なのか?
●パイロット
おとといアメリカにいる息子に電話をした。
どこか沈んでいた。
「思うように操縦できない」と言った。
世の中には、車の運転も、飛行機の操縦も同じと説く人がいる。
しかしそういう人は、飛行機の操縦というのが、どういうものであるか、
わかっていない。
飛行機の操縦といっても、晴れた日に、限られた範囲の、限られた高度の下で、
ゆらゆらと飛ぶのもある。
この程度の操縦免許なら、趣味の範囲。
が、それが第一歩。
それからはじまって、双発機操縦免許、計器飛行免許……、事業者用航空免許と
つづく。
さらに大型機ともなると、飛行機ごとの免許が必要となる。
ふつう1人のライン・パイロットを育てるためには、数億円程度の費用が
かかるという。
期間は、4〜5年程度。
そのためか、それぞれの段階で、チェック・テストがあり、それに不合格に
なると、そのまま退学、もしくは配置転換。
容赦なし。
が、それで大型機を操縦できるようになるというわけではない。
副機長として、5年程度の訓練が課せられる。
その上、毎年の適性検査と身体検査。
最近では、英語の試験も課せられるようになった。
ひとつでもひかかると、もう飛行機の操縦はできない。
息子の話では、すでに何人かが、チェック・テストで落とされ、日本へ
帰されたという。
そして今日、再び、息子に電話をしてみた。
今度は明るい声だった。
「おととい、声が沈んでいたから、電話したよ」と言うと、
「あら、そう? そうだっけエ?」と。
「うまく進んでいるのか?」と聞くと、「今日は、うまくいったよ」と。
息子「アメリカの空は、飛行機が、四方八方から飛び交っていて、無法地帯みた
いだよ」
私「どういうことだ?」
息子「管制官も不親切で、しょっちゅうミスをしている」
私「日本では考えられないね」
息子「でも、それが世界の空だよ。中国も似たようなものだそうだよ」と。
息子を見ていると、パイロットという職業を、「職業」としてではなく、
「空を飛ぶ手段」と捕らえているような感じがする。
息子は、心底、空が好きらしい。
画家が美の向こうに理想郷を見るように、音楽家が自分の旋律に酔いしれるように、
息子は、青い空と、白い雲に、生きがいを見いだしている。
それもひとつの職業観かもしれない。
私には、想像はできても、よく理解できないが……。
●なぜ、女性は、オバチャンになるのか
美しい女性も、加齢とともに、女の匂いが消え、やがてオバチャンになる。
私たちが「オバチャン」というときは、あのオバチャンをいう。
デリカシー、ゼロ。
色気、ゼロ。
センス、ゼロ。
知性と理性、ゼロ。
しかし生命力だけは、やたらと強力。
あたりかまわず、ギャーギャー、ゲラゲラと騒ぐ。
卑猥な言葉を平気で口にして、ワイワイ喜ぶ。
年齢的には、早い人で、40歳くらいから。
ピークは、50歳〜60歳。
もちろんすべての女性が、オバチャンになるのではない。
女性でも、オバチャンになる人とそうでない人がいる。
その(ちがい)は、どうして生まれるのか?
その原因の大半は、夫がつくる。
夫が、自分の妻から、(女)を奪っていく。
その結果、女性は、自ら自分の中から、(女)を消していく。
いつだったか、女性のオシャレは、性的エネルギーのなせるワザと書いた。
もちろんオバチャンたちも、精一杯、オシャレをしている。
しかしそれは異性を意識したものというよりは、見栄、メンツ、世間体、
さらに言えば、仲間を意識したもの。
少なくとも世の男たちは、オバチャンたちのオシャレには、見向きもしない。
色気を感ずることなど、ぜったいに、ない。
オバチャンたちも、それをよく知っている。
で、それを防ぐのは、やはり夫ということになる。
夫たるもの、つねに自分が男であることを意識する。
そして夫たるもの、つねに自分の妻に、女を感じ、女を意識する。
日常のさりげない行動の中から、女性は、自分が「女」であることを意識する。
が、何よりも大切なことは、女性自身が、知性と理性を磨くこと。
この努力を怠ったとたん、女性は、あのオバチャンになる。
オバタリアンになる。
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.みなさん、次号で、またお会いしましょう!
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 22日号
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http://bwhayashi2.fc2web.com/page025.html
【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●不安な子育てに悩む
+++++++++++++++
掲示板のほうへ、
こんな相談がありました。
毎日子育てをしながら、
不安でならない……。
そんな内容の投稿です。
+++++++++++++++
小学一年生(6歳)の娘と、私自身のことで毎日、戸惑っています。
私自身も自分の心に問題、(わがまま、恩着せがましい依存性など、幼児的願望が強い)を
抱えていることを自覚しています。まだ、それを克服することができず心の中で、のた打
ち回っているのが現状です。
そのこともあり、娘には三歳まで私の母や姉、主人の手を借りて何とか一切怒ることはも
ちろん、叱ることもせず過ごしました。(娘を出産した病院の院長先生に、三歳までは何が
あっても怒ってはいけないと忠告されたためです。)
けれど、娘が四歳を過ぎてからそれまでのがまんが限界にきたのか、自分でもどうしよう
もなくヒステリックに娘に怒ることが多くなり、このままでは娘が壊れてしまうような危
機感を感じていたところ、はやし先生のこのリンクに出会い、近ごろは娘と距離を置くよ
うにしています。
ただ、そうすればそうするほど娘が私に、絡んでくるのです。例えば、ひらがなの『や』
が、「これは『か』に見えるから直しなさい。」と言うと、「やだ、これでいい。」とか、「お
母さんがこんな風に教えた」とか、そこから始まり、その後の食事もお風呂もそれ以後ず
っと機嫌が悪くなり、手がつけられなくなるのです。
また、娘がふてくされていたり、つまらなそうな顔をしていても、その心をうまく汲み取
れず、いつもどおりに「帽子もちゃんと片付けなさい」など言ってしまい、それでもぐず
ぐずしている娘に、「はやくしなさい」などと、追い討ちをかけてしまうのです。そうなる
と、その日はそれでもう何もかも動かなくなるのです。
今朝娘が、「今日もお父さんは夜遅いから嫌だな、怒りんぼ母さんと一緒は嫌だ」と涙をた
めて言う姿を見ると、私は私自身を蹴飛ばしてやりたい気持ちで一杯になりました。何故
でしょうか。気負いが強すぎるのでしょうか。
『1日1回、娘をゲラゲラ笑わせてやる』という私自身の目標も、全然実現しないし、本当
に私は娘に優しくないんです。いつも何かに追いかけられているような気がして、(ゆっく
り)ができないのです。
夕方娘と庭に水をまき、ゆっくり娘が育てているアサガを見ながら、冗談でも言ってゲラ
ゲラ笑いたいのに、「さ、早く手と足を洗って部屋に入ろう」などと言ってしまうのです。
何か、いつも自分がガツガツ急き立てられていて、心にゆとりがもてない。こんなことし
ていたら娘もそうなる。だから「急き立てたり、『早くしなさい』を言わずにいよう」と、
そう毎日心で唱えていても、極端な話、口が勝手に言ってしまう感じで……その後、自己
嫌悪で胸が苦しくなります。その繰り返しです。
娘に優しくゆったり接することができない私と、一度こじれたら修復できない娘のぐずぐ
ず……。『こんな母親死んでしまえ』と心で自分に怒鳴りつけているのですが、どうしてい
いのかわかりません。
林先生がおっしゃる「一貫性」は本当に難しい、と言うより苦しいです。毎日、朝と学校
から帰ってきたら、娘を抱きしめています。けれど、娘にしていることはそれだけです。
私の心のどこをどう整理をしたら、優しい母親、娘に優しく接することができる母親にな
るのか、私自身がわがままで、甘えているのは重々わっているのですが、何か一筋のくも
の糸でもかまいません。何か助言がありましたらどうか教えて下さい。お願いします。
【はやし浩司より、UNKNOWN様へ】
あなたを、Uさんとしておきます。
Uさん自身も、不幸にして不幸な家庭環境で、育っているとみてください。
「不安」の原因は何かわかりませんが、恐らくUさんが0〜2歳前後ごろ、その(種)が
できたものと思われます。
Uさんからみて、安心して、のんびりと過ごせる家庭環境になかった。
とくに母子関係(Uさんと、Uさんの母親の関係)を疑ってみてください。
Uさんの母親もいつも不安で、その不安を、Uさんにぶつけていたと思います。
それが今の、Uさんのパニック障害(少し前まで、「不安神経症」と呼ばれていました)に
つながっていると考えられます。
(心の緊張感が取れないことを、以前は、不安神経症と呼んでいました。
いつも心は緊張状態にあって、その状態のところへ何らかの不安や心配が重なると、一気
に、緊張状態が加速され、そこでパニック状態になるというわけです。)
ショッキングなことを書きましたが、まずUさん自身の過去と、真正面から向き合うこと
が大切です。
Uさん自身の心の奥深くを、自分でのぞいてみることです。
この問題は、そういった問題があるということではなく、Uさん自身が、自分の過去に気
づくことなく、その過去に振り回されるところに問題があります。
Uさんは、心豊かで、愛情に満ちた乳幼児期を過ごしましたか?
全幅の(さらけ出し)をしながら、幼児期を過ごしましたか?
恐らく、そうではなかったと思います。
Uさんは、親の前で、いつも(いい子)でいた(?)。
もっとはっきり言えば、あなた自身の中に、(母親像)が育っていないということです。
あるいはUさんは、いつも母親を拒絶してきたというケースも考えられます。
その結果が、「今」ということです。
この問題は、子どもの問題ではありません。
Uさん自身の中の、(不安)の問題です。
この(不安)がなくならないかぎり、Uさんは、つきからつぎへと自分で問題をつくり、
それに振り回されることになります。
取り越し苦労とぬか喜びの繰りかえし……というわけです。
で、さらに問題をほりさげると、何が、今、Uさんを不安にさせているかということにな
ります。
もちろん子育てについての不安もあるでしょう。
家庭問題? 夫婦問題? 経済問題? 家族の問題?
こういうケースでは、夫の協力が不可欠です。
しかしUさんは、その協力をじゅうぶん、得られず、それ故にさらに悶々と悩んでしまっ
ています。
袋小路に入ってしまっているのかもしれません。
実のところ私にも似たようなところがありますので、Uさんの精神状態がよく理解できま
す。
で、私のばあい、できるだけ食生活で、自分の心を安定させるようにしています。
海産物中心の献立にするなど。
Ca、Mg、Kが効果的です。
私の友人は、精神が不安定になると、いつもポケットからカルシウム剤を取り出して、ボ
リボリと口の中で、それをかんでいます。
あとは薬局で売っているハーブ系の安定剤を、よく口にします。
内科でも、副作用の少ない安定剤を処方してくれますので、一度、そういうところで相談
なさってみられたらどうでしょうか。
薬名はここでは書けませんが、私はときどき、それを2つに割って、口の中で溶かしなが
ら、服用することもあります。
(本当は1錠なのだそうですが、こうした精神薬は、いつも半分にして、口の中で溶かし
て服用することにしています。
このあたりのことは、医師とよく相談して決めてください。)
Uさんにはつらいでしょうが、この問題は、これから先、一生つづきます。
たまたま今は、それが小1の子どもに向かっているだけ、ということです。
ではどうするか?
あとはそういう自分とうまくつきあうだけです。
「治そう」とか、「直そう」と思う必要はありません。
うまくつきあうのです。
みんな、どんな人でも、その程度のキズというか、トラウマというか、そういうものをも
っています。
Uさんだけが特別というわけではありません。
Uさんが言っておられるように、Uさんは、心配先行型、不安先行型の子育てをしていま
す。
ちゃんとした(母親像)が入っていないため、どうしても気負いが強くなります。
「いい母親でいよう」という思いが強すぎるため、かえってそれが重荷になってしまうと
いうわけです。
それが今のような、どこかギクシャクとした子育てにつながっている。
そういうときは、肩の力を抜くことです。
(本当は、Uさんが子育てから離れて、自分の好きなことをし、その結果として、子育て
から離れられるようにするのが、よいですが……。)
「ほどよい親」「暖かい無視」を繰りかえしながら、あなたはあなたで、好きなことをすれ
ばよいのです。
仮に子どもを愛せないなら、愛せないでも構わないのです。
実際、約10%の母親たちは、(10%ですよ!)、子どもを愛せないということも、わか
っています。
万事、自然体で、子育てをすればよいのです。
頭の中で、「こうでなくてはいけない」とか、「そうであってはいけない」とか、思う必要
はないのです。
「子どもを愛せないから、私は失格人間」と思う必要もありません。
あなたはあなた。
子どもは子ども。
毎日、学校から帰ってきた子どもを抱く……それだけでじゅうぶん、Uさんは、すばらし
い母親です。
私など、一度も、そういうことはありませんでした。
あとは「求めてきたときが、与えどき」と心得てください。
Uさんの子どもが何かを求めてきたら、すかさず、与える。
それでよいのです。
それから投稿にありました、子どもの反抗ですが、この時期の子どもに、ごくふつうに見
られる反抗ですから、気にしてはいけません。
いわゆる(口答え)です。
(幼児期から、少年少女期への移行期に見られる、ふつうの口答えです。)
いちいち本気にするから、おおげさになってしまいます。
(このあたりにも、あなた自身の母親像のなさが、見受けられます。)
私の書いた原稿で参考になるようなものとしては、(好意の返報性)(親像)(育児ノイロー
ゼ)(悪玉親意識)(気負い先行型)などがあります。
ヤフーなどの検索エンジンを使って、「はやし浩司 好意の返報性」というように検索して
みてください。記事をいくつかヒットできるはずです。
Uさん、あなたはすばらしい母親ですよ。
これほどまでに、自分をみつめ、真剣に悩む母親は、そうはいない。
まず、そういうあなた自身に自信をもってください。
その自信が、あなたの子どもに伝わったとき、あなたの子どももまた、安心感をあたなに
もつようになるでしょう。
どのみち、あと2、3年で、あなたの子どもは、親離れを始めます。
今はがまんのとき。
じょうずに子どもが親離れできるように、子どもをし向けます。
繰りかえしますが、Uさんが今経験しているような、親子騒動(?)は、珍しくも何とも
ありません。
ごくふつうの、一般の親たちが経験する、何でもない問題です。
(みんな、外から見ると、うまくやっているように見えますが、そう見えるだけです。)
できれば小学2、3年の子どもをもつ親に相談してみることです。
「うちもそうですよ」というようなアドバイスをもらって、たいていそれで解決するはず
です。
そしてここが大切ですが、Uさんも子どもが親離れするのに合わせて、自分のしたいこと
を追求します。
あなたにはあなたの人生があります。
子どものために犠牲になるのは、美徳でも何でもありません。
そういう姿を見て、あなたの子どももまた、たくましく成長していきます。
子どもの機嫌など、取らないこと。
嫌われてもいいじゃないですか。
中学生でも、約60%の子どもは、「親のようになりたくない」「尊敬できない」と答えて
いますよ。
それでよいのです。
子育てに幻想をいだかないこと。
子どもに尊敬されようとか、好きになってもらおうとか、思わないこと。
それともあなたは、自分の母親や父親を尊敬していますか。
好きですか。
文面を読むかぎり、答は「ノー」のはずです。
ついでに「はやし浩司 レット・イット・ビー」という原稿も読んでみてください。
参考になると思います。
(たった今、自分で検索してみたら、18件、ヒットしました。)
「レット・イット・ビー」というのは、「あるがままに……」という意味です。
では、また。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【子どもの人格論】(特集)
●欲望の根源
かつて、私もそうだった。あなたもそうだった。が、今、子どもの心の中では、猛烈な
「性的エネルギー」(フロイト)が、わき起こっている。「生的エネルギー」(ユング)で
もよい。
最近の研究によれば、脳の中の視床下部というところが、どうやらそういった信号の発
信源ということがわかってきた(サイエンス誌・08年)。その視床下部からの命令を受け
て、ドーパミンという脳間伝達物質が放出される。
このドーパミンが、脳の中の線条体(報酬と行動要求に関する中枢部)というところを
刺激すると、猛烈な(欲望)となって、その子ども(もちろんおとなも)を支配する。ふ
つうの反応ではない。最終的には、そうした欲望をコントロールするのが、大脳の前頭前
野(理性の中枢部)ということになる。が、「意志の力だけで、こうした衝動を克服するの
はむずかしい」(N・D・ボルコフ)という。
線条体が刺激を受けると、「あなたは、目的達成に向けた行動を起こせというメッセージ
を受けとる」(同誌)。
もちろん欲望といっても、その内容はさまざま。食欲、性欲、生存欲、物欲、支配欲に
始まって、もろもろの快楽追求もその中に含まれる。わかりやすく言えば、脳の中で、ど
のような受容体が形成されるかによって決まる。たとえばアルコール中毒患者やニコチン
中毒患者は、それぞれ別の受容体が形成されることがわかっている。
では、どうするか? そこでEQ論の登場ということになる。
●EQ論
ピーター・サロヴェイ(アメリカ・イエール大学心理学部教授)の説く、「EQ(Emotional
Intelligence Quotient)」、つまり、「情動の知能指数」では、主に、つぎの3点を重視する。
(1)自己管理能力
(2)良好な対人関係
(3)他者との良好な共感性
この中でとくに重要なのが、(1)の自己管理能力ということになる。その自己管理能力
は、どこまで(1)自分で考え、(2)自分で行動し、(3)自分で責任を取るかによって
決まる。
アメリカでは、どこの小学校に行っても、ドアのところなどに、「Independent・・・」
という言葉が張ってある。「独立した……」という意味である。「Independent Thinker(自
分で考える人)」というような使い方をする。
では、あなたの子どもは、どうか?
●子どもの人格テスト(自己管理能力)
(A)小遣いを手にしたとき、将来の自分の夢を達成するために、それを貯金に回す。あ
るいはささいなことでも、ルールを守り、約束を守る。疲れていても、家事の手伝いなど、
やるべきことは、きちんとやる。
(B)小遣いを手にしても、そのときどきに欲しいものがあると、使ってしまう。家庭の
中でもルールなど、あってないようなもの。約束を守るということは、まずない。「疲れて
いる」「やりたくない」という言葉をよく使い、家事を手伝わない。
(A)のようであれば、あなたは自分の子どもを、「すばらしい子ども」と自信をもって
よい。
+++++++++++++++++
●最後に5つの提言
(1)「許して、忘れる」
親の愛の深さは、どこまで子どもを許して忘れるかで、決まる。英語では、『for・give &
for・get 』という。
この単語をよく見ると、「与えるために、許し、得るために忘れる」とも訳せる。(forgive=
許す、 forget=忘れる。「フォ・ギブは、与えるため」、「フォ・ゲッは、得るため」とも訳
せる。)
子どもに愛を与えるために、親は許し、子どもから愛を得るために、親は忘れるという
ことになる。
子育てをしていて、袋小路に入り、行きづまりを覚えたら、この言葉を思い出してほし
い。心が軽くなるはずである
(2)子どもの横を歩く
親には、三つの役目がある。ガイドとして、前を歩く。プロテクター(保護者)として、
うしろを歩く。そして友として、子どもの横を歩く。
いつも子どもの意思を確かめること。(したいこと)と、(していること)が一致してい
る子どもは、どっしりと落ちついている。夢や希望もある。当然、目的があるから、誘
惑にも強い
(3)ほどよい親である
やりすぎない。子どもが求めてきたら、与えどきと考えて、そのときは、ていねいに答
えてやる。昔から『肥料のやりすぎは、根を枯らす』という。
いつも、「子どもがそれを求めているか」ということを、自分に問いかけながら、子ども
に対処するとよい。手のかけすぎ、サービス過剰は、かえって、子ども自身が自ら伸びて
いく芽をつんでしまうことになる。
(4)暖かい無視
親の過剰期待、過関心、過干渉ほど、子どもの負担になるものはない。「まあ、うちの子
は、こんなもの。親が親だから……」という割りきりが、子どもを伸ばす。
親は、いつも子どもから一歩退いた位置で、子どもを見守る。野生動物保護団体には、『暖
かい無視』という言葉がある。その言葉は、そのまま、子育てにも当てはまる。
ちょっと心配のしすぎかな? 手のかけすぎかな? と、感じたら、心のどこかで、暖
かい無視を思い浮かべる。子どもを暖かい愛情で包みながら、無視する。
(5)使えば使うほど、よい子
使えば使うほど、子どもは、すばらしい子どもになる。家事、仕事、手伝いなど。身近な
ところから、どんどん、使う。
使えば使うほど、子どもには忍耐力(いやなことをする力)が身につく。この力が、子
どもを伸ばす。もちろん学習面でも、伸びる。もともと学習には、ある種の苦痛がともな
う。その苦痛を乗りこえる力が、忍耐力ということになる。
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
【EQ論からみた、子どもの世界】
●社会適応性
子どもの社会適応性は、つぎの5つをみて、判断する(サロベイほか)。
(1)共感性
(2)自己認知力
(3)自己統制力
(4)粘り強さ
(5)楽観性
(6)柔軟性
これら6つの要素が、ほどよくそなわっていれば、その子どもは、人間的に、完成度の
高い子どもとみる(「EQ論」)。
順に考えてみよう。
(1)共感性
人格の完成度は、内面化、つまり精神の完成度をもってもる。その一つのバロメーター
が、「共感性」ということになる。
つまりは、どの程度、相手の立場で、相手の心の状態になって、その相手の苦しみ、悲
しみ、悩みを、共感できるかどうかということ。
その反対側に位置するのが、自己中心性である。
乳幼児期は、子どもは、総じて自己中心的なものの考え方をする。しかし成長とともに、
その自己中心性から脱却する。「利己から利他への転換」と私は呼んでいる。
が、中には、その自己中心性から、脱却できないまま、おとなになる子どももいる。さ
らにこの自己中心性が、おとなになるにつれて、周囲の社会観と融合して、悪玉親意識、
権威主義、世間体意識へと、変質することもある。
(2)自己認知力
ここでいう「自己認知能力」は、「私はどんな人間なのか」「何をすべき人間なのか」「私
は何をしたいのか」ということを、客観的に認知する能力をいう。
この自己認知能力が、弱い子どもは、おとなから見ると、いわゆる「何を考えているか
わからない子ども」といった、印象を与えるようになる。どこかぐずぐずしていて、はっ
きりしない。優柔不断。
反対に、独善、独断、排他性、偏見などを、もつこともある。自分のしていること、言
っていることを客観的に認知することができないため、子どもは、猪突猛進型の生き方
を示すことが多い。わがままで、横柄になることも、珍しくない。
(3)自己統制力
すべきことと、してはいけないことを、冷静に判断し、その判断に従って行動する。子
どものばあい、自己のコントロール力をみれば、それがわかる。
たとえば自己統制力のある子どもは、お年玉を手にしても、それを貯金したり、さらに
ためて、もっと高価なものを買い求めようとしたりする。
が、この自己統制力のない子どもは、手にしたお金を、その場で、その場の楽しみだけ
のために使ってしまったりする。あるいは親が、「食べてはだめ」と言っているにもかかわ
らず、お菓子をみな、食べてしまうなど。
感情のコントロールも、この自己統制力に含まれる。平気で相手をキズつける言葉を口
にしたり、感情のおもむくまま、好き勝手なことをするなど。もしそうであれば、自己統
制力の弱い子どもとみる。
ふつう自己統制力は、(1)行動面の統制力、(2)精神面の統制力、(3)感情面の統制
力に分けて考える。
(4)粘り強さ
短気というのは、それ自体が、人格的な欠陥と考えてよい。このことは、子どもの世界
を見ていると、よくわかる。見た目の能力に、まどわされてはいけない。
能力的に優秀な子どもでも、短気な子どもはいくらでもいる一方、能力的にかなり問題
のある子どもでも、短気な子どもは多い。
集中力がつづかないというよりは、精神的な緊張感が持続できない。そのため、短気に
なる。中には、単純作業を反復的にさせたりすると、突然、狂乱状態になって、泣き叫ぶ
子どももいる。A障害という障害をもった子どもに、ときどき見られる症状である。
この粘り強さこそが、その子どもの、忍耐力ということになる。
(5)楽観性
まちがいをすなおに認める。失敗をすなおに認める。あとはそれをすぐ忘れて、前向き
に、ものを考えていく。
それができる子どもには、何でもないことだが、心にゆガー・ミのある子どもは、おかしな
ところで、それにこだわったり、ひがんだり、いじけたりする。クヨクヨと気にしたり、
悩んだりすることもある。
簡単な例としては、何かのことでまちがえたようなときを、それを見れば、わかる。
ハハハと笑ってすます子どもと、深刻に思い悩んでしまう子どもがいる。その場の雰囲
気にもよるが、ふと見せる(こだわり)を観察して、それを判断する。
たとえば私のワイフなどは、ほとんど、ものごとには、こだわらない性質である。楽観
的と言えば、楽観的。超・楽観的。
先日も、「お前、がんになったら、どうする?」と聞くと、「なおせばいいじゃなア〜い」
と。そこで「がんは、こわい病気だよ」と言うと、「今じゃ、めったに死なないわよ」と。
さらに、「なおらなかったら?」と聞くと、「そのときは、そのときよ。ジタバタしても、
しかたないでしょう」と。
冗談を言っているのかと思うときもあるが、ワイフは、本気。つまり、そういうふうに、
考える人もいる。
(6)柔軟性
子どもの世界でも、(がんこ)な面を見せたら、警戒する。
この(がんこ)は、(意地)、さらに(わがまま)とは、区別して考える。(がんこ)を考
える前に、それについて、書いたのが、つぎの原稿である。
+++++++++++++++++++
一方、人格の完成度の高い子どもほど、柔軟なものの考え方ができる。その場に応じて、
臨機応変に、ものごとに対処する。趣味や特技も豊富で、友人も多い。そのため、より柔
軟な子どもは、それだけ社会適応性がすぐれているということになる。
一つの目安としては、友人関係を見ると言う方法がある。(だから「社会適応性」という
が……。)
友人の数が多く、いろいろなタイプの友人と、広く交際できると言うのであれば、ここ
でいう人格の完成度が高い、つまり、社会適応性のすぐれた子どもということになる。
【子ども診断テスト】
( )友だちのための仕事や労役を、好んで引き受ける(共感性)。
( )してはいけないこと、すべきことを、いつもよくわきまえている(自己認知力)。
( )小遣いを貯金する。ほしいものに対して、がまん強い(自己統制力)。
( )がんばって、ものごとを仕上げることがよくある(粘り強さ)。
( )まちがえても、あまり気にしない。平気といった感じ(楽観性)。
( )友人が多い。誕生日パーティによく招待される(社会適応性)。
( )趣味が豊富で、何でもござれという感じ(柔軟性)。
ここにあげた項目について、「ほぼ、そうだ」というのであれば、社会適応性のすぐれた
子どもとみる。
(はやし浩司 社会適応性 サロベイ サロヴェイ EQ EQ論 人格の完成度)
++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司※
最前線の子育て論byはやし浩司(246)
****************
【子どもの心の発達・診断テスト】
****************
【社会適応性・EQ検査】(P・サロヴェイ)
●社会適応性
子どもの社会適応性は、つぎの5つをみて、判断する(サロベイほか)。
(1)共感性
Q:友だちに、何か、手伝いを頼まれました。そのとき、あなたの子どもは……。
(1)いつも喜んでするようだ。
(2)ときとばあいによるようだ。
(3)いやがってしないことが多い。
(2)自己認知力
Q:親どうしが会話を始めました。大切な話をしています。そのとき、あなたの子どもは
……
(1)雰囲気を察して、静かに待っている。(4点)
(2)しばらくすると、いつものように騒ぎだす。(2点)
(3)聞き分けガなく、「帰ろう」とか言って、親を困らせる。(0点)
(3)自己統制力
Q;冷蔵庫にあなたの子どものほしがりそうな食べ物があります。そのとき、あなたの子
どもは……。
○親が「いい」と言うまで、食べない。安心していることができる。(4点)
○ときどき、親の目を盗んで、食べてしまうことがある。(2点)
○まったくアテにならない。親がいないと、好き勝手なことをする。(0点)
(4)粘り強さ
Q:子どもが自ら進んで、何かを作り始めました。そのとき、あなたの子どもは……。
○最後まで、何だかんだと言いながらも、仕あげる。(4点)
○だいたいは、仕あげるが、途中で投げだすこともある。(2点)
○たいていいつも、途中で投げだす。あきっぽいところがある。(0点)
(5)楽観性
Q:あなたの子どもが、何かのことで、大きな失敗をしました。そのとき、あなたの子ど
もは……。
○割と早く、ケロッとして、忘れてしまうようだ。クヨクヨしない。(4点)
○ときどき思い悩むことはあるようだが、つぎの行動に移ることができる。(2点)
○いつまでもそれを苦にして、前に進めないときが多い。(0点)
(6)柔軟性
Q:あなたの子どもの日常生活を見たとき、あなたの子どもは……
○友だちも多く、多芸多才。いつも変わったことを楽しんでいる。(4点)
○友だちは少ないほう。趣味も、限られている。(2点)
○何かにこだわることがある。がんこ。融通がきかない。(0点)
***************************
( )友だちのための仕事や労役を、好んで引き受ける(共感性)。
( )自分の立場を、いつもよくわきまえている(自己認知力)。
( )小遣いを貯金する。ほしいものに対して、がまん強い(自己統制力)。
( )がんばって、ものごとを仕上げることがよくある(粘り強さ)。
( )まちがえても、あまり気にしない。平気といった感じ(楽観性)。
( )友人が多い。誕生日パーティによく招待される(社会適応性)。
( )趣味が豊富で、何でもござれという感じ(柔軟性)。
これら6つの要素が、ほどよくそなわっていれば、その子どもは、人間的に、完成度の
高い子どもとみる(「EQ論」)。
***************************
順に考えてみよう。
(1)共感性
人格の完成度は、内面化、つまり精神の完成度をもってもる。その一つのバロメーター
が、「共感性」ということになる。
つまりは、どの程度、相手の立場で、相手の心の状態になって、その相手の苦しみ、悲
しみ、悩みを、共感できるかどうかということ。
その反対側に位置するのが、自己中心性である。
乳幼児期は、子どもは、総じて自己中心的なものの考え方をする。しかし成長とともに、
その自己中心性から脱却する。「利己から利他への転換」と私は呼んでいる。
が、中には、その自己中心性から、脱却できないまま、おとなになる子どももいる。さ
らにこの自己中心性が、おとなになるにつれて、周囲の社会観と融合して、悪玉親意識、
権威主義、世間体意識へと、変質することもある。
(2)自己認知力
ここでいう「自己認知能力」は、「私はどんな人間なのか」「何をすべき人間なのか」「私
は何をしたいのか」ということを、客観的に認知する能力をいう。
この自己認知能力が、弱い子どもは、おとなから見ると、いわゆる「何を考えているか
わからない子ども」といった、印象を与えるようになる。どこかぐずぐずしていて、はっ
きりしない。優柔不断。
反対に、独善、独断、排他性、偏見などを、もつこともある。自分のしていること、言
っていることを客観的に認知することができないため、子どもは、猪突猛進型の生き方
を示すことが多い。わがままで、横柄になることも、珍しくない。
(3)自己統制力
すべきことと、してはいけないことを、冷静に判断し、その判断に従って行動する。子
どものばあい、自己のコントロール力をみれば、それがわかる。
たとえば自己統制力のある子どもは、お年玉を手にしても、それを貯金したり、さらに
ためて、もっと高価なものを買い求めようとしたりする。
が、この自己統制力のない子どもは、手にしたお金を、その場で、その場の楽しみだけ
のために使ってしまったりする。あるいは親が、「食べてはだめ」と言っているにもかかわ
らず、お菓子をみな、食べてしまうなど。
感情のコントロールも、この自己統制力に含まれる。平気で相手をキズつける言葉を口
にしたり、感情のおもむくまま、好き勝手なことをするなど。もしそうであれば、自己統
制力の弱い子どもとみる。
ふつう自己統制力は、(1)行動面の統制力、(2)精神面の統制力、(3)感情面の統制
力に分けて考える。
(4)粘り強さ
短気というのは、それ自体が、人格的な欠陥と考えてよい。このことは、子どもの世界
を見ていると、よくわかる。見た目の能力に、まどわされてはいけない。
能力的に優秀な子どもでも、短気な子どもはいくらでもいる一方、能力的にかなり問題
のある子どもでも、短気な子どもは多い。
集中力がつづかないというよりは、精神的な緊張感が持続できない。そのため、短気に
なる。中には、単純作業を反復的にさせたりすると、突然、狂乱状態になって、泣き叫ぶ
子どももいる。A障害という障害をもった子どもに、ときどき見られる症状である。
この粘り強さこそが、その子どもの、忍耐力ということになる。
(1)楽観性
まちがいをすなおに認める。失敗をすなおに認める。あとはそれをすぐ忘れて、前向き
に、ものを考えていく。
それができる子どもには、何でもないことだが、心にゆガー・ミのある子どもは、おかしな
ところで、それにこだわったり、ひがんだり、いじけたりする。クヨクヨと気にしたり、
悩んだりすることもある。
簡単な例としては、何かのことでまちがえたようなときを、それを見れば、わかる。
ハハハと笑ってすます子どもと、深刻に思い悩んでしまう子どもがいる。その場の雰囲
気にもよるが、ふと見せる(こだわり)を観察して、それを判断する。
たとえば私のワイフなどは、ほとんど、ものごとには、こだわらない性質である。楽観
的と言えば、楽観的。超・楽観的。
先日も、「お前、がんになったら、どうする?」と聞くと、「なおせばいいじゃなア〜い」
と。そこで「がんは、こわい病気だよ」と言うと、「今じゃ、めったに死なないわよ」と。
さらに、「なおらなかったら?」と聞くと、「そのときは、そのときよ。ジタバタしても、
しかたないでしょう」と。
冗談を言っているのかと思うときもあるが、ワイフは、本気。つまり、そういうふうに、
考える人もいる。
(2)柔軟性
子どもの世界でも、(がんこ)な面を見せたら、警戒する。
この(がんこ)は、(意地)、さらに(わがまま)とは、区別して考える。
一般論として、(がんこ)は、子どもの心の発達には、好ましいことではない。かたくな
になる、かたまる、がんこになる。こうした行動を、固執行動という。広く、情緒に何ら
かの問題がある子どもは、何らかの固執行動を見せることが多い。
朝、幼稚園の先生が、自宅まで迎えにくるのだが、3年間、ただの一度もあいさつをし
なかった子どもがいた。
いつも青いズボンでないと、幼稚園へ行かなかった子どもがいた。その子どもは、幼稚
園でも、決まった席でないと、絶対にすわろうとしなかった。
何かの問題を解いて、先生が、「やりなおしてみよう」と声をかけただけで、かたまって
しまう子どもがいた。
先生が、「今日はいい天気だね」と声をかけたとき、「雲があるから、いい天気ではない」
と、最後までがんばった子どもがいた。
症状は千差万別だが、子どもの柔軟性は、柔軟でない子どもと比較して知ることができ
る。柔軟な子どもは、ごく自然な形で、集団の中で、行動できる。
+++++++++++++++++++++
EQ(Emotional Intelligence Quotient)は、アメリカのイエール大学心理学部教授。ピ
ーター・サロヴェイ博士と、ニューハンプシャー大学心理学部教授ジョン・メイヤー博士
によって理論化された概念で、日本では「情動(こころ)の知能指数」と訳されている(E
motional Education、by JESDA Websiteより転写。)
++++++++++++++++++++
【EQ】
ピーター・サロヴェイ(アメリカ・イエール大学心理学部教授)の説く、「EQ(Emo
tional Intelligence Quotient)」、つまり、「情動の知能指
数」では、主に、つぎの3点を重視する。
(4)自己管理能力
(5)良好な対人関係
(6)他者との良好な共感性
ここではP・サロヴェイのEQ論を、少し発展させて考えてみたい。
自己管理能力には、行動面の管理能力、精神面の管理能力、そして感情面の管理能力が
含まれる。
○行動面の管理能力
行動も、精神によって左右されるというのであれば、行動面の管理能力は、精神面の管
理能力ということになる。が、精神面だけの管理能力だけでは、行動面の管理能力は、果
たせない。
たとえば、「銀行強盗でもして、大金を手に入れてみたい」と思うことと、実際、それを
行動に移すことの間には、大きな距離がある。実際、仲間と組んで、強盗をする段階にな
っても、その時点で、これまた迷うかもしれない。
精神的な決断イコール、行動というわけではない。たとえば行動面の管理能力が崩壊し
た例としては、自傷行為がある。突然、高いところから、発作的に飛びおりるなど。その
人の生死にかかわる問題でありながら、そのコントロールができなくなってしまう。広く、
自殺行為も、それに含まれるかもしれない。
もう少し日常的な例として、寒い夜、ジョッギングに出かけるという場面を考えてみよ
う。
そういうときというのは、「寒いからいやだ」という抵抗感と、「健康のためにはしたほ
うがよい」という、二つの思いが、心の中で、真正面から対立する。ジョッギングに行
くにしても、「いやだ」という思いと戦わねばならない。
さらに反対に、悪の道から、自分を遠ざけるというのも、これに含まれる。タバコをす
すめられて、そのままタバコを吸い始める子どもと、そうでない子どもがいる。悪の道に
染まりやすい子どもは、それだけ行動の管理能力の弱い子どもとみる。
こうして考えてみると、私たちの行動は、いつも(すべきこと・してはいけないこと)
という、行動面の管理能力によって、管理されているのがわかる。それがしっかりとでき
るかどうかで、その人の人格の完成度を知ることができる。
この点について、フロイトも着目し、行動面の管理能力の高い人を、「超自我の人」、「自
我の人」、そうでない人を、「エスの人」と呼んでいる。
○精神面の管理能力
私には、いくつかの恐怖症がある。閉所恐怖症、高所恐怖症にはじまって、スピード恐
怖症、飛行機恐怖症など。
精神的な欠陥もある。
私のばあい、いくつか問題が重なって起きたりすると、その大小、軽重が、正確に判断
できなくなってしまう。それは書庫で、同時に、いくつかのものをさがすときの心理状態
に似ている。(私は、子どものころから、さがじものが苦手。かんしゃく発作のある子ども
だったかもしれない。)
具体的には、パニック状態になってしまう。
こうした精神作用が、いつも私を取り巻いていて、そのつど、私の精神状態に影響を与
える。
そこで大切なことは、いつもそういう自分の精神状態を客観的に把握して、自分自身を
コントロールしていくということ。
たとえば乱暴な運転をするタクシーに乗ったとする。私は、スピード恐怖症だから、そ
ういうとき、座席に深く頭を沈め、深呼吸を繰りかえす。スピードがこわいというより、
そんなわけで、そういうタクシーに乗ると、神経をすり減らす。ときには、タクシーをお
りたとたん、ヘナヘナと地面にすわりこんでしまうこともある。
そういうとき、私は、精神のコントロールのむずかしさを、あらためて、思い知らされ
る。「わかっているけど、どうにもならない」という状態か。つまりこの点については、私
の人格の完成度は、低いということになる。
○感情面の管理能力
「つい、カーッとなってしまって……」と言う人は、それだけ感情面の管理能力の低い
人ということになる。
この感情面の管理能力で問題になるのは、その管理能力というよりは、その能力がない
ことにより、良好な人間関係が結べなくなってしまうということ。私の知りあいの中にも、
ふだんは、快活で明るいのだが、ちょっとしたことで、激怒して、怒鳴り散らす人がいる。
つきあう側としては、そういう人は、不安でならない。だから結果として、遠ざかる。
その人はいつも、私に電話をかけてきて、「遊びにこい」と言う。しかし、私としては、ど
うしても足が遠のいてしまう。
しかし人間は、まさに感情の動物。そのつど、喜怒哀楽の情を表現しながら、無数のド
ラマをつくっていく。感情を否定してはいけない。問題は、その感情を、どう管理するか
である。
私のばあい、私のワイフと比較しても、そのつど、感情に流されやすい人間である。(ワ
イフは、感情的には、きわめて完成度の高い女性である。結婚してから30年近くになる
が、感情的に混乱状態になって、ワーワーと泣きわめく姿を見たことがない。大声を出し
て、相手を罵倒したのを、見たことがない。)
一方、私は、いつも、大声を出して、何やら騒いでいる。「つい、カーッとなってしまっ
て……」ということが、よくある。つまり感情の管理能力が、低い。
が、こうした欠陥は、簡単には、なおらない。自分でもなおそうと思ったことはあるが、
結局は、だめだった。
で、つぎに私がしたことは、そういう欠陥が私にはあると認めたこと。認めた上で、そ
のつど、自分の感情と戦うようにしたこと。そういう点では、ものをこうして書くという
のは。とてもよいことだと思う。書きながら、自分を冷静に見つめることができる。
また感情的になったときは、その場では、判断するのを、ひかえる。たいていは黙って、
その場をやり過ごす。「今のぼくは、本当のぼくではないぞ」と、である。
(3)の「良好な対人関係」と、(3)の「他者との良好な共感性」については、また別
の機会に考えてみたい。
(はやし浩司 管理能力 人格の完成度 サロヴェイ 行動の管理能力 EQ EQ論
人格の完成)
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●欲望の根源
かつて、私もそうだった。あなたもそうだった。が、今、子どもの心の中では、猛烈な
「性的エネルギー」(フロイト)が、わき起こっている。「生的エネルギー」(ユング)で
もよい。
最近の研究によれば、脳の中の視床下部というところが、どうやらそういった信号の発
信源ということがわかってきた(サイエンス誌・08年)。その視床下部からの命令を受け
て、ドーパミンという脳間伝達物質が放出される。
このドーパミンが、脳の中の線条体(報酬と行動要求に関する中枢部)というところを
刺激すると、猛烈な(欲望)となって、その子ども(もちろんおとなも)を支配する。ふ
つうの反応ではない。最終的には、そうした欲望をコントロールするのが、大脳の前頭前
野(理性の中枢部)ということになる。が、「意志の力だけで、こうした衝動を克服するの
はむずかしい」(N・D・ボルコフ)という。
線条体が刺激を受けると、「あなたは、目的達成に向けた行動を起こせというメッセージ
を受けとる」(同誌)。
もちろん欲望といっても、その内容はさまざま。食欲、性欲、生存欲、物欲、支配欲に
始まって、もろもろの快楽追求もその中に含まれる。わかりやすく言えば、脳の中で、ど
のような受容体が形成されるかによって決まる。たとえばアルコール中毒患者やニコチン
中毒患者は、それぞれ別の受容体が形成されることがわかっている。
では、どうするか? そこでEQ論の登場ということになる。
●EQ論
ピーター・サロヴェイ(アメリカ・イエール大学心理学部教授)の説く、「EQ(Emotional
Intelligence Quotient)」、つまり、「情動の知能指数」では、主に、つぎの3点を重視する。
(1)自己管理能力
(2)良好な対人関係
(3)他者との良好な共感性
この中でとくに重要なのが、(1)の自己管理能力ということになる。その自己管理能力
は、どこまで(1)自分で考え、(2)自分で行動し、(3)自分で責任を取るかによって
決まる。
アメリカでは、どこの小学校に行っても、ドアのところなどに、「Independent・・・」
という言葉が張ってある。「独立した……」という意味である。「Independent Thinker(自
分で考える人)」というような使い方をする。
では、あなたの子どもは、どうか?
●子どもの人格テスト(自己管理能力)
(A)小遣いを手にしたとき、将来の自分の夢を達成するために、それを貯金に回す。あ
るいはささいなことでも、ルールを守り、約束を守る。疲れていても、家事の手伝いなど、
やるべきことは、きちんとやる。
(B)小遣いを手にしても、そのときどきに欲しいものがあると、使ってしまう。家庭の
中でもルールなど、あってないようなもの。約束を守るということは、まずない。「疲れて
いる」「やりたくない」という言葉をよく使い、家事を手伝わない。
(A)のようであれば、あなたは自分の子どもを、「すばらしい子ども」と自信をもって
よい。(つづく)
●常識を大切に
魚は陸にあがらないよね。
鳥は水の中に入らないよね。
そんなことをすれば死んでしまうこと、
みんな、知っているからね。
そういうのを常識って、言うんだよね。
みんなもね、自分の心に
静かに耳を傾けてみてごらん。
きっとその常識の声が、聞こえてくるよ。
してはいけないこと、
しなければならないこと、
それを教えてくれるよ。
ほかの人へのやさしさや思いやりは、
ここちよい響きがするだろ。
ほかの人を裏切ったり、
いじめたりすることは、
いやな響きがするだろ。
みんなの心は、もうそれを知っているんだよ。
あとはその常識に従えばいい。
だってね、人間はね、
その常識のおかげで、
何十万年もの間、生きてきたんだもの。
これからもその常識に従えばね、
みんな仲よく、生きられるよ。
わかったかな。
そういう自分自身の常識を、
もっともっとみがいて、
そしてそれを、大切にしようね。
●それから10年
この詩を書いてから、もう10年になる。と、同時に、この10年の間の脳科学の進歩
には、めざましいものがある。ポジトロンCTや、ファンクショナルMRIなどという装
置を使うと、脳の活動がリアルタイムでわかるという。
で、最近では、善悪の価値判断すらも、脳の一部が分担していることがわかってきた。
たとえば 大脳半球の中心部に、間脳や脳梁という部分がある。それらを包み込んでい
るのが、大脳辺縁系といわれるところだが、ただの「包み」ではない。認知記憶をつかさ
どる海馬もこの中にあるが、ほかに動機づけを決める帯状回という組織、価値判断をする
扁桃核などがあるという(伊藤正男・日本実業出版社「脳のしくみ」)。
つまり「善悪の価値判断」も、大脳生理学の分野では、大脳の活動のひとつとして説明
されるようになってきている。
たとえば人に親切にしたり、やさしくしたりすると、そのシグナルは、扁桃核に伝えら
れ、そこで扁桃核は、モルヒネ様の物質(エンドロフィン、エンケファリン)を放出する。
脳の中を、甘い陶酔感で満たす。
そして子どもは、(おとなもそうだが…)、「人に親切にしたり、やさしくしたりすること
は、気持のよいことだ」と知る。
そしてさらに言えば、こうした一連の反応は、「条件づけ反応」によって、条件づけされ
やすいということまでわかってきている(ND・ボルコフ・「サイエンス・07・12」)。
つまりそれを習慣化することによって、やさしい子どもは、ますますやさしくなり、親
切な子どもは、ますます親切になる。
詩の中に書いた、「ほかの人へのやさしさや思いやりは、ここちよい響きがするだろ」の
意味がわかってもらえば、うれしい。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 常識 常識論 扁桃核 扁
桃体)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●HP 2133
HP 2133(ハイスタンダード・モデル)を買って、ちょうど10日が過ぎた。
いろいろと使い勝手の悪いところが、目立つようになってきた。
そこで昨日、USB接続の外付けキーボードを購入してきた。
外付けキーボードは、キー幅が、19ミリ。
ふつうのデスクトップと同じ基準である。
とたん、使い勝手ガー・ミちがえるほど向上した。
つまりふつうのデスクトップと同じになった。
「これならいける」とワイフに言うと、「フ〜ン」と。
今、その外付けキーボードを使って、この文章を書いている。
●パソコン未亡人
私がパソコンに夢中になるのは、私の勝手。
しかしこの世界には、「パソコン未亡人」という言葉がある。
夫がパソコンばかりに夢中になっていて、妻が、未亡人と同じような立場になることをい
う。
で、たった今も、私はワイフにこう聞いた。
「……ぼくは、いつもパソコンばかり相手にしているから、退屈じゃないか?」と。
ワイフはそれに答えて、「あなたの趣味なんだから、いいんじゃないの」と。
が、私は、常に心がけていることがある。
原稿は、朝の早い時間か、夜の遅い時間に書く。
あるいはワイフが昼寝をしているときに書く。
そうでないときは、できるだけ、ワイフをひとりぼっちにしない、と。
私「ぼくはね、子どものころから、モノいじりをよくしていた」
ワ「今が、パソコンというわけ?」
私「それだけ、情緒が不安定だったんだろうね。モノをいじることで、自分の情緒を安定
させようとしていた。指しゃぶりや、若い女性の髪いじりと同じだよ」
ワ「いじっていると、どんな感じがするの?」
私「そうだなあ、若い女性のおっぱいをにぎっているような感じかな」
ワ「あら、握ったこと、あるの?」
私「ストリップ劇場なんかへ行くとね、向こうから握らせてくれるよ」と。
そんなわけで、私はパソコンを選ぶときは、キータッチの感触を、何よりも大切にしてい
る。
たとえばあくまでも、これは私の印象だが、感触がよいのは、パナソニックのレッツ・ノ
ート系。
キーを押したときの心地よさは、旧IBMのTHINK・PAD系。(現在は中国企業に買収さ
れて、レノボというメーカーになっている。)
HP 2133は、キーがスベスベしすぎて、どこかものたりない。
パンタグラフ形式のキー入力を採用しているが、クリック感がやさしすぎる。
キーボードをたたいていると、指先が、はがゆさを覚えることもある。
それで今回、外付けのキーボードにした。
こちらは日本語式キーボード。
Enterキーも大きく、たいへん使いやすい。
ということで、ここまで試しにキーを叩いてみた。
ワ「ところで、そういうストリッパーの人たちは、今ごろ、どうしているのかしら?」
私「ふつうのオバチャンになっていると思うよ」
ワ「若いころ、ストリッパーをしていたことを、何とも思っていないのかしら?」
私「思っていないよ。外国じゃあ、何でもない仕事だし……。何でもないというより、偏
見をもっちゃ、いけないよ。立派な職業だよ。ぼくのオーストラリアのガールフレンドな
んかは、アルバイトに、ヌードモデルをしていたよ」
ワ「子どももいるのかしら?」
私「結婚していれば、子どももいるだろうね」
ワ「フ〜ン」と。
……これから昼食。
土曜日の午後。
今日も暑い!
●HPの改造
++++++++++++++++++H.Hayashi
現在、HPの更新を考えている。
(1)幼児教室の風景を、そのまま紹介する。
(2)無料電子マガジンの内容を、HP上に、直接、収録する。
(3)お楽しみコーナーをふやす。
もうすぐ、HPは、満6歳になる。
孫の誠司が生まれたとき、トップページをその写真で飾った。
それ以前も、実験的に制作していたが、本格的にHPの制作に取り組むようになったのは、
そのときから。
以来、6年。
当時は、アクセス数は、多くても1日、10〜30件どまり。
それが今では、1日に、300〜500件を超えるようになった。
各ページへ直接ハイパーリンクしてくる人まで含めると、その数は、1000人を超える
かもしれない。
あるいはもっと多いかも?
(実際、私のHP上の『音楽と私』コーナーには、毎日、500〜1000件ほどのアク
セスがある。)
この2月に、そのHPとBLOGへアクセスしてくる人の数を、合計してみた。
HPは、現在、6〜8か所で発行している。
それをリンクでつないでいる。
BLOGは、4〜5本、書いている。
その合計が、月に10万件を超えた。
加えて電子マガジンがある。
こちらのほうは、現在、読者数は頭打ちになっているが、それでも3000人。
毎月それだけ多くの人の目にとまっていると思うだけで、大きな励みになる。
そこでまたまた今度、私のHPを、大きく更新しようと考えている。
夜、床にはいってから、頭の中で、そのデザインを考えているだけで、楽しい。
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●バスガイドについて
++++++++++++++
このところ観光バス会社が
運営する、バスツアー客が
ふえているという。
安全で、値段も手ごろ。
とくに60歳以上の人に
とっては、バスツアーは、
ありがたい。
目的地まで、私たちを、
そのまま運んでくれる。
が、そのバスツアーには、
バスガイドはつきもの。
しかし今、そのバスガイドの世界に
に異変が起きつつある。
産経新聞は、つぎのように
伝える(7月20日)。
『……後部座席のシートベルト着用が義務づけられた、6月の道交法改正から1カ月半が
過ぎ、観光バスのバスガイドに変化が生じている。シートベルトの着用が義務化されたこ
とで、「右に見えますのは…」と案内するおなじみのスタイルを変更する会社が出始めた』
と。
私自身は、バスガイドは
不要と考えている。
とくに私たち夫婦のように、
月、1、2回ほど、利用している
者にとっては、そうである。
理由の第一。
「無駄なおしゃべりが多すぎる」。
たとえば浜松市から西へ向かう
バスに乗ると、かならずといって
よいほど、揖斐川のところでは、
定番の(養老の滝)に話になる。
以前は、そういう話を毎回
聞かされた。
(ここ3、4か月ほどは、養老の
滝の話は、聞かなくなったが……。)
あとは見ればわかるような話
ばかり。
あるいは聞いても、すぐ忘れるような
話ばかり。
「車が渋滞し始めましたね……
事故でしょうか……事故ですね……
警察のライトが見えてきました……
事故ですね……」と。
もちろん重要な話もある。
シートの倒し方、後部座席の人に
そのときは、一言、許可を求める
とか、など。
そういう話なら、飛行機の中での
ように、ビデオ化すればよい。
バスに乗ったら、すぐそのビデオを
流せばよい。
ついでにこんな文言も入れて
ほしい。
「せっかくのご旅行ですが、中には
静かな旅を望んでいる方も
いらっしゃいますから、お互いの会話は
まわりの方のことも考えて静かに
なさってくださいね」とか。
(映画館での冒頭の注意事項をまねた
ビデオにすればよい。)
30〜40人もいると、たいてい
中には、数組、ギャーギャー、
ワイワイ、ゲラゲラとあたり構わず、
騒ぐ人たちがいる。
しかも大声で!
そういう人たちがいかに、ほかの
乗客の迷惑になっているか。
が、それ以上にうるさいのが、
バスガイドの独り言。
中には、前列付近、3〜5列までの
人たちと、マイクを使って、
会話をしているガイドもいる。
おまけにいつもボリュームは最大。
そういう声がガンガンと耳に響く。
(注文)
「全国のみやげもの、ナンバーワンが
どうのこうの」とか、「高速道路がどうの
こうの」とか、そういう話は、まったく
無用。
また地元のBツアーのばあい、帰りには、
かならずといってよいほど、ビデオを
流す。
定番は、釣りバカ日誌。
あるいはその類の邦画。
釣りバカ日誌・能登編は、そんなわけで、
私は3回も見させられた!
(4回かもしれない。)
どうして軽音楽ではだめなのか。
市内を走るバスは、交差点では
エンジンオフになる。
そのとき軽音楽を流す。
私たちが聞きたいのは、そういう
音楽である。
つまり若いガイドから見れば、老人は
みなバカに見えるかもしれない。
しかし私たちから見ると、若いガイドが
みなバカに見える。
そうしたたがいの思いちがいが、とても
残念なことに、バスツアーの(質)を
落としている。
バスガイドの質を落とし、客の質を
落とす……。
オーストラリアでもアメリカでも、
観光バスに乗ると、乗客たちは、
本を読んだり、音楽を聞いたりしている。
パソコンをたたいている乗客すらいる。
ガイドは、たいてい運転手がしてくれる。
しかし無駄なことは言わない。
言っても、人を笑わせるような、機知に
富んだジョークが多い。
では、どうするか?
産経新聞は、バスガイドが立って話をするのが
できなくなると、書いている。
だったら、カメラをつけて、モニターに
流せばよい。
しかしそれとて、あいさつ程度にして
ほしい。
大音響で、キャッキャッ、ワイワイと
やられたら、せっかっくの旅も
台なしになってしまう。
昔は、あのBツアーも、タバコの煙と、
カラオケが定番だった。
今は、バスガイドのおしゃべりが定番。
しかしそれもやがて、なくなるだろう。
なくなって当然。
もちろん先ほども書いたように、必要な
情報もある。
時刻の指定とか、集合場所の連絡など。
それはそれとして、きちんとしてほしい。
問題は、バスガイドの意味のないおしゃべり
である。
産経新聞は、つぎのようにも書いている。
『同社営業部の青木憲之次長は「バスの燃料となる軽油価格も高騰している」と指摘した
うえで、「今後価格を上げざるを得ない状況になったとき、バスガイドは要らないというお
客さまが増えるのではないか」と不安げだ』と。
目的地でのガイドは必要かもしれない。
しかしたとえば高速道路を走っている
ときの、あのガイドは、まったく不要。
さらに若い人はともかくも、帰りの
道中になると、大半の人は、もうクタクタ。
60歳以上にもなると、昼寝を日課にして
いる人も多い。
「静かに休ませてほしい」と願っているのは、
けっして私たち夫婦だけではないだろう。
そうそう、ケアセンター(特別養護老人ホーム)
へ行くと、一日中、テレビがかけっぱなしに
なっている。
「テレビを見せておけば、老人は
退屈しないだろう」という発想による。
どうかどうか、私たち乗客を、ケアセンターの
老人と同じにしないでほしい。
(要望)
●バスガイドの仕事は、おしゃべりではなく、
サービスである。
お茶のサービスを、2回から、3回にふやして
ほしい。
あるいは口ではなく、体を使ったサービスを
もっと考えてほしい。
たとえばシート間を回りながら、客の
要望や状態を、こまめに聞いたり見たり
するなど。
マイクを使って、いっせいに、「クーラー
はいかがですか?」ではなく、ひとつずつの
席を回りながら、「寒くありませんか」
「気分はいかがですか」「マイクの音量は
どうですか」と聞いて回る、などなど。
ひどいときは、みなが、グーグーと眠って
いるようなとき、「ビデオでもかけましょうか」
「どれにするか、採決で決めます」と、
突然、言い出す。
そういう(気配り)が、残念ながら、
地元の観光バス会社には、ない。
まったく、ない。
●ビデオはまったく、不要である。
ひところ昔のカラオケが、ビデオに
なった。
しかし見たい映画などというのは、個人の
好みによって、大きくちがう。
しかもたいてい安っぽい邦画。
そういうものを否応なしに見せつけられる
乗客は、まるで拷問にあうようなもの。
もし見せるなら、音声のない、(あるいは
BGMに音楽だけの)、ビデオのほうがよい。
以前だが、一度だけ、各地の山岳めぐりの
ビデオをバスの中で見たことがある。
ああいうのだったら、ほとんどの乗客に
受け入れられるのでは?
(眠っていたい人は、眠っていられる。)
そうした不快感を、どうか、理解してほしい。
ともかくも、私たちは小学生や中学生
ではない。
バスガイドよりも、はるかに多くの
人生経験と、旅の経験を積んだ、熟年
である。
その地にまつわる、「詩」を朗読するとか、
バスガイドも、もっと勉強すべきではないか。
長野でそのあたりへ行ったら、「千曲川旅情」の
一節でも読むとか……。
それを「天気はどうでしょうか」「今朝の
予報によれば、晴だそうですね」「晴れる
といいですね」……「昼食はバイキングです」
「バイキングって、ご存知ですか」「時間制限が
あるんですね」と。
バスガイドのあの無駄なおしゃべりが
なくなったら、私は、月2回の利用を、
3回にしてもよい。
約束する。
(この原稿は、地元のBツアーの掲示板に、そのまま転載しておく。
Bツアーの営業部のみなさん、よろしく!)
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●水産物自給率(Fishery Basic Law)
++++++++++++++++
少し前、燃料費高騰により、全国の
漁船、約20万隻が、操業を停止した。
ストライキに打って出た。
「採算が合わなくなったから、政府が
燃料費を補填(ほてん)しろ」と。
常識で考えれば、こんなおかしな話は
ない。
そこで私なりに調べてみたら、やはり
日本の水産業も、政府の補助金漬けに
なっているのがわかった。
その根拠となっているのが、1999年
12月に制定された、「水産基本法」。
これによって政府は、「漁業生産の現象と自給率
の低下、従業者の減少と高齢化」の問題
を解決しようとした。
「水産物の安定供給の確保と水産業の
健全な発展を図るという基本的理念の
もと、漁業のみならず、加工・流通などの
関連産業も含めた水産業全体の振興を
図る」と。
その結果、
(1)自給率目標を盛り込んだ水産基本計画の
策定。
(2)水産資源の管理と持続的利用。
(3)担い手育成、漁業経営支援。
(4)漁村、水産基盤整備などの施策が、
矢継ぎ早に、実行に移された(以上、参考、
IMIDAS 2005)。
2000年の段階で、水産物自給率は、
約53%。
それをこの計画によって、2012年までに、
魚介類で、66%にまで高めようというもの
だった。
それ自体は、悪いことではない。
食糧の自給率を高めることは、国の政策として
柱にすべきことがらである。
では、現状ははどうか?
2005年……57%
2006年……59%(農水省資料、2007年)
が、「自給率があがった」と思うのは、
ちょっと待ってほしい。
水産物自給率は、「水産物消費に占める国産水産物の割合であるが、算式的には、生産から
輸入超過を引いて、在庫変動を加味した上で、消費量で割って計算される」(社会実情デー
タ実録)とのこと。
つまり消費量が減れば経るほど、自給率は高くなる
ということになる。
が、ご存知のように、このところ魚類を
食べる人たちが、少なくなってきた。
2001年をピークに、水産物(=魚介類)
の消費量は、約8800トンから、2006年の
7300トンへと、減少している(同)。
同じように生産量、輸入量も、減少傾向にある。
私自身は、魚派で、肉類は、ほとんど口にしない。
だからこういう統計を見ると、「では、いったい、
日本人は何を食べているのか」と、ふと考えて
しまう。
もちろんその分だけ、日本人の食生活が、
ますます欧米化していることを意味する。
で、その分だけ、先にも書いたように、
水産物自給率は、高くなる。
ひょっとしたら、2012年までに、66%
を達成できるかもしれない。
しかしこうした基本法に基づく、補助金行政は、
まさに両刃の剣。
一方で水産業を支えることになるかもしれないが、
それから生まれる弊害もある。
いわゆる(依存性)の問題である。
水産業については知らないが、農業分野に
おいては、今や補助金なくして、農業そのものが
成り立たない。
と、同時に、農家の人たちは、補助金をアテにして、
自助努力をしなくなってしまった。
以前書いた、このあたりのミカン農家についての
原稿をここに載せる。
もともとは日本人の職業意識について書いた
原稿である。
やや趣旨が脱線するかもしれないが、許して
ほしい。
+++++++++++++++
【日本の農業+教育事情】
++++++++++++++++++
横浜に住む友人のM氏が、山荘に泊まりながら、こんな話をしてくれた。
それに私見も加えながら、メモとして、ここに記録する。
M氏は、日本でも最大手の食品会社の部長という重職を経て、
今は、東京にあるT社の事業開発室の室長をしている。
東京都内に流通する果物の60%は、彼の管轄下にあるという。
+++++++++++++++++
●山荘で
山荘の周辺は、少し前までは、豊かなミカン畑に包まれていた。しかしここ5〜10年
のあいだ、減反につづく減反で、そのミカン畑が、どんどんと姿を消した。
理由は、この静岡県のばあい、(1)産地競争に負けた、(2)ミカンの消費量が減少し
た、(3)農業従業者が高齢化した、それに(4)外国からの輸入ミカンとの価格競争に負
けた。加えて、この静岡県の人たちには、「どうしても農業をしなければならない」という
切実感がない。
とくにこの浜松市は、農業都市というよりは、工業都市。それなりに栄えている。「農業が
だめなら、工場で働けばいい」という考え方をする。
産地競争というのは、この静岡県は、愛媛県、熊本県との競争のことをいう。ミカンは
暖かい地方から先に、出荷される。静岡県のミカンは、季節がら、どうしても出荷が遅れ
る。遅れた分だけ、価格がさがる。だからどうしても価格競争に負ける。
ミカンの消費量が減ったのは、それだけミカンを食べなくなったということ。「皮をむく
のがめんどう」と言う人さえいる。皮をむくことで、「手が汚れる(?)からいやだ」とい
う人さえいる。
農業従事者の高齢化の問題もある。ミカン栽培は、基本的には、重労働。ほとんどのミ
カン畑は中間山地にある。斜面の登りおりが、高齢化した農業従事者には、きつい。
最後に、このところ、外国からの輸入が急増している。あのオーストラリアからでさえ、
温州(うんしゅう)ミカンを輸入しているという。
そこで、静岡県のミカン産業は、どうしたらよいのかということになる。
●外国との競争
オーストラリアでのミカン栽培は、そもそも規模がちがう。大農園で、大規模に栽培す
る。しかも労働者は、中国人やベトナム人を使っている。もともと日本にミカンに勝ち目
はない。
本来なら日本も、その時期には、外国人労働者を入れて、生産費用を安くすべきだった。
しかし日本の農業、なかんずく農林省のグローバル化が遅れた。遅れたばかりか、むしろ、
逆にグローバル化に背を向けた。が、それだけではない。
現在の農業は、まさに補助金づけ。それはそれで必要な制度だったかもしれないが、こ
の半世紀で、日本の農家は、自立するきびしさを、忘れてしまった。
このあたりの農家の人たちでさえ、顔をあわせると、どうすれば補助金を手に入れること
ができるか、そればかりを話しあっている。
ここでは省略するが、農家の補助金づけには、目にあまるものがある。農協(JA)と
いう機関が、その補助金の、たれ流し機関になっていると言っても、過言ではない。が、
それ以上に、もう一つ、深刻な問題がある。
実は農業に従事する人たちの、レベルの問題がある。M氏は、「おおっぴらには言えない
が、しかしグローバルなものの考え方ができる人が、あまりにも少ない」(失礼! もちろ
ん知的レベルとか人格的レベルのことを言っているのではない。誤解のないように!)と。
それを話す前に、こんなことがあった。
●オーストラリアでは
私が学生で、オーストラリアにいたころ、私は、休暇になると、友人の牧場に招待され
た。そこでのこと。友人の父親は、夕食後、私たちに、チェロを演奏して聞かせてくれた。
彼の妻、つまり友人の母親は、アデレード大学の学士号を取得していた。
私は、ほかにも大卒で、農業をしている人はいくらでもいた。私は、あくまでも197
0年当時のことだが、大卒の人が農業をしているという話は、この日本では聞いたことが
なかった。だから、この友人の両親の「質」の高さには驚いた。接客マナーは、日本の領
事館の外交官より、なめらかで、優雅だった!
これには、本当に、驚いた!
つまりこうした学識の高さというのが、オーストラリアの農業を支えている。が、とて
も残念なことだが、日本には、それがない。(最近、若い農業経営者の中には、グローバル
なものの見方ができる人がふえてきているが……。)
一方、この日本では、M氏の話によれば、戦前には、大学の農学部門にも、きわめてす
ぐれた研究者がいたという。しかし戦後、機械工業優先の社会風潮の中で、農学部門には
目もくれず、優秀な人材ほど、ほかの部門に流れてしまった。
このことは、大卒の就職先についても、言える。
私が学生のころでさえ、地方に残った若者たちは、負け組と考えられていた。その中で
も、農業を継いだ若者たちは、さらに負け組と考えられていた。たいへん失礼な言い方だ
とは思うが、事実は事実。当時は、だれもが、そう考えていた。M氏は、さらにつづけて
こう言った。
「農繁期には、中国や東南アジアから、季節労働者を呼び、仕事を手伝ってもらえばよ
い。農業を大規模化するため、産業化、工業化すればよい。
しかしそういうグローバルなものの見方や、経営的な考え方をすることができる人が、こ
の世界には、いない。それがこの日本の農業の、最大の問題だ」と。
●おかしな身分制度
ところで江戸時代には、士農工商という身分制度があった。江戸時代の昔には、農業従
事者は、武士についで2番目の地位にあったという。それがどういうものであったかは、
ただ頭の中で想像するだけしかない。しかしまったく想像できないかといえば、そうでも
ない。
私が、子どものころでさえ、「?」と思ったことがある。
私の実家は、自転車屋。士農工商の中でも、一番、下ということになる。それについて私
は、子どもながら、「どうして商人が、農家の人より下」と思ったのを覚えている。
もちろん仕事に上下はない。あるはずもない。ないのだが、しかし私が子どものころに
は、はっきりとした意識として、それがあった。「農業をする人は、商業をする人よりも、
下」と。
こうした社会的な偏見というか、意識の中で、日本の農業は、国際化の波に乗り遅れて
しまった。今の日本の農業は、国からそのつどカンフル注射を受けながら、かろうじて生
きながらえているといった感じになってしまった。それが実情である。
●職業観の是正
もう一つ、話が脱線するが、今でも、おかしな職業観をもっている人は、少なくない。
私も、そうした職業観に、いやというほど、苦しめられた。
私が「幼稚園で働いている」と話したとき、高校時代の担任のT氏は、こう言った。「林、
お前だけは、わけのわからない仕事をしているな」と。
近所のS氏も、酒の勢いを借りて、私にこう言ったことがある。「君は、学生運動か何か
をしていて、どうせロクな仕事にありつけなかったのだろう」と。
私の母でさえ、「幼稚園の先生になる」と話したとき、「浩ちゃん、あんたは道を誤った
ア」と、電話口の向こうで、泣き崩れてしまった。
そういう時代だったし、今でも、そうした亡霊は、この日本にはびこっている。いない
とは言わせない。つまりそういう亡霊が、私が子どものころには、もっと強くはびこって
いた。農業従事者を「下」に見たのは、そういう亡霊のなせるわざだった。
が、もう、そういう時代ではない。またそういう時代であってはいけない。大卒のバリ
バリの学士ガー・ミカン畑を経営しても、何もおかしくない。仕事で山から帰ってきたあと、
ワイングラスを片手に、モーツアルトの曲を聞いても、何もおかしくない。
●結論
私は、M氏の話に耳を傾けながら、これは農業だけの問題ではない。静岡県だけの問題
でもない。日本人が、広くかかえる問題であると知った。もちろん教育の問題とも、関連
している。さらにその先では、日本独特の学歴社会とも結びついている。
が、今、日本は、大きな歴史的転機(ターニング・ポイント)を迎えつつある。それは
まさに「革命」と言ってよいほどの、転機である。
出世主義の崩壊。権威の崩壊。それにかわって、実力主義の台頭。
そこであなた自身は、どうか、一度、あなた自身の心に、こう問いかけてみてほしい。
「おかしな職業による上下意識をもっていないか」と。
もしそうなら、さらに自分自身にこう問いかけてみてほしい。
「本当に、その意識は正しいものであり、絶対的なものか」と。その問いかけが、日本
中に広がったとき、日本は、確実に変る。
(040509)
【追記】
その人がもつ職業観というのは、恐らく思春期までにつくられるのではないか。職業観
というよりは、職業の上下観である。
この日本には、(上の仕事)と、(下の仕事)がある。どの仕事が(上)で、どの仕事が
(下)とは書けないが、日本人のあなたなら、それをよく知っているはず。
こうした職業の上下観は、一度、その人の中でつくられると、それを変えるのは、容易
なことではない。心境の大きな変化がないかぎり、そのまま一生の間、つづく。
もっともこの問題は、あくまでも個人的なものだから、その人がそれでよいと言うのな
ら、それまでのこと。しかしだからといって、その価値観を、つぎの世代に押しつけては
いけない。
さてここでクエスチョン。
もしあなたの子どもが、あなたが(下)と思っている仕事をしたいと言い出したら、そ
のとき、あなたは何と言うだろうか。そのことを、少しだけ、あなたの頭の中で、想像し
てみてほしい。
+++++++++++++++++
先ほども書いたように、これは農業の話。
おそらく水産業でも、同じようなことが
起きているはず。
そのひとつの証拠が、「燃料費の高騰を
補填せよ」という、そのストライキに
集約されている。
もしこんな論理がまかり通るなら、
トラック業者だって、タクシー業者だって、
同じストライキができるはず。
「ガソリン代があがったから、ガソリン代を
補填せよ」と。
「農業や漁業は別」と考える人もいる
かもしれないが、その分だけ、値段を
あげるという方法もないわけではない。
が、それについても、「値段をあげれば
外国から安い水産物が入ってきて、
日本の水産業は深刻な打撃を受ける」と
反論する人がいる。
しかし現実に、洋上取り引き(公海上で
外国の漁船から、直接魚介類を買う)が、
日常化している今、何が輸入か、という
ことになる。
私は「補填(ほてん)」という言葉を
聞いたとき、即座に、ドラ息子症候群の
ひとつを思い出した。
成績がさがった子どもが、ある日、
学校に向かってこう言う。
「成績がさがったのは、クーラーの
ない教室で、勉強させられたからだ。
その分だけ、得点を加算せよ」と。
話が飛躍したが、私が受けた印象は
それに近い。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 水産資源 水産基本法 日
本の水産業)
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●竹島問題
+++++++++++++++++
今朝(7月21日)(月曜日)は、1時間ほどかけて、
竹島問題についてのBLOG、HPを読んでみた。
「竹島 領有権 歴史」で、検索した記事を
読んでみた。
詳しくは外務省ほか、何十もの団体が、この問題を
取り扱っているので、興味のある人は、そちらを
読んでみたらよい。
竹島は日本の領土なのか、それとも韓国の領土なのか。
結論から先に言えば、竹島は日本の領土である。
それが、私の得た結論ということになる。
それを韓国側は、過去の植民地政策とからめて、いわば
なし崩し的に、竹島を自国の領土として、既成事実化
しようとしている。
しかしそれ以前から、竹島は日本の領土であり、日本側
が管理管轄してきた。
ちゃんとした文書も残っている。
だからそのつど日本は、国際司法裁判所で話しあおう
と提案しつづけている。
が、どういうわけか、韓国側は、それを拒否、拒否、また拒否。
今に見る感情論だけを先行させて、ワーワー、ギャーギャー
と騒いでいる。
つまりこうした文書がしっかりと残っている以上、
日本側が教科書に、「竹島領有権」を明記するのは、
当然のことではないか。
しかし、韓国側は、それを「挑戦」と取る。
まさに過剰反応!
こうした過剰反応こそが、結局は、自国が不利な立場であることを
認めているようなもの。
本当に自国の領土であると信じて疑わないのなら、
もう少し、堂々としていることができるはず。
ところで話は変わるが、韓国のサムソンは、有機液晶パネルの
量産を、開始している。
「有機液晶パネル」というのは、もともと日本のソニーが
開発したものである。
どうして韓国のサムソンが、日本のメーカーに先立って、量産を
開始することができたのか?
「日本文化チャンネル・桜」サイトは、このあたりのいきさつを、
端的に説明している。
そのまま文だけを、紹介させてもらう。
++++++++++以下、日本文化チャンネル桜より++++++++++
アホのS(日本のメーカー)が、ますます凋落していく。
売国D会長は、逃げた。
(日本の)S社が、(韓国の)S社に、抜かれています。
文系のD会長になってから、ろくな新製品開発もしていないし、やったのは中高年リスト
ラで、なんとか利益確保をしたくらいだが、売り上げが減り続けるなか、それも限界にき
て、辞任した。
国内他社メーカーが反対したのに、日本の液晶技術を韓国に売ってしまって、(韓国の)S
社から輸入するようになってしまったD会長は、(日本の)S社を、商社にしてしまった。
++++++++++以上、日本文化チャンネル桜より++++++++++
きびしい言葉が並ぶが、大筋はまちがっていない。
ソニーは、自社の技術を、韓国のサムソンに売ることによって、
生き延びようとした。
その結果が、今である。
韓国側に言わせれば、「ちゃんとした対価を支払って手に入れた技術だから、
文句はないはず」ということになる。
しかし日本の大会社には、大会社を超えた使命というものがある。
それだけ税金面などでの優遇政策を受けてきたではないか。
そういう使命を忘れて、日本の基本技術を、外国へ平気で売り飛ばしてしまう。
が、こんなことが許されてよいものか。
しかも相手は、日本にとっては、当時も今も、最悪の反日国家である。
液晶技術にしても、いったい、どれほどの技術が、ソニーを通して、
韓国へ流れたことか?
そこでこの日本も、遅らばせながら、反撃に出ることになった。
NIKKEI NETは、つぎのように伝える。
++++++++++以下、NIKKEI NET++++++++++
東芝と松下電器産業は共同で、携帯電話などに使う高画質な中小型有機EL(エレクト
ロ・ルミネッセンス)パネルの本格的な量産に踏み切る。
2009年秋に石川県に新たな生産ラインを作り、月間100万枚(2.5型換算)生産する。同
規模で量産するのは国内で初。すでに量産体制に入っている韓国のサムスンSDIなどを
追う。
東芝・松下は中小型でコスト低減や品質安定化の技術を磨き、テレビ用の大型パネルの量
産につなげる。
東芝が6割、松下が4割を出資するパネルメーカー、東芝松下ディスプレイテクノロジ
ー(TMD、東京・港)の石川工場(石川県川北町)に、150億円を投じて量産ラインを作
る。当初は2―3型前後の小型画面の製品を生産する。(08年7月21日)
++++++++++以上、NIKKEI NET++++++++++
負けるな、日本!
がんばれ、日本!、と書いたところで、再び竹島問題。
ゆくゆくは、この東アジアも、一つの「共和国」になる。
現在のEUのように、である。
またそうでもしないと、生き残ることはできない。
そういう長いビジョンに立てば、日比谷公園ほどの大きさしかない島くらいの
ことで、こうまで大騒ぎするほうが、おかしい。
おかしいが、残念ながら、韓国には、その度量はない。
朝日新聞社のセスナ機が近づいただけで、戦闘機を送ってくるような国である。
ならば日本は、日本で、「経済」という武器を使って、対抗するしかない。
ここにきて、現在のイ大統領も、反日感情をむきだしにしてきている。
日本が、これ以上、遠慮しなければならない理由はない。
いい子ぶる必要もない。
過去はともかくも、造船、鉄鋼、自動車、電子産業などなど。
今度は有機液晶産業。
この日本から奪えるものは、すべて奪っておきながら、「竹島が奪われた」は、ない。
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
最前線の子育て論byはやし浩司(2731)
●単位交換(どうして今ごろ?)(ERASMUS PROJECT)
+++++++++++++++++
EUでは、大学生たちが、自由に各大学間を
渡り歩いている。
日本でいえば、早稲田大学で1年間、履修。
翌年は、韓国の大邱大学で、1年間、留学。
それから中国の南京大学で、1年間、履修。
最後は、静岡大学で1年間履修して、そこで学位を
認められ、卒業……というようなことを、
平気でしている。
が、この日本でも、そういう動きが出てきた。
今朝(7月21日)の読売新聞は、つぎの
ように伝える。
+++++++++++++++++
+++++++++++以下、読売新聞より転載+++++++++++++++++
(読売新聞・7月21日)
アジア・太平洋地域で、単位互換制度を中心に大学生や教員の留学・交流を進める政府の
「アジア版エラスムス計画」の概要が20日、明らかになった。
日本、中国、韓国と東南アジア諸国の大学間で来年秋にも試験的に事業を開始し、5年
間で最大約5000人の交流を目指す。全体で数十校程度の参加を見込んでいる。月内に
も内閣官房に有識者による研究会を設置し、具体策の検討を始める。
12月にタイで開かれる東アジア首脳会議で、福田首相が各国に参加を呼びかける方向
で調整している。当面は日中韓3国を軸に計5、6か国でスタートさせ、東南アジア諸国
連合(ASEAN)諸国の参加を徐々に増やす。首相が東アジア首脳会議で提案する際、
参加国で共同して基金を設置する構想も明らかにする方針だ。
その後、来年秋までに各国の実務者間で、参加大学や制度の詳細、予算などを協議する。
日本では、主要な国立大学や私立大学に参加を呼びかける。
「エラスムス計画」は、欧州連合(EU、当時は欧州共同体)が1987年から実施し
ているもので、加盟国内の大学間で単位を相互互換できる制度。現在、EU加盟国と周辺
のノルウェーなど約30か国の約2000校、学生約15万人と教員約2万人が参加して
いる。複数の国の大学を転学しても単位が取得でき、卒業が可能になることから、多数の
参加者を獲得した。
「エラスムス」とは、制度の英語名の頭文字(ERASMUS)から名付けられた。
+++++++++++以上、読売新聞より転載+++++++++++++++++
日本の大学制度は、あまりにも閉鎖的すぎた。
鎖国主義。
一言で言えば、そういうことになる。
今度この日本でも、「エラスムス計画」なるものが、実行に移されようとしている。
しかしこんな制度は、1970年当時、私がオーストラリアの大学にいたときから、世界
の常識だった。
だから同じ留学生たちと、こんな会話をしたことがある。
私が、各国の留学生たちに、「どうして日本へ留学しないのか?」と聞いたときのこと。
彼らは、みな、こう言った。
「日本へ留学しても、意味がないから」と。
たとえば日本で、医師免許や、建築士資格、会計士の資格などを取得しても、それぞれの
自国内ではもちろんのこと、日本以外の国々では通用しない。(現在も、基本的には、この
構図は変わっていない。)
一方、オーストラリアでそれぞれの資格を取れば、自国内でもそれぞれの資格が通用する
のみならず、(ただし国によって、追加的単位の取得が義務づけられているところはあるに
はあったが)、アメリカ、イギリス、カナダなど、主立った欧米諸国では、そのまま通用し
た。
大学での履修単位についても、そうである。
私の友人のD君にしても、メルボルン大学で2年間中国語を学んだあと、北京大学へ1年
間留学。帰国後は、4年生になり、1年間、再びメルボルン大学で学び、そのまま卒業し
ている(1970年当時)。
アメリカでは、それがもっと進んでいる!
……というような事実を、さておいて、今ごろ、「エラスムス計画」?
この読売新聞の記事だけを読むと、日本が率先して、単位の交換を申し出ているように見
えるが、それはおかしい。
日本は、やっと重い腰をあげて、世界の常識の仲間に入ろうとしているだけ。
今ごろこんな提案をしても、ほかの国々の責任者たちは、こう言って笑うだろう。
「今ごろ?」「なぜ?」と。
むしろ立場は逆で、日本はこう言うべきである。
「どうか、あなたがたの仲間に、日本を加えてください」
「日本も、あなたがたの国の単位(資格)を認めますから」と。
世界の潮流から遅れること、半世紀!
文科省の門戸開放は、あまりにも遅すぎた!
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 単位交換 エラスムス エ
ラスムス計画 大学の開放 開放政策)
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●木の箱
++++++++++++++++++H.Hayashi
教室に小さな木の箱があった。
どこかで宝石箱として買ったものだ。
それを小2のIさん(女児)が目ざとく見つけた。
「これ、何?」と。
++++++++++++++++++H.Hayashi
私「どこかの女の人がくれた箱だよ」
子「どこかの女の人って、だれ?」
私「いやね、少し前、海のそばを歩いていたら、子どもたちがカメをいじめていたんだ。
それでね、ぼくが、『いじめてはだめだよ』と言って、カメを助けてあげたんだ。そしたら
ね、ある日、魚を釣っていると、そのカメが大きくなってやってきた……」
子「それって、浦島太郎の話じゃん?」
私「あら、そう? ぼくは知らなかった。それでね、カメが背中に乗れというから、背中
に乗ったんだよ」
子「竜宮城へ行ったんでしょ?」
私「そう、そんなような名前だったかな? そこでごちそうを食べたり、魚のダンスを見
たり……。そのうち退屈になって、『帰る』と言ったら、その女の人が、おみやげにといっ
て、この箱をぼくにくれた」
子「で、どうなったの?」
私「それで家に帰って、箱のふたを開けたらね、ぱっと白い煙が出てね……。
子「だから、それでそうなったの?」
私「見ればわかるだろ。こんなジイちゃんになってしまった」と。
私はその子の前で、自分の顔を指さして見せた。
子「おじいさんになってしまったんだア」
私「そうだよ。あっという間に、ね。……本当はぼくは、若い先生なんだよ」
子「ウソだあ……」
私「本当だよヨ〜」と。
浦島太郎については、諸説が氾濫している。
それについては以前に、詳しく書いたことがある。
で、私はその話をしながら、ふと心のどこかで、こう思った。
「時間の流れを煙にたとえたのは、すごい文学的才能だ」と。
そしてつづいて、「ぼくも、あっという間に、ジジイになってしまったなア」と。
まるで煙のように、自分の過去が消えてしまっている。
とくに記憶があいまいなのは、40代のころ。
夢中で仕事をしたのは覚えているが、これといった記憶が、あまり残っていない。
何かをしたはずなのに、実感として、それが残っていない。
どうしてだろう?
あるいはその反対に、今というこの時は、40代の上にあるはず。
しかし今の私は、20代のままのような気がする。
その間の進歩は、ゼロ。
むしろ人格も知力も、40代のころより劣っているかもしれない。
30代のころよりも、劣っているかもしれない。
いったい、私の40代は、どこに消えてしまったのか?
まるで煙のように……。
私「あの女の人が、こんな箱をくれるから、ぼくはジイさんになってしまった」
子「どこかの女の人じゃないわよ、乙姫様でしょ」
私「みやげなら、もう少しマシなものをくれればいい」
子「たとえば……?」
私「竜宮城饅頭とか、イルカ・パイとか……」
子「そんなものないわよ」
私「そうだね、ハハハ」と。
そのあと、その箱は、そのIさんにあげた。
手をパンパンとたたきながら、「さあ、始めるよ」と、掛け声をかけながら。
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●子どもたちへ(改)
***************
(1)いじめのこと
●常識を大切に
魚は陸にあがらないよね。
鳥は水の中に入らないよね。
そんなことをすれば死んでしまうこと、
みんな、知っているからね。
そういうのを常識って、言うんだよね。
みんなもね、自分の心に
静かに耳を傾けてみてごらん。
きっとその常識の声が、聞こえてくるよ。
してはいけないこと、
しなければならないこと、
それを教えてくれるよ。
ほかの人へのやさしさや思いやりは、
ここちよい響きがするだろ。
ほかの人を裏切ったり、
いじめたりすることは、
いやな響きがするだろ。
みんなの心は、もうそれを知っているんだよ。
あとはその常識に従えばいい。
だってね、人間はね、
その常識のおかげで、
何十万年もの間、生きてきたんだもの。
これからもその常識に従えばね、
みんな仲よく、生きられるよ。
わかったかな。
そういう自分自身の常識を、
もっともっとみがいて、
そしてそれを、大切にしようね。
●子どもたちへ
無理して、みんなと仲よくしようなどと、思
わなくてもいいんだよ。英語の格言にもね、
『二人の人に、同時によい顔はできない』と
いうのがあるよ。気楽にいこうよ。気楽に考
えようよ。無理して、いい子ぶることはない
よ。そんなことをしていると、疲れるもんね。
でもね、一つだけ、お願いがあるんだ。それ
はね、君のまわりに、友だちがいなくて、さ
みしそうにしている人はいないかな? もし、
いたらね、そういう人と仲よくしてあげてね。
「こんにちは」とか、「遊ぼうよ」と声をかけ
てみてあげてね。
それはとっても、大切なことだよ。それは、
とっても楽しいことだよ。うそだと思うなら、
一度でいいから、ためしてみてごらん。心の
中が、ポッと暖かくなるよ。うそじゃないよ。
ほんとうだよ。このお願いだけ聞いてくれる
なら、あとは、無理しなくてもいいよ。
そうそう英語には、もうひとつ、こんな格言
もあるよ。『相手はあなたが思うように、あな
たのことを思う』というのがね。これはね、
君が、相手のことを「いい人だ」と思ってい
ると、相手もまた君のことを、「いい人だ」と
思っているものだという意味だよ。
だからどんな相手でもいい。まず君ガー・ミん
なを「いい人だ」と思うこと。そうすると、
みんなも、君のことを「いい人だ」と思うよ
うになるよ。これもほんとうだよ。
(2)成績のこと
●成績
テストの点が悪かった、て?
そう……。いやなもんだね、テストって。
でもね、テストは、あくまでも勉強について、
だよ。
君の価値とはまったく関係ないよ。
だから大切なことは、
テストの点が悪いからといって、
自分の価値まで否定してはいけないというこ
と。
君は君だしね。
まあ、また、やってみようよ。
まだまだ、つぎがあるからね。
めげないでさ。
いちいち気にしていたら、
人生、つまらないよね。
……そう、ぼくなんか、
今、点つけられたら、
ひどい成績だと思うよ。
父親力……28点
夫力……33点
稼ぎ力…19点、……なんてね。
笑った?
笑ったら、先へ進もうよ。
そうそう、君は、「宝島」という本を知ってい
るかな。
「ジキル博士とハイド氏」でもいい。
あれを書いた、スティーブンソンという人は、
こう言っているよ。
『我らが目的は、成功することではない。
失敗にめげず、前に進むことだ』とね。
●子どもたちへ
勉強って、つらいものだよ。だから勉強が嫌
いな君は、ちっともおかしくない。だれにだ
って、好き嫌いはあるしね。それにね、勉強
ができるから、すぐれた人ということにはな
らない。勉強ができないから、劣った人とい
うことにもならない。だからといって、怠け
るのもよくないけどね。ハハハ。でもね、君
は君だ。君の価値は、君が一番よく知ってい
る。
だからね、自分を信じて、自分の道を進むん
だよ。君にも、したいことがあるだろ。君に
も、できることがあるだろ。それが君の価値
になる。今はまだ土に包まれて、光っていな
いかもしれないが、いつか光り出す。宝石の
ように光り出す。そういうときが必ずくるか
ら、その日を信じて、今は、その準備のとき。
今は、じっくりと自分をさがしたらいい。自
分の中の宝石をさがしたらいい。テストの点
が悪かったからといって、あせってはだめだ
よ。失望してはだめだよ。勉強しても、その
効果が出てくるのは、半年とか一年後だから
ね。
そう、半年とか、一年後。もともと勉強とい
うのは、そういうものだよ。すぐには、効果
は出てこない。だからぼくらは気楽に行こう
よ。気楽に、ね。そうそう英語ではね、こう
言うよ。テイク・イッツ・イージィってね。「T
ake it easy!」と書くよ。「気楽
にしなさいよ」という意味だよ。
いい言葉だね
(3)恋のこと
●好きな人ができたらね……
好きだったら、「好き」って、
言えばいいよ。
いっしょにいたかったら、「いっしょに、いた
い」って、言えばいいよ。
絶対に後悔しないよ。
言わないほうが、後悔するよ。
だけどね、一つだけルールがある。
相手の人が、「ノー」と言ったときはね、
さっと、引きさがること。
相手の人が、一番いいようにしてあげるのが、
恋なのさ。
相手の人を、やさしさで包んであげるのが、
恋なのさ。
それが「本当に好き」という意味なのさ。
相手の迷惑になるようなことはしてはいけな
いよ。
いくら、フラれてもね。
……そういう気持ちでいるとね、
つぎには、もっとすてきな人が現れるよ。
そしてね、そのときは、うまくいくよ。
●子どもたちへ
大切なことは、心を解き放つこと! 空に向
かってね。モヤモヤしたら……。重苦しく感
じたら……。行きづまりを覚えたら……。体
はあとから、ついてくるって、昔、ぼくの友
人が、いつも、そう言っていたよ。
好きだったら、好きだと言おうよ。いやだっ
たら、いやと言おうよ。飾ることはないよ、
ね。ウソをつくことはないよ。
自分をごまかせばごまかすほど、疲れるよ。
ウソをつけばつくほど、もっと疲れるよ。で
も、それだけでは、すまないよ。
自分をごまかせばごまかすほど、見苦しくな
るよ。ウソをつけばつくほど、見苦しくなる
よ。英語にも、『正直こそ、最善』という格言
が、あるよ。どんなことでもね、正直である
ことが、一番いいということさ。
だから、……ごまかそうとか、ウソをつこう
かと迷ったら、この言葉を思い出してよ。そ
うすれば、おのずと答えが出てくるよ。そし
て、ね。思い切って正直に、話してみてごら
ん。思い切って正直に、生きてみてごらん。
そうするとね、心の中を、スーッと風が通る
のを感ずるよ。とっても気持ちのよい風が、
ね。
そうそうひとつ言い忘れたけど、自分を飾る
のもよくないよ。大切なのは、中身。中身だ
よ。もっとわかりやすく言えば、「これがぼく
だ」「これが私よ」と、相手に誇れるもの! こ
の実力がないと、せっかく実った恋でも、長
つづきしないよ。相手の人がね、「なんだ、こ
の人は、こんな人だったんだ」と思ったら、
それで恋も、お・し・ま・い。フラれるのも
つらいけど、相手の人に飽きられることは、
もっとつらいことだよ。これはぼくの経験だ
よ。ハハハ。
(4)将来のこと
●たった一度の人生だから
たった一度しかない人生だから、思う存分、
生きてみようよ。
海は広いんだ、空は広いんだ、宇宙は、もっ
と広いんだ。
だれにも遠慮することは、ない。何も恐れる
ことはない。
心を解き放とうよ。
海に向かって、空に向かって、宇宙に向かっ
て。
体はあとからついてくる。
でもね、自由に生きるということは、そんな
に楽なことではないよ。
「自由」というのはね、もともと「自らに由
(よ)る」という意味だよ。
自分で考えて、自分で行動して、そして自分
で責任をとるということ。
だから自由でいるということは、とってもき
びしいことだよ。
ちっぽけな肩書きや地位に満足してはいけな
いよ。
名誉や名声を、先に求めてはいけないよ。
そんなことをすれば、君の人生は、見苦しく
なるだけ。
つまらなくなるだけ。
今やるべきことを、懸命にやろう。
それでいいのさ。
人がどう思うと、そんなこと気にしてはいけ
ない。
君の人生は、どこまでいっても、君のもの。
だれのものでもない。君のもの。だから思う
存分、生きてみようよ。
君を判断するのは、君自身だよ。ほかのだれ
でもない。君自身だよ。
そういう意味でもね、自由に生きるというこ
とは、孤独なことだよ。
勇気がいることだよ。
でもね、結局はそのほうが、自分の人生を生
きることになるんだよ。
●子どもたちへ
人間に上下はないよ。仕事にも上下はないよ。
君がしたい仕事。君がしなければならない仕
事。君ができる仕事。それをさがせばいい。
方法は簡単。まず、どんなことをしていると
きが、いちばん楽しいか、それを知ればいい。
つぎに何をしたいか、それを知ればいい。そ
してその中から、自分ができることを、さが
していく……。するとね、その中に、キラリ
と光るものを、君は見つけるはず。つまりね、
それが君の仕事!
そして、ね、一度それを見つけたら、それを
一生かかってするんだよ。人が何と言おうが、
気にすることはない。気にしてはだめだ。君
は君の道を信じて、まっすぐ前に進めばいい。
大切なことは、プロになること。「これだけは
ぜったいに、だれにも負けない」というプロ
になること。プロになって、それを一生、つ
づけること。そのプロをめざそうね。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【ものを書く】
●私の母(My Mother)
私の母は、容赦なく、私からお金を
むしり取っていった。
目やにで閉じたまぶたを、そっと濡れたガーゼで拭く。その細い目の下で、黒い瞳が左
右に動く。もう話すこともできない。耳もほとんど聞こえない。大声で話しかけると、左
手だけが、かすかに反応する。
母がセンターに入って、1年半。寝たきりになって、6か月。この2月に救急車で病院
へ運ばれたとき、担当のドクターはこう言った。「次回からは、延命処置はしません」と。
死の宣告だった。「そういうものかなあ」「そういうものだろうな」と思いながら、私は納
得した。
以下、まぐまぐプレミア(有料版)のほうにてのみ、公開しています。
(080718記)
●巣立ち(Chilfren who leave their nests)
これも子離れ、親離れ
少し前、息子の1人に、こう言って怒鳴られた。「お前の言っていることは、矛盾だらけ
だ! ママは、お前の奴隷みたいだ!」と。何かの拍子に、ささいな口論が、そのまま大
喧嘩になってしまった。
以下、まぐまぐプレミア(有料版)のほうにてのみ、公開しています。
(080718記)
●自分(I write Myself)
私たちは何のために生きてきたのか?
何のために生きているのか?
自分が健康なときというのは、自分の年齢がわからない。年齢といっても、ただの数字。
だからときどき、昔出会った、私の今の年齢の男たちを、頭に思い浮かべる。「あの人も、
あのとき60歳だった」と。
しかしどの人も、そのあと、まもなくして、死んでいる。時の流れというのは、そうい
うもの。ふと油断していると、10年、20年などという年月は、あっという間に過ぎ去
ってしまう。そして気がついてみると、その人は、もうそこにはいない。
しかしそれは何も他人の話ではない。私自身の話である。私自身も、やがて「まもなく」、
この世から消える。が、今はわからない。ほどほどに健康だし、60歳といっても、体の
調子は、40代のころよりも、よいかもしれない。
が、こうしたものの見方も、病気になると、一変する。とたん、それまで前に見えてい
た道が、深いモヤに包まれる。「まもなく」が、不気味な現実となってそこに現れる。不安
と悔恨、恐怖と絶望。そういったものが、こん然一体となって、心に重くのしかかる。
「私は何のために生きてきたのか」と。
しかしやがて精密検査の結果が出る。ドクターは笑いながら、こう言う。「何でもありま
せんね」「夏風邪でしょう」と。とたん、私の頭の中から、「60歳」という数字が消える。
と同時に、その先に、再び道が現れる。
……あとは、その繰り返し。ただ言えることは、加齢とともに、その繰り返しが多くな
ったということ。若いときは、数年に一度だったものが、60歳になると、年に1度とか、
そうなる。
もちろん個人差もあるだろう。すでに大病を患っている人も少なくない。そこで私は、
今、ふとこう考える。
「私は何のために生きているのか」と。
私が書いてきた文章は、どれも駄作ばかり。言うなれば、化粧に化粧を塗り重ねてきた
ような文章ばかり。読むに耐えないというか、読めば読むほど、時間を無駄にしてきたこ
とがわかる。
しかし私に残された時間は、あまりにも短い。そのうちこの脳みそも、ボケて使いもの
にならなくなるだろう。「まもなく」、本当に大病を宣告されるかもしれない。だったら、
結論は、ひとつ。
私は「私」を書く。ありのままの「私」を書く。そんな私を他人がどう思うが、私の知
ったことではない。私とて、他人の一部。他人だって、私の一部。私と他人を区別するほ
うが、おかしい。
先ほど、私は私の母のことを書いた。私のワイフの新興宗教とのかかわりについても、
書いた。ついでながら言うと、ワイフがその宗教団体とかかわったことは、その宗教団体
にとっては、不幸なことだった。私はものを書くことで、その宗教団体の虚構性を暴いて
やった。何冊か、本も書いた。
それはワイフを取り戻すための、壮絶な闘いでもあった。
結果、私の家には、再び平穏な日々が戻ってきた。
……ともかくも、今の私には、「60歳」というのは、ただの数字でしかない。こんな数
字にまどわされて、自分を見失うことはない。少なくとも今の私は、そうだ。ただ、また
そのときが来たら、今度こそ、「私は何のために生きてきたのか?」という思いは、最小限
にとどめたい。
(080719)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●私の健康法
今日、1単位の運動をした。
だから明日は、だいじょうぶだろう。
今週、5単位の運動をした。
だから来週は、だいじょうぶだろう。
今月は、(歩け運動)に、1回、参加した。
だから来月は、だいじょうぶだろう。
しかしそのあとのことはわからない。
モヤモヤとした闇に包まれている。
来年のこととなると、さらにわからない。
ただ確実に言えることは、来年は、
今年より、よいということはないということ。
では、どうするか?
運動量を、1日、1単位から2単位へとふやす。
1週間で、5単位から10単位にふやす。
(歩け運動)については、1回から、月2回にふやす。
それが無理だというのなら、・・・やがて
運動量をふやすといっても、限界に達するだろうが、
そうなったときには、不健康であることを嘆かない。
それがそのまま「命」の限界ということなる。
それに、この世界には、『自業自得』という、恐ろしい
言葉がある。
どんな結果であるにせよ、それは(今)が決める。
若いときはそれほど気にしなかったが、
このところ、その言葉が、ズシリと、胸に響く
ようになった。
運動をサボるだけサボりながら、「健康でいたい」は、
ない。
そういう意味では、健康というのは、作るものではない。
守るものでもない。
維持するもの。
今、ここにある健康を、何とか,明日に、来週に、
来月に、そして来年につなげる。
つなげ、つなげしながら、何とか、生き延びていく・・・。
頭の体操も、しかり。
今夜は、これからワイフと深夜劇場に行く。
何を見るかは、ワイフに任せてある。
「楽しむ」というよりは、そこには、ある種の
悲壮感が漂うになった。
(もちろん、楽しみたいが・・・。)
「行かなければならない」という思いで、
深夜劇場に行く。
映画というのは、脳みそに刺激には、たいへんよい。
家でビデオを見るという方法もあるが、迫力がちがう。
その迫力が、脳みそを刺激する。
が、これも回数をふやすしかない。
今のところ、週1回と決めているが、そのうち、
週2回にするかもしれない。
あるいは、ほかの方法があれば、それも試してみたい。
それが今の私の健康法ということになる。
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●ある塾長の死
K県内で、30教室あまりの進学塾を
経営していた、1人の塾長が、去る5月に死んだ。
(私たちは、昔から「塾長」と、その塾長が
引退してからも、一目置いて、そう呼んでいた。)
享年、75歳。
がんから、肺炎を併発し、あっけない死だった。
一線を退いてから、10年以上になる。
同じ私塾連盟に属していたが、その人だけは、
別格だった。
若いときから、派手な生活を楽しんでいた。
10年ほど前に会ったときにも、1000万円超もする、
ベンツを乗り回していた。
その葬儀に出た、別の友人が、こう言った。
「なあ、林君、さみしい葬式だったよ。親族のほうは、
家族と、その孫たちだけだった」と。
私「教え子たちは来なかったか」
友「来るわけないだろう。こういう仕事だからなア」
私「そうかア……。じゃあ、教師たちはどうだった?」
友「すでに一線を退いていたからなア……。受付には、
(塾関係者)というコーナーもあったが、記帳したのは、
ぼくと、ほかに数名だけだった」
私「彼の下で働いていた教師たちは、来なかったのか」
友「来なかったと思うよ。来れば、わかったはずだから……」と。
その塾長で覚えているのは、いつだったか、
こんな話をしてくれたこと。
塾長……彼の名前を、M氏としておく。
M氏には、ほかに4人の兄弟がいた。
生まれはみな、東北のI県だったという。
ガー・ミな、M氏を頼って、M氏の周辺に
集まってきた。
その兄弟たちの面倒を、M氏は、よくみた。
「ぼくはね、甥っ子や姪っ子の学費まで、
全額出してやったんだよ」が、M氏の自慢話
だった。
「こういう仕事をしていると、進学の話になると、
断れないもんだよね」とも。
それだけではない。
兄弟たちには、進学塾での仕事も与え、生活の
面倒もみていた。
「一応、理事ということで給料は払っているけど、
仕事らしい仕事は、してくれない」と、M氏は、
ときどきこぼしていた。
……と、まあ、そういう話をしながら、今日、
ワイフが私にこう言った。
「みんな、冷たいのね。それだけ世話になって
おきながら、どうして葬式に来なかったのかしら?」と。
私「あのね、そういう見方は正しくないよ。
塾長にしてみれば、『助けた』と思っているかも
しれないけど、助けられたほうは、そうは思っていない」
ワ「あら、どうして?」
私「貧者には貧者の論理が働く。塾長の自宅は、F市に
あるけど、(住まい)というよりは、(豪邸)だよ。
庭の端には、総ひのき造りの離れまである。そういうのを
見せつけられると、『ありがたい』と思う前に、
その人をねたむようになる。この(ねたみ)がこわい」
ワ「そうね……」と。
別の進学塾の塾長も、こう言っていた。
「ぼくは、今まで、仲人はともかくも、教え子の
結婚式に招待されたことすらない」と。
「そういうものかあ」と返事をためらっていると、
その塾長は、こう言った。
「いいか、林君、しょせん、ぼくらのしている
仕事というのは、そういうものだよ。父母に
しても、息子や娘が進学塾に通っていたという
話は、隠したがる……」と。
「そうであってはいけない」と、私は思うが、
月謝という(マネー)がからむと、人間と人間と
つなぐ紐は、かわいた藁(わら)のようなもの。
あっという間にボロボロになって、切れる。
『金の切れ目が、縁の切れ目』と。
だからその友人は、こうも言った。
「だから、ぼくらの仕事には、幻想をもたないことだ。
いくらきれいごとを並べても、親たちが求めて
いるのは、別のものなんだ」と。
彼が言う(きれいごと)というのは、いっぱしの
「教育論」をいう。
私「考えれば考えるほど、さみしくなるね」
友「ハハハ、ぼくたちだけではないよ。開業医を
している高校時代の友だちも、同じようなことを
言っていたよ」と。
話をもとにもどすが、他人がもつ(ねたみ)には、
警戒したほうがよい。
原始的な感情であるがゆえに、扱い方をまちがえると、
かえって反感を買ってしまう。
えてして成功者は、それをことさら他人に
誇示したがる。
「私は、これこれしかじかの成功者である」と。
しかし中には、その日、その日の生活で、
精一杯という人もいる。
そういう人は、その人をうらやむ前に、
はげしい憎悪の念すらもつかもしれない。
と、同時に、自分が覚える(ねたみ)にも、警戒した
ほうがよい。
他人をねたむことによって、自分の心を貧しくする。
あるいは、ゆがめる。
先にも書いたように、原始的な感情であるがゆえに、
一度ゆがむと、それを元にもどすのは、たいへん。
ばあいによっては、それがその人のものの考え方の
基本になってしまう。
友人はこう言った。
「昔は、医は、仁術と言った。それだけ患者たちに
感謝され、尊敬された。が、今は、ちがう。医者たちが
特権階級になってしまった。中には、すばらしい医者も
いるかもしれないが、たいはんの医者たちは、庶民とは
かけ離れた生活をしている。それが他方で、ねたみの
原因となっている」と。
……ここまで書いて、私は昔見た、華僑の家を
思い出した。
マレーシアでも、インドネシアでも、華僑の家は
見た目には、ものすごくみすぼらしい。
鉄格子のような扉が、道路を隔てている。
その鉄格子をとおして見える、部屋も、これまた
みすぼらしい。
が、案内されて廊下を通り抜けると、様子が一変する。
壁も、そして部屋の床も、すべて本物の大理石!
家具も調度品も、それにふさわしいものばかり!
あとで別の人に理由を聞くと、その人はこう話してくれた。
「現地の人にねたまれると、暴動が起きたような
とき、イの一番に、攻撃されるから」と。
人にねたまれるということは、そういうことをいう。
もっとも私のばあいは、相手が幼児だし、
進学を目的とした指導は、していない。
人間関係など、作りようがない。
が、立場は、冒頭に書いた塾長と同じ。
どこもちがわない。
派手な葬式など、望みようもない。
死ぬときは、かぎりなく孤独だろう。
長生きをすればするほど、そうで、ひょっと
したら、ワイフのほうが先に、あの世へ
行ってしまうかもしれない。
やはり大切なのは、「今」ということになる。
今というこの時を、どうやって心豊かに
生きていくか。
それだけを考えて生きていけばよい。
明日のことは、明日に任せればよい。
結果は、あくまでも結果。
そんな結果を気にしていたら、とても心豊かに
生きていくことはできない。
しかし……。あの塾長は、私にとってはよい人だった。
明るく快活で、いつも自信に満ち溢れていた。
一度、鉄板焼きをごちそうになったこともある。
ご冥福を、お祈り申し上げます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜H. Hayashi
●わけのわからないストライキ
現在、日本中の漁船が、操業を停止しているという(08年7月)。
理由は、燃料費の高騰。
漁民の人たちは、政府に対して、「燃料費の補填(ほてん)をしてほしい」と。
しかし考えれば、考えるほど、このストライキはおかしい。
理解できない。
たとえば航空輸送産業がある。
そこでも同じように、燃料の高騰に苦しんでいる。
事情は、日本各地の運送業も同じだろう。
が、どうして漁業だけが、「補填しろ」と言うのだろう。
……言えるのだろう。
私はこの言葉の裏に、「漁業をしてやっている」という、常識では考えられないような
高慢さを感じてしまった。
今さら説明するまでもなく、日本の農業と漁業、それに林業は、補助金漬けになっている。
このあたりの農家の人たちも、農業そのものの話ということよりも、集まれば、補助金の
話ばかりしている。
今では補助金なくしては、農業そのものが成り立たないしくみが、できあがってしまって
いる。
おそらく、漁業もそうなのだろう。
(詳しくは、あとで自分なりに調べてみたい。)
で、現在、日本の漁業には、「形」しか残っていない。
日本の港へ入ってくる漁船のほとんどは、外国船籍の船ばかり。
また沖合いで、外国の漁船と取り引きして、そこで魚を売買するという方法も、恒例化し
ている。
ふつうなら、燃料費が高騰すれば、その分だけ、魚の値段に上乗せすればよい。
現に航空輸送産業のほうでは、そうしている。
が、それをしないで、「補填しろ」と?
何かのカラクリが隠されている?
臭いぞ!
におうぞ!
漁民の人には失礼かと思うが、漁民の人たちも信用できないが、農林水産省は、もっと信
用できない。
その結果が、今回のわけのわからないストライキとなった?
私の今の感覚にすれば、「なんて、甘ったれたことを言っているのだ!」ということになる。
しかし一方、補助金に慣れすぎてしまった漁民の人にしれば、「燃料費の高騰にともなう被
害は、政府が補償すべき」となる。
このあたりの意識のズレは、いったいどこから生まれるのか。
どうしてこうなってしまったのか?
ちなみに、今日も近くの開店寿司を食べたが、値段は同じ。
ネタもいつものとおり。
(今朝の新聞によれば、魚の入荷が減り、魚市場での魚のセリは、いつもの半分の時間で
終わったとある。)
日本の漁船が操業を停止しても、日本人の食卓から魚が消えることはないらしい。
つまりそれが現在の日本の漁業を象徴している。
もっと言えば、日本の漁業など、あってもなくても同じ?
(だからといって、なくてもいいと言っているのではない。誤解のないように!)
さらにわかりやすく言えば、とっくの昔に、日本の漁業は、全体として倒産状態にあった?
それを無理に無理を重ねて、日本政府は、生かしてきた。
(だからといって、それがまちがっていたと言っているのではない。誤解のないように!)
こうした過保護行政は、たとえばあの「捕鯨」にも、みられる。
ほんの一部の捕鯨業者と、高級化割烹でクジラを食べる金持ちを守るためだけに、いまだ
に、捕鯨をつづけている。
「調査捕鯨」などという、それこそわけのわからない理由をこじつけて……。
おまけに世界中の人たちから、袋叩きにあっている!
何かおかしい。
どう考えてもおかしい。
このつづきは、私なりにもう少し調べてみてから、書いてみたい。
その結果、「やはり政府は、補填すべき」と書くかもしれない。
反対に、「補填など、とんでもない話」と、書くかもしれない。
どうであるにせよ、何かおかしい?
今は、保留としておく。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜H. Hayashi
●HP者の2133、ミニ・パソコン
最初は少しとまどったが、今は、2133が気に入っている。
使い勝手も悪くない。
が、ひとつ問題が発生。
ディスクドライブを内蔵していない。
そのため外付けのドライブを使用しているが、ソフトによって、インストールできるのと、
できないのがある。
そこでインターネットを調べてみると、今、私がもっているドライブは、ビスタには対応
していないのがあった。
しかたないので、さっそく、一台、購入。
チラシに出ていた、いちばん安いのを選んだ。
値段は、6800円。
で、この話とは別に、2133を使ってみて気づいたことがある。
2133は、ワープロとして使っている間は、まったく問題ない。
しかしインターネットにつないで、メールのやりたりをしたり、ウェブをのぞいてみたり
すると、能力の差を、たいへん強く感ずる。
もっとも今、私がデスクで使っているパソコンは、2台とも、最先端のCPUと、グラフィ
ック・ボードを搭載している。
メモリーも、4Gと3G。
ところが、大半の人は、この2133と同じレベルか、あるいはそれ以下のマシンを使っ
ている。
とくに家庭の母親たちは、そうだろう。
私は、それがよかれと思って、ホームページなども最新の技術を使って更新したりしてい
る。
しかし古いパソコンだと、画面を開くことさえできないかもしれない。
あるいはモタモタと時間ばかり、かかるかもしれない。
とたん、なんだか、申し訳なくなってきた。
つまり自分のしていることに自信がなくなってきた。
「私だけ、高性能のパソコンを使っていいものか?」と。
2133は、能力的には、お世辞にも、すぐれたパソコンとは、とても言いがたい。
最初の画面をたちあげるだけでも、2分40秒もかかる。
ワードを開こうとすると、さらに1分程度もかかる。
どこか、かったるい。
(一方、私が使っているデスクトップパソコンは、1分弱で、作業を始めることができる。)
しかし値段が値段だから、こんなものかとあきらめるしかない。
ぜいたくを言えば、キリがない。
とにかく今は、このパソコンを使い倒し、願わくは1年以内に故障させて、修理に出せる
ようにしたい。
保証期間は、1年。
少なくともパソコンというマシンは、使って使って、使いまくる。
みがいて床の間に、飾っておくようなものではない。
(と書きながらも、実際には、毎日ピカピカにみがいて、枕元に置いて眠っているが……。
しかしこの考え方は、どこか、セコイね。)
Hiroshi Hayashi++++++++July 08++++++++++はやし浩司
●『幻影師・アイゼンハイム』を見る
昨夜、深夜劇場で、『幻影師・アイゼンハイム』を見た。
星は、3つの★★★。プラス★。4つでもよい。
なかなか楽しかった。
おもしろかった。
結局、最初から最後まで、すべてがxxxxだった。
そういう映画だった。
(「xxxx」の部分は、映画を見てからのお楽しみ。)
で、アイゼンハイムが舞台で見せたのは、エジソンが
発明した活動写真のようなものではなかったか。
「そんなもので人をだませるか」と思う人もいるかも
しれないが、当時としては、そういうものだったに
ちがいない。
事実、はじめて活動写真なるものを見た人の中には、
あまりの衝撃で、気を失った人もいたという記録も
残っている。
テレビがはじめて現れたころもそうだった。
みな、テレビの前で正座して、それを見ていた。
アナウンサーが、「こんにちは」とあいさつ
したりすると、私の祖父などは、頭をしっかりと
さげて、「こんにちは」とあいさつをしていた。
祖父は真顔で、私にこう説明した。
「浩司、こちらから向こうが見えるということは、
向こうからも、こちらが見えるはず」と。
で、『幻影師・アイゼンハイム』は、最初から最後まで、謎、謎、謎……という映画だった。
が、最後の最後で、どんでん返し。
そのどんでん返しが、おもしろかった。
見て、損はない映画である。
とくにボケ防止には、よい。
Hiroshi Hayashi++++++++++++++++++++++はやし浩司
●日々に精進
今日、こんなことがあった。
山荘へ向かう途中、一台の大型トラックターが、右前方を走っているのが見えた。
少し変わった形をしていた。
運転台が、4面大きなガラス窓になっていた。
まるで宇宙船のようだった。
で、そのトラックターに見とれていると、ちょうど交差点のところで、何かの上に乗り上
げた。
ドスンと大きく揺れて、その瞬間、どこかにたまっていた畑土が、ドドッと道路にこぼれ
た。
私とワイフはそれを見ながら、その交差点を、左に曲がった。
私「あの運転手は、土が落ちたのを見ていたよ」
ワ「どうしてそれがわかるの?」
私「だって、バックミラーをしっかりとのぞきこんでいたもの」と。
それから私たちはいつものように山荘へ向かい、数時間を過ごした。
昨日と変わって、涼しい風が吹いていた。
ワイフは、昼寝。
私は、パソコン雑誌を読んだ。
で、いつものように、いつもの道を通って帰った。
そして途中、先ほどの交差点へやってきた。
見ると、畑土は、きれいに消えていた。
道路を、ほうきで掃いたような跡も残っていた。
私「あの運転手、ちゃんと片づけていったよ」
ワ「あら、いい人ね」
私「今どき、珍しい人だよ。ちゃんと責任を取っていった」
ワ「ああいう人は、きっとみんなに信頼されているはずよ」
私「そうだね。一事が万事だからね。きっと友だちも多いはず」
ワ「そういう人は、幸福になれるわね」と。
まさに瞬間、瞬間が日々の積み重ねになる。
その日々が積み重なって、週となり、その週が積み重なって月となる。
さらに月々が積み重なって年となり、やがてその人の人格となる。
私「誠実な人は、いつでも、どこでも誠実だよ」
ワ「だからみんなに信頼されるようになるのよ」
私「が、油断してはいけない。ときに『まあ、いいや』と思ってしまうと、そのとたん、
それまでの自分が、総崩れになってしまう」
ワ「こわいわね」
私「だから日々に、精進あるのみ。その緊張感を忘れたら、おしまい」と。
人も50歳を過ぎると、それまでごまかしてきた持病が、どっと表に出てくるようになる。
人間性もそうで、それがそのまま表に出てくるようになる。
それまでは気力で、他人の目を欺くことができる。
その気力そのものが弱くなる。
さらにこわいことに、人も50歳をすぎると、健康はどんどんと下り坂に向かう。
同じようにそれ以後、その人の人間性が、向上するということは、ありえない。
よほどの努力をしないかぎり、そういうことは、ありえない。
加えて頭の活動も、鈍くなってくる。
醜い人は、醜い人のまま。
心の貧しい人は、貧しい人のまま。
よく「老人になればなるほど、人格に円熟味が生まれる」と説く人がいる。
しかしそれはまっかなウソ。
ウソということは、自分がその年齢になってみて、はじめてわかった。
もちろん老人の中には、高邁な人格を保った人もいる。
しかし、たいはんは、「?」。
中には、電車やバスの中で、ゲラゲラ、ギャハハハと騒いでいる老人さえいる。
悲しいかな、文化性はゼロ。
知性も、ゼロ。
人間というよりは、サルに近い。(ホント!)
ウソだと思うなら、ほんの数分でよいから、彼らの会話に耳を傾けてみることだ。
聞くに耐えないというか、よくもまあ、ああいう会話ができるものだというような会話を
する。
つまり人は、ある日突然、ケア・センターにいるような老人になるのではない。
日々に少しずつ、ああなっていく。
では、どうしたらよいのか?
結局は、『日々に精進あるのみ』ということになる。
その努力を怠ったとたん、とても残念なことだが、人も、サルになる。
(もちろんだからといって、人間としての価値をなくすという意味ではない。誤解のない
ように!)
ある人は、『ケータイをもったサル』という本を書いた。
若い人たちを酷評した本だが、ベストセラーになった。
しかし今の私なら、こんな本を書く。
『ケータイをもたないサル』。
いつか思い切って、老人たち(=私たち自身)を酷評してみたい。
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●日韓経済戦争・再燃
+++++++++++++++
またまた書くぞ、「日韓経済戦争」(PART2)。
やはり韓国は、日本にとっては、最悪の反日
国家だった。
李大統領は、竹島問題にからみ、こう述べた。
(朝鮮N報・7・17)
「国論分裂を狙う北朝鮮と日本の思うつぼにはまる」と。
「思うつぼ」とは、何か?
思わず本音が出たということか?
+++++++++++++++
朝鮮N報、7・17日は、竹島問題にからんで、つぎのように報道している。
+++++++++以下、朝鮮N報より+++++++++++++
李大統領は日本で中学校の新学習指導要領解説書に独島(日本名竹島)の問題が盛り込ま
れたことについて、「日本が長期的、戦略的に独島を紛争地域にしたいという意図に基づき
一つ一つ着実に動いている点を念頭に置き、韓国も短期的、臨機応変式ではなく、戦略的
な次元で長期的な視野を持って対処すべきだ」と指摘。その上で「東北アジア歴史財団の
活動を強化し、中国だけでなく日本の歴史に対しても長期的な研究と対策立案を進めるべ
きだ。中国、日本とともに東北アジアの歴史教科書を共同で作るプランも積極的に進める
必要がある」と述べた。
李大統領は「独島に対する実効的支配を強化するとともに、国際的な広報活動も強化し、
歴史を歪曲(わいきょく)する日本の企てに、具体的かつ積極的な対応策を取るべきだ」
と強調した。
李大統領は同時に「日本の独島に対する領有権明記と、金剛山観光客射殺事件は超党派
的に対応すべきだ。政界がこれを政略的に利用すれば、国論分裂を狙う北朝鮮と日本の思
うつぼにはまる」と警告した。
+++++++++以上、朝鮮N報より+++++++++++++
李大統領は、「日本は長期的、戦略的に独島を紛争地域にしたいという意図に基づき、一つ
一つ着実に動いている点を念頭に置き……日本が国論分裂を画策している」と述べている。
一方的に、つまりなし崩し的に、竹島を自国の領土にしようと画策してきたのは、韓国の
ほうではないのか。
日本はそのつど、国際裁判所で裁定してもらおうではないかと、提案しつづけてきた。
もし本当に竹島(独島)が韓国の領土だと信じているなら、姑息な小細工などする必要は
ない。
ここまで過剰に反応する必要もない。
さらに言えば、国際裁判所に出てきて、堂々と持論をぶつければよい。
大統領就任から、約半年。
ここにきて、李大統領の心の内というか、本音が露呈し始めた。
もし日本の福田首相が、逆の立場で、同じようなことを口にしたら、韓国政府は、どのよ
うに反応するだろうか。
ほんの少しでよいから、韓国の人たちも、それを想像してみることだ。
「韓国は長期的、戦略的に竹島を紛争地域にしたいという意図に基づき、一つ一つ着実に
動いている点を念頭に置き……韓国が国論分裂を画策している」と
こうした挑発的な発言は、(敵対国)に対してするものであって、(仲間)に対してするも
のではない。
私はこの記事を読んで、再び、ムラムラと自分の中に、嫌韓感情がわき起ってきたのを感
じた。
いつ日本が、竹島を紛争地域にしたいと願った?
どこで日本が、韓国の国論の分裂を画策した?
バカも休み休み、言え!
……ということで、「日韓経済戦争」(PART2)再開。
負けるな、日本!
がんばれ、日本!
ちなみに、15日、ソウル証券市場でコスピは、前日比49.29ポイント(3.16%)
安の1、509.33で引け、ここ1年で最低をつけている。
(日本の日経平均株価は、前日比255.60ポイント(1.96%)安の12、754.
56で引けている。)
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よろしくお願いします。 はやし浩司
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 18日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●母親と床につく中学生(A High School Boy who sleeps with his Mother)
A boy (age 14) has been sleeping with his mother every night in the same bed. His
mother seems to have a kind of mental disorder.
+++++++++++++++++
R氏の長男(中学2年生)は、
今でも、母親と毎晩、抱き合うように
して寝ているという。
+++++++++++++++++
R氏(父親、45歳)からの相談。
相談というより、グチ?
現在、「妻とは、形だけの夫婦」とか。
息子(中2)と娘(小5)がいる。
が、「子どもたちは、今でも、妻といっしょに、
『川』の字になって寝ている』とのこと。
同じフトンの中で、だ。
R氏は、夕方からの仕事(=運送会社での
荷物の仕分け)をしている。
いつも帰宅するのは、朝の6時ごろ。
「離婚したくても、いろいろ事情があり
まして・・・」と、R氏は言葉を濁す。
「長男のヤツは、中学2年生というのに、
いまだに母親とくっついて寝ています。
よくないとは思いますが、どうしようも
ありません。
妻には、こわくて、何も言えません」と。
「どうしたらいいか?」という相談では
なく、「あきらめています」という
雰囲気の話だった。
+++++++++++++++++
母子分離不安、夫婦分離不安というのは、ある。
しかし母子分離不安というのは、あくまでも
子ども側の問題。
これに対して、母親のほうが、子どもと離れられない
というケースもある。
中学2年生のその息子(=R氏の長男)にしても、
スポーツマンで、見た感じは、ごくふつうの
子どもである。
R氏の話から想像するような、ナヨナヨとした
印象は、まるで受けない。
R氏は、「母親のヤツが、放さないのです」と
言った。
こういうケースのばあい、子どもが、心の隙間
を埋める代用品になっていることが多い、
心の緊張感をいやすために、代償的に子どもを
常にそばに置く。・・・置きたがる。
あるいは本来、夫に向けるべき愛(?)まで、
子どもに注いでしまう。
たいていは母親側に、情緒的欠陥、もしくは
何らかの心の病気があると考えてよい。
そのため無理に母子関係を引き裂くようなことをすると、
母親の症状はさらに悪化する。
が、母親はそれでよいとしても、子どもに与える
影響は無視できない。
依存性は相互的なもので、母親が子どもに依存性を
もてばもつほど、子どももまた、母親に依存性を
もつようになる。
しかし(依存性)は、けっして、(愛)ではない。
ベタベタに依存しあっているからといって、
たがいの(愛)が、濃密ということにはならない。
(見た目には、仲がよく、たがいに深い愛情で結ばれて
いるように見えるが・・・。)
R氏の妻が子どもに示している、こうした愛を、「代償的愛」
という。
が、「愛」ではない。
「子どもを愛している」と言いながら、その実、
子どもを自分の支配化において、自分の思いどおり
にしたいだけ。
かんたんに言えば、「愛もどきの愛」ということに
なる。
一見、愛に見えるが、愛ではない。
似たようなケースに、ストーカーが見せる愛(?)がある。
相手の迷惑を顧みず、相手を追いかけまわす。
どこまでも自分勝手で、自己中心的な愛ということになる。
子育ての目標は、子どもを自立させること。
こうした依存性は、子どもの自立の妨げになることは
あっても、自立を助けることは、ない。
本来なら、母親は、子どもの親離れを促しながら、
子どもを自立させなければならない。
一般論からしても、親の添い寝は、子どもに情緒的な
問題がなければ、長くても小学2、3年生ごろまで。
そのころになると、子どもの自己意識が急速に発達
してくる。
子どもが親離れする時期とも重なる。
で、ふつうこういうケースでは、つまり、ベタベタの
親子関係がつづけば、子どもは、マザコン化する。
(マザコンについては、たびたび書いてきたので、
ここでは省略する。)
一方、R氏は、父親としての役割を、すでに放棄
してしまっているかのようである。
(1)母子関係の是正と、(2)社会性の構築、である。
わかりやすく言えば、「母子の間に割って入り、
子どもに狩りのし方を教える」。
加えてR氏のばあい、夫婦関係は、すでに冷え切って
しまっている。
(だからこそ、母親は、子どもを溺愛していると
いうふうにも、考えられる。)
似たようなケースに、昔、Y君という子どもがいた。
当時、中学3年生の男子だった。
Y君の母親は、Y君が恋心をいだいただけで、狂乱状態に
なってしまった。
「今は、受験で大切な時期だから、何とか交際を
やめさせてほしい」と。
が、それはまさに嫉妬に狂った女の姿だった。
で、私が、「それだけは、この私にもできません」と
言うと、Y君の母親は、その女の子の写真を、パラパラと
机の上に並べて、こう叫んだ。
私が、「かわいい子じゃないですか」と言ったのが
まずかった。
「先生、こんな女ですよ、こんな女ですよ! こんな
女のどこがいいですかア!」と。
Y君の母親は、私の目の前で、ワーワーと泣いた。
では、どうするか?
具体的に何か問題がないかぎり、この世界には、
『内政不干渉の大原則』というのが、ある。
R氏のケースでも、母親(=R氏の妻)から、「どうしたら
いいでしょう?」という相談がないかぎり、私としては
アドバイスのしようがない。
母親がそれでよいと言うなら、それでよい。
子どもがそれでよいと言うなら、それでよい。
マザコンはよく話題になるが、それほど深刻な問題ではない。
(最近では、多かれ少なかれ、つまり程度の差こそあれ、
たいはんの男児は、マザコン化しているとみてよい。)
つまり、そうでない人から見て、「どこかへん?」といった程度の
問題。
・・・というわけで、私はR氏に話を聞きながら、
「はあ、そうですか」と相槌を打つことしか、できなかった。
以上、記録として、ここに書きとめる。
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●うちの子、自閉症?(Autistic Disorder)
+++++++++++++++
「うちの子は自閉症ではないか?」という
相談が届いた。
私の立場では、資料を提供することしか
できない。
最終的な判断は、専門医に診断してもらう
しかない。
+++++++++++++++
自閉症の最大の特徴は、スムーズな人間関係が、結べないこと。「机をはさんで、向かい
あった人に、ささやき声で話すかと思えば、ぎょっとするほど、近くに寄って、突然、大
声で質問したりする。人が指でさしたもののほうには、目をやらず、その人の指先を見つ
める」(京都大学・十一教授指摘)と。
十一教授は、「基本的な、人間関係という、本能というべき部分に、問題がある」と述べ
ている。さらに最近の研究では、脳の中の、扁桃体(へんとうたい)に問題があるという
ことまで、わかってきている。つまり脳の機能障害説が有力になってきている。
滋賀県のHさん(母親)より、「うちの子は、自閉症ではないか」という相談をもらった。
いろいろ症状が書かれていたが、心配なら、一度、専門の機関に相談してみるとよい。
つぎのような機関がある。
日本自閉症協会……電話(03―3232−6355)
ホームページも用意されている。
http://www.autism.or.jp/images/index1.jpg
++++++++++++++++++++++++
自閉症の診断基準について……
(日本自閉症協会・案内パンフより、転載)
●自閉性障害 (Autistic Disorder)
A.(1),(2),(3)から合計6つ(またはそれ以上)、うち少なくとも(1)から2つ、(2)と(3)
から1つずつの項目を含む。
(1)対人的相互反応における質的な障害で、以下の少なくとも2つによって明らかになる:
(a)目とめで見つめ合う、顔の表情、体の姿勢、身振りなど、対人的相互反応を調節する多
彩な非言語性行動の使用の著明な障害。
(b)発達の水準に相応した仲間関係をつくることの失敗。
楽しみ、興味、成し遂げたものを他人と共有すること(例:興味のあるものをみせる,
もって来る、指さす)を自発的に求めることの欠如。
(d)対人的または情緒的相互性の欠如。
(2)以下のうち少なくとも1つによって示される意志伝達の質的な障害:
(a)話し言葉の遅れまたは完全な欠如(身振りや物まねのような、代わりの意志伝達の仕方
により補おうという努力を伴わない)。
(b)十分会話のある者では、他人と会話を開始し継続する能力の著明な障害。
(c)常同的で反復的な言葉の使用または独特な言語。
(d)発達水準に相応した、変化に富んだ自発的なごっこ遊びや、社会性を持った物まね
遊びの欠如。
(3)行動、興味および活動が限定され、反復的で常同的な様式で、以下の少なくとも1
つによって明らかになる:
(a)強度または対象において異常なほど、常同的で限定された型の、1つまたはいくつかの
興味だけに熱中すること。
(b)特定の、機能的でない習慣や儀式にかたくなにこだわるのが明らかである。
(c)常同的で反復的な衒奇的運動(例えば、手や指をぱたぱたさせたり、ねじ曲げる、ま
たは複雑な全身の動き)
(d)物体の一部に持続的に熱中する。
B.3歳以前に始まる、以下の領域の少なくとも1つにおける機能の遅れまたは異常:
(1)対人的相互作用、(2)対人的意志伝達に用いられる言語、または(3)象徴的または想
像的遊び。
C.この障害はレット障害または小児期崩壊性障害ではうまく説明されない。
(DSM−IV 精神疾患の分類と診断の手引より)
(はやし浩司 自閉症 診断基準 DSM―IV)
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●八つ当たり
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜H. Hayashi
今朝、こんなことがあった。
いつものようにパソコンを立ち上げ、メールを読んで、
ニュースに目を通す。
今朝はついでに、みなが私のことをどう批判しているか、
「はやし浩司」を検索してみた。
その中に、私が書いた『ポケモン・カルト』があった。
「とんでも本」とか、「こじつけ本」とかいう文言が
読めた。
とたん私の心の中に、ムラムラと闘志がわいてきた。
サッカーでいうなら、相手チームから、攻撃を受けたような状態である。
が、それはすぐに中断された。
階下からワイフが、朝食の用意ができたと私を呼んだ。
が、そのあとのこと。
テーブルについて新聞を読んでいるとき、どこか自分がイライラしているのを知った。
「拉致問題は棚上げ」
「日本は、6か国協議で、置いてきぼり」
「アメリカが、3か国(日本を除く)による検証活動を提案」と。
つまりインターネットで検索したとき感じたムラムラ感が、そのまま新聞記事を読んでい
るときも、わいてきた。
それもそのはず。
脳みそというのは、それほど器用にはできていない。
場所が変わったからとか、あるいたテーマが変わったからといって、脳みその中身まで、
変化するわけではない。
もう少し正確には、アドレナリン(興奮)にせよ、サイトカイン(ストレス※)にせよ、
はたまたドーパミン(快楽)にせよ、一度脳内の充満した脳間伝達物質は、すぐには消え
ない。
興奮性は、そのままつづく。
イライラも、そのままつづく。
ほんわかした気持ちも、そのままつづく。
そういう状態を、子どもたちは、「モード」という言葉を使って説明する。
「先生、ぼくは今、戦闘モードになっている」とか、「睡眠モードになっている」とか言う。
ゲームに、そういう言い方があるらしい。
似たような経験は、私もする。
たとえばザルソバが食べたくなって、ワイフと出かけたとする。
が、いつも行きつけの店が休みだったとする。
そういうとき、「では、ほかのものにしよう」とだれしも考えるかもしれないが、そうは簡
単ではない。
胃袋(=食性)そのものが、「ザルソバ・モード」になってしまっている。
簡単に切り替えることができない。
そこで私とワイフは、別のソバ店を求めて、車を走らせる……。
ということで、それぞれの状況に応じてモードがあるのは、しかたないとしても、そのモ
ードに振り回されてはいけない。
インターネットを見てイライラしたとしても、そのイライラを、ワイフや子どもにぶつけ
てはいけない。
頭の切り替えをしなければいけない。
その切り替えをするのが、脳の前頭部(前頭前野)ということになる。
いわば「理性のコントロール・センター」ということになる。
このセンターの機能がすぐれている人を、「人格の完成度の高い人」という。
EQ論(人格指数論)でも、それを基準にして、その人の人格の完成度を計る。
が、それには、どうしたらよいのか。
とくに私のように、人格の完成度が低い人間は、どうすればよいのか。
……というような話を、朝食を食べながら、ワイフとした。
私「理性によるコントロールを高めるためには、どうすればいいのかねえ」
ワ「……?」
私「ぼくのばあいはね、意外と簡単な方法でできるよ」
ワ「……?」
私「ぼくのばあいはね、目を閉じて、口を閉じれば、それでいい」と。
そう、目を閉じて、口を閉じればよい。
しばらくすると、脳の中では、フィードバック現象というのがおきる。それぞれのホルモ
ンを中和し始める。
そうなると、子どもたちがいうところの(モード)状態が、解除される。
ということで、新しい考え方をゲット!
人格の完成度を高めるためには、そのときどきに、目を閉じ、口を閉じる。
それでよい。
それをワイフに説明すると、ワイフは、こう言った。
「ナーンダ、そんなことでいいの?」と。
そう、そんなことでよい。
あとは脳みそが、勝手に処理してくれる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 人格の完成度)
(注※)
サイトカインについて
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
●ストレス
人間関係ほど、わずらわしいものはない。もし人が、そのわずらわしさから解放されたら、
どんなにこの世は、住みやすいことか。いうまでもなく、我々が「ストレス」と呼ぶもの
は、その(わずらわしさ)から、生まれる。
このストレスに対する反応は、二種類ある。攻撃型と、防御型である。これは恐らく、人
間が、原始動物の時代からもっていた、反応ではないか。ためしに地面を這う、ミミズの
頭を、棒か何かで、つついてみるとよい。ミミズは、頭をひっこめる。
同じように、人間も、最初の段階で、攻撃すべきなのか、防御すべきなのか、選択を迫ら
れる。具体的には、副腎髄質からアドレナリンが分泌され、心拍を速くし、脳や筋肉の活
動が高まる。俗に言う、ドキドキした状態になる。
ある程度のストレスは、生活に活力を与える。しかしそのストレッサー(ストレスの原因)
が、その人の処理能力を超えたようなときは、免疫細胞と言われる細胞が、特殊な物質(サ
イトカイン)を放出して、脳内ストレスを引き起こすとされる。
そのため副腎機能の更新ばかりではなく、「食欲不振、性機能の低下、免疫機能の低下、低
体温、胃潰瘍などのさまざまな反応」(新井康允氏)が引き起こされるという。その反応は
「うつ病患者のそれに似ている」(同)とも言われている。
そこで人間は、自分の心を調整するため、(1)攻撃、(2)防衛のほか、つぎの3つの心
理的反応を示す。(3)同情(弱々しい自分をことさら強調して、同情を求めようとする)、
(4)依存(ベタベタと甘えたり、幼児ぽくして、相手の関心をひく)、(5)服従(集団
の長などに、徹底的に服従することで、居心地のよい世界をつくる)、ほか。。
(1)攻撃というのは、自分の周囲に攻撃的に接することにより、居心地のよい世界をつ
くろうとするもの。具体的には、つっぱる子どもが、それに当たる。「ウッセー、テ
メエ、この野郎!」と、相手に恐怖心をもたせたりする。(自虐的に、自分を攻撃す
るタイプもある。たとえば運動を猛練習したり、ガリ勉になったりする。)
(2)防衛というのは、自分の周囲にカラをつくり、その中に閉じこもることをいう。が
んこになったり、さらには、行動が自閉的になったりする。症状がひどくなると、
他人との接触を避けるようになったり、引きこもったり(回避性障害)、家庭内暴力
に発展することもある。
大切なことは、こうした心の変化を、できるだけその前兆段階でとらえ、適切に対処する
ということ。無理をすれば、「まだ、前のほうがよかった」ということを繰り返しながら、
症状は、一気に悪化する。症状としては、心身症がある。
こうした心身症による症状ガー・ミられたら、家庭は、心をいやす場所と考えて、(1)暖かい
無視と、(2)「求めてきたときが与え時」と考えて対処する。「暖かい無視」という言葉は、
自然動物愛護団体の人が使っている言葉だが、子どもの側から見て、「監視されていない」
という状態をいう。
また「求めてきたときが与え時」というのは、子どもが自分の心をいやすために、何か親
に向かって求めてきたら、それにはていねいに答えてあげることをいう。
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
最前線の子育て論byはやし浩司(2721)
●興味ある事実
++++++++++++++
脳の中で、麻薬反応!
はじめて赤ちゃんを産んだ母親が、
自分の子どもの笑顔を見たとき、
麻薬を服用したときと似たような
反応が起きるという。
++++++++++++++
時事通信、2008年7月13日は、つぎのように伝える。
『はじめて赤ちゃんを産んだ母親が、わが子の笑顔を見たときには、麻薬を服用した際と
似たような脳の領域が活発に働き、自然に高揚した状態になるとの実験結果を、アメリカ・
ベイラー医科大の研究チームが、13日までにアメリカ小児科学会誌の電子版に発表した。
母親の子への愛情を脳科学で分析すれば、育児放棄や虐待の背景にあるかもしれない病理
の解明に役立つと期待される』と。
これに関して、以前、こんな原稿を書いたのを思い出した。
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
●子どものオナニー(自慰)
受験をひかえた受験生が、毎晩(毎日)、オナニーにふけることは、珍しくない。
財団法人、「日本性教育協会」の調査(1999年)によれば、
マスターベーションの経験者 中学生……41・6%
高校生……86・1%
大学生……94・2%(以上、男子)
中学生…… 7・7%
高校生……19・5%
大学生……40・1%(以上、女子)
ということだそうだ。この割合は、近年増加傾向にあるが、とくに若年化が進んでいる
ことが知られている。
たとえば男子中学生のばあい、マスターベーション経験者は、87年には、30・3%
だったのが、99年には、41・6%に増加している。性交経験者も、男子高校生だけを
みても、11・5%(87年)から、26・5%(99年)へと、増加している。
そのオナニー(自慰、マスターベーション、手淫などとも呼ばれている)について、あ
る母親から、相談があった。「中学3年生になる息子が、受験をひかえ、オナニーばかりし
ているようだが……」と。
オナニーをすると、脳内で、麻薬様物質が放出されることがわかっている。現在、数1
0種類ほど、発見されているが、大きく分けて、エンドロフィン系と、エンケファリン系
に大別される。
わかりやすく言えば、性的刺激を加えると、脳内で、勝手にモルヒネ様の物質がつくら
れ、それが陶酔感を引き起こすということ。この陶酔感が、ときには、痛みをやわらげた
り、精神の緊張感をほぐしたりする。
問題は、それが麻薬様の物質であること。習慣性があるか、ないかということになる。
モルヒネには、習慣性があることが知られている。しかしエンドロフィンにしても、エ
ンケファリンにしても、それらは体内でつくられる物質である。そのため習慣性はないと
考えられていた。が、動物実験などでは、その習慣性が認められている。つまり、オナニ
ーも繰りかえすと、「中毒」になることもあるということ。
その相談のあった中学生も、受験というプレッシャーから、緊張感を解放するため、オ
ナニーにふけっているものと思われる。そして相談のメールによれば、中毒化(?)して
いるということになる。
オナニーの害については、「ない」というのが、一般的な意見だが、過度にそれにふける
ことにより、ここでいう中毒性が生まれることは、当然、考えられる。
男子のばあいは、手淫(しゅいん)ということからもわかるように、好みの女性の裸体
を思い浮かべたり、写真やビデオをみながら、手でペニスを刺激して、快感を覚える。
女子のばあいは、好みの男性に抱きつかれる様子を想像しながら、乳首や、クリトリス、
膣を刺激しながら、快感を覚える。
男子のばあい、中に、肛門のほうから前立腺を刺激して、快感を得る子どももいる。
さらに病的になると、依存症に似た症状を示すこともある。中学生や、高校生について
は、知らないが、セックス依存症のおとな(とくに女性に多い)は、珍しくない。「セック
スしているときだけ、自分でいられる」と言った女性がいた。
しかしこうした、エンドロフィンにしても、エンケファリンにしても、オナニーだけに
よってつくられるものではない。
スポーツをしたり、音楽を聞いたりすることでも、脳内でつくられることが知られてい
る。善行を行うと、脳の辺縁系にある扁桃体でも、つくられるこも知られている。スポー
ツをした人や、ボランティア活動をした人が、そのあと、よく「ああ、気持ちよかった」
と言うのは、そのためである。つまり、同じ快感を得る方法は、ほかにもあるということ。
私のばあいも、夜中に、自転車で、30分〜1時間走ってきたあとなど、心地よい汗と
ともに、気分がそう快になる。さらに翌朝、目をさましてみると、体中のこまかい細胞が、
それぞれザワザワと、活動しているのを感ずることもある。
こうした方向に、子どもを指導しながら誘導するという方法もないわけではない。しか
し中学生ともなると、親の指導にも、限界がある。私の意見としては、子どもに任すしか
ないのではないかということ。
こと、「性」にまつわる問題だけは、この時期になると、もう、どうしようもない。子ど
も自身がもつ自己管理能力を信ずるしかない。現在の私やあなたがそうであるように、子
どももまた、この問題だけは、だれかに干渉されることを好まないだろう。
(はやし浩司 マスターベーション 自慰 オナニー 子どもの自慰 子供の自慰)
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
もう一作、添付します。
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
●やる気
+++++++++++++++++++
このところ、忙しい。
そのせいか、疲労気味。
こうしてパソコの前に座っても、
ものを書く気があまり起きない。
気力の減退。
それについて、記録する。
+++++++++++++++++++
東洋医学(漢方)では、体力と気力は、同一源のものとして考える。天の気(呼吸)と、
地の気(飲食物)が、合体して、人精となる。
この人精(じんせい)が、エネルギーの根源というわけである。「精」は、「精力の精」「精
神の精」と考えると、わかりやすい。少し前まで、何かのことでがんばっている人を見か
けると、「精が出ますねえ」と、声をかけたりした。(最近は、この言い方を、あまり耳に
しないが……。)
だから体力や気力が落ちてきたときは、第一義的には、おいしいものを食べて、適度な
運動を繰りかえすのがよいということになる。
が、やる気は、それだけで起きてくるというものではない。伊藤氏の「思考システム」
によれば、思考は大脳新皮質部の「新・新皮質」というところでなされるが、それには、
帯状回(動機づけ)、海馬(記憶)、扁桃体(価値判断)なども総合的に作用するという(伊
藤正男)。
さらに最近の研究によれば、脳内のカテコールアミンと呼ばれるホルモンが、やる気に
大きく関係していることもわかった(澤口俊之「したたかな脳」)。その中のノルアドレナ
リンは、集中力、ドーパミンは、思考力に関係しているという(同書)。
つまりこうした作用が総合的に機能して、やる気が決まるということらしい。
で、私の今の状態は、どうか?
何を考えても、「どうでもいいや」という思いが、先に立ってしまう。めんどうというよ
り、むなしさが先に立ってしまう。ラマンチャの男(ドンキホーテ)が、風車を相手に、
ひとりで戦っているようなもの。所詮(しょせん)、相手は、風車!
実際、「あなたの書いていることは、学問的には一片の価値もない」と言ってきた、大学
の教授がいた。(この話は、本当だぞ!)。「田舎のおばちゃんたちを相手に、講演をして、
どういう意味があるのか」とも。(この話も、本当だぞ!)
そのときは、怒り、心頭に達したが、今になって思うと、「そのとおりだな」と納得する。
私のしていることは、どうせ、その程度。
そういう思いが、私から、どんどんとやる気を奪っていく。
だから、やる気がないのではなく、書く気がわいてこないということになる。そのほか
の面では、やる気はある。気力はある。
今朝も、犬のハナの体を、シャップーで洗ってやった。午後に客人がくるので、居間の
掃除もした。腕につけるブレスレットの修理をした。言うなれば、書くのを、後まわしに
しただけ。しかしこうしてパソコンに向かって座っていると、「ああ、これが私の時間だ」
という思いは、強くもつ。それにおかしなことだが、こうしてサクサクと動くパソコンを
相手にしていると、気持ちよい。
……ということで、昼まで、まだ3時間弱もある。今日から、マガジンの6月号の原稿を書くこ
とにした。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
やる気 気力 帯状回 カテコールアミン 動機づけ)
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
最近の大脳生理学の進歩には、めざましいものがある。
ポジトロンCT(陽電子放射断層撮影)とか、ファンクショナルMRI(機能的磁気共鳴
映像)いう、脳の活性度を映像化する装置を使うと、脳の働きが、リアルタイムで観察で
きるという。
今回の、アメリカ・ベイラー医科大の研究チームによる発見も、そうした機器を用いてわ
かったものだろう。
それにしても、すごいことがわかるようになってきたものだ。
わかりやすく言えば、「心」の状態が、科学的かつ計数的に把握できるようになった。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 赤ちゃんの笑顔 母親の反
応 脳科学)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●明日から月曜日
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜H. Hayashi
明日から月曜日。
フ〜〜〜ン?
やや気が重い。
来週は、忙しい。
それに今夜中に、今度の講演会のレジュメを作成しなければならない。
静岡県教職員組組合HN支部での講演会である。
学校の先生たちが集まってくれる。
それだけに緊張する。
それに懇談会もある。
今年度は、12人で、定員を締め切らせてもらった。
椅子が12席しかない。
それで12人。
今月に入ってから申し込んでくれた人には、申し訳ないことをした。
2回に分けて、24人……ということにしてもよかった。
しかしこのところ、体力の限界を強く感ずるようになった。
今の私には、2講座は、無理。
若いときは4講座もしたことがあるが……。
で、それが終われば、夏休みということで、7月の後半に、4日つづきの連休がある。
とくに予定はないが、そのうち1日は、伊吹山に登ってくるつもり。
中学2年生のとき登って以来のこと。
あのときは早朝、日の出を見ることができた。
メンバーの中に、淡い恋心をもった女の子もいた。
いっしょにみなで記念写真を撮った。
遠い遠い昔のできごとのようでもあり、つい先日のできごとのようでもある。
記憶というのはそういうもので、古い記憶も、新しい記憶も、ごちゃまぜになって、脳み
その中に入っている。
古いのから順に、層になっているわけではない。
よい例が、眠っているときに見る夢。
10年前に見た夢も、数日前見た夢も、夢は夢。
新しい、古いはない。
(夢日記といって、見た夢の内容を記録している人は別だが……。)
記憶が古いか新しいかは、その内容に応じて、脳みそが判断しているかにほかならない。
「中学2年のときの記憶だから、古い」
「40歳のときの記憶だから、新しい」と。
もしそれがなかったら、古い記憶とか、新しい記憶とか、区別できないはず。
ただ記憶といっても、(記銘)→(保持)→(想起)というプロセスを経て、脳みその中に
残り、思い出すことができる。
「思い出せないから」といって、記憶が消えたわけではない。
たとえばロンドン大学のメルツォフという教授は、7、8年前、「乳幼児にも記憶がある」
という論文を発表して、話題になったことがある。
「乳幼児にも記憶があるが、記憶として、想起できないだけ」と。
現象的に考えれば、当然のことである。
が、それをメルツォフは、科学的に証明した。
ということで、もう一度、あの日のことを思い出してみる。
よく覚えているのは、帰りは自由行動ということで、目的地まで、みな、走って山をくだ
ったこと。
それほど急な坂ではなかったように思う。
あるいは私の身が軽かったのか?
あとは、あの山の近くを、電車や車で通るたびに、「あの山に登ったことがある」と、思っ
たこと。
そうそう山頂の山小屋で、仮眠をしたことも覚えている。
仮眠といっても、数時間のことではなかったか。
木造の粗末な山小屋で、多くの人で、ごったがえしていた。
みなでとった写真の中で、私は眠そうな顔をしているので、かなり眠ったのでは?
杖の上に頭を載せて、うつろな目つきでカメラのほうを見ている。
私にははじめての登山だった。
楽しかった。
今でも「伊吹山」と聞いただけで、あのときの(心)が、そのままよみがえってくる。
その伊吹山に、今度、登る。
楽しみ!
●付知峡(つけちきょう)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜H. Hayashi
7月x日、日曜日。
岐阜県の山奥、付知峡というところへ行ってきた。
「つけちきょう」と読む。
往復、約7キロ強の、ハイキング・コースである。
同じ7キロでも、山あり、谷あり、急な坂ありの、結構、たいへんなコースだった。
おまけに気温は、30度を軽く超えていた。
昨日は、このあたりでも、36度前後もあったという。
行きはよいよい、帰りは……、ということで、私とワイフは、
ヒーヒーとあえぎながら、最後の坂道を登って、目的地の不動滝というところまで戻って
きた。
が、そこは峡谷。
暑いといっても、木陰にすわると、森の冷気がさっと、体をいたわってくれる。
白い日差し。
森の緑。
そして青い空。
私「なんだか、ぼくたちの人生みたいだね」
ワ「何が?」
私「いつもこうして、ヒーヒー言いながら、生きてきた」
ワ「そうねエ……」と。
こうして月に1、2度は、地元のバス会社が企画する旅行会に参加するようになって、も
う3、4年になる。
今日は、「付知峡ハイキング」というのに、参加した。
旅行というよりは、体を鍛えるための(運動コース)。
料金も、1人、5000円弱と、安い。
私「今日、がんばったから、今月は何とか元気で、仕事ができるよね」
ワ「そうね。今月は、だいじょうぶね」
私「毎月、毎月、こうしてその月を生きていく……」
ワ「来月は、来月で、また何かをすればいい」
私「そうだね」と。
私たちにとって運動というのは、「貯金」のようなもの。
「楽しむ」というよりは、(もちろん、それもあるが……)、そこにはいつも、別の切実感
がともなう。
「今月はいいかもしれないが、来月はわからない」
「今年はいいかもしれないが、来年はわからない」と。
こうして付知峡へやってきたが、とくに来たくてやって来たわけではない。
だいたい私たちは、「付知峡」にしても、「ふちきょう」と読んでいた。
岐阜県の山奥にあるということは知っていたが、木曽川の上流だったということまでは、
知らなかった。
かい間見た表示板に、「下呂まで23キロ」とあったのを思い出した。
目的は、やはり運動だった。
よく、「成人病を予防するためには、週2回、30分程度の運動をするといい」という。
私は50歳を過ぎたら、それでは足りないと思っている。
が、同じように、こうも言える。
「成人病を予防するためには、月、1、2回、3〜4時間の運動をするといい」と。
今日が、その月、1、2回のうちの1回ということになる。
私「今月は、もう1回、どこへ行くことになっていたっけ?」
ワ「ほら、伊吹山(いぶきざん)に登ることになっているわ」
私「そうだったなあ」と。
ところで私はここ数年、こんなことに心がけている。
とくに仕事から帰ってきてから床につくまでの数時間のことだが、
できるだけワイフのそばにいてやること。
若いころは、そのまま書斎へ入って、夜遅くまで仕事をしていた。
が、それではよくない。
よくないということに、最近、気がついた。
私「ほら、E(三男)が、富士登山のとき、泣いていたというだろ」
ワ「ああ、あのことね」
私「あのときぼくは、背負ってでも、Eを、頂上まで連れていくべきだった」
ワ「だって、あれはEが、足が痛いから、もうこれ以上、歩けないと言ったからよ」
私「そうかもしれない。でも、それでも、ぼくはEに、『ここに残れ』と言い残して、自分
たちだけで登ってしまった」
ワ「……」
私「いつだったか、Eが富士登山をやりとげたとき、ハガキをくれただろ。『雪辱を果たし
ました』と。あのとき、ぼくは、心底、あの日のことを悔やんだ。それが今の今も、心の
トゲとなって、ぼくを苦しめる」と。
こうしてワイフと旅行ができるのも、あと数年かもしれない。
うまくいっても、10年だろう。
今日は無事に行ってきたから、来月も、たぶん、だいじょうぶだろう。
そう、私に見えるのは、そのあたりまで。
来年のことになると、自信がない。
だから……1日でも多く、1時間でも長く、ワイフのそばにいてやる。
ワイフにはかえってありがた迷惑かもしれないが、今、そんなことに心がけている。
……ところでこの原稿は、帰りのバスの中で書いている。
今度買った、ミニ・パソコンで書いている。
バッテリーのもちは、スペックよりも、やや短いかなという感じ。
2つのバッテリーで、計7時間近くもつということだが……?
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist はやし浩司 付知峡)
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●ポケモン・カルト
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜H. Hayashi
今から10年ほど前、私は『ポケモン・カルト』(三一書房)という本を書いた。
異常な……ともいえるポケモン・ブームの中に、私は、カルト性を見た。
わかりやすく言えば、「凶人的な集団性」。
そのカルト性を追及したのが、『ポケモン・カルト』ということになる。
が、その直後から、ものすごい抗議の嵐。
電話による抗議はもちろんのこと、はがきや手紙によるものもあった。
出版元の三一書房にも、あった。
「子どもの夢をつぶすのか!」
「ゲームの楽しさを、お前は知らないのか!」と。
驚いたのは、抗議といっても、子どもたちからではない。20歳を過ぎたおとなたちから
のものだったこと。
しかも私が書いたのは、ポケモンそのものではなく、ポケモン・ブームの中に見られるカ
ルト性についてである。
当時、いくつかのカルト教団による、反社会的行動が問題になり始めていた。
大学の理学部を出たような人が、「地獄」とか「天国」とかいう言葉を、平気で口にしてい
た。
子どもたちの世界にも、明らかに異変が起きていた。
私が「ピカチューのどこがかわいいの?」と一言、口にしただけで、教室中がパニック状
態になってしまったのを覚えている。
が、それから10年。
今の今も、ポケモン・カルトで、私を攻撃している人は、あとを絶たない。
ためしに、グーグルの検索機能を使って、「はやし浩司 ポケモン」で検索してみるとよい。
「トンデモ本」「こじつけ本」などなど。
本そのものを、頭から否定する文言が並ぶ。
最初のころは私も頭にカチンときたが、そういうふうに書いている人たちが、その程度の
人たちであることを知って、そのうち相手にしなくなった。
で、さらにおかしなことだが、……というより私が書いたことを自ら証明するようなでき
ごとが、それからもつづいた。
最近でも、『ゲーム脳』という言葉を使った研究者がいた。
その研究者のところにも、連日連夜、抗議の嵐が襲ったという。
どうしてこの日本では、ゲームを批判すると、嵐のような抗議を受けるのか?
一方、しばらくすると、今度は、「ゲーム脳というのはありません」と主張する研究者が現
れた。
その研究者は、現在、ゲーマーの間では、神様的存在になっている。
ゲームのもつ危険性は、すでに世界では常識。
フランスなどでも、規制の動きが出てきた。
が、この日本では、野放し。
野放しであるばかりか、ゲームを批判しただけで、袋叩きにあう。
そこには一片の知性も理性もない。
感情論だけ。
これをカルトと呼ばずして、何という。
……ということで、私は改めて、ここでポケモン・カルトについて考えてみたい。
また本書は、近く、全文、私のHPに収録するつもりでいる。
つまりこの原稿は、ポケモンというよりは、カルト教団への挑戦状ということになる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜H. Hayashi
●進むカルト化
誤解があってはいけないので、明確にしておきたい。
「占星術」「スピリチャル」というのは、立派なカルトである。
その前駆的段階の「占い」「まじない」「迷信」も、立派なカルトである。
それらが集合化され、組織化されたのが、「カルト教団」ということになる。
それがどんな信仰であれ、信仰の範囲にとどまっているなら、問題はない。
信仰の自由は、日本国憲法によっても、保障されている。
「何人も、その自由を奪うことはできない」。
が、その宗教が宗教のワクを超えて、反社会性を帯びたとき、あるいは政治の世界に介入
してきたとき、それが問題となる。
(アメリカでは、宗教団体による収益活動まで、きびしく制限されている。)
カルト教団の信者たちは、まさにノーブレイン(脳みそなし)の状態になる。
教団幹部のロボットとなって、思うがまま操られるようになる。
その危険性は、あのオウムS教に、例を見るまでもない。
というのも、この段階になると、カルト教団の信者たちは、「私たちはぜったい正しい」と
思う、その返す刀で、「あなたがたはまちがっている」と切り込んでくる。
あるいは自分たちの属する宗教団体以外の人たちを、否定する。
で、それから10年。
その間に、日本人は、より賢くなったのだろうか。
一連のカルト教団が起こした事件を見ながら、何かを学んだのだろうか。
答は、ノー。
最近の占星術ブームも、そのひとつ。
あのS・ホーキング博士も、占星術の無意味性を指摘している(「ホーキング、未来を語る」・
ソフトバンク)。
考えてみれば当然のことで、星座といっても、地球から見た星の位置にすぎない。
宇宙船か何かで、数万光年も先に行けば、星座も地球で見るのとまったく異なったものに
なる。
あるいは複雑な動きを見せる、水星や金星、火星や木星にしても、太陽の周辺を回る惑星
であるから、そう見えるにすぎない。
そういう星座や惑星の動きを見ながら、個々の、あるいは全体でもよいが、運命がどうの
こうのということ自体、ばかげている。
が、「ばかげている」だけでは、すまない。
天の運行と人の運命が連動しているというのは、まったく根拠のない迷信である。
原始の時代には、それなりの説得力もあったかもしれない。
事実、あのイスラム教は、占星術とは切っても切れない関係にある。
そういう占星術をぶらさげて、(ほんとうはどこまで勉強したかは、あやしいものだが……)、
どこかのオバチャンが、こう言うから、たまらない。
「あなたの背中には、蛇がついている。毎朝、シャワーで、10回ずつ、タオルでこすり
なさい」と。
つまりこういうカルト、もしくはカルトの宣伝まがいのことを、テレビという天下の公器
を使って、堂々と全国に垂れ流す。
その異常さ。
私たちは、まず、それを知らなければならない。
ついで、こうした愚劣な番組が、子どもたちに、どのような影響を与えるか、それを考え
なければならない。
そのひとつが、10年ほど前の、ポケモン・ブームであり、現在のスピリチュアル・ブー
ムということになる。
さらにさらに驚いたことに、最近では、「スピリチュアル・育児法」(仮称)という本まで
現れた。
スピリチュアル・育児法だと?
またそういう本のほうが、何10万部も売れたりする。(これは私のひガー・ミか?)
科学性の否定というよりは、理性の否定といってもよい。
わかりやすく言えば、日本人全体が、ますます考えない国民になってきているということ。
先にも書いたように、「ノーブレイン」の状態になってきているということ。
「ノーブレイン」というのは、英語の言い方である。
「ばか」とか「あほ」という意味ではない。
「何も考えない、ノー天気な」という意味である。
が、それはそのまま恐ろしい未来を暗示する。
戦時中の日本が、そうだった。
現在の北朝鮮も、そうではないか。
……こう書くと、「私たちはちがう」と思うかもしれない。
しかし本当にそうか?
そう言いきれるのか?
たとえば最近の子どもたちは、情報量だけはやたらと多い。
もの知りで、反応も速い。
しかし論理性、分析性となると、10年単位で、低下している(?)。
とくに政治の話になると、話しかけただけで、「ダサイ!」と言って、それをはねのけてし
まう。
地球温暖化(地球火星化)の問題にしても、(おとなたちもそうだが……)、いくら問いか
けても、会話そのものが、かみあわない。
まるで他人ごとのような反応しか返ってこない。
あるいは政治は政治家がするもの、地球温暖化の問題は科学者が考えるものと、どこかで
割り切ってしまっている。
話を戻す。
カルトがカルトとして危険性を帯びるのは、先にも書いたように、信者がノーブレインの
状態になって、ロボット化すること。
政治の世界にも大きな影響力を及ぼすことにもなりかねない。
そうなると、民主主義など、そのままどこかへ吹き飛んでしまう。
言い換えると、民主主義を守ろうとするなら、同時に私たちがもつカルト性と、心のどこ
かで闘わねばならない。
これは健康論に似ている。
私たちが健康を保とうとするなら、病気の予防と治療に心がけることは当然のことだが、
同時に、体の抵抗力も高める。
その両者がかみあってはじめて、私たちは、それなりの健康を維持することができる。
私は『ポケモン・カルト』の中で書きたかったことは、(ポケモン)の攻撃ではない。
(ポケモン)といっても、ただのゲーム。
そんなものを本気で相手にしても、しかたない。
そのゲームが、テレビ、雑誌、ゲームの3方向から、子どもたちを包んだ。
当時は、「マルチ・メディアによる成功例(?)」として、もてはやされた。
その結果、子どもたちは、町でも学校でも、そして家の中でも、ピカチューのあの黄色い
色を見ただけで、興奮状態になってしまった。
お茶漬けにしても、菓子にしても、ピカチューの絵を載せただけで、売り上げが、倍増し
たという。
詳しくは、『ポケモン・カルト』に書いた。
子どもたちは、まさにポケモンによって、洗脳されたことになる。
つまりここに、私はポケモン・ブームの恐ろしさを見た。
そしてそれがその本の主題になった。
本を読みもしないで、表面的な批評に踊らされて、「とんでも本」とか、「こじつけ本」と
批評するのは、その人たちの勝手。
しかし私はそういう趣旨で、あの本を書いたのではない。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist ポケモン・カルト)
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●7月14日(月曜日)(Juky 14, 2008)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜H. Hayashi
今日は、焚き火で1日が始まった。
庭の枯れ木が気になっていた。
が、このところの雨続き。
風がないのを見はからって、「焚き火をするよ」と、ワイフに声をかけて、庭に出る。
やがて枯れ木は勢いよく燃え始めた。
が、湿った葉っぱの下を見て、ビックリ。
体長が12〜15センチもあろうかと思われるミミズが、何十匹もいるではないか。
生まれたばかりの小さなミミズもいた。
子どものころは、それを餌にして、よく川へ釣りにでかけたものだ。
そんなことを考えながら、ミミズたちは、そのまま畑へ移動。
湿った葉っぱも、そのまま畑へ。
どうせ荒れ放題の畑。
そうそう肥料がよいのか、先日、60センチほどもある、大きなキュウリが収穫できた。
お化けのようなキュウリだった。
「どうやって食べるの?」と聞くと、ワイフは、「漬物にするしかないわね」と。
夏、まっさかり!
こういう朝は、吉田卓郎の『♪夏休み』の曲が、よく似合う。
暑中、お見舞い申し上げます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜H. Hayashi
●迷信
どんな不幸がつづいたのかは知らないが、最近、自分の名前を変えてしまった人がいる。
家族ともども、みなだ。
同じ宗教団体に属していた知人(女性)がいた。
高校の同窓生だったが、彼女もまた、家族ともども、みな、名前を変えてしまった。
どうやらその宗教では、そうするらしい。
名前からして、どこか日本的ではない。
外国名の当て字のような感じがする。
(詳しい内容は、知らないが……。)
名前を改名したくらいで、不幸が去るわけではない。
そもそも「不幸」とは何か?
たぶん、私が想像するところ、こういうことではないか。
その知人は、その宗教団体の熱心な信者だった。
が、その宗教団体にはあってはならない(?)不幸が、つづいた。
そこで何らかの原因さがしが始まったらしい。
「どうして?」「どうして?」と。
そこで「名前が悪い」ということになった(?)。
追い詰められた幹部が、最終的に、身も心も、そして金も出せ。
ついでに名前も変えろと、迫ったのだろう(?)。
「あなたに不幸がつづいたのは、信仰が足りなかったからだ」と。
迷信というのはそういうもの。
それにハマると、知性も理性も失う。
失いながら、それが正しい、あるべき道と思い込んでしまう。
そして信者たちは、ますます、その信仰にのめりこんでいく。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜H. Hayashi
●HP 2133
リカバリーディスクが作成できない!
どうにもこうにも、できない。
HP付録のマニュアルどおりに、何回試しても、やっぱりできない!
こうして土日の、何時間が無駄になってしまった。
そう、私には、トラウマがある。
こういう状態になると、軽いパニック状態になってしまう。
以前は、徹夜でデータの回復などを試みた。
冷や汗をタラタラと流しながら……。
それがトラウマになった。
だから今でも、こういう状態になると、ヒヤヒヤする。
(それを楽しんでいる面も、ないわけではないが……。)
で、月曜日の朝、一番に、HP社に電話をした。
電話口の若い男性は、こう言った。
「2133では、リカバリーディスクはできないことになっています。
マニュアルの操作方法は、誤記です。
当社のHPのほうには、訂正記事を載せてあります」と。
ナーンダ、ということで、この話はおしまい。
HP社では、リカバリーディスクは、必要に応じて、実費で販売しているとか。
またそのときになったら、購入すればよい。
しかし「誤記」とは!
私はその誤記で、何時間も、時間を無駄にしてしまった!
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
●金xxの口臭
+++++++++++++
ときどき、子どもたち(幼児)が、
私に、こう言う。
「先生の口、臭い!」と。
私は子どものころから、歯が
弱い。
加えて、慢性的な歯肉炎で
悩んでいる。
行きつけの歯科医院へ行くたびに、
いまだに、歯の磨き方を教えられる。
数日前も、そうだった。
「どこも悪くありません。歯の磨き方です」と。
若い看護士の人が、ていねいに磨き方を教えてくれた。
それを習いながら、ふと、こんなことを思った。
あのK国の金xxに口臭があったとしたら、だれが、それを教えるか、と。
(拉致問題に抗議の念をこめて、「金xx」と呼んでいる。)
「将軍、あなたの口は臭いです」と言ったとたん、収容所送り。
あるいは公開処刑。
あとでワイフにそのことを話すと、「奥さんじゃあ、な〜い?」と。
私「奥さんでも、ビクビクしていると思うよ」
ワ「そうねえ……」
私「みんな神様の臭いと思って、がまんしているのではないかな?」
ワ「じゃあ、歯医者さんかしら?」
私「とんでもない。ぼくにだって、歯医者さんは、言わないよ」
ワ「そうねえ……。やっぱり、孫とか、子どもじゃない?」
私「孫はいたっけ? 子どもでも、あの国では処刑だよ、たぶん」
ワ「恐ろしい国ね」
私「ホント!」と。
子どもは正直。
『裸の王様』という物語も、ある。
私はいつも、子どもたちには、丸裸にされる。
そのたびに、歯科医院へ向かう。
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.みなさん、次号で、またお会いしましょう!
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凸/Σ▽乃q ・ ・ p ̄Σ▽乃 ̄` /
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 15日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●幼稚園選び(How to select a kindergarten)
+++++++++++++++++
京都府にお住まいのUYさんという
母親から、幼稚園選びの相談が届いて
います。
+++++++++++++++++
【UY様より、はやし浩司へ】
暑中お見舞い申し上げます。
以前、2年保育についてご相談させていただいたUYです。
カナダの幼稚園について、少しでもお役にたてようで良かったです。
さて、不躾ですが、またご意見を伺いたく以前のメールからご相談させていただくことを
お許しください。
2年保育を考えて・・・とはいえ、来年の幼稚園入園に向けて動き出さなければいけない
時期となりました。
現在、2つの幼稚園まで候補を絞ったのですが、だんだん判らなくなっています。
先日、「3年保育が主流ですので・・・」と言われた私立幼稚園に見学に伺いました。
園長先生とお話をしたところ、週数回、午前だけの通園から始めて、徐々に慣れていくよ
うな形でも受け入れてくださるとのことでした。 園内は明るい雰囲気で、感じが良かっ
たです。
体育、英語などの先生が来て、カリキュラムに組まれているなどの教育型?のようです。
見学の時は、ちょうど体育のクラスでしたが、横でやってみたくてウズウズして見ていま
した。(参加はさせてもらえませんでしたので) 子供が楽しい遊びの中のひとつとしてで
きるならば、素晴らしいと思いました。
もうひとつは、国立大学の付属幼稚園です。
先日、幼稚園についての講演会に行ってきました。(説明会ではありません。)副園長先生
のお話は、子供に対して、幼児教育に対して、納得できる部分が多く、幼稚園の環境はと
ても自然の中で素晴らしいというのが感想です。木登りをしたり、草の中の昆虫みつけた
り、木の実を取って食べたりなどと言った体験が園内でできる環境でした。
私は、四国育ちなのですが、嬉しくなるようなキレイな遊具より、自然の中で自分達で遊
びを作ったり、発見する楽しさを我が子にも味わって欲しいと思っています。
現在、3年保育に通っているお友達から聞いていたのですが、父母が園の教室まで送り、
子供が納得するまで、園内にいても構わないということでした。2年保育でも同じ状況な
のか伺いたくて、実質、副園長先生に説明会の後、少しお話をさせていただきました。(園
長先生よりも副園長先生が現場?、と言う感じでしたので)2年保育でも3年保育でもそ
の子の状況に応じてで構わないということで、2年保育から入った場合でも、本人が納得
するまで全く構いませんとのことでした。
「数ヶ月もたたずに離れる子もいれば、一年間お母様が見ていらした方もいます。お子さ
んの発達や心の状況はそれぞれ違いますから、個々に対応するべきです。うちの幼稚園以
上に細やかな所は他にありません」ということでした。
園児の様子などは説明会の時しか見られないので、わかりませんが、説明会も大人のみと
なっており、実際に入園前に子供自身が園内に入れることはないのが、疑問です。
いろいろと他にも幼稚園の開放日、または支援センターの催しなどに息子を連れて行って
様子をみていますが、先生にも自分から行ってご挨拶して、いつもとても楽しそうに遊ん
でいます。
でも、いざ、またどこか幼稚園に行ってみようかという話をすると、「僕は幼稚園行かない
よ。マミーとずっといる。一緒に行ける幼稚園なら行きたいけど・・・」と言います。 他
のお友達もみんなお母さんと一緒じゃないけど、みんな同じようにお母さんと一緒がいい
ということ。みんな楽しい時間を過ごしているということ。離れていても、いつも愛して
いるしまた帰ってきたらすぐに会えるということ・・・など色々話しているのですが、息
子から返ってくる言葉はいつも同じです。 甘えているだけなのか、どう話せばいいのか
わかりません。
分離不安といっても、通っているお稽古のお友達とは私を置き去りにして遊びに走って行
くし、近所の1、2年生の子供達とも一緒になって走り回り見えなくなって、私が逆に危
なくないかとハラハラする程です。
どのように、息子に接したらいいでしょうか?
息子の様子から考えて、玄関前で引き裂かれるようなことがなく、納得できる状態で対応
できるなら附属幼稚園がいいのかなぁと思っています。
でも、受験に受かるかどうかはわかりません。以前、あるお受験対策塾のようなところに
お話を伺いに行きました。息子に数種類の問題をさせた結果、能力・学力的な問題はない
と思いますが、当日親から離れられるかが問題ですと言われました。それはそうだと思っ
たのですが、そこの塾の先生からこんなお話をされました。
「附属幼稚園に通わせる方の多くは、その後の小学校を視野に入れています。単純に附属
幼稚園、小学校、中学校、某有名進学高校へというコースを考えての方もいらっしゃいま
すが、現実はかなり違いますと。
現在、附属幼稚園・小学校は、自由とか個人の尊重とうたってはいますが、放任そのもの
です。もちろん、他ではできない体験も待っていることとは思いますが、能力・学力が優
れ活発な子供にとっては楽しいかもしれませんが、そうでない子は置き去りにされます。
学校は遊ぶ所、勉強はご家庭や塾がメインです。
小学校では、教科書を開き何ページという授業ではなく、チャイムがなっても生徒が座ら
ずに廊下にいるのは普通ですし、それについて先生も何も咎めません。ゆえに、2年生で
カタカナが書けないという子もたくさんいます。また、幼稚園においても、以前附属幼稚
園の先生をなさっていたR幼稚園園長は、今の附属幼稚園の保育はどうかしているという
ことで、この間OBを集め話し合いをなさったそうですよ。
いざ、入ってから、こんなはずではなかったと話してこられるお母様が多いので、いちお
う現実をお話しているだけす。また幼稚園に関しては特に、極端な言い方ですが国立は来
ても来なくても構いませんが、私立は経営ですので至れりつくせりのところが多いという
こともあります。
このようなことから、昨今は一貫した教育をきっちりしてくれる私立の方が人気を集めて
いますし、小学校に関しては、どうせ塾に行かせなければいけないなら、いっそのこと学
区の小学校でいいという方も増えています」とのことでした。
ここの塾には、息子は通っていません。 教室の雰囲気が暗く、楽しく学ぶというよりは
「お受験のための勉強」という感じで自分だったら通いたくないと思うだろうなぁという
感覚でした。(そういうものなのかもしれませんが・・・)息子は、「問題は楽しかったけ
れど、あの場所は楽しくなかった」と言っていました。
でも、聞いてきた話については、かなり考えさせられました。
進学について何も考えず、どこでもいいさぁ〜!、と思っている訳ではありません。学力
は無いよりある方がいいと思っています。 私はいちおう進学校を出ているのですが、も
っと勉強しとけば良かったと思っています(笑)。
とはいえ、私は進学校にもかかわらず大学受験せず、高校卒業と同時にアメリカの大学に
行ったので、日本で進学校が目指している大学社会とは無縁でした。得られた物は、大き
かったと思っていますが。
息子には、本人が自分の方向を決めようとする中で、選択範囲が広い状態にしてあげたい
というだけです。
いわゆる私立と国立附属の幼稚園・・・根本的な方針が違うのかもしれませんが、はやし
先生はどのように思われますか?
いつも長くなってしまい、申し訳ありません。
お忙しい事と思いますが、お返事いただければ幸いです。
【はやし浩司よりUY様へ】
おはようございます。
そういうふうに迷われましたら、
(1)現場で直接、園児に接している先生の様子を見ることです!
若い先生が、やる気で生き生きと指導している幼稚園を選んでください。
何よりも大切なのは、その(活気)です。
その(活気)の中で、子どもは、伸びていきます。
とくに若い先生(新入りの先生でもよい)が、大きな声で、率先して
指導している幼稚園は、すばらしい幼稚園です。
先生どうしが、和気あいあいと、楽しそうに指導している幼稚園は、よい幼稚園です。
幼稚園は、看板、つまり園長の謳い文句ではなく、現場の先生を見て選びます。
これは大鉄則です。
園の隅から、遠巻きに観察してみると、それがわかります。
あとの問題は、はっきり言って、どうでもよい問題です。
(2)行ってはならない幼稚園は、先生たちが沈んでいる幼稚園です。
どこかタラタラした雰囲気になっていますから、それがわかります。
やる気なさそそうに、(ただ言われたことだけを、無難にやりこなしている)
というような幼稚園は、最悪です。
(3)またよい幼稚園には、(子どもの臭い)がします。
どこかしこに、その(臭い)がしみついています。
壁には落書きのあとがあり、それを先生が懸命に消したようなあとがあるとか……。
先生が子どもを楽しませようとか、そういう努力のあるなしもみてください。
(1)さらに言えば、園長でも、副園長でも、自ら率先して園児の中へ入って
指導している幼稚園を選びます。
園長が、スーツを着て、ふんぞり返っているような幼稚園には、疑問をもってください。
(スーツを着ていても、子どもたちの手で汚されたようなあとがあればいいのですが…
…。)
つまり看板にだまされないこと。
どこの幼稚園も、生徒募集のために、看板に四苦八苦しています。
ですから派手な指導方針を並べたり、見た目に派手な教育をしたがります。
もちろん園の方針も大切ですが、それ以上に、この時期、幼児に
とって大切なのは、直接子どもたちと接している、(現場の先生の活力)です。
園長の話など、あまりアテにしてはいけません(失礼!)。
美辞麗句が多いですから……。
これは私の経験からの意見です。
なおいただきましたメールですが、内容を大幅に改変したのち、
HPに収録しますが、お許しください。
最後に、「赤ちゃん返り」「母子分離不安」については、私のHPの中のQ&Aコーナー
を参考にしてください。
はやし浩司
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●言葉
最近、子どもたちの言葉が、ますます乱れているように感ずる。
数日前も、私にこう言った子ども(年中男児)がいた。
「先生、幼稚園で、プールあったア」と。
私「プールがあったの?」
子「あったア」
私「どこに?」
子「幼稚園」
私「幼稚園にプールがあったの?」
子「そう、あったア」
私「幼稚園には、ブランコはないの?」
子「ブランコはある」
私「じゃあ、プールもあるの?」
子「……?」と。
最近の子どもの言葉の特徴としては、(1)言葉の単語化、(2)直観化、(3)言葉の飛翔
化などがある。
この中で、「単語化」というのは、わかりやすく言えば、言葉になっていないこと。
「直観化」というのは、(丸い)(黄色い)(すっぱい)という言葉を並べて、(レモン)を
意味するような言い方をいう。
つまり、語彙力が低下しているということ。
的確な言葉が使えない。
あるいは正確にものごとが表現できない、など。
「飛翔化」というのは、脈絡なく、使う言葉が、どんどんと飛躍していくことをいう。
話の内容が、話している先から、ポンポンと飛んでいってしまう。
以前、『(脳が)乱舞する子ども』というタイトルの原稿を書いた。
それが最近は、さらにひどくなってきた。
理由は、母親の言葉能力の低下があげられる。
「母親」でありながら、正しい言葉を適切に使える女性は、少ない。
幼稚園バスがやってきても、「ほら、ほら、バス、バス、バスよ」というような言い方を日
常的にしている。
どうしてこういう言葉環境の中で、子どもの国語能力が育つというのか。
そういうときはめんどうでも、こう言う。
「ほら、向こうから、あなたの乗るバスがやってきました。あなたはあのバスに乗って幼
稚園へ行きます。わかりましたね」と。
それができないというのなら、将来、「どうしてうちの子は、(算数の)応用問題を読み間
違えるのでしょう」などとは、悩まないこと。
それこそ、親の身勝手というもの。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
子どもの言葉能力 言語能力)
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【心豊かな人生】
そこに人生があるなら、それは受け入れるしかない。
「あきらめろ」ということではない。
そこを出発点にして、前に進む。
『われらが目的は、成功することではない。
失敗にめげず、前に進むことである』(スティーブンソン)。
まずいのはいつまでも重い過去に引きずられて、「今」を、無駄にすること。
悶々とした日々の中で、自分を見失うこと。
その今には、無限の価値がある。
賢明な人は、その価値を失う前に気づき、そうでない人は、それを失ってから、その価値
に気づく。
●使うしかない
今、そこにあるものを、受け入れていく。
それがどんなものであれ、それはそれとして、認めていく。
それが、心豊かに生きる、コツではないか。
たとえば、私はおととい、新しいパソコンを買った。
ミニ・パソコンと呼ばれる小型のパソコンである。
本当は……という言い方は適切でないかもしれないが、
私は、このパソコンと、もう一台のパソコンで、
どちらにするか、迷った。
このパソコンは、HP 社の、2133という機種。
もう一つは、今度、MSI社から発売になった、U100という機種。
U100のほうは、発売されたばかりとあって、現在、入手困難。
東京の秋葉原でも、発売と同時に、売り切れてしまっている。
この2つのパソコンの大きな違いといえば、2133のほうは、英語式キーボードになっ
ていること。
アメリカ製である。
U100のほうは、日本語式キーボード。
台湾製である。
値段は、2133は、8万円弱。
U100は、6万円弱。
2万円の差はあるが、性能的には、2万円以上の差がある。
それで2133にした。
が、いろいろと問題が起きている。
英語式キーボードだから、キーと文字(とくに記号)が、一致しない。
ワードを使いなれた私には、打ちにくい。
それにやはりミニ・パソコンはミニ・パソコン。
どこかおもちゃ的?
そういうパソコンと対峙したとき、私はこう考える。
「せっかく買ったのだから、使い倒そう」と。
あるいはこうも考える。
「使いにくい面はあるが、使う私がそれに慣れればいい」と。
不平や不満を並べても、しかたない。
「使うしかない」と。
●生きるしかない
……実は、人生も、これに似ている。
いろいろやり残したこともある。
今の今も、何かにつけて中途半端。
この先のことを考えたら、不安でならない。
しかし今の私には、今のこの人生しかない。
だったらこの人生を受け入れて、前向きに生きていくしかない。
私のほうから、今の人生に慣れていくしかない。
……こう書くと、誤解する人がいるかもしれない。
つまりこう書くからといって、「あきらめる」という意味ではない。
あきらめるのではない。
その逆。
こういう人生がそこにあることを、喜び、感謝する。
多少の不便さはあるが、生きるドラマはそこから生まれる。
大切なのは、そのドラマ。
そのドラマこそに、生きる価値がある。
たとえば私は、最近、こう考えることがある。
サイクリングしているようなときだが、自分の体がスイスイと動くことが、うれしい。
「私は目が見える」
「私は音が聞こえる」
「私は走ることができる」
「私はものを考えることができる」と。
その喜びにくらべたら、身のまわりの問題など、何でもない。
すべて、ささいなものに思えてくるから不思議である。
●損とは何か?
たとえば私は、自分の人生の中で、人にだまされたことはあるが、だましたことはない。
とくに金銭問題においては、そうである。
若いころは、それなりに悔しい思いもした。
相手を恨んだりもした。
しかしそんなことを引きずっていたら、これからの人生を心豊かに生きていくことはでき
ない。
できるだけ早くそういう過去とは決別して、前向きに生きていく。
というのも、損をしたと考えること自体、損。
もっと言えば、金銭的な損など、損でも何でもない。
本当に損なのは、(時間を無駄にすること)。
(時間)イコール(人生)と置き換えてもよい。
どのみちあと10年もすれば、みな、頭の活動も鈍る。
健康も衰える。
それに20年もすれば、みな、死ぬ。
(これは私の年代の人のことだが……。)
そしてその先、死ねば、この宇宙もろとも、私は煙のように消える。
金銭的な損得に毒されて、ああでもない、こうでもないと悩むほうが、どうかしている。
大切なことは、今日というこの(与えられた1日)を、心豊かに、楽しく、ほがらかに過
ごすことである。
そういう意味では、人生は、金の砂時計のようなもの。
刻一刻と、金の砂が、上から下へ落ちていく。
こんな話を聞いた。
●ある人の遺産相続問題
近所の人の話だが、父親が死んだとき、遺産問題がこじれて、はげしい兄弟戦争になって
しまったという。
その父親は、このあたりに、千坪単位の土地(もともとは農地)を、もっていた。
それが宅地開発で、黄金の土地に変身した。
その父親がなくなったのは、その直後のことだった。
3人の兄弟と2人の姉妹がいた。
実際には、その中の二男にあたる人が、死ぬまで父親の世話をしていた。
だから本来ならその二男が父親の財産を受け継いでも、何らおかしくはなかった。
が、これにまず長男と長女が、「待った!」をかけた。
つづいて、三男と二女が、「待った!」をかけた。
半端な財産ではない。坪40〜50万としても、10億円以上になる。
(10億円以上だぞ!)
で、こうして泥沼の遺産相続争いとなっていった。
毎週のように、父親の仏壇の前で、怒鳴りあい、殴り合いの騒動がつづいたという。
で、最終的には、二男が、3〜4割の財産を。
残りをほかの4人の兄弟姉妹で均等に分けることになったという。
が、それからその兄弟たちに異変が起きた。
もちろん兄弟、姉妹関係は、こなごなに破壊された。
「財産分けがすんでから、たがいの行き来は途絶えてしまった」と。
それは当然のことだが、そのうち、2人が脳卒中で倒れ、もう1人は、心筋梗塞で倒れた。
1人は、そのあと癌になり、入退院を繰り返している。
残りはもう1人だが、体調を崩してしまったと聞いている。
が、悲劇はそこで終わったわけではない。
今度は、それぞれの息子や娘の間で、財産の分与をめぐって、何かともめ始めているとい
う。
言い忘れたガー・ミな、年齢は、現在、65歳前後(当時)。
この話をワイフにしてくれた人は、こう言ったという。
「棺おけに足を半分つっこんだような人が、どうしてそんなにも、お金に執着するのでし
ょうね」と。
「騒動が長かったから、それから生まれたストレスが、悪かったのでしょう」とも。
●得るものより、失うもの
……というような例は多い。
私もお金は嫌いではないから、(あえて嫌う必要もないが……)、10億円ともなれば……?
そういう騒動に巻き込まれるかもしれない。
しかしどう生きたところで、あと20年。
が、そんな騒動に巻き込まれたら、寿命を縮めてしまうだろう。
脳梗塞で倒れたら、それこそ、お金の話どころではなくなってしまう。
さらに言えば、仮に100万円であろうが、10億円であろうが、この宇宙に視点を置い
てみれば、ただの数字。
子どもがもつゲームの中の得点と、どこもちがわない。
仮に相続問題が起きたとしても、事務的に処理して、それですます。
1億の取り分を、2億にしたいと思うから、騒動に発展する。
が、それによって失うものは、もっと大きい。
あるいは騒動を起こして、得になることは、何もない。
では、心の豊かさとは何か?
●自己の統合性
大切なことは、『自己の統合性』ということになる。
(自分がやるべきこと)を見つけ、(そのやるべきことに自分を一致させていく)。
生きがいも、そこから生まれる。
生きる喜びも、そこから生まれる。
生きがいや、生きる喜びの大きい人を、心の豊かな人という。
それがわからなければ、自分にこう問うてみればよい。
大きな高級車を買った……だから、それがどうしたの?、と。
大きな家を買った……だから、それがどうしたの?、と。
どこかの会社の社長になった……だから、それがどうしたの?、と。
自己の統合性が確立してくると、そういうことの無意味さが、つくづくと身にしみてわか
るようになる。
(だからといって、私は、そういうことを否定しているのではない。誤解のないように!)
さあ、あなたも、勇気をもって、まず、あなた自身に納得しよう。
あなたの住んでいる環境に納得しよう。
あなたを囲む、人間関係に納得しよう。
それを「運命」というのなら、運命と呼んでもよい。
まずあるがままの自分を受け入れる。
そしてここが重要だが、今、ここにいて、ここに生きていることを、喜び、感謝しよう。
それが自分の人生を、心豊かに生きていくための必要条件ということではないか。
(付記)
私たち戦後、戦時中生まれの人間は、程度の差こそあれ、みな、「金権教」の信者と考えて
よい。
「お金がいちばん大切」「お金があれば幸せ」「お金があれば安心」と。
それが転じて、人間の価値まで、お金で決めるようなところがある。
あの貧しい時代を思い浮かべれば、だれが、それをまちがっていると言えるだろうか。
みな、懸命に生きてきた。
あの独特の(ひもじさ)と闘ってきた。
おまけに当時の日本人は、敗戦と同時に、精神的なバックボーンを、失ってしまった。
それまでは「天皇」が神であり、「陛下」「陛下」と言っていれば、何も考えなくてもよか
った。
現在の北朝鮮のようなもの。
(戦時中の日本が、あそこまでひどかったとは思いにくいが……。)
敗戦と同時に、日本人は、「金権教」へと走った。
事実、「信仰すれば、庭木に札の花が咲く」と教えた宗教団体があった。
その宗教団体は、戦後、日本でも最大の宗教団体になっている。
が、同時に失ったものも多い。
「心の豊かさ」である。
私がオーストラリアへ留学したとき、何よりも驚いたのは、農家の人たちのレベルの高さ、
だった。
友人の父親は、夕食後にチェロを演奏してみせてくれた。
母親は4年生の大学を卒業していて、マナーも洗練されていた。
とても残念なことだったが、1970年当時の日本は、そうではなかった。
農家といっても、GHQによって農地解放される前は、そのほとんどが、「小作人」と呼ば
れる人たちだった。
その(差)を、直接肌で感じたとき、私はこう思った。
「日本が、オーストラリアのようになるためには、50年はかかる。
あるいは永遠に不可能かもしれない」と。
しかしその後の日本の経済的発展は、ものすごかった。
その後、20年を待たずして、経済的には、オーストラリアを追い抜いた。
生活のレベルもそれほどちがわないところまで、追いついた。
しかし(モノ)はそれでよいとしても、(心)は、そうでない。
今の今でも、金権教は、いたるところにはびこっている。
程度の差こそあれ、私もあなたも、みな、その信者といってもよい。
もちろん先にも書いたように、だからといって私は(マネー)を否定しているのではない。
お金で幸福は買えないが、しかしお金がなければ、みな、不幸になる。
問題は、その稼ぎ方と、使い方ということになる。
その視点を見失うと、結局は人生、……というより、「命」そのものを、棒に振ることにな
る。
【Mさんより、はやし浩司へ】
ありがとうございます。
何度も読み返しました。
先生のおっしゃることあたっております。
私は、不幸にして不幸な家庭で育ちました。
中学のときに進路を決める際、私は体育科の高校へ進学したかったのですが、
父親に猛反対を受け、また、大学進学の際にも猛反対を受け、
結局地元の短大へ進学することになりました。
小学校のころから運動が得意で、父親もほめてくれておりましたが、
進学先のことや、また、体育の先生になることは反対でした。
理由は、通学が遠かったこと、寮など、家を出ることを許さなかったこと、
体育の先生は長く続けられないと思ったこと、などだと思います。
それならほめてくれなければよかったと思います。
いまでは、スポーツとは一切関わりたくないと思っています。
そのことを考えるだけで、涙がでてきますし、いまだに父親にはそのことを
持ち出して喧嘩となります。一生反抗期です。
母も反抗期がなく過ごしたからこうなったと言っています。
いわゆるいい子だったのだと思います。
極論は、私は早く父親がいなくなればいいと思っております。
ただ、その時は怒りをぶつける相手がいなくなって放心状態になるのでしょうか?
言い方は悪いですが、被害者の家族が、加害者が死刑になってしまったあとは
どこへ怒りや悲しみをぶつければよいのかということです。
その方たちには失礼なことかもしれませんが、私もきっと苦しむと思います。
不幸な結婚かどうかはまだわかりません。
おねしょの件は、赤ちゃん返りとわかったのは、治ってからそう思えたことです。
姉の子供が5年生になっても人前でおもらしをしていたのを見て、おそろしくなりました。
それで、治療という形をとったのです。
本論に入りますが、ほめそだては一般論です。
私は、うちの息子はほめることができません。
ほめる内容がないのです。なんでもいいからと教育センターの方にも
いわれました。
私も息子から離れたいのです。仕事もフルタイムで働いていますし、
学校の役員をやったこともありますし、剣道の役員、当番なども引き受け
何かと忙しくしており、また、エステにいったりして気分転換をはかったり・・・。
また、妹もおりますので、ほかにやることはたくさんあります。
ただ、主人が遅い帰宅なので、夕食のために定時で帰らなければなりません。
これ以上はなにができますか?
私は自分と同じ目に遭わないでほしいのです。
少なくとも、やりたいことがあればなんでもさせてやりたい。
過保護はごもっともです。
でも、自分自身の今が本当につらい、自分の親や、主人に理解されない。
たまたま、私とおなじ境遇の人、友人の弟さん(行きたい大学に受験させてもらって合格
までしたのに、結局地元の大学に行かせられてしまった人)の話を聞きました。
その人は親と全く連絡を取らない、実家にも帰らないそうです。電話をして、母親がでた
ときだけ少し話しをするようです。
そんなことで、私を理解してくれる人(女性)がいます。
それが、どうということではないのですが、先生にも理解できますか?
子供がやりたい道をみつけて、親もそのことをほめてくれたのに、
進学はだめ。そんなのってありますか?
私自身それを解決しないかぎり、学歴コンプレックス&仕方なく今の仕事をしている姿勢
=毎日の生活は変わらないと思います。
子供にも教えています。
先生になりたければ先生の資格をとらなければいけないし、
ピアノの先生になりたければ音楽大学。
今からお母さんは体育大に行っても体育の先生にはなれない。
採用がないから。と
ばかげた会話かしれませんが、親から世の中を教えてもらえなかった
子供は不幸です。
以上が現在の私です。
私は旅行も大好きでした。
今は、子供と家のローンで、旅行にも行けません。
趣味はと聞かれたら、子育てと答えるでしょう。
それがいけないといわれそうですが・・・(笑)
もう少しヒントをください。
ほめ育ては一般論です。
ほんとに感謝しています。このような私にアドバイスしていただけること
うれしいです。
でも、涙がでるほどです。
よろしくお願いいたします。
【はやし浩司より、Mさんへ】
たまたま今朝(7月12日)に書いた原稿を、下に添付します。
(まままま様)を意識したわけではありません。
ただ少し参考になるのではないかと思いましたので、添付します。
で、メールを読んで、第一声。
「あなたは幸福ですよ」です。
ただ不完全燃焼症候群というか、それが転じて、もろもろの不満、不平につながっている
と考えられます。
あなたは何も失っていない。
すべてがうまくいっている。
「不幸な家庭」といっても、あなたが経験したような家庭は、珍しくもなんともない。
ごくふつうの家庭です。
が、あなたにも夢があり、希望もあった。
能力もあった。
しかしそういうものが、(実は父親が原因ではなく)、あなたの意志の弱さによってくじか
れてしまった。
子どものころから、あなたは親の人形になることによって、自分の立場を築き上げてきた。
そういう自分に対する嫌悪感、憎悪感が、姿を変えて、父親への反抗となっているのです。
こういうケースも少なくありません。
あなたは自分ひとりだけが、不幸だと思っているかもしれませんが、「不幸」というのは、
そんなものではありません。
「思うようにならなかった」というのは、不幸とは言いません。
で、もしあなたにその力と、やる気さえあるなら、あなたが感じている不幸など、あっと
いう間に吹き飛ばすことができます。
今からでも、なんら遅くはないのですから、自分のしたいことをすればよい。
子どもを愛せないなら、愛せないで、よいのです。
世の中の10%前後の母親は、みな、そうです。
「あなたはあなた」「私は私」と、割り切って子育てを考えればよいのです。
もちろん(やるべきこと)は、やる。
その「限度のをわきまえている親を」(バートランド・ラッセル)、むしろすばらしい親と
いうのです。
気負わないこと。
あなたはすべてをもっている。
家族も、夫も、子どもも、健康も、若さも……。
いったい、それ以上、あなたは何を望むのですか?
私も日々に、自分の体と脳みそをいたわりながら、まるで薄氷の上を恐る恐る歩くような
人生を歩んでいます。
生徒たちには、「ジジイ」と呼ばれ、夜な夜な思いをはべらすことは、去っていった息子た
ちのことばかり。
朝起きたとき、あのころのあの子どもたちの姿が見え、歓声が聞こえたら、どんなにすば
らしいことだろう……。
あなたはその最中にいるから、その価値にまだ気がついていない!
ぜいたくを言うんじゃ、ない!
あなたも、外の空気を思いっきり吸ってみなさい。
呼吸ができる。
目が見える。
音が聞こえる。
歩ける、走れる、踊れる……。
そのすばらしさを、まず体感しなさい。
あなたは今、こうしてここに生きている。
そのすばらしさを、まず体感しなさい。
そして思う存分、心を解き放つのです。
過去にずるずると、いつまでも引っ張られていたら、損ですよ。
今を原点に前に向かって進むのです。
何だってできるでしょう。
不平、不満があったら、こうした掲示板に、自分の気持ちをたたきつけたらいいのです。
読むくらいのことしかできませんが、私だけは、まちがいなく、読んであげます。
(ほとんどアクセスのない掲示板ですが……。)
同じ仕事でも、いやいやしていれば、その辛苦は、倍加します。
しかし前向きにしていれば、その辛苦は霧散します。
子育てもしかり。
親子関係もしかり。
いいですか、あなたの運命は、受け入れなさい。
それが重病であるとか、あなたが闘うことができないものであるなら、それはあきらめる
しかありませんが、どれも、あなたの「力」で何とかなるものばかりです。
繰り返します。
ぜいたくを言んじゃ、ない!
また不完全燃焼症候群については、多かれ少なかれ、家庭に閉じ込められた妻たちガー・ミ
な、感じているもの。
暇があったら、『マジソン郡の橋』(ウォラー)でも、読んでみたらどうでしょう。
「かさぶたになったような人生」です。
映画でもいいですが、映画のほうは、ラブロマンスになりすぎています。
あなたのような若い方が、過去を引きずって、その鎖の中でもがいているのを知ると、か
わいそうというより、あわれでなりません。
あなたの夫は、そういうあなたに、気づいていますか。
これは自慢話ではありません。
私の嫁は、2人の子どもをかかえながら、日本で言う司法試験に合格し、今月から、イン
ディアナ州立大学のロースクールに通っています。
息子は、グーグル社への入社をあきらめ、現在は、半主夫業をしています。
もっと自由にあなたの人生を組み立てることはできませんか。
夫の協力は不可欠ですが……。
あなたはすばらしい人ですよ。
文面から、それがよくわかります。
活動的で、家族思い。
知的能力も高く、好奇心も旺盛。
健康だし、家族をよくまとめている。
犠牲心も人一倍ある。
そういう自分を信じて、とにかく前に向かって進むしかない。
それが何であるかは、私にもわかりませんが、あなたには、あなたのすべきことがあるよ
うに思います。
母ではなく、妻でもなく、女でもなく、1人の人間として、です。
まず心を解き放つこと。
過去と決別すること。
体は、あとからついてきます(アメリカの格言)。
がんばれ、声援します!
はやし浩司
【はやし浩司より、Mさんへ】(追伸)
ワイフに意見を求めました。
そのワイフが言うには、「Mさんは、がんばっているわ」でした。
学校のことも、家庭のことも、よくやっている、と。
私もそう思います。
不完全燃焼症候群について書いた原稿を添付します。
この問題は、ほとんどの母親に共通する問題かと思っています。
++++++++++++++++++++
子どもの自立
ある母親(埼玉県U市在住のRYさん)から、こんなメールが届いた。
「私には二人の子どもがおります。
一番上の娘が中学二年生、下の男の子が小学校の四年です。
とても優しい子ども達に恵まれ毎日幸せに暮らしています。
私は自分の子どもに、自らの足で立ち、自分の思うままの人生を
自分で考えて歩いてゆける人間に育って欲しい と思っていますが
子どもの自立のために、何かよいアドバイスがあれば、いただけませんか。
いくら頭で考え、子どもの人生や価値観を尊重しようと思っても、
実際問題として、日本の社会は目立つものは排除する社会に思えます。
馬鹿な親ですが、自分の子どもには苦労をさせたくない、
社会に適応し、周りとうまくやって欲しい……と
おろかな望みを抱いてしまいます」
この母親のメールを読んで、最初に感じたことは、「これは子どもの問題ではなく、母親
自身の問題」ということ。その母親自身はまだ気づいていないかもしれないが、母親自身
が、自分の住む世界で、窒息している。
以前、こんな原稿(中日新聞経済済み)を書いた。
++++++++++++++++++++++++
母親がアイドリングするとき
●アイドリングする母親
何かもの足りない。どこか虚しくて、つかみどころがない。日々は平穏で、それなりに
幸せのハズ。が、その実感がない。子育てもわずらわしい。夢や希望はないわけではない
が、その充実感がない……。今、そんな女性がふえている。Hさん(三二歳)もそうだ。
結婚したのは二四歳のとき。どこか不本意な結婚だった。いや、二〇歳のころ、一度だ
け電撃に打たれるような恋をしたが、その男性とは、結局は別れた。そのあとしばらく
して、今の夫と何となく交際を始め、数年後、これまた何となく結婚した。
●マディソン郡の橋
R・ウォラーの『マディソン郡の橋』の冒頭は、こんな文章で始まる。「どこにでもある
田舎道の土ぼこりの中から、道端の一輪の花から、聞こえてくる歌声がある」(村松潔氏訳)
と。主人公のフランチェスカはキンケイドと会い、そこで彼女は突然の恋に落ちる。忘れ
ていた生命の叫びにその身を焦がす。どこまでも激しく、互いに愛しあう。
つまりフランチェスカは、「日に日に無神経になっていく世界で、かさぶただらけの感受
性の殻に閉じこもって」生活をしていたが、キンケイドに会って、一変する。彼女もま
た、「(戦後の)あまり選り好みしてはいられないのを認めざるをえない」という状況の
中で、アメリカ人のリチャードと結婚していた。
●不完全燃焼症候群
心理学的には、不完全燃焼症候群ということか。ちょうど信号待ちで止まった車のよう
な状態をいう。アイドリングばかりしていて、先へ進まない。からまわりばかりする。H
さんはそうした不満を実家の両親にぶつけた。が、「わがまま」と叱られた。夫は夫で、「何
が不満だ」「お前は幸せなハズ」と、相手にしてくれなかった。しかしそれから受けるスト
レスは相当なものだ。
昔、今東光という作家がいた。その今氏をある日、東京築地のがんセンターへ見舞うと、
こんな話をしてくれた。「自分は若いころは修行ばかりしていた。青春時代はそれで終わ
ってしまった。だから今でも、『しまった!』と思って、ベッドからとび起き、女を買い
に行く」と。「女を買う」と言っても、今氏のばあいは、絵のモデルになる女性を求める
ということだった。晩年の今氏は、裸の女性の絵をかいていた。細い線のしなやかなタ
ッチの絵だった。私は今氏の「生」への執着心に驚いたが、心の「かさぶた」というの
は、そういうものか。その人の人生の中で、いつまでも重く、心をふさぐ。
●思い切ってアクセルを踏む
が、こういうアイドリング状態から抜け出た女性も多い。Tさんは、二人の女の子がい
たが、下の子が小学校へ入学すると同時に、手芸の店を出した。Aさんは、夫の医院を手
伝ううち、医療事務の知識を身につけ、やがて医療事務を教える講師になった。またNさ
んは、ヘルパーの資格を取るために勉強を始めた、などなど。
「かさぶただらけの感受性の殻」から抜け出し、道路を走り出した人は多い。だから今、
あなたがアイドリングしているとしても、悲観的になることはない。時の流れは風のよ
うなものだが、止まることもある。しかしそのままということは、ない。子育ても一段
落するときがくる。そのときが新しい出発点。アイドリングをしても、それが終着点と
思うのではなく、そこを原点として前に進む。方法は簡単。
勇気を出して、アクセルを踏む。妻でもなく、母でもなく、女でもなく、一人の人間と
して。それでまた風は吹き始める。人生は動き始める。
++++++++++++++++++++++
【RYさんへ】
それがよいことなのか、悪いことなのかは別にして、アメリカ人の生きザマを見ている
と、実に自由を謳歌しているのがわかります。それだけにきびしい世界を生きていること
になりますが、そういうアメリカ人や、アメリカとくらべると、日本の社会は、まさに「ぬ
るま湯社会」ということになります。
この「ぬるま湯」の中で、人生の入り口で権利を得た人は、たいていそのままずっと、
その権利をなくすことなく保護されます。それがRYさんが、おっしゃる、「日本の社会は
目立つものは排除する社会に思えます」ということではないでしょうか。社会そのものが、
見えない糸で、がんじがらめになっています。
たとえば私の友人のユキコさん(三一歳女性、日系人・アーカンソー州リトルロック在
住)は、今、アメリカで、老人福祉の仕事をしています。日本でいう公務員ですが、こう
言っています。「アメリカでは、公務員といっても、どんどん自分から進んで何かをしてい
かないと、クビになってしまう。また自分で何かアイディアを出したり、新しいことをし
たいというと、上司が、もっとやれと励ましてくれる」と。
本当は、ユキコさんは、もっと過激なことを言っていますが、日本の社会の現状とは、
あまりにもかけ離れているため、ここでは控えめにしました。ユキコさんは、「社会のしく
みそのものが、そうなっている。日本のように、上から言われたことだけをしていれば、
安心という考え方は、通用しない」とも言っていました。
こうした傾向はオーストラリアにもあって、私の友人の多くは、生涯において、何度も
職種そのものを変えています。またそういうことをしても、不利にならないしくみそのも
のが、できあがっています。あのヨーロッパでは、EU全体で、すでに大学の単位は共通
化されていて、どこの大学で学んでも、みな同じという状態になっています。
世界は、どんどん先へ行っている。アメリカだけでも、学校へ行かないで、家庭で学習
している、いわゆるホームスクーラーと呼ばれる子どもは、現在、二〇〇万人を超えたと
推計されています。もっと世界の人は、自分の人生を、子どもの人生を、自由に考えてい
る。あるいは自由という基本の上に置いている。日本人の悪口を言うのもつらいですが、
この程度の自由を、「自由」と思いこんでいる、日本人が、実際、かわいそうに見えます。
RYさん、これはあなたの子どもの問題ではありません。あなた自身の問題です。あな
たが魂を解き放ち、心を解き放ちます。そしてあなた自身が、大空を飛びます。それはち
ょうど、森へやってくる、鳥の親子連れと同じです。子どもの取りは、親鳥の飛び方を見
て、自分の飛び方を覚えます。あなたが飛ばないで、どうして子どもが飛ぶことができる
でしょうか。
「自分の子どもには苦労をさせたくない。社会に適応し、周りとうまくやって欲しい」
ですかあ? しかしそんな人生に、どれほどの意味があるというのでしょうか。私は、一
片の魅力も感じません。しかたないので、そういう人生を、私も送っていますが、しかし
心意気だけは、いつも、そうであってはいけないと思っています。RYさんが言う「社会」
というのは、戦前は、「国」のことでした。「お国のため」が、「社会のため」になり、「お
国で役立つ人間」が、「社会で役立つ人間」になりました。今の中国では、「立派な国民づ
くり」が、中国の教育の合言葉になっています。日本も、中国も、それほど違わないので
はないでしょうか。
今、行政改革、つまりは日本型官僚政治の改革は、ことごとく失敗しています。奈良時
代の昔からつづいた官僚制度ですから、そう簡単には変えることができません。それはわ
かりますが、この硬直した社会制度を変えないかぎり、日本人が、真の自由を手に入れる
ことはないでしょう。今も、子育てをしながら、RYさんのように悩んでいる人は多いは
ずです。小さな世界で、こじんまりと、その日を何とか無事に過ごしている人には、それ
はわからないかもしれませんが、しかしこれからの日本人は、そんなバカではない。「しく
まれた自由」(尾崎豊「卒業」)に、みなが、気づき始めている……。
これは子どもの問題ではないのです。RYさん、あなた自身の問題なのです。ですから
あなたも勇気を出して、一歩、足を前に踏みだしてみてください。何かできることがある
はずです。そしてあなた自身をがんじがらめにしている糸を、一本でもよいから取りのぞ
いてみるのです。
私は母ではない!
私は妻ではない!
私は女ではない!
私は、一人の人間だア!、と。
いいですか、RYさん、母として、妻として、女として、「私」を犠牲にしてはいけませ
んよ。自分を偽ってはいけませんよ。あなたはあなたの生きザマを、自分で追求するので
す。それが結局は、あなた自身の子育て観を変え、あなたの子どもに影響を与えるのです。
そしてそれが、今、あなたが感じている問題を解決するのです。
家庭は、それ自体は、憩いの場であり、心や体を休める場です。しかしそれを守る(?)
女性にとっては、兵役の兵舎そのもの※。自分の可能性や、夢や希望、そういうものをこ
とごとく押しつぶされ、家庭に閉じ込められる女性たちのストレスは、相当なものです。(も
ちろん、そうでない女性も、約二五%はいますが……。)仕事をもっている男性には、まだ
自由は、ありますが、女性には、それがない。
だから家庭に入った女性たちほど、自由を求める権利があるのです。その中の一人が、
RYさん、あなたということになります。
私たちは、ともすれば、自分の隠された欲求不満に気づかず、そのはけ口を子どもに求
めようとします。子どもを代理にして、自分の果たせなかった夢や希望を、子どもに果た
させようとするわけです。しかしそんなことをしても、何ら解決しないばかりか、不完全
燃焼の人生は、不完全燃焼のまま終わってしまいます。
子どもにしても、それは負担になるだけ。あるいは子どもがあなたの期待に答えれば、
それでよし。しかしそうでなければ、(その可能性のほうが大きいのですが……)、かえ
ってストレスがたまるだけです。あるいはそれがわかるころになると、あなたも歳をと
り、もうやり返しのできない状態になっているかもしれません。
だから私は、「これはRYさん、あなた自身の問題だ」と言うのです。さあ、あなたも勇
気を出して、その見本を、子どもに見せてやってください。
「私は、自らの足で立ち、自分の思うままの人生を自分で考えて歩いているのよ。あん
たたちも、私に見習いなさい!」とです。それは、とっても、気持ちのよい世界ですよ。
約束します。
(030625)
※「男は軍隊、女は家庭という、拘禁された環境の中で、虐待、そして心的外傷を経験す
る」(J・ハーマン)。
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●7月12日(July 12, 2008)
愚劣な『ダカラ論』
●キャリアを中断する女性たち
大半の女性は、結婚と同時に、それまでのキャリアを失う。
ただし、失うことにみな、抵抗しているというわけではない。
公式の調査によっても、約30%弱の女性は、「それでよし」としている。
「家庭に入って、夫の帰りをまちながら、夕食の支度をする」と。
が、そうでない女性は、そうでない。
キャリアどころか、せっかく始めた仕事にしても、夫の転勤とともに、そこで中断される。
私が今まで出会った女性(母親)の中にも、こんな人がいた。
東京の玩具メーカーで、デザイナーをしていた人。
卓球の世界では、国体で優勝するほどの力をもっていた人。
自動車会社のモデルとして働いていた人。
大学院を出て、研究生活を始める一歩手前までいっていた人、などなど。
こうして多くの人材が、家庭という「監獄」(イギリスの格言)に入ることによって、失わ
れていく。
が、それから受けるストレスには、相当なものがある。
ときに、その後の夫婦関係、親子関係をゆがめる原因になることもある。
「夫や家族のために犠牲になった」という思いが、ずっと心をふさぐ。
●子育てに幻想は禁物
一方、子育てに過大な期待をもつのは、正しくない。
正しくないことは、(親に育てられたことがある人)なら、だれにもわかるはず。
たとえば、この私にしても、親に育てられたことがある。
とくに私の母親は、ことあるごとに、私に向かって、「産んでやった」「育ててやった」「大
学まで出してやった」と言った。
それこそ耳にタコができるほど、そういう言葉を聞かされて育った。
私の母親は、それだけ私に何かを期待していたのだろう。
それはわかる。
しかし私の親が願うほど、私が親に感謝しているかとなると、それはない。
むしろ事実は逆で、私はごく最近まで、その言葉に苦しめられた。
今でも、心ない人たちは、「それでも、お前の親だろ」とか、「どんな親でも、親はおやだ」
と、私を責める。
中には、森進一が歌う『♪おふくろさん』のようなすばらしい母親をもっている人もいる
だろう。
しかしそういう母親は、少ない。
少なくとも私は、「♪世の傘になれよ」と子どもに諭した母親を知らない。
多くの母親たちは、(そして父たちも)、子育てに幻想をもっている。
「これだけのことをしてあげたのだから、私の子は、私に感謝しているはず」とか、「私と
子どものとの間の絆は、絶対的」と。
しかしそれが幻想であることは、実は、ここにも書いたように、あなた自身が、いちばん
よく知っていること。
そこであのバートランド・ラッセル(イギリスの哲学者、ノーベル文学賞受賞者)は、こ
う書き残している。
『子どもを尊敬し、子どもから尊敬され、必要なことはするけれども、決して限度を超え
ないことを知っている両親のみが、真の家族の喜びを与えられる』と。
●ほどよい親に心がける
親は親としての義務がある。
その義務を果たすのは、それは当然である。
しかし子どものために、自分の人生(=命)まで犠牲にしてはいけない。
一見それは子どものためのように見えるかもしれないが、自分のために犠牲になっている
親の姿を見て喜ぶ子どもはいない。
私もあるとき、私の母親にこう思ったことがある。
「母さんは、母さんで、自分の人生を生きてほしい」と。
話はずっと具体的になるが、そのほうが子どものためにもよい。
子どもというのは、生き生きと前向きに生きている親を見ながら、成長する。
またそのほうが、子どもに安心感を与える。
さらに皮肉なことに、「親孝行なんか、考えなくていい」と言われて育った子どもほど、親
思いの子どもになる。
私も今のワイフと生活を始めるようになってから、収入の約半額を、実家に仕送りした。
それ自体は、無駄ではなかった。
そのたびに、それがつぎにがんばる、原動力となった。
が、金銭的な負担感よりも、精神的な負担感のほうが、大きかった。
毎月、毎年、(ときには、毎日が)、その負担感との闘いだった。
心理学でいうところの「幻惑」との闘いということになる。
(家族である)という重圧感には、相当なものがある。
私はいつしか、「いつになったら、この重圧感から解放されるのか」と思うようになった。
だから、親類に、「お前は親孝行な息子だ」とほめられたり、母に、「ワッチは、お前のよ
うな親孝行の息子をもって幸せだ」と言われるたびに、実家を爆弾か何かで破壊したい衝
動にかられた。
ともかくも、家族は家族だが、過大な期待をもたないこと。
幻想は、さらにもたないこと。
●人間の刷り込み
あなたは子どもをもうけたかもしれないが、親子といっても、つきつめれば、他人の始ま
り。
親子と、ほかの人間関係のちがうところは、脳の奥深くまで、(刷り込み)がなされている
点だけである。
最近の研究によれば、人間も、鳥類のように、(刷り込み)がなされることがわかってきて
いる。
その(刷り込み)をもって、「親子の縁は特別」などと、思ってはいけない。
さらに言えば、こういう事実もある。
子どもについての話だが、子どもを愛している親は、多い。
しかし親を、愛の対象と考えている子どもはいない。
依存性はあるかもしれないが、それは愛とは、まったく異質のものである。
たとえとしては、あまりよくない話かもしれないが、私の調査によっても、祖父母が死ん
だとき、涙をこぼした子どもは、ゼロだった。
(反対に、孫が不慮の事故か何かで死ねば、祖父母は狂ったように泣くだろうが……。)
最近、私の掲示板に、こう書いてきた女性もいる。
「あんな父親、早く死んでしまえばいい」と。
親絶対教の信者の人にすれば、とんでもない考えというこになるが、しかしそういう女性
を、だれが、石もて、打てるだろうか?
言い換えると、親子であるがゆえに、一度その関係が破壊されると、他人以上の他人の関
係になる。
話がどんどんと脱線してしまった。
いつものことだが、これには理由がある。
私は今、この原稿を、私のミニ・パソコンを使って書いている。
そのため文字を大きくした分だけ、前後12行しかひ表示されない。
全体をながめながら、文章を書くということができない。
それで話が、どんどんと脱線してしまう。
●不完全燃焼症候群と闘うために
……ということで、家庭に入った母親の話にもどる。
今まではどうだったかは知らないが、これからは、女性が、家庭に入ってキャリアを失う
時代ではない。
またそうであってはいけない。
またそういう社会を目指さなければならない。
「女だから……」「妻だから……」「母親だから……」という、『ダカラ論』が、いかに愚劣
なものであるか、これでわかってもらえたと思う。
それがなくならないかぎり、多くの母親たちが現在感じている、不完全燃焼症候群の問題
は、解決しない。
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【今朝・あれこれ】(7月11日)
++++++++++++++++++
今度、岐阜県の山中を、7キロも歩くことになった。
そういうツアーに参加することになった。
で、そのためのシューズを、昨日、買ってきた。
今、使っているのは底が薄く、デコボコ道を
長く歩いていると、足が痛くなる。
値段は、私のが3000円弱、ワイフのが4000円弱。
「安い」というより、私は、4000円以上の靴は、
買わないようにしている。
もの持ちが悪いというか、そのほうが気楽に使える。
「これは(値段が)高い靴で……」「あれが安い靴で……」と
考えているだけで、疲れてしまう。
++++++++++++++++++
●雨つづき
このところの雨つづきで、運動不足を強く感ずる。
昨日も1単位しか、運動をしていない。
体がかたいというか、朝起きても、スッキリしない。
パソコンの前に座っても、モヤモヤするだけ。
頭の中の(考え)が、表に出てこない。
どうしたらよいものか?
ニュースを読んでも、「ああそう……」という感じで、
脳の表面を上すべりしてしまう。
「どうでもいいや」「勝手にどうぞ」と思うだけ。
窓の外を見る。
涼しいのはよいのだが、灰色の曇天が、空を覆っている。
「今日は2単位、運動をする」と心に誓うが、
どうなることやら?
●介護問題
介護のし方も、県、あるいは市や町単位で、かなりちがうようだ。
もちろん、個人によってもちがう。
先日、私の知人(男性)が、90歳という年齢でなくなった。
元内科医である。
その知人のばあい、病院付属のケア・センターに入居してからまもなく、
そのまま、亡くなってしまった。
半年もそこにいなかったのでは……?
「食事が食べられなくなった」「やせた」という話を聞いている
うちに、亡くなってしまった。
一方、同じような状態になりながらも、喉(のど)や腹にパイプを
通して、生きながらえている老人もいる。
集中治療室で、完全看護の手厚い介護を受けている。
どうしてこういう(差)が生まれるのだろう?
それよりも、「生きていたい」というその人の(思い)は、
どのように評価されるのだろう?
その年齢になってみなければわからないが、私がそういう状態に
なったら、無理に生きていたいとは思わない。
家族への迷惑を考えるなら、なおさらである。
昨日もワイフと車の中で、こんな会話をした。
ケア・センターにいる母を見舞いに行く途中でのことだった。
「なあ、ぼくが死んでも、息子たちは呼ばなくてもいいよ」と。
ワイフも同じ気持ちでいるらしい。
「そうね、みんな遠いところに住んでいるから、また来られるとき、
ゆっくり来ればいいわよね」と。
が、こういう意見は、少数派らしい。
少し前だが、母の葬儀のし方について、親戚の1人に相談すると、
その人はこう言った。
「浩司君、どんなことがあっても、葬式は、(郷里の)M町ですべきだよ」と。
「すべき」と断言するところが、恐ろしい。
で、それについて、私が、「霊柩車で、何時間もかかりますが……」と
答えると、「親の葬式だろ!」と、一喝されてしまった。
残念ながら、私の母は、若いときから、その親戚の人と同じような
考え方をする女性である。
今は、頭の活動もほとんど停止状態にあるが、最後の最後まで、
そういう考え方を改めたという話は、聞いていない。
つまり、「お前たちに世話(=迷惑)をかけたくないから、
質素にやってくれ」と願うようなタイプの女性ではない。
むしろ逆で、若いころから、どこかの葬儀から帰ってくるたびに、私に
こう言った。
「あんなみすぼらしい葬式はなかった」と。
そう言いながら、母は、言外で、そういう葬儀をする家族を、非難した。
さらに言外で、「お前たちは、私の葬式を、きちんとせよ」と迫った。
だから私は、その親戚の人に、何ら反論ができなかった。
母の中に、一本のスジの通った生きざまでもあれば、反論もできたであろうが、
それがない。
ところで、私自身は、新聞の「死亡欄」を見たことがない。
ああいうのは見始めると、やめられなくなる。……と思う。
オーストラリアの新聞にも「死亡欄」というのはあるが、同時に「結婚欄」
というのもある。
ちゃんとバランスを保っている(?)。
私「やっぱり、みんなに迷惑をかけたくないから、ぼくは、静かに死にたい」
ワ「そうね。私もそう思うわ。冠婚葬祭というと、世間体やメンツばかり、
みな、気にするでしょ。ああいうのは、イヤね」と。
私「(お別れ)とか何とか、おおげさに考える必要はないと思う。あとになって、
『ああ、あの林は、死んでいたのか』でも、いいのではないだろうか。本当に、
私の死を悲しんでくれる人たちだけで、葬式は、質素にすませばいい」と。
当人にとっては、(死)は極限問題かもしれない。
しかし周囲の者をそれに巻きこむのは許されない。
古代エジプトや中国では、生きたまま、墓の中に道連れにされた人もいたという。
そこまで極端ではないにせよ、息子たちは、息子たちの現在の生活を、
優先すればよい。
仕事を休んでまで、私の葬式には来てほしくない。……来る必要はない。
無駄なお金を使う必要は、ない。
私「何も、死んだ直後に顔を合わせる必要はない。1か月後でも、あるいは
1年後でもいい。葬式というのは、そういうものだよ」
ワ「そうね……」
私「1年を長いといい、10年を短いという。そんなのは、感覚の問題だよ」
ワ「どうせ、私たちも、あっという間に死ぬのだから……」と。
しかし……。
私たちがそう思うのと、他人の葬儀は、話は別。
私たちが「葬儀なんて、意味がない」と思うのは、私たちの勝手。
だからといって、「他人の葬儀も意味がない」とまでは、思ってはいけない。
この問題だけは、人それぞれ。
その人に合わせて、妥協すべきところは妥協する。
協調すべきところは、協調する。
もっと言えば、相手の立場になって、その相手がよいようにしてやる。
どうせ、ただの「儀式」なのだから(失礼!)、そこはもっと気楽に考えればよい。
介護の話から、葬儀の話になってしまった。
しかし介護の先には、葬儀がある。
いわば葬儀は、介護のしめくくりのようなもの。
勝手なこじつけをしたところで、この話は、おしまい。
みなさん、元気で生きている間が、人生は花ですよ。
さあ、今日もがんばって、その人生を、思う存分、謳歌しようではありませんか!
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●息づまる攻防戦(ウォン防衛)
+++++++++++++++
韓国政府は、自国のウォンを
防衛するため、現在、息づまる
ような攻防戦を繰り広げている。
「爆弾的」(朝鮮N報)と表現
する人もいる。
つまり韓国政府は、まさに「集中
豪雨的な」ドル売り、ウォン買いを
つづけている。
その額、100億ドル!
7月2日、8日、99日の3日間だけでも、
100億ドル(約約1兆700億円)
前後、売ったと推定されている(朝鮮N報)。
しかし効果は一時的。
今週のはじめ、1ドル=990ウォン
程度までウォン高になったが、今日
(7月11日)は、1004ウォンと、
再び、ウォン安に向かっている。
韓国政府は、手持ちの外貨で、「堤防を
築いた」(同紙)ことになるが、今年中
に返さなければならない借金(対外債務)が、
2156億ドルもある。
この額は、外貨準備高として保有している
外貨の、「80%」(同紙)にあたるという。
そういう外貨を、現在、韓国政府は、
湯水のごとく使っている。
が、こうなると、為替差益で利益を得ている、
通称、「ヘッジファンド」の、格好の餌食(えじき)。
韓国政府の攻防ラインがわかれば、ウォンを
買ったり売ったりすることで、莫大な利益を
手にすることができる。
何しろ、韓国政府の保証つき!
……というわけで、目下、韓国政府は、
自国のウォンを防衛するため、現在、息づまる
ような攻防戦を繰り広げている。
注視!
(この原稿は、平成20年7月11日(金)に
書いたものです。)
(補記)
現在の韓国の外貨準備高は、2581億ドル。(=貯金)
今年中に返済しなければならない対外債務は、2156億ドル。(=借金)
原油の高騰で、昨年よりも、500億ドルも、輸入コストの増加が見込まれる。(=負担)
その上、経常収支は、今年(08年)、100億ドルの赤字。(=収入源)
これだけの数字を並べただけでも、現在、韓国がどういう状況にあるか、わかるはず。
加えて現在、外資が猛烈な勢いで、韓国から逃避し始めている。
韓国の株式市場でも、今年に入ってから、すでに20兆ウォン(約2兆円)も、売り越さ
れている。
そこへもってきて、政情不安。
「ローソク・デモ」に見られるように、あの国は、何かが、おかしい。
かんたんに説明すると、こうだ。
あなたには、260万円の貯金がある。
しかし今年中に、220万円の借金を返済しなければならない。
しかし子どもの教育費で、今年は、さらに50万円の負担増。
加えて夫の給料だけでは、赤字。
仕事も減ってきた。
夫婦関係も、おかしい?
あとは、どうなるか?
みなさん、ご想像のとおり!
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 13日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【こどもたちへ】(Songs for Children, written by Hiroshi Hayashi)
●たった一度の人生だから
たった一度しかない人生だから、思う存分、生きてみようよ。
海は広いんだ、空は広いんだ、宇宙は、もっと広いんだ。
だれにも遠慮することは、ない。何も恐れることはない。
心を解き放(はな)とうよ。
海に向かって、空に向かって、宇宙に向かって。
体はあとからついてくる。
でもね、自由に生きるということは、そんなに楽なことではないよ。
「自由」というのはね、もともと「自らに由(よ)る」という意味だよ。
自分で考えて、自分で行動して、そして自分で責任をとるということ。
だから自由でいるということは、とってもきびしいことだよ。
ちっぽけな肩書きや地位に満足してはいけないよ。
名誉や名声を先に求めてはいけないよ。
そんなことをすれば、君の人生は、見苦しくなるだけ。
つまらなくなるだけ。
今やるべきことを、懸命にやろう。
それでいいのさ。
人がどう思うと、そんなこと気にしてはいけない。
君の人生は、どこまでいっても、君のもの。
だれのものでもない。だから思う存分、生きてみようよ。
君を判断するのは、君自身だよ。ほかのだれでもない。君自身だよ。
そういう意味でもね、自由に生きるということは、孤独なことだよ。
勇気がいることだよ。
でもね、結局はそのほうが、自分の人生を生きることになるんだよ。
●成績
成績が悪かった、て?
そう……。いやなもんだね、成績って。
でもね、成績は、あくまでも勉強について、だよ。
君の価値とはまったく関係ないよ。
だから大切なことは、
成績が悪いからといって、
自分の価値まで否定してはいけないということ。
君は君だしね。
まあ、また、やってみようよ。
まだまだ、つぎがあるからね。
めげないでさ。
いちいち気にしていたら、
人生、つまらないよね。
……そう、ぼくなんか、
今、成績つけられたら、
ひどい成績だと思うよ。
老人度……82点
ボケ度……90点
嫌われ度……98点
……なんてね。
笑った?
笑ったら、先へ進もうよ。
そうそう、君は、「宝島」という本を知っているかな。
「ジキル博士とハイド氏」でもいい。
あれを書いた、スティーブンソンという人は、
こう言っているよ。
『我らが目的は、成功することではない。
失敗にめげず、前に進む事だ』とね。
●悩み
悩みにも、二種類あるよ。
どうしようもない悩みと、
何とかなる悩みだよ。
どうしようもない悩みは、
あきらめようよ。しかたないもん、ね。
でもね、何とかなる悩みは、
……むずかしいね。
ぼくにも、わからない。
だってね、ぼくはね、
そういう悩みを、山のように
もっているからね。
ありすぎて、
どうしたらいいか、
わからないでいる。
●810年後
君がいつか、おとなになり、結婚したとするだろ。
そして二人の子どもをもったとするだろ。
そしてその二人の子どもが、
またおとなになって、結婚したとするだろ。
そしてまた二人ずつの子どもをもったとするだろ。
そうすると、ね、27代目には、君の子孫は、
1億3000万人を超えるんだよ。
今の日本の人口とほぼ、同じになるというわけ。
わかるかな。そしてね、一世代を30年で
計算するとね、つまり30かける27で、
810年後には、そうなるんだよ。
たった810年後には、日本中が君の子孫になるというわけ。
すごいことだね。
……こう考えると、「自分だけは」とか、
「自分の子どもだけでも」と考えることが、
いかにつまらないことか、わかるよね。
ときどきは、そういうふうに考えてみてごらん。
世界が、ぐんと広くなるよ。
●正直に言ってみようよ
言いたくないことも、あるさ。
かくしたいことも、あるさ。
だまっていたいことも、あるさ。
ウソをつきたいことも、 あるさ。
知られたくないことも、あるさ。
でもね……。
正直に、言ってみようよ。
勇気がいることだけれど、
思い切って、言ってみようよ。
つらいし、苦しいし、いやかもしれないけれど、
正直に、言ってみようよ。
するすると、ね。
……
ずっと、ずっと、心が軽くなるよ。
●いやだったら……
いやだったら、「いやだ」って、
言えばいいんだよ。
無理することないよ。
でもね、一つだけ、
こんなことに注意してよ。
君の「いや」は、わがままではないか、と。
もし、そうなら、君の「いや」には、
意味がないよ。
その「いや」は、よくないよ。
●なくすもの
おとなになるにつれてね、
なくすものも、あるんだよ。
何だと思う?
それはね、
感動と、純粋な心だよ。
たとえば虹を見たときね、
君は、ワーッて、歓声をあげるよね。
でもね、おとなになると、
そういうふうに感動しなくなるよ。
とってもさみしいことだけれどね。
それにね、
純粋な心もなくなるよ。
とってもさみしいことだけれどね。
でもね、
君たちは、大切にしようね。
いいか、よく「子どもっぽい」と
笑う人がいるだろ。
しかしね、
子どもっぽいということは、
とてもすてきなことなんだよ。
すばらしいことなんだよ。
だから恥ずかしく思うことはなんだよ。
いつまでも、いつまでも、
感動と、純粋な心を大切にしようね。
おとなになるとき、
なくしちゃあ、だめだよ。
ワーズワースという人は、
こんな詩を書いているよ。
子どもは人の父
空に虹を見るとき、
心ははずむ。
私が子どものころもそうだった。
おとなとなった、今もそうだ。
願わくば私は、
歳をとって、死ぬときも、
そうでありたい。
子どもは人の父。
自然の恵みを受けて
それぞれの日々が、
そうであることを、
私は願う。
●君の価値
君の価値は君が一番よく知っている。
だから、ね。だれも認めてくれなくても、
気にしてはだめだよ。
大切なことは、だれも認めてくれなくても、
自分をそまつにしないこと。
ぼくたちは、いつでも、どこでも、
気高(けだか)く生きようよ。
ぼくは世界中で、ただ一人。
君は世界中で、ただ一人。
ぼくは世界中で、最高の人間。
君は世界中で、最高の人間。
これは事実だよ。
●希望
人は、悪いこともするけれど、
努力によって、
神様のような人にもなれる。
それが「希望」だってさ。
みんな天使のような人に
なってしまったら、
この世界、つまらないよね。
いろんな人が
いろんなドラマを展開するから、
この世界、おもしろいんだよ。
聖書の中の説話だけど、
ぼくの好きな説話だよ。
●バカな人
バカな人は、賢い人にかみつくよ。
しかしね、賢い人は、バカな人を
相手にしないよ。無視するよ
それがバカな人と、賢い人の違いだよ。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●教育と政治(Political Apathy itself is to be ashamed.)
++++++++++++++
教育と政治は分離する。
当然のことである。
私も、子どもたち(生徒たち)と
接するときは、政治の話は、
いっさい、しない。
してはならない。
しかし教師であるなら、当然、
政治に関心をもつべきである。
それが教育の場でないなら、
政治の話をして、当然。
意見を述べて、当然。
子どもの未来を考えていくと、
その向こうに(政治)がある。
政治抜きに、子どもの未来を
語ることはできない。
が、この日本には、おかしな
偏見が蔓延している。
高校生あたりに「6か国協議を
どう思う?」と問いかけても、
即座に、「ダサイ!」とはねのけられて
しまう。
あるいは政治的に無関心である
ことが、(常識的な人間の条件?)と
思われている。
しかしこんなバカげた民主主義国家
が、どこにある?
税金の使われ方すら知らない国民が、
どこにいる?
私が10年間に書いた原稿を、
もう一度読んでみてほしい。
++++++++++++++
●無関心な人たち
英語国では、「無関心層(Political Apathy)」というのは、それだけ
で軽蔑の対象になる。非難されることも多い。だから「あなたは無関心な人だ」と言われ
たりすると、その人はそれをたいへん不名誉なことに感じたり、ばあいによっては、それ
に猛烈に反発したりする。
一方、この日本では、政治については、無関心であればあるほど、よい子ども(?)と
いうことになっている。だから政治については、まったくといってよいほど、興味を示さ
ない。関心もない。感覚そのものが、私たちの世代と、違う。
ためしに、今の高校生や大学生に、政治の話をしてみるとよい。ほとんどの子どもは、「セ
イジ……」と言いかけただけで、「ダサ〜イ」とはねのけてしまう。(実際、どの部分が
どのようにダサイのか、私にはよく理解できないが……。「ダサイ」という意味すら、よ
く理解できない。)
●政治に無関心であることを、もっと恥じよう!
●社会に無関心であることを、もっと恥じよう!
●あなたが無関心であればあるほど、そのツケは、つぎの世代にたまる。今のこの日本が、
その結果であるといってもよい。これでは子どもたちに、明るい未来はやってこない。
では、なぜ、日本の子どもたちが、こうまで政治的に無関心になってしまったか、である。
●文部省からの三通の通達
日本の教育の流れを変えたのが、三通の文部省通達である(たった三通!)。文部省が一
九六〇年に出した「文部次官通達」(六月二一日)、「高校指導要領改定」(一〇月一五日)、
それに「初等中等局長通達」(一二月二四日)。
この三通の通達で、中学、高校での生徒による政治活動は、事実上禁止され、生徒会活
動から、政治色は一掃された。さらに生徒会どうしの交流も、官製の交流会をのぞいて、
禁止された。当時は、安保闘争の真っ最中。こうした通達がなされた背景には、それなり
の理由があったが、それから四〇年。日本の学生たちは、完全に、「従順でもの言わぬ民」
に改造された。その結果が、「ダサイ?」ということになる。
しかし政治的活力は、若い人から生まれる。どんな生活であるにせよ、一度その生活に
入ると、どんな人でも保守層に回る。そしてそのまま社会を硬直させる。今の日本が、そ
れである。構造改革(官僚政治の是正)が叫ばれて、もう一〇年以上になるが、結局は、
ほとんど何も改革されていない。このままズルズルと先へ行けばいくほど、問題は大きく
なる。いや、すでに、日本は、現在、にっちもさっちも立ち行かない状態に追い込まれて
いる。あとはいつ爆発し、崩壊するかという状態である。
それはさておき、ここでもわかるように、たった三通の、次官、局長クラスの通達で、
日本の教育の流れが変わってしまったことに注目してほしい。そしてその恐ろしさを、ど
うか理解してほしい。日本の教育は、(日本人の心も)、こういう形で、中央官僚の思うが
ままにあやつられている。
+++++++++++++
もちろん、極右であることも、極左であることも、
望ましいことではない。(否定はしないが……。)
ものごとは、常識を基点にして考える。
あるいは常識の上に常識を重ねながら、考える。
私たちが何よりも警戒しなければならないのは、
「極端化」である。
「先鋭化」ともいう。
とくに政治の世界では、警戒した方がよい。
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●聖火台への着火
++++++++++++++
来月、北京オリンピックが
中国で開催される。
今朝の新聞(中日新聞)に、
それについての記事と、
聖火台への着火方法についての
記事が載っていた。
どうやらUFO型のヘリコプター
を使って、着火するらしい。
(あくまでも予想だが……。)
その記事を見て、では、日本でなら、
どんな方法があるかを考えてみた。
+++++++++++++++
(次々回、東京オリンピックでは……。)
(1)参加国と同じ数だけの、ロボットに、
行進させる。
衣装は、映画『スターウォーズ』に出てきた
ロボットのに、すればよい。
ただし手にもつのは、銃ではなく、各国の
旗。
『スターウォーズ』の行進音楽に合わせて、
行進する。
♪バンバンバン、バババ〜ン、と。
(1)聖火台の前あたりまで来たら、ロボット
たちは二手に分かれて、花道をつくる。
(2)やがて後方から、聖火をもったロボットが、
駆け足で、ヒョコヒョコやてくる。そしてそれが
みなに、あいさつなどをしたあと、聖火台の階段を
のぼり、聖火台に聖火を着火する。
(3)ほかのロボットたち、それを見て、拍手する。
あとは、入ってきたときのように、出口に向かって
行進しながら退場する。
次々回の開催地が東京に決まれば、8年後。
ロボットも、それまでにさらに改良されるに
ちがいない。
「介護ロボット」も実用化されるという。
であるなら、こんな演出はどうだろう。
(4)聖火をもったロボットが、階段の
途中で、こけて、倒れる。そのとき、足を
負傷したかのような様子をしてみせる。それを
見た別のロボット2体が、階段をかけのぼり、
そのロボットを助けながら、頂上までいっしょに
のぼる。
想像するだけでも、楽しい!
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
最前線の子育て論byはやし浩司(2717)
●XPパソコンがおかしい?
+++++++++++++++++
私のXPパソコンが、おかしい。
ときどき、理由もなく(?)、フリーズ
してしまう。
いろいろやってみたが、ダメだった。
それにどこも悪くない?
人間でいえば、不定愁訴。
あるいは自律神経失調症。
そこであちこち、ネット上で検索してみると、
どうやら、原因は、「SP3の導入」に
あることがわかった。
「XP SP3 フリーズ」で検索
してみると、関連項目が、ズラリと
出てきた。
そう言えば、「SP3」をインストール
した直後から、おかしくなった。
しかしここからがたいへん。
「SP2」に戻せばそれでよいという
問題でもなさそうだ。
簡単には、戻らない。
「起動ディスク用のフロッピーを6枚
用意して……」(MS社のHP)とか、
何とかある。
しかしこんなトラブルが出ることがわかって
いるなら、MS社にしても、「SP3」など、
世に出さなければよい。
だれが責任を取ってくれるのだ!、と
叫んだところで、この話は、しばらく
お預け。
またそのうち、夏休みにでもなったら、
作業をしてみよう。
それまで、何とか、だましだまし、
使ってみる。
+++++++++++++++++
現在、XPパソコン(SP2)を
使っている人は、(SP3)の導入には、
くれぐれも、ご注意!
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
●おとなになろうよ、日本政府!
+++++++++++++++++
週刊誌などの情報によると、
今回のサミット(08年7月、北海道・洞爺湖)では、警備費だけでも、
600億円も使われたとか(報道)。
それはしかたないとしても、加えて、何からなにまで、超豪華!
料理にしても、山のようなごちそうが並んだという。
イギリスのフィナンシャル・タイムズ紙は、つぎのように
報じている。
『英紙フィナンシャル・タイムズが8日に報じたところによると、第34回主要国首脳会
議(北海道洞爺湖サミット)初日の7日、各国首脳が味わったメニューは、ホワイトアス
パラガス、世界三大珍味の一つ・トリュフ、毛ガニなどを使った六つの美食コース料理だ
った。この日の夕食会のメニューはさらに豪華で、牛乳を飲ませて育てた子羊のロースト、
和牛冷しゃぶ、大トロなど、8コース・18種の料理が供された。
同紙は「毎年開かれるサミットの中でも、今年のように貧困や気候変動に焦点を合わせ
た各首脳の(掛け声)と、各首脳が会議期間中に享受する(ぜいたくさ)の格差が大きい
ケースはまれだ」と指摘した』(朝鮮N報指摘)と。
いったいいくらの税金が、浪費されたのか?
結局は、こうした醜態をさらけ出すのは、それだけ日本政府に、
ポリシー(=正義)がないことを意味する。
日ごろから、ポリシー(=正義)があれば、こんなバカなことはしない。
つまり日ごろから何もしていないから、(=何も考えていないから)、
こういうバカげたことをしても、何ら疑問に思わない。
朝鮮N報は、「食糧の心配は、口先だけ」と見出しをつけているが、
まったく、同感。
もう20年も前になるだろうか、ある人物が、こう話してくれたのを
覚えている。
その人物のところには、ときどき日本の首相が、お忍びで意見を
求めにくることもあった。
いわく、「あの人たち(=首相を含む、政府高官)は、いったい、
いつ、どこでものを考えているのでしょうね」と。
つまり朝から分刻みのスケジュールに追われ、静かに考える時間
すら、もっていないと。
その結果が、こうしたサミットの(様子)となって、現われてくる。
「豪華であれば、それでよい」というものでもないだろう。
しかし政府ばかり、責めていてはいけない。
総じてみれば、日本人はみな、同じような感覚をもっている。
とくに50代以上〜の人はそうである。
世間体、見栄、メンツを気にする。
外国からの賓客となれば、なおさらだ。
なけなしのサイフをはたいても、見栄を張る。
そういう人は、少なくない
つまり国民の意識の中から、もっと言えば、私たち1人ひとりの意識の
中から、こうした意識を消さないかぎり、こうした愚行はこれからも
つづく。
政府といっても、つまるところ、私たちの(代表)にすぎない。
首相といっても、タダの人ではないか。
大統領といっても、タダの人ではないか。
こういう言い方が悪いというなら、「私たちと、どこもちがわない」と
言いかえてもよい。
「今、世界中の人が食糧不足と価格高騰で苦しんでいます。サミットでは、
そういう人たちの苦しみを分かち合うため、質素な食事をしていただきます」と、
どうして堂々と言えないのか。
その言えないところが、問題。
つまりポリシー(=正義)がない。
で、ほとんど成果がないまま、タダお祭り騒ぎで終わってしまった
今回のサミット。
大規模化するのか、それとも小規模化するのか。
大規模化するなら、国連がある。
小規模化するなら、やがて日本は、はずされる。
日本政府は、どう考えているんだろ?
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist サミット 豪華なサミット
北海道 洞爺湖 第34回 主要国首脳会議 北海道洞爺湖サミット)
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●うれしい便り
ーーーーーーーーーーーーーーー
秋田県にお住まいのGUさんから、
メールが届いた。
先月、子ども(6歳男児)のことで
相談があった。
私が返事を書いたことで、「救われました」と。
たいていの方は、返事を書いても、そのまま。
みなさん、自分の子育てで精一杯。
それがわかるから、私も返事を期待していない。
またたいていの方は、「転載しないでほしい」
と書いてくる。
その事情もよく理解できる。
子育ての問題は、そのまま家庭問題と直結
している。
家庭にとっては、トップシークレット。
中には、「清水の舞台から飛び降りるつもりで、
相談します」と書いてくる人もいる。
「そうだろうな」と思う。
私という見知らぬ相手に、家庭の事情を話すのは、
たいへん勇気がいること。
だから私のほうも、相手の方が話してくれる以上の
ことは聞かない。
しかしときどき、GUさんのような方もいる。
メールの転載は許してもらえなかったが、ていねいな
礼状が届いた。
うれしかった。
またこういう人がいるから、相談に答える私も、
熱くなる。
ありがとうございました、GUさん!
また何かあれば、連絡してください。
(約束)
みなさんからのメールを、ハードディスクの中に残すときは、
かならず、住所、名前、年齢、家族構成、職業などを変えたり、
アルファベットにしています。
万が一、ハードディスクが他人の手に渡っても、みなさんの
プライバシーが外部に漏れるということは、ありません。
(そのため、しばらくしたあとなど、「先日、相談しました、
○○県の△△ですが……、その件で……」というメールをもらうと、
ハタと困ってしまうことがあります。私自身の記憶からも消えてしまって
いるからです。
そういうときは、前回のメールを、そのまま転載してくださると、
うれしいです。
毎日、少ない日でも、3〜4通の相談が届きます。どうか、こちらの
事情も、ご理解ください。
よろしくお願いします。)
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
【今日・あれこれ】7月9日
とうとう買ったぞ、HPのミニパソコン。
MINI−NOTE PC、HP2133!
東京あたりでは、売れきれ続出というが、ここ浜松のNショップには、在庫があった。
値段は、東京での価格と同じ。
即、購入!
メモリーは2GB。VISTA搭載。画面は、8・5インチ。
MSI社の同企画のものは、10インチだが、その分だけ、バッテリーの消耗も早いかも?
(OSにATOMを使っているので、バッテリーのもちがよいという話もあるが・・・。)
HPの身にパソコンには、大小2個のバッテリーが付属しているのが、うれしい。
ただしワードが入っていないので、今は、メモ機能を使って、この文章を書いている。
言うなれば、試運転。
ーーーーーーーーーーーーー
●物欲について
「〜〜がほしい」という欲求を、物欲という。
これは物欲にかぎらないが、「欲望」には、定型がない。
定型はないが、脳内で起こるメカニズムは、同じ。
たとえば「パソコンがほしい」と思うのと、「新しい車がほしい」と
思うのは、同じ。
それもそのはず。
脳の中で放出されるドーパミンに、種類があるわけではない。
「これはパソコン用のドーパミン」「これは車用のドーパミン」と。
(ただしドーパミンを受け止める受容体に、変化が見られるという。
そういうことはある。)
では、どういうときにドーパミンが放出されるかというと、それには「条件づけ」
が必要。
わかりやすい例では、アルコール中毒者がいる。
私自身は、アルコール類は一滴も飲めないから、アルコール中毒者の気持ちは
わからない。
が、ものの本によると、そういう人たちは、酒のにおいをかいだだけで、
ムラムラと酒が飲みたくなるのだそうだ。
酒のテレビコマーシャルを見ただけで、そうなる人もいるという。
これが「条件付け反応」と呼ばれているものである。
このときも、視床下部あたりで指令を受けた脳が、大量のドーパミンを放出する。
それが線条体というところを刺激し、(猛烈な欲望)となって、その人を襲う。
が、そのときもドーパミンに、種類があるわけではない。
「これは酒用のドーパミン」「これはタバコ用のドーパミン」と。
わかりやすく言えば、欲望の形は、みなちがうが、脳の中で起こる反応は同じということ。
言い換えると、「パソコンがほしい」という欲望も、「酒が飲みたい」という欲望も、
形こそちがえ、中身は同じということ。
・・・ここまで話したらワイフがこう聞いた。
「性欲はどうなの?」と。
同じ欲望の中でも、生存、種族保存に関する欲望は、本能に根ざしているだけに、
それだけ強力と考えてよい。
私も、大学生のとき、初体験がすんでから間もなくのころだったと思うが、
道路で、若い女性の太ももを見ただけで歩けなくなってしまったのを覚えている。
たった一度の経験だけで、強力な「条件付け」ができてしまったことになる。
しかし欲望は、欲望。
基本的には、中身は、同じ。
「ちがう」と考えるほうが、おかしい。
そこで問題は、性犯罪。
たまたま今日も、教師によるハレンチ事件が報道されていた。
高校の教師が、生徒と長年にわたって性的関係をつづけていたという。
(ついでながら言うと、こういう事件が発覚するのは、例外中の例外。
氷山の一角の、そのまた一角。
非公式な調査によれば、学校の教師、もしくは部活の指導員と性的関係にある
女子学生(生徒)は多いという。
親からの相談もときどきある。
だからといって、女子学生が被害者とはかぎらない。
今では、女子学生のほうから、教師を誘うケースも少なくない。
もちろんだからといって、教師の行為が正当化されるわけではない。
誤解のないように!)
もちろん性犯罪は、別である。
数年前、手鏡で女性のスカートの中をのぞいていた大学の教授がいた。
日本でも一流の大学の、その大学の現役教授である。
当時は、毎週のようにテレビに出ていて、評論活動をつづけていた。
私たちはそういう事件を知ると、「どうして?」と、つづく言葉を
失ってしまう。
が、その教授が例外というわけではない。
「欲望」という視点で考えるかぎり、「パソコンがほしい」という欲望も、
「スカートの下をのぞきたい」という欲望も、欲望は欲望。
どこも違わない。
少なくとも、脳内での反応は同じ。
強弱のちがいはあるかもしれないが、同じ。
一流大学の、(こういう言い方は好きではないが)、教授職という、知性の
かたまりのような人ですら、そういうことをする。
ただこうした反応のこわいところは、先にも書いたように、「条件づけ」
されやすいということ。
新しいパソコンを見たとき、ムラムラと「ほしい」という欲望がわいてくるのも、
若い女性を見たとき、同じようにムラムラと「スカートの下をのぞいてみたい」
という欲望がわいてくるのも、同じ条件づけ反応ということになる。
私は私で、そういう条件づけができてしまった。
よく覚えているのは、中学2年生のとき、オリベッティ社のタイプライター」を
買ってもらったこと。
私はあのときの感動を今でも忘れない。
つまりそれが、今の(パソコン)につながった(?)。
もちろんだからといって、性犯罪者を擁護するつもりは、みじんもない。
ただ欲望が本来的にもつ性質上、それを理性の力でコントロールするのは、
たいへんむずかしいということ。
そのことは、アルコール中毒患者や、喫煙者を見ればわかる。
性犯罪者が犯罪を繰り返す理由は、そんなところにある。
言い換えると、話はずっと教育的になるが、「子どもの条件づけ」には、
注意したほうがよいということ。
一度、脳の中で条件づけ反応ができてしまうと、それがよい条件づけであれば
問題はないが、そうでなければ、問題となりやすい。
分厚い本を見ただけで、ゾクゾクとした感動を覚えれば、すばらしい。
(私も、分厚いマニュアルを手にしただけで、ゾクゾクするので、その気持ちは
よく理解できる。)
ただし私には、ロリコン趣味はない。
マゾ的趣味も、サド的趣味もない。
下着趣味もない。
ないことについては、私のワイフが証人である。
先日もその話になったとき、ワイフもこう言った。
「あなたには、(そういう趣味は)ないわねえ」と。
「正常なスケベ」という言い方が適切かどうかは知らないが、私は自分では
正常なスケベだと思っている。
私にとって、女性が一番美しく見えるのは、30〜35歳前後。
ただ私は若いころから、風呂上りの女性に弱い。
女性の肌に、石鹸のにおいをかいだだけで、今でもムラムラと感じてしまう。
(しかし私のばあい、どこでそのような条件づけができてしまったのだろう・・・?
ひょっとしたら、銭湯の中ではないか。
学生のころ銭湯へ行くたびに、女湯が気になってしかたなかった。
一度でよいから、番台に座ってみたかった。
ときどき番台のほうから裸の女性を見たことがある。
あのときの感動が、条件づけにつながった。
たぶん?)
話が脱線したが、「欲望」というものがどういうものであるか、それを説明してみた。
そして話をぐんと戻すが、結局は「物欲」も、その中のひとつにすぎないということ。
繰り返すが、脳の中で起きている反応は同じ。
区別するほうが、おかしい。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
・・・ということで、試運転はおしまい。
最近書いた原稿の焼き直し版ということになってしまったが、許してほしい。
で、このパソコンの使い勝手だが、よくても悪くても、しばらくはこれを
使うしかないので、あえて評価はしない。
使いにくいところもあるが、しばらく使っていれば、そのうち慣れるだろう。
これは私が説く運命論に似ている。
そこに「運命」があるなら、それは、受け入れるしかない。
それが運命なら、不平、不満を並べても、しかたない。
そんなことをすれば、かえって自分ガー・ミじめになるだけ。
それと同じ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(補記)
ところで先ほど、無料ソフトの、「Star Suit 8」というのを、
無事インストールした。
Ms社のワード(Office)は、買えば、OM版でも、2万円前後もする。
それと同等のソフトが、こうして無料で使えるところが、うれしい。
Google社さん、ありがとう!
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●アルツハイマー病(Alzheimer's disease, as to the case of Mrs. K)
++++++++++++++++
私の近くに、アルツハイマー病では
ないかと思われている人(女性、65歳
くらい)がいる。
名前を、Kさんとしておく。
たびたびその人については、原稿を
書いてきた。
少し前には、一貫性のなさ、連続性の
なさについて書いた。
一貫性のなさというには、会うたびに、
受ける印象が、コロコロと変化することを
いう。
妙に寛大な人だなと思っていると、
つぎに会ったときには、その寛大さが
消えているなど。
時に別人のように事務的で、冷たく
感ずることがある。
こんなことがあった。
「私は、ひとり住まいの老人の家庭訪問
をしています」と、Kさんは言った。
穏やかで、やさしい言い方だった。
ときどきそういう老人を見舞って、様子を
見たり、ときには、使い走りもするという。
私はその女性に、たいへん感動した。
が、つぎに会うと、今度は、こんなことを
言った。
何でもKさんの隣に、今年85歳になる
老人(女性)が住んでいるという。
その女性が、このところ認知症か何かに
なって、少し様子がおかしいという。
その85歳になる女性について、Kさんは、
あれこれ悪口を言い始めた。
「風に乗って、老臭が、伝わってくる」
「窓をあけて掃除するから、ホコリが、
風に乗って、うちの洗濯物に付着してしまう」
「車で近くの店まで連れていってやったが、
車のシートを、小便で汚された」などなど。
そんな話を、立ち話だったが、ワイフに、
1時間あまりも、話す。
話すというより、グチの連続。
(1時間だぞ!)
そこで私が、ワイフに、「どうして1時間も?」
と聞くと、ワイフは、こう話してくれた。
「こまかいことを、一方的に話すからよ」と。
私「Kさんって、あのKさんだろ?」
ワ「そうよ」
私「……信じられない?」
ワ「そう。私も、いい人だと思っていた」と。
しかし事件が重なった。
町内で集めた町会費を、紛失してしまった。
これについては、以前、書いた。
が、夫がそれを指摘すると、パニック状態に
なってしまったという。
ワーワーというより、ギャーギャーと泣き叫ぶ
といったふうだった。
その場にいあわせた知人は、そう言った。
こうした一貫性のなさに併せて、連続性の
なさがある。
たとえば電話で、近所の人たちの苦情を
伝えてくる。
「Bさんがね……」「Bさんがね……」と。
いつものように長々と、1時間あまりも
それを話す。
が、1週間後にまた電話があると、そのことは、
ケロリと忘れている。
ワイフが、「Bさんの、あの話はどうなり
ましたか?」と聞いても、反応がないという。
で、ワイフが、「ほら、近所のBさんの話です」
と促しても、「ああ、Bさん……?」と。
そしてあの事件が起きた。
これについては以前にも書いたが、こういう
ことだ。
Kさんから、ある夜電話がかかってきた。
ワイフに、今度、X町にある、バラ園へいっしょに
行かないかという、誘いの電話だった。
ワイフは、その場で、「X町のバラ園」とメモを
した。
で、電話の終わりごろになって、ワイフが、
「X町のバラ園ですね」と復唱すると、突然、
Kさんが、パニック状態になってしまった。
「私、X町だなんて、言っていません。
X町は、私の実家のある町です。バラ園は
Y町です!」と。
ワ「でも、先ほど、X町と言われましたよ」
K「言っていません。あなたもいやな人ね。
X町とY町を、私がまちがえるはずはありません」
ワ「……でも、私、ちゃんとメモしましたが……」
K「林さん、どうしてそういうウソをつくのです
かア!」と。
電話口の向こうで、ギャーギャーと泣き叫ぶ
声が、私にも聞こえた。
結局、バラ園へいっしょに行くという話は、
そのまま流れてしまった。
私「おそらく、Kさんの夫は、奥さんの異変に
すでに気がついていると思うよ」
ワ「そうね……」
私「当人がアルツハイマー病になるのは、しかた
ないとしても、その過程で、周囲の人たちが、
えらい迷惑をする。それも大きな問題だね」
ワ「そうね。初期のころは、当人ももちろん、
周囲の人たちも、それを隠そうとするから……」
私「まさか、『うちのワイフは、アルツハイマー病
です』と、宣言するというわけにもいかないしね」
ワ「ひょっとしたら、治るかもしれない……。
アルツハイマー病ではないかもしれないという
迷いもある。そんな思いがあると、なかなか人には、
言えないわね」と。
アルツハイマー病にかぎらない。
老人になるのはしかたないとしても、認知症になると、
周囲の人たちは、大きな迷惑をこうむる。
私の知っている人は、裏の住人に、毎晩のように
石を投げられたという。
夜中になると、カラカラと、石が瓦屋根をころがる
音がしたという。
あとでその裏の住人が、何かの認知症になっていたこと
がわかったという。
しかしそれがわからない間は、そうでない。
つまり、石を投げられた人は、毎晩、眠られぬ
夜を過ごした。
……こうした病気は、否応なしに、周囲の
人たちを、巻きこんでいく。
そういう視点からも、こうした病気について
考える必要はあるのではないか。
Kさんのことを思い浮かべながら、今、
私は、そんなことを考えた。
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●韓国経済、最前線(Japan-South Korea Econimic War in Front-Line)
South Korea is now on the cliff of crisis, whose economic dondition has been much worse
and worse.
+++++++++++++++++
韓国の経済状況が、ますます悪化している。
ここまで現実味を帯びてくると、
「国家破綻」という言葉を使うことすら、
気が引ける。
が、私たち日本人の心は、複雑……。
韓国は、つい去年まで、「最悪の
反日国家」と目されていた。
たとえば世界でも最大級の揚陸艦を
建造した。
その名もズバリ、「独島」。
「竹島」の別名である。
ノ大統領から、イ大統領に変わった。
イ大統領は、一応、親日派という
ことになっている。
しかし「?」。
私たち日本人の国民感情としては、
「わかりました」「では私たちも嫌韓感情を
捨てます」というわけにはいかない。
韓国の人たちがもつ反日感情に、
ぞっとした人も多いはず。
だから、私たち日本人の心は、複雑……。
+++++++++++++++++
●破綻は時間の問題
誤解があるといけないから、韓国政府が発表した数字のみを使って、韓国経済の内情をさ
ぐってみたい。
+++++++++++++以下、朝鮮N報より++++++++++++++++
●10ぶりの高さとなった、物価上昇率。
●11年ぶりの経常赤字。
●非経済活動人口(失業者を含む)は、1532万人(08年、1〜5月)。
●08年6月の消費者物価は、前年度に比較して、5・5%上昇。
●08年5月の輸入物価上昇率は、44・6%。この数字は、98年12月(49%)以
来、28年ぶりの高さ。
●農林水産物の輸入物価は、44・8の上昇。
●一般家庭における家計負債は、過去最高の640兆ウォン(約65兆円)。
●企業投資は、過去7年間で、最悪。08年5月期で、前年度比で、2・5%減少。
●国民総所得(GNI)は、1〜3月期は、0・2%にとどまった。今年の所得指数は、
マイナスに転ずると予想されている(LG研究所)。
+++++++++++++以上、朝鮮N報より++++++++++++++++
この数字の中で、とくに注目すべきは、「一般家庭における家計負債は、過去最高の640
兆ウォン(約65兆円)」という部分。
日本のバブル経済がはじけたときには、銀行が多額の不良債権(=負債)をかかえた。韓
国では、個人が、多額の不良債権をかかえている。その額、約65兆円。日本の人口は、
韓国の人口の約3倍だから、日本の経済規模に換算すると、65x3=195兆円となる。
もうメチャメチャな数字である。
こうした現状の中で、庶民生活にも、大きな影響が出始めている。
朝鮮N報の記事を、そのまま抜粋させてもらう。
+++++++++++++以上下、朝鮮N報より++++++++++++++++
7月4日午後、ソウル広津区江辺テクノマート3階の大型家電売り場を訪れたが、買い物
客は数えるほどで閑散としていた。入居テナントの従業員(38)は「最近は大型家電を
求める客がほとんどおらず、開店休業状態だ」と顔を曇らせた。テクノマート関係者は「消
費心理の冷え込みが深刻で、10か月無利子ローンなど破格のキャンペーンを延長してい
る」と話した。家電量販大手のハイマートも「6月のエアコン販売は前年同期に比べ、3
0%前後落ち込んだ」とため息をついた。
韓国経済を下支えしてきた電子、自動車など主力産業まで成長が止まり、後退の兆しを
見せている。内需はもちろん、輸出も揺らいでいる。
+++++++++++++以上、朝鮮N報より++++++++++++++++
さらに暗いニュースがつづく。
+++++++++++++以下、朝鮮N報より++++++++++++++++
韓国を代表する企業であるサムスン電子の生活家電は、国内向け販売が1990年代末の
アジア通貨危機以来、はじめて減少に転じている。同社役員は「6月中旬から洗濯機、エ
アコンなど生活家電の国内向け販売量が、前年に比べ20%急減した。7〜9月期も好転
の兆しはなく、販売減に備えた対策を準備している」と話した。
内需だけではなく家電製品の主要輸出先である米国の状況も思わしくない。サブプライ
ム問題の波紋と原油高で消費が急速に落ち込み、米国での洗濯機販売量は昨年の980万
台から、今年は950万台へと減少する見通しだ。韓国企業の輸出にも、相当の打撃が避
けられない見通しだ。
(中略)
特に昨年の韓国の自動車輸出で24・6%を占めた主力市場の米国の不振は、底が見え
ない。米自動車市場は2000年に過去最高の1740万台の販売を記録して以降、06
年までは1700万台以上を維持してきたが、今年上期は741万4000台にとどまり、
前年上期(824万8694台)に比べ、10・1%減少した。
(中略)
自動車の国内販売台数も3月をピークに減少に転じた。3月の国内販売台数は11万2
855台だったが、6月は10万6267台に落ち込んだ。
+++++++++++++以上、朝鮮N報より++++++++++++++++
不景気といえば、この日本も、不景気。しかしそれ以上に恐ろしいのが、今、韓国で起り
つつある、「外資の逃避」。経済指標を並べてみる。
●(08年)6月9日から、20日間連続で、証券先物取引所では、売り越しがつづいて
いる。その額、6兆2000億ウォン(約6340億円)。
●韓国株式市場でも、外国人による売り越しが、今年のはじめからだけでも、21億ウォ
ン(約2億1460万円)に達している。
わかりやすく言えば、外国が、韓国を見放し始めているということ。そのため、韓国銀行
がいくら金利(=外資を呼び込むためのエサ)を高くしても、ウォン売りの勢いは止まら
ない。
そこで、再び、「個人負債」。
韓国では、今、貸し金業者が、猛烈な勢いでふえているという。が、驚いていけないのは、
その日本でいう、利息制限法による、法定最高利率。それが、何と、49%! (49%
だぞ!)日本のばあい、「基本的には、元本が10万円未満の場合は年20%、10万以上
100万未満の場合は年18%、100万以上の場合は年15%、延滞の損害金は、この
1・46倍までが認められる」(ウィキペディア百科事典)。
が、貸金業者による実際の平均利率は、72%という(韓国金融監督院)。もちろんヤミ金
融では、上限がない。現在の49%にさげられるまで、韓国では、100%〜200%と
いうのが、常識だった。
(それでも人々は、金を借り、株式投資に走ったが……。)
わかりやすく言えば、元手として1000万円あれば、それを貸し付けることによって、
年、約500万円の利息を手にすることができる。一家がじゅうぶん、生活できる利息で
ある。そのため、韓国では、「猛烈勢いで、貸し金業者がふえている」(朝鮮N報)。その数、
何と、「ソウル市だけで、6373社」(同)。
『消費者金融市場が爆発的に拡大している。長引く不景気により信用が悪化し、銀行から
資金を調達できなくなってしまった人が増えたことで、これら不良債務者をターゲットと
した貸付業者が雨後のたけのこのごとく増えているのだ。
年俸1億ウォン(約1000万円)以上の証券アナリストが貸付業者の「社長」に変身
するかと思えば、留学経験のあるエリートまでが開業に関心を示す。銀行や保険会社もブ
ランドイメージの低下を懸念しつつ、貸付専門の子会社を設立している』(同)と。
+++++++++++++
ここまで読めば、ぞっとしない人は、いないはず。しかも、韓国政府の発表する経済指標
は、インチキだらけ。たとえば日本の日銀にあたる韓国銀行ですら、借金に借金を重ねて
いる。「通貨安定証券」というのが、それ。あるいは短期外債(=借金)まで、韓国では、
資本収支の中では、「投資」と位置づけている、などなど。
が、問題は、この日本。
韓国の経済構造は、加工貿易。韓国の主力輸出製品である携帯電話にしても、その主要部
品のほとんどは、日本から輸入している。つまり輸出がふえればふえるほど、その分だけ、
対日貿易赤字がふくらむことになる。
言いかえると、韓国経済がコケるようなことにでもなれば、日本の韓国向け輸出業者は、
手痛い被害をこうむることになる。とくに機械産業など。へたをすれば、連鎖倒産という
ことにもなりかねない。
……ということで、日系の銀行各社は、韓国向けの融資をしぶり始めている。(当然である。)
が、これが悪循環となって、さらに韓国から外資が逃げる。さらにウォン安が進む。
私の印象では、どうやら韓国政府は、1ドル=1500ウォンを死守ラインと設定してい
るようである。私のような素人にもそれがわかるところが、恐ろしい。というのも、それ
がわかれば、あとは、外人投資家たちの思うがまま。わかりやすく言えば、(餌食=エジキ)。
1ドルが1400ウォン近くになれば、ウォンを売り、1ドルが1500ウォンを超えそ
うになったら、ウォンを買う。何といっても、韓国政府の保証つき! あとはこれをこま
めに繰りかえしていれば、まちがいなく、億万長者! が、そのたびに、韓国経済は、や
せ細っていく……。
今でも、韓国の大統領が、ノ大統領なら、私はまちがいなく、こう言うだろう。「思い知っ
たか、ノ大統領!」と。しかし今の私の心は、揺れ動く。かつて日本の小泉首相は、こう
言った。
「後悔するのは、韓国のほうだ」と。
それに呼応するかのように、その直後から、日本から台湾への直接投資が、豪雨のように
始まった。台湾に、日本の代理戦争をさせるために、である。韓国と台湾の経済構造は、
たいへんよく似ている。
その(結果)が「今」とみるなら、韓国の心配をするのも、おかしい。しかしこの(流れ)
は、もう変わらない。今すぐ、変えることもできない。ただここで言えることは、現在、
韓国にモノを輸出している企業は、厳戒態勢に入ったほうがよいということ。いつ何時、
売掛金がパーになるか、わからない。くれぐれも、ご注意!
(この原稿は、08年7月8日、早朝に書いたものです。)
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●今日(7月X日)のこと
++++++++++++++++++++
今日、言葉クラブで、パソコンを使って、
ワープロの使い方を練習させてみた。
7人に子どもたちに、1台ずつ、パソコンを
貸し与えた。
が、指導をはじめてすぐ、事故、発生!
M君が、ひとつ離れた別の子が使っている
パソコンのキーボードを指でひっかけた。
ふざけて、ガリガリとやった。
T社のダイナブック。
キーが2つ、はじけて、飛んだ。
デスクトップ用のキーボードは、キーが
はずれても、そのまま押し込めば、もとにもどる。
しかしノートパソコンのキーは、作りがちがう。
ヒンジの部分が、もとから折れて、はじけた!
で、私が「ア〜ア」と、嘆き声をあげていると、
別の子どもが、それをまねして、同じように
キーボードをこすった。
とたん、またキーがはじけた。
まさに『猫に小判』。(ゴメン!)
パソコンの価値がまるでわかっていない。
使い方も、まるでわかっていない。
ダイナブックは、古いパソコンだが、現役で使っている。
「ア〜ア」と、また嘆き声。
しかしこうした事故は、子どもの世界では、
日常茶飯事。
昨日も、購入したばかりの鉛筆削りに、小さな
コンパスをつっこんで、壊してしまった子ども(小2)がいた。
ネジ穴が三角形になっていて、修理不能。
ふつうのドライバーでは、開けることもできない。
しかたないので、細い千枚刺しで、中の鉛筆を粉々に割って出した。
その少し前には、椅子に、鉛筆の先で、プツプツと
穴をあけてしまった子どももいた。
椅子は、ビニールシートで覆われている。
それに鉛筆で穴をあけると、プチプチと音がする。
その音を、私の目を盗んで、楽しんでいたらしい。
・・・こういう事故が起こるたびに、
「責任を取ってもらう」とか、「弁償してもらう」
とか、一応、叱ることにしている。
が、いまだかって、責任を取ってもらったことはない。
教室内での事故は、私の責任。
子どもが何をしても、それは私の責任ということになる。
「私の指導のし方が、不十分だったのだ」と。
要するに、『許して、忘れる』。
それしかない。
で、パソコンのレッスンは、1回で、おしまい。
こりごり。
レッスンのあと、そのまま片づけた。
++++++++++++++++++++
●騒々しい朝
我が家の朝は、リスの鳴き声で始まる。
まだ夜も明けやらぬ早朝から、カン、カン……と鳴く。
つづいてカラス、ハト、ヒヨドリ、スズメたち。
ほかに名前のわからない鳥。
ピヨピヨよ、せわしく鳴く。
最近は、トンビまでやってくるようになった。
ピーヒョロロ、と。
●新型パソコン
ほぼ1年に1台は、パソコンを取り替えている。
今は、VISTA・Ultimateマシン。
調子は悪くないが、どこか物足りない。
この世界は、半年ごとに、どんどんと進化していく。
OSは、VISTAでよいとしても、CPUは、
今では、ダブル・コア・デュオが常識。(欲しい!)
メモリーも4GBの時代。
加えて、チップセットも、インテルから「EXPRESS―35」
が発売された。(欲しい!)
さらにグラフィック・ボード。
私はゲーマーではないが、しかしグラフィック・ボードが
高性能だと、たしかにパソコンの動きは、速くなる。
「ボケ防止のためには、必需品だよ」と言うと、
ワイフは、すんなりと同意してくれた。
……というわけで、最近は、M社のHPを毎日のように
ながめている。
●夏前肥満
私は毎年、決まって夏の前に太る。
適正体重は、63キロ前後だが、それがこの時期になると、
68キロになることもある。
そこであわててダイエット。
これも毎年の恒例になっている。
で、私のばあい、食事を減らすと、数日後には、1〜2キロ、減る。
さらに1週間後には、3キロ前後まで、減る。
が、ここからが苦しい。
65キロ前後が、ひとつの壁になっている。
この65キロの壁を破ることが、なかなか、できない。
どうしてだろう?
……ということで、今日も、苦しい戦いが始まる。
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●週刊B春(2)
(My personal review on Shu−kan Bunsyu (July
1oth Editon), one of the leading Japanese weekl
y magazine.)
+++++++++++++++
出版業界は、目下、真冬状態。
出版社の倒産、書店に閉店、それに
読者離れがつづいている。
こんなことは、もう15年近くも
前から言われていたことだが、この
ところテレビ業界も、雲行きが
あやしくなってきた。
インターネットの登場で、広告収入の
激減。制作費の削減。質の低下。
その悪循環の中で、今では、視聴率が
20%を超えるテレビ番組は、めったに
ないという。
新聞業界も、10年以上も前から、
下降につづく、下降。
……という視点で、もう一度、「週刊
B春(7月10日号)を読み直してみる。
+++++++++++++++
●週刊誌のバラエティ化
週刊B春を一読してまず気がついたこと。週刊誌までもが、バラエティ化している。個
人名の入ったコラムだけでも、15編前後。「あれもあり、これもあり」といった感じ。
ほかに制作費を節約するためか、対談形式の記事が、2編。週刊B春が独自の取材をし
て、記事として書いているのは、「地に堕ちた偽装列島」と、「短期集中連載」と銘打っ
た「日本の飢餓」の、2編だけ。(荒っぽい数え方で、まちがっているかもしれない。)
「父を、恋人の母を惨殺する、恐るべき十代」という記事は、かなり期待はずれ。ひと
ころ昔の低俗週刊誌の記事そのもの。つっこみが甘いというか、事件の表面だけを、さ
っと手でこすっただけの内容。何の参考にもならなかった。
で、あちこちを気が向くまま拾い読みしてみたが、どこか思考が、バラバラになってい
くのを感じた。これは多分に私の脳みその老化によるものかもしれない。(脳梗塞になっ
た、オシム)→(名物の産地を追え)→(日本の飢餓)→(退職金を守る、7つの鉄則)
→……と。若いときのように、脳みその切り替えをするだけで、たいへん。それだけで
疲れてしまう。
コラムは、1作を読んで、おしまい。TK氏の書いた、「国際紛争になってもおかしくな
い」(P75)だけ。しかし読むに耐えないというか、ただの痴話話。一部を紹介しよう。
●矛盾だらけのコラム
『……妻はロクに英語はできないが、腹を立てると英語が話せるから不思議である。わ
たしと妻がイギリスに滞在していたときもそうだった。サイレントピアノを借りに行き、
ピアノの電源アダプターが「ジー」と雑音を立てるのに気づいた。店員は「どれもこう
いう音がするんです」と説明した。わたしが仕方がないかと思っていると、妻が突然、「ノ
ー!!」と叫び、「チェンジ、チェンジ!」と流暢な英語で怒鳴った。
大声を上げる妻に恐れをなした店員は、新しいものを取り寄せると約束し、数日後、雑
音のないサイレントピアノが届いた。
(中略)
妻と友人のイギリス旅行の間、妻は毎日のように怒っていたらしい。同行した友人も、「今
日も喧嘩するんだからしっかり食べてね」と励まし、喧嘩のために食事をするようになっ
たという。よく国際紛争にならなかったものだ。(次回へつづく)』(以上、原文のまま)と。
こういうばあい、英語で、「チェンジ、チェンジ!」と叫べば、相手には、「お釣り、お
釣り!」という意味になるのでは? つまり「お釣りをよこせ、お釣りをよこせ!」と。
正しくは、「イクスチェンジ(=交換)」である。加えて、「チェンジ、チェンジ!」と叫ぶ
ことを、「流暢な英語」とは言わない。私の住む世界では、ヘタクソな英語という。
気になるのは、「毎日のように怒っていた」という部分。こういう恥さらしなことを平気
でするから、日本人は、いつまでたっても、イギリス人にバカにされる。それにこの部分
を読んだだけでも、話の内容に矛盾がある。
「ジー」と音を出したのは、電源アダプターである。エッセーの中には、そう書いてあ
る。
で、「交換?」ということになって、「数日後、雑音のないサイレントピアノが届いた」
とある。
電源アダプターが「ジー」と音を出したとは、どういうことなのか? 電源アダプター
には、音がでるしくみそのものがない。中身は、小型の変圧器。分解しても、コードやコ
ンデンサーがぎっしりと詰まっているだけ。
仮に音が出たとしても、電源アダプターなど、いくらでもあるはず。(私の家にも、20
〜30個はあるぞ!)それがどうして、「サイレントピアノの交換」ということにつながる
のか。交換するとしても、電源アダプターの交換だけで、すむはず。
しかもこれはまだ、店でサイレントピアノを借りる前の話である。音が出るなら、その
場で、借りるのをやめればよい。まだ借りてもいないのに、つまり、お金も払っていな
いのに、怒って、「チェンジ、チェンジ!」と叫ぶほうが、どうかしている。
「店員が恐れをなして……」とあるから、ふつうの怒鳴り方ではなかったらしい。
が、つぎのところでは、いつの間にか電源アダプターの話はどこかえ消え、「雑音のない
サイレントピアノが届いた」となっている。作者は、お茶のM大学の教授となっている。
たぶん文科系の教授だと思う。理科系の教授なら、こんなお粗末な原稿は、書かない。
……ということで、ほかのコラムを読むのは、やめた。読んで不愉快になるくらいなら、
読まないほうがよい。で、最後に一言。だいたい、「国際紛争になってもおかしくない」と
いうタイトルがおかしい(?)。どこかのオバチャンが、ワーワー騒いだくらいで、国際紛
争にはならない。だれもそんなオバチャンなど、相手にしない。
少し自意識過剰ではないのかな?
それにしても、週刊B春も、質が堕ちた。しばらく、もう買わない。
Hiroshi Hayashi++++++++++++++++++++++はやし浩司
●今朝・あれこれ(7月9日)
●6か国協議
Mr. C.Hill's another Coup d'etat is now again on the course. We never hesitate to call
him "Kim Jong-Hill".
++++++++++++++++
朝起きると、パソコンを立ち上げる。
メールに目を通す。
つづいてニュースに目を通す。
それが私の日課になっている。
まず、目についたのが、6か国協議。
明日、7月10日から、6か国協議が
開かれるという。
が、驚いたのは、あのC・ヒル氏が、
それに先だって、K国の金代表と、
核の検証法について、事前協議を行う
という。
??????
日米、もしくは米韓が事前協議を
行うというのなら、まだ話がわかる。
あるいは中朝でもよい。
どうして米朝が、事前協議を行うのか?
つまりここにC・ヒル氏の欺瞞性が潜んでいる。
C・ヒル氏は、この方法で、この日本を、
ことごとく裏切ってきた。
そして今回も、また……?
C・ヒル氏は、K国の利益を代弁する形で、
6か国協議を進めようとしている。
ならば、何のための6か国協議なのか?
拉致問題にしても、K国が約束した「再調査」
については、動きは、まったく、なし!
C・ヒル氏は、いったい、何を考えて
いるのか?
私には、さっぱり、理解できない。
++++++++++++++++
●上下意識
東洋には東洋独特の、上下意識がある。
身分、年齢、職業、続柄、男女、夫婦、親子……など。
あらゆる面に、その上下意識がある。
たとえばこの日本では、たった1〜2歳年上というだけで、親分風を吹かす。
そういう人は多い。
一方、欧米には、それがない。
まったくないとは言わないが、ない人には、まったく、ない。
こういうことを書くと、「そんなこと、ないでしょう?」と反論する人もいるかもしれない。
しかし、ない人には、まったく、ない。
反対に、上下意識のない人には、東洋独特の上下意識が理解できない。
とたえば(教師)と(学生、生徒)の関係においても、そうである。
欧米では、たがいに、ファースト・ネームで呼びあっている。
親子もそうだし、夫婦も、そうだ。
兄弟も、そうである。
だいたい、「兄」「弟」「姉」「妹」の区別をしない。
みな、ブラザー。
みな、シスター。
……なぜ、こんなことを書くか?
あの米朝会議を見ていると、若いC・ヒル国務次官補が、老獪(ろうかい)な金K外務次
官に、よいようにもてあそばれている。
そんな印象をもつ。
言うまでもなく、あのK国では、あらゆる面において、上下意識が徹底している。
政府高官には、すべて順位がつけられている。
国民も、成分(?)に応じて、徹底的に差別されている。
金K外務次官にすれば、C・ヒル氏など、とるに足りない、ただの若造ということになる。
つまり最初から、話しあいにならない。
少なくとも、金K外務次官には、その気はない。
C・ヒル国務次官補を利用しようという気はあるかもしれないが、対等には見ていない。
上下意識というのは、そういうもの。
が、ただの「上下意識」ではない。
人間の価値まで、その上下意識で決まる。
日本人には、それがわかる。
昔から、葵の紋章を見せつけられ、「控えおろう」と一喝されただけで、みな、頭をさげる。
が、アメリカ人のC・ヒル国務次官補には、それがわからない。
尊大に構えて、ニタニタというか、ニヤニヤというか、席にふんぞりかえって座る金K外
務次官。
大きな額をギラギラさせながら、金K外務次官に翻弄(ほんろう)されるC・ヒル国務次
官補。
今回の6か国協議でも、その構図は、何ら変わらないだろう。
ところでこの原稿の英文のタイトルは、「Mr. C.Hill's another Coup d'etat is now again on
the course. We never hesitate to call him "Kim Jong-Hill"」。
訳すと、「C・ヒル氏の、もう一度のクーデター、進行中。我々は、彼を、『キム・ジョン・
ヒル』と呼ぶことに、何ら躊躇しない」である。
(2008/07/09記)
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 11日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【こどもたちへ】(Songs for Children, written by Hiroshi Hayashi)
●荷物をもってあげようよ
お母さんが、買い物から帰ってきたよ、ね。
お母さんは、重い荷物をもって いるよね。
そういうとき、君はどうしてる?
だまって見ている?
知らないフリをする?
いけないよね。
そういうときはね、お母さんの荷物を
もってあげようよ。
きっとね、君はね、あとで、胸の中が
スーッとするのを感ずるよ。
ウソじゃないよ。本当だよ。
一度、ためしてみてごらん。
本当に、胸の中が、スーッとするよ。
●将来
10年後の君は、どうなっているかな?
20年後の君は、どうなっているかな?
そんなことを考えると、いろいろ不安になるかもしれないね。
でも、心配、いらないよ。
きのうがあって、今日があるように、
必ず明日があるよ。
そして明日があるように、
10年後の君はいるよ。
20年後の君はいるよ。
だからそんな先のことは心配しないこと。
今できること。今しなければならないこと。
それを一生けんめいに、しようよ。
それでいいんだよ。
明日になれば、明日のことはわかるから、ね。
今日一生けんめいしておけばね、
明日のことが楽しみになるよ。
●自分の力で生きようよ
神様や仏様に祈って、
それで自分の願いをかなえようという人がいるよね。
それぞれの人が、それぞれの思いをもって、
真剣にそう願っているのだから、
ぼくには、何とも言えないけど、
君たちは、自分の力で生きようね。
だれかに助けてもらうとね、
何かを成しとげたとき、
喜びが半分になってしまうよ。
「神様のおかげで、1等賞をとりました」と言うのは、
どこか、さみしいね。
失敗しても、1等賞がとれなくても、
君は君。いいじゃない。
それで……。
●願い事
ぼくもね、実のところ、子どものころ、
よく神様に願いごとをしたよ。
でもね、「原爆の少女、偵子(さだこ)」を
読んでから、考え方が変わったよ。
「ぼくより、ずっと真剣に祈った人がいる」
「ぼくよりずっと、神様の力を必要としている人がいる」って、
そんなふうに考えたら、
もう神様や仏様に向かって、
「〜〜してください」などとは、
祈れなくなってしまった。
そのかわり、
「ぼくよりずっとあなたの力を必要としている人がいる。
もしあなたに力があるなら、ぼくはいいから、
そういう人のために、あなたの力を使ってください」と
思うようになった。つまりね、
それからは、神様や仏様には、
願いごとをしなくなったというわけ。
これはぼくの個人的な意見だよ。
君は君で、考えればいいよ。
●地球
知っているかな。
太陽を直径15センチのボールにたとえるとね、
地球はそこから10メートル離れたところにある、
直径0・5ミリ(1ミリの半分)の大きさの玉なんだよ。
宇宙船で太陽系を飛んでいてもね、
地球に気がつく人はいないかもしれない。
地球はそれほど小さい……?
目の前には、砂丘の砂の数ほどの太陽があるからね。
ぼくは「人間」を考えるとき、
いつもこのことを頭におくよ。
でもね、だからといって、
「人間はつまらない」と言っているのではないよ。
誤解しないでね。
ときどき、そういうふうに、
ものごとは宇宙からみた視点でかんがえるといいということ。
そうするとね、人間のことがよくわかるよ。
●時の流れ
時の流れは風のようなものだよ。
どこからともなく吹いてきて、
またどこかへ去っていく。
つかもうとしても、つかめないよ。
そしてね、
風は時に強く、
また時に弱く、止まるときもあるよ。
そういうときはね、
また風が吹き始めるのを待つんだよ。
あせってもしかたないもん、ね。
時の流れは、そういうものだよ。
●友だち
無理して、みんなと仲よくしようなどと、
思わなくてもいいんだよ。
英語のことわざにもね、
「二人の人に、同時によい顔はできない」
というのがあるよ。
気楽にいこうよ。
気楽に考えようよ。
無理して、いい子ぶることはないよ。
そんなことをしていると、
疲れるもんね。
でもね、一つだけ、お願いがあるんだ。
それはね、君のまわりに、
友だちがいなくて、
さみしそうにしている人はいないかな?
もし、いたらね、その人とは
仲よくしてあげてね。
「こんにちは」とか、「遊ぼうよ」と
声をかけてみてあげてね。
それはとっても、大切なことだよ。
それは、とっても楽しいことだよ。
このお願いだけ聞いてくれるなら、
あとは、無理しなくてもいいよ。
●男と女
「男だから」とか、「女だから」とかいう言葉は、
まちがっているよ。
「男のくせに」とか、「女のくせに」とかいう言葉も、
まちがっているよ。
そんなふうに考えている人がいたら、
「それはおかしい」と、言ってあげよう。
これからは、もう、そういう時代ではないよ。
●チャレンジ精神
何にでも、チャレンジしていこうよ。
それでいい。結果はあとからついてくる。
ついてこないかもしれない。
気にすることはないよ。
まず、チャレンジ。
それでいい。
●相手のこと
イギリスのことわざに、ね、
「相手は、自分が相手を思うように、自分を思う」というのが、あるよ。
つまりね、
君が、AさんならAさんを、「いい人だ」と思っていると、
Aさんも、君のことを、「いい人だ」と思っているということ。
君が、AさんならAさんを、「いやな人だ」と思っていると、
Aさんも、君のことを、「いやな人だ」と思っているということ。
そういう意味でね、人間の心は、カガー・ミのようなものだね。
だからね、みんなと仲よくしたかったら、みんなのことを「いい人だ」と
思うようにするといいよ。そうするとね、みんなも、君のことを
「いい人だ」と思うようになるよ。やってみたら?
●家族
家族を大切に、ね。
家族は、一緒に住むんだよ。
家族は、みんな、助け合うよ。
家族は、守りあうんだよ。
あのね、幸せは、ね。
そんなに遠くにあるんじゃ、ないよ。
君のそばにあって、
君に、見つけてもらうのを、息をひそめて、
そっと待っているんだよ。
君の、すぐそば、でね。
ほら、知っているかな?
ボームという人が書いた、
「オズの魔法使い」さ。
あの中でね、ドロシーという女の子と、
トトという犬が、虹の向こうにあるという
幸せを求めて、旅をするだろ。
そしてエメラルド・タウンをめざすんだ。
しかし、ね。
本当の幸せは、カンザスのいなかの、
自分の家の中にあることを
知るんだよ。
幸せっていうのは、
そういうもの。
わかった?
わかったら、家族を
大切にしようね。
●偉い人
偉い人なんて、いないよ。
人間は、皆、平等だよ。
でもね、尊敬できる人はいるよ。
地位や、肩書きには関係なく、ね。
君のすぐそばにいるよ。
そういう人をさがしてみてごらん。
君だけが知っている、
君が尊敬できる人だよ。
必ず、君のすぐそばにいるよ。
●仕事
人間に上下はないよ。
仕事にも上下はないよ。
君がしたい仕事。
君がしなければならない仕事。
君ができる仕事。
それをさがせばいい。
そして、ね。
一度それを見つけたら、
それを一生かかってするんだよ。
人が何と言おうが、
気にすることはない。
気にしてはだめだ。
君は君の道を信じて、
まっすぐ前に
進めばいい。
●勉強部屋
勉強はね、一番したいところですればいい。
勉強部屋の机に向かってするなんて、
だれが決めたのかな?
そんなルールはないよ。
オーストラリアのぼくの友人は、
いつもベッドにねそべって、勉強していたよ。
そのほうが、よく考えられるからだって、さ。
つまりね、勉強には「形」はないの。
わかる?
だからしたいところで、したいようにすればいいんだよ。
●消しゴム
ぼくは、よく「消しゴムは使わないほうがいい」と言うだろ。
それはね、まず、君たちに、
考えてから書く習慣を、身につけてほしいからだよ。
消しゴムと仲よしになるとね、
書いてから考えるようになるよ。
そうするとね、考えがまとまらなくなる。
それだけではないんだよ。
消しゴムと仲よしになるとね、
時間がうんと、ムダになるよ。
消しゴムばかり使っていてね。
まちがえたら、一本、線を引いて、
それで消したことにすればいい。
それにね、
消せばなおるという人生観、
いやだね。
人生というのは、
一度過ごしたら、
消せないんだよ。
だから、「いつか消そう」などというふうに、
思って生きてはいけないよ。
「いつか消せる」と思っても、
いけないのだよ。
いつも真剣勝負だよ。
だから、消しゴムとは、
仲よしにならないほうが、いいよ。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●息子の盗癖(Stealing)
+++++++++++++++
兵庫県K市に住んでいる、
KNさんという母親から、
こんな相談が届いている。
+++++++++++++++
【KNさんより、はやし浩司へ】
HPを読ませていただきメールを書きました。
今日相談させていただくのは中2になる息子のことです。この2月に4年間の海外転勤か
ら帰国し、日本の公立中学に通っています。部活動に入り頑張っているのですが、なかな
か新しい生活に、溶け込めないでいるようです。
その息子が朝、試合に出かけた後、主人の財布がなくなっていたのに気がつき、部屋を探
したらクローゼットから財布と共に、主人のいろいろな電化製品が出てきました。
実はこれが最初ではなく5月中旬に、やはりI・potを買うため家族の財布からお金を抜き
取り購入していました。この時は本人と話をし、金額が3万円と高価なため、私がお店に
出向き、親の知らぬところで買った旨を伝え、返品をさせていただきました。
そしてつい先週、やはり隠していた主人の財布からお金を抜き取り、サッカーシューズを、
黙って購入したのが発覚したばかりです。
そして今日、これを見つけ本当にどうしたらよいのか、このまま家族の中だけで済まなく
なり、お店のものを盗むようになったらどうしようか不安でなりません。
本人に注意をした時はもうしないというのですが、サッカーシューズの件以来、またやる
のではないかと私は感じていました。
なぜなら本人は悪いことをしていると意識があまりないように感じたからです。貯金から
かえせばいい、家族のお金、はっきりは言いませんがそのような受け取り方をしているよ
うです。
子供には買うことを禁止しているわけではありません。ほしいと言った時には意見を聞い
ていますが、高いものを欲しがるので、相応なものを提案しています。でも多分それでは
不満なのでこういう行動にでてしまったのでしょう。
そのつどどうしたらわかってもらえるかときつく叱ったり、じっくり話しあったりしてみ
ましたが効果はありません。いま試合に行っていますが帰ってきたらどう話を切り出した
らよいか……。自分が何を言い出してしまうかわからないのです。
突然メールをだし、ずうずうしいことは承知です。
ですがどうかお返事をいただけますようお願いいたします。
【はやし浩司よりKNさんへ】
かなり物欲の強い子どもですね。
最近の研究によれば、(「サイエンス」誌、Kロートワイラー・オゼッリほか)、物欲の「根」
は、私たちが考えているより、はるかに深いことがわかってきました。
たとえばそこに(新しいモノ)があると、最初の信号は、脳の中心部にある視床下部とい
うところに送られます。その信号を受けた視床下部は、ドーパミンという、快楽追求行動
を調整している神経伝達物質を放出します。これが脳の中の線条体を刺激します。
この反応メカニズムは、アルコール中毒患者が、酒の臭いをかいだり、酒のコマーシャル
を見たときと同じと考えられています。喫煙者が、タバコをやめられないのも、そのひと
つです。
つまり本人でも、どうにもならない問題と、まず考えてください。もし説教でなおるよう
な問題であれば、この世界には、アルコール中毒患者も、喫煙者もいないということにな
ります。KNさんのお子さんについていえば、(そのモノ)を見たとたん、猛烈な物欲が働
き、自分でもコントロールできない状態になると考えてください。
(そもそもそうした物欲を高めてしまったのは、家庭教育の失敗とみます。幼いころ、物
欲をうまく利用しながら、子どもをしつけてきたという経緯があるはずです。「これを買っ
てあげるから、勉強しようね」とか、など。)
その猛烈な物欲が、KNさんのお子さんを裏から操っている……。それが盗癖とつながっ
ています。(ふつうの盗癖とちがうところは、盗むこと自体には、快感を覚えていないとい
うことです。)
性格的にもかなりわがままで、自分勝手かもしれません。俗にいう、「ドラ息子症候群」が
ほかにあれば、それも疑ってみてください。
ではどうするか?
こうしたケースでは、子どもを叱っても、あるいは説教しても、あまり(=ほとんど)意
味はありません。先にも書いたように、子ども自身も、自分でどうしたらよいか、わかっ
ていないからです。
そこで親がとるべき方法は、ただひとつ。
管理を強化するということです。徹底した管理をします。
(2)子どもの目の届くところに、お金を置かない。
(3)サイフ、バッグの置き場所に注意する。
(4)大金を持ち歩かない。
夜の睡眠中も、お金の入ったバッグ類は、手元に置きます。またそういう習慣を確立しま
す。夫の協力も、不可欠です。メールを読ませていただいた範囲では、KNさんの家庭は、
裕福ということもあり、お金の管理が、かなりルーズな感じがします。サイフのお金は、
特別なことがないかぎり、3000円までとか、あるいは、それ以下にします。
またもうひとつ気になるのは、「私がお店に出向き、親の知らぬところで買った旨を伝え、
返品をさせていただきました」という部分です。
子どもの名誉、プライドをどのように考えていますか?
店の人が受ける迷惑を、どのように考えていますか?
あなた自身が、甘いというか、依存性が強いというか、あるいはあなたの子ども自身を、
私物化している(ゴメン!)。自分が盗まれるかもしれないようなところに、3万円もの大
金を置いておきながら、それが盗まれたからといって、大騒ぎする。
では、どうするか?
まず、あなた自身が、おとなになることです。同時に、あなたの子どもを、(子ども)では
なく、(1人の人間)として認めることです。そして友として、あなたの子どものした行為
については、あなたも共同責任を負います。あなた自身が、子どもと同じレベルになって
しまっているのが、たいへん気になります。
店に行って、3万円を取り返した段階で、すでにKNさんと、子どもの信頼関係は、崩壊
しているとみます。はっきり言えば、あなたはしてはいけないことを、してしまった。相
手が幼児ならともかくも、中学生ですよ! (あるいはそれ以前から、破壊されていると
考えてもよいでしょう。)で、こういうときは、(子どもを責める)のではなく、(そういう
スキを与えた自分)、さらには、(そういう子どもにした自分)を、もっと反省してくださ
い。一方的に子どもだけを責めるのは、あなたの身勝手というものです。
あなたにはつらいことかもしれませんが、あなたがすべきことは、ただひとつ。『許して、
忘れる』です。
これについては原稿を書いてきましたので、「はやし浩司 許して忘れる」で、検索してみ
てください。いくつかの原稿がヒットできるはずです。
今からでも遅くないなどという気休めは言いたくありません。むしろ、私が言いたいのは、
その逆です。
こうした問題には、かならず二番底、三番底があります。「今が最悪」などと思ってはいけ
ません。すでにあなたの子どもは、常習的に万引きをしていると考えてください。今の状
態をこじらせば、さらにそれがエスカレートする可能性があります。非行、夜遊び、家出、
不登校……、さらには家庭内暴力と、それが進んでしまう可能性もあります。
ですから、何としても、今の状況を、これ以上悪くしないことだけを考えて、対処してく
ださい。はげしく叱ったり、説教すればするほど、逆効果ということです。先にも書いた
ように、病的な(?)盗癖であれば、なおさらです。
とくに現在、あなたの子どもは、思春期の真っ最中。そうでなくても、心の中では、もろ
もろの欲望がウズを巻いています。そのウズは、あなた自身の力では、どうにもならない
ものです。もちろん子ども自身も、それをもてあましている。
盗癖は、あくまでも症状のひとつです。インフルエンザにかかった子どもの、「熱」のよう
なものです。熱だけをおさえたところで、インフルエンザが治るということではありませ
ん。
きびしいことを書きましたが、メールを読んだ範囲では、「今が序の口」と感じました。へ
たをすれば悪循環が悪循環を呼び、さらにKNさんのお子さんは、深くて暗い袋小路に入
ってしまうでしょう。
親のサイフからお金を盗んだことを叱るのではなく、(というのも、そんなことはだれでも
していることですから……。私も中学生のとき、しましたよ!)、まだまじめに(?)学校
へ行き、試合に出ている息子さんを、喜びなさい。感謝しなさい。
またそのうち万引きも発覚するでしょうが、それも覚悟しておくことです。そのときはそ
のときで、友として、堂々と、相手の方と接してください。(というのも、万引きにしても、
この時期の子どもにとっては、熱病のようなものですから)。子ども自身に責任を取らせれ
ばよいのです。子離れを今のうちにしっかりとしておきます。そしてそのときの自分の態
度を、シミュレートしておきます。
「自分でしたことは、自分で責任を取りなさい!」「私は知りません!」と。
それが今のあなたの取るべき、態度です。(まちがっても、相手の人に許しを乞うたりして
はいけませんよ!)
以上ですが、何かの参考になればうれしいです。
メール、ありがとうございました。
なおこの原稿は、HPに収録しますが、どうかお許しください。
不都合な点があれば、至急、お知らせください。書き改めます。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 子どもの盗癖 盗み 盗み
グセ 盗み癖 万引き 物欲論)
【KNさんより、はやし浩司へ】
> はやしさま
>
> お忙しい中、早急にお返事いただいていながら遅くなり申し訳ありません。
> 今後の向き合い方・不安などいろいろなものが頭を駆け巡り手つかずの状態になってし
まいました。
> メールの転載の件ですがお使いください。
> お答えいただいた内容が、同じように悩んでいらっしゃる方に少しでもお役にたてれば
と思います。
> と書きながらも、私はまだ確固たる信念・方針は何も決まっていません。
> お返事をいただいてから昨日までどうしたらよいのか考え悩みとにかく苦しい毎日です。
>
> 夕べくらいから少し長期戦になる心構えができてきたくらいです。
> 前回のメールはとにかくどうしたらよいか気ばかり焦り、バーっと書いてしまいました。
>
> もう少し息子についてくわしく書かせてください。
>
> 小さい頃より転勤が多くだいたい1〜3年おきに日本国内を住んできました。
> 小学校の中学年になると引っ越すときには嫌がっていたのを覚えています。
> また、転校先では口には出しませんがそれなりのストレスはあったようで、
> 仲間として認めてもらい自分らしく振る舞えるようになるのに4ヶ月くらいかかってい
たと思います。
> 5年生の時にフランスに転勤になり、インターナショナルスクールに転校となったので
すがこの頃までは物欲等がなく、
> みんながゲームを買っていても強くほしがることもなくたまに友達とするくらいでした。
>
> 私自身も必要以上のもの・年相応と思えないもは、簡単には買い与えてきませんでした。
>
> 物に対する執着はほとんどないといってもよいくらいでした。
> フランスに移ってからは、中学1年生くらいまでは海外の友達もでき楽しく学校に通っ
ていました。
>
> ただ、生活面では中学2年のころから甘いものに執着を示しだし自分で買って食べるよ
うになりました。
> 同時に物に対する欲の始まりだったように思えます。
> 思春期を迎え少し経った頃から変わってきたと思います。
> 今思えば1年くらい前から兆候があったのかもしれません。
> 住んでいた国も多少影響があったかもしれません。
> フランスという国は管理されていないものは自分のものされてしまいます。
> 要するにしまっていなければ自分が取っても良いという意識なのです。
> もちろんみなではないとも思いますがほとんどの人はそう思っているでしょう。
> 主人の会社でも、パソコンを持って帰るのを忘れたら次の日には無くなっていたとか、
> 学校の図書室で調べ物をしている間に電子辞書が無くなっていたり,
> 娘が学校で iPot を置き忘れ、2分後にすぐに取りに行ったけれど
> なくなって見つからなかったなど。
> そんな環境で人の物に対する常識が少しずれてきていたのかもしれません 。
> (ほかの日本人みんなが感化されるわけではありませんから個人の問題ですが。)
>
> そして、今回の帰国に関しては、今までの中で一番厳しいようです。
> 年頃のせいかなかなか仲間に認められるのが大変なようで
> 仲良くなれてきたなと思っていた友達から急に、「お前なんかフランスに帰れ」と言わ
れたり
> 二人の時は普通に話しても何人かが集まると仲間外れされ始め、なかなか難しいようで
した。
> 心の支えとしていたサッカーもコーチとそりが合わないようではずされてしまいました。
>
> 最近イライラしているのがよくわかります。
> >
> 今書いたことが今回のことの原因とは思ってはいません。
> 考慮はしながら切り離して考えていこうと思っています。
> というのはアドバイスいただいたように本人にもどうにもならない物欲でコントロール
できない状態でもあるからです。
> 注意したそのときは理解しているし反省もしているけれどすぐ忘れて私物化してしまい
ます。
> この先エスカレートしたらどうやって対処していけばよいのか、いつか治るのか、本当
に不安だらけです。
> もしかしたら大したことではない はしか のようなもの。
> もしかしたら警察沙汰になるようなもの。
> 頭の中がぐるぐる回ってしまいます。
> 「許して忘れる」それで快方に向かうのでしょうか。
> 私たち夫婦もお金の管理が甘かったことを反省し今は徹底して目の届くところにはおか
ないようにしています。
> 物については持ち歩くことができないので見つけたつど
> 「これ、私のだよね。使いたいときには一応貸してって言おうね。使ってもいいから」
>
> となるべくさりげなく言葉をかけるようにしています。
>
> また、前回のメールで ipot を返品した件。言い訳がましいですが、
> ipot を返品したのはレシートから発覚したものでまだ買った時の袋も開けていない状
態です。
> それでもお店の方に迷惑をおかけしたことには変わりはありませんが。
> 見つけた段階で、私はどういう行動をとっていたらよかったのでしょうか。
> 一緒に返品することは息子のプライドが傷つくと思い私が行きました。
> 本人が行くべきだったのでしょうか。
>
> とても恐ろしいし頑張っていけるか自信はなく今まで落ち込んできましたが、
> これからが二番底、三番底と続くのなら落ち込んではいられないので覚悟をきめなけれ
ばいけないですね。
> 自分の子供なんだからしっかりしなくては。
> また、ご相談をさせていただくことがあるかもしれません。
> その折はよろしくお願いいたします。
> はやしさんにアドバイスをいただいていなければ、もっと自分を追い込んでいたと思い
ます。
> 心より感謝をいたしております。
> ありがとうございました
>
【はやし浩司より、KNさんへ】
おはようございます。
メールありがとうございました。
「KN様」というのが、ご本名であることを知り
うれしく思いました。送信者名から、わかりました。
(ほとんどの方は、偽名で相談においでになります。)
もちろんお名前が外に漏れるということは、
ぜったいにありませんので、ご安心ください。
原稿として残すときは、内容をすべて改変します。
メールもしばらくしたあと、削除しています。
またご事情を詳しく話してくださり、感謝しています。
よい勉強になりました。
基本的には、前回、書いたとおりですが、
神経症としての盗癖と考えてください。
お子さんは、そういう形で、(親から見れば心配
ですが)、自分の心を懸命に支えようとしています。
幼児のおねしょと同じように考えてやってください。
ものを所有することで、脳内にモルヒネ様の物質
(エンドロフィン、エンケファリン)を充満させます。
それはとても心地よいものです。
対処の仕方さえ誤らなければ、一過性のもので終わります。
習慣化すると、ずっと先まで残ります。
家庭の中では、心の開放を大切に、のんびりと
させてやるのがコツです。
では、今朝はこれで失礼します。
なお「フランスの事情」は、たいへん興味深く読ませていただきました。
私も思い当たることが、いくつかあります。
また先日、アメリカで研究生活を送っている、HTさん(女性、50歳くらい)
もこう言っていました。
「研究室に新しい機械が入っても、その使い方は、だれも教えて
くれない」とです。
「使い方を知りたかったら、自分で勉強しろ」という姿勢なのですね。
「冷たい」というか、向こうでは、弱肉強食的な人間関係が固定化している
ため、そういうことが起きるのだと、話してくれました。
はやし浩司
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【今日・あれこれ】(7月5日)(July 5th)
●ハンド・トップ・パソコン
+++++++++++++++
今、ミニ・パソコンがおもしろい!
手のひらに載るような、小さなパソコンである。
言うなれば、「ハンド・トップ・パソコン」。
10年前にも、この種のミニ・パソコンは、あるにはあった。
私が買ったのは、TOSHIBAの「SS・3100」。
しかし値段が高かった。
当時、24万円くらいしたように記憶している。
が、台湾製の「イー・PC」で、火が付いた。
つづいて、HP社が、出した(6月下旬発売)。
今度は、MSI社が出した(7月5日発売)。
現在日本にも、KOHJINSHAという
会社がある。
職人的な技術が光る、すぐれたパソコンを出している。
しかし今度は、台湾製で、火が付いた。
KOHJINSHAをのぞいて、どれも、
値段は5〜7万円。
KOHJINSHAので、同程度のものが、
10万円前後。
一方、日本のメーカーのパソコンは、高い。
F社でも出しているが、20万円前後。
「どうしてこんなに値段がちがうのか?」と
思えるほど、高い!
私はMSI社のミニ・パソコンをねらっているが、
今のところ品薄。
発売と同時に、売り切れ状態がつづいている。
がんばれ、日本!
このままでは、日本製は、沈没してしまうぞ!
+++++++++++++++
●またまた6か国協議?
(What is the 6-nation conference for? Mr. C. Hill has already destroyed the basic scheme
of the conference. The tragedy is that we, the Japanese, have no choice but to follow him
whatever he is and whatever he does for North Korea.)
+++++++++++++++
まわりの人たちが、見るに見かねて
助けを出している。
見るに見かねて、だ。
にもかかわらず、当の本人は、それを拒否する。
拒否するばかりか、逆に、まわりの人たちを
ののしる。
「オレたちと、もっと仲よくしろ!」と。
仲よくしたいから、助けを出している。
が、当の本人には、それも理解できない。
つまり言うことなすこと、メチャメチャ!
今のK国を見ていると、そんな感じがする。
+++++++++++++++
●いじけた心
7月5日の読売新聞に、こんな記事が載っていた。
『……韓国とK国は首脳会談合意を受け、今年2月の実務接触で、南北各300人ずつ、
計600人の合同応援団派遣で一致していた。
論評は李政権の融和政策見直しにより、「今年上半期に予定された南北首相会談など20
件以上の南北対話と協力事業がすべて破たんした」と非難。その上で、合同応援団派遣も
「実現できなくなった」と指摘した』(読売新聞・7月5日)と。
何も、好き好んで、韓国は、合同応援団を派遣したい
というわけでも、なさそうだ。
見るに見かねて、つまり何とか外の空気を
吸わせてあげたいと思って、そうしてきた(?)。
今までも、渡航費用は、韓国もち。
応援団が身につけるユニフォームも、韓国もち。
ところで、同じく今日、こんなニュースもあった。
たとえて言うなら、隣に住んでいる暴力団の男が、
こう言っているようなもの。
「ピストルを半分捨ててやったから、光熱費を
もっとよこせ」と。
「捨ててやった」と騒ぐところが、恐ろしい!
読売新聞の記事から抜粋する。
『……「われわれ(=K国)の核施設無能力化は現在80%以上進捗(しんちょく)し、
正確で完全な核申告書を提出、合意事項を履行した」「実験用原子炉の無力化を超越した冷
却塔爆破措置まで行った」と、自らの正当性を主張。一方で「5者(他5カ国)の経済保
証義務は40%しか履行されていない」と、「行動対行動」の原則に反すると指摘した』(読
売新聞・5月7日)と。
何をもって「80%」といい、何をもって「40%」
というのか?
こういうあいまいな数字をもちだすところが、実に
K国らしい。
が、それはともかくも、核兵器で周辺の国々を脅かし
ながら、「援助が少ない」とは?
……という話なら、だれにでもできる。
だれもが「おかしい」と思っている。
「へん」と思っている。
で、ここでは、話を先に進める。
つまり、どうしてこうまで常識ハズレの国が、
現実に存在するかということ。
言い方をかえるなら、どうしてK国は、こうまで
常識ハズレな国になってしまったかということ。
あるいは、私たちがもっている(常識)のほうが、
おかしいのか?
その問題を解くカギは、(貧困)にある。
というのも、貧困が長くつづくと、人の心までゆがむ。
心まで貧しくなる。
「貧困による公害」という言葉さえある。
「公害」というのは、良識の範囲を超えた「害」ということ。
個々の貧困が集合されると、公害的な要素をもつようになる。
昔、大学の講義で、耳にした言葉である。
たとえばある脱北者は、韓国でこう証言している。
「子どもを誘拐して殺し、その子どもの肉を店で
売っている人がいた」と。
何ともおぞましい話だが、食べ物に困ると、
人は、そこまでするようになる。
が、問題は、その先。
では、私たちは、だいじょうぶなのか?
つまり日本が、現在のK国の国のようになったとき、
「私たちは、そういうことはしない」と、
本当に断言できるか?
答は、「ノー」。
私自身も、その自信はない。
子どもを誘拐して殺す……ということまではしないにしても、
生きるために、泥棒くらいは、するかもしれない。
つまりそういう(心の貧しさ)が集合されて、
その国の(姿)をつくる。
それが現在のK国ということになる。
つまり私たちがもっている(常識)で、現在のK国を
理解しようとしても、無理ということ。
言いかえると、K国を理解するためには、
一度、K国という、つまりは(貧困の集合された国)に、
視点を置いてみる必要がある。
たとえばこんな例で考えてみよう。
あなたの父親は、経済感覚がなく、何をしても
失敗ばかり。
おかげで借金だらけ。
おまけに女性にだらしなく、家の中はゴタゴタつづき。
あなたやあなたの兄弟たちは、食べるものもなく、
学校へ払う給食費さえ、手元にない。
電話はもちろん、電気も止められ、車はあるが、ポンコツ。
ガソリン代が払えないから、道端でほこりをかぶっている……。
そんなとき、隣の家を見ると、こうこうと明かりが灯り、
みなが娘の誕生日パーティをしている。
豪華な料理に、山のようなプレゼント……。
ガレージには、高級車が何台も並んでいる。
それを見たあなたは、嫉妬とも、怒りとも
区別のつかない感情が、メラメラとわき起こってくるのを感ずる。
そこであなたは、あなたの父親を責めることを忘れ、
あなたの隣人に向かって、こう叫ぶ。
「お前たちが、富をひとり占めするから、オレたちは
こんなに貧しいのだ」と。
もちろんそう考えるのは、その人の身勝手。
それはわかる。
わかるが、その(常識)を超えたところに、あなたの、
つまり現在のK国の(常識)がある。
(だからといって、K国を擁護しているわけではない。)
では、どうするか?
私たちはK国をどう考えたらよいのか。
K国とどうつきあったらよいのか。
答は簡単。
あの国を、かろうじて支えているのは、恐怖政治。
その恐怖政治で、(形)を保っている。
外部との通信を遮断し、国に反抗する人たちは、
ことごとく政治犯として、収容所送り。
つまり体制そのものが、異常。
「つぶせ!」とまでは言えないにしても、そういう
体制の維持に、手を貸すことだけはしてはいけない。
いわんや、こちらから助けを申し出ることはない。
が、現在、6か国協議という協議は、名前だけ。
すでに形骸化している。
実質、米朝会談の、追認会議でしかない。
あるいは、ただの「K国援助会議」。
しかし、だ。
どうして、あんな国を、援助しなければならないのか。
拉致問題があろうとなかろうと、そんなことは
関係ない。
(拉致問題があるから、なおさらだが……。)
それを、「日本だけが取り残される」とか、
「日米韓は、ワンボイスでなければならない」とか。
どこかトンチンカンな意見ばかり。
取り残されて困るのは、K国ではないのか。
仲間ハズレにされて困るのは、K国ではないのか。
何もあんな国にビクビクしながら、ワンボイスに
する必要はない。
ところで話がそれるが、このところ、韓国経済が、おかしい。
先週は、イ大統領が、韓国経済が危機的状況に
あることを国民に伝えた。
「これは脅しではない」と。
そして先週末、ウォンを買い支えるため、韓国政府は、
「爆弾的な」(朝鮮N報)為替介入を試みた。
取り引き終了まぎわになって、ドル売り、ウォン買いの
まさに爆弾的な為替介入。
そのおかげで(?)、1ドル=1050を超えた
ウォンが、1ドル=1045ウォンにまで、ウォン高
になった。(韓国では、「ウォン安」と表現する)
しかしこんな状況は、長くはつづかない。
韓国経済が破綻するのは、時間の問題。
ゆいいつの助けは、造船業ということになる。
しかしそれだけで韓国経済を支えるのは、むずかしい。
つまり朝鮮半島は、この先、ますます混沌としてくる。
今すぐどうこうということはないにしても、
日本は、その準備だけはしておかねばならない。
韓国が2回目のデフォルト(債務不履行=国家破綻)に
陥れば、日本の韓国向けの輸出業者は、手痛い損害を
こうむることになる。
その救済措置も考えておかねばならない。
(韓国の救済措置ではなく、日本の輸出業者の、だ。
誤解のないように!)
この際、日本は日本のことだけを最優先に考えればよい。
朝鮮半島で何が起ころうとも、日本には関係ないこと。
責任もない。
本来なら、「隣人のために……」と、ここできれいごとを
並べるべきかもしれないが、しかし今の私は、
とても、そういう気にはなれない。
で、話を戻す。
ことK国について言えば、そういう国だから、
相手にしないのが、いちばん、よい。
仮に相手が殴りかかってきたとしても、ニッコリと笑いながら、
やんわりと、それをかわせばよい。
少なくとも、日本が本気で相手にしなければならないような
相手ではない。
その経済力にしても、アフリカの最貧国と並ぶ、最貧国。
経済力は、日本の地方の、一県あたりほどもない。
ただし拉致問題は、別。
そのため「人権問題」だけを最前面に出し、人権問題だけで
K国を攻める。
攻めて攻めて、攻めまくる。
(私は、当初から「制裁」に、賛成したことは一度もない。
「制裁しなければならないような国ではない」とは書いてきた。
残念なのは、拉致被害者の人たちが、率先して、「制裁」という
言葉を使ったこと。
その言葉を使ったことにより、拉致問題が、人権問題から
政治問題に置きかえられてしまった。
少なくとも世界の人たちはそう見ている。
「あの人たちは、政治活動をしている」と。
制裁するかどうかは、結果として、国際世論が決めること。)
その結果、K国は、自己崩壊するだろうが、
それも日本の知ったことではない。
この世界には、「自業自得」という言葉がある。
自己崩壊したところで、「国」や「民」がなくなるわけではない。
それが結局は、K国の民衆のためにもなる。
核開発問題も、それで解決できる。
この私の主張は、この3年間、まったく変わっていない。
が、もし私のこの意見を過激と思う人がいるなら、
一度でよいから、東京のど真ん中で核爆弾が炸裂する様子を
頭の中で思い描いてみることだ。
また韓国については、イ大統領になったからといって、
親日国家になったというわけではない。
あのノ前大統領時代の反日姿勢を思い出すなら、
しばらくは静観したほうがよい。
韓国は今でも、日本にとって、たいへん危険な国であることには、
ちがいない。
……しかし、それにしても、オメデタイのが、あの
C・ライス氏と、C・ヒル氏。
結局、この2年間で、アメリカがしたことは、K国に
金と原油とお金と時間、プラス、音楽を与えただけ。
反対に、アメリカが受け取ったものは、ゼロ。
ゼロであるばかりか、あの独裁者を延命させただけ。
その間、K国の民衆を、より苦しめただけ。
日米関係の破壊という、おまけまでつけて……!
私はあのC・ヒル氏を見ていて、あるとき、こう感じたことがある。
「3年B組の金八先生、そっくり」と。
独善的な教育論。
それをぶらさげて、生徒の家にあがりこむ。
「私が、この家庭の問題を解決してみせる」と。
そして最後は、父親と酒まで飲み交わす。
夜の道路を、みんなで歌を歌いながら、歩く。
しかし、そんなことをしても、何も問題は解決しない。
相手がワルすぎる。
心理学的にみても、あれほどまでのワルが、「ここで
心を入れ替えて……」ということは、ありえない。
もともと若い国務次官補の手に負えるような相手ではない。
その上、アジアのことが、まるでわかっていない。
言うなれば、ド素人。
そのド素人が、K国の手玉に取られて、いいように、
もてあそばれているだけ。
もっと言えば、C・ヒル氏らのしたことは、
かつてのソ連、中国、韓国、アメリカ、そしてこの日本がした
失敗を、繰りかえしているだけ。
この7月10日に、6か国協議が開かれるというが、
いったい、何をどう話しあうつもりなのか。
すでにK国は、「実際にテロ国家指定解除がなされるまで、
何もしない」と宣言している(7月5日)。
一方、パキスタンのカーン博士は、「K国に、高性能の
ウラン遠心分離器を渡した」と認めた※(7月5日)。
「何のための6か国協議?」と。「?」マークをつけたところで、
この話は、おしまい。
(この原稿は、08年7月5日の夜に、書いたものです。)
(注※)韓国中央N報は、つぎのように伝える(7月5日)。
『 カーン博士はこの日、AP通信とのインタビューで、「P1型遠心分離機や流量計サンプ
ルなどを北朝鮮に提供した」とし「この機械は00年夏に北朝鮮の飛行機便で運ばれ、当
時パキスタン軍当局が積載を監視した」と明らかにした』と。
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●経穴(ツボ)(Acupoints)
+++++++++++++++
私は、若いとき、『東洋医学・経穴編』(学研)
という本を書いた。
「本」というよりは、「辞典」に近い。
しかしその本を書くのに、私は7年も、費やして
しまった。
(7年だぞ!)
毎日が、「書くのをやめようか」「しかしここで
やめたら、今までの努力が、水泡に帰す」の
繰りかえし。
が、7年もかかったのには、別の理由がある。
当初私は、中国式の取穴法で本をまとめていた。
日本には、さしたる文献も資料もなく、それで
「中国式で」となった。
原稿は、半年足らずで完成した。
で、出版社に原稿を渡す段階で、それに「待った!」を
かけてきたのが、「日本K穴委員会」。
本といっても、出版社が1億円近い予算をかけて
つくる本である。
ふつうの本ではない。
で、当時、WHOを舞台に、日本と中国は、その取穴法
について、はげしく対立し始めていた。
日本は、当然、「日本式」を主張した。
中国は、当然、「中国式」を主張した。
日本の取穴法は、あまりにも杓子定規的。
体のそれぞれの部位から、「〜寸」という取穴法を採用していた。
一方中国の取穴法は、実用的。
体の各部位を折り曲げたりして、その凹みなどに、経穴(ツボ)を求めていた。
どう考えても、日本式には勝ち目がなかった。
が、日本K穴委員会は、私が書いた本をたたき台に、
中国とやりあうつもりでいたらしい。
で、取穴法が、二転三転した。
そのたびに、私は原稿の書きなおしを迫られた。
それで7年もかかってしまった!
が、私にとっては、貴重な7年である。
私がちょうど30歳のときから、37歳のときまで。
私は、そんなくだらない本のために、7年も
無駄にしてしまった!
「日本式」とはいうものの、科学性はゼロ。
先にも書いたように、文献など、求めようもない。
私が子どものころには、「針・灸・按摩」というのは、
主に身体に障害のある人たちが、する仕事ということになっていた。
当時も、まだその流れの中にあった。
それをどこからか、いきなり「権威者?」たちが現われて、
「ああでもない」「こうでもない」と言い出した。
経穴(ツボ)というのは、その位置が、個人の体格に
応じて、微妙に異なる。
日本式のように、杓子定規的に求めても、意味はない。
ないから、結局は、日本式は、少なくともWHOという舞台では、
認められなかった。
当然である。
で、それからほぼ、23年。
今度は、中国と韓国の間で、経穴論争が起きているという。
ともに、「うちが元祖だ」「いや、うちこそが元祖だ」と。
今朝(08年7月6日)の朝鮮N報は、つぎのように伝える。
『はり治療の元祖はどこかをめぐり、韓国と中国が論争を繰り広げている。
論争は世界保健機関(WHO)が2003年から韓国、中国、日本の伝統医学専門家と
の議論を経て、361個の経穴(つぼ)の位置に関する国際標準を定め、昨年公式本が発
行されたことがきっかけだ。
(中略)
しかし、韓中日3カ国の医学界では経穴の位置に違いがあり、異なる名称を使用してきた。
このため、3か国の専門家はWHOの要請に従い、中国の古代文献を参照しながら、各国
の経穴の位置を比較調査した。
その結果、361個の経穴のうち4分の1に相当する94個の位置が、異なることが分か
った。これを統一するため、WHOは国際標準を定めることを決定。3か国は11回の協議
で標準案をまとめ、昨年発表した。
大韓韓医師協会は先月18日、WHOが定めた鍼灸(しんきゅう)経穴部位に関する公
式本の出版行事で、「WHOが公認した361個の経穴の99%近い357個が韓国の韓医
学における経穴の位置に従ったものだ」と指摘し、韓国の伝統医学の安全性と信頼度が国
際的に評価されたと主張した。
これに対し、中国が激怒した。4日の中国国営・新華社通信によると、中国中医科学院
鍼灸研究所の黄竜祥副所長は「361個の経穴の位置はほぼ100%が中国の基準に従っ
たものだ。359個は中国の経穴の位置とまったく同じだ」と主張した。
同通信はまた、WHOが最近韓国をけん責し、非公式ルートで韓国が中国側に遺憾の意を
伝えてきたと伝えた』(以上、朝鮮N報より)と。
経穴(ツボ)はともかくも、経穴と経穴をつなぐ経絡(けいらく)に
ついては、神経介在説が、今では常識。
経絡イコール、神経と考えてよい。
だから韓国式のように、「解剖学的基準」が、ひとつの基準となっても、
何ら、おかしくない。
そういう点では、韓国式の取穴法は、より科学的ということになる。
で、今回の論争となったらしい。
……この記事を読んで、私は久々に、私が書いた『東洋医学・経穴編』
という本を思い出した。
出版元は、学研。
定価は、2万円〜。
著者は別の2人になっているが、(私は、著者兼企画構成者)、当時は、
そういう形で、本に権威づけをして売るのが習わしになっていた。
どうでもよいことだが、その本の人体モデルになってくれたのが、
当時の私の生徒であった、M君である。
私はそのM君を写真に撮り、その写真の上に経穴(ツボ)を書き込んで
いった。
なお私はこの本を書き終えたあと、『目で見る漢方診断』(飛鳥新社)を
書き、東洋医学、つまり漢方の世界から、足を洗った。
戸棚いっぱいあった参考書や文献などは、数冊をのぞいて、
すべてを処分した。
『目で見る漢方診断』は、HPのほうに、全文、収録して
あるので、興味のある方は、ぜひ、見てほしい。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 東洋医学 経穴 経絡 ツ
ボ)
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●今朝・雑感(7月6日)
●女子高校生と競争(A Bike Race with a High School Stuident)
数日前、帰宅するとき、1人の女子高校生と自転車競争をした。
「した」というより、たがいに、暗黙の了解のもとで、そうなった。
最初、ひとつの信号機の前で並んで止まった。
その信号が青になったとき、私がまず飛び出した。
が、やがてすぐその女子高校生に追い抜かれた。
「チクショウ!」と思った。
それで私がダッシュ。
女子高校生を追い抜いた。
つぎの信号機のところで止まったとき、うしろからその女子高校生が
並んでとまった。
私は、「まだまだ……」と思ったが、相手の顔は見なかった。
が、信号が青になると、その女子高生が、今度はダッシュした。
私が、それにつづいた。
が、猛烈なスピードである。
私はギアチェンジを「HIGH(ハイ)」にして、足に力を入れた。
腕で、ハンドルを引いた。
が、つぎの信号まで追い抜けなかった。
私の負け。
しかし今度は、3回目。
青になったところで、両方がダッシュ。
私はピッタリと、その女子高校生のうしろについた。
距離は2〜3メートル。
うしろからプレッシャをかける。
同時に、女子高校生が、私の風切りになる。
3回目の道路は、長かった。
距離にして、700メートルくらい。
で、最後のところで、私が追い抜いて、ゴール!
うしろを振り返ると、その女子高校生は、
横断歩道を左手に曲がって、その向こうに消える
ところだった。
どこかゆうゆうとした走り方だった。
私も苦しい息をごまかしながら、そのあとは、ゆうゆうと
走ってみせた。
家に帰って、ワイフにその話をした。
「今夜は、2勝1敗だった……」と。
●パソコンの故障(My Computer is Broken)
サブメインに使っている、XPパソコンの調子がおかしい。
HP用更新用に使っているパソコンである。
ときどき電源を入れても、立ち上がらない。
立ち上がっても、マウスを使い始めたとたん、フリーズしてしまう。
予備に全コピーをしておいたハードディスクと差し替えてみる。
が、状態は同じ。
どうやらマザーボードがいかれたらしい。
市内のパソコンショップに電話をすると、
検査、修理をしてくれるという。
で、今日は、これからそのパソコンをもって、その店まで行くつもり。
めんどうな作業だが、しかし、こういう作業が楽しい。
ついでだから、より高性能のマザーボードに取り替えてみよう。
(追記)
おかしなことだが、パソコンショップで検査してもらおうと
したら、そのパソコンがスイスイと作動するではないか!
店の人も、「どこもおかしくないですね」と。
?????
しかし再び家で設置すると、やはり同じ症状が現われる。
これはいったい、どういうことなのか?
今しばらく、様子をみることにする。
Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
●「週刊B春・7月10日」号を読む
(Poor Translation of "Harry Potter".)
+++++++++++++++
以前は、毎週のように、「週刊B春」か、
「週刊S潮」を買っていた。
アメリカに住む息子に送るために、である。
が、このところ、その回数が、とんと減った。
今は、月に1、2冊。
よほど目につく記事がないと、買わない。
それで月に1、2冊。
しかしそれではいけない。
世俗の動きを知るには、週刊誌がいちばんよい。
……ということで、昨夜、「週刊B春・7月10日」
号を、コンビニで買った。
パッと開いたページに、「ハリー・ポッターの
翻訳は、やっぱりおかしい」(P139)と
いう記事があったからだ。
「ハリー・ポッターの翻訳は、やっぱりおかしい」。
実は、私も、かねてから、そう感じていた。
もう10年ほど前になるが、そういう原稿を
書いたこともある。
週刊B春のほうでは、誤訳を問題にしているが、
私は、文章そのものが、おかしいと感じた。
それには、理由がある。
私がハリー・ポッターの第一巻を手にしたのは、
アメリカのある空港内での売店だった。
「一度は読んでおこう」と思って、それを買った。
で、私はその本を、飛行機の中で読んだ。
そのときの印象は、「ゼンゼン、おもしろくない」
だった。
ただ英文は、読みやすかった。トントン……というか、
ポンポン……というか、読んでいて、気持ちよかった。
が、驚いたのは、日本へ帰ってから、日本語版を
読んだときのこと。
本には、それぞれ、言葉を通して流れてくるリズム感
がある。
音楽でいえば、調子のようなもの。
その調子が、英語版と日本語版では、まるでちがって
いた。
日本語版は読みづらく、ところどころで、「?」と
考えながら、一休止しなければならなかった。
翻訳者のMY氏には悪いが、「へたくそな翻訳だなあ」と
思った。
というのも、誤訳はともかくも、じょうずな翻訳家と
なると、文の調子まで、原書に合わせてしまう。
ハリー・ポッターには、それがなかった。
で、第一巻は、そんなわけで、3分の1ほどを読んだところで、
ギブ・アップ。
子どもたちに、「どうしてあんな本がおもしろいの?」と
聞くと、一人の子ども(当時、小3)は、こう言った。
「先生、ハリー・ポッターがおもしろくなるのは、
そこからだよ」と。
つまり3分の1を過ぎたあたりから、おもしろくなる、と。
が、それから10年。
一度、映画館で映画を見ただけで、私はハリー・ポッター
からは遠ざかった。
「読むに値しない本」と、判断した。
(今でも、そう思っている。「読むに値しない本」
というよりは、「くだらない本」と言ってもよい。
出まかせ、出まかせの、作り話……。
よくもまあ、ああいう出まかせの作り話ができるものだと、
私は、むしろ、そちらのほうに感心している。)
そう、そんなことは、ほんの少し冷静になってみれば、
わかること。
「魔法」というテーマそのものが、インチキ。
いくらもっともらしいことが書いてあっても、
そのインチキを乗り越えることはできない。
だから、「読む価値なし」。
世間の人たちは、売れた部数だけを見て、本の
価値を考える。
しかし(売れる本)イコール、(すばらしい本)
といういうことではない。
一方、(売れない本)イコール、(つまらない本)
ということでもない。
本というのは、(時流)に乗れば、売れる。
そうでなければ、売れない。
(中身)ではない。
言うなれば(ファッション)のようなもの。
ハリー・ポッターは、きわめてじょうずに、その(時流)に
乗った(?)。
20年前だったら、初版も売り切れずに、絶版に
なっていただろう。
20年後でも、よい。
……ということで、週刊B春の記事には、元気づけ
られた。
ずっと、「私だけが異端児」と思っていた。
もっとも、週刊B春は、「翻訳がおかしい」と書いて
いるだけで、ハリー・ポッターの内容について、
どうこう言っているのではない。
しかし、逆に言えば、誤訳があっても、どうと
いうことはないではないか。
神様の書いた本というわけでもないだろう。
もともと、デタラメな本なのだから……。
(ゴメン!)
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 8日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【こどもたちへ】(Songs for Children, written by Hiroshi Hayashi)
●迷信
うらないや、まじないっていうのがあるね。
ああいうのは、みんなウソだよ。インチキだよ。
信じちゃ、だめだよ。ああいうのを信ずるとね、
自分が自分でなくなってしまうよ。
いつの間にか、ね、
自分で考えられなくなってしまうよ。
ぼくが神様ならね。
あるいは仏様でもいい。
いちいちみんなのことを、
そこまでこまかく、気にしないよ。
めんどうだもん。
自分の未来や運命は、自分で決めるものだよ。
だれでもない、自分自身が決めるんだよ。わかった?
大切なもの
生きるときに大切なものは、
自由と、平等と、正義さ。
この三つは、守ろうね。
●やさしさ
ほかの人を喜ばすことが、
自然な形で、できる人を、
やさしい人と、言うんだよ。
君はどうかな?
それができるかな?
方法は簡単だよ。
何かを買うときでもね、
「これがあったら、
パパが喜ぶだろう」
「これがあったら、
ママが喜ぶだろう」と、
考えて、買えばいいんだよ。
そうすれば、
君も、そのやさしい人に
なれるよ。
●邪悪なもの
心がゆがんでくるとね、
邪悪なものに、興味をもつようになるよ。
「殺す」「命」「悪魔」「戦争」とか、
そういう言葉にひかれるようになるよ。
それは病気のようなものさ。
心の、ね。
だから、もし君が、そういうものに、
ぐんぐんと心がひかれたら、ね、
それは君の心が、病気になり始めたということ。
風邪をひいて、熱を出すように、ね。
そういうときは、心を休めよう、よ。
無理をすることはないよ。
そして、ね。
少しは自分と戦って、
そういうものから、遠ざかるようにしようね。
でないと、心というのは、
もっと、もっとゆがんでくるよ。
病気は、どんどんと重くなるよ。
●悲しくなったら……
悲しくなったら、
空を見て、
星を見て、
大声で泣けばいい。
ぼくは、いつも
そうしてきた。
広い空はね、
きっと
君の
悲しみを、
なぐさめてくれるよ。
●家庭
君は、どこで心を休めているのかな?
家の中。そう家の中だよね。
でも、その家の中のどこかな?
居間かな? 台所かな?
「トイレの中」と言った人もいたよ。
「お風呂の中」と言った人もいたよ。
あるいは「ふとんの中」と言った人もいたよ。
でもね、もし君が、家族のいる、
みんなの中が、一番安心できるとしたら、
それはすばらしいことだよ。
君は、すばらしい家族をもっているということ。
うらやましい、ね。
もしそうなら、君は、君の家族を、
大切にしたらいいよ。
自信をもって、ね。
●まじめな人
言われたことを、しっかりとする人のことを、
まじめな人と思っている人がいるよね。
しかしそれは誤解だよ。
まじめな人というのはね、自分で決めたことを、
しっかりと守れる人のことをいうよ。
他人に言われたことをするのではない。
自分で決めたことを、だよ。
人が見ていようが、見ていまいが、
そういうことは関係ないよ。
あくまでも自分の問題だよ。
まじめか、どうかということは、ね。
だから、まじめな人になるというのは、
実は、とってもきびしいことなんだ。
ぼくはどんな寒い日でも、風が強い日でも、
自転車で仕事に通っているよ。
健康のためだけど、ね。
そういう意味では、ぼくも、結構、まじめな人だよね。
多分……?
●約束
簡単に約束はしないこと。
そのかわり、
約束をしたら、必ず守ること。
どんなことでも、ね。
約束って、本当のところ、
とても重いものだよ。
苦しいものだよ。
だから、
簡単に約束はしないこと。
●心
心を解き放とうよ!
空に向かってね。
モヤモヤしたら……。
重苦しく感じたら……。
行きづまりを覚えたら……。
体はあとから、ついてくるって、
昔、ぼくの友人が、
いつも、そう言っていたよ。
●考えること
考えることは、もともと苦しいことだよ。
だからたいていの人は、考えることを
無意識のうちにも、避けようとする。
めんどうだし、ね。
しかし考えるから、人間の、人間としての
価値が、生まれるのだよ。
昔、パスカルという人も、
「考えるところに、人間の偉大さがある」
と、言ったよ。
そうそう、ペラペラと調子のよいことを、
しゃべる人がいるよね。
ああいう人は、本当は何も考えていないよ。
ただ頭の中の情報を、適当に加工して、
それを言葉にして、しゃべっているだけ。
考えているんじゃ、ないんだよ。
いいかな、考えるということと、
情報を加工して外に出すということは、
まったく別のことだよ。
わかった?
●本物を、ね
本物を見ようね。
本物を聞こうね。
絵でも、音楽でも、何でも、だ。
ニセモノばかり見たり、聞いたりしているとね、
君自身まで、ニセモノになってしまうよ。
美術館へ行こうよ。
コンサートに行こうよ。
でもね、もっと大切なことは、
図書館へ行くことだよ。
図書館にはね、
本物が、山のように、あるよ。
だから、「本」というのかな?
これは、シャレかな?
●正直に生きようよ
いやだったら、いやだと言おうよ。
できなかったら、できないと言おうよ。
飾ることはないよ、ね。
ウソをつくことはないよ、ね。
自分を飾れば飾るほど、疲れるよ。
ウソをつけばつくほど、疲れるよ。
でも、それだけでは、すまないよ。
飾れば飾るほど、見苦しくなるよ。
ウソをつけばつくほど、見苦しくなるよ。
英語にも、『正直こそ、最善』ということわざが、あるよ。
何でもね、正直であることが、一番いいということさ。
だから、
……飾ろうかとか、ウソをつこうかと迷ったら、
この言葉を思い出してよ。
そうすれば、おのずと答えが出てくるよ。
そして、ね。
思い切って正直に、自分を表現してみてごらん。
思い切って正直に、話してみてごらん。
そうするとね、
心の中を、スーッと風が通るのを感ずるよ。
とっても気持ちのよい風が、ね。
●バカなおとなたち
電車の中で騒ぐおとな
車の外にゴミを捨てるおとな
ツバを道路にはくおとな
排気ガスを平気で出すおとな
赤信号をつっ走るおとな
大声でどなりあうおとな
バカなおとなは、いくらでもいるね。
今、そういうおとなたちを、
しっかりと見ておくといいよ。
そういうおとなが、バカだとわかればわかるほど、
君は、賢い人になるということさ。
……そう、おとなになればなるほど、
バカになっていく人はいくらでもいるよ。
君はどうかな?
●その人の価値
その人の価値は、友だちの数で決まるんだってさ。
友だちが多ければ多いほど、その人の価値があがるということだって。
アメリカ人の友人が、ぼくにいつもそう言っていた。
でもね、友だちを作るって、むずかしいね。
本当に、むずかしいね。
君はどうかな?
●前に進もう
学校というところはね、ただ勉強するだけじゃ、ないんだよ。
学校というところには、友だちがいっぱい いるだろ。
そういう友だちを見ながらね、「人」の勉強をするところだよ。
どんな「人」がいて、どんなことをしているか、見てごらん。
たとえば、ね。
前に進んでいる人は、輝いているよ。
何でもいいんだ。どんなことでもいいんだ。
前に向かって努力している人は、すてきだよ。
君はね、そういう人を目標にするといいよ。
つまり、ね、「人」を見るときは、
前の人ばかり見ていけば、いいんだよ。
うしろの人を見ないこと。
うしろを気にしないこと。
そして、ね。その人と一緒に、前に進めばいいんだよ。
学校というところは、そういうことも勉強するところだよ。
●許して、忘れな
友だちとのことでね、
いやなことがあったら、
許しちゃいな。
忘れちゃいな。
あとは気にしない。
人間ってね。
同じレベルの人のことで、悩むものさ。
もしいやな人がいて、その人のことで悩んだら、
君自身も、その人と同じレベルということ。
わかるかな?
だったら、ね。その人を超えればいい。
そうすると、ね。その人との問題は、
解決するよ。
だって、ね。
君のほうが、その人の上になるんだもん。
動物園のサルが、君に向かって、
アッカンベーしても、君は気にしないだろ。
それと同じことだよ。
君が上になればなるほど、
相手のことが気にならなくなるよ。
そのためにも、ね。
許しちゃいな。
忘れちゃいな。
あとは気にしない。
●勉強で苦しんでいる君へ
勉強って、いやなものだよ。
だから勉強が嫌いな、君は、ちっともおかしくない。
あんな勉強、好きな人のほうが、どうかしている。
それにね、
勉強ができるから、頭のいい人ということにはならない。
勉強ができないから、頭の悪い人ということにはならない。
勉強ができるから、すぐれた人ということにはならない。
勉強ができないから、劣った人ということにはならない。
勉強と君の価値は、まったく関係ないよ。
君は君だ。君の価値は、君が一番よく知っている。
だからね、
自分を信じて、自分の道を進むんだよ。
君にも、したいことがあるだろ。
君にも、できることがあるだろ。
それが君の価値になる。
今はまだ石に包まれて、光っていないかもしれないが、
いつか光り出す。宝石のように光り出す。
そういうときが必ずくるから、その日を信じて、
今は、その準備のとき。今は、勉強を通して、
じっくりと自分をさがしたらいい。
自分の中の宝石をさがしたらいい。
勉強ができないからといって、あせってはだめだよ。
失望したりしたりしてはだめだよ。
もともと勉強というのは、そういうものだから、ね。
ぼくらは、気楽に行こうよ。気楽に、ね。
そうそう英語ではね、こう言うよ。
テイク・イッツ・イージィってね。
「Take it easy!」と書くよ。
「気楽にしなさいよ」という意味さ。
いい言葉だね。
●文を書こうよ
「考える」ということは、「文にまとめる」ということだよ。
だから、いつもどこかで、文を書いてみようよ。
文を書くことのいい点はね、同じことでは、悩まなくなることだ。
つまりね、一つの問題にぶつかったら、文を書く。
書いて、結論を出す。そうするとね、その問題では
もう悩まなくてすむようになる。つまり、ね。
時間をムダにしなくて、すむということさ。
これをしないとね、いつまでも同じ問題で
悩むことになるよ。
そうそう「考える」ということはね、
ちょうど、だれも歩いたことがない荒野を、一人で歩くようなものだよ。
いくら先へ進んでも、その前にまた別の道がある……。
でもね、それは、とってもスリリングなことだよ。
いつも新しい景色が、そこで待っていてくれる。
それはいわば、頭の中の冒険のようなものだよ。
ひょっとしたら、頭の中は、この宇宙よりも広いかもしれない。
君も、その冒険に乗り出してみてごらん。
おもしろいよ。
●好きな人ができたらね……
好きだったら、「好き」って
言えばいいよ。
絶対に後悔しないよ。
言わないほうが、後悔するよ。
だけどね、一つだけルールがある。
相手の人が、「ノー」と言ったときはね、
さっと、引きさがること。
相手の人が、一番いいようにしてあげるのが、恋なのさ。
それが「本当に好き」という意味なのさ。
相手の迷惑になるようなことはしてはいけないよ。
いくら、フラれてもね。
……そういう気持ちでいるとね、
つぎには、もっとすてきな人が現れるよ。
そしてね、そのときは、うまくいくよ。
●意地悪(いじわる)
ぼくも、いつも意地悪をされているよ。
何かを話しかけても、口をきいてくれない人もいるよ。
かわいそうな人だね。自分では、一人前のつもりでいるから。
そういう人に限って。ぼくはね、おもしろいから、その人に
わざと あいさつをしてやるよ。そうするとね、ますます
ぼくを無視するよ。それがおもしろいのさ。
だって、そういうことをする人は、かわいそうな人だもんね。
心がせまいというか、住む世界がせまいというか。
ぼくは全然そういう人を相手にしてないのにね……。
もしいじめにあったら、そのときこそ、
自分が大きくなるときだと思えばいいよ。
大きくなって、大きくなって、その人を
乗り越えるのさ。それは簡単にできるよ。
だってね、意地悪する人というのはね、
もともとちっぽけな人間だから、ね。
ちっぽけな人間だから、人に意地悪をして喜んでいるのさ。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●子どもの虚言vsルール破り
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掲示板に、つぎのような書き込みがあった。
++++++++++++++++++++
【Mさんより、はやし浩司へ】
はじめまして。うちの小6男子のことでご相談があります。
うちの子供は約束事が守れません。そして、約束を守れなかったことをウソをついたりし
てかくすというよりは、うその上塗りをしていきます。
内容はさまざまで、「学校の宿題を私が帰宅するまでやっておく」なんてことは、一度も
達成したことがありません。
学校に忘れ物をしてきたときも、「ランドセルのふたがあいていてなくなった」などと、平
気でわかるウソをいいます。
「ヨーカドーでお金を拾って? カードを買った1パック」本当は2パックだった。(拾っ
たお金は後日返しにいきましたが、何が本当だかわかりません。)
そんなことを毎日。
以前は私の財布からお金を盗んだこともありました。もちろん指摘して、主人も私もおこ
りました。そんなことが3度くらい。
一人でリビングにいさせることも、なんだかおそろしくなっています。
お金を盗むことはなくなったように思うのですが、約束を守らない→ウソ→ウソの上塗り
の構図は毎日で、私はもう子供を捨てたいとまで思っております。
主人は根気良く教えるしかないとも言いますが、私は限界です。
気休めの言葉はもう聞き飽きました。教育センターの相談員の方にも相談をしたり、私自
身も心療内科に通って精神安定剤を飲んでおりますが、怒ることも止まらず、なんとか医
学的にまたは、科学的に根本治療する方法はないのかなと思って探していたところ、この
HPに出会いました。
家族構成は父、母、本人(小6)妹(小4)です。
3歳のころには(今思えば)赤ちゃん返りでお漏らし、その後、夜尿症になり、ネットの掲
示板であるお医者様に相談にのってもらい、1年間かかって、夜尿症を治療した経験があり
ます。妹はちゃんとできます。
親子で楽しく?「約束を守らない→ウソをつく→ウソの上塗り」の構図を無くすことがで
きたらよいのですが、なにか良い飲み薬?、等ありますか?
夜尿症を治すときに「トフラニール」とうつ病の薬も飲ませました。もちろん膀胱の容量
を増やすために毎日オシッコを量ったして、なんとか治すことができました。
そんなことをしてまで、とお思いになるかもしれませんが、こちらは大真面目の治療そし
て今回のご相談です。
もちろん先生のQ&Aも読ませていただきました。
明日にでも、いや今すぐにでも、楽しい生活が欲しい。その一心です。
息子がいなければ家族は穏やかに過ごせます。私のわがままでしょうか?
母親がなんとか怒らずにいれば。いいだけなのでしょうか?
ぜひ、具体的な方法があればぜひご教示いただきたいのです。
どうかよろしくお願いいたします。
【はやし浩司より、Mさんへ】
●(虚言癖)と(ルールを守らない)は、分けて考える
子どもの虚言癖と、ルールを守らないは、分けて考えます。
虚言癖については、たびたび書いてきました。
私のHPの「子育てあいうえお」に収録してありますので、どうかお読みください。
子どものウソのばあい、いわゆる空想的虚言(妄想的虚言)でなければ、それほど心配す
ることはありません。
子どもは親にウソを言うことによって、親の優位性に打ち勝とうとします。
年齢的には、2歳前後から始まるとされています。
ウソ寝、ウソ泣きが、それです。
(ルールを守らない)は、率直に言えば、子育ての失敗(失礼!)とみます。
子どもに原因があるのではなく、また問題があるのではなく、今までの、(そして現在の)、
あなたや、あなたの家族の育児法に問題があるとみます。
一貫性のなさ、連続性のなさ、加えて、脅しと短気の入り混ざった育児法など。
これはMさんのことではありませんが、たとえば、親が交通ルールを平気で破っておきな
がら、子どもに向かって、「ルールを守りなさい」は、ないですね。
私たちはひょっとしたら、子どもの目の前で、それに気がつかないまま、ルールを破って
いるのかもしれません。
そういう意味では、子どもは、おそろしいですね。
親が隠しもっているシャドウ(=影の陰湿な部分)を、そのまま引き継いでしまいます。
で、掲示板の記事を読んで、何よりも気になるのは、子どもに問題があると、すかさず、
それを、子どもに向かって「直そう」と考える、Mさん自身の育児姿勢です。
たとえば赤ちゃん返りということまでわかっていながら、夜尿症を、「1年がかりでなおし
た」「トフラニールとうつ病の薬も飲ませました」「膀胱の容量を増やすために毎日オシッ
コを計った」という部分です。
ふつうは、そこまではしない。
むしろ、おねしょくらい、自由にさせてやったら、よかったのです。
3歳の子どもなら、なおさらです。
3歳の子どもに、うつ病の薬をのませて、夜尿症をなおす親というのは、そうはいない(失
礼!、「気休めはもういい」ということですので……。)
毎日、尿の量を量るとは?!
私はこの投稿を見て、Mさんの子どもに対する、愛情を疑いました。
また今どき、親の言うことを聞いて、「ハイハイ」と、学校の宿題などする子どもはいませ
んよ。
小学6年生なら、なおさらです。
そういう子どもがいたら、むしろその従順さのほうが、心配になります。
むしろいまだに子離れができない、あるいはその準備をしていない、Mさん自身のほうに
問題があると思います。
いいですか、あなたが子どもに不信感をもつのは、それはあなたの勝手です。
しかし親にいつも疑われている子どもの気持ちが、あなたには、理解できますか?
私があなたの子どもなら、「この、バカヤロー」と叫んで、家を出て行くでしょう。
やることなすこと、すべて、疑われ、ケチをつけられるのですから、たまりません。
原因を順に考えていきましょう。
(1)母子関係の不全
あなた自身が、不幸にして不幸な家庭に生まれ育った可能性があります。
そのため(親像)が、育っていない?
あるいは不幸にして、不幸な結婚生活を始めてしまった?
どうであるにせよ、心配先行型の子育てがそれで始まってしまったわけです。
「うちの子は、何をしても心配」と。
それが転じて、過関心、過干渉に……。
それが今でも、つづいています。
「学校で忘れ物」をしたくらいのことで、子どもを問い詰める親も、少ないですよ。
子どもといっても、小学6年生ですから……。
ふつうは、軽く叱る程度で、それですませます。
で、今さら、「あなたの子どもをもっと信じなさい」と言っても、遅すぎますね。
ただこのまま進めば、親子断絶は時間の問題。
さらにこうした問題には、二番底、三番底があります。
悪循環が悪循環を呼び、Mさんの子どもは、非行→さらなる非行へと発展していく可能性
もあります。
今の状態を、けっして「最悪」と思わないこと。
それがいやなら、今からでも遅くはないから、「自分の子どもを、もっと進ずること」。
(2)あなたの描く子ども像が見えてこない
Mさんが、自分の子どもを、いったい、どのようにしたらよいのか、その子ども像が、書
き込み記事だけでは、よくわかりません。
わかりませんが、Mさんは、いったい、どういう子どもを望んでいるのですか?
あなたの子どもに、どういう子どもになってほしいのですか?
ウソをつかない子どもなんて、いません。
盗みをしない子どもなんて、いません。
拾ったお金を使わない子どもなんて、いません。
私も小学生のころは、拾ったお金は、すべて自分のために使っていました。
私の息子たちも、そうです。
そういうとき私は、見て見ぬフリ。
一応叱ったこともありますが、それですましました。
「ウソ、ウソ、ウソ……」ではなくて、「疑う、疑う、疑う」、あなたの育児姿勢のほうに
問題があります。
「私自身も心療内科に通って精神安定剤を飲んでおりますが、怒ることも止まらず……」
とMさん自身が書いておられるように、この問題は、子どもの問題ではなく、Mさん自身
の問題です。
ここまで書いて、こんな話を思い出しました。
イランの笑い話に、こんなのがあります(イラン映画「桜桃の味」より)。
ある男が、病院へやってきて、ドクターにこう言いました。「ドクター、私は腹を指で押さ
えると、腹が痛い。頭を指で押さえると、頭が痛い。足を指で押さえると、足が痛い。私
は、いったい、どこが悪いのでしょうか?」と。
するとそのドクターは、こう答えたそうです。「あなたは、どこも悪くない。ただ指の骨が
折れているだけですよ」と。
書き込みの記事を読むかぎり、Mさんの子どもは、ごくふつうの、どこにでもいるような
子どものように思います。
ちがうでしょうか?
(1)子どもは家族の「代表」
「(ウソをなおすために)、なにか良い飲み薬?、等ありますか?」などという、バカなこ
と(失礼!)は、考えてはいけません。
2、3年前にも、こんな相談がありました。
1人、手がつけられないようなドラ息子(小3)がいました。
わがままで、自分勝手。
少しでも気にいらないことがあると、泣き叫んで、机を蹴飛ばしたりしていました。
で、最後は、とうとう手に負えなくなり、(それまで1年近く、母親を指導したのですが…
…)、指導を断ることにしました。
そのときのことです。
私が、「申し訳ありませんが、私の指導にも限界があります」と言うと、その母親は、すか
さず、こう言いました。
「どこの病院へ連れて行けばいいですか?」と。
自分の子育ての失敗を棚にあげて、また私のアドバイスなど、ことごとく無視しておいて、
「どこの病院へ?」はないですね。
最近では、「子どもは家族の代表」と考えるのが、常識です。
つまり子どもに何か問題が起きたら、それは子ども自身の問題ではなく、子どもは家族を
代表しているにすぎないという考え方です。
またそういう視点をもたないと、子どもの問題は、いつまでたっても、解決しません。
解決しないばかりか、より悪い方向に向かって、そのまま進んでいっていまいます。
ここでいう「二番底」「三番底」というのは、そういう意味です。
(4)では、どうするか?
「ほどよい親」「暖かい無視」を柱に、その一方で、「求めてきたときが与えどき」と考え
て、Mさん自身が、子育てから遠ざかることです。
といっても、直接的な方法で、遠ざかることはむずかしいです。
そういうときは、こうします。
Mさんは、親でもなく、妻でもなく、また女でもなく、ひとりの人間として、自分でした
いことを追求します。
仕事でも、ボランティア活動でも、さらにサークル活動でも、何でもよいでしょう。
あなたが自分で(すべきこと)を見つけて、それを追求します。
その結果として、子育てから離れます。
またそのほうが、あなたの子どもにとっても、よいでしょう。
(あなたは、実に、神経質で、うるさい親ですから……。)
あなた自身も、気づいておられないかもしれませんが、欲求不満のかたまりのように見受
けられます。
毎日、悶々とした気分で、過ごしている。
もしそうなら、もう子どものことなど相手にせず、自分のしたいことをしたらよいのです。
人生は、短いですよ。
もしあなたが自分の子どもを、神様のような子どもにしたいのなら、それはまた話は別で
すが……。
(5)各論
子どもが約束を守らないようであれば、最初から約束などしないこと。
約束するとしても、数をぐんと減らすこと。
それに重要なことだけで、約束をし、それが守れるまで、きちんと見守ること。
たかが学校の宿題程度のことで、「約束」「約束」と騒がないこと(失礼!)。
約束の乱発をしながら、(たいていは、親からの一方的な約束であることが多いわけですが
……)、「約束を守らない」は、ありませんね。
またウソについては、よくある自己正当化のウソですから、それほど心配しなくてもよい
と思います。
空想的虚言については、どこかの検索エンジンを使って、「はやし浩司 空想的虚言」を検
索してみてください。
いくつかをヒットできるはずです。
対処法も、併せて書いておきました。
(6)最後に……
きびしい意見を書きましたが、こう考えてください。
まず親であるという気負いを取ること。
「……息子がいなければ家族は穏やかに過ごせます」などと、気負うことはありません。
そう思うなら、思うで、それでよいのです。
「あなたはあなたで、勝手にやってください」と言って、あなたはあなたで、好き勝手な
ことをすればよいのです。
現に、子どもがこの年齢になると、大半の親たちは、そう感ずるようになります。
それが子離れです。
子離れすることを、恐れる必要は、まったくないのです。
つまりそういうふうに、わざわざ考えなければならないところに、あなたの気負いがある
わけです。
あなたの子どもは、雲が自然と風に乗って流れていくように、すばらしいおとなになって
いきます。
ひょっとしたら、あなたの望む方向とはちがった方向に進むかもしれませんが、それでも
ちゃんと、すばらしいおとなになっていきます。
が、条件があるとするなら、「自分の子どもを信ずること」です。
方法としては、つぎのような方法があります。
以前、書いた原稿を添付します。
+++++++++++++++++
●ほめる
++++++++++++++++
子どもは、ほめて伸ばす。
これは家庭教育の大鉄則!
++++++++++++++++
●灯をともして引き出す
欧米諸国では、『灯をともして引き出す』が、教育の基本理念になっている。「教育」を
意味する(education)という単語も、もとはといえば、(educe)、つまり「引き出す」と
いう単語に由来する。
その灯をともして引き出すためには、子どもは、ほめる。ほめてほめて、ほめまくる。
そのせいか、アメリカでもオーストラリアでも、学校の先生は、子どもをよくほめる。参
観している私のほうが恥ずかしくなるほど、よくほめる。
発達心理学の世界では、ほめることによって、自発的行動(オペラント)が生まれ、それ
が強化の原理となって、子どもを前向きに伸ばすと考えられている(B・F・スキナー)。
●脳内ホルモンが脳を活発化させる
このことは、大脳生理学の分野でも、裏づけられている。好きなことをしているときに
は、脳内で、カテコールアミンという脳内ホルモンが分泌され、それが、ニューロンの活
動を活発化し、集中力や思考力をますことがわかっている(澤口俊之「したたかな脳」)。
このとき大切なことは、得意分野をほめること。不得意分野や苦手な分野には、目をつ
ぶる。たとえば英語が得意だったら、まずそれをほめて、さらに英語を伸ばす。すると脳
内ホルモンが脳全体を活発化し、集中力もます。そのためそれまで不得意だった分野まで、
伸び始める。これを教育の世界では、「相乗効果」と呼んでいる。子どもの世界では、よく
みられる現象である。が、それだけではない。
ほめることによって、子どもの心そのものまで、作り変えることができる。こんなこと
があった。
●子どもをほめるときは本気で
ある小学校に、かなり乱暴な子供(小5男児)がいた。腕力もあった。友だちを殴る蹴
るは当たり前。先生もかなり手を焼いていたらしい。母親は、毎月のように学校へ呼び出
されていた。
その子ども(K君としておく)が、母親に連れられて私のところへやってきた。夏休み
になる少し前のことだった。私は、週1回、夏休みの間だけ、K君の勉強をみることにし
た。
こういうケースで重要なことは、最初から、本心で、その子どもをいい子と思うこと。
ウソや仮面ではいけない。本心だ。英語の格言にも、『相手はあなたがその人を思うように、
あなたを思う』というのがある。あなたがAさんならAさんをいい人だと思っているなら、
そのAさんも、あなたのことをいい人だと思っているもの。心理学の世界にも、「好意の返
報性」という言葉がある。
子どもというのは、自分を信じてくれる人の前では、自分のいい面を見せようとする。
相手の好意には、好意でもってこたえようとする。そういう子どもの性質を利用して、子
どもを伸ばす。
●「先生、肩もんでやるよ。」
で、夏休みも終わりに近づき、母親にK君の様子を報告することになった。私は車の助
手席に、K君は、うしろの席にいた。私は、こう言った。
「K君はたくましい子どもです。元気がありすぎるため、トラブルを起こすかもしれま
せんが、今だけです。おとなになったら、すばらしい人になります。楽しみな子どもです」
と。
K君は、実際、好奇心が旺盛で、バイタリティもあった。おとなのユーモアもよく理解
した。頭もよい。母親は「そうでしょうか。」と、どこか心配そうだったが、その翌週、こ
んなことがあった。
いつもより30〜40分も早く、K君が私のところへ来た。「どうした?」と聞くと、K
君は、少し恥ずかしそうにこう言った。
「先生、肩もんでやるよ。オレ、肩もむの、うまいんだア」と。
私はだまって、K君の好意を受けた。
(はやし浩司 脳内ホルモン オペラント 自発的行動 カテコールアミン ドーパミン
子どものやる気 子供の集中力 思考力 はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育
評論 幼児教育 子育て はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer
Japanese essayist 好意の返報性)
+++++++++++++++++
この原稿の中で、とくに「好意の返報性」という言葉に注目してください。
日本でも、昔から、『魚心あれば、水心』と言いますね。
それと同じです。
これについても、たびたび書いてきましたので、このあとに、その原稿を貼り付けておき
ます。
これを読んでくだされば、Mさん、あなたのお子さんが今、いかに窮屈な思いをしている
か、理解できると思います。
+++++++++++++++++
●好意の返報性
心理学の世界に、「好意の返報性」という言葉がある。あなたに好意をもっている人には、
あなたはよい印象をもち、反対に自分に反感をもっている人には、悪い印象をもつように
なる。つまり相手の心の状態が、こちらがもつ印象に影響を与える。それを好意の返報性
という。
こうした好意の返報性は、子どもには、とくに強く現れる。「この子はいい子だ」と、親
や教師が思っていると、子どもも、その親や教師に、よい印象をもつようになる。反対に、
そうでないときは、そうでない。この性質をうまく利用すると、子どもを伸ばすことがで
きる。
私も若いころ、初対面で、「この子は、教えにくい子どもだ」と思ったことがある。そう
いう子どもはたいてい、半年、一年もすると、「林先生なんて、嫌い」「幼稚園へ行きたく
ない」と言い出した。
そこで私は、初対面のとき、仮にそういう思いが心の中を横切っても、それを打ち消す
ようにしている。そして心底から、「この子はいい子だ」と思いなおすようにしている。す
ると子どものほうも、やがて私に対してよい印象をもつようになり、「林先生が、好き」と
言い出す。しかしそれはその子どものためというよりは、私自身のためでもある。私はそ
うすることで、自分の仕事をしやすくする。
そこで教訓。もしあなたが自分の子どもに対して、「うちの子はダメ」「うちの子は心配」
と思っているなら、そういう思いは、今すぐ、改める。そして最初はウソでも構わないか
ら、「うちの子は、すばらしい」「うちの子は、いい子」と思うようにする。これはあなた
の子どものためというよりは、あなた自身のためである。
+++++++++++++++++++
●好意の返報性(2)
あなたが周囲の人を嫌ったり、批判したりすると、そのときはあなたに同調する人も現
れるかもしれないが、やがてあなた自身も、嫌われたり、批判されたりするようになる。
こうした現象も、好意の返報性で、説明される。
たとえばあなたが園や学校の先生を、嫌ったり、批判したりしたとする。あるいは先生
の悪口を言ったとする。その人があなたと親しい人なら、あなたの意見にそのときは、耳
を傾けるかもしれない。しかしやがて、今度は、あなたが嫌われたり、批判されたりする
ようになる。
そこであなたが皆に、好かれるためには、この反対のことをすればよい。あなたがあな
たの周囲の人を好きなったり、ほめたりすればよい。そのときは多少、反発する人もいる
かもしれないが、やがてあなたは、皆に好かれるようになる。
家庭では、こんなことを注意する。
あなたは子どもの前では、夫や家族を、ほめる。楽しいできごとだけを口にして、それ
を喜ぶ。そして夫や家族の前では、子どもをほめる。子どものすばらしい面だけにスポッ
トをあて、それを皆で、たたえる。こうした相互作用が、あなたの評価を高める。それだ
けではない。家庭全体が、温もりのある家庭になる。
++++++++++++++++++++
●好意の返報性(3)
英語の格言に、『友を責めるな、行為を責めろ』というのがある。仮にあなたの子どもが、
あなたからみて好ましくない友だちと交際していても、その友だちを責めてはいけない。
名前を出してはいけない。その友だちの行為の、どこがどう悪いかだけを指摘して、あ
とは子どもの判断に任せる。
それについて以前、こんな原稿(中日新聞発表済み)を書いたので、ここに転載する。
この中で書いた、「遠隔操作」も、好意の返報性の一つと考えてよい。
++++++++++++++++++++
●友を責めるな、行為を責めよ
あなたの子どもが、あなたから見て好ましくない友人とつきあい始めたら、あなたはど
うするだろうか。しかもその友人から、どうもよくない遊びを覚え始めたとしたら……。
こういうときの鉄則はただ一つ。『友を責めるな、行為を責めよ』、である。これはイギリ
スの格言だが、こういうことだ。
こういうケースで、「A君は悪い子だから、つきあってはダメ」と子どもに言うのは、
子どもに、「友を取るか、親を取るか」の二者択一を迫るようなもの。あなたの子どもが
あなたを取ればよし。しかしそうでなければ、あなたと子どもの間には大きな亀裂が入る
ことになる。友だちというのは、その子どもにとっては、子どもの人格そのもの。友を捨
てろというのは、子どもの人格を否定することに等しい。あなたが友だちを責めれば責め
るほど、あなたの子どもは窮地に立たされる。そういう状態に子どもを追い込むことは、
たいへんまずい。ではどうするか。
こういうケースでは、行為を責める。またその範囲でおさめる。「タバコは体に悪い」
「夜ふかしすれば、健康によくない」「バイクで夜騒音をたてると、眠れなくて困る人が
いる」とか、など。コツは、決して友だちの名前を出さないようにすること。子ども自身
に判断させるようにしむける。そしてあとは時を待つ。
……と書くだけだと、イギリスの格言の受け売りで終わってしまう。そこで私はもう一
歩、この格言を前に進める。そしてこんな格言を作った。『行為を責めて、友をほめろ』
と。
子どもというのは自分を信じてくれる人の前では、よい自分を見せようとする。そうい
う子どもの性質を利用して、まず相手の友だちをほめる。「あなたの友だちのB君、あの
子はユーモアがあっておもしろい子ね」とか。「あなたの友だちのB君って、いい子ね。
このプレゼントをもっていってあげてね」とか。そういう言葉はあなたの子どもを介して、
必ず相手の子どもに伝わる。そしてそれを知った相手の子どもは、あなたの期待にこたえ
ようと、あなたの前ではよい自分を演ずるようになる。つまりあなたは相手の子どもを、
あなたの子どもを通して遠隔操作するわけだが、これは子育ての中でも高等技術に属する。
ただし一言。
よく「うちの子は悪くない。友だちが悪いだけだ。友だちに誘われただけだ」と言う親
がいる。しかし『類は友を呼ぶ』の諺どおり、こういうケースではまず自分の子どもを疑
ってみること。祭で酒を飲んで補導された中学生がいた。親は「誘われただけだ」と泣い
て弁解していたが、調べてみると、その子どもが主犯格だった。……というようなケース
は、よくある。自分の子どもを疑うのはつらいことだが、「友が悪い」と思ったら、「原因
は自分の子ども」と思うこと。だからよけいに、友を責めても意味がない。何でもない格
言のようだが、さすが教育先進国イギリス!、と思わせるような、名格言である。
+++++++++++++++++++++++
●好意の返報性(4)
子育ての要(かなめ)は、こういうわけで、子どもの叱り方にあるということになる。
これについても、以前、こんな原稿(中日新聞発表済)を書いたので、ここに転載する。
+++++++++++++++++++++++
子どもの叱り方、ほめ方
子どもを叱(しか)るとき、最も大切なことは、恐怖心を与えないこと。『威圧で閉じる
子どもの耳』と覚えておく。中に親に叱られながら、しおらしくしている子どもがいる。
が、反省しているから、そうしているのではない。怖いからそうしているだけ。親が叱る
ほどには、効果はない。叱るときは、次のことを守る。
(1)人がいるところでは、叱らない(子どもの自尊心を守るため)
(2)大声で怒鳴らない。そのかわり言うべきことは、繰り返し言う。「子どもの脳は耳か
ら遠い」と覚えておく。説教が脳に届くには時間がかかる
(3)相手が幼児の場合は、幼児の目線にまで、おとなの体を低くする(威圧感を与えな
いため)。視線を外さない(真剣であることを示すため)。子どもの体を、しっかり
と親の両手で固定し、きちんとした言い方で話す。にらむのはよいが、体罰は避け
る。特に頭部への体罰は、タブー。体罰は与えるとしても「お尻」と決めておく
(4)子どもが興奮状態になったら、手をひく。あきらめる。そしてここが重要だが、
(4)叱ったことについて、子どもが守れるようになったら「ほら、できるわね」とほめ
てあげる。
次に子どものほめ方。古代ローマの劇作家のシルスも『忠告は秘(ひそ)かに、賞賛は
公(おおやけ)に』と書いている。子どもをほめるときは、少しおおげさにほめる。その
とき頭をなでる、抱くなどのスキンシップを併用するとよい。そしてあとは繰り返しほめ
る。特に子どものやさしさ、努力については、遠慮なくほめる。が、顔やスタイルについ
ては、ほめないほうがよい。幼児期に一度、そちらのほうに関心が向くと、見てくれや、
かっこうばかりを気にするようになる。実際、休み時間になると、化粧ばかりしていた女
子中学生がいた。
また「頭」については、ほめてよいときと、そうでないときがあるので慎重にする。頭
をほめすぎて子どもがうぬぼれてしまったケースは、いくらでもある。
叱り方、ほめ方と並んで重要なのが、励まし方。すでに悩んだり、苦しんだり、さら
には頑張っている子どもに向かって、「がんばれ!」はタブー。意味がないばかりか、か
えって子どもから、やる気を奪ってしまう。「やればできる」式の励まし、「こんなこと
では!」式の脅しもタブー。結果が悪く、子どもが落ち込んでいるようなときはなおさ
ら「あなたはよく頑張った」式の前向きの理解を示してあげる。
++++++++++++++++++++++++
●好意の返報性(5)
「好意」といっても、それがいつも好ましいものとはかぎらない。好意をもたれること
で、かえってその人に嫌悪感を覚えることだってある。
たとえばあなたが財産家であったとする。そういうあなたに、何かのセールスマンが近
寄ってきて、あれこれあなたをほめたとする。しかしそういうときあなたは、そのセール
スマンの言うことなど、信じないだろう。あるいは反対に、そのセールスマンを毛嫌いす
るかもしれない。このばあい、あなたは、セールスマンの行為に、下心があるのを知るか
らである。
好意が好意として、返報性をもつためには、同調性が必要である。「同調性」というのは、
こちら側もまた、相手の好意に対して、同調するということ。もう少しわかりやすく説明
してみよう。
たとえばあなたが、絵を描いて、何かの賞をもらったとする。そのときまったく絵のこ
とを知らないAさんが、その絵を見て、「あなたの絵はすばらしい」と言ったとする。する
とあなたは、「何、言ってるのよ!」と思うかもしれない。あるいは日ごろからあなたの悪
口ばかり言っているBさんが、同じようにほめたとする。するとそのときも、あなたは、「何、
言ってるのよ!」と思うかもしれない。つまり同調性がないことになる。
ほかにたとえば、ここでいう下心を、ほめられたほうが感ずると、同調性が消える。つ
まりそういう状態で、相手が、いくら好意を表現しても、効果がない。ないばかりか、か
えって逆効果になることもある。子どもも、また同じ。
子どもをほめるときは、それなりに、ほめる側にも、同調性がなければならない。そこ
でつぎのことに注意するとよい。
○おせじ的なほめ方はしない。へつらわない。機嫌をとらない。
○子どもに同調するために、こちら側のレベルもあげる。子どもをほめるときには、なぜ
ほめるかという理由を、はっきりともつ。「レベルをあげる」というのは、ほめる側も、そ
れなりの知識をもつということ。具体的には、なぜほめるか、その理由を、しっかりと子
どもに伝えられるようにするとよい。「あなたの絵は、見る人をほっとさせるような、やさ
しさがあるわ。そういうところが、審査員の先生たちの心をとらえたのね」と。
○好意には、下心をもたない。心底、無の状態で、子どもをほめる。親にとっては、なか
なかむずかしいことかもしれないだが、努めて、そうする。
このように「好意の返報性」といっても、奥が深い。家庭で子どもを指導するときの、
一つのコツとして覚えておくと、役にたつ。
(030407)
++++++++++++++++++
では、これで今日は、失礼します。
心を解き放ちなさい。
体はあとから、ついてきますよ。
(アメリカの教育格言より)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●K市保健センターでの講演感想より
(08年6月)
++++++++++++++++++
K市で行った、講演の感想が届いている。
「批判的なものがあっても構いませんから、
感想がわかったら、送ってくださいね」と
頼んでおいた。
それで主催者の方が、すべて届けてくれた。
私にとっては、貴重な記録(?)である。
そのとき、そこに私がいて、60数名という
人に、話をした。
数か月もすれば、たいはんの人が、私の話した
ことのほとんどを忘れてしまうだろう。
(はやし浩司)の名前など、数週間も
残らない。
私が今まで聴いた講演にしても、みな、そうだった。
しかしたしかに私は、そこにいた。
そこにいて、話をした。
こういう感想文を読むと、その実感を、自分の
手でつかむことができる。
批判?
そんなことは当然の事ではないか。
10人の人がいれば、10人の人全員に
満足してもらえるなどということは、こと
講演については、ありえない!
しかし、うれしかった。
K市のKSさん、ありがとうございました。
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<a href="http://www.flickr.com/photos/86343436@N00/2629535098/" title="img618 by
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<a href="http://www.flickr.com/photos/86343436@N00/2628717253/" title="img619 by
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<a href="http://www.flickr.com/photos/86343436@N00/2628718243/" title="img620 by
bwhayashibw, on Flickr"><img
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height="1024" alt="img620" /></a>
(読みづらい方は、HP→プロフィール→講演の感想へとおいでください。)
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最前線の子育て論byはやし浩司(2711)
●青少年を取り巻く環境
The environment around the youth has been getting worse, as pointed out by the board
of education of Shizuoka Pref., Japan. The problem is not how to control the
environment but how to punish the adult people around the youth.
++++++++++++++++
ほんの30年前には、携帯電話など、
夢のまた、夢だった。
ドラエもんの『どこでも電話』を
みれば、それがわかる。
インターネットにしても、しかり。
今では、若者たちは(私たちも)、
いつでも、どこでも、だれとでも
話ができる時代になった。
++++++++++++++++
静岡県教育委員会が、このほど、こんな調査結果を公表した。
『青少年を取り巻く環境』と題して、「回答者の89%が、
『環境は10年前と比べて悪化している』と答えている」と。
また悪影響を与える要因として、「携帯電話やインターネットを
あげる答が、最多の30%にのぼった」(中日新聞・08年6月25日)とも
+++++++
(静岡県教育委員会・アンケート調査より)
●青少年を取り巻く環境
(調査は、県のインターネットモニター、計478人を対象に、
5月26日〜6月8日に実施。
20〜80代の452人が回答した)(同紙)。
(注:数字は、回答者の数)
有害映画や有害図書……40人
有害がん具類……14人
有害図書の自動販売機……12人
インターネットカフェやカラオケボックスなど、
深夜営業の娯楽施設……188人
自動販売機による、たばこや酒類などの販売……15人
携帯電話やパソコンなどによるインターネット……262人
テレビ番組やテレビゲーム・携帯ゲームの
内容および過度の視聴など……133人
保護者をはじめとする大人のモラルの低い行動……190人
++++++++++++++
この調査結果をふまえて、静岡県教育委員会は、
「規制強化に対する反発も予想したが、多くの県民から
理解をいただいた」として、県議会12月定例会に、
条例改正案を提出する方針という(同紙)。
++++++++++++++
●妊娠した女子高校生
浜松市内のA私立高校で、最近も1人、退学させられた生徒(高1女子)がいる。
理由は、「妊娠」?
学校側は、明確な説明を避けている。
しかし生徒の間では、「あの子は、妊娠したから退学させられた」と言いあっている。
学校側としても、「妊娠したから、退学させました」とは、言いにくい(?)。
しかしいまどき、高校生の妊娠など、珍しくも何ともない。
同じく浜松市内のB中学校だけでも、毎年、妊娠中絶する子どもが、1〜2人はいるとい
う(同校、教師談)。
(中学校だぞ!)
数年前の非公式統計だが、都会地域では、約60%の女子高校生が、セックスを経験して
いるという(某週刊誌調査)。
男子の数が、これに追いつきつつある。
今では、たいていの男子高校生は、サイフやポケットに、コンドームを忍ばせている。
これはまた浜松市内の別の進学高校の話だが、「放課後の教室は、ラブホテルみたい」(同
高校の生徒談)とのこと。
校門前でのキスシーンにしても、これまた珍しくも何ともない。
現在は、そういう世の中である!
……と考えていくと、「青少年を取り巻く環境」とは、何かということになる。
そんなことを考えていたら、1人の女子中学生(中2女子)が、勉強中に、突然、私にこ
う聞いた。
「先生は、ヘンタイか?」と。
そこで私が、「正常なスケベだよ」と答えると、「それならいい」と。
話を聞くと、彼女が小学生のときの担任教師が、昨年末、わいせつ行為で警察に逮捕され
たという。
名前を教えてくれたので、さっそくインターネットで検索してみると、その教師の名前が
ズラリと出てきた。
囲碁の世界では、かなり活躍していた教師らしい。
が、私は、同じ浜松市内に住みながら、その事件のことは知らなかった。
つまり、この種の事件も、やはり、今どき、珍しくも、何ともない。
今朝(7月2日)の朝刊にも、熊本県の中学教師によるわいせつ事件が、載っていた。
何でも「マッサージ」と称して、10数人の女子中学生に、いかがわしい行為を繰りかえ
していたという。
中には下着姿にされ、胸を触れられた女子中学生もいたとか。
そういえば、先週も、やはりどこかの中学校教師が、女子中学生を下着姿にして、四つん
ばいにさせて歩かせたという事件があった。
「環境による影響」ということになったら、教師自身のハレンチ行為のほうが、はるかに
影響力が大きい。
私に、「先生はヘンタイか?」と聞いた、その女子中学生にしても、私のみならず、おとな
社会全体に対して、不信感をもってしまったらしい。
あるいは「おとなの男というのは、そういうことをするものだ」と思ってしまっている(?)。
こうした誤解を解くためには、どうすればよいのか?
私「それならいいって……?」
子「すなおに認めればいい」
私「認めなかったら……?」
子「そういう男は、ヘンタイって、こと」
私「ヘンタイって、どういう男のこと?」
子「そういうことには興味ありませんというような顔をしている男」
私「ハハハ、そうか。なら、いい。ぼくは、興味、ある」
子「あの教師(ハレンチ事件を起こして逮捕された元担任)は、クソまじめな顔をしてい
た。キモイ!」と。
●欲望に対する抵抗力
欲望が渦巻く社会。
それが私たちが今住む、現代社会ということになる。
「環境が悪化した」というよりは、子どもたちの側からみれば、「欲望に対する抵抗力を失
った」とみるべきではないのか。
大脳生理学的に言えば、「D2ドーパミンが過剰に分泌されるようになった」ということか。
「D2ドーパミン」というのは、「快楽追求行動を調整している神経伝達物質」をいう。
もしそうなら、ことはやっかい。
喫煙者が禁煙をしたり、アルコール中毒の人が、アルコール断ちをするのと同じくらい、
子どもの世界を是正することは、むずかしい。
静岡県の教育委員会が言うような「規制」で、規制できるような問題ではない。
では、どうするか?
こういうときは『押してだめなら、思い切って、引いてみる』。
「携帯電話やインターネットがだめ」と決めつけるのではなく、「携帯電話やインターネッ
トの正しい使い方」を、教えていく。
携帯電話はともかくも、インターネットについて言えば、さらに無限の可能性を秘めてい
る。
インターネットによって、今、私たちの住む世界が、大きく変わりつつある。
「第2の産業革命」と位置づけている人も、多い。
だったら、ソロバンや計算機の使い方を教えるのではなく、コンピュータやインターネッ
トの使い方を教えたらどうなのか。
教育のカリキュラムそのものを、現実に合わせていく。
さらに言えば、何をもって、「悪化」というのか、私には、よく理解できない。
静岡県教育委員会の調査によれば、「環境は10年前と比べて悪化している」と答えた人が、
89%もいるという。
しかしそう答えた人は、ほんとうに10年前のことがわかっていて、そう答えているのか?
私自身は、「これが世の中の流れ」と思っているから、「悪化した」という意識は、あまり
ない。
(だいたい、10年前のことを、よく覚えていない。)
むしろ10年ほど前から、「高校でも、託児所が必要になる時代は、そこまできている」と
書いていた。
そのため「コンドームの正しい使い方を教えたらいい」とも。
もし「規制」ということになれば、何度も書くように、「厳罰主義」しかない。
「18歳未満の子どもと性的関係をもったら、問答無用に、懲役2年に処す」とか。
イギリスやオーストラリアなど、ほかの欧米諸国のように、そういう関係を見聞きしたら、
通告義務を課す。
その義務を怠った人も、同罪として、処罰する。
が、現実は、甘い。
学校の教師によるハレンチ事件にしても、それによって刑務所へ入った教師は、ゼロ。
「教職を追われるなど、すでに社会的制裁を受けている」などという、理由にもならない
ような理由で、みな、執行猶予がついて、(無罪?)放免にされている。
こんなバカな国が、ほかに、どこにある?
「規制」だけでは、この問題は、解決しない。
あるいは焼け石に水?
それとも気休め?
やらないよりは、やったほうがマシ?
結果は、すでに見えている。
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Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 青少年と取り巻く環境 規
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 6日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【こどもたちへ】(Songs for Children, written by Hiroshi Hayashi)
●友だち
君を、前にひっぱっていく友だちがいるよ。
しかしね、君を、うしろへ、ひっぱっていく友だちも、いるよ。
君に、夢や希望を話し、君と一緒に歩こうとうする友だちが、いるよ。
しかしね、君に悪いことを教え、君と一緒に逃げようとする友だちも、いるよ。
賢い君は、もうわかるね。どちらの友だちが、本当の友だちか?
あとは、君自身の判断に従えばいい。
それからね。ここが大切なところだけれど、
君は、君の友だちを、前にひっぱっていく人になるんだよ。
そうするとね、君のまわりには、すてきな人が集まってくる。
それはとっても、すばらしいことだよ。
●知恵
考えるから人間だよね。
しかしね、その考えることを、
悪いことに使う人がいるよ。
せっかく、すばらしい知恵をもちながら、ね。
そういう人は、知恵のゴミを、
社会にまき散らしているのさ。
かわいそうな人たちだけど、
自分では、それに気づいていない……
君にも知恵はあるだろ。
その知恵はね、
みんなのために使おうね。
せっかく、この宇宙に、
人間として生まれたんだから、ね。
たった一度の人生だから、ね。
大切に、その知恵を使おうね。
●流行
マーク・ツウェィンという人を知っているかな?
「トム・ソーヤの冒険」という本を書いた人だよ。
彼がね、こんなことを言っているよ。
「皆と同じことをしていると感じたら、
そのときは自分が変わるべきとき」とね。
皆と同じことをするということは、
ぞれだけでも時間のムダだよ。
君は君の時間を、君のものとして生きる。
いいかな、皆と同じことをするというのは、
とても楽な生き方かもしれないけど、
本当はずるい生き方なんだよ。
自分に対して、ずるい生き方なんだよ。
だからね、流行には、できるだけ抵抗すること。
少したいへんかもしれないけど、
がんばってみてごらん。
「私は違う」「ぼくは違う」という生き方のほうが、
ずっとすてきだよ。
●ごみは捨てない
毎日の積み重ねが、月になるよ。
月々の積み重ねが、年になるよ。
そしてね、その年が積み重なって
その人の人格になるよ。
むずかしいことではない。
簡単なことだよ。日々の積み重ねというのは、ね。
たとえばゴミを捨てない。
ツバをはかない。
人にウソをつかない。
お金やものを借りない、などね。
そういうことで人格が決まるよ。
ウソだと思ったらね、
車の窓から、タバコの吸いがらを
外へ捨てる人の顔をみてごらん。
ツバをはく人の顔を見てごらん。
その程度の顔しかしてないよ。
君たちも、ああいう人になりたくなかったら、
ゴミを捨てないこと。
たったそれだけのことだけど、
長い時間をかけて、「私」という君が
できるよ。
●目標
したいことは、いっぱいもっていたほうがいいよ。
君にもあるだろ。したいことが……。
そのしたいことを懸命にすればいい。
結果はあとからついてくる。
それから目標はもったほうがいいよ。
君にもあるだろ、目標が……。
その目標に向かって、努力する。
それはとても大切なことだ。
ぼくにも、子どものころ、一つの大きな目標があった。
それはね、外国へ行くことだった。
今から思うと、ちっぽけな目標だったかもしれないけどね。
でも、ぼくが子どものころは、飛行機に乗ることすら、
夢のような話だった。本当だよ。だから外国へ行くということは、
たいへんなことだった。
でもね、ぼくはその目標を達成したよ。
ぼくが最初に、外国へ行ったのは、韓国だった。
あのときは、うれしかったよ。
本当にうれしかったよ。
今でもそのときの感激を忘れないよ。
目標というのは、そういうものだよ。
君の人生に、大きな喜びを与えてくれるよ。
それはとっても、すばらしいことだよ。
●死後のこと
死んだあとも、
あの世があると
言う人がいるけど、
ぼくは、知らない。
見たことないもんね。
でもね、
あれば、楽しい、ね。
死んだあとも、またみんなに
会えるからね。
でも、本当に
あるのかな?
君は、どう思う?
それとも、
本当にだれか、
あの世を見たことが
あるのかな?
●めざせ、プロ!
君はプロになる。
プロだ。
いいか、どんな道のプロでもいい。
「これだけは絶対、人に負けない」というのが、
プロ、だ。
そのプロをめざせ。
ぼくもね、幼児教育については、
自信があるよ。
ぼくはね、この道では、
絶対に、人に負けないよ。
だから、ね。
この世界では、いつも優越感を覚えるよ。
何というか、ずっと先を、走っているような優越感さ。
これは実に、楽しいことだよ。
人に認められるとか、認められないとか、
そういうことは全然、気にならないよ。
ぼくはぼくだし、ね。
プロというのは、そういうものではないのかな。
プロになるんだよ。
どんな道でもいい。
それは本当に楽しいことだから。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●物欲のメカニズム
++++++++++++++++
子どもの物欲を満たすのは、慎重に。
それに慣れた子どもは、さらに強い
刺激を求めて、やがて物欲の奴隷に
なる。
子どもの心をモノで釣るようなことは
してはいけない。
++++++++++++++++
孫の誠司を、あちこちに連れていってみて、驚いた。
ショッピングセンターにも連れて行った。
みやげもの屋にも連れて行った。
コンビニにも連れて行った。
もちろんおもちゃ屋にも、連れて行った。
しかしどこへ連れて行っても、モノをほしがらない。
ただその場で、手に取ってみるだけ。
「ほしい」とか、「買って」とか、言わない。
で、私のほうが、「買ってあげようか?」と声をかけるのだが、
だまっているだけ。
つまり、そういう習慣そのものが、ない。
まったく、ない!
日本の子どもなら、「あれ、買って!」「これ、買って!」と言いそうな
場面でも、そういうことは、いっさい、口にしない。
これは息子の影響というより、嫁のデニーズの影響と思われる。
何回か、デニーズと誠司の買い物に、同行したことがある。
そういうときでも、デニーズと誠司は、そういう会話をいっさい、しない。
「必要なものは買う。しかしそれ以外のものは、いっさい買わない」。
そういう姿勢が徹底している。
つまり先にも書いたように、そういう習慣そのものが、ない。
そういう一例だけをみて、こう判断するのも危険なことかもしれない。
しかし『物欲というのは、習慣によって作られる』。
が、この日本では、モノで子どもの心を買うという習慣が、日常化している。
子どものほしがるものを先に予想して、それを買い与える親は少なくない。
またそれをすることによって、親子の絆(きずな)は太くなると考える。
しかし実際には、逆効果。
感謝されるとしても、一時的。
つぎに今度は、子どものほうから、それを請求してくるようになる。
が、それですまない。
物欲というのは、それを満たせば満たすほど、エスカレートする。
脳の中では、つぎのようなメカニズムが働くためと考えてよい。
何か目新しいものを見たとき、脳の中で、「ほしい」という欲求が生まれる。
(このときすでに条件反射行動(=条件づけ反応)が起きているとみる。)
視床下部あたりから脳に向かって、強力なシグナルが送られる。
それに応じて、ドーパミン(ホルモン)が放出される。
そのドーパミンが、線条体を刺激する。
「この刺激は強烈で、このとき線条体は、『目的達成に向けた行動を起こせ』
というメッセージを受けとる。この刺激は強力で、意志の力だけでこの
衝動を克服するのは、非常に難しい」(K・ローットワイラー・オゼッリほか、
「サイエンス」)という。
喫煙者がタバコの煙をかいだり、アルコール依存症の人が、酒の臭いを
かいだときと同じような現象が、脳の中で起こる。
とたん、子どもは(おとなも)、そのモノを強烈にほしがるようになる。
それはふつうの反応ではない。
ふつうでないことは、たとえばタバコをやめられない人や、酒をやめられない
人のことを考えてみればよい。
しかしこのとき、ドーパミンの働きを打ち消そうという働きも、同時に発生する。
これを大脳生理学の世界では、「フィードバック」と呼んでいる。
つまり、感覚がマヒしてくる。
マヒしてくるから、つぎのときは、さらに強い刺激を求めるようになる。
(実際には、「薬物依存患者などは、線条体に見られる(D2ドーパミン受容体)
の数が少ないのがふつう。……これはおそらく、麻薬などを何度も摂取するたびに
繰りかえされるドーパミンの急増を、脳が何らかの形で相殺しようとしている
のだろう」(同、K・ローットワイラー・オゼッリほか)とのこと。)
こうして物欲は、かぎりなくエスカレートしていく。
だから、子どもにモノを買い与えるのは、最小限にしたほうがよい。
できれば、そういう習慣は、やめたほうがよい。
わかりやすく言えば、一度、物欲にとらわれた子ども(人)は、
それを断ち切るのは容易なことではない。
ばあいによっては、物欲の奴隷となる。
ちょうど喫煙者がタバコの奴隷になり、アルコール依存症の人が、アルコール
の奴隷になるように、だ。
だから、先にも書いたように、モノを買い与えても、感謝するのは
そのときだけ、ということになる。
が、さらに恐ろしいことは、つぎのステップで起こる。
こうした欲望の奴隷になった子ども(人)は、それが満たされないとわかると、
パニック状態になる。
狂乱状態になることもある。
ときどきショッピングセンターなどで、「あれ、買ってエ!」と、泣き叫ぶ
子どもを見かけるが、それもその一例ということになる。
「実際には逆効果」というのは、そういう意味である。
で、だからといって誠司が理想的というわけではない。
現代という社会は、物欲を中心になりたっている。
その物欲が、経済活動の原動力にもなっている。
もし現代という社会で、物欲を否定してしまったら、
社会そのものが、崩壊してしまう。
子ども(人)の立場でいうなら、社会そのものに同化できなく
なってしまう。
「欲しい」という意欲があるからこそ、そこから勤労意欲が生まれる。
だから「ある程度は・・・」ということになる。
ある程度の物欲は必要だし、そのための教育(?)も必要ということになる。
が、あくまでも「ある程度」。
その「程度」を超えたとき、その子どもは、かぎりなくドラ息子化する。
結果として、結局は苦労するのは、その子ども自身ということになる。
それだけは、注意したほうがよい。
(補記)
ドーパミン……快楽追求行動を調整している神経伝達物質
条件づけ反応……報酬と喜びに関連する脳の刺激に対する反応。これによって
条件づけ反応が生じ、その環境に身を置いただけで、反応が起こる
ようになる(以上、日経「サイエンス」07−12、p54)
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist はやし浩司 物欲 物欲の
メカニズム 子どもの物欲 子供の物欲 線条体 ドーパミン受容体 視床下部)
+++++++++++++++
この原稿に関連して、「100倍論」
について。
+++++++++++++++
【100倍論】
●年長から小学二、三年にできる金銭感覚
子どもの金銭感覚は、年長から小学二、三年にかけて完成する。この時期できる金銭感
覚は、おとなのそれとほぼ同じとみてよい。が、それだけではない。子どもはお金で自分
の欲望を満足させる、その満足のさせ方まで覚えてしまう。これがこわい。
●一〇〇倍論
そこでこの時期は、子どもに買い与えるものは、一〇〇倍にして考えるとよい。一〇〇
円のものなら、一〇〇倍して、一万円。一〇〇〇円のものなら、一〇〇倍して、一〇万円
と。つまりこの時期、一〇〇円のものから得る満足感は、おとなが一万円のものを買った
ときの満足感と同じということ。そういう満足感になれた子どもは、やがて一〇〇円や一
〇〇〇円のものでは満足しなくなる。中学生になれば、一万円、一〇万円。さらに高校生
や大学生になれば、一〇万円、一〇〇万円となる。あなたにそれだけの財力があれば話は
別だが、そうでなければ子どもに安易にものを買い与えることは、やめたほうがよい。
●やがてあなたの手に負えなくなる
子どもに手をかければかけるほど、それは親の愛のあかしと考える人がいる。あるいは
高価であればあるほど、子どもは感謝するはずと考える人がいる。しかしこれはまった
くの誤解。あるいは実際には、逆効果。一時的には感謝するかもしれないが、それはあ
くまでも一時的。子どもはさらに高価なものを求めるようになる。そうなればなったで、
やがてあなたの子どもはあなたの手に負えなくなる。
先日もテレビを見ていたら、こんなシーンが飛び込んできた。何でもその朝発売になる
ゲームソフトを手に入れるために、六〇歳前後の女性がゲームソフト屋の前に並んでい
るというのだ。しかも徹夜で! そこでレポーターが、「どうしてですか」と聞くと、
その女性はこう答えた。「かわいい孫のためです」と。その番組の中は、その女性(祖
母)と、子ども(孫)がいる家庭を同時に中継していたが、子ども(孫)は、こう言っ
ていた。「おばあちゃん、がんばって。ありがとう」と。
●この話はどこかおかしい
一見、何でもないほほえましい光景に見えるが、この話はどこかおかしい。つまり一人
の祖母が、孫(小学五年生くらい)のゲームを買うために、前の晩から毛布持参でゲーム
屋の前に並んでいるというのだ。その女性にしてみれば、孫の歓心を買うために、寒空の
もと、毛布持参で並んでいるのだろうが、そうした苦労を小学生の子どもが理解できるか
どうか疑わしい。感謝するかどうかということになると、さらに疑わしい。苦労などとい
うものは、同じような苦労した人だけに理解できる。その孫にすれば、その女性は、「た
だのやさしい、お人よしのおばあちゃん」にすぎないのではないのか。
●釣竿を買ってあげるより、魚を釣りに行け
イギリスの教育格言に、『釣竿を買ってあげるより、一緒に魚を釣りに行け』というのが
ある。子どもの心をつかみたかったら、釣竿を買ってあげるより、子どもと魚釣りに行け
という意味だが、これはまさに子育ての核心をついた格言である。少し前、どこかの自動
車のコマーシャルにもあったが、子どもにとって大切なのは、「モノより思い出」。この思
い出が親子のきずなを太くする。
●モノに固執する国民性
日本人ほど、モノに執着する国民も、これまた少ない。アメリカ人でもイギリス人でも、
そしてオーストラリア人も、彼らは驚くほど生活は質素である。少し前、オーストラリ
アへ行ったとき、友人がくれたみやげは、石にペインティングしたものだった。それに
は、「友情の一里塚(マイル・ストーン)」と書いてあった。日本人がもっているモノ意
識と、彼らがもっているモノ意識は、本質的な部分で違う。そしてそれが親子関係にそ
のまま反映される。
さてクリスマス。さて誕生日。あなたは親として、あるいは祖父母として、子どもや孫
にどんなプレゼントを買い与えているだろうか。ここでちょっとだけ自分の姿勢を振りか
ってみてほしい。(中日新聞掲載済み)
(030716)
+++++++++++++++++
物欲によって、破壊される
親子関係について……
+++++++++++++++++
●バラバラになる親子
Aさんは会社のリストラで職をなくした。企業診断士の資格をもっていたので、市内の
マンションを借りてコンサルタント事務所を開いた。が、折からの不況で、すぐ仕事は行
きづまってしまった。しかしそれが悲劇の始まりだった。
まず大学一年生になったばかりの長女が、Aさんを責めた。「大学だけは出してもらう。
あんたに責任をとってもらう」と。次に二女もそれに加わり、「お父さんが勝手なことばか
りしているから、こうなったのだ」と。本来ならここで母親が間に入って、父と娘たちの
調整をしなければならないのだが、その母親まで、「生活ができない」と言って、家を飛び
出してしまった。家族といっても、一度歯車が狂うと、どこまでも狂う。狂ってバラバラ
になってしまう。Aさんはこう言った。「妻の家出のことで助けを求めたとき、長女に『自
業自得でしょ』と言われました。そのときは背筋が凍る思いがしました」と。
Aさんは何とか親戚中からお金をかき集めて、長女の学費を工面した。が、そういう苦
労などどこ吹く風。長女は妻が身を寄せている三重県の実家へは帰るものの、Aさんのと
ころには寄りつかなくなってしまった。仕送りが遅れたりすると、長女から矢の催促が届
くという。
こう書くとAさんをだらしない男のように思う人もいるかもしれないが、ごくふつうの、
しかも典型的なまじめ型人間。日本人の何割かが、彼のような人物といってもよい。人一
倍家族思いで、また家族のためならどんな苦労もいとわない。Aさんはこう言う。「朝早く
仕事にでかけ、いつも帰るのは真夜中。家族はそれで満足してくれていると思っていまし
た。しかし妻も娘たちも、自分とはまったく違ったとらえ方をしていたのですね」と。
そのAさんは今は、二女の進学問題で悩んでいる。「お金がないから……」と言いかける
と、次女は「今ごろそういうことを言われても困る」と。「そういう話は前もって言っても
らわなければ困る」とも。
イギリスの格言に、『子どもに釣り竿を買ってあげるより、一緒に釣りに行け』というの
がある。親というのは、子どもに何かものを買ってあげることで、親としての義務を果た
したかのように思うかもしれない。が、それでは子どもの心をつかむことはできない。子
どもの心をつかみたかったら、「釣りに行け」と。何でもないことのようだが、親子の意識
のズレはこうして始まる。「してあげた」と思う親。それを「当たり前」と思う子ども。そ
してそのズレが無数に積み重なって、Aさんのようになる。いつか気がついてみたら、家
族の心がバラバラになっていた、と。ついでに一言。
私たち戦後の団塊世代は、あのひもじさを知っている。だから子どもたちには、そのひ
もじい思いをさせたくないとがんばってきた。結果、今の子どもたちは、「ひもじい」とい
う言葉の意味そのものすら知らない。しかしそれが今、あちこちの家庭で裏目に出ようと
している。Aさんの家庭もそんな家庭だが、皮肉と言えば、これほど皮肉なことはない。
(中日新聞掲載済み)
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●他責型ママ、自責型ママ
母親にも他責型と自責型がある。
たとえば自分の子どもに何か問題を発見したようなとき、
即座に、「子どもを何とかしよう」と考えるのが、他責型。
一方、「自分の育て方に問題がある」と考えて、いつもその
責任を自分に求めるのが、自責型。
子育てでは、自責型ママのほうがよい。
また自責型ママの子どもは、それほど大きな問題を起こさない。
さらに最近では、「子どもは家族の代表にすぎない」、だから
「子どもに何か問題があったら、それは家族全体の問題」と
考えるようになってきた。
たとえば子どもに、ドラ息子症状が現われてきたとする。
わがままで、自分勝手。享楽的で、感情的。
自己中心性が強くなり、他者との協調性が失われる・・・。
それを母親に、それとなく指摘すると、即座に、「子どもをなおそう」と
考えるのが、他責型ママということになる。
「では、どこの病院へ行けばいいのですか?」と私に聞いた親もいた。
他責型ママほど、自分は完成された母親であり、自分には
問題がないと考える。
それだけ自己中心性が強いから、子どもの心がわからない。
わからないから、ますます悪循環の世界に入ってしまう。
これに対して自責型ママは、自分に責任を求める。
だから会話のし方そのものが、ちがってくる。
「そういう子どもにしたのは、自分自身」と考えて、
それまでの子育てのあり方を反省したり、見なおしたりする。
だから悪循環に陥ることもなく、子どもも、そのまま
よい方向に向かう。
……ということで、こんな例がある。
私の知人だが、3人の息子をもっている人がいる。
その3人だが、3人も、高校を退学させられている。
長男は、無免許でバイクを運転して、警察に逮捕された。
二男は、同じく無免許で車を運転していて、事故を起こした。
(このとき同乗していた高校生が、軽いけがをしている。)
三男は、ガールフレンドを妊娠させてしまった。
(相手の親は、「強姦だった」と主張した。)
3人のうち、1人くらいなら・・・、というケースは多い。
しかし3人とも・・・、というケースは少ない。
その母親は、「子どもたちが悪い」といつも言っていた。
しかしその遠因は、実は、母親自身にあった。
かなりわがままな女性で、他人の話など、ほとんど聞かなかった。
ここでいう他責型ママ。
学校の教師が何かをアドバイスしても、いつも即座に反論ばかり
していた。
「うちでは、ふつうです」「ほかの子にそそのかされただけです」と。
だからいつしか、教師のほうが、その母親を敬遠するようになった。
・・・ということが重なって、3人も、退学させられてしまった。
そこでクエスチョン。
あなたは他責型か、それとも自責型か?
こと子育てにおいては、つねに自責を心がけたらよい。
子どもに何か問題が起きたら、それは自分の問題、家族の問題と考える。
そういう姿勢が、子どもを、結局は守るということになる。
++++++++++++++
●他責型と自責型
たとえばテーブルの上にあったコップを落として、そのコップを割ったとする。
そのとき、すかさず、「だれ、こんなところにコップを置いたのは!」と、
責任を他人に求めるのが、他責型。
だれかがその人の不注意を指摘したりすると、即座に反論する。
「私は、手がすべっただけ」
「だれだって、ときには、失敗することもあるでしょ」と。
一方、自責型は、他人がコップを落として割っても、「ごめん、ごめん、
私がこんなところにコップを置いたのがいけなかった」と、即座に、自分に責任を求める。
そのコップを落とした人が、「ごめん」とあやまっても、「いいの、あなたは
誤らなくても・・・。私が悪いんだから」と言ったりする。
ただし、他責型が悪く、自責型がよいとも、言えない。
一般論から言うと、他責型ママは、他人に責任を転嫁するのがうまく、
うつ病にはならない。・・・なりにくい。
一方、自責型ママは、いつも自分を責める分だけ、うつ病になりやすい。
他責型は楽天的。
そこに大きな問題があっても、それに気づかないこともある。
自責型は、ものごとを深刻にとらえがち。
ささいなことを、針小棒大に考えて、悩んだり苦しんだりする。
神経質になったり、過干渉、過関心になったりしやすい。
こうしたちがいが、子育てに反映されることもある。
(はやし浩司 自責型ママ 他責型ママ 他責人間 自責人間)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●なぜ、今、ウォン安? (危機的状況の韓国経済)
(The Second Crisis is now attacking South Korea)
+++++++++++++++++
世界的に、現在、ドル安。
だから日本円も、それにつられて、円高。
半年前には、1ドル=120円前後だった。
それが今日現在は、106円前後。
それはわかる。
が、韓国のウォンは、半年前には
1ドル=900ウォン前後だった。
が、今日現在は、1044円ウォン!
どうして韓国のウォンだけが、世界の
流れに対して逆行しているのか?
理由は簡単。
ドルの価値がさがる以上に、ウォンが売られている。
朝鮮N報は、つぎのように伝える(6月30日)。
『原油高のショックで韓国経済が全体的に難局に直面する中、外国人投資家による韓国株
式市場での売り越し規模が4兆ウォン(約4100億円)を超えた。
年初来の外国人による売り越し規模は27日時点で17兆4570億ウォン(約1兆7920億
円)に膨らんだ。このまま推移すれば、1992年の株式市場開放以降最高だった昨年の24
兆7117億ウォン(約2兆5360億円)を超えるのは確実だ。
さらに6月の貿易収支は20日までの暫定集計で50億ドル(約5320億円)の赤字とな
り、韓国経済の困難が増大している』と。
わかるかな?
外国人投資家たちが、ウォンを売って、ウォン以外の
外貨に交換している。
ウォンが必要以上に売られているから、ウォン安。
つまり韓国を見捨て始めている!
具体的には、今年になってから、170億ドル(約1兆
8000億円)もの株式を、売り越している(朝鮮N報)。
その結果、どうなる?
朝鮮N報は、『雪だるま式に膨らむ、貿易赤字』と出して
つぎのように伝えている(同、6月30日)。
『原油高で原油の輸入単価が上昇し、貿易収支は通貨危機当時の1997年(85億ドル〈現
在のレートで約9000億円〉の赤字)以降初めて赤字に転落する見通しだ。年初来6月20
日までの貿易赤字は106億9694万ドル(約1兆1380億円)に膨らんだ。政府は当初、今
年の貿易収支を130億ドル(約1兆3800万円)の黒字と予測していた』と。
つまり当初韓国政府は、08年度は、130億ドルの黒字を予想していた。
それが一転して、08年度は、6月末までだけで、107億ドルの赤字!
このまま赤字が膨らめば、朝鮮N報が伝えるように、「雪だるま式に」、貿易赤字は
増大する。
……が悪いことは重なる。
現在、韓国では、アメリカ産牛肉問題で、国内情勢が
きわめて不安定になっている。
「今のところだいじょうぶ」と、韓国政府はがんばっているが、
その異常さは、ふつうではない。
恐らく外国人投資家たちも、そう見ている。
現在の韓国に、積極的に投資する外国人投資家は、いない。
この先、外国人投資家の逃避はつづく。
ますますウォン安になる。
貿易赤字が膨らむ。
あとは、想像するだけでも、ゾッとする。
第2のデフォルト(=国家破綻)が、ここまで現実化してくると、
その言葉を使うのも、恐ろしい。
(2008年6月30日記)
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 韓国経済 危機的状況の韓
国 デフォルト 国家破綻 債務不履行)
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 8月 4日号
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【こどもたちへ】(Songs for Children, written by Hiroshi Hayashi)
●低俗な番組は見ないほうがいいよ
夜になると、低俗な人たちがテレビで騒いでいるね。
バラエティ番組という名前がついている、あれだよ。
意味もないことを、ギャーギャーと言ったり、騒いだりしている。
ああいう人たちはね、実際には頭の中はカラッポ。
自分の知っている情報を、右から左へと、適当に流しているだけ。
思いついたことを、ペラペラと話しているだけ。
ときどきもっともらしいことを言うけどね、たいていは、人の受け売り。
だからいくらああいう人の意見を聞いても、君たちのためにはならないよ。
時間をムダにするよ。人生をムダにするよ。
いやね、それだけではない。
ああいう番組を見れば見るほど、君たちも、愚かになるよ。
言い方や、しぐさまで、似てくるよ。
今度ね、ゆっくりと、ああいう番組に出てくる人を観察してみてごらん。
ぼくには、どう見ても、スーツを着たサルにしか見えない。
ぼくがおかしいのかな。それともテレビがおかしいのかな。
でも、少しだけ、冷静に考えて見てごらん。
君たちは、本当にああいうおとなになりたいかい。
本当にああいうおとなが、理想のおとなと思うかい。
できれば、一度、音を切って、見てみてごらん。
顔や口の動きだけを見てごらん。
ぼくの言っている意味がわかるはずだよ。
●幸せの目標
幸福なんてものはね、
そんなに遠くにあるんじゃ、
ないんだよ。
君たちのすぐそばにあって、
君たちに見つけてもらうのを、
息をひそめて
静かに待っているんだよ。
「早く見つけてくれ」ってね。
何だと思う?
幸福って。
それはね、
「家族」だよ。
家族が、一番大切なものだよ。
家族にはね、
三つの役目がある。
(1)家族は助けあう。
(2)家族は守りあう。
(3)家族は理解しあう。
今日からね、大声で
こう言おうよ。
「私にとって、一番、大切なものは
家族です!」って。
「家族を一番大切にします!」って。
家族を大切にするということは、
とってもすばらしいことなんだよ。
そしてね、
それが結局は、
幸福の原点なんだよ。
●賢明な人、愚(おろ)かな人
賢明な人はね、なくす前に、その価値に気づくんだよ。
しかしね、愚かな人は、なくしてから、その価値に気づくんだよ。
たとえば健康。たとえば時間。たとえば家族。
それからね、愚かな人とは、つきあってはダメだよ。
愚かな人とつきあっていると、君たちまで、愚かになるよ。
いいかな。
自分よりすぐれている人を見つけて、
その人をいつも目標にするといいよ。
賢明な人はね、いつも自分より、より賢明な人をみつけて、
自分の力のないことを、嘆くのさ。
愚かな人はね、いつも自分より、より愚かな人をみつけて、
それで自分をなぐさめるのさ。
それからね、賢明な人は、愚かな人を相手にしない。
でもね愚かな人は、賢明な人に、あれこれ文句を言ってくる。
自分が愚かだとわかっていないからね。
だからちょうど、図書館で本を選ぶように、
君たちも、友や仲間を選ぶんだよ。
これはとても大切なことだよ。
●バカな人
ついでにね、
「フォレスト・ガンプ」という映画の中で、
フォレストのお母さんが、こう言うよ。
「バカなことをする人を、バカと言うのよ。頭じゃ、ないのよ」と、ね。
いい映画だから、一度は見てごらん。
いいかな。バカなことをする人を、バカというんだよ。
勉強ができないとか、成績が悪いとか、そういうことではないよ。
バカなことをする人を、バカというんだよ。
タバコを吸ったり、バイクで夜中に騒いだり、
ゴミを平気で捨てたり、道路にツバをはいたり、
人をキズつけるようなことを平気で言う人を
バカって、いうんだよ。
人をいじめたり、いやがらせをしたり、仲間ハズレをしたりして
おもしろがっている人を、バカっていうんだよ。
君は、そのバカな人ではないんだよ。
だってね、
この文を読んでね、バカの本当の意味がわかったからね。
●懸命に生きようね
「今」を、懸命に生きようね。
あとのことは、考えなくてもいい。
「今」を懸命に生きて、あとのことはあとに任せようよ。
結果はいつも、あとから、勝手についてくる。
気にしなくていい。心配しなくていい。
ぼくもね、この文を、今、懸命に書いているよ。
だれかが読んでくれるかどうか、わからないけれど、
懸命に書いているよ。でもね、大切なことは、
だれかに読んでもらえるかどうかなどということではないよ。
気にしないことだ。ぼくはぼくだし、君は君だ。
でもね、君は、ここまで読んでくれた。
心から「ありがとう」と言うよ。
本当に、ありがとう。
君のことを、心から愛しているよ。
君はね、決して、ひとりぼっちじゃ、ないよ。
心から愛しているよ!
ではね。
またいつか、このページを読んでね!
●子どもたちへ
魚は陸にあがらないよね。
鳥は水の中に入らないよね。
そんなことをすれば死んでしまうこと、
みんな、知っているからね。
そういうのを常識って言うんだよね。
みんなもね、自分の心に
静かに耳を傾けてみてごらん。
きっとその常識の声が聞こえてくるよ。
してはいけないこと、
しなければならないこと、
それを教えてくれるよ。
ほかの人へのやさしさや思いやりは、
ここちよい響きがするだろ。
ほかの人を裏切ったり、
いじめたりすることは、
いやな響きがするだろ。
みんなの心は、もうそれを知っているんだよ。
あとはその常識に従えばいい。
だってね、人間はね、
その常識のおかげで、
何十万年もの間、生きてきたんだもの。
これからもその常識に従えばね、
みんな仲よく、生きられるよ。
わかったかな。
そういう自分自身の常識を、
もっともっとみがいて、
そしてそれを、大切にしようね。
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●『告発のとき』+言葉感覚
My ability in my language has been getting worse?
++++++++++++++++
トミー・リー・ジョーンズ主演の映画、
『告発のとき』を見てきた。
原題は『In the Valley of Elah』?
さらに原題は、『Death and Dishonor』?
『Death and Dishonor』は、雑誌・プレイボーイに
掲載されたときの原題。
「死と不名誉」という意味である。
どうであるにせよ、『告発のとき』という題名は、
おかしい?
映画の内容と一致しない?
映画を見終わったあと、「どうしてそんな題名なのか?」と思った。
そう思ったところで、私の思考は停止状態になってしまった。
(あるいは私の言葉感覚がおかしいのかもしれない。)
内容は、「アメリカで怒った実在の事件を
モデルにした人間ドラマ」(Anemo
Movie・HP)だ、そうだ。
同じHPには、つぎのようにある。
「……退役軍人(トミー・リー・ジョーンズ)の息子(ジョナサン・タッカー)は、イラクの最前線から
アメ
リカに帰国した直後に、軍隊から脱走する。地元警察の捜査官(シャーリーズ・セロン)の助け
を借
りて、父は息子を探しだそうとするが、そこにはある秘密が隠されていた。真実を追い求める
につ
れて、父親の知らない息子の素顔が明らかになっていく……」(同HP)と。
「秘密」といえば、秘密ということになるが、
しかし「告発」という言葉とは、どう考えても
結びつかない。
その映画を見てから、今日で3日目になるが、
いまだに、その疑問が解けないでいる。
どうして『告発のとき』なのか?
原題の『イーラの谷で』でもよかったのでは?
あるいはプレイボーイ誌に載った、『死と不名誉』でも
よかったのでは?
ただし、私がスクリーン上で見た原題(英文)は、
別のものだったように気がする。
だれかの個人名を含んだ原題だったように
記憶している。
(このあたりがあいまで、ゴメン!)
ともかくも、『告発のとき』を見てきた。
星は、3つの★★★。
よい映画だとは思うが、娯楽映画ではない。
(Anemo Movie)が解説しているように、
「人間ドラマ」。
私は基本的には、娯楽映画を好む。
劇場まで、お金を払って見に行く以上、
それなりに楽しみたい。
ハハハと笑いながら、楽しみたい。
というわけで、深刻な映画は、どうも肌に合わない。
その映画についても、全体としてみると、退廃的で、殺伐としている。
殺人、麻薬、酒、女……、と。
で、星は、3つ。
2つでもいいかな……?
私が「やっぱり、インディ・ジョーンズのほうにすればよかった」
と言うと、ワイフも、「そうね。次回の楽しみよ」と応じてくれた。
……しかしどうしてインディ・ジョーンズは、
あれほどまでにはげしい戦闘を経験しながら、
PTSD(心的外傷後ストレス障害)にならないのだろう?
屈強なアメリカ兵でも、インディ・ジョーンズの
ような経験をしたら、数日で、PTSDになってしまうだろう。
『告発のとき』の中のマイク(息子)のように……。
ついでながら、時事通信は、たまたま今日、こんな事実を
伝えている(6月30日)。
+++++++++++以下、時事通信より抜粋+++++++++++++
【ワシントン29日時事】米陸軍で昨年自殺した兵士は、前年より約13%増の115人
だったことが29日、わかった。1990年以降最悪という。米主要メディアが伝えた。
イラクやアフガニスタンでの戦いが長期化し、兵士の心的外傷後ストレス障害(PTS
D)が深刻化。米国防総省内では対策が緊急の課題となっている。
陸軍の調査では、43%が帰国後に、24%が最初の派遣で自殺していた。自殺者には
州兵と予備役も含まれている。また、935人が自殺を試みた。
+++++++++++以上、時事通信より抜粋+++++++++++++
戦争は、純朴な若者を、悪魔へと変えていく。
『告発のとき』という映画は、それを私たちに
伝えたかったのだろう。
それはよくわかるが……。
++++++++++++++++
●私の言葉感覚
++++++++++++++++
私の言葉感覚がおかしいのか?
それとも、世間一般の言葉感覚の
ほうが、おかしいのか?
「言葉感覚」という話が出たので、
ついでに、こんな話も書いてみたい。
++++++++++++++++
私の言葉感覚がおかしいのか?
それとも、世間一般の言葉感覚の
ほうが、おかしいのか?
まず、つぎの文章(詩)を読んで
みてほしい。
この詩は、ある青年が、26歳
のとき、書いたものである。
そのまま紹介する。
++++++++++++++++
わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い証明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの古い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)
これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鉱質インクをつらね
(すべてわたしと明滅し
みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケッチです
これらについて人や銀河や修羅や海胆は
宇宙塵をたべ または空気や塩水を呼吸しながら
それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが
それらも畢竟こゝろのひとつの風物です
たゞたしかに記録されたこれらのけしきは
記録されたとほりのこのけしきで
それが虚無ならば虚無自身がこのとほりで
ある程度まではみんなに共通いたします
(すべてがわたしの中のみんなであるやうに
みんなのおのおののなかのすべてですから)
++++++++++++++++
失礼があってはいけないので、一字一句、誤りがないように、
私自身がタイプして転写してみた。
この詩について、ある女性は「電撃に打たれた
ような衝撃と感動を覚えた」と書き、また
別の男性は、「人と人の交流の大切さを教える
すばらしい詩」と評している。
ウィキペディア百科事典の中にも、「特筆すべきは、
作者の特異で旺盛な自然との交感力である」とある。
私は、「フ〜〜ン」と思っただけで、そのあとの
言葉がつづかない。
もし私の身近で、こういう詩を書く人がいたら、
私は、まずその人の脳みその状態を疑うだろう(失礼!)。
相手が中学生か高校生だったら、「C」をつけた上、
書きなおしを勧めるかもしれない。
それとも私の言葉感覚がおかしいのか?
もちろんこんなことを書けば、私の脳みその状態の
ほうが疑われる。
そこで再度、この詩を読みなおしてみる。
(読者のみなさんも、どうか読みなおしてみてほしい。)
私以外の人たちは、「すばらしい」「すばらしい」と
この詩を賞賛する。
が、私には、どうにもこうにも理解できない。
理解できないばかりか、読めば読むほど、
気が変になっていくようにすら感ずる。
読者のみなさんは、どうであろうか?
ということで……実は、この詩は、あの宮沢賢治
(1896〜1933)が、26歳のときに書いたものである。
出典は「春と修羅」序文。
ウィキペディア百科事典には、つぎのようにある。
『詩集では制作日として(1922・4・8)という注記がある(賢治の場合、発表まで
の間に何度も書き直しを行う場合がほとんどであるため、第一稿を着想ないしは執筆した
日付と考えられている)。また、タイトルに"mental sketch modified"という副題が付さ
れている。なお、本詩集中の「青い槍の葉」「原体剣舞連」にも同じ副題が付いている』と。
この詩のみならず、私は同じような印象を、
あの『注文の多い料理店』を読んだときにも、もった。
『二人の若い紳士が、すっかりイギリスの兵隊のかたちをして、ぴかぴかする鉄砲をかつ
いで、白熊のような犬を二疋つれて、だいぶ山奥の、木の葉のかさかさしたとこを、こん
なことを云いながら、あるいておりました。
「ぜんたい、ここらの山は怪しからんね。鳥も獣も一疋も居やがらん。なんでも構わない
から、早くタンタアーンと、やって見たいもんだなあ……」という、あの『注文の多い料
理店』である。
みなは「すばらしい」「すばらしい」と絶賛する。
学校で使う教科書にも載っている。
英文のみならず、いろいろな言語に翻訳されて、世界中に紹介されている。
さらに宮沢賢治個人については、記念館もある。
作品館もある。
宮沢賢治の作品を研究する学会まである。
そういう宮沢賢治のような「国民的作家」(某HP)の
代表作に「?」マークをつけるのは、たいへん勇気の
いることである。
むしろ私のほうが、袋叩きにあってしまう。
あの『注文の多い料理店』にしても、「宮沢賢治が、
都会から来たハンターに敵意をもっていたことがわかる、
秀作」(某HP)というのが、一般的な評価である。
やはり私は、「フ〜〜ン」と思っただけで、そのあとの
言葉がつづかない。
もう一作、『春と修羅』より、紹介する。
+++++++++++++++
心象のはいいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の濕地
いちめんのいちめんの諂曲(てんごく)模様
(正午の管楽(くわんがく)よりもしげく
琥珀のかけらがそそぐとき)
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾(つばき)し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(風景はなみだにゆすれ)
碎ける雲の眼路(めじ)をかぎり
れいらうの天の海には
聖玻璃(せいはり)(せいはり)の風が行き交ひ
ZYPRESSEN春のいちれつ
くろぐろと光素(エーテル)(エーテル)を吸ひ
その暗い脚並からは
天山の雪の稜さへひかるのに
(かげらふの波と白い偏光)
まことのことばはうしなはれ
雲はちぎれてそらをとぶ
ああかがやきの四月の底を
はぎしり燃えてゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(玉髄の雲がながれて
どこで啼くその春の鳥)
日輪青くかげろへば
修羅は樹林に交響し
陥りくらむ天の椀から
黒い木の群落が延び
その枝はかなしくしげり
すべて二重の風景を
喪神の森の梢から
ひらめいてとびたつからす
(気層いよいよすみわたり
ひのきもしんと天に立つころ)
草地の黄金をすぎてくるもの
ことなくひとのかたちのもの
けらをまとひおれを見るその農夫
ほんたうにおれが見えるのか
まばゆい気圏の海のそこに
(かなしみは青々ふかく)
ZYPRESSENしづかにゆすれ
鳥はまた青ぞらを截る
(まことのことばはここになく
修羅のなみだはつちにふる)
あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
(このからだそらのみぢんにちらばれ)
いてふのこずえまたひかり
ZYPRESSENいよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ
++++++++++++++
一説によると、宮沢賢治自身は、生きている間は、
著作による収入は、ほとんどなかったと言われている。
彼が有名になるのは、むしろ死んだあとからのことらしい。
ウィキペディア百科事典にも、「死の直後から、
主に草野心平の尽力により、多数の作品が刊行された」とある。
どうであるにせよ、やはり私の言葉感覚のほうが、
おかしいようである。
ただ私のワイフだけは、こう言った。
「私たちは作られた虚像に振り回されているだけじゃ、ないの?」と。
そうかもしれない。
そうでないのかもしれない。
……それとも私やワイフの脳みその能力が低下したの
かもしれない。
あとの判断は、読者の皆さんに任せる。
+++++++++++++++++
●再び『告発のとき』
結論というわけでもないが、私は、どうしても
『告発のとき』というタイトルに違和感を覚えてしまう。
どうして『告発のとき』なのか?
フ〜〜ン。
やはり私の言葉能力のほうが、おかしいのかもしれない。
あるいは少しボケてきた?
そういう心配もあるので、よけいに気になるのかもしれない。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 宮沢賢治 春と修羅 注文
の多い料理店 告発のとき はやし浩司 言葉感覚 言語能力 言語感覚)
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●都市伝説(The Legend made by TV Stations)
+++++++++++++++++
2008年5月から6月にかけて、韓国で、
常識では理解できないデモが発生した。
先週の6月26日にも、デモが発生したという。
連日、キャンドルを片手にした数万人単位の
群衆が、「アメリカ産牛肉輸入禁止」の
デモを繰り広げた。
が、やがてそれが暴徒化。
新聞社を襲撃したり、機動隊員や民間人に対して
無差別暴力を繰りかえすようになった。
その中には、多くの小中学生までもが加わっていた。
「まだ15歳なのに死んでいくしかないのか」と、将来を悲嘆する
子どもまで現われたという(朝鮮N報)。
そのため連日のデモにより、イ大統領は、
青瓦台の人事刷新、内閣改造という事態にまで追い込まれた。
当初は左派系の政治団体が、右派系の
大統領府を攻撃するために、政治的にしくまれた
デモを疑われた。
それにしても、なぜにこれほどまでに過激な(?)デモに
なってしまったのか?
「たかが……」というと、叱られるかもしれないが、
たかが牛肉問題ではないか。
「米国で米国産牛肉を食べて狂牛病に
かかった人は一人もいない」
「狂牛病が人に感染したと考えられている
変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の発症例は、
今年に入り世界で1件もない」(朝鮮N報)
という事実があるにもかかわらず、
韓国の人たちは、デモに走った。
なぜか?
私は一連のデモ騒動についての報道を見ながら、
あのH・G・ウェルズの『宇宙戦争』を
思い浮かべていた。
「ひょっとしたら韓国の人たちは、だれかに
踊らされているだけではないのか?」と。
+++++++++++++++++
ウィキペディア百科事典には、つぎのようにある。
+++++++++++++++以下、ウィキペディア百科事典より++++++++
ラジオドラマ『宇宙戦争』(うちゅうせんそう、The War of the Worlds)は、オーソン・ウ
ェルズが、H.・G・ ウェルズ作『宇宙戦争』を、ラジオ番組化したものである。
1938年10月30日にハロウィン特別番組として、アメリカのラジオ番組Mercury Theatre
on the Airで放送された。この生放送は多くの聴取者を恐怖させ、実際の火星人侵略が進行
中であると信じさせた。侵略がフィクションである旨を告げる「お断り」が何度もあったと
言われるが、そのうちの1度は放送開始直後、残り2度は終了間際であったため、その間、
聴取者側から見れば、混乱と恐怖のための時間が充分残っていた。
オーソン・ウェルズの翻案は、おそらく歴史上最も成功したラジオドラマ作品であろう。
それは、Radio Projectの最初の研究課題のひとつとなった。
ただし、このパニックについては、疑いも持たれている。当時新興メディアであったラジ
オに対して警戒心をあらわにしていた新聞がことさらにバッシングを行ったことが都市伝
説化したものだとする説も有力である。
+++++++++++++++以上、ウィキペディア百科事典より++++++++
デモの様子について、毎日新聞は、つぎのように伝える。
+++++++++++++以下、毎日新聞より+++++++++++++++++
【ソウル中島哲夫】韓国の米国産牛肉輸入反対デモが過激化し、機動隊と衝突するだけで
なく、デモに批判的な保守系大手紙の本社を襲撃したり、取材カメラマンや一般市民に暴
行するといった事例が相次ぎ始めた。
5月に始まった一連のデモは機動隊との衝突や警察車両の破壊へと次第にエスカレート。
李明博(イミョンバク)政権が米国との追加交渉を受けて牛肉輸入再開の手続きに踏み切
ると、一気に過激化した。
26日から27日にかけて、いずれも夜間にデモ隊の一部がソウル都心にある朝鮮日報、
東亜日報の社屋に押しかけ、ハンマーなどで正面玄関の社名ロゴや大型回転ドアのガラス
を破壊、周辺にゴミを積み上げたり汚物をまくなどした。
朝鮮日報社屋と接続しているホテルも植木鉢や入り口のガラスを割られたうえ、ロビー
に大量のゴミを投げ込まれ、職員3人はデモ隊から殴るけるの暴行を受けた。
東亜日報カメラマンは取材中、デモ隊に引きずり回されたあげく殴られて失神、病院に
運ばれた。朝鮮日報カメラマンも酒ビンを投げつけられて負傷した。
28日付の朝鮮日報によると、ホテル被害の現場で抗議した女性市民がデモ隊に取り囲
まれ、乱暴を止めようとした男性市民とともに殴られた。ホテル襲撃を主導した男を追跡
し逮捕しようとした刑事も周辺のデモ隊の暴行で妨害され、容疑者は逃走した。
デモの規模は6月10日をピークに縮小傾向にあるが、一般市民の参加激減に伴い、本
気で李政権退陣を求める戦闘的メンバーの比率が増大。左派系の新聞や、政府の官業民営
化方針に反発する公営や半官半民の主要放送局は「警察の過剰鎮圧」を強調するなどデモ
隊に好意的な報道を続けているが、もはや「非暴力の市民デモ」とは主張しにくい状況に
なっている。(毎日新聞6・29)
+++++++++++++以上、毎日新聞より+++++++++++++++++
また朝鮮N報は、つぎのように伝える。
+++++++++++++++以下、朝鮮N報より+++++++++++++++
米牛肉交渉が妥結したのは4月18日のことだった。当時、韓国で「米国産牛肉を食べたら
狂牛病(牛海綿状脳症〈BSE〉)になる」という都市伝説はほとんど聞かれなかった。だが、
2週間も過ぎた5月2日、「まだ15歳なのに死んでいくしかないのか」と中学生や市民が
キャンドル集会を始めた。
落ち着いていた民心に火を付けたのは、4月29日に放送されたMBCの報道番組『PD手
帳』の「米国産牛肉、果たして狂牛病から安全なのか」だった。これをきっかけに、テレ
ビ局は「米国産牛=狂牛病」という認識を植え付けるような主張を「じゅうたん爆撃」の
ように一斉に放送した。
『PD手帳』の主張の核心は故意の歪曲(わいきょく)やねつ造だったことが白日の下にさ
らされたが、これらの無責任な主張はネットで増幅され、今は世界のどこにも存在しない
「狂牛病騒動」を生み出した。
MBC『ニュースデスク』では『PD手帳』放送後の三日間、米国産牛肉の危険性を取り
上げた連続企画を放送し、多い日は全ニュース25項目のうち13項目をこの問題に充てた。
また、所々に狂牛病でもない「へたり牛」(自力で歩けずへたり込んだ牛)の映像を挿入し、
「米国産牛=狂牛病」と視聴者を洗脳した。5月4日には「へたり牛は狂牛病が疑われてい
たが食用と判定された」という無責任な『PD手帳』の主張を繰り返した。
KBS『ニュース9』も多いときは全ニュース28項目のうち16項目を米国産牛肉の問題
に割いた。ここでもまた、へたり牛の映像を随時流し、恐怖をあおった。「他国には輸出で
きない危険部位が韓国に送られる」「インスタントラーメンのスープ・薬のカプセル・化粧
品も安心できない」という科学的に証明されていない話も放送した。
KBS『時事トゥナイト』は5月5日、「今年2月に米国で"狂牛病が疑われる牛肉"6万
4000トンについて過去最大のリコール(回収)があった」と報じた。だが、このリコール
は狂牛病とは関係なかった。こうした誇張やうそ、都市伝説が朝の主婦向けワイドショー・
芸能番組・ラジオでも次々と流された。ごく常識的だと思われる人々も米国産牛肉と聞く
と顔をしかめるほどだった。
テレビ番組はこうした報道をしながらも、「米国で米国産牛肉を食べて狂牛病にかかった
人は一人もいない」という基本的かつ核心的な事実から目を背けた。申し訳程度に、韓国
政府関係者の発言を1〜2回取り上げただけだった。「狂牛病が人に感染したと考えられて
いる変異型クロイツフェルト・ヤコブ病の発症例は今年に入り世界で1件もない」という
事実も、テレビでは報じられなかった。
数日前、カナダで狂牛病にかかった牛が発見されたが、カナダのどこにも狂牛病騒動は
起きていない。騒動をあおるメディアがないのだ。2000年代初めに世界中を巻き込んだ狂
牛病の恐怖は、このように世界のほとんどの国で合理的な線で落ち着きつつある。だが、
韓国のテレビ局の暴力的なパワーは、世界のどこにもない「集団的な狂牛病の恐怖」を韓
国だけに生み出した。その真の目的が何なのかについては、今後一つ一つ明らかになって
いくだろう。
++++++++++++++++++
最近、キャンドル集会の規模は大きく縮小しているが、その一方で集会が一層過激さを増
しているのは、「デモ専門家」といわれる彼らの割合が大きくなっていることが大きな原因
と警察は分析している。
しかし、実際に過激な行為で連行されたり逮捕状が請求されているのは、そのほとんどが
大学生や失業者たちだった。先月24日以降、違法に道路を占拠したり暴力デモで警察に連
行された768人のうち、363人が大学生と失業者だった。
暴力行為で逮捕された6人も、失業者3人と大学生一人、日雇い労働者二人だった。警察
のある関係者は「デモに参加した経験の少ない人間はすぐに連行される。
デモ専門家たちは過激な行動をとる一方で、警察による取り締りが本格的に始まる前にそ
のほとんどが安全な地域に逃れている」と述べた。
李吉星(イ・ギルソン)記者
+++++++++++++++以上、朝鮮N報より+++++++++++++++
朝鮮N報の記事によれば、「(テレビ局の)うそとねつ造番組が、
狂牛病騒動を引き起こした」ということらしい。
それにしても、テレビの力には、ものすごいものがある。
改めて、その「力」に驚く。……と同時に、そのお「恐ろしさ」も
覚える。
はたしてこの日本は、だいじょうぶか?
少し前に書いた原稿を紹介する。
++++++++++++++
●インチキ放送
大阪にあるKテレビ放送局が、またまたインチキ番組を流した。「糸引き納豆は、ダイエ
ット効果がある」(「あるある大辞典2」)という番組だった。
たまたま私も、その番組を見た。しかしその番組は、すべてインチキだったというから、
すごい! ……と同時に、静かな怒りが私の心の中に充満した。「また、やられた!」と。
たしか番組の中では、毎日納豆を食べた人と、食べなかった人の体重を、比較していた
と思う。ともに3人ずつ出演したと思う(私の記憶)。
結果、毎日食べた人は、3キロ前後の減量に成功。そうでない人は、変化なし、と。
しかしこれらすべてが、やらせだったとは!
新聞報道によれば、
(1)中性脂肪が正常値になった……実際には、測定などしていなかった。
(2)納豆を食べた人と、食べなかった人の血液比較……架空のデータ。
(3)アメリカの大学教授の意見……別の研究者の論文を発表。
(4)出演者の写真……まったく無関係の人たちの写真を発表、だそうだ(中日新聞)。
とくに注意をひくのは、「日本の方々にも身近な食材で……」と、あたかも、その教授が
述べたかのようなコメントを、日本語訳で流したこと。「アメリカに住む教授だから、アメ
リカまで、耳に届くことはないだろう」という、制作者の思惑が、よく見てとれる。
私もだまされたという点で、このインチキ番組を見過ごすことができない。しかもそれ
がインチキと発覚したのは、何かの偶然によるという。つまりこうしたインチキは、氷山
の一角と考えてよい。
中日新聞は、「納豆ダイエット、ねつ造」「データ測定なし」と見出しにかかげている。
しかしそれにしても、悪質! だからといって、これからも納豆を食べるのをやめるわけ
ではないが、しかしそれを食べている自分が、アホに見えてきた。
その番組のあと、納豆を食べながら、「納豆って、ダイエット効果があるんだよ」とワイ
フに話した私。そんな私に対して、だれが、どう責任を取ってくれるというのか。
(付記)
日本人は、小ズルイね。ホント。正義なんて、子どものころから、教えていないもの。
へたに正義感を燃やしたら、受験競争そのものから、はじき飛ばされてしまう。そんな体
質が、こうした事件に集約されている。
+++++++++++++++
ついでにもう一作。
「ニセ科学」について書いた原稿。
+++++++++++++++
●ニセ科学(pseudo science)
In Japan very strangely most of the young people believe that each man's personal
character is decided by the blood type. It is only one of pseudo science, which widely
spread throughout Japan.
++++++++++++++++
家具屋の店員に、重い家具を搬入してもらった。
そのとき、私が「こんな家具、地震で倒れたら、たいへんだなア」と、ふと漏らすと、そ
の店員は、こう言った。
「重いから、倒れません」と。
私は、その言葉を聞いて、あっけに取られた。
血液型による性格判定についても、しかり。
つまり科学性、ゼロ!
++++++++++++++++
「Imidas、時事トレンド」の中に、こんな記事が載っていた。同志社大学教授の左
巻健男氏の書いたものだが、「人はなぜ、ニセ科学を信ずるのか?」というのが、それ。
左巻氏は、ニセ科学として、いくつかの例をあげている。そのひとつが、マイナスイオ
ン。
(5)マイナスイオンとは、化学で学ぶ「陰イオン」ではなく、これに近いのが、大気科
学の「負イオン」である。「滝にマイナスイオンが発生している」と言うばあいには、
負イオンだが、これが健康によいという根拠はない。
プラスイオンは「吸うと心身の状態が悪くなる」のに対して、マイナスイオンは空
気を浄化し、吸うと気持ちのイライラが解消し、ドロドロ血はサラサラに、アトピ
ーや高血圧症にも効き、健康にもいい」というのである。
これは「納豆ダイエット」でねつ造が発覚したテレビ番組「発掘、あるある大辞典」
(フジテレビ系)が火付け役で、1999年から2002年にかけて、特集番組で
驚くべき効能がうたわれた。
そこから有名企業までが、マイナスイオン類似の効果をうたう商品を製品化し、エ
アコン、冷蔵庫、パソコン、マッサージ機、ドライヤーや衣類、タオルなど、広範
囲の商品が市場に出されるに至った(以上、P162)、と。
ニセ科学は、血液型による性格判定だけではなかったというわけである。電気店へ行く
と、たしかにその種のうたい文句を並べた商品は多い。私はマイナスイオンにとくにこだ
わっていたわけではないが、今度、新しく購入した冷蔵庫にも、それがあった。
しかし左巻氏に言わせると、それもニセ科学だったとは! しかも火付け役が、あの「発
掘、あるある大辞典」だったとは!
左巻氏は、こうつづける。「マイナスイオン測定器でこれらを測定すると、1ccあたり、
数10万個との数値を示すが、空気の分子数とくらべると、微々たる数値にすぎないこと
に注意を要する」(同書)と。
だからといって、つまりImidasにそう書いてあったからといって、左巻氏の意見
を全面的に信ずるのもどうか、ということにもなる。しかしここは、やはり科学者である
左巻氏の意見を尊重したい。相手が、「発掘、あるある大辞典」では、話にならない。
左巻氏も書いているが、本当の問題は、こうしたニセ科学にあるのではなく、「人はなぜ、
ニセ科学を信ずるのか?」という部分。
もうひとつ、こんな例をあげている。
(6)容器に入った水に向けて、「ありがとう」と「ばかやろう」の「言葉」(文字)を書
いた紙を張り、その水を凍らせる。
すると「ありがとう」の水は、対称形の美しい六角形の結晶に成長し、「ばかやろう」
の水は、崩れた汚い形の結晶になるか、ならない。
ゆえに「水が言葉を理解する」と主張する『水からの伝言』(江本勝著)という本が
話題になった。
水という物質が、言葉によって影響を受けるということはない(同書)、と。
こんなアホなことは、だれにでもわかる。何も、左巻氏の説明を借りるまでもない。し
かし、だ。こんなアホな説を根拠に、教育界でも、「きれいな言葉を使いましょう」運動が
広まったという。
理由は、「人間の体の6〜7割は水だから」と。が、批判が高まると、「それに加担した
教育団体は、ホームページからその授業案を削除したが、いまもどこかで、こうした(道
徳)の授業が行われている」(同書)と。
しかし、『水からの伝言』とは何か? 江本勝という人物は、どんな人物なのか? 少し
前、麻薬を所持していて逮捕された教育評論家がいた。彼は以前、「子どもにはナイフを持
たせろ」「親が子どもを信頼している証になる」と説いていた。
その教育評論家は、都会で子どもたちによるナイフ殺傷事件がつづくと、いつの間にか、
自説をひっこめてしまった。私は、左巻氏の意見を読みながら、その教育評論家のことを
思い浮かべていた。
で、さっそくヤフーの検索エンジンを使って調べてみると、それは、そこにあった。
いわく、「私たちは、水の結晶写真技術に基づいて、愛・感謝の気持ちが水を美しく変化
させるということを、実証してきました。水をきれいにすることにより、私たちの心身
もきれいになり、健康を取り戻し、本来持っている才能を開花することができるのです。
水が変われば世界が変わります。いっしょに波動と水の可能性を探究しましょう」(「水
からの伝言」HPより)と。
どうやら、本気らしい。
しかし……? 「?」マークを、1ccあたりに存在する水の分子の数ほど、つけたい。
その数は、約3x10の22乗!(ヤフー・知恵袋参照)
数字で表してみると、こうなる。
300,0000,0000,0000,0000,0000個!
しかし、左巻氏ではないが、どうして人は、こんな珍説を信ずるのだろう。あの占星術
にしても、そうだ。科学性は、さらに低い! ゼロどころか、ゼロにもならない!
これも教育の欠陥といえば、それまでだが、その先には宗教があり、カルトもある。け
っして、軽く考えてはいけない。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist ニセ科学 非科学 納豆ダ
イエット マイナスイオン マイナス・イオン 水からの伝言 水の結晶)
++++++++++++++++
「みんな、もっと自分の頭で考えよう」。
それがこのエッセーの結論ということになる。
……しかし今回の一連のデモ騒動を見ながら、
いちばんそれを喜んでいるのは、実は、テレビ局
自身ではないかとも思った。
改めてテレビのもつ力を、再認識した……。
うまく操れば、民衆全体を洗脳することができる。
思うがまま操ることができるようになる、と。
(実際、すでに操られているが……。)
とても恐ろしいことだが……。
Hiroshi Hayashi++++++++July.08++++++++++はやし浩司
●今朝・あれこれ(6月30日)
●認知症への道
+++++++++++++++
昨日、地元のバス会社が運営する
Bツアーを利用して、滋賀県まで
行ってきた。
で、バスに乗ったとたん、ムッと
するような悪臭!
強烈な悪臭!
……ニンニクと酒の臭い!
私たちは、西インターというところで
バスに乗り込んだが、それまで
そのバスは、あちこちで乗客を
集めながら、1時間ほど、走っている。
乗客の中に、ニンニクを食べた人が
いたらしい。
加えてバスの中には、すでに酒
(日本酒や焼酎)を飲んでいる人もいた!
幸い、私たちの席は、最後部。
席につくと、すぐ窓をあけた。
しかしそれにしても、すごい悪臭!
+++++++++++++++
●内側の人格
加齢とともに、内側に潜んでいた人間性が、そのまま
表に出てくるようになる。
若いときは、気力で、それをごまかすことができる。
それらしい人物に、振る舞うことができる。
しかし加齢とともに、その気力が弱くなる。
そのため、ここに書いたように、内側に潜んでいた人間性が、
そのまま表に出てくるようになる。
バスの乗客のうち、55〜60歳くらいの人が、3〜6人。
ほとんどの人は、70〜75歳前後の人たちだった。
7〜8割の人は、静かな会話をしていたが、そうでない人たちもいた。
ギャーギャー、ワハハ、ケタケタ……と。
おまけに冒頭に書いたように、ニンニクと酒の臭い。
臭いというより、強烈な悪臭!
プラス、乗ったときは気づかなかったが、加齢臭!
そういう人たちを見ながら、私は改めて、こう考えた。
「人は、ある日突然、老人になるのではない。
少しずつ、時間をかけて、老人になる」と。
それはそのとおりで、だれもこの説を疑う人はいない。
が、ここでいう「老人」というのは、「認知症の老人」のことをいう。
つまりバスの中の人たちは、ケア・センターにいる老人と、
若い人たちの、ちょうど、中間あたりにいるということになる。
(あるいは半分、ケア・センターに足を踏み入れている?)
中には、すでにヘベレケに酔っぱらっている男性(75歳くらい)もいた。
そういう男性が、呂律(ろれつ)の回らない言い方で大声で話す。
「ヤーヤー、事故だヤー」
「ありゃあ、死んでるわナ〜」
「事故だヤー、事故だヤー」と。
見ると、路肩に、2台、壊れた自動車が停まっていた。
私とワイフは、耳にイヤホーンを押し込んで、目を閉じた。
●近未来の私たち
そういう老人を見ながら、けっして笑ってはいけない。
直前に座っていた老人(70歳くらい)は、人間というよりは、
サルのような感じがした。
キョロキョロとせわしなくあたりを、見回しながら、そのつど、
意味のないことを口にしていた。
しかし、そういう老人は、私たち自身の、近未来の姿でもある。
私たち自身が、やがて、好むと好まざるとにかかわらず、
そのサルのような感じの人間になる。
私はその老人を、ななめうしろから見ながら、「では、どうすれば
そういう老人にならないですむか」を考えた。
私「あの人たちは、本を読むだろうか?」
ワ「読まないわよ」
私「じゃあ、音楽を聴くだろうか?」
ワ「聴かないわよ、きっと」
私「じゃあ、映画館で映画を見るだろうか?」
ワ「それは、ぜったいに、ありえないわよ」と。
子どもたちと接しているとき、ときどき(距離)を感ずることがある。
「こういう話をしても、理解できないだろうな」と。
そういうときは、話の方向性だけを話して、そでですます。
やがて子供自身が、私の話したことを起点にして、自分で
考えるようになる。
しかし相手が老人のばあいには、それがない。
(距離)というより、(絶望感)に近いものを覚える。
「こういう話をしても、無駄」と。
つまりその未来性がないことが、老人の特徴ということになる。
が、さらに運の悪いことがつづく。
そういう老人を見ながら、若い人たちは、この私たち夫婦まで、
その老人の仲間に押し込んでしまう。
そのときのバスガイドも、そうだった。
雰囲気で、それがわかった。
ガイドといっても、低劣な話を、ペラペラと口にしているだけ。
それが間断なく、つづく。
加えて昨日は、帰りのバスの中では、またまたあのビデオ。
「釣りバカ日誌」。
もうこれであのビデオは、3回目!
しかも同じビデオ!
大音響!
それを私たちを老人だと思って、(たしかに老人だが……)、
天井からガンガンと流す。
Bツアーで旅行するときは、騒音軽減防止つきのイヤホンは、
必需品。
●進む、社会の高齢化
そのうち、3人に1人が、満65歳以上の老人になる。
予想ではない。
計算上、確実にそうなる。
しかし、これは深刻な問題である。
もしバスの中にいるような老人が、巷(ちまた)にあふれるように
なったら、そのとき若い人たちは、私たち老人を、どんな目で
見るようになるだろうか。
あたりかまわず、ニンニクの臭いを吐きだし、酒を飲む。
それにあの独特の加齢臭。
そう、加齢臭にしても、自分では、それがわからない。
そういう老人たちが、観光バスから外に出て、旅館に入る。
映画館に入る。
レストランに入る。
やがてニンニクの臭いを発している老人が、どの人かわかった。
トイレで、横に並んだとき、それがわかった。
たぶん、横にいる妻にうながされたのだろう。
始終、マスクを口にかけていた。
しかしニンニクに臭いは、マスクで防げるようなものではない。
老人問題というと、老人の側からしか考えない。
しかし若い人たちの立場から、つまり「どうすれば若い人たちに
嫌われないですむか」という立場でも、考える必要がある。
でないと、前から書いているように、私たちはそのうち、
社会の粗大ゴミになってしまう!
つまり私たちは若い人たちに、絶望感を覚えさせてはいけない!
私たちは若い人たちに、未来を与えなければならない。
未来を語らなければならない。
自分たちの経験や知識を伝えなければならない。
そういう老人を目指さなければならない。
今回は、運悪く、おしゃべりなバスガイドに当たってしまったが、
バスガイドを責めてもしかたない。
私たち乗客が、そうされるにふさわしい老人にしか見えなかったのだ。
(付記)
●全国のみなさんへ
この浜松市は、別名、「ギョーザの町」としても知られている。
駅の売店でも、ギョーザを売っている。
最近では、街中の肉屋まで、ギョーザを売るようになった。
そのため、浜松へ来るときは、消臭剤付きのマスクを忘れずに!
駅を降りたときから、ムッとするようなニンニクの臭いがするはず。
それがいやなら、すかさず駅前のラーメン店へ飛び込み、
あなた自身もギョーザを食べること。
●嫌われない老人になるために
老人といっても、「これだけは若い人に負けない」という
一芸をもとう。
その一芸を磨こう。
その一芸を光らせよう。
その一芸が、粗大ゴミになることから、あなたを防ぐ。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 老人問題 加齢臭)
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凸/Σ▽乃q ・ ・ p ̄Σ▽乃 ̄` /
\ /(″ ▽ ゛)\ 厂 ̄偶
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子育て最前線の育児論byはやし浩司 08年 8月 1日号
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8月1日……1077号
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★★★★★★★★★★HTML版★★★★★★★★★★★
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【1】(子育てのこと)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●Game Addiction Similar to Autism
(ゲーム中毒は、自閉症に似ている)
+++++++++++++++++++++++
イギリス心理学学会は、つぎのような研究結果を
公表している(2008年4月3日)。
つまりビデオゲームに中毒的な兆候を見せる人は、高機能自閉症の症状に似た振る舞いを
見せる、と。
++++以下、「The British Pyschological Society」HPより、要約++++++
Research presented at the British Psychological Society's Annual Conference this week
suggests that people who show signs of being addicted to videogames exhibit many of
the same symptoms as those with Asperger's syndrome, a form of high-functioning
autism.
The University of Bolton's Dr. John Charlton and Ian Danforth of Whitman College
questioned 391 gamers, focusing on the relationships (if any) between addiction, "high
engagement" and personality. "Our research supports the idea that people who are
heavily involved in game playing may be nearer to autistic spectrum disorders than
people who have no interest in gaming," said Charlton.
ボルトン大学の研究者らによると、「過度にゲームに熱中する人は、そうでない人より
も、自閉症スペクトラムに、より近いということがわかった」という。
The more intense the gaming addiction, the more likely the subject was to display three
character traits commonly associated with Asperger's: neuroticism, a lack of
agreeableness, and a lack of extroversion. In other words, people who do nothing but
play videogames tend to be obsessive, shy, and unpleasant. Well, duh.
たとえば(過度にゲームに熱中する人は)、アスペルガーに似た3つの症状を示す。(1)
神経症、(2)同調性の欠如(a lack of agreeableness)、(3)外向性の欠如(内向性)
(a lack of extroversion)。
Those afflicted with Asperger's often have trouble relating to other people, finding
themselves unable to pick up on subtle social cues or understand humor. Charlton and
Danforth believe that gaming addicts have similar difficulties, and find it easier to
relate to games than to real people.
アスペルガーでは、他者との関わりにおいて、しばしばトラブルを起こす。たとえば微
妙な問題や、ユーモアが理解できない、など。
研究者らは、ゲーム中毒の人も、同じような問題をもっていると信じている。
Charlton and Danforth aren't suggesting that gaming addiction is also a form of autism,
merely that those who can't put down the controller are "nearer to the
non-empathising,
systemising, end of the spectrum," along with "engineers, mathematicians and
computer scientists." Well, at least they're in fairly brainy company.
ゲーム中毒が自閉症を引き起こすということではない。ただゲーム中毒の人は、技師、数
学者、コンピュータ科学者と並んで、他人に対して、共鳴性が欠落(the non-empathising,
systemising)しやすいということ。
++++以上、「The British Pyschological Society」HPより、要約++++++
ゲーム中毒が、自閉症を引き起こすということではない。
(近年、自閉症の原因は先天的なもので、後天的な環境によるものではないという説が、
定説化している。)
しかしゲームに夢中になりすぎると、自閉症スペクトラムに似た症状が現われるというこ
とらしい。
「スペクトラム(濃淡の幅)」というのは、自閉症といっても、幅が広く、症状も千差万別
であることをいう。
隣の韓国では、ゲームも含めて、ネット中毒が、社会問題化している。
学校ごとにカウンセラーも配置し、子どもの指導にあたっている。
が、この日本では、いまだに野放し。
いいのか、日本!
このままで!
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist ゲーム中毒 ネット中毒
自閉症 自閉症スペクトラム)
【2】(特集)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●思想の偏(かたよ)り
+++++++++++++++
この浜松市にも、女性実業家と
呼ばれている人は多い。
その中でも、かなりの成功者として、
名を馳せている人がいる。
今日会った、S氏も、その1人。
愛知県から静岡県にかけて、10
店舗近い宝飾店を経営している。
そのS氏と、2時間ほど、話を
させてもらう。
おもしろかった。
ためになった。
このタイプの女性には、独特の
雰囲気がある。
負けん気が強く、どんな話題についても、
スパスパと切り込んでくる。
その女性が、話の途中で、ふと、
こんなことを言った。
「バランス感覚が大切」と。
私の持論でもあるが、そういう女性に
言われると、ドキッとする。
鋭く、心の奥に突き刺さる。
「バランス感覚のない人と接していると、
やがて洗脳されて、とんでもない思想を
もつようになるわよ」と。
+++++++++++++++
●バランス感覚
ものを書くとき、バランス感覚ほど大切なものはない。
偏(かたよ)った思想は、それ自体が、時間の無駄。
回り道をしている間に、自分を見失ってしまう。
だからものを書きながら、いつも自分に問いかける。
「私は、バランスを保ちながら、ものを書いているか?」と。
といっても、それは簡単なことではない。
人はいつも何かを信じているものだし、住む世界によって、ものの考え方も変化する。
自分にとって心地よい響きがするものには耳を傾けるし、そうでないものは遠ざける。
ほんの少しずつでも軌道がずれれば、その先で、その人のものの考え方は大きく変わる。
ささいなことだが、昨夜もワイフとこんな会話をした。
ワイフは、ことあるごとに、こう言う。
「80歳まで、自分の歯を20本残すわ」と。
それについて、私は、こう反論した。
「ぼくは、80歳まで、自分の黒髪を20本残す」と。
ワイフの兄弟は、みな、歯がじょうぶ。
義姉の1人は、全国大会で表彰されている。
ワイフも、虫歯は、ほとんど、ない。
だから自分の歯を自慢するかわりに(?)、いつも、そう言う。
一方、私は、60歳を過ぎた今も、見た目には、黒々とした髪の毛を保っている。
はげる心配も、なさそう。
だから、いつも、そう反論する。
つまりワイフはワイフで、私は私で、それぞれ、そういう話をする。
(私は歯が弱く、健康な歯は、もう数えるほどしかない。
一方、ワイフは、オール白髪。毎週のように髪の毛を染めている。)
わかりやすく言えば、バランス感覚といっても、それはその人のバランス感覚に
すぎないということ。
もっと言えば、この世界には、絶対的に正しいものはないということ。
反対に、絶対的にまちがっているものも、ないということ。
言いかえると、バランス感覚というのは、いつも自分を疑う感覚ということになる。
それを忘れたとたん、冒頭に書いたように、「とんでもない思想」をもつようになる。
極右、極左、それとも、カルト?
私が「極端主義」と呼んでいる思想は、こうして生まれる。
が、それだけではすまない。
自分が洗脳されるのもこわいが、他人を洗脳するのは、もっとこわい。
「とんでもない思想」をもったとしても、被害者が、私1人ですむなら、実害は、
ほとんどない。
しかしそれが他人に及べば、ときとして(ゆがんだパワー)をもつようになる。
それが全体として、ばあいによっては、国や人類の進むべき道を、誤らせることもある。
日本の歴史を見ても、そういう例は多い。
●子どもと接することの重要性
いかにすれば、バランス感覚をみがき、それを保つことができるか。
冒頭に書いたS氏は、こう教えてくれた。
「私は、毎日、いろいろな人と会うことで、バランス感覚を養っています」と。
人と話をすることの重要性は、恩師の田丸謙二先生も、よく口にする。
が、私のばあい、その「人」というのは、「子ども」ということになる。
私は、よくこんな経験をする。
改めて言うまでもないことだが、子どもの世界は、純粋。
ウソやインチキが通用しない。
たとえて言うなら、子どもの世界というのは、汚れのない鏡のようなもの。
自分の心の状態を、ありのまま、そのまま映してくれる。
そのとたん、自分の心が、ザザーッと洗われていくのを感ずる。
そう言えばS氏も、こう言っていた。
「私は宝飾店を経営しながら、毎日、いろいろな人と会っている。そういう人たち
からエネルギーをもらっている」と。
私のばあいも、どんなに落ちこんでいても、子どもたちの顔を見たとたん、それが
吹き飛んでしまう。
いつもの私に戻って、いっしょに、ワイワイと騒ぎ出す。
それを「エネルギー」と呼ぶなら、エネルギーということになる。
……しかし、ほめてばかりいてはいけない。
S氏は、S氏の世界では成功した人である。
ふつうの女性たちよりは、何倍も、努力をした。
苦労もした。
それはわかる。
が、「だから、それがどうしたの?」と問いかけたところで、言葉が詰まってしまう。
よい例が、あの『おしん』である。
小さな八百屋から身をおこし、やがて日本中にチェーン店をもつにまで成功する。
いつか書いたことがあるが、当初、おしんは、「生きるために働く」。
しかしそれがある時点から、働くために生きるようになる。
ダイナミックな人生であったにはちがいないが、やはり、「だから、それがどうしたの?」
という部分で、言葉が詰まってしまう。
一説によると、そのおしんは、10年ほど前に巨額の負債をかかえて倒産した、
Y・ジャパンの社長の母親がモデルであったという。
であるとするなら、なおさら言葉が詰まってしまう。
だからといって、私は、S氏のような生きザマが無駄とか、つまらないとか、そんな
ことを言っているのではない。
これは私自身の問題でもあるわけだが、「だから、それがどうしたの?」という部分を
置き去りにしたまま、あえて言うなら欲望の追求だけを目的としても、そこにはいつも、
限界があるということ。
教室が100教室になった……だから、それがどうしたの?
学校を設立した……だから、それがどうしたの?
巨億の財産を蓄えた……だから、それがどうしたの?、と。
そこで重要なことは、その中から、(やるべきこと)を発見し、その(やるべきこと)と、
自分の行動を一致させていく。
エリクソンが説く、『自己の統合性』という言葉をもちだすまでもない。
その操作を誤ると、「それだけの人生」で終わってしまう。
……が、ともかくも、私は久しぶりに、生き生きと生きる女性に会うことができた。
60歳を過ぎて、そういう生き方ができること自体、うらやましい。
日々に、(やりたいこと)(やるべきこと)があるというだけでも、すばらしい。
たいはんの女性たちは、(男性もそうだが)、それができなくて、悶々としている。
何よりも恐ろしいのは、「用なし」という言葉。
そのレッテルを張られるのを恐れて、それらしく生きている。
あるいは自分がそういう立場にあることにさえ、気がついていない。
そういう人には、自己の統合性など、望むべくもない。
●再び、バランス感覚
話が脱線したが、ここまで書いて、自分の文章を読みなおしてみる。
「私は、バランス感覚を保っているか」と。
さらに言えば、「自分にとって、都合のいいことだけを書いていないか」と。
たとえば今、私は、たいへん恵まれた生活環境の中で生きている。
過去において、借金とは無縁の世界で生きてきた。
人を使わず、人に使われず、自分なりの生きざまを貫くことができた。
何よりも感謝しなければならないことは、健康に恵まれたこと。
家族にも恵まれた。
そういう幸福な世界に住んでいる私が、自分の立場だけを基本にして、ものを
書いている。
世の中には、生きていくだけで精一杯という人たちがいる。
死ぬほどお金がほしいと願っている人たちがいる。
健康を害して、日々に闘病生活を送っている人たちがいる。
そういう人たちを頭の中で想像しながら、「私でなくてよかった」と思うことは、
自己愛以外の何ものでもない。
ここに書いた、『自己の統合性』の問題にしても、見方を変えるなら、ただの「道楽」
となってしまう。
それがしたくても、その余裕のない人となると、それこそ、ゴマンといる。
と考えていくと、やはり、私にはバランス感覚が、欠けている?
ここに書いたことだけでも、穴だらけ?
……実は、これから山荘のまわりの草刈りをしなければならない。
時刻は、午前7時、少し前。
このつづきは、その草刈りがすんでから、また書くことにする。
あるいはここで書き止めてもよい。
●草刈り
たった今、草刈りを終え、一息ついたところ。
汗を拭き、扇風機に当たる。
この爽快感が、たまらない。
ところで草を刈るといっても、完全防御。
(まだエンジンの振動が手に残っていて、キーがたたきにくい!)
ズボンは2枚、はく。
その上に、ひざまで届く、長い靴。
これはマムシ対策。
シャツも2枚。
タオルを首に巻き、フードを頭にかぶせる、
これはハチ対策。
あとは眼がねとゴーグル。
はねた石が、目に当たると、あぶない。
40分ほどで、裏庭の土手が、きれいになった。
そうそうもうひとつ、注意しなければならないことがある。
土手の上のほうに、ウルシの木がある。
へたに切ると、その汁で、かぶれることがある。
草を刈りながらも、そのつど木を見分けなければならない。
で、今は、さっぱり。
早朝の一汗は、健康にもよい。
●ふつうの生活
ごくふつうの人間として、ふつうの生活をする。
何でもないことのようだが、そういう生活の中から、ふつうの思想が生まれる。
その(ふつう)を保つことが、バランス感覚ということになる。
東洋医学でも、そう教える。
『八風(自然)の理によく順応し、世俗の習慣にみずからの趣向を無理なく適応させ、恨
み怒りの気持ちはさらにない。行動や服飾もすべて俗世間の人と異なることなく、みずか
らの崇高性を表面にあらわすこともない。身体的には働きすぎず、過労に陥ることもなく、
精神的にも悩みはなく、平静楽観を旨とし、自足を事とする』(上古天真論篇※)と。
東洋医学では、肉体と精神の区別をしない。
「病気」という言葉にしても、「気を病む」と書く。
肉体の健康イコール、精神の健康、精神の健康イコール、肉体の健康ということになる。
……ということで、S氏の話は、ここまで。
近く、また会うつもり。
再開を約束して、別れた。
Sさんへ、
これからも、よろしく。
このエッセーを、メールに張りつけて、送ります。
(注※)
●子育ては自然体で(中日新聞掲載済み)
『子育ては自然体で』とは、よく言われる。しかし自然体とは、何か。それがよくわか
らない。そこで一つのヒントだが、漢方のバイブルと言われる『黄帝内経・素問』には、
こうある。これは健康法の奥義だが、しかし子育てにもそのままあてはまる。
いわく、「八風(自然)の理によく順応し、世俗の習慣にみずからの趣向を無理なく適応
させ、恨み怒りの気持ちはさらにない。行動や服飾もすべて俗世間の人と異なることな
く、みずからの崇高性を表面にあらわすこともない。身体的には働きすぎず、過労に陥
ることもなく、精神的にも悩みはなく、平静楽観を旨とし、自足を事とする」(上古天真
論篇)と。難解な文章だが、これを読みかえると、こうなる。
まず子育ては、ごくふつうであること。子育てをゆがめる三大主義に、徹底主義、スパ
ルタ主義、完ぺき主義がある。
徹底主義というのは、親が「やる」と決めたら、徹底的にさせ、「やめる」と決めたら、
パッとやめさせるようなことをいう。よくあるのは、「成績がさがったから、ゲームは禁
止」などと言って、子どもの趣味を奪ってしまうこと。親子の間に大きなミゾをつくる
ことになる。
スパルタ主義というのは、暴力や威圧を日常的に繰り返すことをいう。このスパルタ主
義は、子どもの心を深くキズつける。また完ぺき主義というのは、何でもかんでも子ど
もに完ぺきさを求める育て方をいう。子どもの側からみて窮屈な家庭環境が、子どもの
心をつぶす。
次に子育ては、平静楽観を旨とする。いちいち世間の波風に合わせて動揺しない。「私は
私」「私の子どもは私の子ども」というように、心のどこかで一線を引く。あなたの子ども
のできがよくても、また悪くても、そうする。が、これが難しい。親はそのつど、見え、
メンツ、世間体。これに振り回される。そして混乱する。言いかえると、この三つから解
放されれば、子育てにまつわるほとんどの悩みは解消する。
要するに子どもへの過剰期待、過関心、過干渉は禁物。ぬか喜びも取り越し苦労もいけ
ない。「平静楽観」というのは、そういう意味だ。やりすぎてもいけない。足りなくても
いけない。必要なことはするが、必要以上にするのもいけない。「自足を事とする」と。
実際どんな子どもにも、自ら伸びる力は宿っている。そういう力を信じて、それを引き
出す。
子育てを一言で言えば、そういうことになる。さらに黄帝内経には、こうある。「陰陽の
大原理に順応して生活すれば生存可能であり、それに背馳すれば死に、順応すれば太平
である」(四気調神大論篇)と。おどろおどろしい文章だが、簡単に言えば、「自然体で
子育てをすれば、子育てはうまくいくが、そうでなければ、そうでない」ということに
なる。
子育てもつきつめれば、健康論とどこも違わない。ともに人間が太古の昔から、その目
的として、延々と繰り返してきた営みである。不摂生をし、暴飲暴食をすれば、健康は
害せられる。精神的に不安定な生活の中で、無理や強制をすれば、子どもの心は害せら
れる。栄養過多もいけないが、栄養不足もいけない。子どもを愛することは大切なこと
だが、溺愛はいけない、など。少しこじつけの感じがしないでもないが、健康論にから
めて、教育論を考えてみた。
【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
【6月27日】(June 27th, 2008)
●引っ越し(Shifting)
Soichi started his job at the university on Monday. My classes start in
a couple of weeks. The kids like it here. Bloomington seems to be a
nice town with a lot of cultural influences.
++++++++++++++
誠司(孫)の家族が、それまでの
アーカンソー州から、今度は、
インディアナ州へと、引っ越した。
新しい住所(家)も決まったらしい。
今朝、その連絡が届いた。
新しい住所は、
インディアナ州、ブルーミングトン。
デニーズ(=嫁さん)は、2、3週間後
から、インディナ州立大学の
ロー・スクールに通い始めることになっている。
息子は、同じ大学の中で、コンピュータ
技師として働くことになっている。
……こういうことが、自由にできるところが、
すばらしい。
プラス、うらやましい。
デニースは、全額、学費を、奨学金で
まかなうという。
一方、息子は、一度は、主夫業を覚悟した。
2人の子どもが、まだ幼いからである。
そういうことも配慮してくれたのかどうかは
知らないが、大学側が、二男を雇ってくれた。
ゆるやかな勤務態勢で、子育てにも支障は、
ないそうだ。
日本的に言えば、「夫が妻のために、犠牲になる」
ということだが、息子夫婦には、そういう発想は
まったくない。
この前日本へ来たとき、息子は、こう言っていた。
「デニーズの夢をかなえさせてあげたい」と。
そのため息子は、カルフォルニアにあるグーグル社
への入社を断念した。
息子には息子の、コンピュータ技師としての
夢があった。
私の気持ちは、複雑だった。
「嫁というのは、自分の娘と考えてよいのか、
それとも、基本的には他人なのか」と。
しかし孫の誠司と、芽衣を起点にものを考えたとき、
その迷いは氷解した。
繰りかえしになるが、……こういうことが、
自由にできるところが、すばらしい。
プラス、うらやましい。
「やっぱり、アメリカだなア」と思う。
この日本で、一介の家庭の主婦が司法試験に
合格して、弁護士をめざすというようなことは、
考えられるだろうか?
しかも子育て真っ最中の主婦が!
加えてデニーズは、首席で卒業はしている
ものの、文学部出身である。
そのことを二男に確かめると、二男は、
こう教えてくれた。
「デニーズは大学でのスコア(成績)が
よかったら、合格できた」と。
しかしそれだけではないと思う。
そのデニーズについて、息子が、こんな
BLOGを書いている。
++++++++++++++
この前結婚したばかりのような気がしていたのだけど、今月でもう結婚生活6年目になる。
今日友達の家族が行っているモルモン教の教会で、「トラック・オア・トリーティング」っ
ていう、教会の駐車場でお菓子を配るイベントがあったので、家族を連れて行ってきた。
今年の誠司はカウボーイ、芽衣は数年前、誠司が嫌がって着てくれなかったスーパーマン
の衣装を、「スーパーガール」ということにして無理やり着せて行くことにした。(明日の
トリック・オア・トリーティングでもこの衣装にする予定。)
早めに行ったのだけど、もうすでにキャンディーがなくなりかけているトラックがあった。
それを見てディニースが、「キャンディーは誠司だけもらうことにして、芽衣のはいらない
わ。他の子供達がキャンディーをもらえなくなってしまうから」と言った。
僕はこういう妻が誇りに思えてならない。他人のことをまず先に思いやり、どんなにくだ
らない約束でも必ずそれを守る。道徳とか、誠実さとか、そういうのはいくら本を読んで
考えても、誰かから話を聞いても、簡単に身に付けられるような物ではないと聞く。しか
し彼女の日ごろの何気ない行動にはいつも色々教えられてばかりだ。
これからも彼女と一緒に生きていきたい。
+++++++++++++++
当初は、「アメリカ人の女性だから……」と
思ったこともないわけではない。
しかしデニーズの誠実さは、私も直接、
肌で感じている。
いつも私にワイフにこう言っている。
「あんな誠実な女性を、ぼくは知らない」と。
きっとすばらしい弁護士になることだろう。
これから2年間、きびしい勉学が待っている。
がんばれ、デニーズ!
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●感想(Impressions)
+++++++++++++++++++++
人はなぜ生きるか……?
私のばあい、なぜ、こうして毎日ものを書いているか……?
それは、私が今生きているという感動を、
ほかのだれかと共有するためではないか。
もしそれがなかったら、私はただの抜け殻。
死の待合室で、死を待つ、ただの老人。
+++++++++++++++++++++
昨日、家に帰ると、先日掛川市の保健センターで
した講演の感想記が届いていた。
遅い夕食を食べながら、それを読んだ。
ジンと胸が熱くなった。
うれしかった。
このところ日程が合わなくて、講演を断ることが
多くなった。
体力的な限界を感ずることもある。
そうそう、私はどんな講演でも、引き受けたときは、
その数日前から、コンディションを整えるため、
運動量をふやすことにしている。
ボンヤリとした頭では、講演はできない。
いつも真剣勝負。
感想記を届けてくれた、KSさん、ありがとう!
本当にうれしかったです。
(感想記は、HPの講演の記録のところに
掲載しておきます。)
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●秀吉と浜松(Hideyoshi & Hamamatsu)
Do you know the fact that Hamamatsu city has produced many well-known people
such as Honda, Suzuki and Toyota. Tokugawa-Ieyasu once lived in this city. But few
know that Hideyoshi lived here for three years when he was about 15 years old.
私が住む浜松市は、不思議な町である。
古くは徳川家康の住んだ町として知られている。
そのため浜松城は、別名、「出世城」とも呼ばれている。
現在にいたっては、ホンダ、スズキ、それにトヨタの創始者は、
すべて、この浜松市周辺で生まれ育っている。
が、忘れてならない人物に、もう1人、いる。
豊臣秀吉である。
「当時、15歳だった秀吉は、生まれ故郷を飛び出して、
行商をしながら東海地方を転々としていた。
そして浜松で、松下加兵衛(かへい)と出会う。
江戸時代に書かれた『太閤記素性記』によれば、
加兵衛はそのとき、『猿かと思えば人、人かと思えば猿』
という印象を秀吉に抱いたという」(日本史・河出書房新社)
とある。
そのあとの話は省略するが、もしこのとき秀吉が加兵衛に
会っていなければ、その後の秀吉は、なかったと
断言してもよい。
秀吉は加兵衛に、3年間奉公し、生まれ故郷の尾張に帰っていく。
つまり、秀吉も、この浜松に住んでいたことがある!
なお秀吉は天下を取ったあと、「……そこで1585年(天正13)ごろ、
秀吉は昔の恩に報いるため、加兵衛を招き、丹波国に2000石、伊勢国内に
1000石を与えた」(同書)そうだ。
秀吉と加兵衛、それに浜松とのつながりには、相当なものが
あったようだ。
……ということで、私も、この事実を、はじめて知った。
ついでながら、私を幼児教育の世界にはじめて導いてくれたのが、
恩師、故松下哲子(のりこ)先生である。
同姓であるところが、少し気になる。
フ〜ン。
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●言葉の暴力(Violence by Words)
+++++++++++++++
先日、T市の教育会館で、講演を
させてもらった。
そのときのこと。
約束の時刻まで、まだ少し時間が
あったので、私とワイフは、その
あたりを歩いた。
裏手に、農業用の用水池があって、その
向こうは、新興の住宅団地になっていた。
緑の多い地域で、それ以前は、森で
あったらしい。
が、その団地に一歩、足を踏み入れて、
驚いた。
看板だらけ!
「建設反対」の旗にまざって、
「○○建設会社は、恥を知れ!」
「暴利会社、行く末は倒産!」
「地域住民は、お前たちを許さない!」と。
どうやらマンションの建設に反対している
人たちの看板らしい。
「地獄マンション」
「ここは不幸町1丁目」
「のぞき魔マンション、建設反対!」と。
さらにこんなのもあった。
「飛び降り自殺者、続出マンション!」
「呪われた死者の館(やかた)!」
「震度5で、倒壊マンション!」と。
もちろん大半は、ふつうの(?)看板。
その間にあって、ここに書いたような
手書きの看板が並んでいた。
しかしこうした看板は、ひとつまちがえば、
営業妨害になる。
それによって具体的に被害が認定されれば、
損害賠償請求事案の対象になる。
さらにマンションが完成し、入居する人たちが、
それによって精神的苦痛を味わえば、
慰謝料請求事案の対象にもなる。
地域の住民の人たちは、そういうことを
知っているのだろうか。
つまり、暴力にも二種類ある。
物理的な暴力と、言葉の暴力である。
精神的な苦痛という意味では、物理的な
暴力も、言葉の暴力も、同じ。
暴力は暴力。
こうした看板は、立派な暴力である。
私「かなり、こじれているみたいだね」
ワ「何が?」
私「住民と建設会社・・・」
ワ「そうね」
私「ここまでこじれると、あとがたいへんだね」
ワ「・・・シコリも残るでしょうね」
私「そうだね」と。
建設会社は、当然、法にのっとった手順を
踏んで、建設にとりかかっているはず。
となると、住民側の立場は、弱い。
特別な条例でもないかぎり、こうした建設を
止める手立てはない。
が、一方、こんなことも言える。
たしかに言葉の暴力だが、そういうことを
しなければならないところまで追い込まれた
住民の感情も、理解しなければならない。
こうした反対運動をするというだけでも、
かなりのエネルギーと神経を使う。
毎日、イライラしている人もいるだろう。
不眠に苦しんでいる人もいるだろう。
こうした運動から受ける精神的苦痛には、
相当なものがある。
直接的に不愉快な思いをしているのは、
住民の人たちである。
私「地域ぐるみで議会に働きかけて、環境
条例のようなものを制定してもらえばいい」
ワ「それによって、マンションの建設を
差し止めるわけね」
私「しかし、今からでは遅い。すでに一部
だが、建設が始まっているようだ。法には、遡及適用
の禁止※という大原則がある。過去にさかのぼって、
法を適用することはできない」
ワ「じゃあ、どうすればいいの?」
私「マンションを建設することによる被害を、
最小限に食い止めるしかない。たとえば8階建て
であったら、5階建てにしてもらうとか・・・」
ワ「でも、ここまでこじれていると、それも
むずかしいわね」
私「たぶん、ね」と。
しかし・・・。
言葉の暴力には、注意したほうがよい。
先にも書いたように、書き方をあやまると、
損害賠償、さらには、慰謝料請求事案の
対象になる。
看板のある家の人が、その責任を問われる。
「頼まれたから、看板を置いただけです」という
口実は、こういうケースでは、通用しない。
「看板」という手段を使って、公(おおやけ)
に向かってものを書くときには、じゅうぶん、
注意したほうがよい。
(注※)憲法39条に「何人も,実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為
については刑事上の責任を問われない」と明記されている。
処罰規定を過去に遡って適用することは、一部の行政法上の手続きを除いて、原則として
憲法違反ということになる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 遡及適用 遡及適用の禁止
看板 言葉の暴力)
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
To Ms. C. Rice and Mr. C. Hill,(ライス氏とヒル氏へ)
According to this morning newspaper issued on June 26th, you mentioned that USA will
not ignore the kidnappings by North Korea and will not forget about it. But should we
say thank you for that?
The answer is NO! Both of you have already betrayed Japan so much and now again.
Whatever you say, it sounds just vacant, since nothing has been solved by YOU. What
you have done is just to give North Korea, time, money, oil and music. What did you
receive? What did we receive? Mr. Fukuda, our Prime Minister of Japan has to start
negotiating with G. Bush directly over these two pro-North Korean secretaries.
Ms. C. Rice and Mr. C. Hill, how much do you know about Asia and Asians? Here in Asia
your American rationalism is not useful about everything. When you cancel the
punishment toward North Korea, North Korea will get more reluctant to solve the
problems of kidnappings. North Korea will try to cheat you again. Why can't you know
such an easy matter?
I know both of you have families inside USA, but when one of them is kidnapped by
someone, what would you say? What would you do? We have been cheated by North
Korea over and over again. Now you are about to be cheated too. Kim Jong Il is not such
a person but only a tyrant, who have killed more than 200 thousand people inside his
own country.
We. the Japanese, have been very much disappointed by USA as well as by YOU.
Hiroshi Hayashi, Hamamatsu, Japan June 25th, 2008
今朝の新聞によれば、ライス米国務長官は23日、北朝鮮の核計画の申告に伴い、同国へ
のテロ支援国家指定解除を近く米議会に通告することについて、「米国は日本人拉致事件を
無視したり、忘れたりはしない」と述べ、北朝鮮に拉致事件の解決を迫る考えを示した。
これに対して日本は、感謝すべきなのか。
答は、「ノー」。
今まであなたがたは、さんざん日本を裏切っておきながら、今さら、こんな言葉はない。
あなたがたのしたことは、北朝鮮に、時間と金と原油と、音楽を与えただけ。その結果、
あなたがたは、何かを受け取ったのか? 日本は何かを受け取ったのか?
日本の福田首相は、ライス国務次官、ヒル次官補を越えて、ブッシュ大統領と直接交渉す
べきである。
ライス氏、ヒル氏は、どこまでアジアのことがわかっているのか。ここアジアでは、アメ
リカ式の合理主義は、すべての面で有効であるとはかぎらない。もし北朝鮮への制裁を解
除すれば、拉致問題は、ますます遠ざかってしまう。北朝鮮は、再び、あなたがたをだま
そうとしている。どうしてこんな簡単なことがわからないのか。
この問題は、もしあなたがたの家族のだれかが、北朝鮮に誘拐されたらという視点で考え
てほしい。私たちは、何度も北朝鮮にだまされた。金正日は、あなたがたの思っているよ
うな人物ではない。国内だけでも、20万人以上もの人たちを殺したという独裁者である。
私たち日本人は、あなたがたのみならず、アメリカ合衆国にたいへん失望しつつある。
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
【日本人にとっての、拉致問題】
●意識のズレ(A difference in consciousness)(To: USA Embassy of Japan)
Ms. C. Rice of the White House has apparently got a different consciousness from ours.
She seems to be a very smart lady but she believes in herself too much and has no ears
to listen to the voices of other world. It is OK for her to believe that she is right, but it is
not OK for her to think all except her are wrong. She has not yet recognized that she has
destroyed the relationship between Japan and USA. Here I'd like to explain about the
difference of consciousness between two countries.
++++++++++++++
意識のちがいというのは、
相対的なもの。
こちらが相手の意識はおかしいと
思っているときは、相手もまた、こちらの
意識はおかしいと思っているもの。
大切なことは、そうした意識の
ちがいを感じたら、たがいに
認めあうこと。
それができる人を、協調性の
ある人といい、人格の完成度が
高い人という。
意識のちがいを説明する前に、
まずつぎの原稿を読んでほしい。
もうこの原稿を書いてから、
10年になる。
+++++++++++++
●忠臣蔵論
浅野さん(浅野内匠頭・あさのたくみのかみ)が、吉良さん(吉良上野介・きらこうず
けのすけ)に、どんな恨みがあったかは知らないが、ナイフ(刀)で切りかかった。傷害
事件である。
が、ただの傷害事件でなかったのは、何といても、場所が悪かった。浅野さんが吉良さん
に切りかかったのは、もっとも権威のある場所とされる松之大廊下。今風に言えば、国会
の廊下のようなところだった。浅野さんは、即刻、守衛に取り押さえられ、逮捕、拘束。
ここから問題である。浅野さんは、そのあと死刑(切腹)。「たかが傷害事件で死刑とは!」
と、今の人ならそう思うかもしれない。しかし300年前(元禄14年、1701年)の
法律では、そうなっていた。
が、ここで注意しなければならないのは、浅野さんを死刑にしたのは、吉良さんではない。
浅野さんを死刑にしたのは、当時の幕府である。そしてその結果、浅野家は閉鎖(城地召
しあげ)。今風に言えば、法人組織の解散ということになり、その結果、429人(藩士)
の失業者が出た。
自治体の首長が死刑にあたいするような犯罪を犯したため、その自治体がつぶれた。もと
もと何かと問題のある自治体だった。わかりやすく言えばそういうことだが、なぜ首長の
交代だけですませなかったのか? 少なくとも自治体の職員たちにまで責任をとらされる
ことはなかった。……と、考えるのはヤボなこと。
当時の主従関係は、下の者が上の者に徹底的な忠誠を誓うことで成りたっていた。今でも
その片鱗はヤクザの世界に残っている。親分だけを取り替えるなどということは、制度的
にもありえなかった。
で、いよいよ核心部分。浅野さんの子分たちは、どういうわけか吉良さんに復讐を誓い、
最終的には吉良さんを暗殺した。「吉良さんが浅野さんをいじめたから、浅野さんはやむに
やまれず刀を抜いたのだ」というのが、その根拠になっている(「仮名手本忠臣蔵」)。そう
でもしなければ、話のつじつまが合わないからだ。
なぜなら繰り返すが、浅野さんを処刑にしたのは、吉良さんではない。幕府である。だっ
たら、なぜ浅野さんの子分たちは、幕府に文句を言わなかったのかということになる。「死
刑というのは重過ぎる」とか、「吉良が悪いのだ」とか。
もっとも当時は封建時代。幕府にたてつくということは、制度そのもの否定を意味する。
自分たちが武士という超特権階級にいながら、その幕府を批判するなどということはあり
えない。そこで、その矛先を、吉良さんに向けた。
……日本人にはなじみのある物語だが、しかしオーストラリア人にはそうでなかった。
一度、この話が友人の中で話題になったとき、私は彼らの質問攻めの中で、最終的には説
明できなくなってしまった。ひとつには、彼らにもそういう主従関係はあるが、契約で成
りたっている。つまり彼らの論理からすれば、「軽率な振るまいで、子分の職場を台なしに
した浅野さん自身に、責任がある」ということになる。
さてあなたなら、こうした疑問にどう答えるだろうか。彼らにはたいへん理解しがたい
物語だが、その理解しがたいところが、そのまま日本のわかりにくさの原点にもなってい
る。「日本異質論」も、こんなところから生まれた。
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オーストラリアも、基本的には、白人の国。
しかしアメリカ人なら、もっと合理的に
ものを考えるだろう。
(1)なぜ浅野内匠頭の家臣たちは、復讐の矛先を、被害者である吉良上野介に向けたの
か。
わかりやすく言えば、酒場で浅野さんが吉良さんにナイフで斬りかかった。
そのため浅野さんは、障害致傷罪で逮捕され、有罪になった。
浅野株式会社の社員たちは、吉良さんへの復讐を誓った。
(2)なぜ浅野内匠頭の家臣たちは、復讐劇へと走ったのか。
バカなことをして、逮捕されたのは、自分たちのボスである。だったら、第一義的
には、ボスに、その責任を問えばよい。
つぎに死罪では罪が重すぎるというのであれば、裁判所もしくは、その上の政府に、
抗議すればよい。「何がなんでも、ナイフを振り回したくらいのことで、切腹はない
だろう」と。
(3)吉良上野介を暗殺したところで、何が、どう解決するのか。
すでに浅野株式会社は、倒産している。社員たちは失業状態。そんな中、当の被害
者である吉良さんを暗殺したところで、何が、どう変わるというのか。
社員たちは、浅野さんのことは早く忘れて、再就職を考えたほうがよい。
が、この日本では、そうは考えない。とくに江戸時代の人たちは、そうは考えなかった。
つまり、ここに意識のズレがある。
●アメリカ流合理主義のかたまり
アメリカのC・ライス国務長官の一連の言動を見ていると、アメリカ合理主義のかたま
りのような気がする。
何もかも合理的なのだが、どこかピントがずれている。ときに狂信的であるようにさえ
感ずる。中東問題にしてもそうだが、日本の拉致問題にしてもそうだ。
だから、中東政策でも失敗。そして今度は、北朝鮮問題で失敗しようとしている。日本
人に向かって、今ごろ「拉致問題は忘れない」は、ない。日本人の怒りというものが、ど
ういうものか、まるでわかっていない。
もっともC・ライス国務長官の脳みそでは、わからないだろうと思う。「自分たちの考え
方がぜったい正しい」と思う、その返す刀で、「あなたがたにとっても、それがいちばん」
と切りこんでくる。
日本人には日本人の意識がある。
ここに書いた忠臣蔵についても、合理的にものを考えれば、そうかもしれない。しかし
あわせて日本には日本の歴史というものがある。それから生まれる民族意識というのも、
ある。「忠臣蔵の家臣たちは、バカだった」と言われれば、日本人なら、みな、頭にカチン
とくるだろう。
アメリカ流の合理主義だけで、ものごとを考えてもらっては、困る。
C・ライス国務長官、C・ヒル次官補の一連の言動を見ていると、では今までの日米同
盟は何だったのか、と、そこまで考えてしまう。
それほどまでに北朝鮮は重要な国なのか。譲歩に譲歩を重ね、ハードルをさげにさげて
まで、国交を回復しなければならない国なのか。
しかも最大の同盟国である日本を、裏切ってまで!
そういう点でも、意識のズレというのは、恐ろしい。いや、ズレがあるならあるで、し
かたのないこと。C・ライス国務長官は、もう少し、日本人のもつ意識に耳を傾けてほし
い。頭のよい人かもしれないが、あなたの人格の完成度は、残念ながら、きわめて低い。
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もう一作、「世にも不思議な留学記」
からの原稿を紹介します。
意識のズレについて、もう一歩
踏み込んで理解していただければ、
うれしいです。
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●珍問答
私の部屋へは、よく客がきた。「日本語を教えてくれ」「翻訳して」など。中には、「空手
を教えてくれ」「ハラキリ(切腹)の作法を教えてくれ」というのもあった。あるいは「弾
丸列車(新幹線)は、時速150マイルで走るというが本当か」「日本では、競馬の馬は、
コースを、オーストラリアとは逆に回る。なぜだ」と。さらに「日本人は、牛の小便を飲
むというが本当か」というのもあった。話を聞くと、「カルピス」という飲料を誤解したた
めとわかった。カウは、「牛」、ピスは、ズバリ、「小便」という意味である。
●忠臣蔵論
が、ある日、オリエンタルスタディズ(東洋学部)へ行くと、4、5人の学生が私を囲
んで、こう聞いた。「忠臣蔵を説明してほしい」と。いわく、「浅野が吉良に切りつけた。
浅野が悪い。そこで浅野は逮捕、投獄、そして切腹。ここまではわかる。しかしなぜ、浅
野の部下が、吉良に復讐をしたのか」と。加害者の部下が、被害者を暗殺するというのは、
どう考えても、おかしい。それに死刑を宣告したのは、吉良ではなく、時の政府(幕府)
だ。刑が重過ぎるなら、時の政府に抗議すればよい。また自分たちの職場を台なしにした
のは、浅野というボスである。どうしてボスに責任を追及しないのか、と。
私も忠臣蔵を疑ったことはないので、返答に困っていると、別の学生が、「どうして日本
人は、水戸黄門に頭をさげるのか。水戸黄門が、まちがったことをしても、頭をさげるの
か」と。私が、「水戸黄門は悪いことはしない」と言うと、「それはおかしい」と。
イギリスでも、オーストラリアでも、時の権力と戦った人物が英雄ということになって
いる。たとえばオーストラリアには、マッド・モーガンという男がいた。体中を鉄板でお
おい、たった一人で、総督府の役人と戦った男である。イギリスにも、ロビン・フッドや、
ウィリアム・ウォレスという人物がいた。
●日本の単身赴任
法学部でもこんなことが話題になった。ロー・スクールの一室で、みながお茶を飲んで
いるときのこと。ブレナン法学副部長が私にこう聞いた。「日本には単身赴任(当時は、短
期出張と言った。短期出張は、単身赴任が原則だった)という制度があるが、法的な規制
はないのかね?」と。そこで私が「何もない」と答えると、まわりにいた学生たちまでも
が、「家族がバラバラにされて、何が仕事か!」と叫んだ。
日本の常識は、決して世界の常識ではない。しかしその常識の違いは、日本に住んでい
るかぎり、絶対にわからない。が、その常識の違いを、心底、思い知らされたのは、私が
日本へ帰ってきてからのことである。
●泣き崩れた母
私がM物産という会社をやめて、幼稚園の教師になりたいと言ったときのこと、(そのと
きすでにM物産を退職し、教師になっていたが)、私の母は、電話口の向こうで、オイオイ
と泣き崩れてしまった。「恥ずかしいから、それだけはやめてくれ」「浩ちゃん、あんたは
道を誤ったア〜」と。
だからといって、母を責めているわけではない。母は母で、当時の常識に従って、そう
言っただけだ。ただ、私は母だけは、私を信じて、私を支えてくれると思っていた。が、
その一言で、私はすっかり自信をなくし、それから30歳を過ぎるまで、私は、外の世
界では、幼稚園の教師をしていることを隠した。一方、中の世界では、留学していたこ
とを隠した。どちらにせよ、話したら話したで、みな、「どうして?」と首をかしげてし
まった。
が、そのとき、つまり私が幼稚園の教師になると言ったとき、私を支えてくれたのは、
ほかならぬ、オーストラリアの友人たちである。みな、「ヒロシ、よい選択だ」「すばらし
い仕事だ」と。その励ましがなかったら、今の私はなかったと思う。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 意識のズレ 浅野内匠頭
吉良上野介 忠臣蔵 意識論)
Hiroshi Hayashi++++++++jun.08++++++++++はやし浩司
●盗作事件・立松W氏のばあい(Plagiarism doubt by Wahei Tatematsu)
Wahei Tatematsu, a well-known writer in Japan, plagiarized someone's else book in
1993 and this time again. When his plagiarism was disclosed, he was crying against TV
monitors, "I was forgiven (by the author)". This is not the matter which may be forgiven
or not forgiven. Whatever he is, he is such a writer on such a level.
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テレビ画面に向かって、「許してもらえました」と、
泣きじゃくっていた。
当時の立松W氏は、そういう作家だった。
盗作を、「許してもらえた」というのも、おかしな
話である。
相手に「許してもらう」とか、「許してもらえない」とか、
そういうレベルの問題ではない。
ことの発端は、『1993年に、小説「光の雨」を
文芸誌に連載中、小説が連合赤軍事件の坂口H死刑囚の
自伝的著作に、酷似していた』(毎日新聞)こと。
坂口H氏の支援者たちは、「盗用だ」と、立松W氏に、抗議した。
で、立松W氏は、坂口氏と直談判。
冒頭の謝罪会見となった。
が、それから15年。
今度は、『小説「二荒(ふたら)」(新潮社)の記述の一部が、
栃木県日光市職員、福田Kさんの著書「日光鱒釣紳士物語」
(山と渓谷社)と類似していることが分かった』(同紙)という
(08年6月27日)。
『「二荒」は、日光市を舞台に、実在の人物をモデルにした、
恋愛小説。昨年9月に刊行され、今年2月、福田さんが、
自分の本に似ていると指摘。新潮社が調査したところ、
第2章の冒頭、登場人物のせりふなどが、福田作品の
創作部分と似ていた。新潮社は「参考文献として挙げて
いたものの、参考の域を超えて使用していると判断せざるを
得ない」と、4月末に絶版を決めた』(同紙)という。
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同じ盗作でも、有名な人が、無名の人の作品を盗作するというのは、
タチが悪い。
許せない。
立松W氏は、自然派作家を売り物にしているが、どこかウサン臭い。
テレビ画面に向かって泣きじゃくる、あの顔を見ながら、私は
そう感じた。
(当時の私は、泣きじゃくるという、子どもじみたその様子に
驚いたが……。)
で、今回の盗作疑惑。
今度は、日光市の職員、福田Kさんという人の著書から。
こうした盗作が発覚するのは、偶然に、さらに偶然が重なった
ばあいのみである。
つまりめったに発覚することはない。
言いかえると、2度も発覚したということは、立松W氏は、
かなり常習的に盗作を繰りかえしていたとみてよい。
(当の立松W氏は、新聞社の記者の質問に答えて、あれこれと
弁解しているが……。)
というのも、これは(もの書き)と呼ばれる人たちの共通の心理と
言ってもよい。
自分の名誉にかけて、盗作だけはしたくないというブレーキが、常に働く。
「一度、したら、おしまい」というプレッシャーもある。
つまり私のような、まったく無名の(もの書き)ですら、
いつも心のどこかで、それを念じながら、ものを書く。
いわんや、立松W氏のような、有名な作家だったら、なおさら。
盗作すれば、発覚する可能性は、はるかに高い。
が、そのブレーキは、ない人にはない。
自分の文章であろうが、他人に文章であろうが、それを平気で
金儲けにつなげていく。
新潮社が、「参考文献として挙げていたものの、参考の域を超えて、
使用していると判断せざるを得ない」、そのため、「絶版を決めた」と
判断したほどだから、盗作と断定してよい。
が、立松W氏には、そのブレーキが働かなかった?
「たまたま今回、一度だけ」という弁解は、もう通用しない。
作家が、盗作をするというのは、教師が女子トイレをのぞき見る
ようなもの。
一方でいくら高邁な人生論を説いても、その時点で、作家生命は
終わる。
さあ、どうする、立松W氏?
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist Plagiarism doubt Wahei
Tatematsu Tatematu立松和平 盗作疑惑 盗作作家)
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